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【太陽物語】 夜明けへ進む少年は  作者: 立花ハル
《第八章 西方諸国、弱者たちの声》
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西方諸国バード、虐げられた者の声を《ソラ》

《ソラ》


 その日が、来てしまった。


 俺たちは、その三日後が来るまでも、リーアムの元に通った。

「ワインの箱なら、いくらでも見てくれよ。」

 リーアムはしつこい俺に諦めがついたのか、次々と仕入れるワインの箱を覗(のぞ)くのを許してくれた。

「ふむ…。ただ瓶が入っとるだけじゃのう。」

「ワインに毒が入ってて、リーアムを殺そうとしてるとか?」

 カスガと俺でそんな会話をし、一応リーアムにそれを伝えてみた。しかし、リーアムはいわゆる下戸(げこ)らしく、酒は客に出すだけだという。

「俺が酒を飲めないのは、ズワルウの仲間ならみんな知っているさ。それで?ワインの箱に異変はあったかい?」

「…いや、見つからないさ。」

「そうだろう。裏切りの燕(つばめ)なんて、きっといやしない。まあ、夕飯ならいくらでも食べて行くといいさ。」

 リーアムがそう言ってくれるので、俺たちは食堂で夕飯を取ることにした。クロケットはやはり美味(うま)い。

 そして、食堂は初日のように音楽で賑わっていた。むしろ、破壊行為に向けて、気持ちを高揚させる歌ばかりを歌っていた。


 神の子らよ、祖国を忘れるな!

 血に塗(まみ)れた旗を、決して忘れるな!

 敵は我が故郷を踏み荒らす!

 群衆よ、言葉を持て、武器を持て!

 そして、侵略者よ、震え上がれ!

 我らは選ばれし、カラクナの戦士!

 神の威光を背にした神の子!

 さあ、侵略者よ、震え上がれ!


 アイラとリューズの最期、そして、リーアムの復讐心を知った今、この歌詞はどこか、俺たちに悲壮感めいた説得力を持って響いた。最初はただ異様で、恐ろしいだけの歌だったのに。

 夕飯を終え会計をする時、リーアムに声をかけられる。

「なあ、旅人さんたち、作戦は明日だ。今日の夜には荷物をまとめて旅立ちなよ。作戦中は、きっと街の門は閉ざされるから。」

 それは、俺たちに向けられた、どこか親しみのように感じた。しかし、俺は首を横に振る。

 そこに、新しい客が入って来た。リュカだ。軍服でなく私服姿で、どこにでもいる若者に見える。

「…いらっしゃい。」

「お勧めのワインと、カラクナの伝統料理を紹介してくれないか。」

「君は、何が狙いなんだい?」

 リーアムが静かな警戒心を、リュカに向ける。

「言っただろう。カラクナの血が半分流れた、僕は君の味方だと。」

「食堂ではズワルウの仲間が、明日の作戦に向けて馬鹿騒ぎをしている。だが、作戦内容なんて誰も話をしない。作戦内容を盗み聞きできるなんて期待をしないでくれよ。」

「そんなに警戒しないでくれ。私はただ、料理を楽しみに来ただけさ。」

 リーアムとリュカはそんな会話をし、一人の店主と客としてカウンターに立った。

 俺たちは店を後にする。そんな俺たちを、サリアの鋭い視線が追っていた。


 そして、作戦決行日だ。

 俺たちは朝から、観光地のど真ん中だと言う、大きな姫神教会もある広場へとやって来た。

 まだ朝早い時間だと言うのに、教会へ礼拝に行く者や、散歩がてら友人と会話を楽しむ者など、広場は賑わっている。

 兵士は巡回している。だが、それは観光地を守備するための普段通りの警備で、特別な警戒態勢を取っているように見えない。

 しかし、騎士の洞察力が光る。

「あの人も、あの人たちも、私服だけれど、たぶん軍人だ。」

 カイが小声で言う。俺は尋ねる。

「なんでだい?」

「剣や槍といった、目立つ武器は装備していない。おそらく、シャツに隠れる警棒を装備していると思う。だから、ベルトが上着やシャツで隠れるような服装をしている。」

「なるほどのう。」

「それに、運河に架けられた橋の柵だったり、建物の壁だったりを背にして、背後を取られないようにしている。これは、きちんと打ち合わせられた警戒態勢だと思う。」

 そう言われて、俺たちは辺りを見回す。しかし、そうなると誰もが私服の軍人に見えて仕方ない。

「確かに。建物の上には、魔道兵が待機していそうだ。」

 ユフィが前を向いたまま呟(つぶや)く。俺は頭上を、首が痛くなるくらい見渡す。しかし、今度は窓を開けて洗濯物を干したり、窓辺の花に水をやったりと、全員が普通の市民にしか見えない。

「ソラ、お前ももう少し精霊の気配を受け取れるようになれば分かる。スベルニアで、ブライト先生の家を見つけたときのようにな。」

 ユフィのその言葉に、俺は自分の成長を期待して頷(うなず)いた。


 三時間ほど経って、広場はますます賑わってきた。あちこちで大道芸人が芸を披露し、それを囲む客で、広場は人が溢(あふ)れんばかりにいる。

 俺たちはカイの提案で、教会前でずっと待っていた。なぜなら、教会前は階段となっており、ほんの数段とは言え、広場を少しは見渡せる位置だからだ。

 俺たちは少しも緊張感を切らさず、広場を眺めている。


 その時だ。

 カラクナ区域のほうから、高らかで壮大な音楽が、広場に進んで来るのが、まず耳で感じ取れた。

「来たっ。」

 俺は立ち上がる。大道芸人も市民も、その突然の音楽に興味を奪われている。やがて、あの燕(つばめ)の旗が何流も見えた。

「道を開けろっ。広場の中央は俺たちが立つ。」

 リーアムのたくましい、よく通る声が、人の波を分けていく。リーアムの後ろには楽器を奏でる者や、木箱を担(かつ)いだ者が続く。

 人々はズワルウたちの迫力に圧倒され、道を開けていく。逃げる様子は無く、その組織の行動から目が離せなくなっている。

「あれは、ズワルウ?いつもは小規模な抗議活動しかしてないのに…。」

「今日は人数といい場所といい、規模が違うぞ。」

 俺たちの近くで、そう話す声が聞こえた。いかにリーアムが、今日の作戦に賭けているかが分かる。

 ズワルウは広場の中央にたどり着くと、木箱を積み上げ、そのうえにリーアムが立った。彼の体格も相まって、何か大きな嵐が起こるような、歴史の転機に立ち会っている気持ちになる。

 リーアムは大きく息を吸って、叫ぶ。

「このたびは、我らカラクナ奪還組織ズワルウが、この場を借りてしまい申し訳ない。私はズワルウの指導者、リーアムだ。国、身分関係なく、皆さんにお伝えしたいことがある。」

 壮大な音楽は止み、人々も息を呑んで彼の声に耳を傾けている。

「精霊戦争中、我々カラクナは、バードからの同盟入り要請を拒否し、占領された。それは、多くの方が知っているだろう。」

 リーアムが立つ木箱の周りは、ズワルウの仲間が守るように囲っている。俺はリーアムに目を奪われているが、カイとユフィは、常に周りを観察していた。

「では、その際にバード兵によって虐(しいた)げられたカラクナの民がいたことは知っているだろうか。今日は、我々迫害を受けた者の叫びを聞いてほしい。」

 すると、その言葉のあと、やめろ、降りろ、などリーアムを罵倒する声が起きた。しかし、ズワルウは止まらない。

 リーアムの隣に、老人が立った。

「私の息子は、カラクナ兵として、バード兵と戦ったっ。」

 その老人の叫びは、年相応の弱々しさがあり、かすれてもいるが、なぜか聞き手の耳に届いた。

「息子は戦争によって仕方なく徴兵されただけの、ただの商人だった。だが、戦争末期は泣く泣く槍を手に取り、都を守るために戦ったっ。」

 老人の目には涙が浮かぶ。罵倒する声はまだ聞こえるが、それを止める声もする。

「バード兵は強かったっ。息子をはじめ、多くのカラクナ兵が投降した。しかし…っ。」

 老人の目から、涙が溢(あふ)れる。

「バード兵は、投降した兵を木に縛り付け、死ぬまで槍で串刺しにしたっ。私たち家族の前で、笑いながらっ。」

 人だかりがどよめく。その顔には驚きや嫌悪感が浮かんでいる。なかには、まだ疑いの眼差(まなざ)しを向ける者もいた。

「ズワルウどもめっ。今すぐ抗議活動をやめろっ。」

 広場にバード軍が入ろうとする。しかし、その道にズワルウが立ちはだかる。兵が叫ぶ。

「どけっ。」

「どくかよっ。」

「丸腰のお前らに何が出来るっ。」

「兵隊さんこそよ、俺らを刺してみろっ。俺らは命を賭けて、カラクナを取り戻してやるっ。」

 言葉通り、立ちはだかったズワルウは武器を持っていない。これでは、市民に対する一方的な攻撃になってしまう。バード兵は、ズワルウの覚悟にたじろいでいる。

 気づいたら、先ほど叫んだ老人は、サリアに手を取られながら、泣きながら降りていた。

 次に木箱の上に立ったのは、若い女だ。女も体全体を使って叫ぶ。

「私は、十五歳でバード兵に捧げられたっ。」

 女が叫び始めると、バード兵たちがやめろ、と怒鳴る。しかし、それを別の女たちが黙りなさいよ、と止める。

「私は昼も夜も、寝ているとき以外はずっと、男の相手をさせられたっ。まだ恋もしたことがなかったっ。」

 男が木箱の上の女を罵倒し、それを別の女が止める、と言うのを繰り返していた。

「寝ているときだって、叩き起こされて相手をさせられたっ。私に人権なんてなかったっ。気づいたときには、私は病気になって捨てられた…。もう、子どもを授かることも出来ないっ。私が生き証人よ。私は、バード兵を許せないっ。」

 女は気丈に、最後まで泣くことなく叫んだ。代わりに、聴衆の女たちに泣く者がいた。ズワルウの女は、自分の力で木箱を降りた。

 再び、リーアムが声を張り上げる。

「聞いてくれたかっ。カラクナ国民の叫びを。我々は一つの国として故郷や信仰を奪われただけでない。あらゆる方法で、人としての誇りを踏み躙(にじ)られた。」

 そのとき、私服の軍人や、建物の上から見下ろしている魔道兵が、一気に敵意をリーアムに注ぐのを感じた。俺たちは顔を合わせるが、今この時点で、出来ることは無い。

「カラクナの受けた迫害を、歴史に埋もれさせてはいけないっ。我々ズワルウがバード国に求めたのは二つ。」

 リーアムは指を二本立てた。

「一つは、カラクナ国の独立と、信仰の自由を認めること。そしてもう一つは、先ほどの彼らのように、非人道的な行為を受けた者を救うための、刑罰と賠償を行うこと。」

 聴衆はどよめく。しかし、それは驚き戸惑いつつも、カラクナ人への同情が生まれているようにも感じた。

「私はすでに、バード国王にその要求を伝えてある。そして、期日までの返答を求めた。その期日が今日だ。さあ、バード軍よ、王の返答はいかにっ。」

 聴衆はさらにどよめく。しかし、誰もが逃げることなく、二つの国の行く末を見届けようとしている。


「どけっ、通せっ。」

 図々しい声が人だかりの向こうから聞こえて来た。ズワルウと人波を掻(か)き分けて、ウィレム大佐がズカズカと広場の中央へやって来た。

「ズワルウのリーアムよ、王の返答を持って来た。」

 ウィレム大佐がそう叫ぶ。しかし、俺たちは顔を見合わせる。手紙は破られている。

 それは、リーアムにも伝えたはずだ。

「ウィレム大佐、高いところから失礼する。王はなんとおっしゃっていたか。」

 リーアムは、あくまでも堂々と問う。

「返答は、どちらも受理いたしかねる、だ。」

 ウィレム大佐は顎(あご)を上げ、見下すかのような目線で言い放った。ズワルウの面々は口々に異議を唱える。ズワルウの者ではなさそうな、一般市民も疑問の声を上げる。

「静かにしろっ。」

 リーアムの一喝で、ズワルウの声は収まる。

「理由をお聞きしたい。」

 リーアムは冷静に問う。しかし、その拳は爪がめり込むほどに強く握られている。

「あなたたちが言う非人道的行為に、証拠が無いからだ。」

 ウィレム大佐の一言に、ズワルウはますますの糾弾(きゅうだん)の声を上げる。それは、もはや怨みの声だ。大佐はそんな声を浴びても、胸を張ってなんて事の無いように腕を後ろで組んでいる。

「分かった。こうなったら、こちらも最後の手段を取ろう。」

 リーアムが、静かに言う。そして、木箱の下のズワルウに手を伸ばす。

「魔道弾かっ。」

 俺たちはいつでも走れるように、マキは結界を展開出来るよう構える。


 しかし、リーアムが手を差し出したのは、一人の女だった。老年に差し掛かった女はリーアムの手を取り、木箱の上に立つ。凛とした姿勢で、纏(まと)った装束には姫神教の刺繍がされている。

「な、なぜっ…?」

 これはウィレム大佐にとって予想外の出来事らしく、目に見えて慌てている。

「姫神教会アリアレジス本部に所属されている大司教のお一人、シャーロット様だ。」

 シャーロットと紹介された女は、丁寧に礼をする。すると、まるで波紋が広がるように、広場にいる人々も深く礼をした。バード軍の兵たちも、一斉に帽子を脱いだ。

「そ、そんなすごい人なのかい?」

「姫神教会でも、世界に十数人しかいらっしゃらない高い地位の方だよ。」

 俺の問いに、カイは答える。しかし彼も、目の前の光景が信じがたいのか、シャーロットから目を離せないでいる。

 リーアムはシャーロットよりも高い位置に立たないよう、木箱を一段降りて話す。

「私は数年間、姫神教会本部にカラクナが受けた迫害について何度も訴えを起こしていた。そしてこの一年でようやく、アリアレジス皇王ディーン陛下の耳に届き、こちらのシャーロット様のご協力をいただけることとなった。」

 リーアムの説明に、ウィレム大佐をはじめ、バード軍は平静を失っている。

「ウィレム大佐。」

 シャーロットが静かに、しかし重みのある声で呼びかけた。

「は、はいっ。」

「バード国が占領した際の、人道に反する行為。リーアムの話を聞く限り、姫神教会が定める国際法に反する行為が、多く行われていたように思えます。」

「そ、それは…。」

「そのうえ、組織的かつ、秘匿(ひとく)的な性質を感じます。もはや、バード国の法では手に負えないと判断しました。我々、姫神教会が第三者的に調査をし、国際法に則(のっと)って正しく罰します。」

「そ、そんな…。」

 先ほどまでの堂々とした態度が嘘のように、ウィレム大佐はその場に座り込んだ。


 しかし、次の瞬間、俺たちの頭上から声がした。

「燕よっ。ワインを開けろっ。」

 俺たちは、すぐに天を見上げる。すると、姫神教会や建物の屋根から広場に向けて、何かの液体が大量に撒(ま)かれた。あちこちから悲鳴が上がり、俺たちも全身に浴びてしまう。

「あ、油っ?」

 液体を触ったカスガが、顔を青白くする。俺たちも、一瞬で嫌な予感に襲われる。

 すぐに天を仰ぐ。

 二つ、丸い影が降ってくるのが見えた。

 魔道弾だ。光を放っている。

〈ソラ、風を起こすんだっ。〉

 俺の内側から、リューズが叫ぶ。

「うあああっ。」

 無我夢中で手のひらを天に向ける。

 鷹が飛び立ち、二つの竜巻を天空で巻き起こした。竜巻は魔道弾を飲み込む。

 すると、すぐに炎の竜巻へと変化した。火の粉が広場に降り注ぐ。

「火の魔道弾かっ。」

 ユフィが炎の竜巻を見て言う。

 広場の人々は悲鳴を上げて、泣き喚(わめ)いている。

「大丈夫だっ。小さな火の粉に過ぎない。互いに服を叩き合うんだっ。」

 リーアムが、シャーロットを守りながら叫ぶ。

「まだだっ。負けるな、リューズっ。」

 気づいたら、俺は両手のひらを天に向け、風の召喚獣リューズに祈りを捧げていた。

「また来たっ。四つだ。」

 カイが叫ぶ。マキが笛を構えるが、間に合わない。

 すると、広場全てを巻き込むほどの、雄大な歌声が響き渡る。


 彼方(かなた)に見えるは、ファーダルーヴェの峰

 峰より流るる清き水

 我らを育てしドレスレアの大地よ

 明るいほうを目指して歩まん

 希望の轍(わだち)を残して歩まん

 我らは陽射しを目指して

 進むべき道を進み

 我らの背後に轍を作らん


 それは、ズワルウたちの歌声だった。歌声は強力な結界となり広場を包み、魔道弾を拒(こば)む。そして、結界のうえで炎が走る。

 悲鳴は起きているが、徐々に人々はその結界に守られているのに気づき始める。歌う声は、一人、また一人と増え、少しずつ重なっていく。

 広場が一つとなり作られた結界は、何重にもなった炎を完全に打ち消した。

 やがて、広場は少しずつ静寂を取り戻す。

「よ、よかった。生きてるっ。」

「た、助かったの?」

 広場の人々が、互いに手を取り合い、抱き合い、無事を喜び合った。それはバード国民、観光客、ズワルウと関係なく、喜びの輪は広がった。

 俺は、炎の竜巻が消えたのを見届けると力が抜けて、尻もちをついた。

〈ありがとう、ソラ。おかげでリーアムたちを守れたよ。〉

「いや、リューズ、あんたの力のおかげさ。」

 リューズはそれを聞くと、魂となって俺の胸に溶けた。

「ソラ、すごいわ。やったわね。」

「おお、おヌシは英雄じゃ。」

 マキとカスガが、両方から抱きしめて来た。

「く、苦しいよ…。」

 俺は達成感と油っぽさ、あとは照れ臭さで顔を赤くする。

「あそこを見るんだ。」

 カイは警戒を解いていなかった。彼が指差すほうを見ると、建物の上にズワルウの旗が揺れている。そして、ズワルウらしき若者たちを抑える、バード兵が見えた。

「あいつ、リュカ?」

 それは、俺たちの見覚えのある兵だった。

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