第13話 コンテスト開幕
僕とコイは、ほかの参加者たちと一緒にダンジョンの入口に立っていた。
そして僕は、この世界に来て初めて、プロの集団というものを本当の意味で肌で感じていた。
これまで僕のまわりにいたのは、パッキーや、オレンジコや、クリオ――怖いか、わけがわからないか、そのどちらかの生き物ばかりだった。
ここはまったく違う。誰も走り回っていないし、誰もパニックになっていない。
冒険者たちはグループごとに立って、小声で話し、体をほぐし、装備を確かめている――まるでダンジョンに来たんじゃなく、仕事に来たみたいに。
僕は思わず、みんなのブローチを見て回っていた。
見渡すかぎり、銅のブローチは僕ひとりだけ。
その先には鉄のブローチが並び、少し離れたところにいる二組ほどには金がきらりと光っていた。
ひとりの冒険者なんて、胸に黒っぽい、ほとんど真っ黒な何かをつけて立っていた――素材はわからなかったけど、ほかの連中がなるべくそいつから距離をとろうとしているのを見て、わかった。
あまり長く見ないほうがいい。
『どうやら、ここでいちばんの下っ端は僕らしい』
コイは隣で、かかとからつま先へ体を揺らしながら、たいして興味もなさそうに人だかりを眺めていた。僕のほうは見てもいない。
「緊張してる?」
「ちょっと、だけ」
「気にしなくていいよ。ここはほとんど見せ物だから。本当に危ない目にあうなんて、めったにない」
『まあ、少なくとも誰かひとりは、そう確信してるわけだ』
✧✦✧
急に、人だかりがざわめいた。僕は顔を上げた。
広場の真ん中の上空に、巨大な光る長方形が広がりはじめていた――スクリーンとステンドグラスの中間みたいなものだ。
中の映像はまだ揺らいでいて、火花から形を作っている途中だった。
それから、上から、文字どおり空中から、DMが降りてきた。
ステッキは杖としてではなく、指揮棒のように持っている。サイコロの頭がゆっくりと回って、一瞬「20」の面を見せた。
両手は勝手に肩から離れて左右に大きく広がり、体はその場に残っていた。
「紳士淑女の皆さま、そしてどちらでもない影身の皆さまも! 毎年恒例、ヴェル祭りコンテストへようこそ!」
人だかりから、賛同するようなどよめきが上がった。
ステッキがひとりでに――まるで自分の意志があるかのように――宙に舞い上がり、きらめく弧を描いた。
「今年のダンジョンは、より広く、より凶悪に、そして――ここだけの話――修理代がずいぶん高くなりましたぞ!」
彼は間を取った。明らかに笑いを待っている。人だかりの中で、本当に誰かが吹き出した。
スクリーンに名前が映し出されはじめた。たくさんの名前。
ついていけないくらいたくさん――次から次へと流れていって、僕は正直ちゃんと聞こうとしたけど、三十人目あたりには、頭の中には知らない音の寄せ集めしか残っていなかった。
『まあいい。全員が重要ってわけじゃないだろう』
そのとき、スクリーンに見覚えのある四つのシルエットが現れて、僕はすぐに背筋を伸ばした。
DMの声が、少し厳かになった。
「チーム『ブレード&ベル』! 岩の心と、無礼を許さぬ拳を持つ戦士、カヴェン!」
『そうだ。あのとき頭をはたいた人だ』
スクリーンに、青緑色の肌で面頬を下ろした戦士が一瞬映った。
「力と沈黙をその身に宿す男、ケイン!」
その隣に、頭の代わりに鐘がついた「タンス」の姿が現れた。
人だかりのどこかで低いどよめきが起きた――笑いなのか賛同なのか――そしてすぐに、短い、少しからかうような声がした。
「またうちのかわい子ちゃんを無口呼ばわりして」
声の主は、手の代わりにマフラーを持つ女の子――キーだった。
少し離れたところに立って、マフラーを胸の前で組み、はっきり不満そうな顔をしている。
「捕まえたら離さない魔法の使い手、キー!」
「当然でしょ」と彼女は鼻を鳴らした。
「そして、気づいたときには、もう手遅れ――ジャン!」
小さな黒い女の子が、黙って手を振った。どうやら、僕に。
『僕のこと覚えてるんだ。手を振り返さないと、失礼だよな』
四人とも、金のブローチをつけていた。
DMの手の片方が離れて、ゆっくりと宙を漂いながらリズムを刻んだ。まるで指揮棒が自分の意見を持ちはじめたみたいに。
「続きまして! 北から来た流浪のテイマーと、その燃え盛る伝説!」
スクリーンにナエが現れた――傘を持って、いつもの退屈そうな顔で――その隣には、ルッカの炎のシルエット。
「ナエ、骨鉱級!」
人だかりが静かになった。大きくではないけど、はっきりと。
『骨鉱? それって金より上なのか?』
僕はいちばん近くのグループを横目で見た――ついさっきまで金のブローチをたいして興味もなさそうに眺めていた連中が、今はナエを、まるで彼が目の前で黙って何かを爆破したかのような目で見ていた。
ナエはその紹介に、肩をひとつすくめただけだった。
「そして、ルッカ! 伝説級の野生の炎の精、その友情は、まさに奇跡としか言いようがありません!」
ルッカは誇らしげに鼻先を高く上げた。どうやら、もう注目されるのに慣れてきたらしい。
『あの人、本気で金のチーム全員よりも強いのか?』
その考えをまとめる暇もなく、スクリーンに次の名前が映った。
「そして本日のリストの締めくくりは、ダークホースたち! モ、銅級」――短い間――「そしてコイ、当ギルドでは初めてお目にかかる参加者です」
広場に、小さなざわめきが走った――あざけりではないけど、それに近い何か。銅級と、正体のわからない未登録の参加者。
確かに、妙な組み合わせだった。
僕は自分のブローチを見た。それからカヴェンの金。それからさっきまでナエが立っていた場所。
『銅級は最下位だ。その下は、たぶん「ランクなしの新人」だけ。そんな僕が今、金や、金より上の何かと同じリーグに入れられた。よし。つまり目標は、勝つことじゃない。誰かのたまたまの強烈な一撃に巻き込まれないことだ』
✧✦✧
DMの口調が、熱狂から妙にくたびれた調子へと急に変わった。
「さて――ルールです! 今年のダンジョンは完全に作り直され、強化されております。壁も、床も、天井も――魔法、魔法、そしてもうちょっとだけ魔法」
彼はステッキで地面を突いた。
「なにしろ去年、どなたかがアリーナの半分を吹き飛ばしてくださったおかげで、階層と階層のあいだの穴をふさぐのに半年かかりましたのでね」
人だかりが小さく笑った。僕も笑った――一応、念のため。
『よかった、これは絶対に僕じゃない。クリオの図書館は別の場所だったし』
たぶん。
DMの声がまた生き生きとした。
「続きまして――隅っこに隠れているのがお好きな方々へ特別に。中には根が出現し、使える空間を少しずつ狭めていきます。コンテストが長引けば長引くほど、隠れる場所は減っていきますぞ」
『バトロワかよ。まあ、そうなるよな』
「さらに、独自のルールを持つ新しい部屋も追加されました――どんなルールかは、ご自身でお確かめを。消耗品には今年、参加者の皆さまからの熱いご要望にお応えして、文字による説明がついております!」
『鬼か』
僕は心の中でため息をついた。
読めもしない説明なんて、僕にとっては文字だらけの空っぽの本がもう一冊増えるのと、ほとんど同じくらい役に立たない。
彼は指を一本立てた。
「そして最後に――今年は、いくつかの部屋で野生のモコに出会えます。一体倒すごとに1ポイント。皆さまの声は届いておりますぞ――誰もが仲間同士で戦うのを好むわけではない、と」
彼は大げさに両手を広げた。
「それでは――幸運を。そしてどうか、吾輩をまた失望させないでくださいませ!」
参加者のまわりで光がはじけた。
✧✦✧
体の中の、何か見えないものをぐいっと引っぱられたような気がして、次の瞬間、騒がしい広場の代わりに、暗い石の通路が僕のまわりにあった。
コイが隣に立っていた。
「あ、ラッキー」と彼女は言った。まるで、たまたま同じ行列に並んだだけみたいに。
彼女はそのまま床に座り込んで壁にもたれ、隣の床をぽんぽんとたたいた。
「このゲーム知ってる? 順番に質問するの。答えたら、聞いたことについて自分がどう思うか、必ず言うこと」
僕は座った。
「ヴェルには、もう長いの?」
「ぜんぜん。つい最近。その前は、ほとんどダンジョンにいた」
コイは、それがごく普通の答えであるかのようにうなずいた。
「じゃあ、一緒にお店を回れるね。わたし、ここのことはだいたい知ってるから」
『この子、本当にただ僕と遊びたいだけなのか?』
僕の番だ。
「コイは、どこから? 家、遠い?」
「王都から。ここからすごく遠いよ」
「いつか、行ってみたいな」と、僕は正直に言った。
コイは少し首をかしげた――初めて会ったときと、同じ仕草だ。次の質問は、はっきりと小さな声だった。
「……野生のモコ以外で、誰か殺したことある?」
僕は固まった。
『待て! これって普通の質問なのか!? それとも、口に出して聞いちゃいけないやつなのか!?』
クリオを思い出した。目を、手を、ポータルを思い出した。
『理屈で言えば……ある? それとも、ない? あのとき自分が何をしたのか、正直よくわからない』
「一回、ある」と、僕はようやく言った。「でも……それが数に入るか、正直わからない」
コイは数秒、お面の穴の奥から黙って僕を見つめていた。責めるような目じゃない。むしろ――興味深そうな目。
「じゃあ、きみが戦うところ、楽しみにしてる」
脅しには聞こえなかった。
僕はマントの端を彼女の袖に差し出した――二人とも手がないから、握手の代わりみたいなものだ。
そのとき、通路の奥から金属の鳴る音が聞こえた。
一秒後、真っ白なお面が割れて、真新しい血にまみれたまま光の中へ飛び込んできて、僕たちのすぐそばの壁にぶつかった。
コイはびくりともしなかった。
暗闇から、二人組が現れた。
✧✦✧
一人目は、肩に短い弓をのせて弄びながら、だらだらと歩いてきた。
二人目は少し後ろにいて、暗いマントにくるまり、腰に短剣を二本さげ、もうずいぶん前に機嫌のいい気分を使い果たしたような顔をしていた。
「おおぉ〜」と、一人目がいかにも楽しそうに語尾を伸ばした。「見ろよノット、もう一組いやがる。銅のチビと、狐のお面のちっこいのだ」
「……フレック」
「あ?」
「聞こえてるぞ、あいつら」
フレックは真っすぐ僕たちを見た。それからまたノットを見た。
「だから?」
ノットは黙って、壁際のいちばん近い影のほうへ視線をやった。
「あ。そっか」フレックは大真面目に同意した。「一応な」
二人はそろって薄暗がりへ踏み込んだ――ほんの二メートルほど、まだ丸見えのままで。
『あれで本気で隠れてるつもりなのか?』
「よし」フレックは小声のつもりで、でもやっぱり普通の声で続けた。「まずガキどもを追い回すか、それとも一気にいくか?」
「一気にだ」
「えー、いいじゃねえかよ、ちょっとくらい遊ぼうぜ」
「……フレック」
「わーったよ、わーったって。じゃあ、俺が弓で距離を取って、お前が近いほうを刻む。まずはお面のちっこいのからだ。袖からして、魔法使いだろ」
コイは、自分が殺される話じゃなく天気予報でも聞いているような、まったくの無表情でそれを聞いていた。
「ほら、見てて」
彼女は僕のほうに首を向けすらしなかった――影の中の二人組を見つめたままだ。
「相手の炉が狙えるなら――そこを突けばおしまい。でも、たいていの知性のある相手みたいに炉が隠れてるなら、回復させないようにしなきゃいけない」
「どうやって?」
「継続ダメージ。出血、毒、火傷、凍傷――なんでもいい、とにかく傷がふさがらなければ。それに、できれば魔力の供給源を断つこと。食べさせない。ほかのモコに助けさせない」
フレックは、どうやらついに我慢できなくなったらしい。
「おい!」彼は影の中から光のほうへ出てきて怒鳴った。「お前ら、俺の話聞いてんのか!? 人がせっかく悪だくみしてんのに、わけわかんねえ話しやがって!」
「ごめん」
コイは、僕から目を離さなかった。
「それでね、もうひとつ大事なのが……」
彼女の袖から、音もなく氷の矢が放たれた。
矢は正確に、フレックの首に命中した。
彼はぜいぜいと喉を鳴らし、後ずさり、喉を押さえた――傷口から霜まじりの血があふれ出し、そのまわりの肌は、みるみる広がっていく氷のひびに覆われていった。
コイは何事もなかったように話を続けた。
「凍傷。氷は内側から傷つけて、魔力がほかの傷を治すのを邪魔するの」
フレックはひざから崩れ落ちた。
ノットは、もう一秒もためらわなかった。
✧✦✧
彼は二本の短剣を構えて突っ込んできた――速い。ついさっきまで二流の脇役に見えていたやつにしては、速すぎる。
コイは、まるでそれを待っていたかのように、途中で彼を迎え撃った。
「きみの」と、彼女は短く言った。
彼女は後ずさるフレックのほうへあごをしゃくり、すぐにノットへ意識を切り替えた。
僕は傷ついた弓使いのほうに向き直った――でも一歩も踏み出さないうちに、ノットがふいにコイの横をすり抜けて、まっすぐ僕のほうへ向かってきた。
『なるほど、やっぱり僕も蚊帳の外じゃないのか』
僕はマントを振り上げた。針が前へ飛び出す。
ノットはあまりにも軽々とそれをかわしたので、一瞬ちょっと悔しくなった。
もう一度やってみる――クリオのときみたいに、同じ手が効くことを願って、足を狙って。
ノットの刃が短く宙を切り、針が近づくよりも先に、それを横へはじき飛ばした。
「足狙いか」と、彼は低く言った。「古い手だ」
『足を狙うのはだめか。残念』
僕は一歩下がって、様子をうかがった。
ノットの動きには無駄がなかった――余計な見栄はひとつもなく、入口にいたあの道化コンビの面影はどこにもない。
一つ一つの動きが、計算しつくされている。
『よし。正面から通じないなら――合わせるまでだ』
彼がまた攻めてきた。僕はかわして、針を横へ投げた――彼にではなく、そのわきを抜けて、通路の壁へ。
針が、小さく軋む音を立てて石に突き刺さった。
僕のマントから細い鎖が飛び出して、体と武器をつないだ。
『いける!』
ノットがほんの一瞬、固まった――それで十分だった。僕が鎖を逆方向に引くと、体が勢いよく前へ引っぱられた。
彼の守りの内側、短剣が長すぎてうまく振るえない、至近距離へ。
「なに!?」
僕は肩から彼にぶつかり、すぐに針を手もとへ引き戻して、また突いた――わき腹、防具のないところへ。
ノットはよろめき、痛みに息をもらしたけど、すぐに反撃してきた――速く、荒々しく、ほとんど見もせずに。
僕はまた針を投げた――今度は天井へ、角の向こうへ――そしてまた鎖を追って飛び出し、どんな足でもできないような形で、空中で向きを変えた。
ノットは、僕に合わせるのに疲れはじめていた。
彼の攻撃がほんの少しずつ正確さを失い、ほんの少しずつ必死になっていくのが見て取れた。
もう一度飛ぶ。もう一度突く。
ついに針が彼の肩を貫き、僕は鎖を放さないまま、彼を壁に叩きつけた。
ノットはぐったりした。
数秒、何も起きなかった。
それから、彼の体が光るキューブになって崩れはじめた――最初は端から、それから全体が――そして一瞬後には、跡形もなく消えていた。
僕は通路の真ん中に立ち尽くして、いつものくせで荒い息をしていた。
『……殺した』
✧✦✧
僕は、何かを感じるのを待った。
恐怖。嫌悪感。せめて、体のどこかがひやりとする不快感くらい。
前の人生では、映画で血を見るのさえまともに耐えられなかった。人を殺すなんて話は、なおさらだ。なのに今は――何もない。
『たぶん、ここでは本当には誰も死なないからだ。コンテストは安全だ。だから脳が、これを本物だと思っていないんだ』
筋の通った説明に聞こえた。
でも、少しも落ち着かなかった。
『じゃあなんで、気持ち悪くすらないんだ?』
僕は、クリオをどうやって殺したのか思い出そうとした。あの戦い、あの腕、目に突き刺した針。
『そういえば僕、自分がどうやってあれをやったのか、覚えてすらいない。怖かったのは覚えてる。走ったのも覚えてる。でも、その瞬間だけ――まるで切り取られたみたいだ』
その考えが、胸のどこかに嫌な感じで引っかかって、そのまま残った。
「悪くないね」
背後から、コイの声がした。振り向く。
フレックはまだ床に倒れていた――氷は体にどんどん広がりつづけていて、彼は息をするたびに痛みに身をよじりながら、小さくうめいていた。
コイは彼のそばにしゃがみ込んだ。
「早く終わらせてほしい?」
フレックは、「うん」に近い何かをうめいた。
彼の手のひらに、小さな丸いふくらみが盛り上がりはじめた。
コイがナイフで丁寧に皮膚を切り開くと――その下に、小さな真珠のようなかたいものがあった。
『これが、炉なのか』
これまでは、ただの決まりごとで、オレグちゃんの説明の一行にすぎなかった。
でも今、僕は自分の目でそれを見ていた――体の中にある、小さくて、生きた、本物の器官を。
コイは、ひと突きの正確な動きでそれを壊した。
フレックもノットと同じように消えた――光と、キューブと、静寂になって。
僕はまた、何も感じなかった。
体の中で何かが小さく震えた――ブローチが反応して、結果を記録したのだ。
『プラス24ポイント』
コイは立ち上がり、次の通路のほうを向いた。
「行こ。ダンジョンは、まだまだ先があるよ」
僕は彼女のあとを歩きながら、DMのスクリーンに流れた名前の一覧を、頭の中で思い返していた。
『ナエ。ルッカ』
前なら、この考えは「どこかにいる、ほかの参加者二人」としか聞こえなかったはずだ。でも今は――違う。
もし出会ったら、それはもう、ただの戦いじゃない。
もっとも、ルールはそれで変わりはしない。話し合って、別れるか。
それとも、戦うか。




