五人、星空の下で《ソラ》
《ソラ》
惨劇の舞台となったロンソ村を離れて、俺たち五人は街道に出た。大きな街と街とを繋ぐ旅路を、街道というらしい。
夜空はよく晴れており、星が眩しいくらいに瞬いている。
「それじゃあ自己紹介というわけだけど、僕から時計回りでいいかい?」
カイの提案に四人が頷いた。俺も、時計回りという言葉は知らないけれど、何となくカイの提案ならと頷いた。
「僕はカイ=クアロラルシュ。十六歳。レシオ国の出身だけど、グランディエで騎士として働いているんだ。よろしくね。」
カイはいつもの微笑みを浮かべて言った。十六歳というと、俺とそんなに変わらない。若いとは思っていたが、思った以上だった。
そして、特徴はやはり、この辺りでは珍しい鮮やかな金髪と金色の瞳。
「グランディエの騎士なんて、すごいわね。」
「どうりで頼りになるわけじゃ。」
女と訛りの強い男が口々に感心した。カイは素直なヤツで、照れくさそうにしていた。
「次は私ね。私はマキ=アルタンジェリン。十五歳よ。リベリア国出身だけれど、私もグランディエを拠点にしている劇団ブロタールに所属しているわ。担当する楽器は主に、このエルターニャ笛。よろしくね。」
マキは泣きじゃくった様子とは打って変わって、ハツラツと自己紹介した。こちらが本来のマキなのかもしれない。焦げ茶色の長い髪を一つに結び、紫色の瞳をしている。
「リベリアといえば、ソクアヴェスタとヴァルクシェンナの次に古くからある国だとされているな。音楽も絵画も有名だ。」
魔道士の男が興味深そうに言う。
「ワシはカスガ=カルナギじゃ。十五歳。メウィティカ国出身で、薬剤師の見習いをしておる。ロンソ村には薬学の勉強に来ておった。よろしく頼む。」
カスガはやはり、見たことのない珍しい服装をしている。薄い茶色の短髪に、深緑色の瞳をしている。
「服装からそうだとは思っていたけど、メウィティカだなんてすごいや。医療先進国で有名だよね。」
薬学とか医療とか、分からないことばかりだけど、きっとすごいんだろう。それよりも。
「カスガって、何でそんな変な話し方なんだい?」
俺はずっと気になっていたことを尋ねた。
「これがのぅ、メウィティカ人みんなそうなんじゃ。どうやら共通語を取り入れたときに、メウィティカ古語が影響しておるようで、困ったもんじゃのぅ。」
そう言ってケラケラ笑うカスガは、何だか感じのいいヤツのようだ。
「次は俺だな。俺はユフィ=ルナセフ。十四歳。ジオリダム国の魔道学院の生徒で、この辺りには魔道研究のための留学中に寄っていた。」
ユフィはそう言って手短に自己紹介を終えた。一見するとぶっきらぼうに見える。
銀色の髪を三つ編みに束ねており、目も銀色だ。ちなみに肌も、ランプの灯りだけでも分かるほどに真っ白で、体も細い。
「えーっ、ジオリダム。」
俺とユフィ以外の三人が驚いた。思わず俺が問う。
「そんなにすごいのかい?」
「ソクアヴェスタで生まれた魔道を、さらに進化させて世界へ広めた、魔道大国というところじゃな。」
へー、と俺も感心する。魔道は俺も興味深い。
他の四人が紹介を終え、俺に視線が集まった。
「あなたは?」
マキが優しげに尋ねてくる。
「俺かい?えーと…。」
こんなにかしこまった自己紹介なんてしたことがない。俺は恥ずかしさを何とか抑えて話した。
「えーと、ソラ=セルカナデ。十二歳。グランディエの、まぁ、そこらによくいるガキンチョさ。」
俺は照れながら、そう自己紹介した。これが俺の精一杯だった。形代と言うこともできないし、浮浪児とも言えない。改めて口にして、何も肩書きが無い自分が少し情けなく、四人の反応を見られなかった。
五人は自己紹介を終え、さらに肩の力が抜けた。
「なんだか不思議ね。大きな国の一つの村で、生まれた国も職業もバラバラな人間が出会うなんて。」
マキはそう言って、星空を見つめたあと、指揮棒を取り出した。指揮棒は笛が入っている筒に入れていたようだ。
「みんなはこれから、どこを目指すの?」
指揮棒を手に、自分も迷いながらマキは問いかけた。
「俺は留学中の身だ。アリアレジスを目指している。次の目的地は港町ハーリーだ。」
ユフィがそう言うと、カイが話題を続けた。
「奇遇だね。僕とソラも、アリアレジスに行くためにハーリーを目指しているところさ。」
カイの言葉に、俺はロンソ村で乗るはずだった馬車のことを聞きたくなった。しかし、それを問うと自分が精霊の形代であることも、何かしらの繋がりでバレてしまうのではないかと思い、ためらった。
「そういやぁ、カイとソラは元々の知り合いのようじゃの。何で騎士と子どもで旅をしているんじゃ?」
カスガにそう問われ、俺は固まる。形代だなんて、バレたくない。
「ソラはね、アリアレジスに留学に行くんだ。僕はそれを送り届ける途中なのさ。」
カイは平気な顔をして、何てことない口調で嘘をついた。俺は思わず、そうそう、とその嘘に乗った。他の三人、特にユフィは少し怪しそうにこちらを見たが、俺は何も無いフリをした。
俺はずっと、貧民街で浮浪児として盗んだり騙したり、したたかに生きてきたつもりだった。しかし、世界のあらゆることは俺よりもずっと上手らしい。
話しているうちに、月が少し動いたようだ。
急に、ユフィが立ち上がった。
「次の目的地だとかロンソで起きたことだとか、話題は尽きないが、どうやらそういう訳にはいかないようだ。」
カイが剣を抜いた。あの鋭い目つきをしている。俺はというと、何だか周囲が寒くなった気がするが、その寒気の正体は分からない。でも、何だか嫌な予感がする。
「十時の方向だ。」
ユフィがそう言うと、カイが大きく剣を振った。
「影だっ。」
俺はその影に見覚えがある。俺を騙し、アンディを殺した影。俺のなかに、黒い感情が湧き立った。
カイが切った影は、煙のように消えた。
しかし、同じような影が十時の方向に次々と立つ。それは十体か、もう少し多いか。その影たちの前に剣を構えたカイと、二刀のナイフを構えたカスガが立った。
「なんじゃ、休む暇がないのぅ。」
「本当にね、でも切れるから問題ない。」
カスガの構えは薬剤師というには、素人目だが様になっている。カイは影相手に負けない自信をもっているようだ。
「俺が魔道を放つ。カイとカスガは前衛を。」
ユフィが手慣れた様子で指示を出し、腰に下げていた分厚い本を開くとブツブツと何か呟いている。カイとカスガは身軽に動き、次々と影を切っては煙となって消えていく。
その間も、ユフィは何かを呟き、手の上に開いた本には光が集まっている。
数体の影はググッと高く伸びると、壁のように立ちはだかった。カイとカスガがそれを見上げたその瞬間、影の壁の向こうから、火の玉が降り注いできた。
魔道だ。俺はとっさにそう思った。二人が焼かれてしまう、何もできないと目をつぶりかけた、その時。
美しい笛の音とともに、二人を守るガラスの壁が現れ、火の玉は砕け散った。その壁は、教会のステンドグラスのように煌びやかだった。
「結界魔道じゃっ。」
カスガが驚いて振り向くと、マキが笛を奏で終わり、影たちの様子を観察した。
結界魔道?この笛でマキが魔道を?俺は何も分からないまま、ただ座って事態を見ていた。
「できた。」
ユフィが満を持して呟くと、手の上の本が宙に浮かび、輝いた。
「影よ、神海へ還れ。エードルム。」
それはいつか遠い昔、遠目に見た紙芝居の光景だった。ユフィの唱えた呪文は小さな声だが、辺りに反響するように聞こえた。宙に浮いた本から強い光が放たれ、影が一気に煙となって消えていく。
強い光は、余韻のように脳内に点滅した。やがて点滅が落ち着きまぶたを開くと、影は全て消えていた。
「はー、やるのぅ、さすがジオリダムの魔道士。」
「だが、魔道の構成には時間がかかるからな、一人では不可能だ。」
手放しで褒め称えるカスガに、ユフィがぶっきらぼうに返す。
「マキもありがとう。君の結界魔道のおかげで助かったよ。」
「こちらこそ、カイとカスガが前で戦ってくれたからよ。」
カイとマキは、素直に礼を交わす。
もうずっと、何が起きているか分からない。ロンソ村でも、今の影たちも。そして、何の抵抗もなく戦った四人のことも、何もできなかった俺も。
「ソラ、大丈夫かい?」
カイが手を差し伸べてくれるが、俺は事態を飲み込めずにぼんやりしてしまった。
「…まだ、終わってない。」
ユフィが呟く。
そのとき、ぼんやりとした思考が、一段と凍てつく空気で現実へと戻される。
「ソラぁ、仲間ができちゃったのかい?」
俺はその少年の声を聞き、耳から全身が痺れた。あいつだ。アンディを殺した影だ。
振り返ると、先ほどの影たちとは違う、妙に立体感のある巨大な影が俺の背後にググッと伸びて立っていた。
「意志を持った影だと?」
ユフィが再び本を構える。
「あー、ソラ以外はぁ、邪魔だね。おとなしくしてね。」
影はそう言うと、自分の影を地面伝いに這わせ、俺以外の四人の足元を捉えた。
「動けないっ。」
「なぜだ、全身が痺れる。」
四人は立った姿勢のまま、時が止まったように動かなくなってしまった。
「またまた迎えに来たよぉ、ソラ。」
影は相変わらず小馬鹿にするように揺らめいた。
「うるせぇ、影のやろうがっ。お前、形代狩りだろっ。俺は着いて行かないっ。」
そう言って俺は、必死でナイフを横に振った。しかし、カイやカスガの切った影とは違い、その影は煙にならない。
「何度も言ったじゃんか。僕は希望だって。ほら、ソラ、おいでよ。」
希望と名乗る影は、またも暗い渦を見せてきた。
「行ったらダメよ、ソラ。」
マキが必死の声を上げる。
俺はこの渦に飛び込む気など、一切無かった。大人の思惑で動いた挙句、ロンソ村の惨劇を目にした。今の俺に、自分を誰かに委ねる気など無いのだ。
黒い感情が、俺の体内ではち切れそうに充満している。
「…ろ…。」
「ん?ソラ、何だって?」
「消えろぉっ。」
俺は再びナイフを大きく振るった。すると、これまでにあったように、黒い氷柱がナイフの軌跡にそって、鋭く立ち並んだ。
「詠唱無しの魔道だとっ。」
ユフィが驚く声がした。その後も数回、ナイフを振り回すと、俺の前に黒い氷柱がどんどんと生えていく。
やがて、俺は気持ちの平静さを取り戻し、肩で息をしながら、影をナイフで指して叫ぶ。
「希望とやらよぉ、俺を狩りたいなら、百億ルピーだとか大国の国王の地位だとか、もっと魅力的な誘い文句で来いよ。俺は誰のものにもならない。かかって来やがれ。」
黒い氷柱は影と同じくらい高くそびえ立ち、異様な光景だった。しかし、星空の光が反射して輝いており、どこか幻想的な光景ですらあった。
「ちぇっ、また振られちゃったぁ。まぁ、これからも何度も迎えに来るよ。そのうちに君も乗り気になるはずさ。楽しみにしていてね。」
バイバーイと呑気な声を上げて、影は地面にスゥーっと溶けて消えた。影から放たれた四人は、力無く地面に膝を着いた。
「何が起きたんじゃ…?」
「分からない…。盗賊や影に襲われることは今までもあったけれど、あんなに意志を持って話す影なんて初めてだわ。」
呆気に取られるカスガとマキを横目に、ユフィが鋭く切り込んできた。
「ソラ、お前は精霊の形代だろ?」
銀色の瞳が、まっすぐに俺を射抜いた。
「な、なんで、そう思うんだい?」
「魔道を発するには、その準備として【詠唱】の時間が必要だ。魔道とは奥深く、いちにのさんで出せるような簡単なものではない。強力な魔道となると、それだけ詠唱の時間が必要だ。」
ユフィは淡々と、しかし俺にも分かりやすく説明する。
「だが、詠唱無しで魔道を放てるだなんて、まさに形代の特殊能力だ。しかも、あんなに大きな黒い氷柱、俺は見たことがない。」
バレた。誰にもバレずにアリアレジスにたどり着きたかったのに。俺はさっきまでの打ち解けた五人の空気が嘘のように、何も言えず俯いてしまった。
「安心しろ、俺は形代に偏見などない。」
ユフィはそう言って、分厚い本を腰に掛け直し、服装を整えた。
「どうやら、道中は街道に出たというのに危険と隣り合わせのようだ。力があるに越したことはない。」
俺に形代だと問うてからも、その口調は少しも変わらずぶっきらぼうだった。
「何も知らないどうしなのに、いいチームワークだったよね。旅籠へ進みがてら、自分たちの手の内を共有しないかい?」
カイがそう言って、旅籠の方を指差す。そうしようと、俺たちも続いて歩き出す。
「僕はやっぱり、この剣一本だね。力にも自信はあるけれど、さっきのように複数相手になると限界がある。だからカスガやユフィの援護、それにマキの結界魔道は心強いよ。」
カイは愛刀に手を添えて言った。ぽやぽやとしたカイだが、ティアの言う通り、その実力は確かなようだ。
「ワシは、一応だがこの二刀の小刀で戦える。しかし護身術程度で、カイには遠く及ばんよ。」
そう謙遜するカスガだが、俺は小刀だけでなく、体術も織り混ぜて戦うカスガの姿を目にしていた。それはまるで舞うかのような、軽い身のこなしだった。
「俺は森羅魔道を得意としている。この魔道記に記した魔道を唱え、火を点けたり雷を落としたり、先ほどのように光を放ったり…。しかし詠唱に時間がかかるので前衛の防衛が必要だ。」
ユフィは手に持った本を見せて言う。そして、彼のその言葉に、カイとカスガがまかせて、と言わんばかりに力強く頷いた。
「私は笛の音に乗せて、結界魔道を張ったり、補助魔道で味方を援護することができるわ。戦闘はからっきしだから、よろしくね。」
マキが笛を持って微笑む。
「魔道の詠唱には時間がかかるものだが、マキの場合は笛の音によって、効率よく魔道を組み立てているんだな。」
ユフィがそう言うとマキが頷いたが、俺たち三人はピンときていない。
「それで、お前は。」
ユフィが俺に問うてきた。俺は四人のような立派な武器が無い気がして、心細い。しかし、あえて声に力を込めて言った。
「俺の武器は、ナイフと氷の魔道。あとは、足の速さには自信があるぜ。」
最後はほんの冗談だが、ユフィ以外は微笑んで頷いてくれた。
「武器というのは、使いこなして初めてそう呼べるものだ。お前はナイフも氷の魔道も、初歩すら掴んでいないだろう。」
「そんな厳しい言い方しなくていいじゃない。」
ユフィの冷静な分析に、マキが反論する。しかし、俺は言い当てられて恥ずかしく、口をキュッと結ぶしかなかった。
けれど、一つだけ、どうしても気になることを聞いてみることにした。
「なぁ、あの影って何なんだい?」
俺の質問に、四人は無言のまま顔を見合わせて、ようやくユフィが答えた。
「正体は不明だ。夜にだけ現れる。研究によると、死者のさまよう霊だとか、いろいろ言われているが…。」
「影って喋るもんなのかい?」
俺が続けて質問すると、四人は同じく無言で、カイが見たことない、とだけ答えた。
そのあとは、五人とも疲れているのか、無言のまま街道を歩いた。疲れもあるが、先ほどのような影に襲われないか警戒心も抱いていた。ロンソ村での出来事といい、人間の心を擦り減らす事態が続いていたのだ。
俺は今まで、一人で生きてきた。何なら泥臭くとも、たくましく生きてきたつもりだった。しかし、城下町の外は危険が溢れていた。
俺は知らないことを知りたいと思ったし、死なないために強くなる必要があると、静かな星空の下、痛いほどに感じていた。




