メウィティカ、檻を破る力2《ソラ》
《ソラ》
やがて、遠くの二つの陣地に、多くの篝火が見えた。反旗を翻したスバルの陣と、王家の陣だろう。
だがヨサリは、その陣から遠い川沿いを進む。
〈この道は紅蝉の乱のとき、あたしたちが使った抜け道。少人数で奇襲を仕掛けるときに使ったんじゃ。〉
「そんな道、セイは知ってるのかい?」
〈知っているはずじゃ。セイとカスガ殿下は人目を忍んで、紅蝉の乱で神海へ行った者をお参りしておったそうじゃ。そのとき、この道を使ったとシュリ姫が教えてくれたよ。〉
そうか、と返事をしながら、俺は二人の行動に納得をした。人情深いカスガのことだ。自分の身内が関わって命を落とした者たちを、思わないはずがない。それは、セイも同じだったようだ。
抜け道を進むと、草木で隠された小さな通り道があった。俺でもかがまないと進めない、天井の低い道だ。そこを抜けると、すぐ上のほうに篝火が見えた。
〈ここが、スバル殿下が陣を構えた山の裏手じゃ。〉
ヨサリに言われ先を見ると、山沿いに上り坂となっているようだ。少し左を見ると崖っぷちとなっており、下には暗闇が広がっている。そして、上り坂の先も暗く、見通せない。
それでも、進むしかない。カスガとシュリ、二人とセイは、このままではいけない。きちんと会って、話さないといけない気がする。
上り坂は狭く、少しでも足を外れたら落ちてしまいそうだ。慎重に、しかしヨサリを信じて走る。
〈…セイ…。〉
ヨサリが止まり、俺の元へ飛んでくる。暗闇のなか進むと、セイが座り込んでいる。
「…セイ。」
俺が呼ぶと、セイが振り返る。彼は全身傷だらけで、息も荒い。
「なんじゃ、坊主。ヌシか。」
「セイ。こんなところで何やってんだよ。カスガとシュリのところに帰ろうぜ。」
「ワシの帰るところなど、もう無い。」
「そんなわけない。友達が待ってるんだ。帰る理由には充分だろ。」
「何もかも、ワシゃ捨てたんじゃ。…国を裏切り、シュリを泣かせ…、カスガに魔道まで使うた。ワシは、自分のことしか考えておらん。希望教で、生きられる場所を見つけるんじゃ。」
「それは、シュリとカスガを捨ててまで目指すところかい?」
「そうじゃ。坊主も形代なら、分かるじゃろう。」
本音としては、分かる。俺は紅蝉の乱も、今回のスバルの謀反も、もしもこの国の人間だったら、乱を起こした側に共感したはずだ。
セイは傷だらけだ。ここまでも覚悟を持って、困難を乗り越えて来たことだろう。本当は、このまま彼を行かせたい。
「…でも、すごく迷ったんじゃないかい?」
俺が問うと、セイの瞳が少し揺らぐ。そして、彼は言う。
「坊主。ヌシがワシならば、どうしていた?」
「えっ。」
あまりに予想外の問いに驚く。俺はその青い瞳を見つめた。
そうか、セイは、迷っている。本当は今も、揺らいでいる。こんな、会ったばかりのガキに問いかけるほどに。
俺が答えにためらっていると、セイが立とうとする。
「…何を聞いておるんじゃ、ワシは。忘れろ。」
しかし、セイはふらついてしまう。
「セイっ。」
セイの体は崖っぷちへ傾き、ゆっくりと落ちていく。俺は足を踏み出すが、狭い道に足がすくんでしまう。そのとき。
〈セイっ。〉
崖下に落ちたセイの胴体を、何重ものツタが引き揚げている。それは、昼前の戦いでアルタビルの体を締め付けた、ユフィの樹の魔道と同じだ。
ヨサリの力だ。ヨサリの放ったツタが、セイを崖っぷちで留めている。俺は彼の近くへと行き、崖っぷちで留まる彼の顔を覗き込む。
「…なんじゃ、ヌシの魔道か?」
「違う。ヨサリだ。」
「はっ、何を言うておる。」
〈…お願いじゃ、ソラ。あたしの言葉を伝えて。〉
ヨサリの頼みに、俺は頷く。すると、ヨサリは息を整えて話す。
〈セイ、あなたを産んですぐに死んでしもうた、弱い母じゃ。まずは、一緒に生きられなくて、ごめんなさい。〉
俺はヨサリの言葉をそのまま、崖下に見下ろすセイに伝える。彼は怪訝な顔を見せた。
〈安産祈願のお守りは、絶対青にすると決めていたんじゃ。夫のソウヤ様の、瞳の色。宮殿にこもるあたしが、たまたま中庭に出たとき出会うた、大切なお方。セイ、あなたの瞳は綺麗な青じゃと、シュリ姫が言うとったよ。〉
ヨサリの言葉は溢れて止まらない。十六年分の母の思いが込められている。
今はコウモリの姿をしているが、俺には一人の母親が、崖下を覗いて語りかけるのが見える。
〈産んですぐ、小さなあなたを抱いたんよ。でも、あたしはすぐに死んでしもうた。ツタとはいえ、こうしてまたあなたを抱けて、あたしは嬉しいよ。誠、重くなったねえ。〉
セイは傷ついた体が痛むのか、それとも受け止め切れない言葉に戸惑っているのか、強く目を瞑る。
〈よく頑張って生きてきたねえ。シュリ姫やカスガ殿下が近くにいてくれて、あたしは嬉しかったよ。でもね、やっぱりセイが頑張って生きてくれていることが、一番嬉しいよ。〉
その言葉に、セイは唇をぎゅっと噛み締める。
〈何も出来ていない母親じゃが、あなたの幸せを祈っておるよ。欲を言えば、あなたをあんなにも毎日思うてくれるシュリ姫に応えてあげてほしいがのう。〉
「シュリ…。」
セイが震えた声を出す。
〈どこででも、どんな形でもいいから、生きて、セイ。あなたの名前は、生きることをメウィティカの古い言葉で表した言葉なんじゃよ。〉
ヨサリのその言葉を伝えると、しばらくセイは俯いて黙り込む。俺には何も言えない。親子の間に割って入れる言葉なんてない。
しかし、セイは腰に提げた刀を抜き、ツタを斬り始めた。
「セイっ、やめろっ。」
「これがワシの決断じゃ。シュリとカスガだけでない。形代の力で多くの者を苦しめたワシは、生きるに値せん。」
すぐにツタは斬れてしまい、セイは暗闇に落ちていく。ヨサリがそれを追うように、まっすぐ下へ飛ぶ。俺は起きたことが信じられず、ただヨサリが戻るのを待つだけだった。
あんなにもまっすぐな母親の言葉を、受け入れられないものなのか。俺には親がいないから分からない。ただ、少なくともセイの心が、大きく揺らいでいるように見えたのは確かだった。
だいぶ時間が経って、ヨサリが戻ってきた。
〈おらんかった…。〉
俺はその言葉に、ためらいながら問う。
「聞いちゃ悪いけど、死体もかい?」
〈ええ、木だけじゃ。〉
「ヨサリ、今さらだけど、なんで暗闇なのに見えるんだい?」
〈見えとるわけでないよ。むしろ、視力はほとんど無い。コウモリの反響定位という超音波で、音で物の位置などを掴んでおるんじゃ。…だいぶ森を飛んだが、人間の肉体は見当たらんかった。〉
「あんなに傷ついていたのに…。でも、希望教のヤツは、影に溶けるように姿を消したことがあるんだ。」
俺はもう、だいぶ前に感じる、ヒューや、クルエルのセーラとセオドアを思い出す。
〈生きていてほしい…。〉
「そうだな。俺も、そう思う。」
俺は召喚獣と契約をして、分かったことがある。契約を結んだ召喚獣に、嘘は通じない。俺の体内に宿る召喚獣は、俺の本音を見抜く。
だから、セイに生きていてほしい、というのも本音だ。会ったばかりだと言うのに、俺はセイの選択に、深く共感している。人を傷つけてほしくないが、自分の生き方や居場所は、何をしてでも見つけてほしい。そんな矛盾した感情さえ生まれている。
俺たちは抜け道を戻り、桜の離宮を目指すことにした。
都に着いたのは、夜明け前だった。視界は明るくなったので、ヨサリを胸に宿す。彼女は魂となって俺の胸に溶けるが、いつかまた、セイと会わせることが出来たら、と思う。
桜の離宮に着くと、四人が起きて待っていた。途中、離れてしまったユフィは特に何もない様子だ。
カスガはところどころに浅い傷がある。その傷の理由と、彼の毒への耐性を聞き、俺たちは何と言って良いか分からなかった。しかし、彼はカラッとした表情で言う。
「ある意味、毒で死んだ母上のおかげで生き延びたようなもんじゃな。ワシは、セイを必ず捕まえる。そして、シュリに謝らせるんじゃ。」
「カスガは、セイが生きてるって信じてるんだな。」
俺の問いに、カスガは答える。
「ああ、ヤツは強いからのう。ワシはそれを知っとるよ。」
王家としての縁を切られたカスガは、どこか吹っ切れた様子だった。緑の帆の船から、ずっと張り詰めていた彼だったが、俺の知っている気さくな顔を取り戻している。
アルタビルの身は、ディーン皇王に任せることにした。協力をしてくれたのはカザトで、非常事態の混乱下にあるのに、彼を通じてディーン皇王に手紙を送ることが出来た。いずれ、アリアレジスからディーン皇王の遣いが来て、アルタビルは引き渡される。それまでは、カザトやウヅキの部下が彼を見張ることになった。
スバルたちが起こした謀反は、後に統玉の乱と呼ばれる。
その戦禍は、メウィティカの歴史に長いこと、暗い影を落とすことになる。奇しくも俺たちは、大きな歴史のうねりの一端に関わったのだった。




