第6話「クローディア伯爵令嬢」
翌々日、空は薄曇りだった。
王都の石畳は朝露に濡れ、馬車の車輪が静かな音を立てる。
エレノアは窓辺に座り、揺れに身を任せていた。
向かいにはセシル。外には私兵が四名。
公式ではない。
だが完全な密会でもない。
(殿下は、ここまで許した)
別邸の鉄柵を出るとき、門番が一瞬だけ目を合わせた。
許可の範囲内。
それでも、背中に視線を感じる。
王都の商業区へ入る。
貴族街とは違い、活気がある。布地の色、香辛料の匂い、商人の声。
クローディア伯爵家の屋敷は、この区域にあった。
正確には――元伯爵家の。
門は小ぶりだが、手入れは行き届いている。
侍従が応対し、応接間へ通される。
数分後。
軽やかな足音。
「ご無沙汰しておりますわね、エレノア様」
入ってきたのは、鮮やかな赤毛の女性だった。
年は一つか二つ下だろう。
瞳は鋭く、笑みは自信に満ちている。
リリアナ・クローディア。
かつて王族と婚約し、そして破棄された令嬢。
「お久しぶりです、リリアナ様」
立ち上がり、礼を交わす。
彼女は遠慮なく向かいに腰を下ろす。
「まあ、様付けは不要ですわ。今や私もただの商人ですもの」
指先で卓を軽く叩く。
「それで? 次はあなたの番、というわけ?」
単刀直入。
「……ご存じでしたか」
「王都に噂は広がっておりますわよ。祝宴での公開破棄」
扇も持たず、隠しもしない。
「派手でしたわね」
「ええ」
否定しない。
リリアナは目を細める。
「泣きました?」
「いいえ」
「でしょうね」
小さく笑う。
「あなたはそういう方だもの」
観察されている。
「本題に入りましょう」
エレノアは姿勢を正す。
「三年前、あなたは婚約を破棄された」
「ええ」
「理由は国家財政への不当介入」
「名目はね」
リリアナは肩をすくめる。
「実際は、商会との繋がりが強すぎたからですわ」
「やはり」
「王家は、金の流れを掌握したいのです」
彼女は指で空中に線を描く。
「不要な家門を切り、資産を再配分する」
エレノアと同じ推測。
「あなたは、なぜ生き残れたのですか」
「切り捨てるには惜しいと判断されたから」
あっさりと言う。
「私は、金を動かせる」
自信。
「伯爵位は縮小されましたが、商会は残りました」
つまり。
利用価値があった。
「次に狙われる家門を、予測できますか」
核心に触れる。
リリアナの瞳が一瞬鋭くなる。
「……危険な質問ですわね」
「承知しています」
「あなたは、何をしようとしているの?」
まっすぐな問い。
少しだけ、間を置く。
「制度の運用実態を明らかにしたい」
復讐、とは言わない。
リリアナは数秒、無言で見つめる。
「理想家」
「現実主義者です」
「どちらでも構いませんわ」
椅子にもたれかかる。
「狙われやすいのは、軍費増強に抵抗する家門。あるいは、第一王子派に従わない家門」
「具体的には」
「小規模ながら商会を持ち、地方で独自に資金を回す家」
数件、思い当たる。
リリアナが身を乗り出す。
「ですが」
声を低くする。
「あなたが動けば、殿下も動いていると見なされますわよ」
「承知しています」
「……本当に?」
挑発的な視線。
「第二王子を巻き込む覚悟は?」
一瞬、胸が強く打つ。
覚悟。
「彼は既に巻き込まれています」
静かに答える。
「私を保護した時点で」
リリアナは、ふっと笑う。
「甘いだけの関係ではないようですわね」
頬がわずかに熱を持つ。
だが逸らさない。
「あなたは、協力してくださいますか」
真正面から頼む。
リリアナは立ち上がり、窓へ歩く。
商業区の喧騒が遠くに聞こえる。
「面白い賭けですわ」
振り返る。
「婚約破棄された令嬢が、制度に刃を向ける」
唇が弧を描く。
「嫌いではありません」
「では」
「ただし条件がございます」
視線が鋭くなる。
「私の商会を守ること」
「守る?」
「ええ。制度を壊すなら、代替案が必要」
現実的。
「混乱すれば、真っ先に潰れるのは商人ですわ」
確かに。
改革は破壊を伴う。
「……約束はできません」
正直に言う。
「ですが、混乱を最小限にする努力はします」
リリアナは数秒、エレノアを見つめ。
「及第点ですわ」
扇の代わりに手を差し出す。
「共犯になりましょう」
その手を取る。
温かい。
「ありがとうございます」
「礼は不要」
微笑む。
「あなたが成功すれば、私の利益にもなりますもの」
合理的。
だがその瞳の奥に、別の光がある。
悔しさ。
あの日の。
「エレノア」
初めて名を呼び捨てにされる。
「泣かなかったのでしょう?」
「ええ」
「私もですわ」
静かに笑う。
「だからこそ、壊せる」
胸の奥が熱くなる。
被害者同士の同情ではない。
戦友の握手。
外で、兵の足音がわずかに動く。
時間だ。
エレノアは立ち上がる。
「またお会いしましょう」
「ええ」
リリアナは扉まで見送る。
「次は、もう少し派手に動きましょうか」
挑発的な笑み。
馬車に戻る。
セシルが低く問う。
「信用できますか」
「完全には」
「危険です」
「承知しています」
窓の外、商業区の喧騒が遠ざかる。
王都の中心へ戻るにつれ、空気が変わる。
アルベルトはどう受け止めるだろう。
別邸の門が見えてくる。
鉄柵。
囲い。
だが今は違う。
中に、仲間がいる。
馬車が止まる。
門が開く。
エレノアは静かに息を吸う。
制度は巨大だ。
だが、ひびは入った。
第一王子は知らない。
婚約破棄した令嬢が、再び繋がり始めたことを。
囲いの中で。
反撃の輪郭が、少しずつ形を成していた。
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