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【太陽物語】 夜明けへ進む少年は  作者: 立花ハル
《第九章 メウィティカ大陸、問われる正義》
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メウィティカ、そして、桜は散った《ソラ》

《ソラ》


 次に足元が確かになると、そこは火が燃え盛る戦場だった。

 戦場は紅い鎧の武人と、銀の鎧の武人とが入り乱れ、この世の煉獄を思わせる光景だった。

 グレンは紅い鎧を身に纏い、槍に似た武器で、何人もの敵を薙ぎ倒してゆく。重い鎧など着ていないかのような力強さで、軽やかに相手の首を突き刺す。しかし、その表情に血の気はなく、心を殺して、人形を壊すように戦っている。

 さらには、ヨサリの姿も見えた。暗く引きこもっていた少女期が嘘のように、堂々と魔道を操っている。樹の形代(かたしろ)と言っていたが、その力は想像以上だ。樹の枝を何本も生えさせたかと思うと、波のようにして敵を飲み込んだり、鋭い枝先で串刺しにしたり、彼女の周囲の敵もまた、人形のように神海(しんかい)へ送られてゆく。

 別のところでは大勢の形代たちが、銀の鎧を着た武人たちを倒し、数で劣るはずの紅の鎧の武人たちが、戦況で優位に立ち続ける。

 紅蝉(こうせん)の乱は、きっとメウィティカで起きた内乱のなかでも、屈指の危機だろう。グレンを始め、紅蝉の武人たちは破竹(はちく)の勢いを保ったまま、都近くまで攻め入っている。


 戦の間、サクノは走り回り、怪我人を手当てする。だがサクノは、紅い鎧も、銀の鎧も、関係なく治療をしている。手当てをされた者は、治療者がサクノだと気付くと泣きながら感謝を告げる。

「サクノ姫に助けられるなんて、煉獄に落ちても自慢話に出来ますぜ…。」

「何を言うの、生きて頂戴な。」

 なかにはサクノを、逆賊の姫、偽善者と言って去る者もいた。

 やり切れない状況が続くなか、サクノたちは家族で過ごす時間が、数少ない安らぎとなった。

「カザト、父上様が起きられたよ。」

 サクノは少し大きくなったカザトを抱いて言う。グレンは起き上がり、無言で妻と子を抱きしめる。彼は傷だらけで、婚礼装束のときの明朗な空気感は無い。武人らしいたくましさは増しているが、悲壮感を纏(まと)ってしまっている。

「グレン、ヨサリがのう、子を授かったようじゃ。」

「ああ、それはめでたいのう。」

 サクノの報告を受けながらも、グレンは心ここに在(あ)らずという反応だ。

「実はの、あたしもなんじゃ。」

「なんじゃと。」

 ようやく、グレンの顔に青年らしい人間味が戻る。そして、顔を覆って涙を流す。

「こんな、逆賊として何人もの武人を神海に送って…。ワシは…。」

「グレン、あたしたち夫婦で支え合っていくんじゃ。どのみち、同じ煉獄へ行く者じゃ。このお腹の子を始め、子どもたちが笑って生きられる国のため、一緒に戦おうぞ。」

 サクノは明るさを装って、グレンを励ます。

「そうじゃのう。ワシはもう一度、家族で暮らすために戦うぞ。都でトキヤも待っておる。」

 グレンは涙を拭ってサクノに答える。

「今まで終わらなかった戦なんて無かったでしょう。必ず、家族五人で暮らすんじゃ。」

 サクノは母として、妻として、強く振る舞う。


 そして、暗転の後、産声が聞こえた。

「姫様、おめでとうございます。王子殿下でございます。」

 少し遠くには、戦場の音が聞こえる。どうやら乱の最中、戦地で産まれたようだ。

 サクノが産まれた王子を抱きしめる。

「よう産まれたねえ。ありがとう。」

 まだ産まれたてでクシャクシャの赤ん坊に、サクノが涙を流す。

「坊やの名前はね、男の子ならカスガと決めていたんよ。春の朝日という名の意味じゃ。冬を耐えて、新しい春を迎える朝日じゃ。坊やはね、あたしたちの希望じゃ。」

 戦場からは、武人の叫び声が聞こえる。

 俺は、カスガの産まれた瞬間を見て、喉が苦しくなった。ここまで、この記憶はあまりにも辛いことが多かった。俺はカスガに、何をどう伝えるか迷っていたが、この瞬間のサクノの言葉だけは、必ず伝えようと思った。


 またも暗転するが、今度は悲痛な声が聞こえる。

「ヨサリっ。ヨサリっ。しっかりせえ。」

 サクノの必死な声が聞こえる。サクノは服を血だらけにし、真っ白な顔のヨサリに声をかける。傍(かたわ)らには、弱々しい産声を上げる赤ん坊がいる。

「ヨサリ、あんたが生きなきゃ、この子が一人になるぞ。」

「アネ様…。子を…。」

 ヨサリが消えそうな声で、わずかに腕を上げる。サクノはその腕を拾い、赤ん坊を抱かせる。

「ヨサリ、王子殿下じゃよ。」

「小さいのう…。」

「あんたがこれから、大きく育てるんじゃ。」

「アネ様…、この子の名は…、セイ…。」

「ええ、分かった…、ヨサリ、ヨサリっ。」

 ヨサリの腕が落ちる。サクノは赤ん坊を抱き止め、妹の死に顔に涙を落とす。ヨサリの帯には、シュリの部屋にあった、青い安産祈願のお守りが着いている。

 そして、また落ちる感覚がした。


 次に足元が確かになると、戦場を離れ、人だかりが目に入った。人々は、何かに罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせている。その声の先を見ると、ボロボロの着物姿の者が二人並び、後ろ手を縛られて正座の姿勢で座っている。二人とも布を被っており、誰か分からない。

 人だかりにサクノが紛(まぎ)れている。サクノも質素な服装をして、布で顔を隠して、その二人を見ている。

 すると二人の横に、メウィティカ独特の長い剣を持った男が立ち、叫ぶ。

「この者らは王家に対し紅蝉の乱を起こした、許されざる逆賊。グレン=カルナギ、そして、弟のハクマ=カルナギ。神王(しんのう)陛下の定めにより、二名を斬首の刑とする。これは、首の無い罪人は転生を出来ないという、メウェスティア神の教えによるものである。」

 その声で、ますますの雑言が浴びせられる。

「この逆賊どもが。」

「グレンめ、王家の名を汚しおって。」

 刑の執行人は、続けて叫ぶ。

「なお、乱に与(くみ)した紅蝉の民、及び、狗潤(くじゅん)の民は、武人はもちろん、老人、女子どもに至るまで、全て火罪(かざい)の刑とする。では、刑を執行する。」

 執行人は、無感情に長剣を振り翳(かざ)す。人だかりが息を飲んでその様子を見て、長剣が一気に降りる。首は、紙を切るかのような切れ味で落ちた。首からは、血が脈を打つように溢れる。それが、まるで歓声のような盛り上がりのなか、もう一人続く。

 俺は、目の前の光景にもちろん嫌悪感を抱き、同時にヒューの最期を思い出し、胃から何かせり上がる感覚になった。

 サクノは耐え切れず、人だかりを抜けて走る。そして、かつて住んでいた緑の絨毯の家に、転がるようにたどり着く。サクノは玄関で伏せて、泣いている。

「サクノ姫…。」

 泣き濡れるサクノに、一人の男が声をかける。少し若いが、ウヅキだろう。まだ髪が茶色い。それに、優しげで情の深い表情が、彼らしい。隣には、彼に少し似た、サクノより少し上の年頃の女性が立っている。二人とも、赤ん坊を抱いている。

「ウヅキ、ユリ…。」

 ユリと呼ばれた女性が、赤ん坊を抱きながら、サクノに声をかける。

「サクノ姫、少しお部屋で休まれては…。」

「ユリ、いや、大丈夫じゃ。さあ、カスガをこちらへ。」

 サクノは気持ちを立て直し、カスガを抱く。

 ウヅキは泣きながら言う。

「神王様もなんと残酷な…。王族の血を引く者は刑に処さず、しかし、サクノ姫にグレン様の斬首を見るよう命じるとは…。」

 ウヅキが代わりに泣いてくれたぶん、サクノはさらに強がって、背筋を伸ばす。緑の絨毯の上でカザトは寝ており、トキヤは母親を、知らない女のように眺めていた。


 それからのサクノの暮らしは、王族としての品位を保っているように見えて、おそらく一人の女としてはドン底だった。

 彼女は、ヨサリの忘れ形見であるセイを引き取り、息子三人と、ウヅキやユリといったわずかな召使いと桜の離宮に移り住んだ。それだけだと、刑を免(まぬが)れているだけマシに見えるかもしれない。

 しかし実際は、彼女たちを逆賊だと罵(ののし)る民が昼夜を問わず窓を破り、外を出ることが叶わなかった。衣食住の心配はいらない。しかし、常に心が脅かされる生活を強いられていた。ウヅキは雑言を浴びせる民を、ほうきで追い払う。

 そんな生活のなか、ユリが神海へ逝った。産んですぐに死んだ娘を追いかけるように。ユリは自分の健康が許す限り、カスガとセイに乳を与えた。

 サクノは日に日に痩せていった。しかし、息子たちの前では気丈に振る舞って、勉強や薬学を教えた。メウィティカの神話や童話も読んで聞かせた。


 弱る妹を心配して、二番目の姉キリノが離宮へ顔を出した。

「サクノ、顔色が悪いのう。随分と痩せたし。」

「ええ、そうじゃのう…。」

 すると、サクノは姉を前に何か気持ちが緩んだのか、滝のように涙を流して言う。

「…もう、ずっと眠れんで、辛い…。グレンも、ヨサリも死んでしもうて、何故あたしが生きておるんか…、笑うのも辛い。生きとる理由が分からん…。あの乱で死んだ者や、戦地の景色がずっと頭から離れんの。生きるのが辛い。あたしも早く、グレンの元へ行きたい…。」

 サクノは痩せて、骨の浮いた両手で顔を覆って、思いの丈を吐き出した。それは体も声も、少しの風で消えてしまいそうな、か細いものだった。

 キリノはサクノの背を丹念にさすり、懐(ふところ)から何かを出して言う。

「そんなんじゃろうと思うて、これを持ってきたんよ。」

 それは紙に包まれた、薬草に見えた。キリノは言う。

「クワンソウの薬じゃよ。葉はお茶に、花や茎は食事に混ぜてもらいなさい。」

「ええ、自律神経を整えて、眠りの助けとなるという…。」

 力無く薬草を手に取るサクノの手を、キリノは両手で包み、力強く言う。

「今は薬でも何でも頼りんさい。あたしはあんたの姉で、これでも優れた薬剤師の自負がある。時間とともに、民の関心も薄れるじゃろう。今は自分を守るんじゃ。そして、ウヅキたちの力を借りて、息子たちを守りんさい。それからでも、婿殿のところへ行くのは遅くなかろう。」

 姉のまっすぐな言葉に、サクノは少女のように泣き喚(わめ)く。そして、キリノはもう一つ、布を解いて大きな瓶を出した。

「これは?」

「ナツメの果実を焼酎で漬けたものじゃ。滋養強壮、精神安定の効果がある。」

「…良い香りじゃ…。」

 フタを開けて匂いを嗅ぐと、サクノの顔が安らいだ。

「それから、これも。」

「これは…?」

「これはね、最後の手段じゃ。もう誠に追い込まれたときに飲みんさい。じゃがね、一人じゃダメよ。息子たちとみんなで飲みんさい。いいね。みんなで、じゃよ。」

 キリノの瞳は、どこか鋭さを帯びていた。まるで、紙芝居に出てくる狐のようだ。

 サクノは何かを察しながら、無表情でその小さな包みを懐へしまった。

「これからも、あたしは顔を出すからね。ちゃんと姉に頼りんさいよ。」

「あ、ありがとう…、アネ様…。」

 その瞬間のサクノの顔は、あの乱以来、久しぶりに晴れ晴れとしていた。


 しかし、事態は好転しなかった。サクノの不眠症は治らず、一晩中息子たちの寝顔を見て、なんの光を感じない朝日を迎えた。ふっくらとしていた頬は、ますます白く薄くなった。

 カスガとセイ、二人の幼な子を召使いとともに育て、サクノの顔には快活さのかけらも失われた。カザトの泣き顔には、あんなに笑顔を向けたのに。

 戦が、一人の女の全てを変えてしまった。

 四人の男子それぞれに教育をし、宮殿が学問や武芸の稽古を施し、サクノは王子を育てようと必死だった。せめて、逆賊の息子と言われぬよう、一人前にしなくては。

 サクノは見ていて、明らかに正常で無かった。昼夜を問わず泣き暮れる日もあれば、異常な活発さで息子たちと接する日もあった。乱高下(らんこうげ)する気持ちに、本人も周囲も、本当のサクノを見失っていた。

 やはりサクノはまだ若く、弱さもあった。一人で心が千切れそうな夜は、姉に勧められた睡眠に効く薬草を飲み、精神安定の果実焼酎を飲んだ。そして、そんな夜を越すごとに、サクノの艶やかな髪は、色褪せていった。


 そんなギリギリで心を保っていたある日、サクノの身を裂く出来事が訪れた。トキヤの、アリアレジスへの人質取り引きである。

 サクノは父である神王に、必死に訴える。

「お願い申し上げます…。全てを間違えたのは私です。私への罰なら何でも受けます。トキヤから故郷を取り上げんでください。私から家族を取り上げんでください。」

 このときの神王は、もう俺の知る、あの神の代弁者のような威厳に満ちていた。人を寄せ付けない壁を、娘相手にさえ築いている。

「図々しいにもほどがあろう。ヌシらを生かしただけでも、ありがたく思え。」

「じゃが…。」

「人質候補に名乗り出たのは、トキヤ自身じゃが?」

「え…。」

 その言葉を受け、サクノは家へ急いだ。

「トキヤっ。」

「なんじゃ。」

 トキヤは仏頂面で、サクノの顔を見ない。

「なぜ、人質になんぞ名乗り出たんじゃ。」

「それは私が、必要ない人間だからじゃ。」

 サクノの顔から血の気が引く。

「以前、神王陛下からお聞きしました。紅蝉の乱では、私はあなたと、逆賊である父から捨てられたと。」

「捨ててなどいない。ただ王家として保護されてほしく…。」

「じゃが、その間もカザトとカスガとは共におったのでしょう?」

「そう、じゃが…。」

「アリアレジスは移民の国と聞きます。私は一人、強く生きて参りますので、ご心配せず。」

 トキヤは一度もサクノの顔を見ることなく、立ち去った。

 その夜、サクノは空っぽの顔をして、眠る息子たちを眺めていた。痩せた手で髪や頬を撫でる。部屋を出て、中庭の見える廊下へと歩く。そこで懐から、婚礼装束の写真を出し、暗い瞳で見つめる。

「グレン…、ごめんなさい…。」

 そう呟(つぶや)くと、懐からあの包みを出した。キリノから最後の手段だと渡された包み紙だ。その包みを開くと、頬に涙を流しながら、静かに中身を口にする。そのあと、裸足のまま中庭をフラフラと歩き、倒れ込む。すぐ近くの池には、蓮の花がわずかに開いていた。

 そして、また落ちる感覚がした。


 次に足元が確かになると、白い空間だ。どうやら長い記憶の終着地点らしい。

 布団に、真っ白な顔のサクノが横たわっている。痩せ細って、まるで骨のようだ。婚礼装束を着たときのふわりとした若々しさが、もう露と消えている。

「母上様。」

「逝かないでください。」

 布団を囲って、カザトとカスガ、セイが声をかける。子どもたちも、ウヅキたち召使いも泣いている。

「すまぬのう…。弱い、母で…。」

 サクノは天井をぼんやり眺めて言う。

「ああ、グレン、ヨサリ…。」

 サクノは最期、腕を長く伸ばして呟く。そして、その腕が落ちたとき、皆がその哀れな終わりを感じた。それは、逆賊や偽善者と言われながらも、人を助けて生きた女の、寂しい最期だった。

 突然、カザトが泣きながら立ち上がり言う。

「ワシは、こうはならぬ。」

 悲しみに沈む誰もが、その王子を見上げる。

「父のような逆賊としての死も、母上のような惨めな最期も、ワシは選ばん。ワシは王族として、強く生きてゆく。死ぬならば、武人として華々しく散る。」

 まだ六歳くらいのカスガは、何も理解出来ず、呆然としていた。


「ソラ、ランプを消して…。」

 俺は、しゃがみ込んでいた。もう頭がぐちゃぐちゃだ。

「長く深い悲しみの記憶を、よく見届けましたね。」

「そんな励まし、珍しいじゃねえか。しかし、随分と濃い記憶だったな。…正直、四人のところに戻りたいのに、戻りたくない。何をどう言えばいいか分からねえ。」

「国を巻き込んだ、壮大な記憶ですから、仕方ありません。ですが、どうか向き合ってください。」

「…答えを出すためかい?」

「そうです。」

「相変わらず何の答えか知らねえが、俺はこの国が好きじゃねえ。人間らしくねえのに、嫌なところは人間らしい。正直言えば、この記憶と向き合うのが辛い。」

 俺は立ち上がれないまま、俯(うつむ)いて弱音を吐く。

「…どうか、この悲しい記憶を、悲しみのままにしないでください。お願いします。」

「…それで、誰が救われるんだい?ディーン皇王(こうおう)たちがいう、正しい未来を作ることに意味があるのかい?」

 なんだか俺は、自分の芯が揺らいでしまった。人のため強く在ろうと生きていても、歴史の大きな波に飲まれて悲しい結末を迎えた今回の記憶に、相当参ってしまったらしい。

「それは、あなたが答えを見つけてください。」

「…分かったよ。」

 俺は、ランプの火を消した。


 戻るときはまた、あの感覚がした。水面へ一気に浮き上がる感覚だ。

 あの青く深い、果てには黒を思わせる海だ。

「見つけて…。」

 いつもの鈴のような声がした。

「私を、見つけて…。」

 なあ、あんた、本当、どこにいるんだい?

 今は、誰でもいいから言葉を吐きたいんだ。四人に、カスガに会う前に、ちゃんと整理したい。言葉も気持ちも。

 なんだか頼りない、弱々しいあんたの声でも縋(すが)りたい。今回目にした記憶は、俺にはちょっと、重すぎるんだ。

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