第26話「退く者」
王家評議は、かつてないほど静まり返っていた。
重臣、軍高官、教会代表。
そして王。
玉座の前に、第一王子ルシアンと第二王子アルベルトが並ぶ。
昨日の衝突は、ひとまず鎮静化している。
北方は小康状態。
戒厳令は出されなかった。
だが今日、決めねばならない。
王が口を開く。
「王位継承について、両者の最終意思を問う」
空気が張り詰める。
最初に前へ出たのは、ルシアンだった。
軍装ではなく、正装。
剣は帯びていない。
「陛下」
深く一礼する。
「私は、王太子の座を辞退いたします」
広間が凍る。
誰も息をしない。
王の眉がわずかに動く。
「理由を述べよ」
低い声。
ルシアンは顔を上げる。
「私は、国家を守るために急ぎました」
「恐怖に備え、強くあろうとした」
視線が重臣へ向く。
「だが」
一拍。
「守る方法は一つではない」
静かな言葉。
「私は軍を率いる」
「外敵に備える盾となる」
「だが、国家の舵を取るのは――」
視線が弟へ向く。
「彼の方が相応しい」
ざわめきが爆発する。
軍務卿が立ち上がる。
「殿下、それは――」
「私の意思だ」
強い声。
王が静かに問う。
「後悔はないか」
「ありません」
即答。
「私は恐怖を知っている」
「だからこそ戦を避けたい」
「だが恐怖に支配されてはならない」
深く息を吸う。
「私は王には向かぬ」
重い沈黙。
王はゆっくりと頷く。
「第二王子アルベルト」
「はい」
「王位継承の意思は」
「あります」
迷いない声。
「国家を、恐怖ではなく信頼で支えると誓います」
玉座の間に静寂が落ちる。
やがて王が立ち上がる。
「本日をもって」
重い声が響く。
「アルベルトを王太子と定める」
決定。
歴史が動いた瞬間。
広間に膝をつく音が連なる。
ルシアンも膝をついた。
だがその顔に敗北はない。
ただ、静かな安堵。
式が終わり、広間が空になる。
廊下で兄弟が向き合う。
「兄上」
「王太子殿下、と呼べ」
かすかな笑み。
「……兄上」
アルベルトは深く頭を下げる。
「守る」
ルシアンが言う。
「外は任せろ」
「内は任せろ」
短い握手。
それだけで十分だった。
その夜。
別邸。
エレノアは窓辺に立っていた。
アルベルトが静かに近づく。
「終わった」
「始まりました」
彼女は振り向く。
「王太子殿下」
「まだ慣れない」
小さな苦笑。
「ありがとう」
彼は言う。
「君がいなければ、ここまで来られなかった」
「私は触媒です」
「違う」
真っ直ぐに見る。
「共犯だ」
その言葉に、胸が熱くなる。
「エレノア」
「はい」
「王妃になってほしい」
静かな告白。
だが。
エレノアは首を振った。
優しく、しかし確かに。
「私は、王妃になるためにここまで来たのではありません」
彼の瞳が揺れる。
「では」
「制度を変えるためです」
静かな決意。
「婚約法を改正する」
「監査制度を常設化する」
「二度と、あの日のような破棄が制度として使われないように」
沈黙。
そして。
アルベルトは笑った。
心から。
「君らしい」
ゆっくりと頷く。
「ならば」
手を差し出す。
「共に変えよう」
エレノアはその手を取る。
王妃ではなく。
制度設計者として。
恐怖の上に築かれた国家は、少しずつ形を変えていく。
退いた者がいた。
選ばれた者がいた。
だが。
終わりではない。
これは――
国家が、学び直す物語だ。
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