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【太陽物語】 夜明けへ進む少年は  作者: 立花ハル
《第九章 メウィティカ大陸、問われる正義》
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メウィティカ、人形劇の末路《ソラ》

《ソラ》


「ここじゃ。」

 どうやら、鶴駕(かくが)の道場に着いたらしい。

「静かじゃのう…。いつもは武人が鍛錬に励み、賑わっておるのに。」

「…武人たちが、戦に出ていることを願おう。」

 カイが言ったあと、カスガは一息整えて、扉を開く。


 道場に入ると、そこに惨劇があったことは明らかだった。床から壁、天井に至るまで、血飛沫(ちしぶき)に塗(まみ)れている。しかし奇妙なことに、死体は一体も転がっていない。

「ユイミヤと、カダベル…。」

 マキが嫌悪感をあらわに呟(つぶや)く。

 死肉を飲み込む、ツギハギ人形。

 すると、その感情を煽(あお)るように、さらに奥から、大きく獰猛(どうもう)な声が聞こえる。

「武道場じゃ。」

 俺たちは武器を構えて走り出し、両開きの扉を、カイとカスガが一斉に開いた。その瞬間、すぐさま矢の雨が降ってきたのを、マキの展開した結界が防いだ。

「あははっ、やるじゃん。」

 聞き覚えのある甲高(かんだか)い声がする。奥には黒づくめ衣装の男女が立っている。

「てめえ、ユイミヤ。」

「待てソラ、ルークかリューズを呼べ。」

 ユフィの冷静な声が、俺の駆け出しそうな感情を止める。前衛のカイとカスガには、すでに何体かの武人が襲いかかっていた。

「ルムーシュクで見た死体兵に似ているわ。」

「でも、強さは段違いだ。」

 マキとカイも、冷静に言う。

「いいでしょ?さすがメウィティカの武人さん、死んだばかりで丈夫だし、強くて素敵。」

 ユイミヤがはしゃいで笑う。キーエールから変わらず命を軽く扱う態度に、マキの笛が怒りの音色を帯び、展開させる結界が強固になる。

「なるほど。キーエールから、皆さんも成長しているということですね。」

 影を操る男、アルタビルが平坦な声で言う。

「ああ、キーエール。誰か殺した気がするけど、誰だっけ。ふふっ。」

 ユイミヤがわざとらしく首をかしげる。その間も、死体とされてしまった武人が武器を振り下ろしてくる。

「許さねえ…。頼むぜ、リューズ。」

 俺の声に応えて、一羽の鷹が飛翔する。

〈よく呼んでくれた。まかせてくれ。〉

 リューズは空で素早く弧を描き、鋭く巻き上がる旋風を起こす。屈強な武人たちが空に吸い込まれ、バタバタと地面に叩きつけられる。その隙間を縫うように、カイとカスガがさらに攻め入る。

「驚きましたよ。召喚獣ですか。」

 アルタビルがメガネを直しながら言うと、その禍々(まがまが)しい刺青(いれずみ)をあらわにする。そして、十本の指を傀儡師(くぐつし)のように曲げた。マキが叫ぶ。

「影が来るわ。」

 アルタビルの指から影が伸び、カイとカスガを覆うように襲いかかる。

「同じ手は使わせない。エードルム。」

 ユフィの本から眩(まばゆ)い光が放たれ、影は消え去った。

「既に詠唱をしていましたか。」

「詠唱自体も早くなっている。もうお前の影の好きにはさせない。」

 アルタビルとユフィ、二人の魔道士の間に静かに闘志の火花が散る。しかし、アルタビルは余裕を保ち言う。

「僕たちがなぜ、この屋根のない武道場で待ち構えたと思いますか。」

「なにっ。」

 すると、前衛にいるカイとカスガの影が伸び、立体的に膨らむ。それを見た次の瞬間、俺は後ろから強い何かによって、地面に抑え込まれる。

「な、なんだっ?」

 俺は頭を抑える強い力に抗う。

「僕は、影使いですよ。光がある限り、影は足元にも出来るものです。」

 アルタビルの声に抗うように、顔を無理矢理上げると、カイとカスガも自身の影と戦っていた。しかし彼らは近接戦に慣れているぶん、すぐに有利な体勢を取り、影を切り払う。

 そしてすぐに俺たちのほうへ走ろうとする。しかし。

「影に終わりはありません。」

 アルタビルの冷徹な声とともに、またしても彼らの前に影が立ちはだかる。

「あははっ、こんなんでどう勝てるの?まだカダベルだっているのに。」

 ユイミヤの小馬鹿にする声とともに、あの獰猛な声が響く。俺は一瞬、強い絶望感に襲われる。大きな壁だと思っていたそれは、カダベルだった。

「嘘…。どれだけの死体を取り込んだというの。」

 マキの細い声が聞こえる。彼女は自身の影で、笛を口元から離されている。

 しかし、後ろからユフィが詠唱をする声が聞こえる。そうだ。体は抑えられても、魔道士は口を動かせる。俺も息を吐き、集中する。俺の身ごとでもいい。この影を燃やしてやる。

「…よし、プロク…。」

 しかし、影は器用に俺の口を押さえてきた。ユフィからも同じく、詠唱が聞こえなくなってしまった。何か手段は無いか、周囲を見るが、死体兵を切り裂くリューズしか見えない。いや、これだ。

 俺は内側で、リューズに願う。

〈リューズ、地面に思い切り風を起こしてくれ。〉

 すると、瞬時に何かを察したリューズが低く飛び、地面から砂を巻き上げる。

「…なるほど。」

 アルタビルの呟きが聞こえた。リューズの風によって巻き上げられた砂が太陽の光を遮(さえぎ)り、俺たちの影が消える。どうやらアルタビルの操る影は、キーエールの雨の夜のときのように、周囲の光が弱く、影の存在感が薄れるほど弱ってしまうようだ。


 こちらの機会が回ってきた。

「力を貸してくれ、ルークっ。」

〈おうよ、ソラ坊。〉

 ルークが飛び出し、武道場を吼(ほ)えて走り回る。そして、雷とともに死体兵を噛みちぎる。

「このまま死体兵を制圧しよう。」

 カイが剣を振るい、次々と死体兵を斬り払う。

「できた。」

 ユフィの声だ。そして、彼の本から眩い光が放たれる。

「大地に呑まれろ、フェヌア。」

 ユフィの魔道によって、武道場の地面に大きなヒビが入る。死体兵たちが割れた大地に体ごと呑み込まれると、収縮する地で骨を砕かれていった。

「すげえ、ユフィ。」

「ちょ、ワシらまで巻き込まれそうになったぞ。」

 俺は感嘆するが、カスガは慌てて叫ぶ。ユフィは小さくすまない、と言った。

「ええー、面白いけど、面白くない。」

 ユイミヤが駄々をこねるように喚(わめ)く。

「なによ、武人のくせに、こんなもんなんだ。やっぱりあたしが作るカダベルが一番だね。」

 そう言ってユイミヤが指を鳴らすと、カダベルが一歩前へ踏み出す。


「待て。」

 カイが強い声で制し、そして問う。

「セイはいないのか?もしくは、希望教と彼は関係ないのか?」

 俺たちに再び、緊張感が走る。すると、アルタビルが答える。

「いえ、セイは我々側ですが。」

 それを聞いたカスガが、眉にグッと力を入れて問い正す。

「どこにおる。」

「…カスガ、あなたの立場は?」

「ワシは、この国の王位継承五位におる。」

 カスガがそれを答えると、ユイミヤからすごーい、と場違いな声が上がる。

「それは失礼しました。ちなみに、希望教を呼び寄せ今回の謀反を起こしたのは、継承第一位のスバル殿下と、第二位のホクト殿下、そしてそのご両親ですよ。」

「…そうか。」

 アルタビルの言葉に、カスガは目を逸(そ)らさずに小さく返事をする。それはラベニクでのマルジャーナ家と同じ、希望教が自然と人々の心を惹きつけた事実だった。カスガのなかで、何か覚悟が出来ていたのかもしれない。

「それで、カスガ殿下。あなたはどうされるのですか?」

 アルタビルはあくまでも、冷静に話す。

「流れは確実にスバル殿下にあります。わざわざ継承一位にある方が謀反を起こしてまで、政治の主権を奪おうとしているのです。いえ、もはや謀反ではなく、革命です。この古い国の体制に、根本(こんぽん)から変化を起こそうとしているのです。それに同調した多くの民族や形代兵(かたしろへい)が、スバル殿下についています。」

 そこまで流暢(りゅうちょう)に話したアルタビルがメガネを直し、さらに続ける。

「大切なのは、この革命によって多くの虐(しいた)げられた者が救われるということ。弾圧された民族と形代兵。世界は希望教の思想のもと、先見の明のある方により、新たな道が選ばれています。メウィティカも今、転換点にあります。そのうえで、カスガ殿下、あなたは今の王家とスバル殿下、どちらを選ばれますか?」

「ヌシらには答えぬ。」

 カスガは即答した。アルタビルとユイミヤだけでなく、俺たちも驚いて彼を見る。

「スバル殿下のお考えも、セイの考えも今は分からぬ。情けないことに、己の考えも固まっておらん。じゃが、平気で人の命をもてあそぶヌシらにワシの思いは渡さぬ。」

 カスガがそう言った瞬間、アルタビルとユイミヤの瞳が鋭くなる。アルタビルは、念押しのように告げる。

「アリアレジスにいらっしゃる兄君、トキヤ殿下はさておき、カザト殿下は王家についておられます。しかし、軍勢を考えればこの乱の結末は火を見るより明らか。キリノ様のご子息、サギリ殿下は王家についておりますが…。」

「何を言いたいのじゃ。」

「この革命のあと、あなた方三兄弟が生きているかどうかは、今、カスガ殿下、あなたに委(ゆだ)ねられています。…聞けば、トキヤ殿下には奥方と娘御様、カザト殿下には近々、婚礼を上げられる姫君がいらっしゃるとか。」

 カスガが握る小刀が、にわかに震える。

「ワシを脅すのか。」

「いえ、可能性と情報を、お伝えしたまでです。」

 アルタビルは一切動じない。暗い世界に生きた男の目をしている。

「カスガっ。」

 俺は叫ぶ。

「アルタビルとユイミヤは、俺たちで絶対になんとかするっ。こいつらの好きにはさせない。カスガには守りたいものを守ってほしいっ。」

 本音を言えば、自信は薄い。今もリューズが作る影の下、なんとか二人の魔道士を相手にしている俺たちだ。しかも、相手にはさらなる武器があるかもしれない。

 けれども、俺は叫ばずにはいられなかった。カスガがカスガであるために、守らなくてはいけないものを見失ってほしくなかった。

 カスガは小刀を握る手を振るわせたまま、問う。

「…セイはどこへ行った。」

「それが、あなたの答えですか。」

「良いから答えよ。セイはどこじゃ。」

「…宮殿の、神王(しんのう)陛下の元です。」

 アルタビルは俯いて答えた。

 その答えを受け、俺たちはカスガの前に立つ。そして、カイが言う。

「カスガ、すぐにセイを追うんだ。」

「じゃが…。」

「影とカダベル、なんとかしてみせる。」

 ユフィは言葉ではそう言いながら、眉間にはシワを寄せていた。

「カスガ、行けっ。」

「あなたにしか言えないことがあるはずよ。」

 俺とマキも続けて言う。すると、カスガは小刀を納めて走り出す。

「すまぬ、まかせた。」


 武道場には、俺たち四人と、アルタビルとユイミヤ、そして、異形のカダベルとが残った。

「ギリギリの戦力なのに、一人行かせちゃうなんて馬鹿だよね。あたしのカダベルでみんな潰してあげる。」

 ユイミヤが微笑(ほほえ)むと、カダベルが雄叫びを上げる。俺はそのツギハギ人形を見上げ、心の底は恐怖で震えていた。

 しかし、必ず打ち勝つ。俺の頭にはローズとダフィがいる。そして、内側に灯った黒い炎が、より強く燃える。

 前衛はカイ一人となったように思えるが、それに強く異を唱えるようにルークが吠える。

「カイ、ルークも一緒だってよ。」

 俺の声に、カイが力強く頷く。しかし、俺が呼べる召喚獣はこれで手一杯だ。リューズの作る影、ルークの攻撃、俺はそれに頼るしかない。

 しかし、マキの笛の音が、高く力強く響く。それは、これまで聞いたことのない補助魔道だった。カダベルが振り下ろす剣を、カイが受け流す。何倍もの大きさの相手の力を流せるほどの補助が、カイにもたらされた。

 俺はルークの言葉を、カイに伝える。

「カイ、カイは防御しながら攻撃の機会を狙えって。ルークはひたすら攻めるって言ってる。」

「分かった。」

 カイは構えを変えた。深く腰を落とし敵を制圧する姿勢から、少し浅く構え、心臓を守りながら敵の隙を見抜く姿勢だ。ルークはカダベルの足や腕に噛みつき、雷を走らせる。

 そのたびに、カダベルは何重にもなった、悲痛な叫び声を上げる。ツギハギにされただけで、元は何人もの人間の集合体なのだと、嫌でも思い知らされる。

「お前の相手は俺だ。」

 ユフィがアルタビルに対峙(たいじ)する。

「いくら一時的に強力な光を放てるとは言え、光魔道は詠唱に時間がかかります。僕のほうが手数では有利…。」

 言葉の途中、地面からツタが生え、アルタビルの腕に巻きつけられた。さらにはその勢いのまま、アルタビルは絡まったツタによって宙に浮かび、身動きが取れなくなっていた。

「アルタビルっ。」

 ユイミヤが叫ぶ。それはいつも小馬鹿な態度でいる彼女が見せる、初めての真剣な表情に見えた。

「悪いな。その魔道の媒介となる刺青を、ズタズタにしてやる。」

 ユフィは温度を無くした瞳で、残酷な宣言をした。そしてツタは鋭い棘(とげ)を纏い、アルタビルの腕を切り裂いていく。これにはアルタビルも、苦痛の声を上げて言う。

「ここまでのツタを、いつの間に…。」

「二つの魔道の同時詠唱は得意でな。」

 ユフィは光の魔道を詠唱しながら、樹の魔道も詠唱していたようだ。ジオリダムでも見せた芸当だ。俺にはとても出来ない、高い技術を要する魔道だ。

 そしてユフィは次なる相手、カダベルに向けて魔道の詠唱を始める。

 ルークは素早く動き、カダベルに次々と雷を落とす。

〈その娘の補助魔道は、俺にも効くようだぜ。〉

 ルークは攻撃の歯応えを口にする。彼の牙や爪によって、カダベルのあちこちは肉が削ぎ落ちている。

「今だ。」

 カイはルークの雷のごとく、鋭い剣の一閃をカダベルの足に走らせた。騎士の技術を集中させた体重移動、そしてマキの補助によって研ぎ澄まされた一撃は、カダベルの足を捻じ切る。それはルークの歯によって肉が削がれた足だ。カイが絶対の機会を狙った一撃は、カダベルの骨を一気に絶った。


 カダベルの悲鳴が重く響き、その大きな体は前のめりに倒れ込む。カイとルークは素早く退避するが、俺はその迫力を前に、情けなくも動けなくなっていた。

「ソラっ。」

 カイの声で正気に戻るも、俺はカダベルの大きな左手に体を掴(つか)まれてしまった。

「クソがっ、今すぐメチャクチャにしてやりたいっ。」

 ユイミヤが、タガが外れたような声で叫ぶ。

「…でも、あんたにはこれを聞かせてあげるっ。」

 すると、俺は片足で何とか立つカダベルの顔の前まで持ち上げられる。そのツギハギされて、目や鼻など何もかも不均一な顔を目の前にして、俺はあまりの不気味さに怖気(おじけ)づく。

「な、何を…。」

〈ソクアヴェスタが甦る。〉

 カダベルの片方だけ釣り上がった口から、あの声がした。

 ヒューだ。

〈ソクアヴェスタが甦る。〉

〈僕たちは、そこへ帰ろう。〉

「な、なんでヒューの声がっ。」

 カダベルの目の片方が、赤く妖(あや)しく光る。戸惑う俺を見て、ユイミヤが狂ったように高く笑ったあとに叫ぶ。

「ヒュー様がね、カダベルに自分の小指をくれたの。あんたたちに伝えることがあるからね。」

〈ソラ。〉

 このカダベルは、ヒューの小指を呑み込んで、これを喋っている。改めて、俺はこの殉教の魔道士たちの狂気に息が止まる思いだ。

〈ソラ、ウルムナヤ大陸の三角岬(みさき)、そこにあるアイリスの教会へおいで。そこで新しい真実に近づけるよ。〉

 このときの俺は、恐怖で顔が歪んでいただろう。しかし、新たな情報を前に、頭の片隅には冷静さが残っていることに気付く。

〈ソラ。〉

〈ソクアヴェスタが甦る。〉

〈僕たちは、そこへ帰ろう。〉

 その言葉を最後に、カダベルの瞳から光が消えた。


「おチビちゃん、ヒュー様のありがたい言葉受け取った?」

 ユイミヤの言葉とともに、俺を握るカダベルの力が少し強くなる。

「ソラを離せっ。」

 カイが一歩踏み出す。

「うるさいっ。このガキ握り潰すよっ。」

 ユイミヤの甲高い叫びとともに、カダベルの力が、ますます強くなり、俺は潰れたような悲鳴を上げる。カイたちも立ち止まる。

「おチビちゃん、ヒュー様はね、あんたが欲しいんだって。希望教に入りなって。あんたもソクアヴェスタの血が流れてるんでしょ?」

 ユイミヤが歪んだ笑いを浮かべて言う。

「あんたもって…?」

「あたしとアルタビルはソクアヴェスタの敗戦前、船で異国へ流された難民なの。どこかの国の、船の砲弾で沈められたけどね。希望教は、ソクアヴェスタ復活を願うあたしの希望なの。ほら、おチビちゃんも希望を手にしようよ。」

 ユイミヤは目を大きく開き笑う。その表情は不安定で、俺に対して優位に立っているというのに、どこか弱々しい。

 体中が痛むが、俺は抗う。

「俺はまだ決めない。」

「へえ?」

「俺はまだ、決められるほど何も分かっちゃいない。分かってるのは、あんたが平気で命をもてあそぶような、残酷で醜い魔道士だってことだけだよ。」

「遺言はそれでいーい?」

「ユイミヤ、やめろ。ソラは殺すな。」

 アルタビルが痛々しい声で叫ぶ。しかし、その声は無慈悲な笑みを浮かべる魔道士に届かない。

「先に煉獄で待っててやるよ。」

「可愛くないおチビちゃん…。死ねえっ。」

 俺は捨て台詞のあと、死を覚悟して目を瞑(つむ)る。

 しかし。

 何も起きない。


「ユイミヤっ。」

 アルタビルの、彼の奥底から放たれた叫び声で目を開ける。すると、カダベルが剣で、ユイミヤの右半身を深く切り付けていた。ユイミヤが血を吐いて言う。

「か、だべ、る…、どうし、て…?」

「ユイミヤ、もうやめて。」

 カダベルの胸元から、女の声がする。そして俺を地面に落とすと、カダベルは自分の胸元を覆う黒装束を引き裂いた。

 胸には、男と女の顔があった。ツギハギされて醜い人形の、唯一、縫い目のないところだ。男と女が埋め込まれている。男の顔が言う。

「もう、お前が人を殺すところを見てられない。」

「パパ…、ママ…。」

 ユイミヤが暗い目を、その男女に向ける。

「一緒に煉獄を行こう。」

 女の優しい声とともに、カダベルが再び剣を振り上げる。そして、ユイミヤの首をはねた。

「ゆ、ユイミヤ…。」

 アルタビルから、力の無い声が聞こえる。

「どこを斬れば、この人形は死ねるんだろう…。」

「死ねるまで、斬り刻めばいいよ…。さあ。」

 ユイミヤの父と母だというその顔が、最期の言葉を交わし、カダベルは自身を斬り刻み始めた。顔、首、胸、腕、腹、下半身、足。どこを斬っても、そこにツギハギにされた人間の断末魔が聞こえ、血が吹き出す。断末魔には、赤ん坊や子どもの声も混ざっていた。

 俺たちは、その凄惨な様を見ることが出来なかった。戦場の経験があるカイでさえだ。唯一、アルタビルだけが目を背けずに見ていた。

 俺の足元には、はねられたユイミヤの首が転がっている。その顔は、まるで泣き疲れた迷子のようだった。

 数分して、カダベルは大きな音を立てて崩れ落ちた。ユイミヤの父と母の顔は、ボロボロになって分からない。

 非道な魔道士の無惨な最期に、気持ちは平静でいられない。しかし、カイはすぐに動く。

「やめろっ。死ぬなっ。」

 カイは、ツタで身動きを取れないはずのアルタビルの顔を抑えていた。そして、ハンカチを出して彼に猿ぐつわをする。

「舌を噛んで死ぬなんて、許されない。生きて罪を償うんだ。」

 カイがそう言うと、ユフィはツタを解除した。アルタビルは、まるで糸の切れた傀儡(くぐつ)人形のように倒れ込んだ。


 俺たちは行く宛てが分からず、アルタビルを桜の離宮に連れて行った。ウヅキは何も聞かず縄を持って来てくれたので、俺たちはアルタビルの手を縛った。そして、自害しないことを確認して、猿ぐつわを解いた。

 彼は涙を流すこともなく、無感情に呟(つぶや)く。

「僕とユイミヤは、ただ祖国に帰りたいだけだった。ヒュー様に着いて行けば、叶うと思った…。」

「ソラを殺すな、と言うのは?」

 ユフィが冷静に問うと、アルタビルは何の抵抗もなく呟く。

「ヒュー様が、ソラは希望になるからと…。僕が知るのはそれだけだ。」

 アルタビルの表情と言葉から、これについて新しい情報は無いと、俺たちは察した。そして、カイが問う。

「他に希望教の者は来ているのか?セイとシュリは、どういう判断を?」

「僕と、ユイミヤだけだ。セイは、以前から希望教についていた。シュリは、僕たちを拒んだ。」

 アルタビルは、もう消耗し切っている。答え方が彼らしくなく、考えも何も無い、単調なものとなっている。

「以前から?」

「スバル殿下は、半年ほど前から希望教を招き入れ、我々の話を聞いていた。ヒュー様は、セイが戦力になると考えて誘った。セイは、すぐにヒュー様の考えに同意した。」

 俺たちは、その話をにわかには信じられなかった。昨日話をしたセイが、希望教にすでに賛同していたなんて。

 その会話のあと、アルタビルはぐったりとうなだれる。

「自害はしない。少し、放っておいてほしい。」

 俺たちは、その言葉を受け入れることにした。


 そして、この後の行動としては、カスガを追うカイとマキ、ヨサリを迎えに行く俺とユフィに別れることにした。

 離宮を出ようとしたとき、マキがためらいながらアルタビルに問う。

「ユイミヤとカダベルが死んでしまったけれど…。」

 すると、アルタビルが少しだけ顔を上げる。その表情には、年相応の青年らしい弱さがあった。

「本当はいつか、ユイミヤはこうなると思っていた。そもそも殉教の教えに手を染めた時点で、普通でない最期は覚悟をしていた。…ユイミヤは覚悟と言うよりも、教えに魅せられていたけれど。」

「魅せられた?」

 俺は、アルデールでヒューが、殉教の教えに惚れたと言ったことを思い出した。

「船が沈んで、僕とユイミヤ、それからユイミヤの両親だけが生き残った。しかし、姫神教の者によって、ユイミヤのおじさんとおばさんは殺された。ユイミヤは殉教の教えを使って、おじさんとおばさんの死体を使ってカダベルを作った。…カダベルは、どんどん大きくなっていった。」

 そこまで言うと、アルタビルは再びうなだれる。

「ユイミヤの最期を看取ったから、もうどうなっても構わない。」

 その声は、本音に聞こえた。なんの計算もない、純粋な願いにも思えた。

「カイが言っただろう。生きて罪を償うんだと。」

 ユフィが冷静に言う。

 そして、俺たちはウヅキにアルタビルを任せて、離宮を出た。

 蒼華(そうか)の民の住むほうに、黒煙が見える。

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