メウィティカ、清く、青く《ソラ》
《ソラ》
シュリたちに着いて行くと、木造の家に着いた。どうやらシュリの家らしいが、集落に住む他の民と変わらない造りの家だ。
物干し竿に、シュリたち三人が布を干してゆく。それは一枚一枚、色鮮やかに染められた美しい布だった。細かい模様なども入っているが、華美な美しさというよりも、秋空に溶け込むような清らかな美しさだ。その布が風にそよぐのを見て、俺たちはますます心が安らぐ。
布を干し終えると、シュリは茶の用意をしてくれる。姫だというのに、働き者のようだ。
「ねえ、あの布、素敵ね。鮮やかだし、メウィティカらしい異国情緒を感じるわ。」
マキが言うと、カスガはまるで自分が褒められたかのように、誇らしげに言う。
「ああ、シュリたち蒼華の民はのう、布の染色や装飾品作りで有名なんじゃ。よく都でも売られておるが、人気の品なんじゃよ。」
「確かに。あの布で、その着物という伝統衣装を作れば、涼しげで良さそうだ。」
服飾に関心のあるユフィも頷いて言う。
「そんな大層なものでないよ。」
微笑みながら、シュリが茶を運んでくれた。俺たちは礼を言って受け取る。そして、ようやく腰を下ろしたシュリが言う。
「カスガ、お友達を紹介して頂戴よ。」
「ああ、グランディエで出会ったんじゃがな。」
そして、カスガは俺たちを紹介してくれた。シュリがずっとニコニコ笑って聞いてくれたので、俺たちは何の緊張も無く挨拶をする。
セイはというと、無関心なのか、特に反応しない。
「申し遅れました。あたしはシュリ。蒼華の民の当主です。」
「え、当主?」
俺が驚いて聞き返す。
「ええ、あたしの両親は、精霊戦争の自然災害で神海へ行ってしまってね。兄弟もおらんので、あたしが当主じゃ。」
「苦労してるんだな。」
俺が言うと、シュリは微笑みを絶やさずに答える。
「ううん、民の皆さんが親代わりになって育ててくれたから、苦労なんて無かったよ。それに、こんな田舎姫じゃというのに、神王陛下が許嫁として選んでくださったお陰で、都の商人も優しくしてくれるし。」
その最後の言葉には、この国の仕組みを感じてしまう。それがこの国の、暗がりで無ければ良いのだが。
「ほれ、セイ。」
「ん?ああ…。」
カスガに促されて、セイが茶碗を置く。
「ワシは、セイ。この国の王位継承第六位におる。こやつの母君の妹の子じゃ。それと。」
セイはそう言って、カスガを睨んで言う。
「シュリの、許嫁じゃ。」
カスガが明らかに対抗心を込めた視線をセイに返す。そして二人は視線を外し、鼻息荒く、同時に茶をすすった。
幼なじみ三人と言っていたが、一人の姫君を巡る敵対心がバチバチの、不思議な関係だ。しかし複雑でなく、むしろ滑稽に見えるのは、カスガとセイが感情剥き出しで、年相応の表情を見せるからだろう。マキとカイは微笑ましく、ユフィは呆れ顔で見守っている。
「姫ー、殿下ー。」
子どもたちの声が聞こえる。庭を見ると、先ほどカスガが飴をあげた子どもたちが、たくさんの野菜を抱えていた。シュリが庭に近づく。
「あらあら、どうしたん?」
「これ、カスガ殿下が来たって言ったら父ちゃんたちが持ってけって。」
「あたしも、飴玉のお礼っ。」
子どもたちは大量の野菜を置いて、すぐに帰った。どうやら特別な光景でなく、日常によく起こることらしい。
「いやあ、こんなにたくさん、ありがたいわあ。」
シュリがそう言うと、カスガはセイを見て、ニヤリと笑う。自分の手柄を主張しているようだ。セイは面白くなさそうな顔をする。
「おう、そうじゃ、シュリ、これを。」
カスガは畳み掛けんばかりに、右手首の数珠を外した。それをシュリに渡して言う。
「ワシが旅に出るとき、シュリが持たせてくれた数珠じゃ。お返しする。願掛けで、メウェスティア神の社まで行ってくれた、ありがたいお守りじゃ。ワシのためのな。」
カスガがセイを見て、最後を強調して言う。セイはさらに、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「ありゃあ、そういえば渡したねえ。」
「えっ。」
シュリがすっとんきょうなくらいの声で言うので、カスガがこれまた間抜けた声で驚く。
「思い出したわあ。ええよ、カスガ。それあげる。」
「えあ、いや、お守り…。」
慌てるカスガを、セイがどこか、勝ち誇った顔をして肘で小突く。なんとなく、シュリにはカイと似た、抜けた雰囲気を感じる。
その様子を見て、俺は思わず笑ってしまった。
「なんじゃあ、ソラ。」
カスガが情けない声を上げる。
「いや、カスガがいいヤツな理由が、なんとなく分かってよ。」
俺はすっかり気が抜けて、あぐらをだらしなくかいて言う。
「旅の間、カスガはずっといいヤツでさ。相手の身分とか関係なく人を助けるし、明るくて気さくで。それなのに、昨日とかの王族の姿を見て、すげえ不思議になっちまってさ。」
「なんじゃ、ヌシ。口が悪い坊主じゃな。」
セイがそう言うので、俺はごめんよ、と言って、続ける。
「なんであんなガチガチな王族に生まれて、こんなに感じのいいヤツになるんだろうって疑問だったけどよ。シュリやセイとか、あの子どもたちがいたからなんだな。」
俺がそう言うと、カスガとセイ、シュリは互いに顔を見合わせて微笑む。セイの笑みは少し不器用だが。シュリは言う。
「そうじゃねえ。それを言うなら、あたしらは三人、幼いながらも協力してきたね。ほら、あたしとセイは形代じゃから…。都では住みづらいんよ。」
シュリの微笑みに、初めて翳りが見えた。そして、セイが俯いて言う。
「ワシの母上は、ワシを産んですぐに産後の肥立ちが悪く、神海へ行かれた。父も戦で死んだ。そんなワシを引き取ってくださったのが、カスガの母君サクノ様じゃ。」
続くように、カスガが言う。
「セイはの、ワシよりほんの二週間遅れで産まれたんじゃ。それに普通、王族は専属の乳母を雇うんじゃが、ワシとセイは、母上とウヅキの娘に育てられたんじゃ。ワシらは何歳かまで、本当の双子じゃと思うとったよ。」
「…それは良いことだな。」
ユフィが呟く。奇しくも、彼もセエレという、似たような立場のいとこがいるので、心中は複雑なのではないかと考えてしまう。
「形代の坊主もおることじゃし、ついでに話そう。ワシは、神王陛下とお会いしたことはない。宮殿に入ったこともない。」
セイが突然、打ち明ける。寡黙そうな印象があったので、意外だった。カスガも驚いて聞く。
「セイ、いいんか?」
「カスガの友人なんじゃろう。」
セイはそう言って続ける。
「たとえ王子だろうと孫だろうと、形代は汚らわしいらしい。ワシは王族の教育なども受けたことがない。じゃが、王族には産まれ落ちてしもうた。宮殿の者たちも、扱いに困ったじゃろうな。」
そう話すセイは、自虐的なときのカスガとよく似ている。いとこだが、二人は顔立ちはあまり似ていない。セイのほうが細面で、涼やかな顔立ちだ。
ただ、喧嘩をしたり自虐をしたり、感情を表に出したときの二人は共に育ったからか、空気感がほとんど一緒だ。
「じゃが、お陰であたしが、許嫁に選ばれたと思うんよ。」
シュリが微笑みを取り戻して言う。
「宮殿からいらした許嫁探しの方が、わざわざ足袋と履き物を脱ぐよう言うてきたのを覚えとるよ。始めは正直、そうして選ばれたのが嫌じゃったが、セイとカスガに出会えて、あたしゃ恵まれとるよ。」
カスガとセイも、それを聞いて表情を和らげる。それは、俺たちもだ。シュリが微笑むと、周囲の雰囲気が温かくなる。カスガとセイが惹かれているのも、納得出来る。
「それにほら、あたし家族がいないと言うたろう?二人が弟みたいで、可愛くて仕方ないんよ。」
「それは待て。もうとっくに背も越したじゃろう。」
セイが膝立ちになって否定する。
「そうじゃ。なんならワシゃ、旅をして成長したぞ。」
カスガも前のめりになって否定した。マキが問う。
「シュリはいくつなの?」
「十八じゃ。二人より二つ上じゃよ。」
「年上か…。」
ユフィが腑に落ちたように呟く。
「まあ、細かいことで喧嘩しとるうちは、弟みたいなもんじゃね。」
シュリにそう言われたカスガとセイは、大人しく座り直す。
そのあとは、旅のことや異国のことなど、他愛のない話を交わした。俺は途中で便所に行きたくなったので、廊下に出る。そして、用を足して、居間に戻ろうとした。
〈そこのお方…。〉
声がして、俺は立ち止まる。
もう慣れたので、すぐに察する。
召喚獣だ。
鼓動もはっきり聞こえる。すぐ右の部屋からだ。
〈お願いじゃ、こちらへ…。〉
それは女の声だ。弱々しく、儚いくらいの声だ。
俺は後ろめたさを感じながら、静かに戸を開ける。それはよく片付いた寝室のようだ。布団がきちんと畳まれている。
低い棚に、青い飾りが置いてある。布を合わせてコロンとした形に縫われた、小さな天然石も縫い付けられた飾りだ。
〈聞こえますか…?〉
「ああ、俺はソラ。あんたは?」
俺は慣れた手応えで、その手のひらよりも小さな飾りに問いかける。
〈あたしはヨサリ。神王陛下の四女で、セイの母じゃ…。〉
「えっ。」
俺は声を上げてしまい、急いで口を塞ぐ。その召喚獣の正体は、あまりにも意外だった。
〈そなた、セイとはどのような関係じゃ?〉
「まだ会ったばかりさ。でも、カスガとはもう、長いこと旅をしてきた仲間さ。」
〈カスガ殿下…。姉上の大切なご子息じゃ。それならば、そなたは悪い者ではなかろう。〉
「口と育ちは悪いけどね。」
〈…すまん。あたしは世間知らずで、冗談が分からぬ。〉
「ああ、そりゃごめんよ。」
王族が少し世間とズレているのを、再び感じる。
〈あたしはセイを産んで、すぐに死んでしもうた。じゃが、何の縁か、こうして魂が残ったんじゃ。この安産祈願のお守りに…。〉
「安産祈願…。ヨサリも、何か特別な力があるのかい?」
〈特別…。そうじゃな、あたしは樹の形代じゃよ。紅蝉の乱では、何人もの武人を神海に送った。〉
「紅蝉の乱って、カスガの爺ちゃんたちが起こした…。」
〈ええ。あたしと夫のソウヤ様も、紅蝉の民について戦ったんじゃ。〉
「なんで、紅蝉の民に?」
そのとき、足音がした。俺は息を潜める。
〈時間が無い。じゃが、これだけは聞いてほしい。セイとシュリ姫に、希望教が近づいておる。〉
俺は声を出しそうになったのを抑えた。
〈じゃが、この国は何が正しく、何が間違いか分からぬ。ソラ。セイとシュリ姫を守るのに、あたしの力が必要ならば、再び来ておくれ。〉
「な、何からセイとシュリを守るんだい。」
〈分からぬ。希望教か、王家か…。〉
「王家?」
そのとき、戸が開いてしまった。振り返ると、シュリが立っていた。
「こりゃ、ソラ。異性の部屋に忍び込むなんざ、やんちゃが過ぎるのう。」
「ご、ごめん。」
俺はヨサリから聞いた話の謎に対する不審感と、見つかってしまった焦りで汗が止まらない。
シュリは俺に近づいて、ヨサリが宿るお守りを見て呟く。
「ああ、こりゃあの、セイの母君の形見じゃよ。」
「形見…。」
「セイがの、あたしにくれたんじゃ。なんじゃ、まだ子を授かるわけでもないのにのう。」
シュリは微笑んで言う。しかし、次の瞬間、意外に強い力で俺を抱き上げる。
「まったく、このやんちゃ坊主。カスガに叱ってもらわんとのう。」
「ご、ごめんって。降ろしてくれよ。」
そして俺は居間まで運ばれ、カスガはもちろん、他の三人にも叱られた。セイからはかなり軽蔑する目で見られ、もはや針のむしろ状態だった。
そして、そろそろ帰る時間となった。シュリは食べ切れないからと、たくさんの野菜を俺たちに持たせてくれた。そして、靴や履き物を身につけているとき、セイが履き物に手を伸ばすのを見たシュリが言う。
「あら、セイ。今日は泊まらんの?」
「はあっ?」
カスガが大声で食いつく。セイが答える。
「ああ、今日は道場に用事があってのう。」
「へえ、そうなん。」
普通にやり取りをするシュリとセイに、カスガが必死に食らいつく。
「待て待て待て、まだ結納も結婚もしとらんのに、結婚前の男女が、なんじゃそらっ。許されんて。」
「でも、都も遠いしねえ…。」
シュリがまた、ズレたことを言う。
「セイ、ヌシ、道場には毎日帰れ。まだ修行中の身のくせに。帰らねば、いけんじゃろう。」
ここで、セイが今日一番の勝ち誇った顔で言う。
「安心せえ。部屋は別じゃ。」
カスガはセイに言いたいことがありそうだが、シュリの手前、必死で抑えている様子だ。もう顔が真っ赤になっていた。
帰り道、野菜を持ったカスガとセイはずっと口喧嘩をしていた。メウィティカ訛りがさらに強くなり、早口で、内容が聞き取れない。ただ、訛りが強さを増したことでチンピラ感が増しており、とても一国の王子には見えない。
そんな二人が、都も見えてきたところで同時に立ち止まった。そして、同じ方向を見ている。
俺は問う。
「何かあるのかい?」
セイが呟く。
「ワシの父の故郷じゃ。狗潤の民の里の、もう跡になっておるが。」
「跡?」
「紅蝉の乱のとき、戦地となったところじゃ。ワシの父、ソウヤが生まれた狗潤の民も、紅蝉の民に味方をしてのう。もう今や、民も皆、焼かれてしまったがの。」
それを聞き、昨晩の残酷な話を思い出す。いや、王家の徹底した残虐さを思い知る。
「立ち寄るか?」
ユフィが聞くが、カスガとセイは首を横に振った。カスガは言う。
「ワシらの産まれる前に始まり、産まれるとほぼ同時に終わった乱じゃ。犠牲となった者に同情はあるが、乱に加担した者の子で、王族のワシらが立ち寄ったところで、その魂を慰めることは出来まい。」
「…なんで、民の他の人間も殺してしまうんだい?」
俺が問うと、カスガとセイが振り返って言う。
「そりゃあ、見せしめに決まっとろう。」
セイの、冷たい声が短く響く。
「王家に刃向かう心を挫くためにのう。紅蝉も狗潤も大きな民じゃから、焼かれる民の声は、一週間止まなかったと言われておる。」
そう語るカスガの声は、感情を抑えた、彼らしくない声だった。
「もう都が見えるじゃろう。都の者たちは、その断末魔を聞いて清々したらしいぞ。」
セイは吐き捨てるように言って、歩き出した。
やがて都に着き、セイは世話になっているという道場へ向かう。
俺たちも桜の離宮に着いた。玄関に入ると、女物と子どものを始め、いくつかの履き物があった。俺はその瞬間、カスガがあの、感情を停止させる表情になったのを見た。
「お久しぶりじゃのう。殿下。」
「お邪魔しております。殿下。」
居間にはカザトと、派手な身なりの女と、六歳くらいの少年がいた。後ろにはそのお付きらしい召使いたちも数人いる。カザトの表情は、心なしか戦闘時のカイを想起させる緊迫感が漂う。
「お久しぶりです。キリノ様、サギリ殿下。」
カスガが王族の表情と声色で挨拶をする。先ほどまでのセイやシュリを前にした、年相応で素直な彼が嘘のようだ。
キリノという女が、凛とした姿勢で言う。
「殿下がお帰りになったと聞き、ご挨拶に伺いました。ご健勝そうで何よりです。」
「それはそれは、ご丁寧にありがとうございます。遅い時間までお待たせしてしまい、申し訳ありませぬ。」
カスガがうやうやしく頭を下げ、続ける。
「私が旅で出会った友人をご紹介したいと…。」
「いえ、結構。時間も時間ですので、お暇します。」
せっかく顔を合わせたというのに、早々にキリノが立ち上がる。お付きであろう者たちも、音もなく立つ。
「カスガ殿下。」
キリノの息子らしきサギリが、前歯の抜けた初々しい笑顔で、カスガに声をかけてきた。
「お時間があるとき、ぜひ旅のお話を聞かせてくださいっ。異国のお話が聞きとうございます。」
それは屈託の無い笑顔で、カスガも目線を合わせ、サギリの頭を撫でて言う。
「ええ、私で良ければ、いつでもお話しますぞ。」
サギリはニッコリ笑って、母に着いて離宮を出た。
親子たちが立ち去ったのを確認すると、カスガとカザトが窓という窓を開け始める。さらに、カザトはウヅキに問う。
「井戸と水瓶に見張りをつけておったか。」
「はい。間違いなく見ておりました。」
俺たちは驚き尋ねる。
「ど、どうしたんだい。」
ウヅキを始め、女官たちもバタバタと動く。
「換気をしておるんじゃ。」
カスガが小声で答える。そして、カザトが独り言をポツリと言う。
「あの毒使いが…。」
その後、ウヅキたちが夕食を準備してくれたが、女官たちが毒見をしたあとに出された。俺たちは物々しい雰囲気に、昨晩と違って夕飯を楽しめなかった。
夕飯のあとは、昨晩のように茶の時間をとることなくカスガの部屋へ入った。俺たちはようやく一息つき、カスガが口を開く。
「…ワシが旅をしていた理由は言ったかの。」
「薬学を学ぶための留学ではなかったか。」
ユフィが答えると、カスガは首を横に振って言う。
「いや、暗殺から逃れるためじゃ。」
「あ、暗殺?」
俺たちは驚く。すると、こういうときは察しの良いカイが呟く。
「先ほどの女性かい?」
「ああ、キリノ様。神王陛下の次女で、ワシの母上の姉じゃ。」
「カスガにとって伯母さんにあたる方ね。」
マキが言うので、俺はなんで、と問う。
「…息子のサギリ殿下か。」
ユフィが確信めいて言うのを、カスガが頷く。
「キリノ様は長らく女子にしか恵まれず、数年前、待望の男子であるサギリ殿下が産まれたんじゃ。サギリ殿下は継承七位にいらっしゃる。」
「えっ、じゃあ上にいる六人を殺そうとしているのかっ。」
言ってすぐ、俺はまた無神経なことを言ってしまったと四人を見る。しかし、カイたちは俺を叱ることなく、カスガを心配げに見つめている。
「まあ、そう言うことじゃ。ワシは一年近く前に、道場からの帰り道で野盗に襲われたんじゃ。都の真ん中じゃと言うのに。そのときは、護衛のサギとミツヤが守ってくれたんじゃが…。」
「キリノ様によるものという根拠は?」
ユフィが、少し冷徹な質問を向ける。
「その野盗の襲撃は分からぬ。じゃが、根拠は一つある。」
カスガが顔をうなだれて言う。
「母上は、姉であるキリノ様によって、神海へ行かされた。キリノ様は、母上を上回る薬学と医療の知識をお持ちじゃ。」
そして、長くため息を吐く。まるで、気持ちを整えているようだった。
「母上のご遺体には、蓄積された毒や、強い毒が残っておった。それにはキリノ様が長年、母上に処方してくださった薬と同じ成分が混ざっておったんじゃ。」
俺たちは、この国に来てから何度、背筋が凍ったことか分からない。ただただ、一つの国、一つの王家が抱える暗がりの深さにおののくばかりだ。
「でもそうなると、神王陛下はキリノ様を罰さないわけにはいかないよね。」
カイが当然のことを言うが、カスガはうなだれたまま答える。
「…母上は逆賊の妻じゃ。陛下も宮殿の者も、処遇に困っておったはずじゃ。ワシら家族や召使い以外、誰も、葬儀に参加せんかったよ。」
俺たちは、これも何度、カスガにかける言葉を見失ったことか。王族の影だけでなく、父方の罪も背負う彼は、こんなにも気の良い男だというのに、なんだかどんどん遠い人間に感じてしまう。
しかし、そんなときだった。
ようやく、銀の糸が語りかけてきた。
俺には感じる。息子であるカスガを、気にかけている。
「カスガ、銀の糸だ。」
彼がようやく、顔を上げる。それは弱りきった、少し可哀想に感じるくらいの顔だった。
「母ちゃんが語りかけている。見るぞ、カスガ。」
カスガが頷く。俺はランプを取り、耳飾りに手を伸ばした。
そして、落ちる感覚がした。




