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【太陽物語】 夜明けへ進む少年は  作者: 立花ハル
《第九章 メウィティカ大陸、問われる正義》
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メウィティカ、二人の姫と《ソラ》

《ソラ》


 カスガに着いて林を抜けると、俺たちは一面に広がる金色の畑に、つい足を止めてしまった。豊かに実った植物が、風になびいて揺れている。

 麦にしては、季節外れだ。俺は尋ねる。

「カスガ、これは何の畑だい?」

「これはな、ソラも気に入った米の畑じゃよ。田んぼと言うんじゃがな。」

「え、この金色が、あの白い粒になるのかい?」

「ああ、かなりの手間をかけて、あの美味い米になるんじゃ。」

 それを聞き、再び田んぼを眺める。風に乗って、どこか甘い香ばしい匂いがする。カスガは植物の束を、軽く手に取って話す。

「この、実った状態を稲穂と言うんじゃ。実るとその重さで、頭を下げた人間のようじゃろう。実った美しい稲穂と、成長しながらも謙虚に構える、奥ゆかしい人間を重ねた言葉がある。実るほど、頭(こうべ)を垂れる稲穂かな、との。」

 それを聞いたユフィが、頷(うなず)いて言う。

「良い言葉だ。俺が信条としている言葉と似ている。学んでいるうちは世界一の未熟者と思い」

「扱うときは世界一の熟練者だと思うことっ。」

 俺は、ユフィの言葉の後半を奪った。ユフィに軽く睨(にら)まれる。

「それ、良い言葉だよね。」

 カイも同感し、マキも頷いた。俺たちはまだ、成長の過程にあるのだ。ちょうど良く、先ほど乗った小舟の船頭(せどう)が話したキンモクセイの花言葉とも重なった。


 金色の畑を抜けると、都に建つ家よりも素朴な木造の家が見えた。家の周りには人が多くいて、農作業や木工品作りをしているようだ。

 カスガが張り詰めた空気を漂わせて言う。

「良いか。今から行くところは、じゃじゃ馬の家じゃ。」

 俺たちは、頭に疑問符を浮かべて着いていく。家が近くなると、周囲の者たちが部外者の俺たちを気にする様子が見えた。そのなかに、大きな布で頭を覆(おお)った少女がいる。

 俺たちの国でいうとスカーフを被る、いわゆるおしゃれなのだろうが、その少女の姿は農作業中というのもあり、少し田舎くさく見えた。しかし、顔立ち自体は、昨日見たカザトの許嫁(いいなずけ)のチセ姫に負けない美少女のようだ。日に焼けているが、吊り目で鼻筋の通った、顔の小さな少女だ。

 その少女が、カスガや俺たちを見るなり、ズンズンと近づいて来る。手には太い木の棒を持ち、顔はかなり強く怒った様子で、眉や口元が歪んでいる。

 カスガは頭一つ小さな少女に、気まずそうに声をかける。

「い、イオ姫。お久しぶりでございます。」

 イオと呼ばれた少女は、無言のままカスガを見上げながら睨む。そして、木の棒を振りかざし、カスガの左腕に強烈な一撃を入れた。

「いだぁっ。」

「こん、馬鹿もんがっ。あたしゃ、殿下が神海(しんかい)に行ったのかと思うたわっ。」

 痛がるカスガに、イオは喚(わめ)くように言う。目力が強く、俺と同じ年頃なのに迫力がある。イオは、次に俺たちを睨んで言う。

「ヌシらは誰じゃ。殿下のなんじゃ。女子(おなご)までおるなんて…。」

「え、私っ?」

 マキも、自分より年下に見えるイオの迫力にたじたじとなっている。

「カスガ、痛がってないで、ちゃんと説明してよ。」

 さすがに温厚なカイも、穏やかでいられない。カスガは一撃をくらった左腕をさすりながら言う。

「この方は翠雨(すいう)の民の姫君、イオ姫じゃ。神王(しんのう)陛下の父君と、イオ姫のお婆様は兄妹で、ワシとははとこのような関係じゃ。それと一応、ワシの許嫁じゃ。」

「一応とはなんじゃっ。」

 カスガはまたも、背中に一撃をくらい、悲痛な声を上げる。そして、半べそをかきながら、俺たちのことをイオに紹介した。しかし、イオは眉根を寄せたまま言う。

「ほお、殿下が旅を共にした者じゃと?なんと恐れ多いことを…。しかも、女子まで共にじゃと?」

「いや、だから、私はそんなんじゃ」

「ええい、黙りゃっ。」

 イオの高く鋭い声が、広い田んぼに響き渡る。マキはお手上げといわんばかりに、俺たち四人の背後に下がった。俺は俺なりに、この空気をなんとかしたくて、話題を変える。

「なあ、イオは何歳なんだい?」

「十四じゃ。」

「じゃあ、俺の一つ上か。」

「だったら何じゃ。この小童(こわっぱ)が。」

 ダメだ。ギンギンに棘(とげ)を纏(まと)ったイオは、俺ではどうにも出来ない。俺もマキの背後に下がった。

 ユフィが困りながらも、話題を絞り出す。

「あー、イオ姫、魔道にご興味は?」

「無い。」

 たった一言で、ユフィが俺の背後に下がる。次はカイだ。騎士として、多くの貴婦人を相手にしたという彼なら、何とかなるはずだ。

「イオ姫様、そちらの首飾り、たいへんお似合いです。今の季節にぴったりですね。」

「そ、そうか。」

 イオの表情が、わずかに和(やわ)らぐ。さすが騎士だ。俺たちは全てをカイに託した。しかし、許嫁のカスガまでカイに託しているのは違うと思う。カイはさらに言葉を続ける。

「メウィティカの装飾品は珍しい意匠で、あまり関心のない私でも、つい興味を惹かれます。あ、そちらの腕輪も素敵ですね。」

「腕輪…。」

 カイが腕輪に話題を逸(そ)らした途端、イオの表情が曇る。すると、またも鋭い瞳でカスガを見る。

「殿下。その右手の数珠、それは誰からの贈り物じゃ。」

 イオが木の棒でカスガの右手を指す。それは、光の当たり具合で青にも緑にも見える、珍しい石で出来た数珠だ。

 カスガは無言で俯(うつむ)く。イオは引かずに問う。

「蒼華(そうか)の姫か?」

「…そうですじゃ。」

 カスガの返答を聞いた瞬間、イオの顔が真っ赤になった。そして、木の棒を始め、手当たり次第に物を投げて叫ぶ。

「この不埒(ふらち)な殿下めっ。その数珠を着けている限り、あたしの前に来るでないっ。数珠を外して、裸足で国を一周して反省して来いっ。」

 それは酷く興奮した状態で、もう誰も、どうにも手をつけられなかった。イオの世話係であろう者たちもジッとしている。

「申し訳ございません、イオ姫、また出直します。」

 カスガが平謝りして、立ち去ろうとする。

「待たりゃっ。」

 イオが叫ぶので振り返ると、彼女は少し涙目で、紐を組んだ腕輪を持っていた。しかし、少し何かを考えたあと、腕輪をしまってまた叫ぶ。

「早(は)よう、去れっ。」

 俺たちは金色の畑を、走りながら去って行った。


「まるで、嵐のような娘だったな。」

 川辺に着いたところで、かなり疲れた顔のユフィが言う。

「じゃじゃ馬とは聞いていたけれど、まあ、まさにと言う感じだったかな…。」

 滅多に人を悪く言わないカイまで、疲れた様子で言う。

「ワシゃ、神王陛下より誰より、イオ姫が分からん。会ってもああやって、一方的に何か言うばかりで…。はあ…。」

 イオの話になると、カスガはあからさまにため息を吐く。

「でも、許嫁ってことは、結婚するんだろ?」

 俺が問うと、カスガがますます顔を俯かせる。

「そうじゃ。ワシが十八歳の成人を迎えたら、婚姻を結ぶ。」

「イオはそのとき十六だろ?早くないかい?」

「メウィティカは早婚が一般的じゃ。ワシの父も十八、母上も十六で結婚し、トキヤのアニ様が生まれたんじゃ。」

「じゃあ、私はもう結婚してるということ?いやあ、想像できないわ。」

 マキが驚いて言う。しかし、彼女は続けてこうも言う。

「でもカスガ、あなたは分からないと言うけれど、イオ姫の気持ち、私には分かりやすすぎるくらい、分かるわよ。」

 その言葉に、俺たちはえっ、と声を上げる。

「女心よ。イオ姫は、きっと不器用なのね。素直な気持ちも伝えられないし、感情的になってしまう。嫉妬もしてしまうし、途中から、彼女が可愛く見えたわ。」

 カスガは一瞬驚いて、すぐに腕を組んでうなる。

「そうは言われてものう…。悪いが妹だとか、小動物のようにしか思えんのじゃよ…。」

「ああ、カスガって年上が好きだよね。」

 カイが突然、適当な口調でぶっ込む。

「な、なんで分かるんじゃ?」

「今までの旅でもさ、すれ違う、年上の優しそうな女性にばかり目をやっていたじゃないか。」

 カイの洞察力に、俺たちは感心する。同時に、カスガは恥ずかしそうにしている。

「はあ、まあ、そうじゃのう。結婚したら一緒に過ごさねばならん。ワシゃ、もっと穏やかで優しげな女性が良いのじゃが…。はあ…。」

 カスガはうなだれて、ため息しか吐かなくなってしまった。

「で、でも、イオ姫って、まさにメウィティカ美人って感じの女の子だったわよね。きっと、もっと美人になるわよ。」

 マキが気を遣って褒めるので、俺たちも何回も頷(うなず)く。しかし、カスガのため息は止まらない。

「そうじゃろうが…。ワシゃ、顔立ちも、もう少し柔らかい表情の女性のほうが好みじゃ…。はあ…。」

 この様子では、カスガが気力を取り戻す見込みは無さそうだ。俺たちはイオ姫の話題は諦め、別の話題にかえた。カイが話す。

「ねえ、昨日さ、友人を紹介してくれるって言っていたよね。蒼華の民だっけ。」

「ああ、そうじゃ。ワシの幼なじみの、セイとシュリを紹介したいんじゃ。」

「へえ、幼なじみって素敵ね。私にはそういう幼い頃からの友人はいないから、羨ましいわ。」

 マキが言うと、カスガは先ほどのため息が嘘のように、明るい笑みを浮かべる。

 俺は一つ、気になることを聞いてみた。

「なあ、ラベニクで言ってた、一番近い友人って、その二人かい?」

「おう、そうじゃ。特にセイなんかは、ほとんど生まれたときから一緒じゃから…、お、小舟が来たのう。」

 川に小舟が流れて来た。船頭が川岸に小舟を止め、カスガが行き先を告げる。そして、彼に続いて俺たちも乗り込む。

 船頭は、翠雨の民まで運んでくれた者とは別の人物だったが、同じ歌を高らかに歌う。どうやら、船頭に伝わる労働歌のようだ。

 これから友人に会えるのが嬉しいのか、カスガも一緒になって歌う。ユフィは聞くだけだが、俺たちも歌詞は適当に、なんとなくで合わせて歌う。やはりマキは上手く歌い、カイは調子が外れていた。

 やがて小舟が止まり、俺たちは礼を言って岸に降りた。


 降りたところは、だいぶ都から離れ、木造とレンガ混じりの異国情緒ある建物が規則正しく並ぶ都に比べ、かなり自然豊かなところのようだ。まだ夏の名残(なごり)を感じる、茂った植物を分け入って、俺たちは集落にたどり着く。そこは、イオ姫のいた翠雨の民の建物よりも、さらに質素な木造の家が並んでいた。

 小さな子どもたちが、細い木の棒で地面に絵を描いて遊んでいる。すると、一人の子どもがこちらに気づいて声を上げた。

「あっ、カスガ殿下だっ。」

 子どもたちは一斉に声を上げて、カスガを囲む。彼は子どもたちの頭を撫でて、満面の笑みで言う。

「おうおう、元気にしとったか?」

「元気ー。」

「ねえ、お団子は?」

「団子はすぐ固くなるからのう、今日は飴じゃ。」

 カスガがそう言って飴玉の入った紙袋を渡すと、子どもたちは大はしゃぎして、口々に礼を言った。

「セイとシュリはどこじゃ?」

「姫様と殿下なら、川にいるよ。」

「そうか、ありがとう。飴玉は、他の子とも分け合うんじゃよ。」

 子どもたちは、はーいと元気な返事をした。

 そして俺たちは、カスガに着いて川を目指す。その途中、ユフィが問う。

「その友人も、王族なのか?」

「ああ、セイが王位継承六位、ワシの母上の、妹の息子…、まあ、ワシのいとこじゃな。シュリはセイの許嫁で、この蒼華の民の姫じゃ。」

 俺たちは返事をしたり頷いたりするが、俺の頭の片隅には、あの言葉があった。一番近い友人が、形代(かたしろ)だというカスガの言葉。


 どんな人物だろうと考えていたら、川のせせらぎが聞こえてきた。そして、林を分け入って進んだところで、川岸にたどり着いた。俺たちはその川の美しさに驚く。小舟で下った川も美しかったが、それ以上の透明感で、川底がはっきりと見える。さらに太陽の光を受けて、川面(かわも)がキラキラと煌(きら)めいている。メウィティカは歴史と文化を感じさせる都も美しいが、豊かな自然にも恵まれているようだ。

 そして、川面の煌めきを背に、二人の男女が見えた。女のほうが目を丸くして言う。

「カスガ?」

「久しいのう、シュリ。」

 シュリと呼ばれた女は、着物を少し捲(まく)り上げ、川に足を入れていた。洗濯でもしているのだろうか。

「なんじゃ、達者そうじゃの。」

「ヌシもな、セイ。」

 セイと呼ばれた男も、王子だというのに平民らしい着物を着て、ズボンを捲り上げ、川に足を入れている。シュリの手伝いをしているようだ。

 そして、二人とも足のつま先が水色だ。皮肉にも、透明度の高い川がそれをあらわにしている。

「悪いけれど、手が離せんの。こちらへ来てくれる?」

 シュリがニッコリ微笑(ほほえ)んで、明るく声をかける。彼女は日焼けをしているし、チセ姫やイオ姫に比べると、素朴な外見の女だ。しかし、川面の光がよく似合う爽やかな姫君に、俺は親近感が湧(わ)いた。

 カスガは軽い足取りで川辺に近寄り、俺たちもそれに着いてゆく。

「あら?お友達?」

 シュリは布を洗いながら、人当たりの良い笑顔を向けてきた。俺たちの表情も、つい和(やわ)らぐ。

「ああ、ワシが旅で出会った友人じゃ。落ち着いたら紹介させとくれ。」

「ええ、楽しみじゃ。」

 カスガが履き物を脱ぎながら言うと、シュリが微笑んで答える。そしてカスガは、ズボンの裾を捲り上げ、シュリたちの作業に参加する。セイという男はずっと無言で、ただ作業を続けていた。

 シュリの歌う労働歌が、せせらぎのなか、美しく響く。

「これって洗濯かい?」

「いや、そうだとしたら洗剤が無いな。」

 俺とユフィでそんな会話をする。そこに、マキが言う。

「でもなんだか、川も綺麗で風も涼しくて、心地いい。時間がゆっくりに感じるわ。」

「確かに。ここ最近、緊張が続いたから、こんな時間もいいね。」

 カイがのんびりと答えた。俺たちはしばらく、川と風の涼しげな空気に浸りながら、川辺に座り、心穏やかに三人を待つことにした。

 空を見上げると、夏の濃い青色がだいぶ淡くなっているのに気付く。

 川に足をつけた三人は、木桶(きおけ)に入った布を次々と洗っていく。そのとき、カスガとセイが、一枚の布を同時に手にした。セイが言う。

「こりゃ、ワシが洗う。」

 すると、カスガが煽(あお)るように言う。

「いんや、ヌシも疲れとるじゃろう。離せ。」

「ああ?」

 カスガとセイが、互いに睨み合う。だがそれは、昨晩のカザト相手の緊張感のあるものと違い、年頃の少年どうしがいがみあう、妙に微笑ましいものに見えた。

 すると、シュリが二人の額をペチン、ペチンとたたいて言う。

「ほりゃ、喧嘩するなら、あたしに頂戴。」

 二人の少年は、あっさりと手を離した。そして、再び睨み合う。

 それが最後の一枚だったのか、三人が川から上がってくる。

「お待たせして、すまんねえ。」

 シュリが汗を拭きながら微笑んだ。礼儀正しい三人が立ち上がり、カイが言う。

「とんでもありません。どうぞ、ご支度が済んでからお話ください。姫君。」

 それは騎士らしい、慣れた気遣いだった。しかし、シュリは首を傾(かし)げて、愛嬌たっぷりの笑顔で言う。

「ふふっ、嫌やね、姫君だなんて照れちゃうわ。こんな田舎の姫相手に。どうぞシュリと呼んで、普段通りの言葉遣いで接して頂戴な。」

 俺たちは予想外の対応に、そしてその笑顔に、少し照れ臭くなる。神王やカザトを相手に、また、民たちのカスガに対する接し方に、俺たちは戸惑っていた。そこに、こんな全くの無防備な笑顔を見せられては、これもまた戸惑う。

 シュリの後ろでは、足を拭いて履き物を身につけたカスガとセイが喧嘩をしている。

「おい、セイ。木桶を持ちすぎじゃ。ワシに二つ寄越(よこ)せ。」

「うっしゃいのう。ヌシなんか、途中から加わっただけのくせに、出しゃばるでねえ。」

 運ぶ木桶の数で争っているようだ。なんて子どもっぽいのだろう。シュリが二人に呆れたように言う。

「ねえ、早ようウチへ帰るよ。布を干さんと。」

「シュリ、ワシゃ五つ、木桶を運ぶぞ。」

 カスガが前に出て言う。

「譲ってやったんじゃ。ワシゃ、朝から一緒に作業したしのう。」

 セイがカスガの前に出て言う。

 シュリは、はいはいと言って、草を分けて歩いて行く。それを、カスガとセイが追いかける。

 マキが腕を組んで言う。

「なるほど。これは、イオ姫の強敵ね。」

「うーん、これはさすがの僕にも分かりやすいなあ。」

 カイも珍しく、呆れたように言う。

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