#0001 霧の中で
一応文字の在庫があるので少しの間は安定して更新できるんじゃないですかね。
ここはグリッド座標 0F10-ED2B/2885-0105。
近くの星系で買った天体図に載っていた奇妙な星系だ。
何がおかしいかって? ……霧がかかっているんだ。
星系の外からでは通常の光学センサーや電波望遠鏡などを使って
見通せないほどの非常に濃密な星間物質の層が星系全体を覆い、
天体図上での完全な空白となっている。
周囲の星系に関してはしっかりと天体図に記録されているのに
ここだけは完全に空いていた。当然何があるのか気になるよな?
……もちろん亜空間センサーなら中の様子だってわかる。
遠隔観測で済ませることもできる。
だが、やはり現地に行ってこそ意味があるというもの。
そんなわけで俺は今ここにいる。
星系内にワームホールを開き、内部へ進入して
すぐにわかったことと言えばまず一つ。恒星の周囲を回る惑星は
一つを除いてすべてが中心核を失い、地殻や上部マントルもいくつもの
亀裂によって分断された状態でかろうじて
球状だったころの姿を保ちながら漂っている。
これはとても不自然なことだ。惑星のような大質量の物体は
通常このように破片が散らばった状態を維持することはない。
お互いの引力によってふたたび引き寄せられ、また一つの塊に戻るからだ。
まあ明らかに自然発生とは思えない状況なので
このことはひとまず置いておいてもいいだろう。
トリニティにもこうやって物体を固定したり
周囲との相互作用から切り離す技術はある。
二つ目の発見に話を移そうか。この星系内で最も特徴的で
興味をひかれる存在。規則的な構造が全休を覆う灰色の惑星。
そう、エキュメノポリスだ。街の明かりは灯ってはおらず、
今ではただ灰色の石ころにしか見えないが……かつては繁栄していたんだろう。
エキュメノポリスというのはほとんどの文明において
首都や重量な産業拠点として扱われる特別な惑星なんだ。
ただ一つだけ破壊されずに残ったこの惑星と、そして粉砕された惑星の残骸。
ここで何があった? 気になるな…………。
そういうことで調べてみることにした。
個人端末を開き、中央アーカイブの記録から
このグリッド座標に関する調査資料などを検索する。
だがそれで出てくる情報は残念なことにあまり多くはない。
かつてこの地域で民間主導での調査計画などが
進行していたことは分かったし、いくつかの文明の痕跡が残る
領域だということも記録されているが、どうも調査計画は
俺たちトリニティと銀河共同体との戦争の時代の混乱で
放棄されて以来一切の進捗はないらしい。
ほとんど情報のない無人のエキュメノポリスねぇ……。
これは調べてみないという手はないだろう。
航法コンピューターに件の惑星の低軌道に進入するよう命令を入力。
さっそく降りてみようじゃないか。
……正直ここまではっきりと"そこへ行きたい"と
感じたのは初めてかもしれない。今まで見てきた惑星も
それぞれ独特の環境を持つ、植民惑星に定住していては
絶対に見ることのできないものだったが……そこに人工物というのはなかった。
こうやって旧文明の痕跡をたどるのも、
今後の旅の目的にするには面白いかもしれないな。
天体図を売ってくれた輸送船の船長にもしまた会ったら礼を言っておかないと。
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入力された命令の通り、船は目標物との相対速度を調整して
ワームホールへの突入準備を進めている。
この少しばかりの揺れと船体構造を伝わってくる騒音は
速度調整のために噴射されるグラビトンスラスターのものだ。
もっと大きな船ならこういうのも感じなくなるらしい。
おっと、速度調整が終わったようだな、揺れが収まった。
あとは自動的にワームホールが開かれ、船はそれに突入することになる。
……と、言いたいんだが──あー、あれは何だ?
望遠モードのままふと恒星の方を向いてみた時、
K型恒星のオレンジ色の光の粒の中に小さな影が映っていることに気付いた。
ブリッジは船体の奥深くに埋め込まれているから
実際の窓の外の景色というわけではないが、
船体全周の映像を1つに統合して表示している
データリンクインプラントによる映像内の小さな違和感の正体。
それは漂流する中型輸送船だ。
星の光が強すぎて可視光映像でははっきりと見えないが、
亜空間センサーを使って構造を見通してみると、
恒星軌道上をただようその船には誰も人は……、いや、
人以外の知的種族も含め乗っておらず、
船の機能は完全に止まっていることがわかった。
だが妙なのはこの船、船体には一切の劣化や損傷が見られず、
ほぼ新品同様の状態なんだ。人が乗っていないのなら
元より無人船なのかとも思ったさ。
無人船なんて今どき辺境星系でも珍しくはないからな。
こいつはそういうわけでもないらしく、無人船には通常必要のない
しっかりした居住区があり、自動制御に必要な大型コンピューターや
AIコアのような構造が見当たらない。
それだけじゃないぞ、貨物区画には中身入りの
低温ポッドがいくつも保管されている。
合法的な輸送船なら貨物目録があるはずだな?
ジャンプを中止して確認してみよう。
神経インターフェースを介し、亜空間センサーに映る周囲の3次元空間の
投影の中の輸送船に"注目"して船の基本情報にアクセスする。
従来型の操作系統で言うならセンサー画面のカーソルを操作して
輸送船を選択し、情報表示画面を見る感じだろうかね?
さて、結論を言うと予想はしていたが船の情報は取得できなかった。
通常は独立した動力で動いているトランスポンダーなどの
識別設備を含めて船の電力が完全に落ちているからだ。
どちらかというと電源が落ちているというよりそもそも一度も
電源が入れられていないんじゃないのか?
船は新品同様の状態で、ざっと見た感じでは船内の設備や
備品類も工場出荷時の位置から動かされていない。
そこに人が乗っていた形跡自体がないんだ。
こうなるとIDコードや貨物情報も取得はできない。
……仕方ないな、無理やり覗いてみるか。
亜空間センサーを使えば基本的にほとんどの物体を透過して
内部構造を見ることができる。だから記録媒体の中身がどうなっているかを
正規の読み取り装置を介さずに見ることだって簡単だ。
俺は専門の技術者じゃないからセンサーで直接見れる生データなんて
読めないが、こういうのはまあジェフの仕事だな。
「ジェフ、これを読んでくれるか?」
自分以外誰もいないブリッジ内でそう口に出すと、
視界内に映るそのままでは読めない生の電子記録が読める形へ変換される。
「艦長、私は研究用モデルではありませんので
解析の正確性は保証いたしかねますからね?」
返事をしたのは人間ではなく、本来はすべての軍艦に
標準装備されている戦闘統制知能だ。いわゆる艦載AIには
船ごとに別の人格パラメーターと名前があって、俺の船ではジェフという。
「旧世代の民間船の電子記録なんて大して難しいものでもないだろう?
多少間違っていても実用上は問題ないさ」
軍事用AIはどうもこういう研究や情報処理用途で使われるのを
嫌うところがあってかなわんがそれでも命令は聞いてくれる。
まあずっと文句を言われ続けるのもなんだし今度ドック入りしたら
対応する思考モデルを導入してやるかね……頼んでおいた新しい船が
完成する方が早いかもしれんが。
で、ジェフが構造化してくれた生データに記録されているものはというと
……まず船のIDは"TRI-CTM-0004AC1F"。見たままの民間中型輸送船だ。
番号からすると比較的最近製造されたものだろう。
所有者の登録情報はなし、貨物目録は空っぽだった。
つまりはまだ何も登録されていない、初期化処理すらされていない
新品の船があそこを漂っているんだ。
しかも中身入りの低温ポッドを抱えた状態でな。
怪しい星系に怪しい船、怪しい積み荷と怪しさに事欠かない。
エキュメノポリスというのも当然気になるが、
無視するには惜しいものが漂っているんだし、こっちを先に調べてみるかね。
だが、ポッドの中身は一応事前に軽く確認しておいた方がいいだろう。
基本的に生ものを拾ったらちゃんとそいつを家に帰してやらないといけない。
そういうわけで亜空間センサーを使ってポッドの中を見てみると、
20個あるうち中身が生きているポッドは17個。
冷凍されている生物はどれも別々の惑星の生まれであるように見える。
生物としての系統はばらばらだし、
低重力や高重力環境のような気候以外の環境の違いに由来するような
身体的特徴の違いも見られた。
別にその専門ではないから正確なことはわからないがね。
ただ、どの生物も食性は雑食か肉食のどちらかだろう。
全体的に攻撃的な身体の造りをしたやつが多く、
うむ……一部の収集家が喜びそうな内容だ。
正直この星系との関連はなさそうだし、
もしかしたら密輸業者がこの星系を覆う霧を
違法品を安全に保管するのに使っているのかもしれない。
まあ、詳細は乗り込んで実際に調べてみようか。
そうと決まれば行き先を変えよう。
ちょうど今"注目"している無人の輸送船をジャンプのターゲットとして指定。
パラメーターを再計算させて再度ジャンプ準備を始める。
邪魔なものがない恒星周回軌道上なら目標のすぐそばに
相対速度ゼロで出現するだけでいい、惑星の軌道に入るよりはずっと簡単だ。
航路設定を確認してジャンプを承認すればあとはすぐ。
ワームホール航法はジャンプイン時の速度とベクトルが保持される都合上ジャンプアウト地点、またはターゲットとの速度を事前に合わせておく必要があります。そうしないとものすごい勢いで置き去りにされるか、逆にジャンプアウト直後に猛スピードで衝突します。速度調整ミスによる衝突、墜落事故は銀河ではそれなりの頻度で発生するよく知られた出来事とされます。発展型のワームホール発生装置の場合減速する場合にのみ自動で速度調整が可能。最新世代の艦船はそもそもまた別のFTL航行装置を搭載しているのでこういった制約は受けません。FTL航法は現状では超空間航法、ワームホール航法、微小転移航法の3つがあり、最新技術である微小転移航法では世界の法則がわずかに異なる並行宇宙へ一瞬だけ転移するという動作を数ゼプト秒未満の時間で何度も行い、世界の位置座標の最小単位のずれ(数値の精度問題)を利用して強引に元宇宙での位置を移動させる、数値の精度が失われる際の空間グリッドへの吸着を利用した転移システムです。他のもので例えるなら、Minecraftのネザーゲートワープが近いですね。(ネザーから帰ってくる際に帰還先のゲートがずれるのを利用して短距離ワープする)




