第10話 焚き火の語らい
あれだけのことがあったあと、僕たちは同じ巨大な広間に残っていた。
今はここも、妙に静かだった。聞こえるのは、テーブルと椅子の残骸で起こした焚き火のはぜる音だけ。
ルッカが自分の炎で火をつけるのを手伝ってくれて、ナエはその上に鍋をかけ、野菜の煮込みを作りはじめていた。
ルッカはそのあいだ、パッキーたちの残していった物で遊んでいた。
何かを口にくわえて引きずってきたかと思えば、前足で転がし、放り出して、また別の物に取りかかる。
僕はしばらくルッカを眺めてから、ナエを見た。服は血とほこりにまみれていたけど、本人はほとんど無傷に見えた。
『なんで、あんなにすぐ治ったんだ?』
前にナエが僕に切り傷をつけたときのことを思い出す。あのときも、傷はほとんどすぐにふさがった。
『再生?』
「ナエ、大丈夫?」
「ん? ああ、平気だ。着替えなきゃならねえけどな。なんでだ?」
僕は彼の服を見た。
「あの変なやつに……」
「ああ、そのことか。炉は無事だった。お天道様のおかげだ。ただ、ここまで再生すると腹が減る」
彼は鍋のふたを少し開けて、煮込みの具合を確かめた。
つまり、炉さえ無事なら、再生で元に戻れるということだ。
もう少し聞いておかないと。
「ナエ、再生、みんなできる? どういう仕組み?」
「ん? ああ。再生は誰にでもある。だが、俺たちみたいに形の定まらない体のモコのほうが強い。ルッカみたいな炎の精は、もっと強い。ただ、どれにしても魔力が要る」
魔力? じゃあ、ここにもあるのか。
僕は少し考えた。
「魔力、時間で、戻る?」
「まあ、ちゃんと食ってればな。勝手には戻らねえ。お前のそのささやかな大きさからすると、果物をほとんど食ってなかったんだろ。魔力がいちばん多いのは果物だ。ヴェルに戻ったら、食堂に行かねえとな」
『つまり、この世界じゃ、魔力は食べ物から手に入れるのか』
僕は鍋を見た。
『じゃあ、偉大な魔法使いは大食いってこと?』
「じゃあ、魔法使い……」
ナエがすぐにさえぎった。
「違う。あいつらは食う量より燃やす量のほうが多い。それに、冒険者やってる魔法使いは、たいてい金がねえ。新しい残響だの消耗品だの、買うのは安くねえからな」
残響。この言葉はギルドで聞いたし、クリオからも聞いたし、今またナエから聞いた。
どうやら残響は、本当にありふれたものらしい――少なくとも、こんなふうに普通に話題にできるくらいには広まっている。
もう少し考えていたら、ルッカがいきなり鼻先で僕をつついた。僕は思わずびくっとした。
ナエがこっちを見た。
「何がしたいのか、見てきてやれ」
ルッカを見ると、もう広間の奥の隅のほうへ駆けだしていた。僕はあとを追った。
✧✦✧
ルッカは、何か大きな本のそばで立ち止まった。最初は、なんでここに連れてこられたのかすらわからなかった。
けっこう大きな本で、表紙には夜空が描かれていた。
ルッカは鼻先でそれをつついてから、僕を見た。
『なに?』
僕は本を拾い上げて、持って戻った。
「ナエ、これ、あの本?」
ナエは目を細めて、少し黙ってからうなずいた。
「ああ。こいつがホシだ」
ナエは使い込まれたリュックの中をあさって、ボタンのついた小袋を取り出し、僕に放ってよこした。
「モ、ひとつ頼まれてくれ。ルッカと一緒に回って、金を集めてこい。たっぷりな」
僕は小袋を見て、それから広間じゅうに散らばった硬貨を見た。
『これ、全部盗品だよな。パッキーがまともな方法で手に入れたわけがない』
でも一方で、ナエ自身がギルドには報告するなと言っていた。それに、このお金で借金を返せるなら……。
『でも、いきなり大金をギルドに持っていったら、怪しまれないか?』
僕はナエのほうを向いた。
「ナエ、急にお金、増えたら、ギルド、何か言う?」
ちょうど煮込みをかき混ぜていたナエは、手を止め、ゆっくりとこっちに首を向けた。
「いちいち説明しなきゃわかんねえのか? 言うに決まってんだろ。だから金は持ってく。で、派手な買い物してバレるな。お前、まともなもん食いたいんだろ? ギルドへの借金も返したいんだろ?」
『バレるな?』
そうか。誰にも知られなければ、誰も僕を泥棒呼ばわりしない。
でも……。
『ここでどれだけ集めれば、バレずに済むんだ……?』
日本のことを思い出す。僕なんて、道で拾った五十円でも交番に届けてたのに。
それが、ここでは……。僕はそこらじゅうに転がっている金色の板を見た。
『こんなにたくさん。そもそも、ここじゃ何にどれくらいの価値があるんだ?』
✧✦✧
僕は金を集めはじめた。硬貨は変わった形をしていた――四角くて、角が丸い。
一枚一枚に、この世界の太陽と、何かの額面が刻まれている。
一枚を回してみて、それから別の一枚を見る。
「ナエ、10ゴールドで、何、買える?」
ナエは煮込みをかき混ぜながら、一瞬考えた。
「まあ……お賽銭くらいだな。普通のパンがひとつ、だいたい100ゴールド。じゃがいもが1キロで240から320。ただ、ヴェルはけっこう物価が高い。冒険者がひっきりなしに来るから、村が儲かってるんだ。財布をいっぱいにすりゃ十分だ」
僕はしばらく固まった。つまり、10ゴールドなんて本当にはした金だ。
『……ほぼ円と同じだな』
僕には、それがなんだか少し不思議だった。
僕は硬貨を集めつづけた。しばらくして、もうひとつ思い出した。
「質問ばかり、ごめん。最後の。ここの経済、何で回ってる?」
ナエは料理を続けた。
「ダンジョンと地底世界だ。王都が地下で見つかった資源を買い取って、それから商売やらサービスやらで金を取り戻す。近くにほかの王国はねえ。海に出てったやつは、誰ひとり戻ってこなかった」
僕は手の中の金を見た。
『そういうことか。つまり今の僕は、ここの炭鉱夫とか木こりみたいなものなんだ』
これまで、ダンジョンはただの冒険の場所だと思っていた。
でも今、それがずっと大事なものだとわかりはじめた――巨大な資源の宝庫で、冒険者はその仕組みの一部にすぎないのだ。
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しばらくすると小袋がいっぱいになったので、僕は焚き火のところへ戻った。
ルッカがすぐに寄ってきて、鼻先で僕の脇腹をつついた。僕はルッカを見て、それからそっと頭をなでた。
正確には、洗濯ばさみを――ほかのところをなでる勇気は、まだなかった。
ルッカは嫌がらなかった。どうやら、これならいいらしい。
ナエはそのあいだに煮込みの味見をして、数秒もぐもぐしてから、お玉で鍋の金属の部分をカンと叩いた。
「煮込みができたぞ。冷めないうちに食え」
僕は近寄った。ルッカもついてきて、僕たちは一緒に火のそばに座り、ただ食べはじめた。
ここしばらくで初めて、誰もどこへも走っていなかったし、誰も誰かを追いかけていなかった。
ただ熱い煮込みと、焚き火と、巨大な古い図書館の真ん中にいる三匹の生き物がいるだけだった。
✧✦✧
しばらくして、ナエが僕を見た。
「食ったら、依頼を届けに行くぞ。明日は祭りでひと休みだ」
僕はうなずいた。
ナエがルッカに手を伸ばした。どうやら、またなでようとしたらしい。ルッカはすかさず、前足でその手をはたいた。
彼は固まって、数秒ルッカを見つめていた。それから手を引っこめて、食事を続けた――もうすっかり幸せそうな顔で。
僕はナエを見て、それからルッカを見た。
『この人、本当に大喜びしてる』
僕たちは食べ終えると、立ち上がり、一緒に先へ進んだ。




