メウィティカ、孤高の龍《ソラ》
《ソラ》
馬車はやがて、見たこともないほど広い庭園にたどり着いた。俺たちは馬車から降り、その庭園を眺める。庭園は大きな池があり、そこには橋がかかっている。それは池を渡るのに必要な、というよりも、装飾としてそこに存在する橋に見える。
よく見ると、橋だけでなく、植物や岩、全てが計算された庭園のように思う。俺が気に入ったのは、橋が繋ぐ小島に、大きな木の枝が垂れている景色だ。
「赤い葉が綺麗ね。」
マキもすっかり、庭園に見惚れている。
「ああ、秋を告げる紅葉じゃ。気付いたら、季節もそんなに過ぎていたんじゃのう。」
カスガが呟く。紅葉は池に映り、さらに見栄えが良かった。
王族の住む宮殿は、この庭園をもっと奥に進んだところだと言う。かなり歩いたが、景色がどこも美しく、俺たちは一瞬たりとも飽きることが無かった。
「これが、メウィティカの宮殿か…。」
ユフィが感嘆の声を上げる。船も庭園も、豪華でありながら品格に優れていた。それは、金がかかりながらも、引き算の美学をわきまえた、もはや芸術品だからだ。
今、目の前にしている宮殿は、その芸術品の集大成に思える。アリアレジスで圧倒された姫神教会本部の迫力とは違う、格式高く歴史ある建造物に、俺たちはしばらく時間を忘れ、見入ってしまった。
「子どもの頃から何度か見た宮殿じゃが、久方ぶりの帰郷となると感慨深いもんじゃの。」
カスガが、独り言のように呟いた。
そして、時を進め、神王の間の扉の前に、俺たちはいる。メウィティカの風習だが、建物のなかでは靴を脱がねばならず、俺は水色の足をさらすこととなってしまった。
カスガの友人として宮殿に入っているので誰も何も言ってこないが、正直、視線が痛い。
神王の間の前で、俺たちは女官から説明を受ける。
一つ、神王は五段高い王座にいるため、そこに近寄らないこと。
一つ、王族であるカスガよりも前に出ないこと。
一つ、神王の許可が降りるまで、顔を上げないこと。
一つ、神王の許可が降りるまで、ひざまづくこと。
一つ、神王の許可が降りるまで、発言をしないこと。
本音としては、宮殿に入る際の身を清める儀式だとか、堅苦しい決まりにうんざりしていた。しかし、ここで変に悪態をついても、カスガの立場が悪くなるだけなので黙って聞く。
そこに、一人の女官が問いかける。
「…恐れながら、殿下。そちらの方を、神王様の間へご案内されるのですか?」
それは、俺に、いや、俺の水色の足に向けられた質問だった。俺は我慢しながらも、口元に力が入ってしまう。しかし、カスガが間髪入れずに答える。
「問題ない。余の友人じゃ。そんなことを問うて、どうするのじゃ?」
カスガの一段低い声に、女官は顔を青ざめて平伏した。
神王の間までは、女官たちが四枚の扉を開く。春夏秋冬、それぞれの絵が描かれた、美しい扉だ。
「素晴らしいなあ、これが粋ってヤツだね。」
カイが言うと、カスガが微笑む。
そして、四枚目の扉の前で、カスガがひざまづく。俺たちも真似をして、同じ姿勢を取る。扉の両端に立つ女官がカスガが来たことを告げると、重い声がした。
「通せ。」
冬の絵柄、松の木に雪が積もる景色が描かれた扉が開く。
その空間は、教会でもないのに神聖な空気に溢れていた。広く静かで、無駄な灯りが無い。芸術品のような庭園や宮殿の外観や回廊と違い、どっしりと落ち着いた雰囲気だ。
奥の壁に、龍と、メウィティカの宗教における偶像のようなものが見えるが、それらの迫力に驚く。
そして、女官の言う通り、その壁を背にした五段高い王座に、ただものならない風格の男が座っている。ディーン皇王にも一目で王族と分かる威厳を感じたが、この神王にも似たものを感じる。しかしこちらのほうは、本当に手の届かない存在だと感じてしまう。
「前へ。」
「はい。」
神王に促され、前にいるカスガが静かに歩みを進める。俺は隣に立つ三人を横目に、おずおずと歩く。カスガが服の裾を上品に払い、膝をついて座ったので、俺たちも同じような姿勢を取る。
そして、カスガが頭を少し下げる。俺たちも頭を下げるが、それは言われたからとか真似をするとかではなく、その神の代わりのような男を前に、そうしなくてはいけない気持ちになったからだ。俺は神なんて、信じていないはずなのに。
「カスガ。」
「はい、神王陛下様。お久しぶりでございます。グレンとサクノが三男、カスガにございます。」
「面を上げよ。」
「はい。」
それは祖父と孫の再会だというのに、格式張った挨拶だった。
カスガが顔を上げたので、俺も上げようとした瞬間、隣に膝をついたカイにサッと抑えられる。
「後ろの者らは、どのような者らじゃ。」
「私が旅で得た、友人にございます。」
「名を教えよ。」
神王に言われ、カスガが俺たちの名を告げた。そして、神王が名前を繰り返して呼ぶので、一人ずつ返事をする。
「その方らも、面を上げよ。」
ようやく、俺たちも顔を上げる。緊張しながらも、先ほどよりも神王の顔立ちに注目してみる。カスガとはあまり似ていない。ディーン皇王は強面だが、神王の顔立ちは品があり細面だ。しかし、眉や口元に自然な力が入っており、長年王座にいる風格を感じさせる。
「まだ成人を迎えていない朕が孫の旅路、よくぞ共にしてくれた。おそらく、そなたらには助けられたことであろう。礼を言う。後ほど褒美をやろう。」
神王は低い声で話す。カイが頭を下げたので、俺たちも急いで下げる。
「じゃが、心得違いはするな。」
神王が一層低い声で言う。
「朕らメウィティカ王族は、姫神教と希望教、両方から使命を託された、始祖メウェスティア神の血を継ぐ者。つまり、神の子孫じゃ。そなたらとは住む世界が違うと思え。」
俺は一瞬、何を言われているのか分からなかった。しかし、分かった瞬間には、腹の底から血を吐いてでも異を唱えたくなった。
カスガの爺ちゃんだというのに、こいつは何を言っているんだ。あの誰にでも治療の手を差し伸べる、優しいカスガを知らないのだろうか。
俺は手に力が入り、床の木材をガリっと引っ掻いてしまった。
神王は続けて言う。
「カスガ。そなたもじゃ。地に足を着け働く者たちを友人と呼ぶとは、王族としての自覚がまだ足りぬ。上に立つ者として精進せよ。」
「恐れながら申し上げます。」
カスガが、聞いたことのない強い声で言う。
「私はまだ、陛下のおっしゃる通り未熟者です。じゃからこそ、この旅で多くの見識を得ました。」
カスガのまっすぐな瞳に、神王は面白くなさそうに眉をひそめて言う。
「一応、聞こう。」
「恐縮です。」
カスガは深く頭を下げたあと、話し続ける。
「世界は私の想像よりも広く、そして厳しいものでありました。精霊戦争の爪痕や、宗教観のすれ違い、そして争い。困難のなか、人々の懸命に生きる姿を私は見ました。」
「して?」
「王族こそ、より広く地の果てまで見渡し、苦しみに喘ぐ者を救うべく、民に寄り添うべきと考えました。メウィティカ王朝は閉ざされております。宮殿の扉を開き、民に我々から歩み寄るべきです。王族の知識と権威を用いてこそ、救われる者もおるはずです。」
カスガが言い切ると、神王はゆっくりと立ち上がり言う。
「申したきことは、それで終わりか。」
カスガが頭を下げる。神王は畳まれた扇子と、何かの球体を持って、こちらへ歩いて来た。神王が降りて来たことに驚き、カスガが顔を上げる。
すると、神王は腕を振り上げ、カスガの頬を扇子で強く叩いた。彼の体が横に倒れる。動こうとした俺を、カイが腕を引いて止める。
「何を学んだかと思えば、卑賎の者らに染まっただけか。つまらぬ旅をしたようじゃ。」
すぐに体を起こしたカスガが、神王を睨む。
「その目、良からぬ企てをする者の目じゃ。やはり、そなたはあの逆賊の血を引いておるの。」
神王は、孫に向けるとは思えない冷徹な目を向ける。すると、手に持ったガラスの球体を、俺たちのほうに見せてきた。
「そなたら、これが何か分かるか?」
よく見ると、表面に薄っすらと柄が浮かんでいる。
「知らねえよ。」
ついに我慢出来ず悪態をついた俺の肩に、ユフィが強く手を置いて言う。
「地球儀でしょうか。」
「ほう、学のある者もおるようじゃ。そうじゃ。これが我らが生きる地球じゃ。」
地球。つまり、地図が球体になっているのだろうか。確かに、トール大陸らしき柄が見える。俺の生きる場所が、こんな真ん丸だなんて。その不可思議さに、俺は地球儀を食い入るように見てしまった。
「メウィティカ大陸はここじゃ。」
神王がメウィティカ大陸を、扇子で指す。
「そして、地球は常にこうで在らねばならぬ。」
そう言って、神王はメウィティカ大陸を上に向けた。
「昼や夜など、星の動きなどには関与せん。我がメウィティカは常に日の光を受ける、神の祝いを与えられる国じゃ。そして、そなたらは日陰に生きる者。我らメウィティカ王家と、こうして目見えただけでも後世までの誇りとせよ。」
神王の言葉には、説得力など関係なく、ただ得体の知れない凄みがあった。本当はそんなことあり得ないのに。しかし、長年王座にいるがための凝り固まった矜持が、神王を実体よりも大きく見せる。
「カスガ、そなたの定めはなんじゃ。」
神王がカスガを見下ろす。カスガは怯まず言う。
「ワシの定めた道は、医学を持って多くの者を救うことじゃ。」
「愚かよ。そなたが定めるのではない。王族として定められておるのじゃ。」
神王は扇子で、カスガの顔を指して言う。
「そなたの定めは二つ。一つは武勇を示し、数多ある民族を治めること。して、もう一つは、優れた血筋の姫君を迎え、男子を授かり、王家の血統に安定と繁栄をもたらすこと。それ以外、そなたはヒトである必要は無い。」
カスガの深緑色の瞳に、火が灯る。そして、叫ぶように言う。
「ワシゃ、生き方も、妻となる者も、自分で決める。」
「そうしてお前の母親は間違えたんじゃ。」
「母上を悪く言うでない。そもそも、あんたの娘じゃろう。」
「そうじゃ。愚かな娘じゃ。そして、そなたは愚かな娘と逆賊との間に生まれた、汚らわしい孫じゃ。誠、恥ずかしい。」
ここで、我慢の限界を迎えた俺の、堪忍袋の緒が切れた。
「やめろよっ。」
木材の床をダンっと鳴らして立ち上がる。カイたちの視線を感じたが、誰も俺を止めなかった。
「カスガが汚れてるはずないっ。たくさんの怪我人や病人を治せる力がある。それに、俺たちの前に立って戦う強さも、弱いヤツを助ける優しさも持つ、すごいヤツだ。撤回しろ。」
神王は冷たい目のまま、カスガに向けていた扇をゆっくりと俺に向ける。
「形代よ、心得違いをするなと言うたろう。カスガではない。殿下と呼ぶのじゃ。そして、自らの足を見よ。この宮殿の敷居をまたげただけでも、朕らの真心を感じよ。」
それを言われると、俺はさらに居心地が悪くなる。答えに躊躇う俺を見て、カスガが言う。
「…陛下、誠に申し訳ございませんでした。」
彼は、床に額をつけている。
「私への叱責はお受けいたします。じゃが、友人らへの、そのようなお言葉は、お心に留めてください。」
神王は、少し呆れた顔をして、俺へ向けた扇子を下げて言う。
「そなたらは心得違いばかりじゃな。…もう良い。早う褒美を受け取り、しばしの滞在ののち、この地を去れ。」
しかし、俺は即答する。
「褒美なんていらねえよ。」
神王が、卑しいものを見る目を俺に向ける。すると、カイが続く。
「恐れ多くも、私も辞退させていただきます。」
「身に余るご厚意ですが、私も遠慮いたします。」
マキも、指を綺麗に揃えて言う。
「心苦しくも、彼らと同じです。」
ユフィは頭を下げつつ、鋭い瞳は神王を見据えていた。
神王は視界を遮るように、扇を広げて顔を隠して言う。
「下賤の者どもが調子に乗りおって…、早う去れ。」
「…失礼いたしました。」
カスガが入室のときよりも、少し足早に部屋を出る。俺たちは振り返ることなく、彼に着いて行った。
回廊を歩いていると、すれ違う召使いたちが膝をついて頭を下げる。
俺たちは思い知った。メウィティカ王朝の歴史と権威と、誇り高さを。そして同時に、カスガが何度も、言い過ぎなくらいに故郷を自虐した理由も。
宮殿の玄関に着いたとき、カスガがようやく口を開く。
「不愉快な思いをさせて、すまんかったなあ。」
それは見慣れた、眉の下がった弱気な笑顔だった。俺たちは首を横に振り、マキが問う。
「カスガ、頬は大丈夫?」
「ああ、まあ、慣れておる。」
その言葉にも、俺は深く同情する。そして、長い歴史があるからこそ潜む、王家の暗がりを想像してしまう。
「で、殿下。カスガ殿下。」
中庭から、一人の老人が駆け寄って来た。老人の目には、わずかに涙が浮かんでいる。
「ウヅキ、久しいのう。」
「よくぞご無事で…。」
ウヅキと呼ばれた老人は、シワの刻まれた顔を、さらにしわくちゃにして泣きそうな顔をする。
「この者はウヅキ。ワシとトキヤのアニ様、カザトのアニ様、三兄弟の教育係じゃ。」
カスガは、ウヅキの曲がった背に手を添えて紹介する。
「殿下、この方々は…?」
「余の友人じゃ。」
そしてカスガは、ウヅキに俺たちを丁寧に紹介してくれた。
「そうですか、旅で出会われたと…。ですが殿下、友人とは…。」
「やめよ。余が友人と言うたら友人なんじゃ。」
つい先ほど、神王と交わしたようなやり取りが、目の前で始まる。しかし無表情な神王と違い、ウヅキには必死な、カスガを思う人間味を感じる。
「殿下、メウィティカ王家は天上におわす方々です。ご自分のお立場をご理解くださいませ。」
「理解したうえで、余は反しておる。この友人らは、危険な旅のなか余を守ってくれ、新たなものの見方を与えてくれた、大切な友人じゃ。友人らの言動は、余の言動と思え。」
カスガらしくなく強気で、というよりは、なんだか若者の反抗期に見える態度だ。しかし、ウヅキも譲らない。
「殿下、ご自分より下の者の行動に、くれたなどと付けるのはおやめください。王家の者として相応しくないお言葉です。」
「余はそういうのが好かんのじゃ。そもそも、この者らは下ではない。」
「そういうものでございます、殿下。」
「もう良いっ。」
カスガが靴を履き歩き出す。俺たちも慌てて着いていく。ウヅキが大声で言う。
「殿下、護衛の者を…。」
「いらんっ。」
中庭を、ヘソを曲げたカスガがズンズンと歩く。
「カスガ、どこへ行くんだい?」
俺が問うと、カスガが立ち止まって言う。
「どうしても、この装束で行かねばならぬところがあるんじゃ。本当は、早う脱ぎたいんじゃが。」
重たそうな服を持ち上げ、カスガが呟く。その横顔は、少し沈んだ表情に見えた。ユフィが念のため問う。
「だが、護衛はいなくていいのか?今のお前は、どこからどう見ても王族だぞ。」
「ああ、大丈夫じゃろう。なんと言うても、騎士様も魔道士もおるしのう。」
「え、僕、宮殿の人に剣を預けてるよ。」
「…俺も魔道記を預けているが。」
カイとユフィが答える。俺とマキも、両手を挙げて何もないことを示す。
「…まあ、なんとかなるじゃろうっ。」
「なんでえ、ホントに大丈夫かよ。」
俺は思わず、カスガの腕をたたく。
俺たちは何かを誤魔化すように、あるいは緊張の系が切れたのか、大笑いをしてしまった。
そして、俺たちは街へ出た。馬車から景色は見たが、自分の足で歩くメウィティカ城下町は、まさに異国だ。
俺たちは店などに興味を惹かれつつ、カスガに着いて行く。もちろん、すれ違う民はカスガを見るなり、ひざまづいて頭を下げる。なかには俺たちのことを、不思議そうに見る者もいた。
「ここじゃ。」
しばらく歩いたところで、カスガが足を止める。それは店でもなく、普通よりも少し贅沢そうな造りの民家だ。
「ここは?」
カイが問うと、カスガが懐から装飾品を出した。俺は問う。
「それって…?」
「ワシの旅に、護衛として着いてくれた者の遺品じゃ。ロンソ村で、命を落とした者じゃ。」
カスガが装飾品を見て、小さな声で言う。そして、民家の戸を叩いた。女の声がする。
「はい、どちら様?」
「突然の訪問、失礼する。メウィティカ王家のカスガじゃ。」
カスガの声のあと、バタバタと慌ただしい足音が聞こえた。戸が開くと、三十歳くらいの女が強張った顔で出て来た。
「お、王子殿下っ。こんなところまで足をお運びくださり…、いえ、その前に、ご無事のお帰り、何よりでございます。」
女は、王子の突然の訪問に、ひざまづいて頭を下げ、言葉を忙しなく発する。そのまま、一息ついて、泣きそうな声で言う。
「こ、このたびは、主人が同行しながらも不甲斐なく、心よりお詫びを申し上げます…。」
女の声は消え入りそうだった。カスガはしゃがみ込み、女の肩に手を添えて言う。
「お方様、顔を上げてくれ。」
すると、女は驚いて泣き顔を上げる。
「殿下、私のようなものに、そのように膝を曲げられるなど、恐れ多い…。」
「何をおっしゃる。余は礼を伝えに来たのじゃ。」
そしてカスガは、遺品となる装飾品を差し出して言う。
「そなたの夫のサギは、誠実に任務に当たってくれた。それに、旅の間のサギの話は、とても面白くてのう。余は誠、勉強となった。」
遺品を受け取った女は、さらに涙を流し、言葉に出来ない感謝を深い礼にした。家の奥には、子どももいるようだ。
「サギの子らか。こちらへ来てくれ。」
カスガが声をかけると、姉と弟らしき二人の子どもは驚きながら母に並び、膝をつく。
「そなたらの父君は、立派な武人じゃったよ。どうか、いつまでも神海におわす父君への敬意を持って、大きく育ってくれ。」
「あ、ありがとうございます。」
姉が頭を下げると、幼なげな弟も真似をする。
カスガは他にも、王子として感謝を込めて、後日、恩賞を贈ることを約束した。親子は深く礼をして、カスガを見送った。
その足で、もう一人のミツヤという護衛の家にも顔を出した。ミツヤの妻は、かなり痩せた女だった。どうやら、夫が王子の護衛中に命を落とし、王子の行方が分からなくなったことで、ひどく気が病んでしまったようだ。
その様子を見たカスガは繰り返し、ミツヤの頼もしさと、それに対する感謝を伝え、遺品を渡した。ミツヤの妻も、消え入りそうな声で泣きながら、感謝を述べた。そして先ほどと同様に、座り込んだ彼女に、カスガはしゃがみ込み、目線を合わせていた。
二つの家への訪問を終え、カスガは安堵の表情を浮かべる。カイが言う。
「なるほど。確かにこれは、王族の装束じゃないと出来ないね。」
「ええ、ご家族も嬉しそうにしていたわ。」
マキも微笑んで言うと、カスガはいつもの、気さくな笑みを浮かべた。
訪問を終えた頃にはちょうど日が傾き始め、俺たちはカスガの家へと向かう。
「滞在中は、宮殿近くにある離宮で過ごそうぞ。ちなみにワシの住む離宮は、桜の離宮というんじゃ。」
「へえ、風流というものかしら。素敵ね。」
マキが頷いて言う。なんとなくだが、メウィティカは季節を大切にしている気がする。
「リキュウって何だい?」
「王族の方々が、宮殿とは別に使う建物っていうのかな。住居にしたり、お客さんをもてなしたりするのに使うんだ。」
俺の疑問に、カイが答えてくれた。
「素朴な疑問なんだが、陛下と会ったところは何と言うんだ?」
ユフィが尋ねる。ユフィはどうやら、メウィティカの文化などにも好奇心が働くようだ。
「ああ、陛下と謁見をしたのは、崇龍の間じゃ。異国からの客人や、王族が対面する、一番格式の高い間じゃ。」
「え?あんなに広い場所が、他にもあるのかい?」
俺が驚いて尋ねると、カスガが頷いて言う。
「そうじゃなあ。国内の客人を招く楪の間に、家臣の武功を讃えるための魁馬の間じゃとか…。数えたことないのう。」
俺たちは想像が及ばず、ただへー、とだけ呟いた。旅の始め、ユフィがカスガをボンボンと言ったが、果たしてここまでだと想像できただろうか。
その頃にはもう、王族の装束を着たカスガにすっかり慣れていたので、俺たちは彼と普通に会話をしていた。王子と何の隔たりもなく話す俺たちを、気に食わなそうな顔で見る者がいるのに気づいたが、カスガが平然としている以上、俺たちも同じように振る舞う。
「さあ、ようやく着いたぞ。桜の離宮じゃ。」
カスガが指差す建物を前に、俺たちは目を疑った。
「え?離宮?宮殿じゃなくて?」
王家に仕える、身分の高い者の相手に慣れているカイですら戸惑った。
「ああ、桜の離宮じゃ。今は、カザトのアニ様とワシの二人、あとは身の回りの世話係だとか、そういった者たちが住んでおるよ。」
俺たちはまたしても、へー、としか言えなかった。そして、その赤い木材が印象的な、いわゆる優美な離宮へと入って行くのだった。




