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【太陽物語】 夜明けへ進む少年は  作者: 立花ハル
《第八章 西方諸国、弱者たちの声》
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西方諸国ラベニク、メルヴィンの遣い《ソラ》

《ソラ》


 リーアムやサリアが見送ってくれて四日ほどして、俺たちは新たな国、ラベニクへとたどり着いた。

「ソラ、後ろを見て。」

 マキが、俺たちが歩いてきた道を指差す。

「何か落ちてるかい?」

 俺は特に何も注目できず、問いかけた。

「これがリーアムたちと歌った、希望の轍(わだち)よ。」

 後ろには、俺たちが歩いてきた草原が広がっている。改めて言われよく見ると、夏の伸びた草が、俺たちの歩んだ跡が分かるように倒れ、道のように見える。

「そうか、こうやって俺たちはずっと、歩いて来たんだな。」

 陽射しを目指して、希望の轍を残す。俺たちは、良い言葉を知った。


 ラベニクはカスガが言っていた通り、バードほどでは無いが、市場が栄え、生活しやすそうな雰囲気があった。たくさんの人が行き交い、賑やかだ。

 ただ、それは雰囲気だけだった。

「なんだ、この値段。バード以上じゃないか。」

 市場の食品を見て、思わずユフィが小声で呟(つぶや)く。それを聞いた俺たちは値札を見る。

 本当だ。バードの物価が普通の国の三割増しくらいだとすると、これは七割増しくらいだろうか。あまりの高さに五人で驚いていると、店主とチラリと目が合った。すると、店主は顔をフイっと逸(そ)らした。まるで、貧乏者に用は無いと言わんばかりだ。

 いくつかの店を覗(のぞ)いたが、物価はどこも変わりない。そして、商人たちの俺を見る目も冷ややかだ。

「よく見い。普通に見えて、誰もみな、上質なものを纏(まと)っておる。」

 カスガが顔をしかめて言う。俺は言われた通り、人々の服装を見る。しかし、上質というものが、よく分からない。

「本当ね。私たちが店で買った服とは違うわ。素材も糸も、上質なものでわざわざ仕立てている人が多そうね。」

 マキの言葉に、カイとユフィも頷(うなず)く。俺はやはりよく分からないので、曖昧に頷いた。

 その時、細身の女がぶつかって来た。

「あら、失礼。」

「いや。」

 そんな、ほんの一瞬のやり取りだった。すると、女が指くらいの太さの、短い筒を落とした。

「おや、葉巻じゃ。」

 カスガが拾う。すると、カイが何かに気づいて、その葉巻をパッと取った。カスガが驚く。

「どうしたんじゃ。」

「あ、ごめん。でも多分…。」

 そう言ってカイが少し力を入れると、葉巻はパキッと割れた。中から、包(くる)まった紙が出て来た。

「すげえ。諜報員みてえ。」

 俺はワクワクして、思った以上に大きな声で言ってしまった。

「馬鹿、隠して渡して来た意味が無いだろう。」

 ユフィに頭をはたかれる。痛い。マキが聞く。

「なんて書いてあるの?」

「住所と、宿屋、それから部屋の番号だけだね。」

 カイが俺にも見えるように、紙を見せてくれた。クセの無い文字で、無駄の無いメモだった。

「心当たりはあるか?」

 警戒心の強いユフィが問う。

「あるよ。ここでは言えないけれど。」

 カイが紙を、ユフィに渡しながら言う。なぜならカイは方向音痴で、彼に着いて行ってはきっとたどり着けないからだ。彼もそれを自覚している。

 しかし、カイがそう言うなら、行くしかない。俺たちはその宿屋を目指して歩き出した。


 賑やかな市場を西に行くと、少し静かな通りを挟み、また賑やかな市場に差し掛かった。

「良かった。こっちの市場は、手の届く価格帯ね。」

 マキが店をチラッと見て言う。俺たちは買い出しに心配が無くなったことに安心する。

「…品質はだいぶ悪そうだな。気をつけなくてはいけない。」

 ユフィが小声で言う。料理に慣れたユフィの言うことだ。間違いないだろう。

「ここだ。」

 紙に書いてある住所を頼りに、ユフィは迷うことなく宿に到着した。それはなんの変哲のない、ごく一般的な宿屋だ。


 宿屋に入ると、主人らしき夫婦が気さくな挨拶をした。カイが部屋番号を伝えると、妻のほうが二階に続く階段を示した。

 俺たちは階段を登り、ニ〇四号室に着く。そして、カイが扉を叩く。

「こんにちは。カイ=クアロラルシュです。」

「どうぞ。」

 女の声だ。恐らく、先ほどぶつかった女だろう。

「失礼します。」

 扉を開けて、中に入る。先ほどの細身の女が立っていた。親しげな微笑(ほほえ)みを浮かべている。

 俺たちが全員部屋に入り、扉が閉まったのを確認した女が恭(うやうや)しく頭を下げる。

「突然、無礼な方法でお呼びしてしまい、申し訳ありません。私はイザベル=ワークス。アリアレジス皇国(こうこく)第一執事、メルヴィン様直属の諜報員です。」

「えっ、メルヴィンの?直属ってどういうことだい?」

 俺は驚いて声を上げる。すると、イザベルはおっとりとした仕草で口元に指を立てる。

「ソラさん、お声を小さくどうぞ。」

「ご、ごめんよ。」

 いつもならガキ扱いすんな、とか悪態を返す俺だが、イザベルは仕草も口調も丁寧で、そんな気は起きない。

 イザベルは細身ということ以外、見た目に特徴が無い。化粧のせいか分からないが、二十歳にも見えるし、三十歳にも見える。ただ、その丁寧な口調が無ければ、カイたちと同じ年頃にも見える。

 言い方は悪いが、地味で平凡な女に見える。強(し)いて言うなら、常に微笑みを浮かべていることだろう。

「メルヴィン様が、カイさんならば葉巻に気づくとおっしゃっていました。」

 イザベルがカイに向けて言うと、彼は頷いて言う。

「はい。葉巻に薄く、グランディエの古い国旗が描かれていたので。それに、持って見たら中に空洞を感じました。」

 そう言って二つに割った葉巻を出す。確かに、薄っすらと何かが描いてある。

「さすがの観察力だな。」

 ユフィが感心して言い、カイは照れ臭そうにする。イザベルも言う。

「ええ、とても助かりました。ディーン皇王陛下とメルヴィン様からお預かりした言付(ことづ)けを申し伝えたかったので。」

「コトヅケ?」

「伝言のことよ。」

 マキが言い換えてくれた。

「皇王陛下とメルヴィン様は、この西方諸国に蠢(うごめ)く、姫神教会と希望教会の動きに注目しています。」

 蠢く。それは教会に使うには相応(ふさわ)しくない、怪しげな言葉だ。しかし、これまでの旅を経験した俺たちには、その言葉はあまりにもしっくりとくる。

 イザベルは続ける。

「西方諸国は同盟主バードが中心となって、長年、姫神教会への信仰が厚い地域です。」

「それは俺たちも感じたぜ。なんたってほんの数日前、バードに姫神教会の偉い人が来て、カラクナの独立だとかを助けるって場面を見たのさ。」

 俺はバードで経験したことを、簡単に説明した。

「違和感を抱きませんでしたか?」

「…かなり、あった。」

 リーアムに伝わらなかった違和感を、ようやく共有できた。俺だけでなく、他の四人も頷いている。

「西方諸国は古くから希望教を信仰する国が少なく、魔道後進国でもあるため、殉教の教えも知られていません。」

「だから、希望教を信仰するカラクナ出身のリーアムも知らなかったんですね。」

 カイが言うと、イザベルが頷いて言う。

「そこに現れたリュカと言う、殉教の教えを使う人物。ディーン皇王陛下も、その存在は知りませんでした。」

「リュカのことは、リーアムも全く知らん様子じゃったのう。」

 カスガの言葉に俺たちは頷く。マキが問いかける。

「シャーロット様は、アリアレジスの姫神教会本部の大司教なのに、間違いはないの?」

 イザベルは頷いて言う。

「はい。以前から本部に所属されていて、カラクナ独立の支援をシャーロット様に依頼されたのは、ディーン皇王陛下ですから、間違いありません。」

「そうなると、やはり話が変わるな。」

 ユフィが俯(うつむ)いて言う。

「なぜ、姫神教会の大司教が殉教の教えを使うんだ?あれは、希望教に所属する者のなかでも、さらに暗い道を行こうとする者が使う魔道のはずだ。」

 その言葉に、俺たちはまた深く頷く。

 オディオのシャグランと言い、ソクアヴェスタや希望教と対立する者が殉教の教えを使うなんて、それは邪道を進んでいるように思う。

「それを、私たちメルヴィン様直属の諜報員が調べているのです。皆さんが目にしたシャーロット様の身元は確かです。しかし、リュカが現れたこと、そしてシャーロット様が、まさか殉教の教えを使うだなんて…。ディーン皇王陛下も、メルヴィン様も驚いております。」

 それを聞き、俺は嫌な予感に襲われる。

「まさか、あんなに頑張ったリーアムが、リュカや姫神教会に裏切られちまうのか?リーアムはカラクナの独立や被害者を助けること、それと、希望教を信仰することを求めていたのに。」

 イザベルは、少し俯いて言う。

「それも、全く予想がつきません。皆さんももうお感じだと思いますが、姫神教会の権力は国を上回り、そうですね…、言い方を選ばずに申し上げますと、世界を陰で支配しています。」

 俺たちは互いの顔を見て頷く。ディーン皇王に口止めの呪いがかけられており、ソロもはっきりと、アリアレジスは姫神教会の操り人形だと言ったのだ。

 さらに俺は、ヒューが言っていた、姫神教会の呪縛という言葉も思い出す。

「ですが、国際法を制定したり、カラクナの支援というような国家の間を取り持ったりと、精霊戦争終結後、混乱した世界を導いたのも姫神教会なのです。ただ…。」

「行きすぎてるってことか。」

 俺がそう言うと、イザベルは頷いた。

「バードとカラクナ、ちゅうよりも、リュカとリーアムのことは、今後も見ていく必要がありますな。」

「はい、そう思います。バードには、私以外の諜報員が常に潜伏することになりました。」

 イザベルは懐(ふところ)から帳面を出しめくると、話題をかえた。

「姫神教会だけではありません。希望教会もやはり世界全体で、特に、これまで信仰の薄かった西方諸国で存在感を増しています。」

「それは僕たちも感じました。殉教の魔道士を見かけるようになったことや、ブランジェの侵攻。あまりにも、急な変化に感じます。」

 カイが言うと、イザベルが続く。

「姫神教会の国際法で希望教への差別が禁じられたとはいえ、やはり、堂々としすぎているのです。そこに、西方諸国のある情報が入って来ました。」

「情報?」

 俺が問うと、イザベルが答える。

「明後日の夜、ラベニクの豪商マルジャーナ家で、舞踏会が開かれます。そこに、希望教会の者が招待されていると言うのです。」

「え?あのマルジャーナがじゃと?」

 カスガが大きく驚いたので、俺は問う。

「そんな驚くことなのかい?」

「ああ、まあのう…。」

 カスガが気まずそうにしている。反応してしまったのは、ついうっかり、と言う様子だ。

「驚くのも無理はありません。マルジャーナ家は代々、姫神教の熱心な信者で、交易する際も宗教や国籍など、相手を選ぶこだわりがあります。」

「なんか感じ悪いな。」

 イザベルの言葉につい、反感を覚える。

「マルジャーナ…、ああ、絹(きぬ)のマルジャーナか。」

「へえ、有名なのかい?」

 カイが何かを思い出したので、尋ねてみる。

「ブルート制度が廃止される前のレシオが、よく交易していた商人だよ。世界屈指の絹商人で、レシオの上層階級に人気だったんだ。絹は高級品だから赤字になる家も多かったけれど、マルジャーナの絹は質が良くて、それでも欲しがる家が多かったって聞いたことがあるよ。」

「キヌ?」

「ラベニクの入り口のほうの市場で、上質な服を着ている人が多かったでしょ。肌触りも良くて、光沢感もある。ああいう高級な布地のことよ。」

 マキの言葉に、俺はへえ、と納得する。そう言われると、ユージーンの屋敷で着たシャツや、レノールのモデルをしたときに着たシャツも、絹だったのかもしれない。

「ちなみに、バードで油塗(まみ)れになったお前の服は、全身が絹素材だったな。」

 ユフィがカスガを見て言う。カイとマキは目を丸くして驚いた。

「ほう、そりゃあもったいないのう。」

 カスガはいつもの知らんぷりをした。

「マルジャーナ家は自慢の絹素材を使った衣装を招待客に貸し、舞踏会を開くことを定期的に行っています。商品の宣伝も目的にしているため、その招待客は、各国の王族や上流階級、俳優などがほとんどです。」

「へえ、なんだか遠い世界だな。」

 俺は頭の後ろで手を組んで言う。イザベルの説明は、言葉にした通り想像のつかない世界だ。

「そちらに、皆さんと参加したいのです。」

「えっ。」

 まさかの言葉に、俺たちは驚く。イザベルは構わず続ける。

「もちろん、私も同席します。私たち六人で、アリアレジス上等学院の学生に扮(ふん)します。あ、カイさんはせっかくですので、グランディエの騎士として参加してください。」

「アリアレジス上等学院か。各国から金持ちの留学生が集まる学院だな。まあ、俺たちのような異国人どうしの組み合わせでも、説明はつくな。」

 ユフィが冷静に言う。

「いやいや、なんでそんなところ行かなきゃいけないんだい。」

 俺は首を横に振って、激しく抵抗する。そんなお上品そうで堅苦しそうなところ、絶対行きたくない。

「なんでって、希望教の動向だとか、この国に希望教がどう関わっているのかを探るためじゃないのかい?」

 俺の後ろに立ったカイが、俺の頭を固定して言う。しかし、俺はまだ抗(あらが)う。

「イザベルだけじゃダメなのかよ。」

「ソラさんたちが、希望教と接触したことがあるとお聞きしたので、ぜひ。」

「嫌だ嫌だ嫌だっ。」

「諦めろ。真実を探すことにこだわってるんだろう。」

 ユフィが俺の額に、指を当てる。

「いだだだだだっ。」

「か、カスガ。どうしたの?」

 マキが驚いて慌てる。カスガは大げさに腹を抑えて言う。

「腹が痛(いと)うてのう。こりゃあ、ワシゃ明後日は無理じゃ。すまんのう。」

「カスガっ、汚ねえぞ。棒読みじゃねえか。」

 俺は前のめりになったカスガの肩を掴(つか)んで揺さぶる。カイも俺越しに、カスガの頭を抑えて言う。

「カスガ、大丈夫だよ。白湯(さゆ)や腹巻きで、腹回りを温めよう。」

「…なんでしょう。メルヴィン様からお聞きしていたよりも愉快な方々ですね。」

 イザベルが呆れるのを必死に隠して言う。ユフィは、一緒にしないでくれ、と言う。

「目的は重要だけれど、絹のドレスなんて素敵じゃない。」

「じゃあマキとイザベルだけで行ってくれよ。」

 ニコニコ微笑むマキに俺は言うが、カイに止められる。

「いや、女性に付き添うのも、騎士の大事な使命だよ。」

「ワシゃ騎士じゃない。ただの薬剤師じゃっ。」

 カスガも俺と同じく抵抗する。もはや二人して駄々っ子だ。

「皆さん。」

 やいのやいの騒ぐ俺たちを、イザベルの静かな声が制止する。そして、小ぶりな鞄(かばん)から分厚い封筒を出す。

「まさか。」

 ユフィの銀色の目が大きく開く。

「二十万ルピーです。舞踏会に同行していただくだけで、お渡しいたします。」

 イザベルの微笑みに、妙な迫力が宿る。

「引き受けよう。」

 ユフィが即答する。カイはカスガの、マキは俺の頭を抑えて、頷かせる。俺とカスガは下を向いたまま目を合わせ、諦める決意を、互いに無言で固めた。

「この宿の部屋は、皆さんで使ってください。料金は一週間分ほど、先払いしております。私は別の宿を取っておりますので。」

「ありがたいです。」

 カイが微笑んで言う。

「…ちなみに、皆さん。私の年ですが、いくつだと思いますか?」

 イザベルが意味深に微笑んで問う。女の年齢なんて、聞くなといつも怒られているのに。

「僕は、二十五歳くらいだと。」

「え、ワシゃ三十じゃと思うたが。」

「え、俺は二十…、だと思ったぜ。」

 カイ、カスガ、俺が答えた。俺はいつも叱られるので、少し若く見積もった。

「いや、俺と同じくらいだろう。」

「私もそう思うわ。」

 ユフィとマキが当然のように答える。と言うことは、十五歳か。先に答えた三人がえっ、と声を上げる。そして、五人で口を尖(とが)らせてイザベルを見る。

「正解は…、職業柄、秘密にしております。ですが、皆さん敬語を使わないでいただいて大丈夫ですよ。」

 俺はえーっ、と声を上げる。

 そして、舞踏会当日の待ち合わせ時間や場所を確認して、イザベルは部屋を出た。

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