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#000C 冷たくも暖かい空

遅くて短い……。

なかなか作業時間が取れなくてどうもね。

まだまだ続く広大な雪原の中、まばらに木々が生える

小さな林のそばで俺とニックスは少しの休息をとる。


固形燃料ブロックに火をつけただけの簡素な

焚火を挟んで、穏やかに話をしながらな。


こんな場所じゃあ風をしのぐのも難しいが、

ニックスが風上に座って翼を広げてくれている

おかげでそれほど寒くはない。


準備の方はこれくらいでいいだろう。


「とりあえずはこんなものか、じゃあ飯にしようかね。

それでだがニックス? 俺が持ってきたのはこの辺りなんだが、

どれか食べられそうなものはあるか?」


持ってきた食料を一通り地面に並べ、

ニックスにどれがいいか聞いてみる。


「うーん、そだな……さっきも言ったとおりそこまで

腹は減ってないんだけど、んじゃあこれで」


聞かれたニックスは翼を広げたまま冷たい雪の上にいくつか

ばらまかれた携行食料の山を眺め少し考えたのち、

そのうちの一つを選んだ。


その選んだものというのは……なんとポークビーンズの缶詰だった。

持ってきた食料の中では数少ない"普通の"飯だが、

なんともノスタルジックな選択じゃないか。


「はは、なかなか渋いものを選ぶんだな、ニックス?」


実際ポークビーンズなんて一部の辺境星系でしか

出回っていないくらいの代物でな。

古い時代の文化というのは今も残るものもあればそうでない

ものもある。これはそうでないものの一つの例だ。


俺もどこのステーション……もしくは地上の居住地で買ったのかを思い出せない。


「ん? そうか? なんかこういうところで火に当たりながら

食べるにはいい感じじゃねーかなって思ったんだけどなー」


ニックスは不思議そうに首を傾げつつこちらを覗き込む。

……それはそうだな。こういうのに細かい理由なんて要らない。


「確かにそれはそうか。……物質操作器があればどんな飯でも

用意はできるが、こういうの趣があるよな」


「だろ? やっぱり旅って楽しくないとだしな!」


ニックスは笑ってそう言いながら缶詰を手に取り、

火にかけて温め始めた。


ああ、こいつの言うとおりだな。こうやって静かな場所で

ゆっくり休んだり、温かい食事をとったり──

そういうのを楽しむことが大事なんだ。


どんなことでもできてしまう今の時代だからこそ

というのもあるんだろうがね。


……さて、俺も何か食べよう。そうだな、

俺もニックスと同じくさほど腹は減っていないし、

スープ1杯くらいでいいか。


地面にばらまいた食料の中から一つ選んで、

俺もスープの缶詰を温める。


そうしている一方でニックスの方はというと、

すでに十分に温まったポークビーンズ缶の蓋に自前の爪で穴を空けて、

犬が水を飲むときのように舌で中身を掬い取って食べている。

おい待て、それそんな簡単に穴を開けられるものだったか?


まあいいか。それと、ニックスの分の飯は

人間用の食料でも特に問題は無いらしいな。

何の躊躇もなくごく普通の人間用の食品を手に取っていたし、

今までのニックスの発言からすれば種族ごとに食べられるものが

違うことくらいは本人も知っているだろう。


念のため中央アーカイブの記録も軽く読んだが

やはり問題はなさそうだ。


うむ、これで心配事が一つ減ったな。


──おっと、そうしている間にこっちの缶詰ももう暖かい。

何のスープかは知らないが、なかなかいい匂いだ。


「あ、そうだ。なあオーウィン?

そういえばなんで俺たちは歩いてるんだっけ?」


……缶詰の蓋を開けてスープを飲もうとしたところ、

ニックスが割って入ってきた。

何で歩いてるって? そう言われてもな……。


揚陸艇で直接お前の群れのコロニーまで

行くのは問題がある、というだけだろう。


「……何でって。さすがに船で乗り付けるのはまずいだろう?」


俺がそう返すと、ニックスは首を傾げた。

──これはどちらかというと感情表現ではなくて

単純に疑問で首を傾げている方だな。


「いやさ、船はまあ目立たないところに降ろしたほうが良くても、

わざわざ歩いて行かなくてもいいんじゃないかなって。

ほんとは船を降りたらコロニーまで乗せて行ってやろうと

思ってたんだけど、歩くっていうからさ」


乗せて……ああ……そういう意味か。

いや、ニックス一人なら飛べるだろうが誰かを乗せて飛ぶのは

無理じゃないかと思っていたんだが、その口ぶりからすると飛べるらしい。

これは少し面白い話になってきたな?


「待ってくれ、ニックス、お前人を乗せて

飛べるのか? かなり重たいぞ?」


実験惑星に住む種族という点を考慮すればおかしな話ではない

というのはそうなんだが、完全に頭から抜け落ちていた。


──だがそんな俺のことなんて気にも留めず、

ニックスは自信に溢れた様子で話す。


「へへ、大丈夫だぜ。鎧を着た人間も

乗せたことあるしさ。結構得意なんだ」


まあ確かに力や骨格の強度は問題ないんだろう。

実際さっきはそれなりに丈夫な缶詰の蓋に

自分の爪で簡単に穴を空けていたからな。


あれは中口径の燃焼式ライフルで撃っても

貫通しないくらいには硬いはずなんだが……。

(なんでただの缶詰があそこまで丈夫なのかは知らん)


うむ、まあニックスが乗せてくれるというんだったら

そうさせてもらうかね。


揚陸艇と違ってこの土地で普通に暮らしている

スノーワイバーンが飛んでいたところで特に

目立ちはしないだろうし、都合の悪いことはない。


「なるほど……まあそういうならここからは頼もうかね」


「おう、まかせてくれよ」




……そういうわけで、俺たちはまだ距離のある

雪原を歩きで越えなくてもよくなった。


とりあえずはキャンプの後始末をして、一息ついたら出発だな。


それにしても、ワイバーンの背に乗って飛ぶなんて、

物語の中の話そのものだな?


実験惑星というもののコンセプトがそうなんだから

むしろ当たり前なのはわかるが、やはりそれでも変な気分だよ。


====


「よし、これなら大丈夫だな。出発しようか」


後始末をして、ニックスに声をかける。


「おう。んじゃさっそく乗ってくれよ」


「ワイバーンの背に乗るなんて初めてだな。なかなかない経験だ。

──で、ちなみにだがどういう姿勢で乗ればいいんだ?

重心位置を考えると背中の上に伏せる感じでいいのか?」


乗りやすいよう姿勢を低くして待ってくれているニックスだが、

さすがに正しい乗り方が分からん。

鞍もないわけだし普通に考えれば安定しないだろうに。


「そだな。えーと、大体でいうと胸のあたりがちょうど

俺の首の付け根に来るくらいの位置で、足は後ろに真っすぐ

伸ばして伏せてくれてればいいかな。手は首に回してそれで掴まっててくれ」


ふむ。まあおおよそ想像通りか。こうやって普通に

説明ができるところからして、それなりに経験はありそうだ。


「わかった。これで大丈夫か?」


しゃがんでいるニックスの横から背中の上に伏せるようにして乗せてもらう。


「そだな、いい感じだぜ」


……これで問題ないらしい。


「よっと、んじゃ離陸するからな、しっかり掴まっててくれよ?」


俺が背に乗るや否やニックスは姿勢を元に戻し、

長い首で振り向いてこちらの様子を窺う。


「ああ、さすがに初めて乗せてもらうわけだから

不安はあるが、努力はするよ」


「へへ、大丈夫だって」


不安を和らげたいのか、そう声をかけてくれる

ニックスの表情はとても優しいものだった。


俺は落ちても死にはしないが、ニックスに怪我でもされたら困る。

怪我なんて簡単に直せるさ。だが問題はそこじゃない。


はぁ、覚悟を決めようかね。


「……よし。俺の方はOKだ、頼んだぞ」


こちらの準備ができたことを確かめると、ニックスは

正面へ向き直り、離陸のために走り始める。


1歩踏み出すごとにその背中は大きく揺れるが、

それも長くは続かない。速度が乗ったニックスの翼が風を捉え、

一度空中に舞い上がると──不思議なほど自然に不安定さは消えてなくなった。


……ここまで安定するものなのか? 正直信じられない。


だがニックスは間違いなく俺を背に乗せて、

この雪原の冷たく重い空の下を静かに滑っている。

そう、滑っているという表現がふさわしいように。


「言っただろ? 大丈夫だってさ?」


予想外に安定した飛行に少し動揺していたところに、

こちらを振り向いて話すニックスの声が響く。


いかんな……いろいろと考え込んだり意識がそれたりしすぎだ。


「ああ、お前の言う通りだったな。

それにしてもすごいものだ。ここまで安定して飛べるなんて」


「なんだかんだ俺って群れの中で一番飛行時間長いからなー。

ほら、ずっと旅してるからさ。じゃ、あとは俺たちのコロニーまで

直行するから、オーウィンはゆっくりしててくれよ」


よく考えてみればそうか。普通にコロニーで暮らしているよりも、

惑星全土を回って旅をする方がはるかに飛行時間は長くなるし、

雪原以外の空の飛び方だって身に付くだろう。


……ここはニックスの空なんだ。

俺が心配するべきことなんてなかったな。


「わかった。お言葉に甘えさせてもらうよ」


俺がそう言うと、こちらを振り向いたニックスは笑みを見せた後

再び前方の冷たい空へと視線を戻し、まるで道が見えているかのように

ためらいなく翼を傾け、群れのコロニーがあるであろう方位へと鼻先を向ける。


後は任せよう。空を飛んでいけばそれほど時間もかからないはずだ。

そう遠くない下方に広がる雪原の模様は歩いていた時とは

比較にならない速度で流れ、そして遠くに見える小さな明かりは

少しずつこちらへ近づき、鮮明なものに変わってゆく。


前方からの風は冷たいが、同時にニックスの羽毛はとても暖かい。

サーマルブランケットをかぶっていない方が直接触れられて

快適なんじゃないかと思えるくらいに。


そうか……これからは徒歩での探索だけでなくニックスの背に

乗せてもらうという選択肢も増えるのか。


あまりこちらから頼むというのは抵抗があるからそうするかは

こいつ次第だが、また新しい視点が増えるのはありがたいね。


[エアバリア]


ほとんどの宇宙船や車両に搭載されている流体隔離装置の総称。

基本的な動作原理は反発型シールドと同様だが、流体制御に特化した専用の識別装置を搭載しているという点で戦闘用のシールドとは異なる。なお、エアバリアは攻撃を防ぐ目的で設計されていないのに加え、補助的な設備として搭載されることから強度上限は低い。


ほとんどの民生用エアバリアは最大隔離能力150MPaを基準に設計され、軍用モデル、および工業用モデルはより高い隔離能力を持つ。エアバリアという一般名に反し、実際は液体も隔離可能。


[燃焼式火器]


化学燃焼によって生じるガスを利用して物体を加速、投射する実体弾武器の総称。

2795年現在においてはほぼ化石と言って差し支えないほどの古い技術ではあるが、生体強化を受けていない有機種族に対しての殺傷力は十分であるため、民間市場では今も広く流通している。

トリニティではクラス0武器ライセンスにより所持、携行が可能。


コメント:


いわゆる普通の銃や火砲です。生身の生物相手なら今でも通用するので辺境星系ではよく使われます。

オーウィンの言う中口径の燃焼式ライフルとは大体8mmクラス。

設定上はM7 8mm自動小銃が該当しますが、まだ登場していません。

民間市場では人気のある武器の一つなのでいずれちらっと出るかも。

ヤーポン法は邪悪なので採用していません。


M7の簡易な説明:


高い精度と信頼性、瞬発力に優れる高速2バースト機構が特徴。

8x60mm弾使用 。装弾数20+1発。セミオート、超高速2バースト、フルオート。

初速1150m/s。発射速度8RPS。


そのほか:


ニックスはだいたい120kgまでの物体なら背負ったりぶら下げて飛ぶことができます。

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