メウィティカ、檻を破る力《ソラ》
《ソラ》
「見ろ、狗潤の民の里跡に、軍勢だ。」
蒼華の民の元へ向かう途中、ユフィが呟く。それは、セイの父親ソウヤの故郷だった、狗潤の民の里跡、そして、紅蝉の乱で戦地となったところだ。そこに、旗が何流も立っている。
カザトの言う通り、スバルたちは狗潤の里に立てこもっているようだ。
非常事態となり、小舟を動かせないで暇そうにしている船頭に話を聞く。
「ああ、あいつぁ、スバル殿下とホクト殿下の旗印じゃな。星が目印なんじゃ。少し手前に、緑に龍の旗があるじゃろう。あっちは王家の軍じゃ。」
「なんで狗潤の民のところに、スバルたちはいるんだい?」
「こりゃ、坊主。今は逆賊かもしれんが、もしかしたら王になるかもしれん方じゃぞ。殿下をつけえ。」
船頭は少し面倒そうに、そう言った。民の忠誠心なんて、こんなものかもしれない。
「悪かったよ。で、スバル殿下たちは、なんであそこに?」
「狗潤の民の里はのう、本来であれば天然の要塞として、重要な役割を持つ場所なんじゃ。ほら、山に沿って、砦が築かれておるじゃろう?あの砦は、メウィティカの北側の民族を威嚇するのにピッタリなんじゃ。…もう、紅蝉の乱の怨霊が怖くて、誰も立ち入らんがのう。」
俺たちは船頭に礼を言って、蒼華の民の里を目指すことにした。その途中、ユフィが言う。
「確かに、山を利用し、高い位置についた軍のほうが優位に立てるだろうな。矢の雨も、魔道も降らせやすいからな。」
「翠雨の民も蒼華の民も、無事だといいけどな。」
俺たちはそんな話をしながら、やはり一番はカスガのことが気掛かりだった。セイとは会えたのだろうか。どうなったのだろうか。
しかし、冷静なユフィは言う。
「今は、ヨサリを…、シュリたちを助けよう。」
「ああ、そうだな。」
少し走ったところで、俺たちは銀の鎧を着た軍勢を、目の前に見つける。カザトと同じ鎧だ。王家の軍だろう。
しかし、俺たちは岩陰に隠れ、小声で話す。
「たぶん、見つからないほうがいいよな。」
「ああ。この軍勢からしたら、俺たちは異国人だ。捕まってもおかしくない。」
ユフィがそう答えるので、俺はより体を小さくして隠れる。しかし…。
「まったく、スバル殿下たちは何を考えておられるのか…。」
「分からん。王家のいざこざに巻き込まれるのも、ウンザリじゃ。」
二人の軽い装備をした武人が、すぐ横で立ちションをし始めた。俺たちは息を止める。
だが、俺は油断をしてしまった。ナイフの鞘が、岩にぶつかって小さな音を立てる。
「ヤベっ。」
「何ヤツじゃっ。」
俺たちは、王家の軍に捕らわれてしまった。
縄で後ろ手に縛られ、見覚えのあるところにたどり着く。翠雨の民の里だ。稲穂の香りは変わらず香ばしい。危機的な状況だが、ここが無事なのはひとまず安心した。
俺たちを五人の武人が囲み、問う。
「して、ヌシらは何者じゃ。」
「怪しいモンじゃねえよ。」
「ソラ、やめろ。…私たちは、カスガ殿下の友人です。」
ユフィが言うと、武人たちはどよめく。
「証拠は?」
「ありません。ですが、王家の邪魔はしません。私たちは、殿下の友人がいらっしゃる蒼華の民へ、その無事を確かめに行きたいだけです。」
「蒼華?なぜ、そんな田舎に殿下の友人が?」
「セイ殿下の許嫁、シュリ姫様のいらっしゃる里だからです。」
「セイ、殿下…?誰じゃ、そりゃあ。」
俺とユフィは顔を合わせる。昨日の話から、セイが不遇な立場にあるのは想像していたが、まさか民に存在すら知られていなかったなんて。
「適当なことを抜かしよって、怪しいヤツらじゃ。良いから、ここでおとなしくせえ。」
兵たちは見張りの武人を一人だけ残し、俺たちは拘束されてしまった。
なんだか気の抜けた顔の武人は、あくびをして俺の横に座っている。俺は暇つぶしに声をかける。
「なあ、あんた、なんで武人になったんだい?」
「なんじゃ、生意気な小僧じゃのう。」
「いいから聞かせてくれよ。」
「そんなの、銭のために決まっとろう。」
「金のために、人を殺す職についたのかい?」
「小僧、分かっとらんのう。ワシはこそこそ隠れるだけじゃ。」
そう話す武人を、俺は怪訝な顔で見る。
「そんな顔で見るでねえ。小僧らみたいな若者には分からんじゃろうが、世の中にはのう、人を殺せる人間がおるんじゃ。平気なのか好んでなのか、イヤイヤかは分からんがのう。ワシはそういう人間に戦いは任せて、数合わせのために戦場に立つだけじゃ。そうして銭を稼いで、細々と暮らすんじゃ。」
俺はその言葉に、無性に腹が立った。一人を殺しただけで、あんなにも煉獄は近づいて恐ろしい思いをしたのに。カイもカスガもユフィも、覚悟を持って命を奪ったのに。
「分かってねえのは、あんただろ。」
「なんじゃ?」
気付いたら、俺は喧嘩を売っていた。しかし、ユフィは止めない。
「あんたも煉獄を覗いてみろよ。まあ、あんたみたいな弱虫じゃ無理だろうがな。」
「こん、生意気なガキが。」
「今、俺を殴れてない時点で弱虫なのがよく分かるぜ。本当の武人の姿を、戦場で見て来いよ。」
すると、武人はさすがに頭に血が昇ったのか、拳を振り上げた。しかし、俺は目を逸らさない。その武人の目が、弱々しく揺らいでいたからだ。武人は、舌打ちしながら拳を下ろして言う。
「ワシら平民には、平民の暮らしがあるんじゃ…。」
それを言うと、武人はそっぽを向いてしまった。
そうこうしていると、太陽は午後の方向に傾いている。ユフィは平静さを保っているが、俺のなかには焦りが生まれている。俺は武人に言う。
「なあ、ちょっとションベンしたいんだよ。草陰に行かせてくれないかい。」
「なんじゃ、もう少し我慢出来んか。」
「出来ん。頼むよ。」
すると、武人は短いため息を吐いて言う。
「仕方ないガキじゃのう。銀髪のほう、ヌシは大人しく座っておれよ。」
ユフィは頷いて、俺は立たされた。長時間座っていたので、腰が痛い。
そして草陰に行くが、武人が後ろに立っている。
「なんだい、兄さん、見ちゃうのかい。」
「うっしゃいガキじゃのう。見たいわけなかろう。」
武人はそう言って、俺のナイフを鞘から抜き取り、縄を切る。俺は二歩だけ前に出て、用を足す振りをした。息を整えて、そして、振り返る。
「な、なんじゃっ。」
俺は詠唱無く放てる氷を、武人の足元に向かって走らせる。戦い慣れていない武人は慌てふためいて、ナイフを地面に落とした。
「悪いね。俺は行かなきゃいけないんだ。」
武人の足は氷で固まった。武人は恐らく、汚い言葉を俺にぶつけているが、俺はナイフを拾い、ユフィの元へ走る。
「ソラ。」
「ユフィ、早くここから離れようぜ。」
俺はユフィの手を縛る縄を切り、二人で森に姿を潜めた。銀の鎧の武人たちを避けて歩くと、日はさらに傾き、もう夕方近くになっていた。
豊かな自然は、俺たちを阻む壁に思えた。俺たちは草木をかき分け、蒼華の民の里を目指す。
辺りの草木は、夕日に照らされている。
そのとき、俺は鼻に、ある予感がした。
ロンソ村でも感じた、木が燃える匂いだ。俺とユフィは青ざめた顔を合わせ、さらに走った。
予感は、当たってしまった。
あの素朴で、不思議と安心出来る蒼華の民の里は、黒コゲに燃え落ちていた。まだ燃えてから、そう時間が経っていないのを感じる。
「そ、そんな…。」
俺は力無く呟く。そして、立ち止まってしまう。昨日まで普通に生活をして、子どもたちが遊んでいた、平和な里だったのに。
「…ソラ、止まるな。動くぞ。」
ユフィがそう言って、俺は震える息を必死に整え、ただ、彼に着いて行く。ユフィと一緒に、いくつかの家屋の燃え跡を見た。もっとも、俺は目を逸らしていたが。
すると、ユフィが呟く。
「おかしい。いや、これでいいのか。」
「…どうしたんだい?」
「焼死体が、どの家にも無い。」
「えっ。」
そう言われて、燃え跡を見る。確かに、人の形の黒炭は見当たらない。
「シュリの家へ行こう。あそこは里でも、外れにあったはずだ。」
ユフィに着いて、俺は歩く。一縷の望みとは、今の俺の心境かもしれない。
少し歩くが、早々に望みは失われた。この高い草の向こうに、シュリの家の屋根は見えたはずなのに。しかし、草を分けた先に、俺たちは駆け寄る。
「シュリっ。」
シュリが庭で倒れていたのだ。仰向けで両手を重ねた、不自然に整えられた姿勢だった。ユフィが様子を確かめる。
「生きている。ソラ、水筒を。」
そう言われて、俺はすぐに水筒を出す。ユフィがゆっくりと、彼女の口に水を含ませる。
俺は声をかける。
「シュリ、起きろ。大丈夫か。」
〈シュリ姫…。〉
シュリの握った手から、声がする。固く握られた手を解くと、ヨサリが宿る安産祈願のお守りが出てきた。
「ヨサリ。」
〈ソラ、シュリ姫を助けて。〉
ただでさえ弱々しい声が、震えによって、さらにか弱く聞こえる。
「ヨサリ、何があったんだい。」
〈夜、シュリ姫が寝ていると、セイが来たんじゃ。そして、蒼華の民全員と逃げるように言うたんじゃ。〉
俺はヨサリの言葉をユフィに伝えながら、彼女の話を聞く。
〈シュリ姫はこのお守りを握って、民を皆起こして回った。そして、ここより北にある、保存食の蔵に逃げたんじゃ。じゃが、シュリ姫は里が燃えておるのを見て、戻って来てしもうた。〉
「そんな、なんで。」
〈シュリ姫が、水の形代だからじゃ。里の火を収めようとしたんじゃ。〉
そのとき、シュリがわずかに反応を示した。
〈シュリ姫…。〉
「シュリなら大丈夫そうだぜ。ヨサリ。」
〈良かった…。〉
「ヨサリ、里に火をつけたヤツの心当たりは?」
〈希望教なのは、間違いない。…シュリ姫が戻って来たとき、燃える里にセイがおったんじゃ…。〉
俺がそれをユフィに伝える。しかし、俺もユフィも、どことなく予想にあったことで、驚きよりも虚しさを感じてしまった。
〈セイが告げたんじゃ。自分は希望教につく、希望教を拒んだシュリは本来、希望教によって殺されなくてはならないと。〉
それは、キーエールのローズと同じ運命だった。
〈じゃが、セイにはそれが出来んかったようじゃ。セイは、シュリ姫に自分を忘れるように言った。じゃが、シュリ姫は泣きながらセイを止めたんじゃ。何か間違えても、一緒に居てほしいと。〉
すると、ヨサリの声はますます震える。
〈こんなにも思うてくれる姫君がおるのに…。セイは、毒の形代じゃ。引き止める姫に、セイは眠らせる毒を神経に注入した。油断させるために、姫を抱きしめて、離れんと嘘をつきながら…。姫が眠りに落ちたあと、セイは居なくなったよ。〉
そこまでをユフィに伝える。彼は短く、そうか、とだけ呟いた。
〈あたしは姫の部屋で、毎日、姫の祈りや、その日の出来事を聞いておった。姫は自分のことは何も祈らず、民や、旅に出られたカスガ殿下、そして、セイの幸せをいつも祈ってくださった。ヨサリ様、お願いします、とのう。じゃが、ある日から姫の様子が変わったんじゃ。〉
「ある日?」
〈王家の遣いが、姫とセイが成人を迎えたら形代の力を使って、戦うように告げてきた日。それから、希望教の者が二人に接近した日じゃ。〉
俺はその二つをユフィに伝えると、彼の顔に緊張感が宿った。
〈その二つが立て続けに起きたらしく、姫自身、動揺しておった。じゃが、それ以上にセイが変わってしまったと。〉
「変わった?」
〈姫が言うには、蒼華の民の里に来ることが減ったと。来ても、国を出ようだとか、希望教につこうだとか言うようになったと。〉
「それに、シュリはどう答えたんだい?」
〈あたしは姫の寝室で、姫の報告を聞いただけじゃが…。姫は希望教を拒んだ。それは、希望教が嫌だとかでなく、今の暮らしを守りたいという思いじゃったと思うよ。〉
それを聞き、昨日見た、蒼華の民の里の子どもたちの無邪気な姿を思い出す。素朴でも温かい民と生業を、シュリは大切にしていたのだろう。そして、カスガとセイ、シュリの三人が、自然と振る舞う姿も頭に浮かんだ。家族のいないシュリにとって、三人の時間はきっと、かけがえのない時間だったのだろう。
俺はヨサリに言う。
「実はヨサリ、今日の朝、スバルとホクトが謀反を起こしたんだ。希望教と結託して、民族や形代兵の身分を守るためらしい。」
〈なんじゃと。〉
「意外かい?」
〈にわかには信じられん。スバル殿下もホクト殿下も、一番の姉であるアマノ様のご子息じゃ。…じゃが、単なる王位を狙った謀反ではないということじゃな。〉
俺はそれを、ユフィに伝える。そしてユフィと出した考えを、ヨサリに伝える。
「俺たちは昼前、希望教のヤツらと戦ったんだ。ヤツらも言っていた。王位とは関係なく、変化を起こすための謀反だと。」
〈…あたしとしては、スバル殿下たちに共感を覚える。あたしも紅蝉の乱で、王家に刃向かった身じゃ。形代として生まれた己に、価値を見出すために。〉
「それは、俺も分かる。俺も形代だから。」
〈そうか、ソラも…。しかし、夫のソウヤ様は戦死し、あたしも産後すぐに死んでしもうた。セイには、重い運命と、形代の証である水色の足しか残せんかった。〉
「ヨサリは、紅蝉の乱に後悔してるかい?」
俺が問うと、彼女は少し沈黙し、答えた。
〈一人の人間としては燃え尽きるほど生きたが、母としては後悔しかない…。〉
その声は、姿の見えない召喚獣だというのに、小さく縮こまる女を思わせた。
〈ソラ、あたしの力なら、いくらでも貸す。どうか、シュリ姫もセイも幸せになれる道を探してくれぬか。〉
それは、とてつもなく重い願いだった。俺はすぐに返事が出来ず、ためらう。
〈毎日、セイの幸せを祈るシュリ姫は、もう娘同然じゃ。健気なシュリ姫はもちろん報われてほしい。そして、勝手じゃとしても、どんな罪を犯しても、我が子には幸せになってほしいのじゃ。〉
「ヨサリ…。俺は、まだ何も決められていない。」
〈それでもええ。今は希望教の元に走ったセイを、止めるか後押しするか、ソラに任せる。あたしの力を使ってくれんか。〉
「…希望教についたセイは、人を不幸にするかもしれないぜ。」
〈そのときは、母と息子、共に煉獄へ堕ちる。〉
それは、これまで弱々しかったヨサリの、芯の固い言葉だった。
俺は息を整え、安産祈願のお守りに手を伸ばす。
「ヨサリ、力を貸してくれ。一緒に行こう。」
すると、お守りの鼓動が速くなり、光を放つ。そして、魂の形となって、俺の胸に溶け込んだ。
次の瞬間、小動物が飛び出した。
「こ、コウモリ?」
ユフィが驚く。
〈あたしはコウモリの姿を得た。どんな暗闇でも、そなたらの目となるぞ。〉
ちょうどよく日が沈みかけ、辺りは暗くなって来ていた。
シュリが、少しずつ目を覚ます。
「シュリ、大丈夫か?」
シュリは少し呆然としたあと、涙をポロポロとこぼし始めた。
「…セイは、行ってしもうたんね。」
ユフィはまたも、短くああ、と答えた。
すると、シュリは堰が切れたように涙を流す。
「どんなに頑張っても、あたしじゃ引き止められん。民とか形代とか関係なく、戦も何も無く、ただ静かに暮らせれば、それで良かったのに…。」
シュリは泣きながら小さく呟くが、きっとそうはいかない。形代の力を持つ王子と妻となる姫君。王家はきっと、身分や人権など関係なく、その力を利用するはずだ。
「シュリ。」
俺は、シュリに問う。
「シュリは、これからどうしたい。」
「あたしは…。」
少し考え、彼女は言う。
「あたしはいつか、蒼華の民を復興する。そして、セイの帰る場所を作る。」
その目は涙に濡れながら、強い眼差しをしていた。俺は答える。
「分かった。応援するぜ。」
〈ソラ。王家の軍が来よった。〉
突然のヨサリの声に、俺たちは息を潜める。高い草の向こうに、王家の旗が見える。そして、男の大きな声が聞こえた。
「シュリ姫。いらっしゃるか。ご無事を確かめに来ました。」
シュリは戸惑う様子を見せる。俺たちも同じだ。王子としてのセイの存在は、民に知られていなかった。それなのに、なぜ、わざわざシュリの様子を見に来たのか。
〈ソラ、こっちに来るぞ。〉
俺がヨサリの声を二人に伝えると、シュリが言う。
「ソラ、ユフィ、森に隠れて。」
「シュリは。」
「あたしなら大丈夫じゃ。あわよくば、セイの居場所も聞き出して見せる。」
シュリの迷いのない瞳を見て、俺たちは森へと入る。すると、武人たちが草を分けて、シュリのほうへ近づいて来た。
明らかに、昼間、俺たちを捕らえた数合わせの武人と違う。装備の質もそうだが、面構えからしてたくましい。
〈あれは王家の軍のなかでも、かなり位の高い武人じゃ。神王陛下と会うたり、王族の護衛をしたりするような武人じゃよ。〉
木にぶら下がるヨサリの言葉に納得する。それならば、セイの存在を知っていてもおかしくない。
「シュリ姫、ご無事でしたか。」
「はい。民も皆、北の蔵に逃げ延び、無事でございます。」
シュリがまだ毒の残る重い体を起こし、姿勢良く座る。武人が問う。
「…里に火をつけたのは、誰ですか?」
「分かりませぬ。逃げるのに必死でしたから。」
シュリは武人の顔を見て、セイのことを隠す。
「シュリ姫、あなた様の御身を都へとお連れします。」
「なぜですか。」
「セイ殿下が、スバル殿下側につきました。あなた様は、殿下とかなり親しくされていたご様子。神王陛下の命により、その御身を都にてお守りいたします。」
「…セイ殿下が?誠ですか。私には、何もお話になっておりませぬ。」
シュリはまたも知らない振りをしている。さらには、表情に戸惑いを浮かべている。意外にも、その演技は本物に見える。武人は油断したのか、シュリに目線を合わせて言う。
「誠にございます。セイ殿下が昼前に都を出て、スバル殿下の陣へ向かう姿を、前衛を守る者が見たそうです。その際セイ殿下は、数名の武人を神海に送りました。」
その言葉に、シュリは顔をこわばらせる。それは、演技でなく本当の表情に見えた。さらにヨサリの動揺も、召喚獣として宿る俺に伝わってくる。
俺たちも、カスガがセイと会えなかったのか、それとも止められなかったのか、考えてしまう。
「シュリ姫、都へ参りましょう。ここもいつ、戦地になるか分かりませぬ。」
「承知しました。北の蔵へ避難した民も、連れて参りたいのですが。」
「かしこまりました。ご案内ください。」
シュリは、武人に支えられながら立ち上がる。一瞬、俺たちのほうへ視線をやった。それは先ほども見せた、強い眼差しだった。
武人が去ったのを見て、俺たちも動き出す。
しかし、辺りはすっかり暗闇に包まれており、何も見えない。ランプや火も、軍勢に見つかることを考えると、頼るわけにはいかない。
しかし、ヨサリは言う。
〈暗闇は任せよ。あたしに着いて来るのじゃ。〉
ヨサリが迷いの無い様子で飛んでゆく。俺はそれを見上げて、茂った草に足を取られながら走る。
しばらくしてヨサリが止まり、俺の元へ飛んでくる。俺は小声で問う。
「どうしたんだい?」
〈王家の軍勢じゃ。十人はおる。〉
俺はそれをユフィに伝えるが、俺たちには全く見えない。
〈狗潤の民の里へは、この辺りを進みたいのじゃが…。〉
ユフィに伝えると、彼は小声で言う。
「そいつらは俺が引き受けよう。ソラ、お前はヨサリとともにセイを追え。」
「どうするんだい?」
俺の問いに、ユフィが夜空を指差す。その先には、かなりの数の鳥が飛んでいた。
「まさか、あの数を?」
「やってみせる。ソラ、隙を見て走れ。合流は桜の離宮にしよう。」
無駄なく俺に指示をすると、ユフィは目を閉じて集中する。すると、夥しい数の鳥が、暗い森に降り注ぐように飛んできた。男たちの悲鳴が聞こえる。
ユフィに背中を叩かれ、俺とヨサリは再び走り出した。




