第12話「公開の約束」
三日後。
王宮記録室は、いつもより騒がしかった。
重厚な扉の内側で、書記官たちが慌ただしく書類を運んでいる。
その中央に、ミレイユが立っていた。
「期限は本日までです」
冷静な声。
「クローディア家関連の王都側記録を開示します。ただし――」
視線がエレノアへ向く。
「私の名は出さないこと」
「もちろんです」
エレノアは頷く。
隣にはリリアナ。
外套の下で拳を握っている。
机に並ぶのは、王都側の資金移動記録。
地方支店からの送金と、王都側受領印。
「一致しています」
書記官が確認する。
ミレイユが淡々と続ける。
「監査官が問題視した資金は、正式な軍需取引の一環です」
「つまり」
リリアナが言う。
「不正はない」
その瞬間、背後の扉が開く。
監査官が入室する。
「再監査に参りました」
視線が机の書類へ落ちる。
「こちらをご覧ください」
エレノアが一歩前へ出る。
王宮記録室の封印。
否定はできない。
監査官は無言で目を通す。
沈黙。
部屋の空気が重い。
やがて。
「……不備は解消されました」
小さな声。
「監査は終了とします」
リリアナの肩から力が抜ける。
だがエレノアは視線を外さない。
「匿名の密告は?」
静かな問い。
監査官が目を逸らす。
「出所は不明です」
「今後も、同様の監査が?」
「……現時点では予定しておりません」
曖昧。
だが一旦は退いた。
監査官が退出する。
扉が閉まる。
静寂。
リリアナが深く息を吐く。
「……借りができましたわね」
「借りではありません」
エレノアは言う。
「これは前例です」
「前例?」
「匿名の密告だけでは潰せないと、示しました」
ミレイユが小さく頷く。
「記録があれば、恣意は通りにくい」
「ええ」
エレノアは机に手を置く。
「公開しましょう」
二人が同時に顔を上げる。
「何を」
「監査結果を」
リリアナが目を見開く。
「正気?」
「透明性を求めたのは、殿下です」
聖堂での言葉。
「ならば、実例を示す」
ミレイユが慎重に言う。
「公表は政治問題になります」
「既に政治です」
迷いはない。
「婚約破棄も、監査も、すべて公の問題」
沈黙。
リリアナが、やがて笑う。
「……面白いわ」
唇が弧を描く。
「王家が振りかざす透明性を、逆に突きつけるのね」
「はい」
ミレイユがゆっくり頷く。
「統計と併せれば、説得力は増します」
「お願いします」
エレノアは頭を下げる。
記録官は小さく息を吐き、
「正式な形式でまとめます」
短く答える。
別邸へ戻ると、アルベルトが待っていた。
「終わったか」
「はい」
資料を差し出す。
彼は目を通し、静かに頷く。
「よくやった」
「これを、公表します」
アルベルトの目が細まる。
「一気に出るな」
「殿下が求めた透明性です」
彼は数秒考え、
「……兄上は黙らない」
「構いません」
胸の奥が熱い。
「婚約破棄は、私の問題ではなくなりました」
視線を上げる。
「王家の問題です」
沈黙。
やがて、アルベルトはゆっくりと笑う。
「本当に、退かないな」
「退きません」
彼が一歩近づく。
「次は、君だ」
「私?」
「監査の次は、当事者への再調査」
胸が冷える。
「兄上は、必ず君を再び狙う」
「承知しています」
「怖くないか」
一瞬、言葉に詰まる。
だが正直に答える。
「怖いです」
アルベルトの瞳が柔らかくなる。
「それでも?」
「それでも」
小さく笑う。
「囲いの中に戻る気はありません」
彼の手が、そっと頬に触れる。
「……ならば」
低い声。
「公開の場で約束しよう」
「何を」
「婚約法の運用見直しを提案する」
驚きで息が止まる。
「それは」
「退路を断つ」
覚悟の宣言。
王位争いは、もう隠れない。
「殿下」
「何だ」
「私は、あなたの盾ではありません」
「知っている」
「共犯です」
彼は静かに頷く。
「共犯だ」
その言葉に、胸が強く打つ。
甘い。
だが重い。
窓の外、王都の灯りが揺れる。
匿名の密告は退いた。
だが本丸は動く。
婚約破棄は、個人の悲劇ではなくなった。
制度の名の下に行われた行為は、今や公開の議題。
エレノアは静かに息を吸う。
三日間の戦いは終わった。
だが。
これからが本番だ。
彼女は、もう被害者ではない。
盤上に立つ、当事者だ。
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