第12話 お祭り
また、日本の夢を見た。
いつものオフィス。白い壁、ずらりと並んだ机、モニター、ファイル、そしてなぜか一向に終わらない書類の山。
自分の席に座っていると、同僚の女性が部署に入ってきた。その後ろに、見覚えのない女の子がついてくる。
グレーのボブに眼鏡、バツ印の形をしたヘアピン。学校を出たばかりなのがひと目でわかった。
『かわいそうに、あんまり楽しい仕事じゃないぞ。まあ、僕には関係ないけど』
同僚がこっちを見た。
「桜井さん、ちょっと来て」
僕はしぶしぶ立ち上がって近づき、まず同僚に、それから女の子に軽く頭を下げた。
「紹介するね。こちら、小鳥遊さん」
彼女も軽く頭を下げたけど、すぐに目をそらした――床を見たり、どこか遠くを見たり、とにかく僕と目を合わせないようにしている。
『目を合わせるのが苦手なのかな? まあいい、なるべく気をつかわせないようにしよう』
同僚は一瞬、僕と彼女を交互に見ていた。それから、どうやら一番大事なことを思い出したらしい。
「それでね、桜井さん。部長から伝言。あなた、小鳥遊さんの先輩になってって。ここのこと、いろいろ教えてあげて。うまくいけば昇給もあるかもよ。席は七番のパソコンね」
「ちょっと待っ……」
同僚はもう背を向けて行ってしまった。
『薄情者!』
まったく知らない女の子と部署の真ん中に取り残されて、僕は気まずく彼女を見た。彼女もどこか下のほうを見ている。
数秒、二人とも黙っていた。
「あの……」
『どうやら、この子も何をすればいいのかわかってないらしい』
小鳥遊さんは両手を体の前で組んで、親指で手の甲をそわそわとなでていた。
『よし』
僕は、昔自分が仕事を教わったときのことを思い出して、それをそのまま繰り返すことにした。
✧✦✧
彼女を七番のパソコンの前に座らせて、ここでの仕事のやり方を見せはじめた。まずは書類チェックの基本的な手順。
最初にどこを見るか、飛ばしてはいけない欄はどこか、どの日付同士を照らし合わせるか、どんなミスが多いか、訂正はどう書くか、それから書類に情報が足りないときはどうするか。
小鳥遊さんはとても熱心に聞いていた。むしろ熱心すぎるくらいで――同じ書類を何度も見直していた。
まるで、僕が目を離したとたん、一秒前にはなかったミスが急に現れるんじゃないかと怖がっているみたいに。
やがて彼女は最初の書類のチェックを終えて、おそるおそるモニターをこっちに向けた。見てみると、ほとんど全部合っていた。
ひとつだけ、日付の確認が抜けている。
「ここ、見てみて」
彼女は一瞬でこわばった。日付を確かめる。もう一度。さらにもう一度。
その顔からすると、何かとんでもない失敗をしたと思い込んでいるらしい。
僕は別に怒るつもりなんてなかったから、少しやわらかく話しかけた。
「大丈夫。最初の書類にしては、すごくいいよ。とにかく経験を積んで、自信がないときは聞いて」
僕は少し考えた。
「社内チャットで聞いてくれればいいから」
小鳥遊さんはうなずいた。
「はい」
彼女はまたモニターのほうを向いた。僕は自分の仕事に戻り、いつもどおりの時間が流れていった。
✧✦✧
昼休み、僕は同僚の男とウォーターサーバーのそばに立っていた。彼は水のボトルを開けて、なにげなくうちの部署のほうを見た。
「で、どうよ、新人は?」
「小鳥遊……恋さん?」
「そうそう」
僕は少し考えた。
「かわいい、かな」
同僚がにやりとした。
「もう目つけてんのか?」
「いや、そういう意味じゃなくて。なんていうか……ちっちゃいんだよな」
「はは」
「いや、本当に。見てると、『もう仕事はいいから、帰りな』って言いたくなる」
同僚が鼻で笑った。
「本人に言ってやれよ」
「なんで? 明日どっかに飛ばされるためにか?」
ふと振り向くと、小鳥遊さんがいた。すぐ近くに立っていて、その顔からすると、十分すぎるほど聞こえていたらしい。
顔が、見る見るうちに赤くなっていった。
僕は固まった。
『あ……』
「あ、小鳥遊さん、いつからそこに……?」
✧✦✧
目を覚ました僕は、しばらくただ天井を見ていた。それから夢をはっきり思い出した――そして、あの話がどう終わったのかも。
僕はそのあと、本当に飛ばされた。倉庫で、トラックの荷下ろしに。
『やれやれ』
寝返りを打つと、そばに針が置いてあるのが目に入った。柄はえんじ色の紐できれいに巻かれている。僕はしばらくそれを見ていた。
『なんだか、もう見慣れた感じがする』
僕は起き上がって、昔からの習慣で、まずトイレを探しに行った。
見つからない。もう一度探す。ない。
そのときになって、ようやく完全に思い出した。
『そもそも、行きたくなかったんだ。この世界に来てから、そんな必要を感じたことは一度もない。気配すらない』
僕は、何もない場所を見た。
『どうやら、トイレがいらないのは僕だけじゃないらしい』
結局のところ、これも新しい体のおまけのひとつにすぎない。僕は下へ降りていった。
✧✦✧
台所には、もうナエが座っていた――落ち着いてお茶を飲み、クッキーを食べている。
最初はペチカに気づかなかったけど、そのうち、中の火がなんだか妙に動いているのに気づいた。
いや、正確には――中に誰かが寝ていた。
『ルッカ?』
ルッカはペチカの中で丸くなって、ほとんど炎と一体化していた。そこにいると知らなければ、たぶんただの火だと思っただろう。
先に僕に気づいたのはナエだった。
「おう、おはよう、モ。茶が冷めないうちに座れ。そしたら祭りに行くぞ」
僕は隣に座って、カップを取った。お茶はまだ熱かった。少し飲んで、クッキーを取る。
しばらく僕たちは、ただ朝ごはんを食べていた。
それから、僕はナエを見た。
「ナエ、よく、眠れた?」
「まあな」
そしてまた静けさ――いつもの朝だ。
祭りまでは、もうあまり時間がなかった。
✧✦✧
朝ごはんのあと、僕たちは一緒にヴェルの中央広場へ向かった。近づくにつれて、音がどんどん大きくなっていく。
どこからか音楽が聞こえ、どこかで商人が言い争い、誰かが笑い、金属が鳴る。
通りには冒険者があまりに多くて、ときどき集団ごとよけて通らなきゃならないほどだった。
広場の真ん中には、大きなブロンズ像が立っていた。
僕は足を止めた。台座の上に、ひとりの冒険者が立っている。
「フェリクス王子だ」とナエが言った。
僕は彼を見た。
「英雄にして、王国じゅうのギルドの最大の出資者だ。十年くらい前にどこかへ消えちまった。大陸じゅうに、自分の装備と残響をばらまいてな」
僕はもう少し像を見ていた。
『これが、そうなのか』
頭の中に、すぐ昔のゲームでのある出来事が浮かんだ。
トッププレイヤーが引退するとき、装備の一部を新人たちに配っていった――いわゆる引退配布だ。
『似てるな』
僕はその考えをあまり重く受け止めなかった。
『僕の昔の仮説を、ほんの少し後押しするだけのことだ。フェリクスが本当に異世界人だったなら、こういう偶然もそれほど不思議じゃなくなる。でも、証拠にはまったくならない』
✧✦✧
通りに沿って、商人の荷車が並んでいた。食べ物を売る者もいれば、武器を売る者も、服を売る者もいる。
ナエは僕たちのお金の入った小袋を取り出して、半分に分け、片方を僕に渡した。
「俺はルッカに何か見てくる」
彼はルッカを見た。
「お前はひとりで回ってろ」
少しの間。
「フェリクスの像のとこで落ち合うぞ」
僕はうなずいた。僕たちは別れた。
✧✦✧
僕は屋台のあいだを歩きはじめた。
最初の店ではポーションを売っていた――小さな瓶がたくさん、色とりどりの液体、そして大量のラベル。
僕はせめて何かひとつでも読もうとした。
だめだった。
『やっぱり、ちゃんと言葉を覚えないと。字が読めないせいで痛い目を見たのは、もう二回目だ――最初はダンジョン、次はオレグちゃん。このままじゃ、あの人の超お得なご提案で、そのうち奴隷にされかねない。この世界に奴隷制度があればの話だけど。ないといいな』
次の店は武器屋だった。
台の上にはいろいろな剣が並んでいる――普通に見えるものもあれば、光っていたり、何かの模様が刻まれていたりするものもある。
店主が大声で客を呼び込み、特別な魔法の力を約束していた。
僕は値段を見て、すぐに興味をなくした。
まあ、いつかな。
僕は先へ進んだ。
✧✦✧
いきなり、誰かが僕にぶつかってきた。
「わっ!」
小さな人影が、危うく転びそうになった。耳のついた赤いフードマントを着て、白い狐のお面をつけている。
マントの下からは、金属のバツ印のボタンがついた、とても長い袖が垂れ下がっていた。
女の子はすぐに後ろを振り返った。
それから、もう一度。
そして何も言わずに僕のマントをつかむと、いちばん近くの荷車のそばまで引っぱっていった。何か聞く暇もなかった。
彼女は僕の背中の陰に隠れた。
『へ……?』
数秒後、大きなモコが走っていった。そいつは急に立ち止まって、あたりを見回した。
何かぶつぶつ言って、それからまた行ってしまった。
女の子はそっと僕のマントの陰から顔を出して、くすっと小さく笑った。
「で、きみ誰? ここらじゃ見ない顔だね」
「えっと……」
彼女は僕をじっと見て、それから札に気づいた。
「モっていうの? 珍しい名前。影身にはぴったりだね」
彼女は手を――正確には、袖を差し出した。
「わたしはコイ。わたしも影身なんだ。くすっ」
僕は固まった。
彼女は子猫みたいに首をかしげて、それからイチゴに似た実を三つ取り出して、僕に差し出した。
「じゃあね、モ。コンテストで会えるかもね」
彼女はくるりと背を向け、袖をひらりと振って、数秒後にはもう人ごみの中に消えていた。
僕は実を抱えたまま、その場に立ち尽くした。実を見て、それから自分を見る。
『僕、ポケットないんだった』
ひとつ食べてみた――味は本当にイチゴに似ていた。
『悪くない』
✧✦✧
僕は先へ進んだ。三番目に目についた店は、テントのような作りだった。
紫色の布に、星の飾り――何もかもがわざとらしいくらい神秘的だった。
興味を引かれて、入口に近づいた。
ノックする。
返事はない。
もう一度ノックする。
静寂。
『まあ……開いてるし』
僕は中に入った。
✧✦✧
中は暗かった。何本かのろうそくと魔法の水晶玉だけが、ぼんやりと光を放っている。
玉の向こうの薄暗がりに、大きな人影が見えた。毛皮に、お札や数珠をじゃらじゃらぶら下げた帽子。
そして顔には、目がひとつ描かれた紙が一枚貼られていた。
「迷える子よ……この世の闇をさまよう者よ……」声は低く、節をつけて響いた。まるで古い予言でも読み上げているみたいに。「お入り、お入り。ニュクタおばばは、敷居をまたぐ者すべてを見通しておるのじゃ」
『おばば……誰?』
「占ってほしいのかえ? 運命を知り、見知らぬ霧の向こうの道を見たいのかえ?」
「え……いい、の?」
「たったの500ゴールドじゃ、子よ。この世の向こう側をのぞき見る代価じゃよ」
『500!?』
僕は買い物のあと残りがいくらあるか計算して、もう少しで出口へ向き直りかけた。
「ちょっと、高い……」
占い師は少し黙った。
「……しょうがないね」声が急に、あの世めいた響きのまったくない、ごく普通の声になった。「あんたには300でいいよ。その日最初の客は、いつも割引なんだ」
『あ。それならずっとマシだ』
「じゃあ、それで」
僕はお金を差し出した。彼女はすぐにまた神秘的な口調に戻った。
まるで、一瞬だけ普通の商売に落ちたことなんてなかったみたいに。
「では座るがよい、子よ。玉をのぞくのじゃ……」
占いが始まった。まわりのろうそくが明るく燃え上がり、水晶玉のまわりに魔法の粒子が現れはじめた。
玉の中には、最初は霧が立ちこめた。それからその中に、赤い炎が現れた。
炎が揺れた。
形を変えた。
赤は少しずつ黒に変わっていった。黒はどんどん大きくなって玉を満たしていく。
まるで何か巨大なものが外へ出ようとしているみたいに。僕はもう、自分が何を見ているのかよくわからなかった。
そして闇の中で、一瞬、黄色い光がきらめいた。
『四芒星』
僕はまばたきした。
玉にひびが走った。
ピシッ。
玉は砕けた。霧が消え、炎も消えた。
数秒、僕たちはただ黙っていた。占い師も何も言わなかった――どうやら、こんな結果は予想していなかったらしい。
僕は破片を見た。
『で、これってどういう意味なんだ?』
でも、なぜか聞く気にはなれなかった。割れた玉の弁償を請求される前に、僕はテントを出た。
✧✦✧
次は、ルーレットの店だった。いちばん目立つところに、景品のかっこいい剣が置いてある。
僕は足を止めた。
「おっと、そこの坊主、素通りはなしだよ!」店のテキ屋が、暇つぶしに回転盤をのんびり回しながら声をかけてきた。「運試しだ! 剣はひと振り、挑戦者は千人、誰に当たるかは盤しだい!」
『うーん』
すぐに、昔のガチャゲーを思い出した。
ときどき、とんでもなく運がよかったことをよく覚えている――10連で最高レアが何体も出たこともあった。
『もしかしたら?』
「一回、いくら?」
「たったの10ゴールド! こんな剣が当たるチャンスにしちゃ安いもんだろ?」
「お願い」
僕はカウンターに硬貨を置いた。テキ屋が盤を回す。
外れ。
「あちゃー、残念! もう一回いこう、二回目は当たりやすいって言うぜ!」
『まあ、こういうこともある』
もう一回。
また外れ。
「おおっ、惜しい! 今、針がぶるっとしたの見たか? あとちょっとだ!」
『あと少しで、取り返せる』
『よし!』
もう一回。
「かすったかすった!」テキ屋が興奮したように手をこすり合わせる。「こういうツキは簡単には逃げねえ、もう一回!」
あと少し。
もう一回。
ようやくやめたとき、お金はもうなかった。一枚も。僕は、ついさっきまで小袋があった空っぽの場所を、黙って見つめていた。
テキ屋はうなって、自分の金箱をのぞき込み、それから今さらながら哀れむような目で僕を見た。
「しゃーねえなあ。これでも持ってきな」彼は小さなペンダントを差し出した――紐のついた青い小さな水晶だ。「参加賞だ」
『まあ……何もないよりはマシか。せめて魔法のものだといいけど』
首にはもう札がかかっていたけど、体の中には十分場所があったので、ペンダントはとりあえずそこにしまっておくことにした。
『よし。ここからは、タダの娯楽だけだ』
✧✦✧
僕は長いこと祭りをぶらついていたけど、そのうち行列に気づいた。冒険者たちが二人ずつ並んでいる。
行列の最後で、見覚えのある長い袖がこっちに振られていた。
『コイだ』
僕は近づいた。
「これ、なに?」
彼女は行列を見た。
「コンテストの受付だよ」
僕は並んでいる人たちを見回した――どうやら、参加したい者はかなり多いらしい。
「えっとね」コイは説明役がまんざらでもないらしく、かかとからつま先へ体を揺らしながら、淡々と言った。「ダンジョンの特別な区画の門が開くの。中には特殊な魔法がかかってて、本当に死ぬことはない。大けがしたら、魔法が勝手に外に出してくれる」
「じゃあ、安全?」
「まあ、だいたいね」彼女は首をかしげた。「中にはギルドが先に、宝箱とか、罠とか、役に立つものをばらまいてる。やることは簡単。ほかより多くポイントを集めること」
「どう、数える?」
「宝箱は三種類。1ポイント、2ポイント、3ポイント。あと中には、ポーションとか、使い捨ての残響とか、細かいものも入ってる」
彼女は、わかりやすくするために数えるように、指を一本、それからもう一本立てた。
「でも、いちばんおいしいのは宝箱じゃない」
「じゃあ、なに?」
「ほかのチームを倒したら、そのチームのポイントの半分がもらえるの。相手がゼロだったら、慰めに10ポイント丸ごと」
「割り切れない、ときは?」
「切り捨て。残念だけど、公平でしょ」コイは肩をすくめた。「チームが全滅したら、チームごと脱落。登録したあとはメンバー交代できないから、相棒はよく選んでね」
彼女は軽く肘で――正確には袖で、僕をつついた。
「ギルドが新しいメダルをくれるか、今のにカウンターをつけてくれるの。きみ、まだ持ってないよね?」
「持ってる、実は」
「じゃあ、それにつけてもらえるよ」
『どうやら、ここにいるのは平和な散歩が目当ての連中じゃないらしい』
コイは僕の顔色に気づいたみたいだった。
「ああいうのに出るのは、だいたいケンカ好きだよ」まるで天気の話でもするように、彼女はさらりと言った。「きみはどう? やめとく?」
「ううん、平気」
彼女は満足そうにうなずいて、また前の行列を見た。
「そうそう、今年の優勝賞品は、フェリクスのマフラーなんだって」
僕は思わず、広場の像のほうを見た。
『フェリクスのマフラー。歴史的にかなり価値のある品って感じがする。まあ、僕自身は特に欲しくもないけど』
コイはしばらくルールの話を続けて、それから行列が前に進んだ。僕は彼女の隣に立っていて、ふとお返しのことを思い出した。
『そうだ! 実を三つ、もらったんだった』
僕は体の中に手を――マントを入れて、小さな青いペンダントを取り出した。それを見る。
『いいか、別に』
僕はそれをコイに差し出した。
彼女は水晶を見た。紐を見た。それから僕を見た。
その視線は数秒のあいだ贈り物の上にとどまり、それから声が、はっきりとやわらいだ。
「……ありがとう」
✧✦✧
ようやく僕たちの番が来た。僕とコイがギルドの職員の前に立つと、後ろには次のペアが並びはじめた。
そのとき、聞き覚えのある声がした。
「おっ、モのやつ、もう彼女できたのか。へへ」
僕はぱっと振り返った。
ナエだ。その隣にはルッカ。
『彼女!?』
なぜか、その言葉で、すぐにあのウォーターサーバーのそばでの会話を思い出した。
「な、なに!?」
コイが小さく笑った。ナエは、まるで僕のこの反応をわざと待っていたみたいな顔をしていた。
僕は何か言い返そうと口を開きかけて、そこでルッカに気づいた。ルッカはコイを見ていた。とても、じっと。まずコイを。
それから僕を。それからまたコイを。ルッカはナエのほうへ少し寄って、もう一度コイを見た。
『どうしたんだ?』
何か考える暇もなかった。コイはただ笑みを浮かべたままだった。そして行列は、もう先へ進んでいた。
僕たちは前に踏み出した。
登録が始まった。




