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【太陽物語】 夜明けへ進む少年は  作者: 立花ハル
《第1章 出会うことで》
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旅籠の朝、朝食の匂い《ソラ》

《ソラ》


 無言のまま街道(かいどう)を進むと、遠くに(あか)りが見えてきた。大きく温かい色の灯りがいくつも光っている。そして、大きな建物も見えた。

「おーっ、旅籠(りょかご)じゃ。やっと着いたのぅ。」

「今度こそ本当に一休みだね。」

 カスガとカイが嬉しそうに一息ついた。

「やっぱり旅籠の灯りが見えると、安心感が違うわね。」

「旅籠って、そんなにすごい場所なのかい?」

 俺がマキを見つめて問いかけると、マキはその紫の瞳をまっすぐ向けて説明してくれた。

「旅籠は姫神教会が運営する、旅人のための施設よ。宿はあるし、炊事場(すいじば)もある。それに、多くの旅人が立ち寄るから、情報も集まるわ。行商人が立ち寄っていれば、買い物もできるし…。何よりもあの灯りね。」

 マキはそう言うと、旅籠の建物を囲うように光る灯りを指差した。

「あの灯りは姫神教会の僧侶が祈りを込めた灯りだから、影が襲ってくる心配がないわ。」

「へー、そう言われりゃ、あの灯りは何となく普通の灯りよりも赤い気がするな。」

 俺が感心していると、ユフィが(つぶや)いた。

「あの灯りの違いが分かるということは、お前は少し魔道の勘があるかもな。」

 それを聞いて、俺は舞い上がるように近寄って、ユフィの顔を(のぞ)くように見上げた。

「本当かい?俺ってば才能ある?」

「そうは言ってない。調子に乗るな。」


 そんな会話をしているうちに、旅籠に着いた。木造の大きな建物のなかからは、多くの人の寝息が聞こえる。

「こんばんは、若い旅人さんたち。」

 机の向こう側の中年男性が優しく、静かに声をかけてくれた。この旅籠の主人のようだ。俺たちも寝ている人を気(づか)って、小さな声で挨拶を返す。そしてカイが尋ねる。

「五人寝られるスペースはありますか?」

「ちょうど良い、あなた方で満員になるところです。」

 主人がそう答えると、俺以外の四人が不思議そうに顔を見合わせた。マキが主人に問う。

「私は以前からこの旅籠のお世話になることが多いのですが、満員だなんて初めてです。近くで何かあったのですか?」

 すると、主人がより声を静めて答えた。

「実は今日の昼頃、港町ハーリーがブランジェ国の占領下に置かれたそうで…。ハーリーへ行く予定だった旅人や商人たちで、こちらもてんやわんやとなっています。」

 その説明を聞いた四人がハッと驚き、声を抑えながらも目を丸くして、顔を見合わせた。

「え、どういうことだい?」

「つまり、船を使えないということさ。」

 一人状況を飲み込めない俺に、カイが答えた。俺はアリアレジスに行けないと思い、大声を上げかけたが、カスガに口を抑えられる。

「俺たちはロンソ村の方から来ましたが、ロンソ村も、何らかの襲撃によって壊滅しました。」

 ユフィがそう言うと、主人はなんと、と呟き、悲しそうに祈りの姿勢をとった。

「私たちも様々な情報が方々から舞い込んで、何が真実やら…。旅籠としては、とりあえずグランディエ城下町や、アリアレジスの教会本部から指示があるのを待っているところです。」

 そう言う主人は、ひどく疲れている様子に見えた。


 俺たちとしては、情報集めや今後の動きを確認したかったが、いかんせん五人とも疲れていた。周囲も寝静まっている。

 カイとカスガとユフィが、主人に宿代らしきものを支払うのが見えた。俺たちは主人から毛布をもらうと、()いている場所へ、寝ている人を起こさないようにゆっくりと歩いた。そこは暖炉から一番遠いところだったが、充分温かかった。

 俺たちは横になり毛布に包まると、誰も何も言うことなく、すぐに眠りについた。


 気づいたら、周りは賑やかになっていた。

「ソラ、起きて。」

 カイが優しく俺の体を揺する。

「よぅ、カイ。」

「おはよう、ソラ。ちゃんと眠れたかい?」

「ああ、夢を見る余裕もなく、ぐっすりさ。」

 それは良かった、とカイは微笑(ほほえ)むと、すぐにその表情に力が入った。

「ソラ、もう君も気になっていたと思うんだけど、ロンソ村で乗るはずだった馬車なんだけどね…。」

「あ、あぁ。」

「村の入り口で、御者(ぎょしゃ)の遺体を見たんだ。馬車の荷台もあった。馬は連れていかれたんだと思う。」

 やっぱり。なんとなく、予想外の連続のなかではあったが、頭のどこかで予感はしていた。

 俺は抵抗感がありつつも、大人に守られてアリアレジスへ行く予定だった。しかし、事態は悪いことばかり重なっている。

「ソラ、僕は女王様から、君をアリアレジスへ連れて行くよう任務を(たまわ)っている。アリアレジスまでは僕が必ず連れて行くから、心配しないで。」

 カイはそう言って微笑みを浮かべると、俺の肩にポンと手を置いた。俺は事態について行けず、返事ができなかった。きっとこの時の俺は、不安そうな顔をしていただろう。

「みんな外にいるよ。行こうか。」


 旅籠の外は良い天気で、明るい陽射(ひざ)しが降り(そそ)いでいた。旅人や商人の朝は早いらしく、みんなもう目が覚めて、朝飯や旅の支度(したく)をしているようだった。

 そのとき、少し離れたところから笛の音が聞こえた。

 マキが、笛を演奏していたのだ。朝に相応(ふさわ)しい、明るく爽やかな曲調だった。いくつか並んだ木箱の上に立ち、笛を吹くマキの演奏に、周囲の旅人たちは聞き惚れている。

 やがて、曲が終わりマキが礼をすると、拍手が起こった。

「すごいなぁ、旅人さん。」

「いいものを聞かせてもらったわ。」

 マキが持つ空き缶に、客たちがコインを入れていく。

「ありがとうございました。劇団ブロタールもよろしくね。」

 マキは客へ挨拶をすると、俺とカイを見つけて、こちらへ駆け寄ってきた。

「カイ、昨日は宿代ありがとう。これで足りるかしら?」

「一泊くらいなら、大丈夫なのに。旅籠は教会のおかげで、街の宿より安いし。」

「いいえ、旅芸人たるもの、自分の宿代は自分で稼ぐわ。」

「なるほど、それを言われると、受け取らないわけにはいかないな。」

 俺はそのやり取りを見て、驚いてしまった。俺は当たり前のように、飯代や宿代を出してもらっていた。しかし世界は、こんなに若い人間でも自分で稼いで生きているのだ。

 それに、マキは強い。昨日、突然仲間が死んでしまったばかりなのに、きちんと切り替えて金を稼いでいた。

 俺は盗みやスリをしていた自分が恥ずかしく、しかし、そうやって生きてきた自分を否定したくない気持ちで複雑だった。

「カスガやユフィは?」

「あっちで朝食の支度をしてくれているわ。」

 マキが指差すほうには煙が立っており、何だか良い匂いもしていた。


 マキに連れられて炊事場へ行くと、そこかしこで旅人たちが朝食を作っており、いろいろな良い匂いで腹が鳴りそうだった。

 端っこのほうで、ユフィが鍋で野菜を煮ていた。ロンソ村のサラダほどではないが、大きな野菜がたくさん浮いており、美味そうだ。

「やぁ、ユフィ、美味しそうなスープだね。カスガは?」

 カイがそう尋ねると、ユフィは林のほうを指差して言った。

「あいつ、料理が全くできない。それどころか、マッチの使い方すら知らなかったんだ。あいつはきっと、ボンボンだな。」

「ボンボンって何だい?」

 俺がそう聞くと、ユフィは金持ちの坊ちゃん、と短く答えた。俺は信じられなくて、つい声を大きくしてしまった。

「えーっ、カスガがぁ?」

「おぅ、呼んだかいのぅ?」

 ちょうど良く、カスガが林から現れた。手にはたくさんの雑草を抱えていた。

「その雑草どうしたの?」

「雑草じゃのうて、薬草じゃ。この辺りは薬草が豊富でいいのぅ。」

 マキの問いにそう答えると、カスガが草をすり潰し始めた。

 ユフィは料理をして、カスガはごりごり石を転がして、マキはさっきまで笛を演奏して、遠目に見ていると不思議な集団な気がする。

「できた。」

 ユフィが料理の完成を告げた。そう言えば昨晩、魔道の詠唱とやらが完成したときも、同じことを呟いたなと思った。

 ユフィが木の器にスープをよそい、それぞれに手渡す。

美味(おい)しそう、いただき…。」

「う、美味(うめ)ぇっ。」

 マキが挨拶を言い切る前にスープを飲んだ俺は、思わず(うな)ってしまった。昨日ロンソ村で飲んだシチューと同じくらい、いや、もっと美味い。

「おい、お前。食べる時はちゃんと挨拶をしろ。そして、スプーンをちゃんと持て。」

 ユフィが淡々と注意してくるが、俺は食べるのを止められない。

「ユフィ、ありがとよ、こりゃ美味ぇぜ。あとさ、食べられりゃ持ち方なんて何でもいいだろ。」

 四人がかける言葉を失っているのを感じたが、俺はスープを飲み続ける。

「うん、でも確かに、すごく美味しい。」

 カイも明るく声を上げた。カスガやマキも、同じように褒めている。

「まぁ、料理と魔道は似たところがあってだな、完成形を想像して食材や調味料を…。」

「ちょい待たれ。これを入れると、もっと上手くなると思うんじゃが。」

「おい、俺の話聞いてたか?」

 得意気なユフィの話を(さえぎ)ったカスガが、カバンから怪しげな瓶を出し、さらにその中から怪しげな粉を出した。

「えっ、それ大丈夫なの?」

「ニッキ草の粉末じゃ。ごくごく…。おお、ほりゃ美味いっ。」

 若干引いているマキをよそに、カスガが目を輝かせる。

「すげぇ、俺にも分けてくれよ。」

 俺がねだると、カスガが粉末を入れた。ワクワクしながらスープを飲むと、俺は心底驚いた。

「う、美味ぇっ。美味いと美味いが混ざると、激烈美味ぇになるんだなっ。」

 俺が感動してさらに飲みすすめると、興味を持ったカイとマキも、器をカスガに寄せた。

「いや、だから、完成形を想像して、俺はバランスを取って作ったんだが…。」

「お、美味しいっ。」

 ユフィの話を、カイとマキの感動する声が遮った。

「ワシをメウィティカの薬剤師じゃとお忘れじゃったかな?」

 得意気なカスガに、俺はおおげさに、お見それしました、と頭を下げた。

 ユフィは不貞腐(ふてくさ)れて、俺は絶対入れないからな、と呟いた。


 賑やかで楽しい朝食が終わり、俺とマキとカスガは鍋や食器を洗った。どうやら旅籠は、こういった調理器具なども貸してくれるらしい。

 井戸から組んだ水が清潔で綺麗で、満腹感もあって気分がいい。

 カイとユフィは、他の旅人や商人から情報を集めている。


 それぞれの分担が落ち着き、俺たちは五人集まった。いろいろと、話したいことが多いのだ。

「まず、それぞれの目的地を確認しよう。僕とソラは、昨日話したようにアリアレジスを目指す。ユフィもそう言っていたよね?」

 カイにそう問われ、ユフィは(うなず)いた。

「ワシはメウィティカへ帰らねばならん。故郷の家族に顔を見せんといけんし、これを遺族に届けねばならん。」

 カスガはそう言うと、サギとミツヤと呼んだ男から取り外した装飾品を手に出した。

「メウィティカとなると、アリアレジスから船を経由しないと着けないな。」

 ユフィの言葉に、カスガはそうじゃと返事した。

「マキは?グランディエの城下町を目指すのかい?そうなると、この旅籠で旅の同行人を見つけた方がいいと思うけど…。」

 カイがそう言うと、マキは不安()に答えた。

「それが、劇団の拠点はグランディエなんだけど、団長がいる本隊はアリアレジスにいるの。アリアレジスの戦争を応援するためにね。私たち小隊は、それに合流するために、港町ハーリーを目指していたの。それが、昨日みたいなことに…。」

「劇団が、戦争を応援?」

 俺はつい、疑問を口にした。

「昨日見ただろ。マキが音楽で魔道を放つところを。音楽というのは、人間の心を楽しませ鼓舞(こぶ)するだけじゃない。魔力を持つ劇団というのは、魔道を扱う兵隊でもあるんだ。」

 ユフィの説明に、俺は驚く。

「えっ、じゃあマキも戦争に行くのかい?」

 俺の質問に、マキはうーん、と曖昧(あいまい)に首をひねった。昨日あんなに楽しませてくれた音楽が、戦争の道具になるなんて。俺は驚きだけでなく、どことなく世界の暗がりも覚えた。

「話を戻すと、偶然にも僕たちは全員、経由地としても、アリアレジスを目指すことになるね。」

 カイが冷静に話を戻すと、ユフィがカバンから折り畳まれた紙を取り出し、五人の真ん中で広げた。

「世界地図だっ。」

 俺はジジイ先生の顔を思い出した。

「なんだ、お前でも知っているのか。」

「馬鹿にすんなよっ。」

 俺の怒りを無視して、ユフィが地図を指す。

「今俺たちがいるのはこの辺り。ブランジェとの国境に近い、グランディエ領内。港町ハーリーは、さらにブランジェに近いところにある。」

 ユフィが分かりやすく地図を指すのに、なぜか負けたくなくて、俺が身を乗り出す。

「俺知ってるぜっ。アリアレジスはこの辺りだろ。」

 いきいきと、地図の上の方を指で囲った。

「へぇ、何も知らないクソガキだと思ったんだがな。」

「だから、馬鹿にすんなって。」

 ユフィの挑発と俺のイライラを、他の三人がまあまあと(なだ)める。そしてカイが説明を続ける。

「さっき商人から聞いた話によると、港町ハーリーは完全にブランジェの占領下にあるらしいんだ。すでに船を抑えて、外国から武器を輸入する準備まで始めているみたい。」

「もし、ハーリーに行っても入れないってこと?」

「うん、それどころか、グランディエの騎士である僕なんて、即刻首をはねられてしまうね。」

 俺の何気ない質問に、カイが恐ろしい返答をした。

「そうなると、このトール大陸を陸路でグーっと北上せねばならんのかぁ…。」

 カスガが、恐らく薬の調合によって荒れた指先で、地図上で一番大きなトール大陸をなぞった。

「港町はたくさんあるけれど、アリアレジスまで人を乗せられる船を出せる港なんてそう多くないわよね。」

「ああ、俺が知る限りだと、クルエル国、ジオリダム国、レシオ国。この辺りだな。」

 マキの問いに、ユフィが指を置きながら答えた。

「なんだ、そのクルエル国だったらけっこう近いじゃん。」

 俺が呑気(のんき)に声を上げると、ユフィは何かを言おうとして飲み込んだ。その代わりに、マキが話し始める。

「地図だけで見ると、確かに近く見えるわよね。でも、このグランディエを出て、クルエルに着くまでの小さな国たちを、世界では【紫の紛争地帯】と呼んでいるの。」

「紫の、フンソー?」

 また新しい言葉が出てきたが、四人の表情を見る限り、良い言葉じゃなさそうだ。

「いろいろな人種や宗教や民族、貧しい人や豊かな人、力のある人やか弱い人…。とにかくたくさんの人がおって、争いの絶えない、危ない国ばかりなんじゃ。」

 カスガができるだけ分かりやすい言葉で説明してくれたが、グランディエの城下町しか知らない俺にはボンヤリすら想像できない。

「この、紫の紛争地帯に行ったことがある人はいるかい?」

 俺がそう聞くと、四人は無言で顔を見合わせた。

「俺はこのジオリダムから来たわけだが、ジオリダムから船で港町ハーリーまで乗って、グランディエに入国したからな。何よりも、留学のときに言われた。紫の紛争地帯は通るなって。」

 ユフィが地図を指しながら、静かに呟いた。

「僕はグランディエの国境と面している、このラザエラという国の戦争で戦ったことがあるけれど…。」

 カイが地図を指して呟くと、四人の視線がカイに集まった。

「言い方は悪いけれど、全て無茶苦茶だった。国際法も、戦場に立つ者としての誇りや倫理も通用しない。ラザエラ側の無茶な特攻で、僕の友人の騎士が何人も戦死したよ。」

 そう語るカイの目は、地図上のラザエラを見つめながら冷たく沈んでいた。戦死という言葉を前に、誰も何も言えなくなっていた。

「…でも、この紫の紛争地帯を通るしかないから、みんな困っているんだろ?」

 俺は息苦しい胸を、我慢して聞いてみた。すると、四人は大きくため息をついた。

「困ったが、そうなんじゃよなーっ。」

 カスガが気持ちいいくらいに、天を(あお)いで言った。

「グランディエが戦争を終わらせて、港町ハーリーが元に戻るのを待つという手は無いの?」

 マキが希望を見出すように、カイに尋ねる。

「正直言うと、残念ながら望みが薄いと思う。」

 カイはマキをまっすぐに見て答えた。マキは後ろ向きな返答を予想していたようだが、いざその返答を受けると、悲しそうに眉尻を下げた。

「俺も、昨日のロンソ村から様々なことがおかしいと思っている。」

 ユフィが地図から顔を上げ、カイのほうを見た。

「うん、僕たちはもしかしたら少しの間、旅を共にするかもしれない。気になる点を共有したほうがいいと思う。」

 あんなに楽しかった朝食が嘘のように、重苦しい話題が続く。

 しかし俺たちは、それらを受け止めて正しい道を見つけなくてはいけないのだと思う。

 自分たちを守るために。

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