第23話 ペンキ塗りたて
その1
「えええ!?」
「モン・プティ、そんなに大きな声を出すものじゃない」ルネは平然と、自分のカップに紅茶を注ぎ足した。「あの子と一緒に文房具屋へ行ってきたまえ。仲良くなるいい機会だ」
「あなたでさえ手に負えないのに、僕にどうしろって言うんですか!?」僕はクッキーをのどに詰まらせかけた。「僕、本当にカヴェンの師匠のところに来たんですよね!?」
「ゴホン、ああ、カヴェンを教えたのは私だよ」ルネは考え込むように、手の中でカップを回した。「あいつも、かわいい花ってわけじゃなかった。まあ、その話はよそう」
『こいつ、チャウシーの扱い方については黙ってたな。いいかげん腹立ってきた』
今度こそ一本取ってやろうと思った――ただし、皮肉で。
僕は目を閉じて、見えない観客に謝るみたいに両手を左右に広げた。
「どうやら、私の勘違いだったようです。あなたをカヴェンの師匠だなんて。今になって、ナエの気持ちがわかりました」
僕は薄目を開けた。
ルネが、まったく違う目で僕を見ていた。頭蓋骨の中の炎が一瞬だけ弱まったように見えて、視線そのものが重くなった。
「……よくわかった」と彼は言った。低く。真剣に。「フフフ」のひとつもなく。
✧✦✧
それから朝食は、ほとんど沈黙のまま過ぎた。
ルネはクロワッサンを食べ終えると、胸当てのパンくずを払って、隣の部屋へ出ていった。
戻ってきたとき、その手には小さな買い物のメモと、硬貨の入った小袋があった。
「ノートにペン、必要なものは全部ここに書いてある。お金はこれだ」
僕はメモを受け取って、小袋の中身を目で数えた。多くはないけど、文房具を買うには足りそうだ。
「それだけ、ですか?」――聞くべきかどうか考えるより先に、口から出ていた。
「足りないかい?」ルネが眉を上げた。
「いや、その……ポーションでも持たせてくれるのかなって。もしまた、チャウシーにけがさせられたときのために」
ルネは間を置いた。
「そのつもりだったよ」と、彼は淡々と言った。「小遣いも渡すつもりだった。服から泥や血を落とす残響のことまで考えていたんだ――今日のあとなら、きみたち二人にとても役立っただろうね」
彼は、ていねいに帽子の位置を直した。
「だがね、モン・プティ。師匠には敬意をもって話すものだ。だから、メモだけで我慢したまえ」
『やっぱりな』
自業自得だとは、頭の中で認めた――でも、認めたところで少しも楽にはならなかった。
✧✦✧
僕は家の戸口に座って、針の刃を眺めながら、チャウシーが部屋から出てくるのを待っていた。
『よく見てないと。また殴りかかってきたら――受け流す。手が大きくてふさふさしてるから、外しようがない。パッキーの目にだって当てられたんだ。楽勝だ』
「よそ者、ファ!」
振り向くと、階段にチャウシーが立っていた。
剣を持って。
『マジかよ、両手剣!?』
刃は、僕の背丈と変わらないくらいの幅があった。
『処刑人か何かか!?』
「じろじろ見るな、ファ!」チャウシーは剣のほうにあごをしゃくった。「ルネのためにやるだけ、ファ!」
『ルネのため? 少なくとも、何かには懐いてるってことか。これは使える。仲良くなるきっかけにするか――せめて、切り札としてとっておくか。どれだけ卑怯に聞こえてもな』
僕は立ち上がって、針を背中に回し、なるべく落ち着いて話そうとした――まるで、もう対等な立場にいるみたいに。
「じろじろ見ないよ。一回言われればわかる」と、暗い部屋での夜のことを思い出しながら僕は言った。「店に行くだけ。それだけだ」
チャウシーは顔をしかめたけど、何も言わなかった。黙って僕の横を通り過ぎて、階段を降りていく。
目は、合わせてこなかった。
『いいぞ。少なくとも、殴ってはこないってことだ』
僕はこれを、この前の物置のときと、夜に布団にもぐり込んできたときと照らし合わせた――どっちのときも、殴る前にはまっすぐ目を見てきた。
猫の場合、長く目を合わせてくるのは、たいてい優位を示すか、飛びかかる準備ができているかのどちらかだ。
これは経験で知っていた――若いころ、ばあちゃんの猫をよく散歩に連れていったんだ。
あいつは、外でほかの動物を見るのが大嫌いだった。
チャウシーは、もう扉の前まで来ていた。
『そういえば、この子ってどんなふうに鳴くんだろう』
チャウシーの耳が、ぴくっと僕のほうを向いた。
『今の考え、聞こえたのか!?』
でも彼女は、ふんと鼻を鳴らしただけで、それ以上何の反応もせずに先へ歩いていった。
『……大丈夫。心は読めない。ちょっと警戒しただけだ。そうであってくれ……』
僕は黙ってあとについていきながら、殴られなかったことを心の中で喜んでいた。
『つまり、今のところは正解ってことだ』
その2
僕たちは細い路地を歩いていた――彼女が前で、僕は二、三歩後ろ。
『このほうが観察しやすい』
『チャウシー。たしか、西のほうに実在する猫の品種だって聞いたことがある。もしかしたら、この子は女の子っていうより、猫なのかもしれない。だったら、猫だと思って接したほうがいい――そのほうが、女の子相手よりはまだ勝ち目がありそうだ。女の子なんて、まったくわからない。というか、わかるやつなんているのか?』
彼女は剣を左肩にかついでいた。ちょうど、羽根の形をした骨のような板が縫いつけられ、うろこのように重なっているあたりに。
彼女の耳が、急にぴくりと動いた。
僕はとっさに、一番近くの家に視線をそらした――そしてそこには、本当に見るべきものがあった。
窓の向こうでケルドの家族が座って、マグで何かを飲んでいた。
『家の近くのコンビニで買うビールが恋しいな』
そこで僕は、自分たちがどこへ向かっているのか、まったくわかっていないことに気づいた。
チャウシーのあとを何も考えずについてきて、道を聞こうとすらしなかった。
『もしかして、この子も店の場所を知らないんじゃないか? あんなに自信満々に歩いてるけど……。でもよく考えたら、この子が文房具になんか興味を持つか? ルネと一緒に一度行ったことがあるとか。でも、本当に行ったことあるのか?』
『くっ……。怒らせたくはないけど、聞かなかったら、どことも知れない地の果てまで連れていかれるぞ』
「あの……」
『弱みを見せちゃだめだ』
僕はすぐに自分で言い直して、なるべく自信ありげに聞こえるようにした。
「ゴホン。文房具屋がどこにあるか、知ってるの?」
チャウシーは、歩く速さを変えずに耳だけこっちへ向け、少しだけ振り返った。
「あんた、知らないの、ファ!?」
『うわ、始まったよ』
「ルダガンは初めてなんだ」と僕は言った。「それに、ルネは住所すら教えてくれなかった」
「バカなの、ファ!? なんでルネに聞かなかったのよ、ファ!?」
彼女がまたうなった。
『怒りに怒りで返しちゃだめだ』
「ちょうどいいタイミングがなかったんだ」と、できるだけ平静を装って言った。「通りすがりの人に聞けばいいよ」
チャウシーが、両手で剣を握り直した。
僕は身構えて、針を上げ、受け流す準備をした。
「役立たず、ファ!」
彼女は剣を振りかぶって、打ち下ろした。
僕はなんとか受け止めた。
『え……?』
一撃は重すぎた。僕は横へ吹っ飛ばされ、空中で体を丸めて、足から着地した。
顔を上げたときには、チャウシーはもう次の攻撃の構えをとっていた。
「強化。『小さな突風』!」
彼女は声に出して呪文を唱えた――一瞬、白く光って、まわりに風が巻き起こった。
『呪文をまだ声に出さなきゃいけないのか。経験が足りないんだ』
彼女が飛び出した――さっきよりずっと速く。
「ファ!!!」
刃が僕の顔をかすめた。勢いのまま、剣はそのまま横の家の壁へ突っ込んだ。
石に、深い亀裂が走った。
『痛い。本気で、痛い』
一瞬、本物の恐怖に呑まれた――今の一撃は、少し違う当たり方をしていたら、本当に僕を殺していたかもしれない。
「何の騒ぎだ!?」
窓から、野太い男の声の誰かが身を乗り出した。
『やばい、今それは最悪だ!』
家の主が本気で怒ったら――かすり傷どころじゃ済まないかもしれない。チャウシーはあとで、止めなかった僕のせいにするだろう。
それか、先に家の主を斬りつけるかもしれない。それか、衛兵が駆けつけてくる。
「バカ!」僕はチャウシーの手をつかんで、その場から引っぱっていった。
彼女は最初、抵抗すらしなかった――口を半開きにしたまま、剣の切っ先を地面に引きずって走っていた。
「ちょっと! 離して、ファ!」
やっと我に返ったのか、彼女は手を振りほどいた。
僕は手を離して、あたりを見回し、息をついた。
『バカ! カヴェンとナエのことがなかったら、あそこに置いてきてたところだ。よし、よし。落ち着け。攻撃されても、攻撃で返しちゃだめだ』
「チャウシー、通りでケンカするの、やめてくれる?」と僕は言った。「牢屋に入れられるのは、嫌だろ?」
『そもそも、ここってこういうことで牢屋に入れられるのか?』
湖と、空の結晶についての決まりを思い出した。
『たぶん、入れられるな』
「あんたのせいよ、ファ!」
『は……?』
「ぜんぶ、あんたが役立たずだからよ、ファ!」
彼女は剣を肩にかつぎ直してそっぽを向き、歩きだした。立ち止まる。少しだけ振り返る。
「で、なに突っ立ってるの、ファ!? さっさと店、探しなさいよ、ファ!」
顔の傷は、もう治っていた。
怒るべきか、それとも、チャウシーが自分なりに――やり方はともかく――この外出の目的をわかっていることを喜ぶべきか、僕には決めきれなかった。
「うん、行こう」と、少しほっとしながら僕は言った。
『痛かったのは確かだ。でも、呪文を声に出してくれるのは助かる。次は、もっと早く反応できる』
今度は僕が前を歩いた。また彼女を見たくなる誘惑に負けないように。目で店の看板か、せめて道を聞けそうな誰かを探した。
『誰もいない。みんな、たぶん仕事中だ。住宅ばっかりで、店の気配すらない』
僕は、遠くに立ちのぼる魔力の柱を見上げた。
『町の中心なら、店も多いかもな。筋は通ってる。でも、値段もきっと高い』
ちらりとチャウシーを振り返った。
彼女は、空いているほうの手――さっき僕が引っぱったほう――を見つめて、爪のついた手を握ったり開いたりしていた。
『二度とかわいさに騙されないぞ。少なくとも、今は。……まあ、こういうギャップにやられるやつも、世の中にはいくらでもいるんだろうけど』
僕たちは緑の屋根の地区のはずれに出た。
その先で通りを川が横切っていて、小さな橋の向こうには、鮮やかなオレンジ色の銅屋根の家々が見えた――あっちのほうが、雪がずっとていねいにかかれている。
僕は橋に足を踏み出した。
「あっちの地区の店を見てみよう」
振り返った。
チャウシーは家の陰に立って、橋を見ていた。
「……いや、ファ」と、彼女はいつもより小さな声で言った。
『どうしたんだ?』
彼女は両足をぴったり寄せて立ち、橋を見ているのか、川を見ているのか、それとも何もないところを見ているのか、わからなかった。
しっぽは力なく垂れ、耳は少しだけ下がっていた。
『トイレにでも行きたいのか? でも、モコはそんなこと必要ないし。怖いのか? 何が怖いっていうんだ?』
僕は橋の下の水をのぞき込んだ――ふつうの、きれいな流れだ。
『もしかして、昔、川に落ちたことがあるとか。子どものころのトラウマ。猫はそもそも水が嫌いだし。それにこの子の装備は軽くない――足を滑らせたら、すぐに川底まで沈む。僕も階段で似たようなことがあった。一度、最後の何段かで転んで、それから一週間は一段一段、慎重に降りてたっけ』
僕は手を差し出した。
『効くかどうかわからないけど、まあいい』
彼女は僕の手を見た。口が少し開いて、三角の瞳孔が広がった。
『効いた!?』
「ふんっ!」
彼女はそっぽを向いて、来た道を戻っていった。
『せめて何かひと言くらい言ってくれてもいいだろ!』
『まあいい。じゃあ、古い地区で探しつづけるか』
僕は最後にもう一度、向こう岸を振り返った。
『待てよ……』
遠くに、看板が見えた――羽根ペンと本の絵だ。
『あれだ!』
チャウシーを見た。
『くっ。せめて、ここで待っててくれるように頼んでみないと』
僕は彼女のところへ駆け寄った。
「チャウシー、悪いけど、橋のところで待っててくれる? 文房具屋、見つけたかもしれない」
「本当、ファ?」
その声には、何か新しい響きがあった――驚きと、あきらかな喜びがまじった響きが。
彼女はすぐにはっとして、鼻を鳴らし、目をそらした。
「ちょっとは役に立つじゃない!」
『まあいい。まだ初日だ。ちゃんと待っててくれるといいけど』
「すぐに必要なもの全部買って、戻ってくるから」と僕は言った。
あたりを見回すと、すぐそばの路地に、街灯の柱と金属のベンチがあった。
「あそこのベンチで待っててくれる?」
「ふんっ! しょうがないわね、ファ!」
彼女はベンチに近づいて、雪を払い、腰を下ろした。
僕は店へ向かった。
その3
近づいてみると、この通りにはそういう店がほかにもいくつかあることがわかった。
『こんなに長いこと、ぐるぐる回ってたのか。お金が足りるといいけど』
中は、本と木の匂いがした。カウンターには誰もいなかった。
僕はメモを取り出した。
ペン先つきのペン――六本。ノート――二十冊。骨の定規――三本。色鉛筆と普通の鉛筆のセット――三つ。大きなスケッチブック――一冊。残ったお金で、消しゴムとか、細かいものを。モン・プティ、今の子どもが学校で何を使うのか覚えていなくてね。きみに任せるよ♡
『けっこう多いな。かんしゃくを起こしたとき用の予備か? まあいい、順番にいこう』
財布には、ちょうど15000ゴールド入っていた。
『わかりやすいように、円で数えよう――そのほうが慣れてるし、値段もだいたい同じくらいだし』
まずはペンからだ。カウンターには二種類あった。
ふつうのペン先つきのペンと、本物の羽根ペン――天然の羽根で、いろんな鮮やかな色がそろっている。
『チャウシーの丁寧さを考えると、ペン先つきのほうがいいな』
ペン先つきのペン――700円。六本で4200。
羽根ペン――たったの25円。六本で150。
『こんなに安いのか? どうしてだろう。僕の世界で羽根ペンがいくらしてたか正確には覚えてないけど、感覚的には、一本25ってかなり安い。でも、やっぱりペン先つきにしよう。そのほうが、ノートを買い直す回数も減るだろうし』
ペン先つきのペンには、インクのカートリッジも必要だった――一本70円。ペン一本につき三つで210、六本分で1260。
まあ、許容範囲だ。
リストの次はノートだった――どれも罫線入りで、紙は硬く、薄い木の表紙がついている。便利だ、くしゃくしゃにならない。
一冊240、二十冊で4800。高いけど、チャウシーにはたぶんこれくらいでちょうどいい。悪い意味で。
僕は残りのリストを見て回って、いちばん安いものでもなく、かといって贅沢品に払いすぎることもないように選んでいった。
骨の定規が三本で1050、鉛筆のセットが三つで1800、大きなスケッチブックが1200。
残りで、ふつうの消しゴムを三つと、鉛筆削りをひとつ。
『合計、ちょうど15000。残念、猫の形の消しゴムも欲しかったのに』
僕はカウンターに近づいた。誰もいない。机の上に、小さな呼び鈴が置いてあった。
『奥で作業でもしてるのかな。邪魔するのは気が引けるけど、こっちはベンチに子どもを置いてきてるんだ』
僕は呼び鈴を鳴らして、店の中を眺めながら待った。壁の鏡に、自分の姿が映っていた――買い物かごを抱えた僕が。
『まるで、子どもの入学準備をしてる親みたいだ。まあ、ある意味そのとおりなんだけど』
『……』
『はあ。二十五歳の到達点としては、想像してたのとだいぶ違うな。妹なんて、二十歳で彼氏を見つけたっていうのに、僕は? 探しもしなかった。面倒だし、そもそも僕に彼女なんて――あのころは妹と二人でひとつの部屋を借りてて、お金もなかったし、実家には二人ぶんの場所がなかった。意外なことに、大家さんは、ほかの住人にくらべて僕たちにはずいぶん優しかった――点検に来るたびに、ほかの住人のいろんな話をしてくれたっけ。鈴、僕の部屋とパソコン、どうするんだろう。まあいい、あいつの彼氏に任せよう。あいつのことは信用してる――よく一緒にドタバタ2をやってたし』
「はーい、今行きます!」
ケルドの店員が、カウンターにやってきた。
顔には、いつもの仮面の代わりに、開いた本がつけてあった――ひもで結んで、ページを裏向きに。
後ろでまとめた白い髪のお団子には、ペンが一本刺してある。
「すみません、新しい入荷の確認をしてて。あら、どちらに?」
彼女はあたりを見回して、それから視線を下げた。
「あっ、すみません、すぐに気づかなくて! いつもは、もっと背の高いお客さんが多いものですから」
「大丈夫です」と言って、僕はかごをカウンターに置いた。
店員は品物を確かめながら、二枚の紙に何かを書き込みはじめた。
「たくさんお買いになりますね。ほかにも、どなたかの入学準備ですか?」
「そんなところです。ただ、その子がちょっと短気で」
「ああ、なるほど! 今の子どもたちは、私たちのころよりずっと大変ですもんね。学校じゃ、新しい科目を入れたりなくしたり、教科書もしょっちゅう書き換えられてるって聞きますよ」
「どうしてですか?」
「さあ、私にはわかりません。ありがたいことに、ルダガンではそういうことはないんです。オイミャコン卿のおかげです」
彼女は最後の一行を書き終えた。
「15000ゴールドになります」
僕は代金を払った。
「こちら、レシートです。それと、袋はサービスです」
袋は布でできていて、エコバッグみたいだった。
「ありがとうございます!」と、昔からのくせで軽く会釈しながら僕は言った。
僕は全部を受け取って、戻っていった。
✧✦✧
待ち合わせの場所に戻ると、チャウシーがベンチにむすっと座っていた。
両手をひざの上で山のように組み、うつむいていて、兜の影で目はほとんど見えない。
『どうしたんだろう。退屈だったのかな?』
僕は近づいた。
「大丈夫?」
彼女は顔を上げないまま、かすれた声で言った。
「座って」
わけもわからず、僕は隣に座った。
「で?」
彼女は黙って、爪で横を指さした――隣のベンチを。そこには、ペンキの缶と刷毛が置いてあった。
チャウシーの肩が震えだした。
「くくくっ!」と、彼女は牙をむき出して笑った。
『うわ、やられた!』
僕は立ち上がって、自分のズボンを見た。ペンキだ。
何か言い返そうとした――でも、その代わりに、僕自身もこらえきれずに、小さく笑ってしまった。
「へへへ、わかった、わかったよ」と、僕は買い物の袋を見せながら言った。「帰ろう。全部買ってきたから」
チャウシーはうなずいて――彼女もズボンをペンキまみれにしたまま――家のほうへ歩きだした。




