メウィティカ、人形劇の末路《ソラ》
《ソラ》
「ここじゃ。」
どうやら、鶴駕の道場に着いたらしい。
「静かじゃのう…。いつもは武人が鍛錬に励み、賑わっておるのに。」
「…武人たちが、戦に出ていることを願おう。」
カイが言ったあと、カスガは一息整えて、扉を開く。
道場に入ると、そこに惨劇があったことは明らかだった。床から壁、天井に至るまで、血飛沫に塗れている。しかし奇妙なことに、死体は一体も転がっていない。
「ユイミヤと、カダベル…。」
マキが嫌悪感をあらわに呟く。
死肉を飲み込む、ツギハギ人形。
すると、その感情を煽るように、さらに奥から、大きく獰猛な声が聞こえる。
「武道場じゃ。」
俺たちは武器を構えて走り出し、両開きの扉を、カイとカスガが一斉に開いた。その瞬間、すぐさま矢の雨が降ってきたのを、マキの展開した結界が防いだ。
「あははっ、やるじゃん。」
聞き覚えのある甲高い声がする。奥には黒づくめ衣装の男女が立っている。
「てめえ、ユイミヤ。」
「待てソラ、ルークかリューズを呼べ。」
ユフィの冷静な声が、俺の駆け出しそうな感情を止める。前衛のカイとカスガには、すでに何体かの武人が襲いかかっていた。
「ルムーシュクで見た死体兵に似ているわ。」
「でも、強さは段違いだ。」
マキとカイも、冷静に言う。
「いいでしょ?さすがメウィティカの武人さん、死んだばかりで丈夫だし、強くて素敵。」
ユイミヤがはしゃいで笑う。キーエールから変わらず命を軽く扱う態度に、マキの笛が怒りの音色を帯び、展開させる結界が強固になる。
「なるほど。キーエールから、皆さんも成長しているということですね。」
影を操る男、アルタビルが平坦な声で言う。
「ああ、キーエール。誰か殺した気がするけど、誰だっけ。ふふっ。」
ユイミヤがわざとらしく首をかしげる。その間も、死体とされてしまった武人が武器を振り下ろしてくる。
「許さねえ…。頼むぜ、リューズ。」
俺の声に応えて、一羽の鷹が飛翔する。
〈よく呼んでくれた。まかせてくれ。〉
リューズは空で素早く弧を描き、鋭く巻き上がる旋風を起こす。屈強な武人たちが空に吸い込まれ、バタバタと地面に叩きつけられる。その隙間を縫うように、カイとカスガがさらに攻め入る。
「驚きましたよ。召喚獣ですか。」
アルタビルがメガネを直しながら言うと、その禍々しい刺青をあらわにする。そして、十本の指を傀儡師のように曲げた。マキが叫ぶ。
「影が来るわ。」
アルタビルの指から影が伸び、カイとカスガを覆うように襲いかかる。
「同じ手は使わせない。エードルム。」
ユフィの本から眩い光が放たれ、影は消え去った。
「既に詠唱をしていましたか。」
「詠唱自体も早くなっている。もうお前の影の好きにはさせない。」
アルタビルとユフィ、二人の魔道士の間に静かに闘志の火花が散る。しかし、アルタビルは余裕を保ち言う。
「僕たちがなぜ、この屋根のない武道場で待ち構えたと思いますか。」
「なにっ。」
すると、前衛にいるカイとカスガの影が伸び、立体的に膨らむ。それを見た次の瞬間、俺は後ろから強い何かによって、地面に抑え込まれる。
「な、なんだっ?」
俺は頭を抑える強い力に抗う。
「僕は、影使いですよ。光がある限り、影は足元にも出来るものです。」
アルタビルの声に抗うように、顔を無理矢理上げると、カイとカスガも自身の影と戦っていた。しかし彼らは近接戦に慣れているぶん、すぐに有利な体勢を取り、影を切り払う。
そしてすぐに俺たちのほうへ走ろうとする。しかし。
「影に終わりはありません。」
アルタビルの冷徹な声とともに、またしても彼らの前に影が立ちはだかる。
「あははっ、こんなんでどう勝てるの?まだカダベルだっているのに。」
ユイミヤの小馬鹿にする声とともに、あの獰猛な声が響く。俺は一瞬、強い絶望感に襲われる。大きな壁だと思っていたそれは、カダベルだった。
「嘘…。どれだけの死体を取り込んだというの。」
マキの細い声が聞こえる。彼女は自身の影で、笛を口元から離されている。
しかし、後ろからユフィが詠唱をする声が聞こえる。そうだ。体は抑えられても、魔道士は口を動かせる。俺も息を吐き、集中する。俺の身ごとでもいい。この影を燃やしてやる。
「…よし、プロク…。」
しかし、影は器用に俺の口を押さえてきた。ユフィからも同じく、詠唱が聞こえなくなってしまった。何か手段は無いか、周囲を見るが、死体兵を切り裂くリューズしか見えない。いや、これだ。
俺は内側で、リューズに願う。
〈リューズ、地面に思い切り風を起こしてくれ。〉
すると、瞬時に何かを察したリューズが低く飛び、地面から砂を巻き上げる。
「…なるほど。」
アルタビルの呟きが聞こえた。リューズの風によって巻き上げられた砂が太陽の光を遮り、俺たちの影が消える。どうやらアルタビルの操る影は、キーエールの雨の夜のときのように、周囲の光が弱く、影の存在感が薄れるほど弱ってしまうようだ。
こちらの機会が回ってきた。
「力を貸してくれ、ルークっ。」
〈おうよ、ソラ坊。〉
ルークが飛び出し、武道場を吼えて走り回る。そして、雷とともに死体兵を噛みちぎる。
「このまま死体兵を制圧しよう。」
カイが剣を振るい、次々と死体兵を斬り払う。
「できた。」
ユフィの声だ。そして、彼の本から眩い光が放たれる。
「大地に呑まれろ、フェヌア。」
ユフィの魔道によって、武道場の地面に大きなヒビが入る。死体兵たちが割れた大地に体ごと呑み込まれると、収縮する地で骨を砕かれていった。
「すげえ、ユフィ。」
「ちょ、ワシらまで巻き込まれそうになったぞ。」
俺は感嘆するが、カスガは慌てて叫ぶ。ユフィは小さくすまない、と言った。
「ええー、面白いけど、面白くない。」
ユイミヤが駄々をこねるように喚く。
「なによ、武人のくせに、こんなもんなんだ。やっぱりあたしが作るカダベルが一番だね。」
そう言ってユイミヤが指を鳴らすと、カダベルが一歩前へ踏み出す。
「待て。」
カイが強い声で制し、そして問う。
「セイはいないのか?もしくは、希望教と彼は関係ないのか?」
俺たちに再び、緊張感が走る。すると、アルタビルが答える。
「いえ、セイは我々側ですが。」
それを聞いたカスガが、眉にグッと力を入れて問い正す。
「どこにおる。」
「…カスガ、あなたの立場は?」
「ワシは、この国の王位継承五位におる。」
カスガがそれを答えると、ユイミヤからすごーい、と場違いな声が上がる。
「それは失礼しました。ちなみに、希望教を呼び寄せ今回の謀反を起こしたのは、継承第一位のスバル殿下と、第二位のホクト殿下、そしてそのご両親ですよ。」
「…そうか。」
アルタビルの言葉に、カスガは目を逸らさずに小さく返事をする。それはラベニクでのマルジャーナ家と同じ、希望教が自然と人々の心を惹きつけた事実だった。カスガのなかで、何か覚悟が出来ていたのかもしれない。
「それで、カスガ殿下。あなたはどうされるのですか?」
アルタビルはあくまでも、冷静に話す。
「流れは確実にスバル殿下にあります。わざわざ継承一位にある方が謀反を起こしてまで、政治の主権を奪おうとしているのです。いえ、もはや謀反ではなく、革命です。この古い国の体制に、根本から変化を起こそうとしているのです。それに同調した多くの民族や形代兵が、スバル殿下についています。」
そこまで流暢に話したアルタビルがメガネを直し、さらに続ける。
「大切なのは、この革命によって多くの虐げられた者が救われるということ。弾圧された民族と形代兵。世界は希望教の思想のもと、先見の明のある方により、新たな道が選ばれています。メウィティカも今、転換点にあります。そのうえで、カスガ殿下、あなたは今の王家とスバル殿下、どちらを選ばれますか?」
「ヌシらには答えぬ。」
カスガは即答した。アルタビルとユイミヤだけでなく、俺たちも驚いて彼を見る。
「スバル殿下のお考えも、セイの考えも今は分からぬ。情けないことに、己の考えも固まっておらん。じゃが、平気で人の命をもてあそぶヌシらにワシの思いは渡さぬ。」
カスガがそう言った瞬間、アルタビルとユイミヤの瞳が鋭くなる。アルタビルは、念押しのように告げる。
「アリアレジスにいらっしゃる兄君、トキヤ殿下はさておき、カザト殿下は王家についておられます。しかし、軍勢を考えればこの乱の結末は火を見るより明らか。キリノ様のご子息、サギリ殿下は王家についておりますが…。」
「何を言いたいのじゃ。」
「この革命のあと、あなた方三兄弟が生きているかどうかは、今、カスガ殿下、あなたに委ねられています。…聞けば、トキヤ殿下には奥方と娘御様、カザト殿下には近々、婚礼を上げられる姫君がいらっしゃるとか。」
カスガが握る小刀が、にわかに震える。
「ワシを脅すのか。」
「いえ、可能性と情報を、お伝えしたまでです。」
アルタビルは一切動じない。暗い世界に生きた男の目をしている。
「カスガっ。」
俺は叫ぶ。
「アルタビルとユイミヤは、俺たちで絶対になんとかするっ。こいつらの好きにはさせない。カスガには守りたいものを守ってほしいっ。」
本音を言えば、自信は薄い。今もリューズが作る影の下、なんとか二人の魔道士を相手にしている俺たちだ。しかも、相手にはさらなる武器があるかもしれない。
けれども、俺は叫ばずにはいられなかった。カスガがカスガであるために、守らなくてはいけないものを見失ってほしくなかった。
カスガは小刀を握る手を振るわせたまま、問う。
「…セイはどこへ行った。」
「それが、あなたの答えですか。」
「良いから答えよ。セイはどこじゃ。」
「…宮殿の、神王陛下の元です。」
アルタビルは俯いて答えた。
その答えを受け、俺たちはカスガの前に立つ。そして、カイが言う。
「カスガ、すぐにセイを追うんだ。」
「じゃが…。」
「影とカダベル、なんとかしてみせる。」
ユフィは言葉ではそう言いながら、眉間にはシワを寄せていた。
「カスガ、行けっ。」
「あなたにしか言えないことがあるはずよ。」
俺とマキも続けて言う。すると、カスガは小刀を納めて走り出す。
「すまぬ、まかせた。」
武道場には、俺たち四人と、アルタビルとユイミヤ、そして、異形のカダベルとが残った。
「ギリギリの戦力なのに、一人行かせちゃうなんて馬鹿だよね。あたしのカダベルでみんな潰してあげる。」
ユイミヤが微笑むと、カダベルが雄叫びを上げる。俺はそのツギハギ人形を見上げ、心の底は恐怖で震えていた。
しかし、必ず打ち勝つ。俺の頭にはローズとダフィがいる。そして、内側に灯った黒い炎が、より強く燃える。
前衛はカイ一人となったように思えるが、それに強く異を唱えるようにルークが吠える。
「カイ、ルークも一緒だってよ。」
俺の声に、カイが力強く頷く。しかし、俺が呼べる召喚獣はこれで手一杯だ。リューズの作る影、ルークの攻撃、俺はそれに頼るしかない。
しかし、マキの笛の音が、高く力強く響く。それは、これまで聞いたことのない補助魔道だった。カダベルが振り下ろす剣を、カイが受け流す。何倍もの大きさの相手の力を流せるほどの補助が、カイにもたらされた。
俺はルークの言葉を、カイに伝える。
「カイ、カイは防御しながら攻撃の機会を狙えって。ルークはひたすら攻めるって言ってる。」
「分かった。」
カイは構えを変えた。深く腰を落とし敵を制圧する姿勢から、少し浅く構え、心臓を守りながら敵の隙を見抜く姿勢だ。ルークはカダベルの足や腕に噛みつき、雷を走らせる。
そのたびに、カダベルは何重にもなった、悲痛な叫び声を上げる。ツギハギにされただけで、元は何人もの人間の集合体なのだと、嫌でも思い知らされる。
「お前の相手は俺だ。」
ユフィがアルタビルに対峙する。
「いくら一時的に強力な光を放てるとは言え、光魔道は詠唱に時間がかかります。僕のほうが手数では有利…。」
言葉の途中、地面からツタが生え、アルタビルの腕に巻きつけられた。さらにはその勢いのまま、アルタビルは絡まったツタによって宙に浮かび、身動きが取れなくなっていた。
「アルタビルっ。」
ユイミヤが叫ぶ。それはいつも小馬鹿な態度でいる彼女が見せる、初めての真剣な表情に見えた。
「悪いな。その魔道の媒介となる刺青を、ズタズタにしてやる。」
ユフィは温度を無くした瞳で、残酷な宣言をした。そしてツタは鋭い棘を纏い、アルタビルの腕を切り裂いていく。これにはアルタビルも、苦痛の声を上げて言う。
「ここまでのツタを、いつの間に…。」
「二つの魔道の同時詠唱は得意でな。」
ユフィは光の魔道を詠唱しながら、樹の魔道も詠唱していたようだ。ジオリダムでも見せた芸当だ。俺にはとても出来ない、高い技術を要する魔道だ。
そしてユフィは次なる相手、カダベルに向けて魔道の詠唱を始める。
ルークは素早く動き、カダベルに次々と雷を落とす。
〈その娘の補助魔道は、俺にも効くようだぜ。〉
ルークは攻撃の歯応えを口にする。彼の牙や爪によって、カダベルのあちこちは肉が削ぎ落ちている。
「今だ。」
カイはルークの雷のごとく、鋭い剣の一閃をカダベルの足に走らせた。騎士の技術を集中させた体重移動、そしてマキの補助によって研ぎ澄まされた一撃は、カダベルの足を捻じ切る。それはルークの歯によって肉が削がれた足だ。カイが絶対の機会を狙った一撃は、カダベルの骨を一気に絶った。
カダベルの悲鳴が重く響き、その大きな体は前のめりに倒れ込む。カイとルークは素早く退避するが、俺はその迫力を前に、情けなくも動けなくなっていた。
「ソラっ。」
カイの声で正気に戻るも、俺はカダベルの大きな左手に体を掴まれてしまった。
「クソがっ、今すぐメチャクチャにしてやりたいっ。」
ユイミヤが、タガが外れたような声で叫ぶ。
「…でも、あんたにはこれを聞かせてあげるっ。」
すると、俺は片足で何とか立つカダベルの顔の前まで持ち上げられる。そのツギハギされて、目や鼻など何もかも不均一な顔を目の前にして、俺はあまりの不気味さに怖気づく。
「な、何を…。」
〈ソクアヴェスタが甦る。〉
カダベルの片方だけ釣り上がった口から、あの声がした。
ヒューだ。
〈ソクアヴェスタが甦る。〉
〈僕たちは、そこへ帰ろう。〉
「な、なんでヒューの声がっ。」
カダベルの目の片方が、赤く妖しく光る。戸惑う俺を見て、ユイミヤが狂ったように高く笑ったあとに叫ぶ。
「ヒュー様がね、カダベルに自分の小指をくれたの。あんたたちに伝えることがあるからね。」
〈ソラ。〉
このカダベルは、ヒューの小指を呑み込んで、これを喋っている。改めて、俺はこの殉教の魔道士たちの狂気に息が止まる思いだ。
〈ソラ、ウルムナヤ大陸の三角岬、そこにあるアイリスの教会へおいで。そこで新しい真実に近づけるよ。〉
このときの俺は、恐怖で顔が歪んでいただろう。しかし、新たな情報を前に、頭の片隅には冷静さが残っていることに気付く。
〈ソラ。〉
〈ソクアヴェスタが甦る。〉
〈僕たちは、そこへ帰ろう。〉
その言葉を最後に、カダベルの瞳から光が消えた。
「おチビちゃん、ヒュー様のありがたい言葉受け取った?」
ユイミヤの言葉とともに、俺を握るカダベルの力が少し強くなる。
「ソラを離せっ。」
カイが一歩踏み出す。
「うるさいっ。このガキ握り潰すよっ。」
ユイミヤの甲高い叫びとともに、カダベルの力が、ますます強くなり、俺は潰れたような悲鳴を上げる。カイたちも立ち止まる。
「おチビちゃん、ヒュー様はね、あんたが欲しいんだって。希望教に入りなって。あんたもソクアヴェスタの血が流れてるんでしょ?」
ユイミヤが歪んだ笑いを浮かべて言う。
「あんたもって…?」
「あたしとアルタビルはソクアヴェスタの敗戦前、船で異国へ流された難民なの。どこかの国の、船の砲弾で沈められたけどね。希望教は、ソクアヴェスタ復活を願うあたしの希望なの。ほら、おチビちゃんも希望を手にしようよ。」
ユイミヤは目を大きく開き笑う。その表情は不安定で、俺に対して優位に立っているというのに、どこか弱々しい。
体中が痛むが、俺は抗う。
「俺はまだ決めない。」
「へえ?」
「俺はまだ、決められるほど何も分かっちゃいない。分かってるのは、あんたが平気で命をもてあそぶような、残酷で醜い魔道士だってことだけだよ。」
「遺言はそれでいーい?」
「ユイミヤ、やめろ。ソラは殺すな。」
アルタビルが痛々しい声で叫ぶ。しかし、その声は無慈悲な笑みを浮かべる魔道士に届かない。
「先に煉獄で待っててやるよ。」
「可愛くないおチビちゃん…。死ねえっ。」
俺は捨て台詞のあと、死を覚悟して目を瞑る。
しかし。
何も起きない。
「ユイミヤっ。」
アルタビルの、彼の奥底から放たれた叫び声で目を開ける。すると、カダベルが剣で、ユイミヤの右半身を深く切り付けていた。ユイミヤが血を吐いて言う。
「か、だべ、る…、どうし、て…?」
「ユイミヤ、もうやめて。」
カダベルの胸元から、女の声がする。そして俺を地面に落とすと、カダベルは自分の胸元を覆う黒装束を引き裂いた。
胸には、男と女の顔があった。ツギハギされて醜い人形の、唯一、縫い目のないところだ。男と女が埋め込まれている。男の顔が言う。
「もう、お前が人を殺すところを見てられない。」
「パパ…、ママ…。」
ユイミヤが暗い目を、その男女に向ける。
「一緒に煉獄を行こう。」
女の優しい声とともに、カダベルが再び剣を振り上げる。そして、ユイミヤの首をはねた。
「ゆ、ユイミヤ…。」
アルタビルから、力の無い声が聞こえる。
「どこを斬れば、この人形は死ねるんだろう…。」
「死ねるまで、斬り刻めばいいよ…。さあ。」
ユイミヤの父と母だというその顔が、最期の言葉を交わし、カダベルは自身を斬り刻み始めた。顔、首、胸、腕、腹、下半身、足。どこを斬っても、そこにツギハギにされた人間の断末魔が聞こえ、血が吹き出す。断末魔には、赤ん坊や子どもの声も混ざっていた。
俺たちは、その凄惨な様を見ることが出来なかった。戦場の経験があるカイでさえだ。唯一、アルタビルだけが目を背けずに見ていた。
俺の足元には、はねられたユイミヤの首が転がっている。その顔は、まるで泣き疲れた迷子のようだった。
数分して、カダベルは大きな音を立てて崩れ落ちた。ユイミヤの父と母の顔は、ボロボロになって分からない。
非道な魔道士の無惨な最期に、気持ちは平静でいられない。しかし、カイはすぐに動く。
「やめろっ。死ぬなっ。」
カイは、ツタで身動きを取れないはずのアルタビルの顔を抑えていた。そして、ハンカチを出して彼に猿ぐつわをする。
「舌を噛んで死ぬなんて、許されない。生きて罪を償うんだ。」
カイがそう言うと、ユフィはツタを解除した。アルタビルは、まるで糸の切れた傀儡人形のように倒れ込んだ。
俺たちは行く宛てが分からず、アルタビルを桜の離宮に連れて行った。ウヅキは何も聞かず縄を持って来てくれたので、俺たちはアルタビルの手を縛った。そして、自害しないことを確認して、猿ぐつわを解いた。
彼は涙を流すこともなく、無感情に呟く。
「僕とユイミヤは、ただ祖国に帰りたいだけだった。ヒュー様に着いて行けば、叶うと思った…。」
「ソラを殺すな、と言うのは?」
ユフィが冷静に問うと、アルタビルは何の抵抗もなく呟く。
「ヒュー様が、ソラは希望になるからと…。僕が知るのはそれだけだ。」
アルタビルの表情と言葉から、これについて新しい情報は無いと、俺たちは察した。そして、カイが問う。
「他に希望教の者は来ているのか?セイとシュリは、どういう判断を?」
「僕と、ユイミヤだけだ。セイは、以前から希望教についていた。シュリは、僕たちを拒んだ。」
アルタビルは、もう消耗し切っている。答え方が彼らしくなく、考えも何も無い、単調なものとなっている。
「以前から?」
「スバル殿下は、半年ほど前から希望教を招き入れ、我々の話を聞いていた。ヒュー様は、セイが戦力になると考えて誘った。セイは、すぐにヒュー様の考えに同意した。」
俺たちは、その話をにわかには信じられなかった。昨日話をしたセイが、希望教にすでに賛同していたなんて。
その会話のあと、アルタビルはぐったりとうなだれる。
「自害はしない。少し、放っておいてほしい。」
俺たちは、その言葉を受け入れることにした。
そして、この後の行動としては、カスガを追うカイとマキ、ヨサリを迎えに行く俺とユフィに別れることにした。
離宮を出ようとしたとき、マキがためらいながらアルタビルに問う。
「ユイミヤとカダベルが死んでしまったけれど…。」
すると、アルタビルが少しだけ顔を上げる。その表情には、年相応の青年らしい弱さがあった。
「本当はいつか、ユイミヤはこうなると思っていた。そもそも殉教の教えに手を染めた時点で、普通でない最期は覚悟をしていた。…ユイミヤは覚悟と言うよりも、教えに魅せられていたけれど。」
「魅せられた?」
俺は、アルデールでヒューが、殉教の教えに惚れたと言ったことを思い出した。
「船が沈んで、僕とユイミヤ、それからユイミヤの両親だけが生き残った。しかし、姫神教の者によって、ユイミヤのおじさんとおばさんは殺された。ユイミヤは殉教の教えを使って、おじさんとおばさんの死体を使ってカダベルを作った。…カダベルは、どんどん大きくなっていった。」
そこまで言うと、アルタビルは再びうなだれる。
「ユイミヤの最期を看取ったから、もうどうなっても構わない。」
その声は、本音に聞こえた。なんの計算もない、純粋な願いにも思えた。
「カイが言っただろう。生きて罪を償うんだと。」
ユフィが冷静に言う。
そして、俺たちはウヅキにアルタビルを任せて、離宮を出た。
蒼華の民の住むほうに、黒煙が見える。




