第16話 夢
✧--✧ コイ ✧--✧
✦ コンテスト五日前 ✦
窓は開いていた――任務に出るときは、いつも開けっぱなしにしておく。
扉から戻って、使用人に言い訳して、廊下の絨毯から血を拭き取る――ただお風呂にたどり着きたいだけの人間には、余計な手間が多すぎる。
わたしは中へよじ登り、窓枠の上で一瞬だけ止まって息を整えた。地底世界は、いつものように永遠の夜に沈んでいる。
ここにも雲はある――厚く、低い雲――でも、その下に太陽が出たことは一度もない。
本物の太陽がどんなふうに見えるのか、わたしはもう覚えてすらいなかった。
服は泥と、乾いた血でどろどろだった。息も、認めたくないくらいには上がっていた。
居間は、暖炉の灯りと焼きたての菓子の匂いでわたしを迎えた。
大きなソファに、ユキが座っていた。
水色の髪、紺色のセーター、手首に巻いた包帯――両手で紅茶のマグを包み込むように持っている。
紅茶からはなぜか湯気が立っているのに、その中では溶けない氷がひとつ、規則正しくカランと鳴っていた。
ユキはわたしに気づくと、すぐに指で何かのポーズを作った――「萌え萌えキュン」と「がおー」の中間みたいな何か――明らかに、何らかの効果を狙って。
あまりうまくいっていなかった。でも本人は、どうやら満足しているらしい。
「またどろどろなの」とユキは笑顔で言った。「偽フェリクス、斬ってきたの?」
「今日は二人。ひとりは、南方戦争を自分の目で覚えてるって言い張ってた」
「えへっ。あれ、そいつが生まれる二十年くらい前なの」
「じゃあ、歳もごまかしてたってことね」
ユキは、それが今日いちばんのうれしいニュースだとでもいうように、何度もうなずいた。
その隣のソファには、もう一体の人形が座っていた――木のマネキンで、首が不自然に横へねじれ、肩のあたりには白っぽい凍傷の跡が点々とついている。
頭は、かろうじてくっついているだけだった。
この家の家具に何が起きているのか、わたしはもうずいぶん前から聞くのをやめていた。
「ご主人様の命令」と言いながら、わたしはテーブルのワッフルを取り、ユキの隣に座った。「お風呂、沸かしてくれる?」
「もちろんなの!」
ユキは自分の太ももをぽんと叩いた。肌の上の細い紋様がやわらかく光り、首の折れたマネキンが無言でソファから立ち上がった。
動くたびに、頭が今にも完全に取れそうにぐらりと揺れたが、マネキンは何事もないように階段へ歩いていった。
ユキはそれを、散歩に送り出すお気に入りのペットでも見るような、心からの温かさで見送った。
ユキが、わたしに紅茶を注いでくれた。
「そういえばね」ユキは自分のマグに息を吹きかけながら言った。「クリオくんから連絡があったの」
「で、どうだった?」
ユキは明らかに言葉を選ぶように、少し考えた。
「ご主人様さんがね、クリオくんを叱ったの。きゅるん。クリオくん、ヴェルでフクロウたちを殺しちゃって、ダンジョンにこもってたの。そしたら、ちっちゃい影身にやられちゃったの」
わたしは片眉を上げた。
「クリオが? 影身に負けた?」
「うん! そのおちびちゃん、フェリクスの残響、持ってっちゃったの」
「自分から渡したの? それとも奪われた?」
「クリオくんも、よくわかってないの。こわくなって、渡しちゃったって」
『怖くなって、八つの残響のひとつを、影身の子供に自分から渡した。よほど運のいい新人か――見た目よりずっと危険な何かか、そのどちらかね』
「クリオくんから伝言なの」ユキはカップを置いた。「『モ』を探して、って」
「モ?」
たったひとこと。見た目の説明もなければ、ランクもない。
ご主人様の八本の腕のひとつを、獲物を自分から差し出すほど怯えさせた者の、名前だけ。
「わかった。探す」
ユキはもうひとつワッフルを引き寄せた。
「ねえ、飽きないの? こういうの全部。斬って、探して、報告して」
「仕事は仕事」
「つまんないの。ユキはね、石をもらったら、すぐ別の王国に行くの。みんな燃えちゃうとこ、見てみたいの。きゅるん」
「ここじゃ法律を作ってたくせに。街の半分は、あんたの改正で暮らしてるのに」
「ここはもう慣れちゃったの」ユキは、それですべて説明がつくとでもいうように肩をすくめた。「でも、あっちはまだ行ったことないの。おもしろそうでしょ?」
『混沌をばらまくのが好きなのに、この場所の暮らしにはしっかり尽くしてきた。変な組み合わせ。でも、たぶん、わたし自身ほど変じゃない』
「コイは?」とユキが聞いた。「ぜんぶ終わったら、何がしたいの?」
わたしは二、三秒考えた。
「引退する。命令で殺したりしない。好きで殺すなら、それは自分で決めたいの」
ユキが鼻で笑った。
「それこそ、つまんないの」
「でも、正直でしょ」
ユキはようやくかばんに手を入れて、見覚えのある色とりどりのキューブを取り出した。
「はい。直しといたの。どうやったら壊せるの、こんなの?」
わたしはルービックキューブを受け取って、手の中で回した。面はきれいにそろっていた。
まるで、一度もばらばらになったことなどないみたいに。
それから、袖の手首のすぐそばに縫いつけてある、小さなバツ印の金属ボタンを見た。
「お風呂入ってくる」と言って、わたしはソファから立ち上がった。
✧--✧ モ ✧--✧
✦ 現在 ✦
僕たちは、ダンジョンのちょうど中心で、焚き火のそばに座っていた。
まわりの空間は巨大だった――これまでに出くわしたどの部屋よりも、ずっと大きい。
根が少しずつコンテストの空間を締めつけていて、まだ中に残っている者は、遅かれ早かれみんな、ここにたどり着くことになる。
僕たちのあいだに、気まずい沈黙が落ちていた。
僕は、あの質問のゲームを思い出した――二人きりになったばかりのころ、最初に始めた、あれだ。
「ゲーム、続ける? 質問の、やつ」
コイは数秒、黙って火を見つめていた。
それから、ゆっくりと僕の肩に頭をあずけた。
『この子、本当に、僕のそばでこんなにくつろいでるのか?』
「じゃあ、わたしから」と彼女は言った。いつもよりずっと小さな声で。
少しのあいだ、彼女は黙っていた。
「きみの夢って、なに?」
僕は、本気で考えた。
これまで、そんなことは自分でもほとんど考えたことがなかった。
前の人生では、自分の小説を書くのが夢だった――でも、アイデアが新鮮さを失うたびに、僕はそれを放り出して、また何か新しいものを始めていた。
『じゃあ、今は?』
お金? 力? ……それとも、何かもっと大きなもの?
最初に浮かんだのは、恥ずかしくなるくらい単純なことだった。穏やかに暮らしたい。
でもその言い方自体が、ありきたりすぎる気がした。そういう主人公が出てくるラノベを、僕は読みすぎていた。
それがどれだけ陳腐に聞こえるか、よくわかりすぎていた。
『まあいい。せめて今くらい――飾らずに』
「たぶん……穏やかに暮らして、幸せに、なりたい」
コイが僕を見た。それから、また火に目を戻した。
「そっか……いい夢だね……」
長い沈黙が続いた。
僕はどんどん気まずくなっていった。
コイはまだ僕の肩に頭をのせていて、僕にはもう、今何が起きているのかよくわからなくなっていた。
『これって……ロマンチックな場面、なのか?』
そして急に、彼女が僕を仰向けに押し倒した。
心臓が跳ねた。僕は、実際に起きたこと以外なら、何でも想像できた。
コイの手の中で、短剣がきらりと光った。
……。
切り傷は胸を素早く走った――ひと呼吸よりも短く。
理解より先に、痛みが来た。
叫ぶ暇すらないうちに、彼女の指が僕の体の中の何かをつかみ、小さな赤い石を引きずり出した。
石は彼女の袖の中に消えた。
彼女は僕の隣に小瓶を置いた――淡い色の液体で、前にも嗅いだことのある匂いがした。
「魔力ポーション。傷がふさがるよ」
その隣に、もうひとつ、少し小さな瓶が置かれた。
「こっちは針に。神経毒。中に敵がまだどれだけ残ってるか、わからないから。きみは、ほとんどの相手より弱い」
彼女は立ち上がった。
僕はマントの端で胸を押さえたまま横たわり、たった今の十秒間に何が起きたのか、まだ理解しようとしていた。
コイが僕を見下ろした。
「仕事は、済んだ」
彼女は自分の胸に手のひらを当てた。
「本当に、いい夢」と彼女は言った。
そして消えた――光と、キューブと、静寂になって。今日、僕たちが一緒に倒したすべての相手と、まったく同じように。
僕は焚き火のそばに、ひとり取り残された。
『どうして? なんで夢の話なんかしてから、あんなことを?』
答えはなかった。あるのは静けさと、火と、胸に開いた傷だけ。
体が鋭い痛みで存在を主張してきて、僕は疑問をあとに回した。小瓶をつかんで、一気に飲み干した。
✧✦✧
ナエが現れたのは、たぶん三十分ほどたってからだった。
彼は入口で立ち止まり、数秒、黙って僕を見ていた。
「生きてたか」とようやく言った。その声には、偽りのない安堵がにじんでいた。「よかった」
それから、あたりを見回した。
「赤い服の嬢ちゃんは?」
何と答えればいいのか、わからなかった。
何が起きたのか自分でもまだ整理がついていなかったし、筋の通った話にまとめることなんて、とてもできなかった。
「……犠牲に、なった。カヴェンたちと、戦って」
ナエは、それ以上何も聞かなかった。
「どうやら、残ってんのは俺たちだけらしい。通路の霧が、扉に変わってた。閉まってる。コンテストは、もう終わりみたいなもんだ」
彼は僕を見た。
「形だけやり合ってもいい。このまま終わりにしてもいい」
「ナエは、どうしたい?」
「終わりだ」と、彼はためらいもなく答えた。「今日のあとじゃ、マフラーなんか抱えてるより、ルッカの顔が見てえ」
僕はうなずいた。
ナエが手のひらを前に差し出した。そこに、見覚えのある丸いふくらみがすぐに盛り上がった。
僕は針を持ち上げて、それに触れた。
あたりのすべてが、光に包まれた。
✧✦✧
僕は一瞬で外へ放り出された。
気がつくと、冒険者の人ごみの真ん中に特別に用意された舞台の上にいて、僕はすぐに全身をこわばらせた。
観客の中に、今日僕が自分の手で殺した人たちが立っていた。
みんな、まったく生きたままの姿で僕を見ていて、恨みのかけらすらなかった。
『安全なゲームだったって考えに、慣れようとはしてた。でも、こうして生きてる姿を目の前で見ると……』
ケインは少し離れたところに立って、低く、一定の調子で鳴っていた――その話し方では、彼が今日の出来事全体をどう思っているのか、まるでわからなかった。
DMが前に進み出た。
「紳士淑女、ならびに魔法の生き物の皆さま! コンテスト、終了です!」
人だかりがどよめいた。
「第三位――カヴェンとケインのチーム!」
カヴェンは拍手の中で短くうなずいた。
「第二位――ナエとルッカ!」
ルッカがすぐさま人ごみのどこかから飛び出してきて、勢いよくナエの足にぶつかった。
「そして第一位は」DMは芝居がかった間を取った。「モとコイ!」
人だかりに、ざわめきが走った。
「で、あの子どこ行ったんだ?」と誰かの声がした。
「そういや、あのお面の子は……?」
DMはすかさず注意を引き戻した。
「おお、そうでした! 賞品です!」彼はステッキをあまりにも勢いよく振り回したので、いちばん近くの観客に危うく当たりそうになった。「第三位には、一万ゴールド!」
人だかりが満足げにどよめき、コイについての疑問は、湧いたときと同じくらいあっという間に消えていった。
「第二位には、ギルドの全商品が一週間79パーセント引き、さらに生活系の残響をひとつ!」
ナエが口笛を吹いた。
「そして第一位には」DMは僕のほうに向き直った。「大賞! フェリクス王子ご本人のマフラーです!」
首に、何かやわらかくて軽いものがかけられた――暗い赤色の布。マント越しにでも、ふんわりと温かかった。
人だかりが、割れんばかりの拍手に沸いた。
✧✦✧
夜、僕たちはみんなギルドにいた。
カヴェンがおごっていた――表彰が終わるやいなや、彼は大声で宣言したのだ。
「勝ったやつには、いい卓がふさわしい! 飲め、兄弟!」
オレグちゃんはジョッキを運ぶのがやっとだった。
今朝までは、ここにいる半分が互いを殺そうとしていた。
それが今は、キーがナエの話に大笑いし、ジャンは黙って横を向いてほほえみ、ケインは壁際に座って、ひときわ大きな乾杯の声に合わせて、ときどき賛成するように鐘を鳴らしていた。
『この世界の、変なところがまたひとつ』
今度は、分析しようとすらしなかった。
僕はテーブルについて、皿の横に置いた赤いマフラーを見ていた。
ナエが、僕の視線に気づいた。
何も聞かなかった。ただ黙って僕の前にビールのジョッキを置き、短くうなずいた。
僕はそれを手に取って、ひと口飲んだ。
そして驚いたことに、この世界のビールは、本当にすばらしくおいしかった。
ヴェルの上には桃色の月がかかっていて、開け放たれたギルドの窓から、やわらかな光を通りへと注いでいた。




