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【太陽物語】 夜明けへ進む少年は  作者: 立花ハル
《第九章 メウィティカ大陸、問われる正義》
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メウィティカ、檻を破る力《ソラ》

《ソラ》


「見ろ、狗潤(くじゅん)の民の里跡に、軍勢だ。」

 蒼華(そうか)の民の元へ向かう途中、ユフィが呟(つぶや)く。それは、セイの父親ソウヤの故郷だった、狗潤の民の里跡、そして、紅蝉(こうせん)の乱で戦地となったところだ。そこに、旗が何流も立っている。

 カザトの言う通り、スバルたちは狗潤の里に立てこもっているようだ。


 非常事態となり、小舟を動かせないで暇そうにしている船頭(せどう)に話を聞く。

「ああ、あいつぁ、スバル殿下とホクト殿下の旗印じゃな。星が目印なんじゃ。少し手前に、緑に龍の旗があるじゃろう。あっちは王家の軍じゃ。」

「なんで狗潤の民のところに、スバルたちはいるんだい?」

「こりゃ、坊主。今は逆賊かもしれんが、もしかしたら王になるかもしれん方じゃぞ。殿下をつけえ。」

 船頭は少し面倒そうに、そう言った。民の忠誠心なんて、こんなものかもしれない。

「悪かったよ。で、スバル殿下たちは、なんであそこに?」

「狗潤の民の里はのう、本来であれば天然の要塞として、重要な役割を持つ場所なんじゃ。ほら、山に沿って、砦が築かれておるじゃろう?あの砦は、メウィティカの北側の民族を威嚇するのにピッタリなんじゃ。…もう、紅蝉の乱の怨霊が怖くて、誰も立ち入らんがのう。」

 俺たちは船頭に礼を言って、蒼華の民の里を目指すことにした。その途中、ユフィが言う。

「確かに、山を利用し、高い位置についた軍のほうが優位に立てるだろうな。矢の雨も、魔道も降らせやすいからな。」

「翠雨(すいう)の民も蒼華の民も、無事だといいけどな。」

 俺たちはそんな話をしながら、やはり一番はカスガのことが気掛かりだった。セイとは会えたのだろうか。どうなったのだろうか。

 しかし、冷静なユフィは言う。

「今は、ヨサリを…、シュリたちを助けよう。」

「ああ、そうだな。」


 少し走ったところで、俺たちは銀の鎧を着た軍勢を、目の前に見つける。カザトと同じ鎧だ。王家の軍だろう。

 しかし、俺たちは岩陰に隠れ、小声で話す。

「たぶん、見つからないほうがいいよな。」

「ああ。この軍勢からしたら、俺たちは異国人だ。捕まってもおかしくない。」

 ユフィがそう答えるので、俺はより体を小さくして隠れる。しかし…。

「まったく、スバル殿下たちは何を考えておられるのか…。」

「分からん。王家のいざこざに巻き込まれるのも、ウンザリじゃ。」

 二人の軽い装備をした武人が、すぐ横で立ちションをし始めた。俺たちは息を止める。

 だが、俺は油断をしてしまった。ナイフの鞘が、岩にぶつかって小さな音を立てる。

「ヤベっ。」

「何ヤツじゃっ。」

 俺たちは、王家の軍に捕らわれてしまった。


 縄で後ろ手に縛られ、見覚えのあるところにたどり着く。翠雨の民の里だ。稲穂の香りは変わらず香ばしい。危機的な状況だが、ここが無事なのはひとまず安心した。

 俺たちを五人の武人が囲み、問う。

「して、ヌシらは何者じゃ。」

「怪しいモンじゃねえよ。」

「ソラ、やめろ。…私たちは、カスガ殿下の友人です。」

 ユフィが言うと、武人たちはどよめく。

「証拠は?」

「ありません。ですが、王家の邪魔はしません。私たちは、殿下の友人がいらっしゃる蒼華の民へ、その無事を確かめに行きたいだけです。」

「蒼華?なぜ、そんな田舎に殿下の友人が?」

「セイ殿下の許嫁(いいなずけ)、シュリ姫様のいらっしゃる里だからです。」

「セイ、殿下…?誰じゃ、そりゃあ。」

 俺とユフィは顔を合わせる。昨日の話から、セイが不遇な立場にあるのは想像していたが、まさか民に存在すら知られていなかったなんて。

「適当なことを抜かしよって、怪しいヤツらじゃ。良いから、ここでおとなしくせえ。」

 兵たちは見張りの武人を一人だけ残し、俺たちは拘束されてしまった。


 なんだか気の抜けた顔の武人は、あくびをして俺の横に座っている。俺は暇つぶしに声をかける。

「なあ、あんた、なんで武人になったんだい?」

「なんじゃ、生意気な小僧じゃのう。」

「いいから聞かせてくれよ。」

「そんなの、銭のために決まっとろう。」

「金のために、人を殺す職についたのかい?」

「小僧、分かっとらんのう。ワシはこそこそ隠れるだけじゃ。」

 そう話す武人を、俺は怪訝(けげん)な顔で見る。

「そんな顔で見るでねえ。小僧らみたいな若者には分からんじゃろうが、世の中にはのう、人を殺せる人間がおるんじゃ。平気なのか好んでなのか、イヤイヤかは分からんがのう。ワシはそういう人間に戦いは任せて、数合わせのために戦場に立つだけじゃ。そうして銭を稼いで、細々と暮らすんじゃ。」

 俺はその言葉に、無性に腹が立った。一人を殺しただけで、あんなにも煉獄は近づいて恐ろしい思いをしたのに。カイもカスガもユフィも、覚悟を持って命を奪ったのに。

「分かってねえのは、あんただろ。」

「なんじゃ?」

 気付いたら、俺は喧嘩を売っていた。しかし、ユフィは止めない。

「あんたも煉獄を覗(のぞ)いてみろよ。まあ、あんたみたいな弱虫じゃ無理だろうがな。」

「こん、生意気なガキが。」

「今、俺を殴れてない時点で弱虫なのがよく分かるぜ。本当の武人の姿を、戦場で見て来いよ。」

 すると、武人はさすがに頭に血が昇ったのか、拳を振り上げた。しかし、俺は目を逸(そ)らさない。その武人の目が、弱々しく揺らいでいたからだ。武人は、舌打ちしながら拳を下ろして言う。

「ワシら平民には、平民の暮らしがあるんじゃ…。」

 それを言うと、武人はそっぽを向いてしまった。


 そうこうしていると、太陽は午後の方向に傾(かたむ)いている。ユフィは平静さを保っているが、俺のなかには焦りが生まれている。俺は武人に言う。

「なあ、ちょっとションベンしたいんだよ。草陰に行かせてくれないかい。」

「なんじゃ、もう少し我慢出来んか。」

「出来ん。頼むよ。」

 すると、武人は短いため息を吐(つ)いて言う。

「仕方ないガキじゃのう。銀髪のほう、ヌシは大人しく座っておれよ。」

 ユフィは頷(うなず)いて、俺は立たされた。長時間座っていたので、腰が痛い。

 そして草陰に行くが、武人が後ろに立っている。

「なんだい、兄さん、見ちゃうのかい。」

「うっしゃいガキじゃのう。見たいわけなかろう。」

 武人はそう言って、俺のナイフを鞘から抜き取り、縄を切る。俺は二歩だけ前に出て、用を足す振りをした。息を整えて、そして、振り返る。

「な、なんじゃっ。」

 俺は詠唱無く放てる氷を、武人の足元に向かって走らせる。戦い慣れていない武人は慌てふためいて、ナイフを地面に落とした。

「悪いね。俺は行かなきゃいけないんだ。」

 武人の足は氷で固まった。武人は恐らく、汚い言葉を俺にぶつけているが、俺はナイフを拾い、ユフィの元へ走る。

「ソラ。」

「ユフィ、早くここから離れようぜ。」

 俺はユフィの手を縛る縄を切り、二人で森に姿を潜めた。銀の鎧の武人たちを避けて歩くと、日はさらに傾き、もう夕方近くになっていた。


 豊かな自然は、俺たちを阻(はば)む壁に思えた。俺たちは草木をかき分け、蒼華の民の里を目指す。

 辺りの草木は、夕日に照らされている。

 そのとき、俺は鼻に、ある予感がした。

 ロンソ村でも感じた、木が燃える匂いだ。俺とユフィは青ざめた顔を合わせ、さらに走った。


 予感は、当たってしまった。

 あの素朴で、不思議と安心出来る蒼華の民の里は、黒コゲに燃え落ちていた。まだ燃えてから、そう時間が経っていないのを感じる。

「そ、そんな…。」

 俺は力無く呟く。そして、立ち止まってしまう。昨日まで普通に生活をして、子どもたちが遊んでいた、平和な里だったのに。

「…ソラ、止まるな。動くぞ。」

 ユフィがそう言って、俺は震える息を必死に整え、ただ、彼に着いて行く。ユフィと一緒に、いくつかの家屋(かおく)の燃え跡を見た。もっとも、俺は目を逸らしていたが。


 すると、ユフィが呟く。

「おかしい。いや、これでいいのか。」

「…どうしたんだい?」

「焼死体が、どの家にも無い。」

「えっ。」

 そう言われて、燃え跡を見る。確かに、人の形の黒炭(くろずみ)は見当たらない。

「シュリの家へ行こう。あそこは里でも、外れにあったはずだ。」

 ユフィに着いて、俺は歩く。一縷(いちる)の望みとは、今の俺の心境かもしれない。

 少し歩くが、早々に望みは失われた。この高い草の向こうに、シュリの家の屋根は見えたはずなのに。しかし、草を分けた先に、俺たちは駆け寄る。


「シュリっ。」

 シュリが庭で倒れていたのだ。仰向けで両手を重ねた、不自然に整えられた姿勢だった。ユフィが様子を確かめる。

「生きている。ソラ、水筒を。」

 そう言われて、俺はすぐに水筒を出す。ユフィがゆっくりと、彼女の口に水を含ませる。

 俺は声をかける。

「シュリ、起きろ。大丈夫か。」

〈シュリ姫…。〉

 シュリの握った手から、声がする。固く握られた手を解(ほど)くと、ヨサリが宿る安産祈願のお守りが出てきた。

「ヨサリ。」

〈ソラ、シュリ姫を助けて。〉

 ただでさえ弱々しい声が、震えによって、さらにか弱く聞こえる。

「ヨサリ、何があったんだい。」

〈夜、シュリ姫が寝ていると、セイが来たんじゃ。そして、蒼華の民全員と逃げるように言うたんじゃ。〉

 俺はヨサリの言葉をユフィに伝えながら、彼女の話を聞く。


〈シュリ姫はこのお守りを握って、民を皆起こして回った。そして、ここより北にある、保存食の蔵に逃げたんじゃ。じゃが、シュリ姫は里が燃えておるのを見て、戻って来てしもうた。〉

「そんな、なんで。」

〈シュリ姫が、水の形代(かたしろ)だからじゃ。里の火を収めようとしたんじゃ。〉

 そのとき、シュリがわずかに反応を示した。

〈シュリ姫…。〉

「シュリなら大丈夫そうだぜ。ヨサリ。」

〈良かった…。〉

「ヨサリ、里に火をつけたヤツの心当たりは?」

〈希望教なのは、間違いない。…シュリ姫が戻って来たとき、燃える里にセイがおったんじゃ…。〉

 俺がそれをユフィに伝える。しかし、俺もユフィも、どことなく予想にあったことで、驚きよりも虚しさを感じてしまった。

〈セイが告げたんじゃ。自分は希望教につく、希望教を拒んだシュリは本来、希望教によって殺されなくてはならないと。〉

 それは、キーエールのローズと同じ運命だった。

〈じゃが、セイにはそれが出来んかったようじゃ。セイは、シュリ姫に自分を忘れるように言った。じゃが、シュリ姫は泣きながらセイを止めたんじゃ。何か間違えても、一緒に居てほしいと。〉

 すると、ヨサリの声はますます震える。

〈こんなにも思うてくれる姫君がおるのに…。セイは、毒の形代じゃ。引き止める姫に、セイは眠らせる毒を神経に注入した。油断させるために、姫を抱きしめて、離れんと嘘をつきながら…。姫が眠りに落ちたあと、セイは居なくなったよ。〉

 そこまでをユフィに伝える。彼は短く、そうか、とだけ呟いた。


〈あたしは姫の部屋で、毎日、姫の祈りや、その日の出来事を聞いておった。姫は自分のことは何も祈らず、民や、旅に出られたカスガ殿下、そして、セイの幸せをいつも祈ってくださった。ヨサリ様、お願いします、とのう。じゃが、ある日から姫の様子が変わったんじゃ。〉

「ある日?」

〈王家の遣いが、姫とセイが成人を迎えたら形代の力を使って、戦うように告げてきた日。それから、希望教の者が二人に接近した日じゃ。〉

 俺はその二つをユフィに伝えると、彼の顔に緊張感が宿った。

〈その二つが立て続けに起きたらしく、姫自身、動揺しておった。じゃが、それ以上にセイが変わってしまったと。〉

「変わった?」

〈姫が言うには、蒼華の民の里に来ることが減ったと。来ても、国を出ようだとか、希望教につこうだとか言うようになったと。〉

「それに、シュリはどう答えたんだい?」

〈あたしは姫の寝室で、姫の報告を聞いただけじゃが…。姫は希望教を拒んだ。それは、希望教が嫌だとかでなく、今の暮らしを守りたいという思いじゃったと思うよ。〉

 それを聞き、昨日見た、蒼華の民の里の子どもたちの無邪気な姿を思い出す。素朴でも温かい民と生業(なりわい)を、シュリは大切にしていたのだろう。そして、カスガとセイ、シュリの三人が、自然と振る舞う姿も頭に浮かんだ。家族のいないシュリにとって、三人の時間はきっと、かけがえのない時間だったのだろう。


 俺はヨサリに言う。

「実はヨサリ、今日の朝、スバルとホクトが謀反(むほん)を起こしたんだ。希望教と結託して、民族や形代兵の身分を守るためらしい。」

〈なんじゃと。〉

「意外かい?」

〈にわかには信じられん。スバル殿下もホクト殿下も、一番の姉であるアマノ様のご子息じゃ。…じゃが、単なる王位を狙った謀反ではないということじゃな。〉

 俺はそれを、ユフィに伝える。そしてユフィと出した考えを、ヨサリに伝える。

「俺たちは昼前、希望教のヤツらと戦ったんだ。ヤツらも言っていた。王位とは関係なく、変化を起こすための謀反だと。」

〈…あたしとしては、スバル殿下たちに共感を覚える。あたしも紅蝉(こうせん)の乱で、王家に刃向かった身じゃ。形代として生まれた己に、価値を見出すために。〉

「それは、俺も分かる。俺も形代だから。」

〈そうか、ソラも…。しかし、夫のソウヤ様は戦死し、あたしも産後すぐに死んでしもうた。セイには、重い運命と、形代の証である水色の足しか残せんかった。〉

「ヨサリは、紅蝉の乱に後悔してるかい?」

 俺が問うと、彼女は少し沈黙し、答えた。

〈一人の人間としては燃え尽きるほど生きたが、母としては後悔しかない…。〉

 その声は、姿の見えない召喚獣だというのに、小さく縮こまる女を思わせた。


〈ソラ、あたしの力なら、いくらでも貸す。どうか、シュリ姫もセイも幸せになれる道を探してくれぬか。〉

 それは、とてつもなく重い願いだった。俺はすぐに返事が出来ず、ためらう。

〈毎日、セイの幸せを祈るシュリ姫は、もう娘同然じゃ。健気なシュリ姫はもちろん報われてほしい。そして、勝手じゃとしても、どんな罪を犯しても、我が子には幸せになってほしいのじゃ。〉

「ヨサリ…。俺は、まだ何も決められていない。」

〈それでもええ。今は希望教の元に走ったセイを、止めるか後押しするか、ソラに任せる。あたしの力を使ってくれんか。〉

「…希望教についたセイは、人を不幸にするかもしれないぜ。」

〈そのときは、母と息子、共に煉獄へ堕ちる。〉

 それは、これまで弱々しかったヨサリの、芯の固い言葉だった。


 俺は息を整え、安産祈願のお守りに手を伸ばす。

「ヨサリ、力を貸してくれ。一緒に行こう。」

 すると、お守りの鼓動が速くなり、光を放つ。そして、魂の形となって、俺の胸に溶け込んだ。

 次の瞬間、小動物が飛び出した。

「こ、コウモリ?」

 ユフィが驚く。

〈あたしはコウモリの姿を得た。どんな暗闇でも、そなたらの目となるぞ。〉

 ちょうどよく日が沈みかけ、辺りは暗くなって来ていた。


 シュリが、少しずつ目を覚ます。

「シュリ、大丈夫か?」

 シュリは少し呆然としたあと、涙をポロポロとこぼし始めた。

「…セイは、行ってしもうたんね。」

 ユフィはまたも、短くああ、と答えた。

 すると、シュリは堰(せき)が切れたように涙を流す。

「どんなに頑張っても、あたしじゃ引き止められん。民とか形代とか関係なく、戦も何も無く、ただ静かに暮らせれば、それで良かったのに…。」

 シュリは泣きながら小さく呟くが、きっとそうはいかない。形代の力を持つ王子と妻となる姫君。王家はきっと、身分や人権など関係なく、その力を利用するはずだ。

「シュリ。」

 俺は、シュリに問う。

「シュリは、これからどうしたい。」

「あたしは…。」

 少し考え、彼女は言う。

「あたしはいつか、蒼華の民を復興する。そして、セイの帰る場所を作る。」

 その目は涙に濡れながら、強い眼差(まなざ)しをしていた。俺は答える。

「分かった。応援するぜ。」


〈ソラ。王家の軍が来よった。〉

 突然のヨサリの声に、俺たちは息を潜める。高い草の向こうに、王家の旗が見える。そして、男の大きな声が聞こえた。

「シュリ姫。いらっしゃるか。ご無事を確かめに来ました。」

 シュリは戸惑う様子を見せる。俺たちも同じだ。王子としてのセイの存在は、民に知られていなかった。それなのに、なぜ、わざわざシュリの様子を見に来たのか。

〈ソラ、こっちに来るぞ。〉

 俺がヨサリの声を二人に伝えると、シュリが言う。

「ソラ、ユフィ、森に隠れて。」

「シュリは。」

「あたしなら大丈夫じゃ。あわよくば、セイの居場所も聞き出して見せる。」

 シュリの迷いのない瞳を見て、俺たちは森へと入る。すると、武人たちが草を分けて、シュリのほうへ近づいて来た。


 明らかに、昼間、俺たちを捕らえた数合わせの武人と違う。装備の質もそうだが、面構えからしてたくましい。

〈あれは王家の軍のなかでも、かなり位の高い武人じゃ。神王陛下と会(お)うたり、王族の護衛をしたりするような武人じゃよ。〉

 木にぶら下がるヨサリの言葉に納得する。それならば、セイの存在を知っていてもおかしくない。

「シュリ姫、ご無事でしたか。」

「はい。民も皆、北の蔵に逃げ延び、無事でございます。」

 シュリがまだ毒の残る重い体を起こし、姿勢良く座る。武人が問う。

「…里に火をつけたのは、誰ですか?」

「分かりませぬ。逃げるのに必死でしたから。」

 シュリは武人の顔を見て、セイのことを隠す。

「シュリ姫、あなた様の御身(おんみ)を都へとお連れします。」

「なぜですか。」

「セイ殿下が、スバル殿下側につきました。あなた様は、殿下とかなり親しくされていたご様子。神王陛下の命により、その御身を都にてお守りいたします。」

「…セイ殿下が?誠ですか。私には、何もお話になっておりませぬ。」

 シュリはまたも知らない振りをしている。さらには、表情に戸惑いを浮かべている。意外にも、その演技は本物に見える。武人は油断したのか、シュリに目線を合わせて言う。

「誠にございます。セイ殿下が昼前に都を出て、スバル殿下の陣へ向かう姿を、前衛を守る者が見たそうです。その際セイ殿下は、数名の武人を神海(しんかい)に送りました。」

 その言葉に、シュリは顔をこわばらせる。それは、演技でなく本当の表情に見えた。さらにヨサリの動揺も、召喚獣として宿る俺に伝わってくる。

 俺たちも、カスガがセイと会えなかったのか、それとも止められなかったのか、考えてしまう。

「シュリ姫、都へ参りましょう。ここもいつ、戦地になるか分かりませぬ。」

「承知しました。北の蔵へ避難した民も、連れて参りたいのですが。」

「かしこまりました。ご案内ください。」

 シュリは、武人に支えられながら立ち上がる。一瞬、俺たちのほうへ視線をやった。それは先ほども見せた、強い眼差しだった。


 武人が去ったのを見て、俺たちも動き出す。

 しかし、辺りはすっかり暗闇に包まれており、何も見えない。ランプや火も、軍勢に見つかることを考えると、頼るわけにはいかない。

 しかし、ヨサリは言う。

〈暗闇は任せよ。あたしに着いて来るのじゃ。〉

 ヨサリが迷いの無い様子で飛んでゆく。俺はそれを見上げて、茂った草に足を取られながら走る。

 しばらくしてヨサリが止まり、俺の元へ飛んでくる。俺は小声で問う。

「どうしたんだい?」

〈王家の軍勢じゃ。十人はおる。〉

 俺はそれをユフィに伝えるが、俺たちには全く見えない。

〈狗潤の民の里へは、この辺りを進みたいのじゃが…。〉

 ユフィに伝えると、彼は小声で言う。

「そいつらは俺が引き受けよう。ソラ、お前はヨサリとともにセイを追え。」

「どうするんだい?」

 俺の問いに、ユフィが夜空を指差す。その先には、かなりの数の鳥が飛んでいた。

「まさか、あの数を?」

「やってみせる。ソラ、隙を見て走れ。合流は桜の離宮にしよう。」

 無駄なく俺に指示をすると、ユフィは目を閉じて集中する。すると、夥(おびただ)しい数の鳥が、暗い森に降り注ぐように飛んできた。男たちの悲鳴が聞こえる。

 ユフィに背中を叩かれ、俺とヨサリは再び走り出した。

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