↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【太陽物語】 夜明けへ進む少年は  作者: 立花ハル
《第八章 西方諸国、弱者たちの声》
PR
69/96

西方諸国バード、信じる《ソラ》

《ソラ》


 リーアムの食堂に着いた頃には、眩しい西陽が差していた。食堂はどうやら怪我人の手当てをしているらしく、今日は開店しないようだ。

 俺たちはその様子を見て、こっそりと食堂の裏手へ行く。陰にある血塗(ちまみ)れの旗が、記憶を見てしまった後のせいか、余計、悲しげに垂れて見える。

「よう、リューズ。また来たぜ。」

〈ソラ、だったかな。また来てくれたと言うことは、いろいろ考えてくれたと言うことだね。〉

 それは銀の糸で耳にした、優しい声だった。

「ああ、正しい同情は、難しい問題だったけどよ、俺にいろいろ考えさせてくれたぜ。」

〈ありがとう。どう考えてくれたんだい?〉

「アイラとリューズ、それにリーアム、みんな、戦争や迫害でとても傷ついた。その記憶は、見ていて苦しかった。俺は、復讐に燃えるリーアムに同情する気持ちが強い。本当はこんな通りすがりのガキが同情だなんて、リーアムに失礼だけどよ。」

 目に見えないリューズが、静かに耳を傾けているのを感じる。

「でも、リューズ。リーアムは復讐心と戦ってるぜ。本当はバード兵を殺したいほどの気持ちを、必死に抑えてバードに立ち向かっていると思う。」

〈そうか…。一時期は荒れていて、本当に人の命を奪うのでは無いかと心配したが…。〉

「リーアムは、頑張って生きてる。それで、正しい同情の話なんだけどよ。」

〈ああ。〉

「確かにリーアムは被害者だ。それでも頑張って、人を傷つけずに行動するあいつを、俺はすごいと思う。けどよ、もしもリーアムが人を殺そうと判断したら、それは絶対に止める。」

〈なぜだい?同情しているのに?〉

「ああ、俺はリーアムに同情している。だからと言って、人を殺したり、無闇に不幸にしたりするのを許したら、それは間違った同情になると考えたんだ。そこの線引きは、ちゃんと持つ。それが、あんたの言う正しい同情なんじゃないかい?リーアムを迫害する側や、加害者にしちゃいけない。いや、させたくない。」

〈なるほど…。よく考えてくれたね。〉

「リューズ。リーアムは、ちゃんと戦っている。人を殺さない決意をちゃんとしてる。そのうえで、罪を償うことを求めている。けどよ、それを裏切ろうと、罠に嵌(は)めようとしているヤツがいる。」

〈本当かい?〉

「ああ、燕(つばめ)の力を借りて情報を得たんだ。これから、リーアムにその話をするつもりだ。」

〈そうか…。〉

 すると、旗が眩(まばゆ)い光を放つ。俺たちは目を瞑(つむ)り、そして、目を開く。

「りゅ、リューズ…?」

「これは…、立派な鷹じゃのう。」

 カスガが驚いて言う。凛々しい瞳に、鋭い黄色の嘴(くちばし)と脚、そして、大きく広がる羽根。それは小さな燕とは正反対の、堂々とした存在感だ。

〈ソラ。僕の力を貸そう。僕は風の魔道なら誰にも負けない。そして、カラクナの国旗に描かれた鷹の姿を、死後に得られた。大空を滑空する力で、君の助けとなろう。〉

 リューズはそう言うと、光に羽の生えた魂となって、俺の胸に溶けた。その瞬間、俺の体が風に包まれ、少しだけ地面から浮き上がった。

「すごいな。かなり強い風の力を感じる。」

 ユフィが目を丸くして驚いている。

「本当に。でもこの風は、強力だけれど汚れの無い、とても美しい風よ。」

 マキが、リューズの力を心から讃えているのを感じる。

「風瓏(ふうろう)の民のマキが言うなら、間違いないな。」

 俺がそう言って胸に手を当てると、リューズが照れ臭そうにしているのを感じた。

「さあ、ここからが本当の戦いだね。」

 カイの言葉に、四人で頷(うなず)く。

 そして、食堂の表へ歩き出した。


「リーアム。」

 俺は、慌ただしそうに傷ついた仲間を手当てするリーアムに声をかけた。

「おや、君たち、もう関わるなと言ったのに。」

 その表情は、気さくな青年のものだった。俺は言う。

「いや、サリアのことも気になってよ。」

「彼女なら大丈夫だよ。落ち着いて、今は眠っている。なんなら全員、心配いらない。あの魔道弾は広範囲に攻撃が及ぶが、与える傷は浅いからね。」

「その魔道弾で、三日後に攻めるのかい?」

 俺の問いに、無言のまま、リーアムの目が鋭く光る。

「それとも、敢(あ)えてその魔道弾で攻めるのかい?」

「…今度は何を見たんだ?」

 俺は怪しむリーアムを、外へ連れ出した。

 そして、宿で話した通り、手紙は破られてしまったことを伝えた。さらに、ウィレム大佐が本当は刑罰を恐れていることも伝えた。カイが、バード王も関わるかもしれないことを付け加えてくれて、心強い。それについては、さすがにリーアムも驚いた様子だった。

 そして、肝心なことを伝える。

「大佐は言ってた。裏切りの燕に、特上のワインをって。」

「裏切りの、燕…。」

 リーアムが酒樽(さかだる)に座って、下を向く。

「どう裏切るかは話していなかった。でも、たとえばバード人を殺して、ズワルウの立場を悪くするとか、いろいろ考えられると思うんだ。」

 俺は必死になって説得する。リーアムはゆっくりと顔を上げて、茶色い瞳を俺に向ける。

「それで?どこから、どこまでを信じればいいんだ?」

 俺はその復讐者の静かな迫力を前に、口元に力を入れる。しかし、俺は引けない。

「燕になって、見たんだ。魔道を使えば、鳥の視点を借りれる。」

「へえ、燕か。ちょうど俺たちの旗印だ。ペテンに使うには洒落(しゃれ)てるよ。」

「ペテンじゃない。本当さ。」

「長年、抵抗運動を共にした同郷の仲間よりも、君を信じろと?」

「それは…。」

 俺は、用意していた武器が無くなった気分だ。

 そのとき、俺の内側で、何かが波打った。俺は、その波を、感じたままに言葉にする。

「リーアム。」

「うん?」

 リーアムは、変わらず疑いの目を向ける。しかし、俺は内側から湧き上がる言葉を口にする。

「僕がアイラと初めて会ったのは、希望教会に続く坂の途中だった。アイラが貧血を起こして座り込んでいるのを、僕が心配で声をかけたのが始まりだった。」

 自分の意志でない言葉なのに、なぜか感情がこもってしまう。

「互いに惹かれ合うように、僕たちは恋に落ちた。それに、精霊戦争で親を亡くしていると言う境遇も重なって、強く、強く惹かれあった。」

 リーアムの眼差(まなざ)しが、どこか懐かしそうに細くなる。

「僕とアイラは、すぐに結婚を決めた。でもアイラには僕と違って、家族がいた。それが、リーアム、君だ。」

 リーアムが短くため息をついて言う。

「ソラ、君はなかなか演技派だね。だが、そんなの…。」

「僕は。」

 俺は、いや、俺の内側のリューズが、リーアムの言葉を遮(さえぎ)った。

「僕は怖かった。リーアムに紹介されるのが。こんなナヨナヨした魔道士が、大切なお姉さんを迎えて良いのか。挨拶のとき、僕は人生で一番、緊張したんだ。でも、君は言ってくれたね。」

 そして、俺は、リューズは、息を整えて言う。

「リューズだなんて、俺の名前とそっくりじゃないか。リューズとリーアム。義理の兄弟になるには、ややこしいな…、って。」

 その言葉で、リーアムはどこか少年のような、誰かの弟である自分を取り戻したような表情になった。

「僕はそんな、おおらかで無邪気な君の兄になれるのが、嬉しかった。三人で生きていきたかった。でも、それはもう叶わない。だから、この旅人の体を借りている。」

 すると、リューズは俺の内側で、涙を泉に落としながら訴える。

「どうか、抵抗運動も独立もやめてほしい。いや、せめて、三日後に行うと言う破壊行為をやめてくれ。君には復讐をやめて、幸せに生きてほしいんだ。」

 ここで俺の内側のリューズは、もう言葉にならないくらい、しゃくり上げるように泣き始めた。リューズと言う繊細な男なりの、精一杯の訴えだったのだろう。

 リーアムは、しばらく黙って俯(うつむ)いた。そして、言葉を発する。

「ソラ、たぶん、君の不思議な力は本物なんだろう。ようやく信じる気になった。リューズと初めて会ったときの、名前が似ていると言う会話なんて、俺と姉さん、リューズしか知らないからな。」

 そう言ってリーアムは、顔を上げる。

「だが、もう俺は退(ひ)かない。」

「なんでっ。」

 俺は一歩前に出て、リーアムに問う。

「俺は、もう矢を放ってしまった。バード軍で地位のある者に、王を巻き込むほどの手紙と宣言を寄越してしまった。今更、やはり無しで、だなんて出来ない。」

「だが、仲間に背後を刺される恐れがある。」

 ユフィが裏切りについて言及する。

「そうなったら、裏切り者を出してしまった、指導者としての俺の力不足だ。もちろん、一般市民に被害を出さないように努める。この命にかえても。」

 リーアムの瞳は、揺るぎなく俺たちを見つめる。

「三日後の作戦では、破壊行為の前にバード兵への刑罰を求める運動を、観光地のど真ん中で行うつもりだ。そこでも何の返答がなければ、行動に移る。」

「だめだ、絶対に誰か死ぬ。」

 俺はリーアムに食らいつく。しかし、彼は泰然として話す。

「そのときは、俺が罰を受ける。だがバード軍による侵略の裏に、人が人を蹂躙(じゅうりん)した事実があることは、必ず多くの人に訴える。三日後の作戦を、俺は無駄にしない。」

 リーアムの覚悟は固い。俺たちの言葉が、たとえリューズほどの説得力をもってしても、覆す隙間は無い。


「失礼する。カラクナ奪還組織のリーアムさんはどちらに?」

 落とし所を見失った俺たちの会話に、穏やかな若い男の声が入り込む。

「あ、燕で見た、若い兵士。」

 俺はその見覚えのある男を、思わず指を差してしまい、ユフィに手をはたかれる。

「燕…?」

 若者は不思議そうな顔をしている。その服装はバード兵の軍服だ。改めて見ると、年頃はリーアムと同じくらいだろう。リーアムはその服装に、警戒心を剥(む)き出しにして立ち上がる。

「俺がリーアムだが。なんだい?逮捕でもしに来たか?」

 体格の良いリーアムに、若者は少し気圧(けお)されながら、しかし品を崩さず、帽子を脱いで話す。

「逮捕だなんてとんでもない。私はバード軍上等兵、リュカと申します。」

「上等兵殿が、どんな用で?」

 リーアムはリュカに詰め寄り、威圧的な態度を示す。しかし、リュカは負けずに言う。

「ウィレム大佐は、カラクナ人に行った非人道的行為に覚えをお持ちです。」

 リーアムは顔をしかめて、何かを確認するように俺たちを見る。俺としては予想外の助け舟が嬉しく、大きく頷く。リーアムはリュカに向き合って聞く。

「なぜ、バード兵の君が、それを告げに?」

「私の父はバード兵ですが、母はカラクナ人です。」

 リュカの言葉を聞いたリーアムの顔に、どこか油断が現れたのを感じる。

「もちろん、カラクナ占領のとき私はまだ学生でしたし、その事実は明かされていませんでした。しかし、父が亡くなり、私が軍に入った数年前に、母からそのことを聞かされました。」

 リュカは、軍帽を被り直して続ける。

「その時、母は言っていました。バードとカラクナ、互いに尊重しあい、共存し生きる道を若者に探してほしいと。そんななか、先ほどあなたの手紙の内容をウィレム大佐からお聞きしました。あなたの提案は、共存の一歩目となる。そう感じました。」

「…なんで、軍服のまま、こんなカラクナ区域に一人で?」

「この軍服は、私の覚悟です。私はバード兵の一人に過ぎませんが、カラクナのあなたたちに歩み寄りたい。そして、同盟国として尊重しあい、一つの国と一つの国として、共存したい。」

 リュカの瞳も、リーアムと同様、迷いが無かった。しかし、リーアムは問う。

「カラクナ独立ともう一つ、俺が示した条件をお忘れかな?バード兵による非人道的行為への刑罰と賠償だ。それが通れば、バードはしばらく軍が混乱し、同盟国主として機能できないほど痛手を負うはずだ。」

「構わない。むしろ、バードが西方諸国同盟主であるために、清算するべき過去のはずだ。」

 リュカの躊躇(ためら)いの無い返答に、リーアムは少し驚いた様子で言う。

「正直、リュカ、君の言っていることは綺麗事に思う。」

「そう捉(とら)えてもらって構わない。だが、リーアム。機会は今だけだ。」

「なぜだ?」

 俺たちもリーアムと同じく、リュカの言葉に注目する。

「精霊戦争が終了してから、姫神教会によって世界の均衡は保たれている。姫神教会と希望教会とのいざこざは起きていない。国の問題に集中するには、今しか無い。」

 それを聞き、リーアムは腕を組んで考える。

「なるほどな…。今のうちに独立、刑罰と賠償を進めるわけか…。」

「私も三日後の、あなたたちの破壊行為の鎮圧に駆り出されるだろう。しかし私は、リーアム、あなたの味方だ。あなたたちの意志を尊重する。まあ、一兵士に過ぎないが。」

 そのとき、街のほうから労働の終わりを告げる鐘が聞こえた。リュカは最後まで上品に、それでは、と優雅に去った。

「リーアム…。」

 再び酒樽に座ったリーアムは、下を向いていた。

「ははっ、リューズとかリーアム、次はリュカか。似た名前ばかりだ。なんだい、流行りの名前なのかい。」

 リーアムは笑い声混じりに、しかし少し自棄(やけ)になって言う。

「悪いが、一人にしてくれ。少し情報が多過ぎて困惑している。」

「…分かった。」

 俺たちは、一人うなだれるリーアムを後に、宿へ戻った。


 俺は伝えるべきことは伝えた。それなのに、モヤモヤする気持ちの行き先を見つけられなかった。

「俺、リーアムに余計なことを言っちまったのかなあ…。」

 俺の呟(つぶや)きに、四人は少し考える。

「今は、まだ分からない。三日後、彼の行動を見ない限りは。」

 ユフィが冷静に言う。

「でも、リューズの言葉を伝えられたのは大きいはずよ。誰だって、拠(よ)り所となる人や言葉は必要だもの。」

 マキが、俺の背中に手を当てて言う。

 その時、誰かの腹が豪快に鳴る。と言うより、俺だ。こんな状況でも、腹が鳴るなんて恥ずかしい。

「よし、飯でも食いに行くかのう。リーアムの食堂を頼れないのは痛いがのう。」

 俺たちは頷いて、夜の街へと飛び出した。


 街は観光地らしく、多くの街灯が並び、運河に反射している。それはやはり、幻想的な雰囲気だった。

 俺たちは初日と同じくさまよい、ようやく安めの食堂を見つけた。ただ、リーアム特製のクロケットには敵わない。

 俺は改めて、リューズの願いを頭のなかで繰り返す。リーアムが歌や音楽に囲まれて、美味(うま)い料理を作って幸せに暮らせる未来。それはリューズだけの願いでなく、もう、俺の願いにもなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。