旅籠の朝、戦場の足音《ソラ》
《ソラ》
おかしなこと、不思議なこと、奇妙なこと。俺には城下町を出てから、いや、あの影に襲われた月夜の晩から、あらゆる変化が起きている。
目にしたことのない光景や、信じたくない出来事、俺は目まぐるしい出来事の連続に、ついて行けてない。
「僕は、このブランジェが仕掛けてきた戦争は長引くと思う。それに、グランディエもかなり消耗すると思う。」
カイは静かに説明を始めた。
「まず、数日前にブランジェがグランディエに対して、宣戦布告をして来たことは知っているよね?」
「おう、ブランジェが自然災害で、食糧危機に遭うとると聞いたが。」
カイの問いにカスガが答えると、ユフィたちも頷いた。俺も、ティアがそんなことを言っていたと思い出した。
「グランディエ側の僕が言うのもなんだけど、客観的に考えて、ブランジェに勝ち目なんて無いんだ。この百年で両国に戦争は何度も起きたけれども、ほぼグランディエの勝利。そのたびにブランジェは、領土を失ってきた。」
「グランディエの方が強くて、奪う側だったってわけだな。」
俺がそう言うと、カイは、乱暴に言うとそう、と答えた。
「元々の国力の差は大きいし、戦力となる人の差も大きい。それに、軍先進国家アリアレジスとグランディエは同盟を組んでいる。後ろ盾として、とても強い。」
カイが地図上のブランジェに小石を一つ、グランディエに小石を五つ置いた。なるほど、分かりやすい。
「ブランジェの東にはグランディエ、さらにブランジェの西にあるサザビル国は、姫神教の国なんだ。」
「えっと…、つまり?」
「ブランジェは、希望教を信仰する国。つまりブランジェは、宗教的に敵対する国に挟まれているというわけだ。」
ユフィがそう説明を付け足して、俺は信じられない気持ちがした。俺の憎きソクアヴェスタ、その国にあった希望教を信じているなんて。
俺のなかに、ブランジェに対する敵対心が湧いてくる。
「つまり、ブランジェは敵に挟まれているうえに、グランディエよりも弱いってことだろ?何も心配いらねぇじゃん。」
俺がそう聞くと、カイは首を横に振った。
「いや、楽観視できない。昨日だけで、ブランジェが動きすぎているんだ。侵攻の速さが普通じゃない。港町ハーリーは、多くの騎士が待機する守備の厚い町だった。そこがたったの一日で占領下に落ちるなんて、考えられない。」
「確かに…。グランディエにとって港町ハーリーは、アリアレジスと直接繋がっている重要な町のはずよね。物資の補給なんかにも必要だし。絶対にブランジェの物にしたくないはず。」
マキがそう言うと、カイは頷いて、さらに続けた。
「僕は昨日のロンソ村の事件も、ブランジェによるものだと思う。」
「え、ブランジェの兵士がやったってこと?」
俺が驚いて聞くと、カイはまたも首を横に振った。そして、続けて説明する。
「直接手を下したのは、きっとこの辺りを寝ぐらにしている盗賊たちだと思う。」
「昨日のロンソ村の事件については、俺も盗賊たちの略奪だと思う。だがなぜ、その裏にブランジェがいると考えるんだ?」
ここについては、ユフィは合点がいかない様子だ。カイは少し時間を使って、自分の考えをまとめて話し始めた。
「ロンソ村で僕が気になったのは四つ。男が持っていた槍、荒らされていない畑、壊された姫神教会、あと、そうだね…。霊体の言った最後の言葉…。」
「えぇ、霊体?あれを信じるんか?」
カスガが驚いて聞くが、ユフィが聞こう、と、カイの発言を促した。
「僕とソラを襲った男が持っていた槍。あれは、グランディエ製ではない。鉄と鋼の割合が、あまりにも違うんだ。あれはブランジェ製の、悪いけれど粗悪な物に感じた。」
俺を刺そうとした、あの槍。槍一本から、そんなに情報が得られるのかと驚いた。カイはさらに続けた。
「それに、荒らされていない畑。家屋はあんなにも焼き落とされたのに、畑は踏み荒らされていなかった。あれは、占領したあとのことを考えているんだと思う。」
「ブランジェが、自分たちの資源にしようっちゅうわけか?」
カスガがそう聞くと、カイは頷いた。そして次。
「一番気になったのは、壊された姫神教会。あの建物は、村で唯一のレンガでできた建物だった。教会のものを盗むのは分かるけれど、ただの盗賊があそこまで壊すには苦労が大きすぎる。得が無い。」
「確かに、壁も屋根も、全部ぐちゃぐちゃにされてた。」
俺もその惨状を目にした。木造の家は、火によって容易く崩れるのは分かる。
しかし、グランディエの城下町でもよく見ていたレンガの建物が、あそこまで崩れるなんて、どれだけの人と時間が必要だろうか。
俺が考えていると、ユフィが話す。
「希望教を信仰するブランジェの差し金であれば、時間をかけてでも、姫神教会を打ち壊すのに意味があるということか。」
「僕はそう思う。時間をかけてでも教会を見に行ったのは、ブランジェの影を感じたからなんだ。」
ユフィは納得した様子で、カイはさらに続ける。
「あと、あの霊体について、僕たちは考えたほうがいいと思う。」
カイがそう言うと、やはりカスガは抵抗感を示した。
「いや、のぅ、確かに不気味じゃし、気になるのは分かる。じゃが、ありゃあ、いわゆる心霊現象っちゅうもんじゃろう?気にしたところでのぅ…。」
マキもカスガの発言に、静かに頷いた。
「恐ろしい気持ちは分かる。俺にも不可解だ。」
ユフィにしては珍しく、共感的な反応だった。
すると、カイが話す。
「あの槍の男、あの人は僕が首を切って殺した。彼の霊体は、それをお頭に向かって嘆いていた。」
重大な事実を、カイが何気なく口にした。まるで食事の内容を軽く話すかのように。
この穏やかな男が殺したという恐ろしい事実に、カスガとマキ、ユフィも強張った表情でカイを見た。
しかし、構わずカイは続けた。
「霊体という存在を信じるなら、さらにその発言を信じるなら、ロンソ村を襲撃したのは盗賊だと思う。そして、その後ろには盗賊に指示したブランジェ国がいる。もっともっと言うと、ブランジェの後ろにも、大きな何かがいる。そうじゃないと、昨日だけでのブランジェの侵攻、その勢いに納得ができないんだ。」
カイ以外の四人は、話について行けていない。
というよりも、何となく国どうしの力関係や町や村に起きた出来事について、理解は及ぶけれど、気持ちがついて行けていないのだ。
少しの時間、それぞれが考えてユフィが発言した。
「二つ、俺が気になったことだ。まず、ブランジェの後ろ盾になっている国、もしくは組織に心当たりはあるか?」
そうユフィが問うが、カイは少し悩んだあと、首を横に振った。
「でも、グランディエと言えば、世界でも有名な騎士団の国よ。アリアレジスの後ろ盾も、姫神教会の後ろ盾も強い。ブランジェだけでそれに対抗できるなんて…。私も子どものころからグランディエに住んでいるけれど、考えられないわ。」
マキが素直な感情で、そう発言した。
「希望…。」
俺は思わずそう口にした。
何か考えを重ねて、正解の糸口を掴んだわけではないが、気になって仕方ないのだ。希望と呟いた俺を、四人が見つめる。
「俺は今、形代狩りに追われている。昨日みんなが見た、喋る影がそうだ。あいつには、グランディエの城下町でも襲われた。あいつ言ってた。自分は希望だって。」
俺の突拍子もない発言に、四人が顔を見合わせる。
「それに、さっき言っていたブランジェの話でさ、希望教って出てきたろ?俺ぁ、偶然とは思えねぇんだ。」
少し困った様子で、マキが話す。
「ソラ、あなたはまだ十二歳だったわよね?十年前の精霊戦争終結の瞬間を知らないでしょう?」
俺は真剣に頷いた。
「十年前、姫神教会がソクアヴェスタの敗戦を知らせた瞬間を、私は今も覚えている。普段、穏やかな大人も、怖いくらい狂ったように喜んでいた。そして、ソクアヴェスタが信仰していた希望教の教会を、次々に壊して回ったの。抵抗した希望教徒も、大勢殺されてしまったわ。」
俺も、ティアの話で、知識としては知っている。
実際の体験を語るマキは、目の前にその恐ろし気な光景を思い出すかのように、狂ったように喜んだという大人への嫌悪感を、あらわにしている。
静かにユフィが付け加える。
「あの瞬間、希望教は事実上終わったようなものだ。信仰する者は邪教徒扱い、ブランジェのように国で信仰する国なんて、異端中の異端だ。いくら姫神教会が国際法で差別を禁じても、それは根深く、今も続いている。」
ユフィの話を聞いて、俺は昔、道端で希望教のことを語っていた盲目の浮浪者を思い出した。だから、あの浮浪者は石を投げられたのだ。
「今の希望教にブランジェの後ろ盾となって、グランディエを異様な速さで侵攻するほどの力は無いっちゅうことじゃな。」
カスガがそうまとめると、ユフィは頷いた。そして、次の瞬間、ユフィは俺を鋭く見つめた。
「もう一つ、俺が気になったのはお前だ。」
「え、俺?」
ユフィの銀色の瞳が、俺を鋭く射抜いた。
「まぁ、確かに俺は精霊の形代だけど…。」
「それだけじゃない。形代なら、俺も見たことがある。」
ユフィが、その眼光のまま俺を詰める。
「昨日のロンソ村の霊体たち、あれはお前とは無関係なのか?」
あまりに予想外な言葉に、俺は震えた。
「や、やめろよ。あんなの、俺は知らねぇ。」
思わず大きな声を出してしまった。でも、嫌だった。ただでさえ形代として馬鹿にされて生きているのに、これ以上おかしな存在になってたまるか。
「ユフィ、何でそう思うの?」
カイが問いかける。
俺を守ってくれていたカイが、ユフィに助け舟を出した気がして、胸が苦しくなる。
「霊体は、ただの不可思議な心霊現象ではない。あれは死んだ体に宿ったままの魂が、見える姿となったものだとされている。まだ研究は進んでいないが…。」
ユフィもどうやら、自信少なげに話を進める。
「悪い、少し冷静になる。そもそも精霊とは、あらゆるものに宿るものをいう。その精霊の持つ力を読み解き、さらに力を借りるのが、お前たちも知る魔道だ。」
ユフィは大きく息を吐き、淡々と説明する。
「俺の森羅魔道は、主に自然に宿る精霊の力を借りる魔道。昨日目にしたマキの結界魔道は、空気中に漂う精霊の力を借りる魔道。ここまではいいな?」
まるでジジイ先生のように、というより、ジジイ先生より分かりやすく、ユフィが説明する。
しかし、その様子は自分に言い聞かせているような緊張感があった。
「人間にも、自然界と同じように精霊が宿っている。厳密に言うと、人間の細胞一つ一つに精霊が宿っているんだ。先人たちは人間に宿る精霊を一つにまとめ、魂と名付けた。つまり、人間の魂も、精霊の集合体なんだ。」
俺は難しい話に半分ついて行けないながらも、興味深く頷く。他の三人も同じ様子だ。
「世界には、その魂に禁じられた手段で干渉できる魔道が存在する。死んだ人間を操ったり、遺伝子を組み替えたり…。俺たち魔道士は、それを【禁術】と呼んでいる。当然、姫神教会も国際法で禁止している。」
禁術。ティアの話に出てきた、ソクアヴェスタが、精霊の形代を生んだというものだ。
俺は嫌な予感がしてきた。
「世界には強い魔力のために、その禁術を扱えてしまう者がいる。かなり珍しいが。俺は禁術も、霊体も見たことがなかった。」
そう言うと、ユフィは改めて俺を見つめ、話を続けた。
「昨日のロンソ村でのあの霊体は、俺にはただの心霊現象とは思えない。村中を覆うように、多くの霊体が姿を現し、声を発生させるなんて、あらゆる研究論文を読んでも、見たことも聞いたこともない。つまり…。」
「つまり、精霊の形代である、俺のせいだと?俺が禁術を使ったと言うのかい?」
ユフィが言い終える前に、俺は恐ろしい結論を口にした。ユフィは不意打ちを食らったように一瞬ためらい、小さくそうだ、と口にした。
また、誰も何も言えなくなってしまった。
しかし、五人とも体験してしまっている。村を埋め尽くす喚き声も、死体から浮き出る半透明の体も。
静かな声で、ユフィが沈黙を破る。
「追い討ちではないが、お前が犠牲者に足を掴まれて驚いた瞬間、俺は見てしまった。村中に湧き出ていた霊体が消え去る瞬間を…。」
ユフィの言葉に、他の三人の顔も強張る。
気持ち悪い。俺は単純に、そう感じてしまった。
何がと言うと、霊体も魔道も、そう、自分自身が。黒い氷柱、希望を名乗る影、形代狩り、俺は俺を取り巻くもの、そして自分自身が気持ち悪くて仕方ない。
こんな思いをするなら、貧民街で裸足のまま盗みやスリをして、空腹でも気楽に生きていたほうが良かった。
世界なんて、知らなくてよかった。
旅籠は朝飯を終えた旅人たちが移動をし、少し静かになっていた。風に揺れる林や草の音が、今は耳に痛い。
そんななか、マキが静かに話す。
「…でも、ソラはこれからも、生きていくのよね?」
その質問の意図が分からず、四人は静かに顔を上げ、顔を伏せたマキを見つめた。マキは両手をギュッと握りしめていた。
「形代とか、禁術とか、難しいことばかりだわ。私なんかでは、それを持つことが、その力があることが、どれほど生きづらいことか想像できない。でもソラは、それを抱えて生きていかなきゃいけないんでしょう?」
マキの紫の瞳が、ユフィをまっすぐに見つめ問いただす。ユフィは目を逸らさずに、少しの時間考えて答えた。
「そうだ。だが、形代の力も禁術も、研究者ですら分からないことだらけだ。」
マキはその返答を受け、俺を見つめて言った。
「ソラ、あなたは生きている。生きていかなくてはいかないの。形代も禁術も、あなたは隠し通してもいい。けれど、生きていかなくてはいかないの。」
形代を馬鹿にする感情も、禁術への恐れも、全て包んでマキはそう言った。マキは真剣そのものだ。
正直、この瞬間、俺はマキの言葉を受け止められなかった。人間扱いされなかった俺が生きていかなければと、さらには禁術を手にしてしまっているかもしれない、そんな俺がそう言われても、明日が見えない。
俺は自分が分からない。俺は、無知で無力だ。
「ブランジェの軍隊が見えたぞーっ。」
旅籠の静かな時間を、男の大声が引き裂いた。
「もう侵攻しているだなんて…。やっぱりおかしな速さだ。」
カイは剣を手で握り、声のほうを見た。遠く遠くに、黒い山が見えた。キビキビと行進する兵隊だった。そして、見たことのない旗も見えた。
「姫神教会の旅籠を狙うなんざ、不届きものよ。」
「ヤツらにとって、姫神教は敵だからな。」
カスガは二刀の小刀を構え、ユフィも本を手に取る。
「…ダメだ、あんな軍勢、とてもじゃないけれど太刀打ちできない。」
カイは手で剣を握ったまま、冷静に呟く。
「どうするんだい?」
俺がカイを見上げて問うと、カイが俺の手を取った。
「逃げよう。少しでも遠くへ。紫の紛争地帯であっても。」
逃げるだなんて、昨日のロンソ村を思い出す。
村民の叫び声のなか、俺たちは暗闇の洞穴でガタガタ震えていた。あの恐怖が甦る。
「でも、誰か助けなくちゃ…。」
マキが笛を構える。
「マキ、残念だけれど、あの兵力では分が悪すぎる。」
カイはそう言うと、空いているほうの手でマキを引っ張った。
「で、でも…。」
ためらうマキを、半ば強引にカイが引っ張り、俺たちは林を走った。林はやがて深い森になり、午前中だというのに、夜のように暗かった。
「うわっ。」
俺はつまづいて転んでしまった。
「ソラ、大丈夫かい?」
カイが手を差し伸べる。俺は片方の靴が脱げているのに気づいた。水色の足があらわになり、慌てて靴を履いた。
俺とマキとユフィは、すっかり肩で息をしている。カイとカスガは、まだ余裕がありそうだ。
木々の向こうから、悲鳴が聞こえた。旅籠の方向だった。俺たちは一瞬、息を忘れるような緊張感を覚えたが、戻るわけにはいかなかった。
カイは言う。
「ブランジェの兵たちは、街道沿いに進んでどこかで陣地を構えるはずだ。僕たちは森のなかを進んで、グランディエを出る道を探そう。」
「城下町へ戻って、騎士団たちに助けを求める手は考えんのか?」
カスガが聞くが、カイは首を横に振って答えた。
「僕とソラは、少しでも早くアリアレジスの姫神教会本部へ行かなくてはいけないんだ。」
「例の形代狩りか。」
ユフィが言うと、カイは頷いた。
「俺も早く、アリアレジスへ行かなくてはいけない理由がある。もしも戦争が激しくなれば、グランディエから出るのも難しくなるだろう。それならば早いうちに、紫の紛争地帯だろうと進まなくてはいけない。」
ユフィがそう言うと、マキも続いた。
「私も、アリアレジスにいる劇団本隊に合流したい。一人だと不安だけれど、あなたたちがいるなら心強いわ。」
「まぁ、そうじゃのう。このまま国境を目指すしかないかのぅ。」
カスガはどこか心細そうに呟いた。
「それじゃあ行こう。夜になる前に、森を抜けたい。」
カイはそう言って背を向けたが、立ち止まっている。俺は尋ねる。
「…どうしたんだい?カイ。」
「忘れてたんだけど、僕、方向音痴なんだ。東の国境ってどっちだい?」
カイ以外の四人で、大きくため息をついた。
ユフィは眉をひそめ、カバンから何かを出した。
「それ何だい?」
俺が興味深く覗くと、ユフィが邪魔そうに俺を払った。
「包囲磁石だ。これで方向が分かる…って、世界地図は知っていて、これは知らないのか。」
俺は払われてもなお、包囲磁石を持つユフィの手を追いかけた。
「こっちだ。」
ユフィが指し示す方向へ、俺たちは歩き出した。
森は暗く、気を抜いたら何かに引きずられてしまいそうな恐怖感があった。吹いてくる風も、旅籠で感じたよりもひんやりと冷たい。
少し歩くと、俺は立ち止まった。
「どうしたんじゃ、ソラ。」
「あっちに何かある。」
俺が森の深い闇を指差すと、カスガが不思議そうに目をやる。
「暗くて何も見えんが。」
「いえ、あっちから吹く風は、何か違うわ。」
マキが確かな声色で言う。
「俺たちに寄り道をしている暇はない。」
ユフィが冷静に言うが、俺は気になって仕方がなく、引けなかった。
「カイ、ユージーンの館で感じたのと似た、銀の糸を感じる。」
カスガとユフィが銀の糸?と呟く。
俺の言葉に、カイは一瞬驚いて、少し考えたあと言った。
「ソラがそう言うなら、行ってみてもいいと思うよ。」
ユフィは腑に落ちない様子があったが、少しだけだと言って、俺たちは見えない銀の糸の方へ、森を進んだ。
ほんの数分歩くと、暗い森に建物が見えた。木造の古びた小屋だった。人の気配はない。
「こんなところ入るんか?」
カスガが及び腰でいるのもお構いなしに、俺は扉を開けた。小屋のなかは埃っぽく、抜け落ちた天井から、わずかに光が差している。
「…希望教の十字架だ。」
ユフィが目を凝らし、小屋のなかで異様な存在感を放つ十字架を指差した。
俺は目を疑った。
それは、俺のよく知る形だったからだ。




