表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された公爵令嬢、冷遇された第二王子と手を組み“恐怖政治”をひっくり返します  作者: 星詠みミラ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/27

第9話「神意の名の下に」

 王都中央大聖堂は、朝から人で溢れていた。


 白亜の石壁に陽光が反射し、巨大な鐘楼が影を落とす。貴族、商人、市井の民までが集まっている。


 第一王子が声明を出す――その噂は一夜で広がっていた。


 エレノアは馬車の中から広場を見つめる。


 フード付きの外套を羽織り、目立たぬ装い。


 公式に出ることはできない。


 だが、見ることはできる。


「位置はここで」


 セシルが低く告げる。


 聖堂側面の回廊。正面広場より少し離れ、しかし声は届く距離。


 やがて、ざわめきが波のように広がる。


 第一王子ルシアンが現れた。


 白と金の装束。背筋を伸ばし、堂々と歩む姿は、まさしく王の器。


(……憎めない)


 そう思ってしまう自分に、わずかに苛立つ。


 彼は冷酷だ。


 だが、信念はある。


 壇上に立ち、民衆を見渡す。


「諸君」


 よく通る声。


「近頃、王家婚約法に関し、不穏な噂が流れている」


 ざわめきが止む。


「婚約破棄が乱用されている、と」


 エレノアの指が外套の内側でわずかに握られる。


「だが、断言しよう」


 ルシアンは一歩踏み出す。


「王家婚約法は、国家安寧を守るための盾である」


 強い言葉。


「我らは私情で婚約を破棄することはない」


 視線がまっすぐ前を向く。


 そこに、迷いはない。


「すべては、国を守るため」


 背後から、柔らかな声が続く。


「神の御心もまた、秩序を重んじます」


 聖教会の巫女、アマリア。


 白い法衣に身を包み、静かに立つ。


 その姿は清廉で、嘘をつかぬ人間の顔だ。


「神は、混乱を望まれません」


 民衆が頷く。


 信仰は強い。


(……強固だ)


 エレノアは冷静に分析する。


 法律と宗教。


 二重の正当化。


 崩すには、どちらも揺らさねばならない。


「王家婚約法第十二条は、軽々しく使われるものではない」


 ルシアンが続ける。


「だが、国家に害をなす可能性があるならば、王家は決断する義務がある」


 害。


 可能性。


 曖昧な言葉。


「犠牲はある」


 その一言に、広場がざわめく。


「だが、王は選ばねばならない」


 彼の瞳に、覚悟が宿る。


 嘘ではない。


 彼は本気で国を優先している。


 だからこそ、危険だ。


 その時。


「ならば、基準を明示すべきだ」


 別の声が響いた。


 低く、よく通る。


 広場の空気が揺れる。


 第二王子アルベルトが、階段を上がってくる。


 公式な登場。


 ざわめきが広がる。


 兄弟が、同じ壇上に立つ。


「兄上」


 アルベルトは静かに礼をする。


「婚約法の正当性を疑うつもりはない」


 民衆が息を呑む。


「だが、運用の透明性は必要だ」


 ルシアンの瞳が、わずかに細まる。


「透明性?」


「発動基準と、発動後の処理について、記録を公開するべきだ」


 広場に波紋。


「国家機密だ」


 ルシアンが即座に返す。


「すべてではなく、統計でよい」


 アルベルトは冷静。


「婚約破棄が急増している事実を、民に説明すべきだ」


 エレノアの心臓が強く打つ。


 言った。


 公の場で。


 ルシアンの視線が鋭くなる。


「急増?」


「三年前から」


 静かだが、はっきり。


 ざわめきが広がる。


 数字は出していない。


 だが印象は植えた。


 アマリアが二人を見比べる。


「……殿下方」


 柔らかな声。


「神は、真実を恐れません」


 一瞬、空気が止まる。


「もし民が不安を抱いているならば、説明は必要でしょう」


 ルシアンの表情がわずかに変わる。


 教会が完全に味方ではない。


 アルベルトは一礼する。


「感謝します」


 ルシアンは数秒、沈黙し。


「検討しよう」


 それだけを言う。


 完全な拒否ではない。


 だが、受諾でもない。


 広場はざわめきのまま解散へ向かう。


 兄弟は視線を交わす。


 無言の対峙。


 そして、別方向へ去る。


 回廊の陰で、エレノアは深く息を吐いた。


「……成功ですか」


 セシルが小声で問う。


「第一歩は」


 完全勝利ではない。


 だが、対立は公になった。


 婚約破棄は、もはや密室の決定ではない。


 民衆の前に出た。


 馬車に戻る途中、背後から柔らかな声がかかる。


「エレノア様」


 振り向く。


 アマリアが立っていた。


 至近距離。


「少し、お時間をいただけますか」


 その瞳は、澄んでいる。


 だが迷いもある。


 エレノアは頷く。


「もちろんです」


 セシルが距離を取りつつ警戒する。


 回廊の奥、小さな庭。


 人目はあるが、耳は遠い。


 アマリアが静かに言う。


「婚約破棄の件、あなたのことは存じています」


「光栄です」


「光栄ではありません」


 きっぱり。


「あなたは、無実ですか」


 直球。


「はい」


 即答。


 アマリアは目を閉じる。


「神は、不義を望みません」


「ならば」


 エレノアは一歩踏み出す。


「神意の名で、どれだけの家門が切られたのか、ご存じですか」


 静かな問い。


 アマリアの瞳が揺れる。


「……すべては把握していません」


「ならば、共に確認を」


 数字を思い浮かべる。


「真実を知ることは、信仰に背きません」


 沈黙。


 庭の噴水の音だけが響く。


 やがてアマリアは小さく頷く。


「資料を、拝見させてください」


 胸の奥が熱くなる。


「喜んで」


 手を差し出す。


 アマリアはその手を取る。


 柔らかいが、力強い握手。


 制度と信仰。


 二つの柱の一つに、ひびが入る。


 遠くで鐘が鳴る。


 それは祈りの音か、戦の合図か。


 エレノアは確信する。


 婚約破棄は終わった。


 だが今、王家婚約法そのものが、民衆の視線に晒された。


 そして。


 彼女はもう、囲いの中の存在ではない。


 盤上に戻ったのだ。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、

ブックマーク や 評価 をお願いします。


応援が励みになります!


これからもどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ