表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された公爵令嬢、冷遇された第二王子と手を組み“恐怖政治”をひっくり返します  作者: 星詠みミラ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/27

第8話「数字は嘘をつかない」

 夜が更けても、執務室の灯りは消えなかった。


 机の上には、エレノアが作成した表が広げられている。


 十五年分の婚約破棄件数。

 家門の規模。

 派閥。

 財政規模。

 軍との関係。


 整然と並ぶ数字。


 アルベルトは無言でそれを眺めていた。


「ここを」


 エレノアが指先で示す。


「三年前から、商会との直接取引を持つ家門が集中しています」


「軍備拡張期と重なる」


「ええ」


 窓の外では夜警の足音が響く。


「婚約破棄で家門を弱体化させ、その資産を王家管理下へ再編」


「軍費へ流す」


 アルベルトが淡々と続ける。


「兄上は表向き、国境防衛を理由にしている」


「実際に脅威は?」


「ある」


 即答。


「だが急ぎすぎている」


 エレノアは目を伏せる。


 戦の匂い。


 制度は内政の刃であり、外征の準備でもある。


「……ならば、私の件も」


「派閥整理の一環だろう」


 はっきり言われると、胸がわずかに痛む。


「ヴァレンティス家は、軍費増強に慎重だった」


「父は、段階的整備を主張していました」


「それが遅いと判断された」


 合理。


 だが冷酷。


 沈黙が落ちる。


 エレノアは紙を一枚取り出す。


「こちらは、非公開案件の比率です」


「ミレイユか」


「ええ。直接ではありませんが、傾向は掴めました」


 非公開案件は三年前から増加。

 理由は“国家機密”。


「情報統制も強まっている」


 アルベルトの声が低くなる。


「兄上は盤面を閉じ始めている」


「ならば、こちらは開きましょう」


 エレノアが言う。


「どこを」


「噂から」


 机の端に別の紙を置く。


「王都の商業区。教会の説教。貴族の夜会」


「数字を直接出すのは危険だ」


「ええ。ですが“増えている”という印象は植えられます」


 アルベルトは腕を組む。


「誰が動く」


「リリアナ様の商会は情報網があります」


「巻き込むのか」


「既に巻き込んでいます」


 彼は小さく息を吐く。


「君は本当に、退かないな」


「退く理由がありません」


 視線が交わる。


 怒りではない。

 決意。


「……慎重にやれ」


「はい」


 その時、扉が叩かれる。


「殿下」


 副官の声。


「入れ」


 扉が開く。


「第一王子殿下が、明日、教会にて婚約法の正当性について声明を出されます」


 やはり。


 先手を打たれた。


「内容は」


「“王家婚約法は神意に基づく秩序維持の柱”とのこと」


 エレノアの胸が冷える。


 神意。


 宗教を盾にする。


「聖教会は」


「巫女アマリア様が同席予定です」


 アルベルトの表情がわずかに動く。


「……彼女は盲目的ではない」


「ですが、教会は王家寄りです」


「今のところは」


 副官が退出する。


 静寂。


「神意と結びつけられれば、改正は困難になる」


 エレノアが呟く。


「ならば」


 アルベルトが言う。


「神意の解釈を揺らす」


「教会内部から?」


「可能性はある」


 エレノアは考える。


 制度は法律。

 だが正当性は信仰。


「……アマリア様とお会いできますか」


「直接は難しい」


「間接的でも」


 アルベルトは少し考え、


「機会を作る」


 短く言う。


 机の上の数字が、蝋燭の光で揺れる。


「エレノア」


「はい」


「この道は、引き返せない」


「承知しています」


「兄上は容赦しない」


「私もです」


 一瞬、空気が張る。


 彼はゆっくりと頷く。


「明日の声明後、動く」


「噂を?」


「いや」


 彼の瞳が鋭くなる。


「公開の場で、異議を唱える」


 心臓が強く跳ねる。


「殿下が?」


「そうだ」


「それは……」


 王位争いの明確化。


「覚悟はあるか」


 問われる。


 エレノアは迷わない。


「あります」


 沈黙。


 やがて、アルベルトは小さく笑う。


「君は、本当に危うい」


「殿下ほどでは」


 わずかな冗談。


 だがすぐに真顔に戻る。


「数字は嘘をつきません」


 紙を見つめる。


「ですが、数字を読む人間が嘘をつく」


「だからこそ、読む目を増やす」


 王都に。

 教会に。

 商会に。


 小さな波を重ねる。


 外で風が吹く。


 鉄柵がかすかに鳴る。


 囲いの中。


 だがここは、戦略室でもある。


 アルベルトが静かに言う。


「明日から、兄と私の対立は隠せなくなる」


「望むところです」


「強いな」


「強くなりました」


 彼と目が合う。


 甘さはある。


 だが今はそれよりも、緊張が勝る。


 婚約破棄は終わった。


 だが。


 制度の破棄は、まだ遠い。


 蝋燭の炎が揺れる。


 その光の中で、エレノアは確信する。


 数字は嘘をつかない。


 だが、数字だけでは足りない。


 次は――


 信仰を揺らす。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ