ルムーシュク、深淵に立つ獅子2《カイ》
《カイ》
「お前、訛りひどいな。」
ある日、剣の訓練所で年上の少年に言われた。
普段はクアロラルシュ家で家庭教師のもと、剣や槍、座学を学んでいたが、週末は多くの騎士を輩出しているという街の訓練所で練習をしていたのだ。
「え、訛り?」
「ああ、共通語だけれど、なんか言葉尻が変なんだよ。」
「でも、クアロラルシュの家の子だろ?」
「いや、クアロラルシュは戦争で後継ぎを亡くして、養子を迎えたって…、それが君?」
周囲の好奇の目が集まる。
「そ、そうだよ。」
「へえ、ちなみに、出身はどこなんだい?」
「レシオさ。」
「レシオ…。」
それを聞いた数人が、顔を合わせて視線を交わす。この視線には覚えがある。レシオにいた頃、僕が下層出身だと知った日雇いの主が見せた、人を見くびる目と同じ目だ。
「まあ、精霊戦争が終わって世界情勢が落ち着いた今、いろいろあるよな。アリアレジスのような国もあるし。今度、レシオの話でも聞かせてくれよ。」
そう言う年長者の彼の目は、数人のなかでも一番の軽視する目をしていた。
それからと言うものの、訓練所で僕が発言するたびに、どこかでクスクスと笑う声が起きた。僕は恥ずかしくて、なぜこんなところにいるのか、逃げ出したくなった。
ある日、訓練所で試合があった。あの一番見下してきた年長者が相手となった。
久しぶりに、僕のなかに暗い火が点いた。しかし、頭は冷徹なほど冴えていて、相手の剣筋が読めるくらいだった。僕は思い切り木剣を振る。気づいたら相手の剣を弾き飛ばし、僕の全体重をかけた一撃が、相手の肩に落ちた。
「や、やめーっ。」
先生が止めに入ったときには、相手はうずくまって泣いていた。僕は無感情に相手を見下ろし、木剣を片付けようと後ろを振り返ると、普段僕を笑っている少年たちが怯えている。
僕は、僕の力で勝ったのだ。しかし、暗い火は滾ることなく、萎むように消えていった。
クアロラルシュ家に帰ると、養父に褒め称えられた。
「聞いたぞ、カイ。四つも上の訓練生に勝ったそうじゃないか。」
僕は微笑んで、照れた振りをする。
けれど僕は気づいている。養父は僕ではなく、剣の才能がある僕を求めていると。僕の価値はそこにある。それでも、褒められるのはやはり嬉しい。レシオで家族から褒められたことは、ほとんど無かった。
その日の夜、僕は養母と、暖炉のそばのソファに座っていた。養母はよく膝枕をしてくれ、星座の話やおとぎ話を聞かせてくれる。
その日は神話だった。姫神教の騎士ノクスの話だ。姫神イヴを守るために、旅路に立ちはだかる双頭の獅子と戦う話。
片方の頭はなんとか倒したものの、獅子はあまりに強く、大怪我を負ったノクスと獅子の間に取り引きが生じた。イブの両腕を差し出すか、ノクスの両腕を差し出すかすれば、助けてくれると言う。
すると、ノクスは迷わず自分を差し出す。イヴは魔道士なので、両腕が無くとも魔道は使える。それでも、ノクスは自分を選んだ。しかし、内容はこうだ。
【頼む。片足と片目にしてほしい。そうすれば、これからもイヴ様をお守りする旅が続けられる。】
獅子は、ノクスのまっすぐな忠義に心を揺さぶられ、結局取り引きをせずに見逃すことを決める。そして、イヴとノクスは旅を続ける。
僕はこの話の途中、気づいたら涙を流していた。
「カイ、どうしたのです?」
「分かりません…。」
養母が僕の頭を撫でる。
僕は、ノクスのような騎士になれるだろうか。僕のなかに灯る暗い火は、誰かを打ち負かし、優位に立とうとしがみつく、みっともない火だ。剣は、その手段として、たまたま才能があっただけだ。
僕はなぜか、この優しい養母には全てを打ち明けたくなった。
「本当は、訓練所で、レシオの訛りをからかわれて、嫌だったんです…。」
「そう、それは辛かったわね。」
養母が僕の涙を拭う。すると、正面のソファに掛けていた養父が立ち上がり、ドンドンと足音を立てて近づく。そして、僕の髪を引っ張り立たせると、頬を叩いた。
「あ、あなたっ。」
「クアロラルシュを継ぐ人間がそんなことで泣くな。」
父はそのまま部屋を出た。
「カイ、今日はもう寝ましょう。今、頬を冷やすタオルを持って来るわ…。」
僕は返事をしなかった。そして、この日以来、涙を流すことをやめた。
ふと目を開けると、また暗闇だ。呻き声のほうを見ると、白黒の獅子が座っている。
「君は、僕を食べる獅子かい?」
獅子は静かに僕を見ている。
「ノクスの獅子は双頭だったけれど…。君は、僕の何を試しているんだい?」
正直言うと、過去の嫌な記憶を見て、心は疲れている。けれど、きっとこれはセーラの魔道だ。僕は魔道を打破して、ユフィとマキの元へ戻らなくてはいけない。
獅子は、今度は静かに、暗闇へと立ち去った。
「騎士とは、模範たれ。」
十一歳になった頃には、元騎士の養父によって、騎士団入団試験に向けた特訓が始まった。
「国家に忠義を尽くし、武勇でもって国民の盾とならん。また、慈愛と礼節を忘れず、弱き者、子ども、婦女子を守らん。」
僕は養父を見て、きちんと頷く。ただ、それは振りだ。言葉の意味は分かる。けれど、なぜ生まれていない国家に忠義を尽くさないといけないのか、知らない人の盾にならないといけないのか、口に出来ない疑問を抱いていた。
特訓の途中、よく養父は写真を見せてきた。
「カイ、どうか覚えていてほしい。息子のフランツは十六歳で騎士団に入団し、ブランジェとの戦争で命を落とした。街の者を守るためだ。国のため、国民のため神海へ行った息子を、私は誇りに思う。」
フランツは僕と違って、グランディエ人らしい茶髪と青い目の青年だったという。
僕は写真を見ても、何と感想を抱いて良いのか分からない。僕は、この人の代わりに剣を振っているのか。この人の代わりに生きているのか。
ある日の特訓終わり、養母が言う。
「カイ、エルキエフさんのお家から、手紙が届きましたよ。」
それは数ヶ月に一度、少し気持ちが浮き立つ瞬間だった。貧しさには苦しんでいたけれど、やはり家族は恋しかったのかもしれない。
ただ、その手紙はいつもより特別だった。セシルからの、難しい単語や語順を用いた手紙が入っていたのだ。それまでは簡単で稚拙な文章だったのに。
【お兄さんのおかげで、毎朝階段を登って学校に通えています。私は将来、学校の先生になって、貧しい子も勉強が苦手な子も大切にする、優しい先生になりたいです。】
その丸みのある字に、僕は言葉に出来ない喜びが湧き上がった。レシオを離れたときは、文字を読むことすら出来なかったのに。
今は、何のために剣を振っているかは分からない。けれど、もしかしたら、見当のつかない努力だけれど、誰かのためになるのかもしれない。
僕は気持ちはガムシャラに、しかし頭は冷静に、自分の剣筋や体の動きを観察しながら、剣を振り続けた。
「カイ。」
僕の記憶が、少し先に進む。歓声が降り注ぐ武道場だ。目の前に養父がいる。
「カイ、この試合に勝てば、お前に騎士試験一位合格の可能性が生まれる。しかも、合格したら今年の受験者で最年少だ。」
柵に置いた僕の手に、養父と養母が手を重ねている。僕は十四歳だ。相手は十八歳。強い緊張感で口元に力が入る。
「自分を信じろ。お前は泣くこともせず、辛くとも歯を食いしばって、努力を重ねてきた。」
僕はまっすぐな養父の目に応えるように頷く。
「ただ。」
僕の手を握る養父の手に、力が入る。
「勝っても、喜びを見せるな。姿勢を整えて、王族方の席へ一礼だけするんだ。」
僕は分かっていたことなので、無言で頷く。それはいわゆる、敗者に対する礼節だ。
そして、試合が始まる。四つ離れているとは言え、相手に油断は見えない。ここまで勝ち上がった実力者であるし、自分で言うのもなんだが、僕の剣の実力は騎士志願者に名が通っていた。
相手の鋭い突きを、撫でるように剣を滑らせて避ける。そのまま後ろに引き、頭上から剣を振り下ろす。相手は素早く身を引き避けるが、それは予想済みだ。すぐに切り返し、僕の剣は相手を追う。相手の剣がそれを防御するが、姿勢に無理が見える。
ここだ。僕は足をまっすぐに、相手の腹に入れる。相手が苦しそうに後ずさったところを、踏み込んで剣を弾き飛ばす。
「やめっ。勝者、カイ=クアロラルシュ。」
さらなる歓声が降り注ぐ。武道場の二階、三階からも、惜しみない拍手が鳴る。僕は、養父の教え通り、息を吐いて、王族方の席へ深く礼をした。
王位に着く直前のティア王女が、立って拍手をしてくださるのが見えた。
僕は久しぶりの喜びと、高揚感を必死で抑えた。そして、相手に手を差し伸べる。相手は微笑んで手を取り言う。
「…レシオの金ネズミめ。」
相手は爽やかな表情のまま、恨み言を吐く。
「…礼節ですよ。」
僕も微笑みを貼り付けて言う。
そして、僕の左手首に、騎士の証明となる皮の装飾品が着けられた。319、1と刻まれた鉄のプレート。一位合格だ。これは誇りだろうか、契約か、はたまた手枷か。
そして、この日以来、僕の中の暗い火は消えない。
養父母は泣きながら喜び、この日はご馳走だった。
そして、故郷のレシオに報告の手紙を送ったら、すぐに喜びの返事が返って来た。それは家族だけでなく、下層に暮らす人々からの言葉も書かれていた。初めて書いたであろう、不慣れな文字が並ぶ。
僕の人生は、僕のものだけでないのだと、喜びとともに、重い責が肩にのしかかったのを感じた。
騎士団に入ってからは、【レシオの金ネズミ】だなんて、可愛い恨み言だった。年少者の僕は雑用を押し付けられたり、さすがに敵わない相手に殴られたりと、散々な目に遭った。
殴られたあと、先輩が僕の髪を掴んで言う。
「少しは泣くくらいの可愛げを見せろよ。」
僕は睨んで言い返す。
「ネズミが泣くところなんて、見たことがありますか?」
「生意気な異国人がっ。」
言い返せばさらに殴られるが、泣くよりもマシだった。
そして、僕は初めての戦場を経験する。ジオリダムでソラに話した、窮地に立たされた話だ。
訓練された騎士たちが、紙のように斬られ、もしくは魔道で焼かれていく。僕は無我夢中で人を斬った。魔道の火の玉が、耳を掠めた瞬間もあった。
生き延びた僕は、戦場の匂いと人を殺した嫌悪感で嘔吐した。初めて知ったことだが、嘔吐のとき、涙は吐瀉物に応じるように流れる。けれどこれは、感情で泣いたわけではないと、自分に言い聞かせた。
それから僕は、大小含め、いくつかの戦場を経験した。生き延びれば、僕を見くびる者は自然と減った。もしくは、練習試合の際に正々堂々と仕返しをした。しかし、負かした相手は言う。
「もうネズミじゃないな、獣だ。お前は勝ちと地位に貪欲な、ただの獣だよ。」
人は、腕で敵わないと思ったら口で攻撃するらしい。ネズミから獣に昇格ですか、と嫌味を返して、僕は立ち去る。
ある日、紫の紛争地帯との国境付近の警備中、先輩に言われた。
「お前の金髪は見事だな。」
「レシオ人では、珍しくないんですよ。」
また異国人に対する嫌味かと構えていたら、予想外の言葉が続いた。
「なんだか子どもの頃、おとぎ話で見た獅子のようでカッコいいよ。」
「…え?」
「グランディエの古い国旗は、金獅子が中心にいた。お前が騎士になったのは、何か運命的な意味があるのかもしれないな。」
先輩は煙草の煙を吐いた。僕は嫌味への返しに慣れていたので、そんな肯定的な言葉、久しぶりだった。なんと返して良いのか分からないまま、先輩とは別の部隊になった。
少しして、先輩の戦死の報告を聞いた。良い人は、すぐに神海へ行ってしまう。僕は、先輩の墓に煙草を供えた。
僕の中の暗い火は、燃えたままだ。
記憶が、現代に近づくごとに鮮明になる。しかし、気づいたらまた、暗闇にいた。
目の前に白黒の獅子がいる。
「君は、僕の何を試しているんだい?それとも、このまま記憶の世界から出さないつもりかい?」
僕が問いかけると、獅子の横に少年が立っていた。レシオにいた八歳の僕だ。
「ねえ、なんで、剣の道を選んだの?」
それは、答えを求めているのか分からない、頼りない目だった。
「レシオにいれば良かったのに。貧乏でも、家族と暮らしていれば良かったのに。なんで?」
ああ、違う。僕を責める声だ。僕が僕を責めている。
「グランディエに行ったから辛かったんだ。死にそうになったり、人を殺したり。レシオにいれば良かったんだ。」
確かに、レシオにいれば、少なくとも煉獄の予感とは知り合わなかっただろう。
「別に、剣が好きなわけじゃないでしょ?」
八歳の僕が、泣きそうな顔で問う。
「誰のために生きているの?何のために戦っているの?」
必死な八歳の僕を前に、同情をしながらも、彼を思い出す。そして、思わず笑ってしまった。
「なんで笑うの?」
「いや、ごめんよ。まるでソラみたいだなって。」
「ソラ?」
「ああ、君が十六歳になったら出会う少年だよ。」
「どんな子?」
うーん、と僕は考える。一言で分かりやすく伝えられる言葉が思いつかない。強いて言えば。
「傷ついても、一生懸命に生きている子だよ。」
すると、八歳の僕がうずくまって泣いてしまう。僕は、その金色の髪に手を添える。
八歳の僕が、泣きながら声を漏らす。
「どうやって生きていけばいいか、分からない。」
「うん、僕もそうだった。」
「お母さんの目は見えなくなっちゃうし、おばあちゃんは死んじゃうし、毎日お腹が空くし、セシルは泣いてばかりだし。」
「うん、辛かった。」
「僕には、剣しか無かった。」
「そうだね、それ以外見えなかったね。」
気づいたら、目の前の僕は、十四歳になっていたそして、涙を拭って反抗的な目を向ける。
「でも、強くなっても、誰かが嫌がらせをする。」
「そうだね、人は弱いからね。」
「なんで、そんな人のために生きなきゃいけないんだ?騎士なんて、ならなければ良かった。」
これが、僕の知らない本音なのだろうか。もしくは、あえて目を背けていた本心なのだろうか。まさか、こんな形で立ちはだかるとは。
僕は、誠実に立ち向かおうとする。しかし、相手は自分の本心なのに、自分がそこに何をぶつければ良いのか、見当もつかない。
そのとき、僕の暗闇に一つの曲が鳴り響く。
それは、ロンソ村で劇団ブロタールが演奏した【北国の夕焼け】だ。
僕が生まれた、北国レシオを思い出させる曲。僕は、マキが吹く笛の音色に、故郷の夕焼けを思い出し心が震えた。武闘大会でボロボロになって、家への階段を下りたときに見た、あの夕焼け。
僕は息を整えて、目の前の僕に語りかける。
「いいかい、君は十六歳で、ある出会いをする。」
目の前の十四歳の僕が、睨むように僕を見る。
「そして、旅に出る。僕は剣を使えるから、たくさん戦う。人もたくさん殺してしまう。平気な振りをして、本当はとても傷ついてしまう。」
そして、息を吐いて続ける。
「それでも、女王陛下の任務だし、僕が年長者だし、そういう理由で踏ん張る。表向きはね。」
「…表向き?」
「ああ、君はね、出会ってしまうのさ。無理をしてでも、カッコつけたい相手にね。」
「それは、どんな人だい?」
「恥ずかしいから、内緒だよ。でもね、いわゆる一目惚れさ。自分でもびっくりだよ。」
十四歳の僕は呆気に取られている。
「そして、旅の同行者はいつしか友人たちとなる。僕は、彼らを守れるこの剣の力に誇りを持てる。」
「本当かい?」
「ああ、大丈夫。ちゃんと剣を好きになれる。そして、努力は間違いじゃなかったと、今の僕は言える。頑張ってもがいている途中は何も見えないけれど、お互い諦めずに頑張ろう。」
すると、暗闇の空間に、光が差す。それは夜明けというよりも、あの優しい夕焼けだ。赤く深い夕焼けの色で、空間が彩られてゆく。
気づいたら、十四歳の僕はいなかった。代わりに、白黒の獅子が少しずつ金色に染まってゆく。
そうか。この獅子は、僕に燃えた暗い火だ。
劣等感と反抗心、定められた運命を覆そうともがく自分自身。けれど、そんな醜くて弱い自分を見せるわけにはいかない。微笑みで無理に隠しているうちに大きくなってしまった、暗い獣の本性。
でももう、その獣がいると認めることが出来た。辛酸をなめて殴られて、それでも踏ん張って僕がいる。
そして今、体を張ってでも守って、少しでもカッコいい姿を見せたい仲間たちがいる。過去の自分を励まし、将来の自分に誇れる道を、歩んでいる。
やがて、獅子も夕焼けに溶けていく。視界が染まり、北国の夕焼けの余韻だけが残った。
「カイ、カイっ。」
ゆっくりと目蓋を開ける。僕は旧教会跡に、横たわっていた。ユフィとマキが、僕をゆすっている。
「…あれ、夜?」
「夜だよ、馬鹿っ。」
ユフィが肩をたたく。
「カイ、良かった…。」
マキが泣きそうな目で見ている。
「みんなに会いたかった。」
「もう、何を言っているの。」
体を起こすと、マキにも肩をたたかれた。
そして、すぐに剣を握り直し、十字架のほうを向いて立つ。セーラは言う。
「驚きですね。まさか、私の罠を破るだなんて。」
「いや、今までの戦いで、一番の難敵だったよ。」
僕は剣の切先を向け、セーラとフロレットに近づく。フロレットは怯えて後ずさる。
「降伏するんだ。アリアレジスのディーン皇王に、あなたたちを託す。」
セーラの表情が、わずかに焦りで歪む。しかし。
「くっ、またか。」
わずかな香りがして、足に痺れが走る。
「あ、アセビの花言葉は危険…。痺れの有毒効果…。」
フロレットが怯えながら呟く。どうやら、希望教信者はしぶといようだ。悪あがきで、セーラのドレスの長い裾に剣を差す。しかし、トカゲの尻尾切りのように、彼女たちは姿を消した。
僕たちは、カスガの待つ姫神教会へ戻ることにした。二人は、痺れた僕の足に歩調を合わせてくれる。マキが言う。
「どうしてフロレットの沈黙の魔道のなかで、セーラは魔道を使えたのかしら?」
「セーラは、罠と言っていた。おそらく舞踏会のときに、何らかの魔道をかけていたのだと思う。」
ユフィが答える。あの瞬間に魔道をかけられていたなんて、まったく自覚が無かった。
「しかし、カイ。よく魔道を打ち破ったな。ジオリダムであれだけの人間を植物状態にした、強力な魔道士相手だというのに。」
ユフィの言葉に微笑んで言う。
「まあ、戻る理由があったからね。」
「それはなに?」
マキが問う。僕は少しだけ、その紫の瞳を見る。そして、微笑んで言う。
「いつか、そのうち言おうかな。」




