第7話 冒険者登録
DMとの話が終わると、僕はまた登録カウンターの前に戻ってきた。
オレグちゃんは書類を取りにどこかへ行っていて、ナエは近くに残っていた。壁にもたれて、落ち着いて新聞を読んでいる。
まわりで起きていることなんて、まるで自分には関係ないと言わんばかりだ。僕は目の前の白紙の用紙を見た。
『よし。たぶん、これから自分のことを何か書かされるんだろうな』
僕は頭の中で、いつもの自己紹介を組み立てはじめた。名前。出身地。職業。スキル。経験。
『名前……』
そこからもう問題だった。
『出身地?』
これもだ。
『職業? 無職』
僕はしばらく紙を眺めた。
『スキル? ゲームと、エナドリと、夜中までパソコンの前に座っていること』
僕はため息をついた。
『まあいい。なんとか切り抜けよう』
✧✦✧
しばらくして、オレグちゃんが戻ってきた。手には書類の束と羽根ペンを持っている。
彼女はそれを僕の前にきちんと並べて、丁寧にほほえんだ。
「それでは始めましょう。基本的な規則は案内書と一緒にお渡しいたしますので、今は登録の際に直接お役に立つ項目だけをご説明いたしますね」
僕は聞く態勢を整えた。
「まず、個人の記録に主な装備を登録していただけます。武器、防具、珍しい道具、固有のアーティファクトなどでございます」
僕は自分の針を見た。
『お、これは面白そうだ』
「これは管理のためだけではございません。冒険者がダンジョンで亡くなり、ご遺体の身元がわからない場合でも、登録された装備から身元を確認し、ご遺族に遺品をお返しすることができます」
オレグちゃんは少し間を置いた。
「また、登録された武器は、正式に持ち主のものとして認められます。ですので、必要な場合には、盗んだ品ではないことの証明にもお使いいただけます」
僕はマントの端を少し持ち上げた。
「針も……できる?」
オレグちゃんは針に目をやった。
「もちろんでございます」
『おっ!』
「ただし、装備の登録は有料となっております」
『あー』
「料金はどの品でも同じです。剣でも帽子でも、珍しいアーティファクトでも変わりません。登録の料金は、手続きそのものにかかる費用だけで決まります」
僕はもう一度針を見て、それから用紙を見た。
『よし。また今度にしよう』
オレグちゃんはページをめくった。
「次に、冒険者おひとりごとに『冒険者記録』を作成いたします。そこに少しずつ、お名前、ご出身、ランク、達成した依頼、功績、登録装備、借金、ギルドポイント、違反、パーティーや仲間についての情報が記録されていきます」
僕は耳を傾けた。
「記録はギルドで保管され、ほかの支部にも写しが送られます。ですので、拠点を移されても、手続きを最初からやり直す必要はございません」
僕は思わずナエを見た。彼は落ち着いて新聞を読みつづけている。
『なるほど。だからあの人、ここですぐに顔が通ったのか』
オレグちゃんは続けた。
「登録が済みますと、冒険者の証が発行されます。ブローチでございます。素材はランクに対応していて、形は発行した支部と時期によって異なります」
彼女は僕にブローチを見せてくれた。
「中には特別な石が入っております。これに一度だけ、ご自身の血を吸わせていただく必要がございます。そうするとブローチは持ち主と結びつき、ほかの方に譲り渡すことはできなくなります」
僕はナエを見た。確かに彼の服にも、羽根の形をした小さなブローチがついていた。
オレグちゃんが僕の視線に気づいた。
「あの形は、王都の支部で使われているものです」
『王都か。それって、どのくらいすごいんだろう』
僕はもう一度ナエを見た。つまり、彼はそこの出身なのか。
オレグちゃんはページをめくった。
「また、ギルドは冒険者の皆さまにギルドポイントを付与しております」
「ポイント?」
「はい。お金ではございません。冒険者記録に記載され、ギルドや公式スポンサーからさまざまな特典、割引、商品を受け取ることができます」
彼女はいくつか例を挙げた。
「難しい依頼の達成、ダンジョンの探索、新しいルートの発見、貴重な発見物の納品、ほかの冒険者の救助、危険についての確かな情報提供など、ギルドにとって有益な行動に対して付与されます」
『つまり、お金以外にも何かもらえるってことか』
オレグちゃんがふと付け加えた。
「ヴェルのお祭りの期間中は、スポンサーの商人の方々もこちらにいらっしゃいます。中には、ギルドポイントでお支払いできるお店もございますよ」
僕はすぐにその情報を覚えておいた。
『スポンサーの店……』
でもそれから、用紙に目を落とした。
『まずは、登録そのものを済ませないと』
彼女は続けた。
「最後に。探索中に、ほかのパーティーにとって危険となりうるものを発見された場合は、ギルドへの報告が必要です」
僕は顔を上げた。
「たとえば、新しい危険な生き物、未知のダンジョン区画、異常現象、変わったアーティファクト、あるいは冒険者の大量死などでございます」
彼女はそれを、ごく普通のことを並べるように落ち着いて言った。
「なお、通常の戦利品はあなたご自身のものとなります。特定の依頼の対象でなければ、ご自分で持っておくことも、ギルドに売却することもできます」
僕は少し安心した。
「ダンジョンで見つかったというだけで、ギルドが品物を取り上げることはございません」
『それはよかった』
目の前の書類をひととおり見た。文字がたくさん書いてある。多すぎる。
オレグちゃんはまるで僕の考えを読んだかのように、もう一冊の本を取り出した。
「こちらに、ギルドの規則が詳しく書かれております。のちほどお目通しください」
彼女はそれを僕の前に置いた。僕は最初のページを開いた。
漢字。
何ページかめくる。
また漢字。
僕は眉をひそめて、真剣な顔をつくった。
『うん。間違いない。とても役に立つ本だ』
もう一ページめくった。何もわからない。本を閉じた。オレグちゃんは本を受け取って、脇に置いた。
「では、残るは必須の炉の検査だけです」
『炉?』
僕は少し首をかしげた。
「それ……なに?」
彼女はその質問に、まったく驚いていないようだった。
「炉とは、モコの特別な器官です。魔力を蓄え、食べ物からエネルギーへと変換いたします。その大きさと質から、多くのことがわかるのです。たとえば、体がどれだけよく回復するか、魔法をどれだけうまく扱えるか、どんな方向の成長に向いているか、などでございます」
僕は自分の体を見下ろした。
『大魔導士の素質?』
オレグちゃんは続けた。
「影身の方の炉は、たいていほとんどすべての面で平均的です。ですので、さまざまな成長の道が開かれておりますが、どれか一つの方向に生まれつきの強みがあることは、あまりございません」
『つまり、万能型だけど特化はなし、ってことか』
十分まともに聞こえた。
オレグちゃんは、小さな金の杯のようなものを取り出した。
「こちらを手に取って、取り込んでください」
僕はそのアーティファクトを見た。
『また何か取り込むのか?』
鈴のあとだと、こういう指示にもだんだん慣れてきた。
体で杯に触れると、それはするりと中へ吸い込まれた。数秒後、体の中で何かが変わったのを感じた。
『……で?』
杯を外へ引き戻してみる。杯は少しずつ滑り出てきて、僕の前に現れた。
オレグちゃんがじっと杯を見つめると、その中にふいに炎が灯った。
白い炎。
その中心に、小さな赤い芯が燃えていた。
僕は固まった。
『白……に、赤……』
思わず背筋が伸びた。
『これって、たぶん珍しいやつだ』
もしかしたら、僕には本当に特別な才能があるのかもしれない。
あとになって、僕の炉がとんでもないものだと判明する――そんな想像をしはじめたところで、隣からナエの落ち着いた声がした。
「お。俺も同じ結果だった」
少しの間。
「普通だ」
『……あ、そう』
僕は炎を見て、それからナエを見た。
『つまり、ユニークじゃないと』
オレグちゃんは何事もなかったかのように結果を書き込んだ。
「影身の方としては、よくある結果ですね」
『こうして、僕の壮大な運命は幕を閉じた』
彼女は次の用紙を渡してきた。
「では、残りはいくつかの項目だけです。お名前、クラス、合言葉、それから住所をご記入ください」
僕は用紙を見た。
『だよな』
そしてすぐに、もうひとつちょっとした問題があることがわかった。
僕は字が書けなかった。
まったく。
羽根ペンを取って、白い欄を見つめた。
『名前』
たとえ昔の名前の書き方を思い出せたとしても、今の声でそれを言うのはほとんど無理だった。
鈴が出せるのは短くて簡単な音だけで、僕の本当の名前は明らかにそれに当てはまらない。
僕は少しもじもじした。
オレグちゃんがそれに気づいて、僕の首にかかっている木の札を見た。
「こちらには、何と書いてあるのですか?」
僕はマントの端を持ち上げて、札を見せた。
ナエがそれを見た。
「……モ」
『モ?』
オレグちゃんが文字をじっと見つめた。
「ええ。これは古い文字で『モ』と読みます。影身の方には、珍しいですが、ときどきあるお名前ですね」
彼女はやさしくほほえんだ。
「こちらをお名前の欄にお書きになってはいかがでしょう」
僕は札を見て、それから用紙を見た。
『モ』
シンプル。短い。それに、今の僕の声でも、せめてこれなら言える。
僕はうなずいた。
オレグちゃんは次の欄を指さした。
「合言葉は、どの言語でも構いません。ご自身が覚えていらっしゃれば大丈夫です」
僕はほんの数秒だけ考えた。
『qwerty1234』
見慣れた文字と数字の並びを書き込んだ。
次の欄は、もう少し難しかった。
『クラス』
僕はそれを見つめた。
『ここはちょっと面白いところだ』
魔法は魅力的に見えた。でも、本物の魔法使いはほとんど見ていない。戦士もだ。それに、ナエにいたってはテイマーだ。
『それって、サモナーみたいなもの? ドルイド?』
とあるDMMO-RPGのアニメなんか、クラスが二百以上もあったはずだ。
『ここには、いくつあるんだろう』
僕はしばらく欄の前で固まっていた。オレグちゃんが僕の迷いに気づいた。
「今は空欄のままでも構いませんよ」
僕は彼女をじっと見た。
「その場合、選ばれたクラスに合わせた個別のおすすめや、装備のご提案をギルドからお送りすることはできなくなりますが」
『たぶん、割引もなしだな』
僕はもう少し考えた。ナエがようやく新聞を置いて、僕を見た。
「戦士にしとけ」
僕は彼のほうへ顔を向けた。
「お前、もう武器があるだろ」
彼は僕の針に目をやった。
「魔法の残響は金がかかる。修行もな」
『なるほど』
今のところ、自分が魔法使いになりたいのかどうかすら、よくわからない。
僕は書き込んだ。戦士。
特化なし。オレグちゃんが用紙に目を通した。
「結構です」
彼女はもう一枚の書類を取り出して、僕の前に置いた。
「こちらは、登録料の立て替えについての確認書です。署名されますと、決められた期間内に借金を返済することに同意したことになります」
僕は最後の行を見た。
「返済されない場合、ほかのギルド支部の利用が一時的に制限されることがございます」
『どうせ、ほかに選択肢はない』
僕は羽根ペンを取って、署名した。オレグちゃんは署名された書類に目を通して、丁寧にファイルにしまった。
「おめでとうございます。これであなたは、ヴェルの登録冒険者です」
彼女は小さな銅のブローチを取り出して、僕の前に置いた。
よく見ると、変わった形をしていた。
『サイコロ? ……いや、D4か』
小さな四面体のピラミッドだ。本体の中に、小さな白い水晶が見えていた。
僕はマントの端でそっとブローチを持ち上げて、いろんな角度から眺めた。
『これで、僕は正式に冒険者だ』
なぜか、その考えは少し不思議な感じがした。ついこのあいだまで、自分がどこにいるのかさえわからなかったのに。
今の僕には、名前と、クラスと、借金と、身分証がある。
『……なかなかの出世だな』
オレグちゃんが水晶を指さした。
「あとは、ブローチとあなたを結びつけるだけです」
彼女は小さなナイフを取り出した。
「ご自分で、小さな切り傷をつけられますか?」
僕はナイフを見て、それから自分を見た。
『どこに?』
どう聞けばいいか考えつく前に、隣でナエの手が上がった。
「俺がやる」
彼は落ち着いてナイフに手を伸ばした。
「何度もやってる。動物でな」
オレグちゃんは何も言わずにナイフを渡した。
ナエは、本当にどこに傷をつけるのが一番いいか見極めるように、僕の体をじっくり眺めた。
それから、素早いひと動きで小さな切り傷をつけた。びくっとする暇もなく、傷口から鮮やかな真紅の血が一滴にじみ出た。
『おお』
ナエがブローチを近づける――血のしずくはまっすぐ白い水晶の上に落ち、水晶が一瞬光った。
そのあいだにも傷はふさがりはじめていて、数秒後にはほとんど跡も残っていなかった。
ナエは傷のあったところを確かめた。
「終わりだ」
彼はナイフをオレグちゃんに返した。
僕は彼を見た。
『え、それだけ?』
ナエはそれ以上何も言わなかった。自分の傘を手に取って、扉のほうへ歩きだした。
『へ?』
僕は彼の背中を見送った。どうやら本当に、このまま立ち去るつもりらしい。
これで終わりかと思ったそのとき、背後からオレグちゃんの落ち着いた声がした。
「失礼いたします」
ナエが立ち止まった。
「何かお忘れではございませんか?」
彼はすぐには振り返らなかった。ゆっくりとうつむいた。それから、同じようにゆっくりと、肩越しにこちらを見た。
僕はオレグちゃんからナエへと視線を移した。
『あ』
そうだった。
パーティー登録だ。
ナエは黙っていた。その目から、彼が今言いたいことが、ほとんど肌で感じられるほど伝わってきた。
――やめてくれ。頼むから、それだけは。
それでも、彼はまだ立ち去らなかった。僕は彼を見た。たぶん、僕の目には期待がこもりすぎていた。
ナエが僕を見た。
その目には、疲れと、疑いと、今まさに自分がとても丁寧にカウンターへ追い戻されているという自覚の、ちょうど中間くらいの何かがあった。
僕たちは数秒、ただ見つめ合った。
僕は何も言わなかった。
彼もだ。
そしてたぶん、二人とも、相手が今何を考えているのかを、よくわかっていた。




