第11話「夜の監査」
夜の商業区は、昼とは違う顔を見せる。
灯りは多いが、声は低い。取引は密やかに、視線は鋭く。
クローディア家の屋敷前には、すでに王家監査官の紋章をつけた馬車が停まっていた。
兵が数名。
書記官が二人。
玄関前で言い争う声が聞こえる。
「形式的な監査と伺っておりましたが!」
リリアナの声だ。
「匿名の密告があった以上、徹底調査となります」
冷たい男の声。
エレノアの馬車が止まる。
扉を開けた瞬間、視線が一斉に向く。
「……ヴァレンティス嬢?」
監査官の一人が目を細める。
「王都滞在禁止では」
「私的訪問です」
エレノアは静かに言う。
その背後に、アルベルトが降り立つ。
空気が変わる。
「第二王子殿下……」
監査官が一歩下がる。
「夜分に騒がしいな」
アルベルトの声は穏やかだが、威圧がある。
「密告がありまして」
「内容は」
「商会資金の不正流用」
リリアナが歯を食いしばる。
「証拠は?」
「匿名ですので」
「匿名で家門を潰すのか」
エレノアが低く言う。
監査官が不快そうに目を向ける。
「これは王家の判断です」
「王家とは、どなたですか」
静かな問い。
言葉に詰まる監査官。
アルベルトが一歩前に出る。
「監査は認める」
リリアナの顔が強張る。
「だが、立ち会う」
「殿下が?」
「透明性のためだ」
あの言葉。
聖堂での宣言。
監査官は否定できない。
「……承知しました」
屋敷内へ。
書類が次々と机に広げられる。
監査官が帳簿をめくる。
リリアナは無言で腕を組む。
エレノアは隣に立ち、数字を追う。
(不正はない)
むしろ、整然としすぎている。
監査官が一冊の帳簿を指差す。
「この送金は」
「軍需品の仕入れですわ」
リリアナが即答。
「王家指定業者を通しております」
監査官が沈黙する。
アルベルトが淡々と言う。
「確認を」
書記官が別の書類を持ち出す。
照合。
数分の静寂。
「……一致しております」
監査官の声が小さくなる。
エレノアは息を吐く。
だが。
別の書記官が声を上げる。
「こちらの資金移動は説明が不足しています」
リリアナの眉が動く。
「それは地方支店への一時移動です」
「証明は」
「控えがあります」
だが一瞬、リリアナの視線が揺れた。
エレノアはすぐに察する。
(準備が足りない)
監査官が畳みかける。
「不透明です」
空気が緊迫する。
アルベルトが静かに言う。
「期限を与える」
「殿下」
「三日だ」
監査官を見据える。
「証明書類を揃える時間を」
反論はできない。
「……承知しました」
監査官は帳簿を閉じる。
「三日後、再訪します」
屋敷を出る監査官たち。
扉が閉まる。
沈黙。
リリアナが椅子に崩れる。
「……助かりましたわね」
「まだ終わっていない」
アルベルトが言う。
「三日で揃えられるか」
「……可能ですわ」
だが表情は硬い。
エレノアが近づく。
「不足はどこですか」
「地方支店の印章が遅れている」
「ならば」
エレノアは即座に言う。
「王都側の記録を先に押さえましょう」
「どうやって」
「ミレイユ様に依頼します」
リリアナが目を見開く。
「記録官を巻き込むの?」
「既に協力関係です」
アルベルトがわずかに目を細める。
「大胆だな」
「時間がありません」
リリアナが立ち上がる。
「……面白い」
唇が弧を描く。
「あなた、本当に退かないのね」
「退く理由がありません」
視線が交わる。
そこに恐怖はある。
だが、それ以上に燃えるものがある。
「殿下」
エレノアが振り向く。
「三日で終わらせます」
「失敗すれば」
「次は私が狙われます」
静かな宣言。
アルベルトは数秒見つめ、
「ならば成功させろ」
短く言う。
外に出る。
夜風が冷たい。
「君は無茶をする」
馬車へ向かいながら、彼が言う。
「必要な無茶です」
「死ぬな」
低い声。
足が止まる。
「命令ですか」
「願いだ」
甘い。
だが真剣。
「守ります」
「何を」
「約束を」
彼の目がわずかに揺れる。
馬車に乗り込む。
夜の王都が流れていく。
三日。
短い。
だが。
制度は、綻び始めている。
そして。
彼女自身も、標的になりつつある。
それでも。
退かない。




