メウィティカ、逆賊の兄弟《ソラ》
《ソラ》
カスガの部屋は、桜の離宮と橋で繋がった、一つの屋敷のようだった。そこへ行くのにも中庭を眺めることが出来る、贅沢な造りだが、誰もそれを楽しむ余裕などなかった。
カスガの部屋に入り、戸を閉めた途端、ユフィが俺の肩を掴み強く言う。
「この馬鹿、カスガのことを考えろ。」
ユフィの瞳はまっすぐだ。後悔が押し寄せているぶん、俺は彼の目を見ることが出来なかった。
「もう分かっただろう。神王陛下と会っただけで理解しろ。メウィティカは俺たちが知るどの国よりも、王家の在り方が複雑だ。王家を安易に否定することは、カスガを否定することだ。」
それは正論で、俺は何も言い返せない。バードのときは反発したが、今回は出来ない。カスガを傷つけてしまったかもしれないからだ。俺の底意地の悪さが、卑しさが、心底憎い。
「ユフィ、いいんじゃよ。ほれ、みんな座れ。」
カスガは声を落ち着けて言う。ユフィは俺を咎める瞳を向けたまま、床に座った。カスガは窓の外を見ながら、独り言のように呟く。
「ワシゃ、気付いておるよ。この国が異常で、時代遅れなことに。そして、ワシらがつまらん慣習だとかに縛られておることも。」
そして、棚から何かを出しながら言う。
「カザトのアニ様は、王族として正しく、そして、ある意味では可哀想なお方じゃ。」
カスガは俯いたまま、一枚の写真を見せてきた。それは、若い男女の写真で、カスガが着ていた王族の装束とは少し違う、豪華な装束を身に纏っている。
「ワシの父グレンと、母上サクノの婚礼記念の写真じゃ。」
俺たちはその、豪華な装束を着た、若い夫婦の写真に、しばらく見入ってしまった。
カスガたち三兄弟の顔立ちは、父親のグレンに似たらしい。しかし、微笑むサクノは優しげな柔らかい印象で、なんとなく、カスガは母親の気質を継いだように思う。
「母上は神王陛下の三女じゃ。父は紅蝉の民の長の息子で、まあ、結果としてはいわゆる政略結婚じゃ。」
「結果としては?」
マキが問う。カスガは写真を見つめたまま話す。
「ああ、神王陛下は、四人の娘に許嫁を作らなかったんじゃ。結婚相手は自分で決めるよう、四人の娘を立派に育てたつもりだったそうじゃ。」
つもり、という言い方が引っ掛かりながらも、カスガの話の続きに耳を傾ける。
「さらには、四人の娘の生き方や職業も、ある程度の選択を任せたようじゃ。」
「なんか、今日会った神王とは全然違うな。」
俺はついそう口にし、ユフィの厳しい視線を感じる。しかし、カスガは気にせず続ける。
「ワシもそう思う。そこで、母上のサクノは薬剤師の道を選んだ。医療大国メウィティカに誇りを持っていらっしゃったからな。あそこの棚の帳面は、全て母上が残されたものじゃ。」
カスガが指差す棚を見ると、かなりの冊数の帳面で、棚がいっぱいになっていた。
「そして、父のグレンはメウィティカ武人じゃった。メウィティカは今もそうじゃが、何百とある民族の全てが、王家に従っているわけではない。実際は民族による内乱の連続じゃ。父はメウィティカ王家の軍に所属し、反乱する民族を武勇で治める立場にあったんじゃ。」
ここで、カイが興味深そうに反応する。
「カザト殿下もそういうことをおっしゃっていたね。そうか。メウィティカが鎖国をしたり、他国と戦争をしないでいたりしても、医療や軍事力が衰えないのは、国内でそういう事情があったんだね。」
カスガは頷いて、再び写真を見て言う。
「母上と父が出会われたのは、反乱を治める戦地じゃったそうじゃ。それは強い民族が結託して起こした乱で、なかなか厳しい戦地だったそうじゃ。」
「そんなところに、神王陛下の王女様がいたの?」
マキが驚いて尋ねる。
「ああ、神王陛下は、むしろ戦地で武人を救う娘を、誇りに思っていらしたと聞いたことがある。じゃが、今のマキと同じように、まさかここに王女が、と誰もが思うじゃろう。父もそうじゃったようじゃ。」
それを聞き、改めて写真を見てみる。父親のグレンは、武人らしくたくましい若者で、顔立ちも雰囲気もカザトそっくりだ。鼻の頭と額には、切り傷が刻まれている。
母親のサクノとカスガが似ていると感じたのは、優しさはもちろん、自分を犠牲にしながら人を救う芯の強さが、母と子に通じているからかもしれない。
「父は戦地で大怪我をして、数日ほど生死をさまよったそうじゃ。そこを熱心に治療してくれた母上に父が惚れ込み、随分と口説いたらしい。じゃが、相手が神王の三女と知って、たまげたそうじゃ。」
「なんだか、オディオのシャグランとフロイデみたいね。」
マキが言うと、カスガが微笑んだ。しかし、笑みはすぐに消え、話を続ける。
「母上と父はすぐに惹かれあって、すぐに婚姻を結んだんじゃ。父も紅蝉の民長の息子じゃし、武人としての実力もある。都中、祝いの祭が七日間続いたそうじゃ。すぐにトキヤのアニ様が産まれ、カザトのアニ様も産まれ、男子が続いたことも、都に喜びをもたらしたらしい。」
それは、メウィティカ王族としては理想的な歩みだろう。しかし、それを語るカスガの表情が重いことに、カイたち三人だけでなく、さすがの俺も気付いた。
「神王陛下が、母上と父を何と言うたか覚えておるか。」
カスガの瞳が、暗く沈む。他の四人で目を合わせ、一番落ち着いて発言できそうなカイが言う。
「愚かな娘と、逆賊とおっしゃっていたね。」
カスガはため息を吐きながら頷く。
「父グレンの紅蝉の民が突然、王家に反旗を翻したんじゃ。紅蝉の民は、息子が王家に婿入りしたことで、神王からの信頼の元、かなりの支援を都から受けておった。紅蝉の民の攻撃は強力で、都は危機に陥ったそうじゃ。」
それを語るカスガの表情は、拠り所の無い、心細げな様子に見えた。マキが心配げに問う。
「そのとき、カスガやご両親は?」
「何を考えたかは知らんが、母上も父も、紅蝉の民側についてしもうた。アニ様をウヅキに預けてな。乱の間、ワシゃ、母上の腹におったよ。」
俺たちはかける言葉が見つからず、彼の俯く顔を見ることしか出来なかった。
「最終的に、紅蝉の民は負けたよ。ワシゃ、乱の治まる少し前に、戦地の近くで産まれたらしい。」
「…母君と父親は?」
ユフィが、意を決したかのように問う。
「母上とワシは、王家に戻された。…父は、処刑された。紅蝉の民も、非戦闘民であった老人や女性、子どもも含め、一人残らず焼かれたそうじゃ。」
カスガはこれまで見たなかで一番、悲しげな表情と声色で、その残酷な結末を話した。彼の目には、見たことがなくとも、犠牲となった民が浮かんでいるようだった。
「この桜の離宮は、母上とワシら三兄弟を幽閉するために建てられたんじゃ。神王陛下はその紅蝉の乱以降、王族を厳しく縛るようになったそうじゃ。許嫁を神王が決めるのはもちろん。男ならば武人、女ならば宮殿から出さず教育し、神王が決めた顔も見たことの無い男に嫁がせる。」
幽閉。それもまた、残酷な言葉だ。俺はユフィに咎められて発言を我慢していたが、どうしても気になって、聞いてしまう。
「カスガは…、どうやって生きてきたんだい?」
「ワシか?ワシというか、ワシら三兄弟は、王子殿下とチヤホヤされながら、陰では逆賊の息子として軽蔑されて生きてきたよ。誠、馬鹿らしい。」
カスガは時折り見せる、あの自虐的な表情を見せた。しかし今となっては、隙だらけで孤独な少年の表情に見えてしまう。
「カザトのアニ様は、必死なんじゃ。王子でありながら、逆賊の息子。そんなあやふやな立場に生きる意味を見出そうと、どんな武人よりも鍛錬に励んでいらっしゃった。ワシゃ、アニ様には報われてほしい。」
そう話すカスガの横顔は、純粋に家族を思い、優しくも、やり切れなさが漂っていた。
「俺、カザトに謝りたい。」
気付いたら、そう口にしていた。四人が驚いて俺を見る。
「カスガ、兄ちゃんに酷いこと言って、ごめん。俺はカスガのことも、カザトのことも、何も想像出来てなかった。俺は自分が、形代だとか見かけだけで判断されるのが嫌だったのに。」
膝を抱えて、どこか言い訳のように、罪悪感いっぱいに話す。俺の内側が、後悔で強く震える。
「ありがとうのう、ソラ。アニ様もその足に触れてすまん。ワシが、アニ様の代わりに謝るよ。」
カスガの温かい声で、俺は顔を上げる。すると、彼は立ち上がり、俺に手を伸ばす。
「そうと決まれば、こういうのは早いほうが良い。ソラ、行こうぞ。」
カザトの部屋は、カスガの部屋と同様に、橋を渡ったところに屋敷のように構えられていた。カスガは戸を叩く。
「なんじゃ。」
「夜分に失礼いたします。カスガとソラですじゃ。」
「なんじゃ、あの無礼なガキか。ワシゃ会わん。」
「いや、カザト、殿下。俺、謝りたいんだ。」
戸の向こうのカザトの声は、かなり不機嫌な声色だった。俺の呼びかけのあと、少し沈黙が続いた。
「ふん、入れ。」
「失礼いたします。」
カスガが戸を開ける。カザトはこちらに背を向け、横になっている。
部屋のなかはカスガと違い、様々な武器で散らかっていた。どれも使い込まれた武器ばかりで、カザトが若いながらも努力を重ねた武人だと分かる。
「早よう、用を言え。」
「あ、ああ。」
カザトは背を向けているので、俺の姿は見えないはずだ。それでも、俺はしっかりと姿勢を正して言う。
「馬鹿にするような、酷いことを言って、ごめんなさい…です。俺、口の利き方とかが分からなくて…。」
俺がたどたどしく言うと、カザトが体を起こす。すると、壁を指差した。武器で散らかった部屋のなかで、ほんの少し片付いた棚に、写真が飾られている。
「この写真は…?」
「ワシの許嫁、チセ姫じゃ。」
俺はもう一度、写真を見る。それはおそらく、メウィティカでも指折りの美しい女だろう。ジオリダムでアンナを見たときの驚きと似ている。しかも、花を抱えて親しげな微笑みを浮かべている。
「ワシゃ、王子として、王家と民族を結ぶ。神王陛下に定められたからのう。じゃが、運の良いことに、迎える姫君は国で一等美しい姫君じゃ。歌も上手く、いらっしゃるだけで春がここに留まるような、一番の姫君じゃ。羨ましいじゃろう、坊主。」
カザトの表情は変わらずに見えない。しかし、王族の在り方を説いていた夕飯後と違って、年相応の若者らしい声色の明るさと、自慢げな様子が背中から伝わってきた。
「ああ、じゃなくて、はい。すげえ羨ましいです。」
カザトの、満足げなふん、という声が聞こえた。
しかし、その時に感じてしまった。
「銀の糸っ。」
突然、大声で立ち上がった俺を、カスガも、さすがにカザトも見上げる。
「何を言うとるんじゃ、坊主。」
「あ、いやのう、アニ様。ちょいと部屋に入らせてもろうても良いか?」
カザトはかなり怪訝な表情を浮かべている。しかし、銀の糸の予感を強く感じられるようになった俺には、部屋に入らなくとも場所が分かった。
「カスガ、あの紐だ。」
俺は、チセ姫の写真のすぐ近くに置かれた紐を指差す。カザトが言う。
「なんじゃ、そりゃ亡くなった母上の耳飾りじゃ。」
「そうか…。母上の記憶…。」
カスガは小さく呟き、顔を上げて言う。
「アニ様、しばし貸してくださらぬか。すぐにお返しいたします。」
カザトはますます怪訝な表情となったが、渋々その耳飾りをカスガに渡し、言う。
「絶対に返せよ。チセに譲る約束をしとるんじゃ。」
「え、なぜじゃ。そんな勝手に。」
カスガが若干、ムッとして言う。
「うっしゃいのう。もうワシゃ、寝る。出ていけ。」
俺たちは、カザトに半ば追い出されるように部屋を出た。
「あ、カスガっ。」
戸の向こうから、カザトの声がする。
「明日の行動に、もう文句は言わん。じゃが、イオ姫のところには必ず行くんじゃぞ。」
カスガは、瞬間的に嫌そうな表情を浮かべた。彼の部屋へ戻る途中、俺は聞いてみる。
「なあ、イオ姫って?」
「ああ、ワシの許嫁じゃが…、はあ…。」
カスガはため息を吐いた。なんとなく、それ以上は聞かないことにした。
カスガの部屋に戻ると、三人とも心配そうな顔をしていた。
「見てくれ、銀の糸だ。」
俺は先にそっちを報告してしまった。緊張していたであろう三人が、違うと口々に言う。
俺はきちんと正座をし、カザトにきちんと謝ったことを伝えた。さらに調子に乗って、チセ姫に対するベタ惚れ具合が、アンナとユフィのようだと言うと、彼に強く頭をたたかれた。
五人で輪になって座り直し、耳飾りを見る。
「カスガの右耳に着けている飾りに似ているね。」
カイの言う通り、紐が三つ編みとなり、先に石がついた大振りな耳飾りだ。
「ああ、ワシのは紅蝉の民のほうの、祖父の形見じゃがな。」
王家に反旗を翻した祖父の形見を着けているなんて、少し違和感を抱く。マキが問う。
「この耳飾りは、さっき見せてくれた、婚礼衣装でも着けていらしたの?」
「ああ、おそらく同じものじゃと思う。」
カスガは答えて、俯いて呟く。
「この耳飾りの記憶を見れば、父と母上が紅蝉の民についた理由が分かるのかもしれん。」
俺は、自分の力の重大さを改めて感じる。その記憶は王家に変化をもたらした歴史の一端であるとともに、カスガたち兄弟の立場や考えに影響を与えるかもしれない記憶だ。
カイが父の行方を知るため、自分の人生に変化を起こしたように。
「見てもいいかい?」
俺が問うと、カスガが頷く。ナイフは預けてしまっているので、部屋のランプを借りて、記憶を見ようとする。
しかし。
「…見れない。」
俺は目を見開いて、耳飾りを見る。四人が俺を見る。こんなこと、初めてだ。
「本当に、銀の糸の記憶が宿っているのか?」
ユフィが腕を組んで聞いてくる。
「予感はするんだよ。うーん、でも…。」
俺は頭を抱えて、感覚を研ぎ澄ませる。
「なんか、いつもと違う。呼びかけてくるけど、語りかけてはこない。」
「どう違うんだい?」
カイが問いかけてくる。
「うーん…、なんとなく、声の強さ…。」
俺の頼りない答えに、ユフィが言う。
「お前は勘やなんとなくに頼りすぎだ。感覚も大切だが、魔道士なら、もっと根拠を持つことも覚えろ。」
またもユフィに正論を言われ、俺はぐうの音も出ない。
「まあ、明日もあるし、期待して待とうよ。」
こういうとき、カイののん気な声は助かる。
そして、夜ももう遅い時間なので眠ることにした。マキは、女官たちに連れられて別の部屋へと移動した。
布団に入るが、そのあまりの快適さに驚く。もう季節も秋となり、肌寒い夜なので、少し厚めの布団を出されたが、まったく重さを感じない。まるで羽根を乗せているようだ。
しかし、ユフィには合わないようだ。
「触り心地は良いが、掛け布団は程よく重みがあるほうが好きだ。」
「僕はどっちも好きだなあ。寝るって大事だよね。」
カイが妙にズレたことを言ったあと、数秒で寝息を立てた。
起きると、朝を少し過ぎていた。早起きのユフィとカスガが起きているのはもちろん、朝が苦手なカイとマキもしゃきしゃきとしていた。
起きたら、俺たちが着ていた服はすっかり綺麗に洗われて枕元に置かれていた。ほんの一日なのに、どんな魔道を使ったのだろう。だがおかげで、着慣れた服に着替えることができ、ナイフも手元に戻ってきた。
カスガいわく、カザトは夜明けとともに、二人の護衛とともに鍛錬に出るらしい。数種類の武器を持ち、その日のうちに何ヶ所かの道場というところをまわるというのだ。最初は反発してしまったカザトの王族らしい態度だが、それにはこういった努力が、自信の裏にあるのだと納得した。
ウヅキを先頭に、女官たちが次々と朝飯を運んできてくれた。それは俺の人生で一番、豪華な朝飯だった。アリアレジスで飲んだ味噌汁は、やはり本場ならではの旨みがある。それに、焼き魚、ほうれん草をゴマというもので混ぜたサラダ。どれも美味い。さらに、昨日も思ったことだが、この白い粒々が、箸では食べづらいが美味い。
「ああ、こりゃ米じゃ。メウィティカ人の主食じゃよ。」
「コメ、これ好きだぜ。温かくて、匂いもいいし、美味いな。」
俺はあまりの美味さに、おかわりをした。さらにはカスガが得意の野草の知識を活かして、紫蘇という草をふりかけてくれた。これがまた、爽やかで香りが良い。
俺は気に入ったが、マキの口には合わなかったようだ。育ちの良い彼女は、ほんの一瞬しか顔に出さず、残すことも無かったが。
朝食のあと、俺たちは飼い猫のコマチと少し遊び、カスガの部屋に戻った。そして、外出の支度をした。彼の友人の元へ連れて行ってくれるのだろう。
もちろん、ウヅキは護衛をつけるように強く止めたが、カスガは騎士も魔道士もいると言って反発した。俺たちももう武器が戻っているので、特に何も言わない。
離宮を離れて、少し歩いたところでマキが微笑んで言う。
「カスガはきっと、ウヅキさんに反抗期をしているのね。」
カスガは少し恥ずかしそうに、そうかのう、と呟いた。
王族の装束を脱いだカスガは民に紛れるようで、膝をついて頭を下げる者はいなかった。見た目だけで人の態度はこうも変わるかと驚いたが、考えてみれば、俺の足もそうだ。人は目に見えるものばかりで判断しているのかもしれない。
途中、カスガは店に寄って、飴玉を大量に買った。店でも、彼はただの若者として買い物を済ませた。カスガは飴玉を、俺の口に一つ放り込んでくれたが、今まで口にしたことのない、上品な甘さだ。
「なあ、これ何の味だい?」
「スモモじゃ。甘くて美味かろう。」
俺はこの味も気に入って、口のなかでその甘さを楽しみながら、飴玉を転がした。
やがて、川にたどり着く。カスガは小舟を漕ぐ船頭に金を払い、俺たちは乗り込んだ。船頭は小舟を漕ぎながら、高らかな歌まで聴かせてくれた。
「バードの運河みたいで気持ちいいわ。メウィティカの街並みや自然も、風と一緒に味わえるし。」
マキが景色を眺めて言う。彼女の片手は、指先で川の水を割いていた。
「メウィティカでは運河というより、舟めぐりと呼んでおるよ。都を中心に、様々な民族と川で繋がっておる。」
「舟めぐりかあ。これまた、風流な言葉だね。」
カイも気持ち良さそうに呟く。
「お、なんか、いい匂いがする。」
俺はその、甘い香りに心惹かれる。
「ああ、キンモクセイの香りじゃよ。」
船頭が指を差す。そこには華やかな香りに負けないくらい、鮮やかなオレンジ色の花をつけた木が見えた。
「キンモクセイは良い植物じゃ。香りに癒されるのはもちろん、花言葉も奥ゆかしくて良いんじゃ。謙虚、謙遜、気高い人、それに初恋じゃ。」
船頭が、若い俺たちを少しからかうように、初恋を強調して言った。
「花言葉、花言葉か…。」
馬刺しのときと同じく、カイが悩ましげに呟く。普段、感情の起伏の無い彼には珍しい。俺は問う。
「カイ、どうしたんだい?」
「いや、花言葉には少し、苦い思い出が…。」
マキとユフィも苦い顔をしたところで、小舟が止まった。どうやら、目的地のようだ。
城下町、メウィティカでいう都から、少し離れたところまで川で下って来たように感じる。
「ありがとうございます。」
カスガが礼を言って小舟を降りる。俺たちも続いて、礼を言って降りた。
「カスガ、ここは?」
マキが問うが、カスガは腕を組み、首をひねる。
「まあ、ある意味、神王陛下よりも手強い相手のおわするところじゃ…。」
カスガは顔をこわばらせて言う。
あの人間とは少し違う次元にいる神王よりも手強いなんて。俺たちは息を整えて、カスガの後を着いていった。




