#000B 雪原を超えて
どうしてこんなに遅いんですか? やる気あるの?
降下過程を終えて、今この船が飛んでいるのは
白い雪と黒い岩だけがひたすらに広がる雪原の上空。
昼間だが、雪雲に覆われた空は少し薄暗い。
出来るだけ現地の住民の注意を惹かないよう
遠くに見える小さな明かりを避け、稜線の向こうへ船を隠すようにして
俺たちは着陸の準備を進めていた。
「この辺りか?」
すぐ後ろから操縦席を覗き込むニックスに、念のためもう一度聞いておく。
高度を下げている間に教えてくれた"目立たない"場所だが、
ここからではそれらしいものは見えない。
「そだな。このまま真っすぐ地形に沿って北に飛んで、
多分だけど6kmも飛べば見えてくると思うぜ。
クレーターみたいになってるからすぐわかると思う」
ふむ、クレーター状の地形か。
ニックスの指示に従い、亜音速を維持しながらしばらく北へ飛ぶ。
そして、正面に立ちふさがるかのような急斜面を飛び越えたときだ。
視界の下方が突然開け、まるで地面が抜けたかのようにして
眼下にすり鉢状の大穴が広がった。
低空飛行を維持していたから見えなかったわけだが、
なかなか大きなクレーターだ。
この中に降ろせば確かにそうそう見つからないな。
「なるほどな。確かにこれなら船を隠すのには最適だ。
ありがとう、ニックス」
「へへ、多分ここなら駆逐艦くらいの大きさでも隠せると思うぜ」
笑顔でそう話すニックスの言う通り、
これならかなり大きな船でも泊められるし、
ちょっとした居住地を築けるくらいの大きさはある。
「よし、船を降ろすぞ」
「へいへい、んじゃ俺は後ろで待ってるぜ」
俺がそう言い改めて操縦桿を握ると、ニックスは
すぐにでも降りられるよう、先に後部ランプの前へ向かった。
脚が地面に付いたら、こっちも荷物をまとめて降りる準備をしようかね。
さて、着陸は昔ながらのやり方で行こう。
操縦席の窓から船外の様子を見つつ、クレーターの底へと
少しずつ高度を下げ、深い雪が積もった地面へゆっくり船を降ろす。
グラビトンスラスターの排気が勢いよく雪を巻き上げる中で、
降着装置を地面と平行に保って最後の微調整へ入ると──
船は積もった雪を踏み抜いて接地した。
……雪に埋まったせいで窓の外に見える地面が随分と低い。
この感じ、おそらく外からだと胴体着陸したようにしか見えんだろうな。
まあ、支障はないからこのままでいい。
機体が安定したことを確認したらスラスターを停止させ、
地面へ重力テザーを打ち込んで船を固定だ。
他に忘れていることはないな? よし、降りようか。
最低限の船外用装備──ストレージインターフェースと
陽電子パルスピストルを持ち、後ろで待つニックスの元へ。
操縦席の後ろのロッカーから必要なものを持ち出し下へ降りると、
ニックスは後部ランプの前で待ってくれていた。
自分でランプくらい開けられるだろうにな。
「待たせたな。じゃあ外に出ようか。
たぶんランプが最後まで開かないと思うが……」
「……? あ、もしかして雪に埋まった感じか?」
ニックスはすべてを察したような顔でこちらを見て、耳を立てた。
「さすがにかなり雪が深かったよ。まあ、ランプを開けるぞ」
左右の壁にある操作盤からランプを開くと、
隙間から少しずつ外の景色が顔をのぞかせる。
といってもここから見えるのは白い雪くらいだが、
それでも立派な外の世界だ。
大気のない荒涼とした惑星ならどこへ行っても灰色の地面に
うざったいほど細やかな砂しかないが、ここは違う。
「あ、止まったな」
……。
ランプは何とも中途半端な位置で止まり、
ニックスの方は気まずそうな目でこちらを振り向いた。
まったく、なんでこう立ったまま通るには狭いが
しゃがむと広い絶妙な位置で止まるんだ?
「まあ、これくらいなら通れるだろう。ニックス、先に外に出てくれ」
「OK、んじゃお先に」
ニックスは姿勢を落とし、狭苦しそうに半開きのランプをくぐって船外へと出る。
それに続き、俺も頭をかがめてこの微妙な隙間をくぐった。
外の空気は身体に刺さるように冷たい。
揚陸艇の乗降口には当然、目に見えない保護膜のような
船内と外との空気を隔てるエアバリアというのがある。
その境界を通過した瞬間、外が極寒の雪原であることを実感したよ。
仮想世界で再現された感覚とは似ているようで異なる、本物の寒さだ。
吐く息は真っ白に染まり、全身を冷気が撫でる。
生体強化の影響で感じることのできる冷たさや熱さ、
そして痛みには上限があるが、なかなかに堪えるな。
……刺激上限を下げるか? もしくはさすがに上着を着るなり。
環境シールドでもいいといえばいいか。
流石にこの格好のまま外に出たのは失敗だった。
どうするか考えつつ、雪の上に浮かぶかのようにして
伸ばされたランプから俺は地面へと足を踏み出す。
予想はしていたがそれなりに埋まるな。
船より生身の身体の方がはるかに軽いから完全に沈む
ということは無いにせよ、相当歩きにくい。
「よっと。オーウィン、大丈夫か?」
──そうしていると、ニックスがそばまで来て手……じゃなく翼を貸してくれた。
「ははは、歩けはするが、これはなかなか厄介だな」
俺は当たり前のように柔らかいはずの
雪の上に立っているニックスの方を見上げる。
飛行種族の身体が軽いというのはわかるが、
あの接地面積で沈まないものなのかと感心するね。
「……ってかさ、それ寒くないのか?」
俺を引っ張り上げたニックスは、心配そうにこちらを見つめる。
「確かに寒いが、耐えられないとい──」
「ほら、こうすればあったかいだろ?」
心配いらないと伝えようとしたんだがな。
そう言い切る前に、ニックスの大きな翼が俺の言葉を遮った。
ニックスはその翼ですぐそばに抱き寄せるようにして
俺の身体を包みこみ、冷たい空気を遠ざけてくれたんだ。
風切羽は少し硬いが、体の方を覆っている羽毛はとても柔らかくて暖かい。
……これなら、寒さなんて気にならない。それくらいに心地よかった。
「……ああ。確かに暖かいな、ありがとう」
「へへへ、ここらへんで人間を案内するときはいつもこうしてるんだぜ?
俺たちは別に寒くないけど、他の種族はそうもいかないしさ」
大きく首を曲げて少し強引にこちらを向き、ニックスは自慢げに話す。
いつもそうするというんだから、自分の羽毛が
他人を寒さから守るのに最適だというのもよく知っているんだろうな。
「なるほどね。さて、そうだな。ずっとこうしているわけにもいかないし、
寒冷地用の装備を取り出すから少し離れてくれるか?
あまり迷惑はかけていられない」
「よっと。まあ寒かったらいつでも言ってくれよな!」
ニックスに離れてもらい、ストレージから寒冷地用の服装を取り出す。
普段着の上からそのまま重ねられる薄いフィルム状のものだ。
別に環境防護シールドでもよかったが。
俺が取り出したフィルムを服の上からかぶろうとしている間、
ニックスはそれを物珍し気に眺めている。
「お、それってサーマルブランケットとかそういうのなのか?」
だが、そんなこいつが何気なく発した言葉は……少し予想外だった。
サーマルブランケットだって?
随分と古い時代の言葉を知っているものじゃないか。
まあ、多分気にしても仕方がないし、
今聞くと余計に時間が潰れてしまうだろう。
そういうのは一度船に帰ってからだ。
「あー、まあその類のものではあるな。
これなら軽いし嵩張らないし、それでいて暖かい。
原始的だがなかなかいいものだぞ」
おそらく向こうから見ても分かるくらいに
俺は予想外の言葉に驚いているだろうが、
ニックスにはとりあえず無難に返して出発だ。
「ふむふむ。んじゃ、寒さ対策はOKってとこかな?」
「ああ。とりあえずこれでいいだろう、出発するかね。先導を頼むぞ」
「おう、まかせてくれよ」
====
最低限の防寒具を身に着け、俺はニックスの後をついてこいつの故郷、
スノーワイバーンたちが暮らすコロニーへと向かう。
なんでも距離はここからだと20km近くはあるらしく、
歩きにくいのも合わさって徒歩だとなかなかの長旅になりそうだ。
だが、そういうのも悪くないさ。むしろこれ自体が旅というものだろう?
俺たちはクレーターの斜面を登り、
北東へ向かって歩き、曇天の下の静かな雪原をゆく。
こんなところで本当に生活ができるのかと疑ってしまうほどにこの場所は
とても静かで、生き物の気配なんてまるでない。
密閉された居住地で自給自足をするなら別だが、ここまで生命が希薄なら
狩りの獲物を探すだけでも一苦労だろうに。
実際、歩き続ける中で俺もニックスも
他の生き物の気配は捉えられていない状態だ。
行けども行けども視界に入り込むのは白い雪と灰色の雲、
そして遠方に霞んだ黒い岩山。揚陸艇で飛んでいた時は小さな
街の明かりを見ることができたが、
地上に降りてみるとそんなものはどこにも見当たらない。
ニックスはこの地域で何度か
案内を務めたことがあるような話をしていたが、やはりそういう助けがないと
外部からの訪問者がここで人間の集落やニックスたちスノーワイバーンの
コロニーにたどり着くというのは厳しいんだろうな。
ここでは風は吹いていても、
土地そのものはただ黙り込んでいるだけのように感じられる。
まあ、船を降ろした場所──つまりは人目に付かない場所の側から
歩いているというのも原因ではあるか。
「本当に静かだな。なあニックス?
この辺りは普段野生生物も寄り付かない場所なのか?」
すぐ隣を歩くニックスに声をかける。
この土地について気になることというのはたくさんある。
普段なら観測データを見ながら自分で考えているところだろう。
だが、今回はうれしいことにいつもと違うところが一つある。
そう、今俺は一人じゃないんだ。
「あー、そだな。この辺はちょうど
地面の下が不毛な荒れ地になってるみたいでさ、草木も生えないから
生き物が住み着く理由があんまりないんだ。
ほら、食べるものも身を隠すものも無かったらどうしようもないだろ?」
ニックスは前を向いて歩き続けつつ、
時折横目にこちらを見ながら話す。
なるほどね。雪が覆い隠しているその下にそもそもろくなものが無い、と。
そして、逆に言えばニックスの群れのコロニーが
ある場所はそうではないわけだ。
当たり前のことと言えば当たり前かもしれないが、この辺の事情をはっきりと
聞くことができるのはありがたいね。
「ふむ、なるほど確かにそうか。
言われてみればこの辺りには木の1本すら生えていないな」
「そ、だから俺たちも、
この近くに住んでる人間もこんなとこには寄り付かないんだ」
ニックスは長い首でこちらを振り返り、首をかしげて笑って見せる。
……そうか。
「……ああ、だからこの場所が着陸地点に
最適だったというわけか。納得したよ」
「へへ、そゆこと」
ニックスの意図を察して俺が言葉を返すと、そこで自然にお互い目が合った。
こいつとはまだ会ってから半日も経っていないというのに、
妙に息が合うな。
どこか根本的に似てる部分でもあるんだろうかね、こいつとは。
====
その後も俺たちは歩き続け、30分ほどが経った。
どんよりとした空の下、視界もそれほど良くはなく、一向に街やら村やら、
誰かが住んでいるような場所は見えてこない。
まあ、徒歩だから仕方ないな。
それにしても、ニックスの方はだ。これだけ歩いているのに
関わらず、特に疲れた様子は見せていない。
空を飛ぶ方が体力を使うというのは分かるんだが、
普段からこれだけ歩くことも少なくないのかね。
──待てよ? よく考えれば、ニックスは解凍されてから
まだ何も食べていないよな?
いろいろと考え込みながら歩いているときに
丁度そのことに気が付いた。
そうだな。まだ先は長いだろうし、
この辺りで一度休憩を挟んでもいいかもしれない。
「ニックス、この辺りで一度休憩するのはどうだ?
お前、ポッドから解凍されてから何も食べていないだろう?」
先ほどと同じく特に疲れた様子もなく、
何なら俺よりも数歩前に出て歩き続けるニックスに尋ねてみる。
「んー……あ、確かにそういえばそうだな」
それを聞いたニックスは足を止め、少しの間翼の指を顎に当てて考え込むと
何かを思い出したようなしぐさを見せる。
「まあまだ腹は減ってないけど、確かに休憩するのもいいかもな」
「分かった。一応食料も持ってきてあるから、
せっかくなんでついでに飯も済ませようかね」
「お、どんなの持ってきたんだ?」
「ほとんどは軍用の携行食だが、まあ少しくらいはまともなのもあるさ。
とりあえず休む場所を探そう」
そういうわけで、ニックスの故郷までの道のりも
まだそれなりに遠いこの場所で俺たちは一度休憩することにした。
持ってきたものがニックスの身体に会うかまではまだわからないから、
食べられるものが無かった場合は物質操作器で新しく作ろう。
「おーい、この辺ならまだましなんじゃねーかな?」
──おっと、見つけてくれたか。
遠くから聞こえる声の方を見ると、まばらに生えた木々で
かろうじてそれと認識できる林の中で
ニックスが翼を広げてこちらを呼んでいる。
無いよりはマシかどうかすらわからんが、まああそこで休むことにしよう。
「わかった、そっちへ行く」
ニックスの元まで歩き、最低限の道具を広げて……簡易なキャンプだな。
[装備品: 重力テザーエミッター]
重力による"糸"を形成し、二つの物体を繋ぎ止める非常に特殊な装置。
この糸には実体はなく、"触れる"ことはできるものの、
触れてもそこに物体があると感じることはない。同様に、重力テザーと
勢いよく衝突したとしても衝撃や痛みは感じず、極めて安全である。
テザーは物理的に物体を繋いでいるわけではないため長さや角度を自在に変化させることが可能で、さらに複数の中間点を配置し、曲線、直線による複雑な経路を取らせ、ロープを結ぶようにして扱うこともできる。惑星探索などの場面では高所から安全に降下したり、逆に高さのある場所へ上るためにウィンチのように使用されることもあり、テザーを使って身体を天井から吊り下げる際は使用者の身体には一切の負担がかからない。片腕でぶら下がるような姿勢を取っていたとしても、身体にかかる通常の重力はテザーによって完全に遮断され、使用者は微小重力環境に居るかのように一切の重みを感じずに済む。
[スノーワイバーンの羽毛]
スノーワイバーンの羽毛は単に寒冷な環境に耐えられるだけではなく高性能な熱管理機構の一部でもあり、かなりの高温でも破壊されない彼らの特殊な血液による冷却ループにおける放熱面として機能する。
周囲の温度と体温との差によって表面積が常に最適になるように形状を変え、体温が高い際は
羽毛の根元付近を通る血管から熱を吸い上げ、外気へと放出することが可能。
コメント:
通常の生物より明らかに高い身体能力を持つ、ひとまとめに強化生物などと呼ばれる生命体は、どれも運動時に筋肉が激しく発熱し、栄養、エネルギーも同様に多く消費します。
普段普通に過ごしている分にはこうはなりませんが、緊急時に全力を出すとこういった状態になり、排熱が不十分だと身体機能が損傷する場合もあります。
まあ、第4世代型強化生物の場合は耐熱限界が高いのであまり気にすることはないですが。
第4世代型というのはこの世界で現在最も広く使用されている生体強化処置で、オーウィンもこの世代の強化を受けています。ニックスとその同族はトリニティが設計したわけではないですが、一応第3世代に相当する能力を持つとされます。
[刺激上限設定]
強化生物の身体機能には、特定の種類の外的刺激の強度に上限を設ける機能が搭載されており、これにより熱さ、冷たさ、痛みをはじめとして基本的な感覚全般に対し強度設定を行うことが可能である。
一般に痛覚抑制とも呼ばれるが、抑制できる感覚の種類は幅広いため総称として刺激上限、または刺激抑制という名称が正式名として使用されている。
コメント:
痛みに悶えて動けなくなるような事態をなくし、身体が物理的に機能を喪失しない限り戦い続けられるようにするためのシステムの一つです。完全無効化もできますが、自分の身体へのダメージを認識できないと困ることは多いため、通常は80%軽減程度に設定されています。任意のパーセンテージでの軽減、および絶対値での上限設定の両方に対応。




