西方諸国バード、信じる《ソラ》
《ソラ》
リーアムの食堂に着いた頃には、眩しい西陽が差していた。食堂はどうやら怪我人の手当てをしているらしく、今日は開店しないようだ。
俺たちはその様子を見て、こっそりと食堂の裏手へ行く。陰にある血塗れの旗が、記憶を見てしまった後のせいか、余計、悲しげに垂れて見える。
「よう、リューズ。また来たぜ。」
〈ソラ、だったかな。また来てくれたと言うことは、いろいろ考えてくれたと言うことだね。〉
それは銀の糸で耳にした、優しい声だった。
「ああ、正しい同情は、難しい問題だったけどよ、俺にいろいろ考えさせてくれたぜ。」
〈ありがとう。どう考えてくれたんだい?〉
「アイラとリューズ、それにリーアム、みんな、戦争や迫害でとても傷ついた。その記憶は、見ていて苦しかった。俺は、復讐に燃えるリーアムに同情する気持ちが強い。本当はこんな通りすがりのガキが同情だなんて、リーアムに失礼だけどよ。」
目に見えないリューズが、静かに耳を傾けているのを感じる。
「でも、リューズ。リーアムは復讐心と戦ってるぜ。本当はバード兵を殺したいほどの気持ちを、必死に抑えてバードに立ち向かっていると思う。」
〈そうか…。一時期は荒れていて、本当に人の命を奪うのでは無いかと心配したが…。〉
「リーアムは、頑張って生きてる。それで、正しい同情の話なんだけどよ。」
〈ああ。〉
「確かにリーアムは被害者だ。それでも頑張って、人を傷つけずに行動するあいつを、俺はすごいと思う。けどよ、もしもリーアムが人を殺そうと判断したら、それは絶対に止める。」
〈なぜだい?同情しているのに?〉
「ああ、俺はリーアムに同情している。だからと言って、人を殺したり、無闇に不幸にしたりするのを許したら、それは間違った同情になると考えたんだ。そこの線引きは、ちゃんと持つ。それが、あんたの言う正しい同情なんじゃないかい?リーアムを迫害する側や、加害者にしちゃいけない。いや、させたくない。」
〈なるほど…。よく考えてくれたね。〉
「リューズ。リーアムは、ちゃんと戦っている。人を殺さない決意をちゃんとしてる。そのうえで、罪を償うことを求めている。けどよ、それを裏切ろうと、罠に嵌めようとしているヤツがいる。」
〈本当かい?〉
「ああ、燕の力を借りて情報を得たんだ。これから、リーアムにその話をするつもりだ。」
〈そうか…。〉
すると、旗が眩い光を放つ。俺たちは目を瞑り、そして、目を開く。
「りゅ、リューズ…?」
「これは…、立派な鷹じゃのう。」
カスガが驚いて言う。凛々しい瞳に、鋭い黄色の嘴と脚、そして、大きく広がる羽根。それは小さな燕とは正反対の、堂々とした存在感だ。
〈ソラ。僕の力を貸そう。僕は風の魔道なら誰にも負けない。そして、カラクナの国旗に描かれた鷹の姿を、死後に得られた。大空を滑空する力で、君の助けとなろう。〉
リューズはそう言うと、光に羽の生えた魂となって、俺の胸に溶けた。その瞬間、俺の体が風に包まれ、少しだけ地面から浮き上がった。
「すごいな。かなり強い風の力を感じる。」
ユフィが目を丸くして驚いている。
「本当に。でもこの風は、強力だけれど汚れの無い、とても美しい風よ。」
マキが、リューズの力を心から讃えているのを感じる。
「風瓏の民のマキが言うなら、間違いないな。」
俺がそう言って胸に手を当てると、リューズが照れ臭そうにしているのを感じた。
「さあ、ここからが本当の戦いだね。」
カイの言葉に、四人で頷く。
そして、食堂の表へ歩き出した。
「リーアム。」
俺は、慌ただしそうに傷ついた仲間を手当てするリーアムに声をかけた。
「おや、君たち、もう関わるなと言ったのに。」
その表情は、気さくな青年のものだった。俺は言う。
「いや、サリアのことも気になってよ。」
「彼女なら大丈夫だよ。落ち着いて、今は眠っている。なんなら全員、心配いらない。あの魔道弾は広範囲に攻撃が及ぶが、与える傷は浅いからね。」
「その魔道弾で、三日後に攻めるのかい?」
俺の問いに、無言のまま、リーアムの目が鋭く光る。
「それとも、敢えてその魔道弾で攻めるのかい?」
「…今度は何を見たんだ?」
俺は怪しむリーアムを、外へ連れ出した。
そして、宿で話した通り、手紙は破られてしまったことを伝えた。さらに、ウィレム大佐が本当は刑罰を恐れていることも伝えた。カイが、バード王も関わるかもしれないことを付け加えてくれて、心強い。それについては、さすがにリーアムも驚いた様子だった。
そして、肝心なことを伝える。
「大佐は言ってた。裏切りの燕に、特上のワインをって。」
「裏切りの、燕…。」
リーアムが酒樽に座って、下を向く。
「どう裏切るかは話していなかった。でも、たとえばバード人を殺して、ズワルウの立場を悪くするとか、いろいろ考えられると思うんだ。」
俺は必死になって説得する。リーアムはゆっくりと顔を上げて、茶色い瞳を俺に向ける。
「それで?どこから、どこまでを信じればいいんだ?」
俺はその復讐者の静かな迫力を前に、口元に力を入れる。しかし、俺は引けない。
「燕になって、見たんだ。魔道を使えば、鳥の視点を借りれる。」
「へえ、燕か。ちょうど俺たちの旗印だ。ペテンに使うには洒落てるよ。」
「ペテンじゃない。本当さ。」
「長年、抵抗運動を共にした同郷の仲間よりも、君を信じろと?」
「それは…。」
俺は、用意していた武器が無くなった気分だ。
そのとき、俺の内側で、何かが波打った。俺は、その波を、感じたままに言葉にする。
「リーアム。」
「うん?」
リーアムは、変わらず疑いの目を向ける。しかし、俺は内側から湧き上がる言葉を口にする。
「僕がアイラと初めて会ったのは、希望教会に続く坂の途中だった。アイラが貧血を起こして座り込んでいるのを、僕が心配で声をかけたのが始まりだった。」
自分の意志でない言葉なのに、なぜか感情がこもってしまう。
「互いに惹かれ合うように、僕たちは恋に落ちた。それに、精霊戦争で親を亡くしていると言う境遇も重なって、強く、強く惹かれあった。」
リーアムの眼差しが、どこか懐かしそうに細くなる。
「僕とアイラは、すぐに結婚を決めた。でもアイラには僕と違って、家族がいた。それが、リーアム、君だ。」
リーアムが短くため息をついて言う。
「ソラ、君はなかなか演技派だね。だが、そんなの…。」
「僕は。」
俺は、いや、俺の内側のリューズが、リーアムの言葉を遮った。
「僕は怖かった。リーアムに紹介されるのが。こんなナヨナヨした魔道士が、大切なお姉さんを迎えて良いのか。挨拶のとき、僕は人生で一番、緊張したんだ。でも、君は言ってくれたね。」
そして、俺は、リューズは、息を整えて言う。
「リューズだなんて、俺の名前とそっくりじゃないか。リューズとリーアム。義理の兄弟になるには、ややこしいな…、って。」
その言葉で、リーアムはどこか少年のような、誰かの弟である自分を取り戻したような表情になった。
「僕はそんな、おおらかで無邪気な君の兄になれるのが、嬉しかった。三人で生きていきたかった。でも、それはもう叶わない。だから、この旅人の体を借りている。」
すると、リューズは俺の内側で、涙を泉に落としながら訴える。
「どうか、抵抗運動も独立もやめてほしい。いや、せめて、三日後に行うと言う破壊行為をやめてくれ。君には復讐をやめて、幸せに生きてほしいんだ。」
ここで俺の内側のリューズは、もう言葉にならないくらい、しゃくり上げるように泣き始めた。リューズと言う繊細な男なりの、精一杯の訴えだったのだろう。
リーアムは、しばらく黙って俯いた。そして、言葉を発する。
「ソラ、たぶん、君の不思議な力は本物なんだろう。ようやく信じる気になった。リューズと初めて会ったときの、名前が似ていると言う会話なんて、俺と姉さん、リューズしか知らないからな。」
そう言ってリーアムは、顔を上げる。
「だが、もう俺は退かない。」
「なんでっ。」
俺は一歩前に出て、リーアムに問う。
「俺は、もう矢を放ってしまった。バード軍で地位のある者に、王を巻き込むほどの手紙と宣言を寄越してしまった。今更、やはり無しで、だなんて出来ない。」
「だが、仲間に背後を刺される恐れがある。」
ユフィが裏切りについて言及する。
「そうなったら、裏切り者を出してしまった、指導者としての俺の力不足だ。もちろん、一般市民に被害を出さないように努める。この命にかえても。」
リーアムの瞳は、揺るぎなく俺たちを見つめる。
「三日後の作戦では、破壊行為の前にバード兵への刑罰を求める運動を、観光地のど真ん中で行うつもりだ。そこでも何の返答がなければ、行動に移る。」
「だめだ、絶対に誰か死ぬ。」
俺はリーアムに食らいつく。しかし、彼は泰然として話す。
「そのときは、俺が罰を受ける。だがバード軍による侵略の裏に、人が人を蹂躙した事実があることは、必ず多くの人に訴える。三日後の作戦を、俺は無駄にしない。」
リーアムの覚悟は固い。俺たちの言葉が、たとえリューズほどの説得力をもってしても、覆す隙間は無い。
「失礼する。カラクナ奪還組織のリーアムさんはどちらに?」
落とし所を見失った俺たちの会話に、穏やかな若い男の声が入り込む。
「あ、燕で見た、若い兵士。」
俺はその見覚えのある男を、思わず指を差してしまい、ユフィに手をはたかれる。
「燕…?」
若者は不思議そうな顔をしている。その服装はバード兵の軍服だ。改めて見ると、年頃はリーアムと同じくらいだろう。リーアムはその服装に、警戒心を剥き出しにして立ち上がる。
「俺がリーアムだが。なんだい?逮捕でもしに来たか?」
体格の良いリーアムに、若者は少し気圧されながら、しかし品を崩さず、帽子を脱いで話す。
「逮捕だなんてとんでもない。私はバード軍上等兵、リュカと申します。」
「上等兵殿が、どんな用で?」
リーアムはリュカに詰め寄り、威圧的な態度を示す。しかし、リュカは負けずに言う。
「ウィレム大佐は、カラクナ人に行った非人道的行為に覚えをお持ちです。」
リーアムは顔をしかめて、何かを確認するように俺たちを見る。俺としては予想外の助け舟が嬉しく、大きく頷く。リーアムはリュカに向き合って聞く。
「なぜ、バード兵の君が、それを告げに?」
「私の父はバード兵ですが、母はカラクナ人です。」
リュカの言葉を聞いたリーアムの顔に、どこか油断が現れたのを感じる。
「もちろん、カラクナ占領のとき私はまだ学生でしたし、その事実は明かされていませんでした。しかし、父が亡くなり、私が軍に入った数年前に、母からそのことを聞かされました。」
リュカは、軍帽を被り直して続ける。
「その時、母は言っていました。バードとカラクナ、互いに尊重しあい、共存し生きる道を若者に探してほしいと。そんななか、先ほどあなたの手紙の内容をウィレム大佐からお聞きしました。あなたの提案は、共存の一歩目となる。そう感じました。」
「…なんで、軍服のまま、こんなカラクナ区域に一人で?」
「この軍服は、私の覚悟です。私はバード兵の一人に過ぎませんが、カラクナのあなたたちに歩み寄りたい。そして、同盟国として尊重しあい、一つの国と一つの国として、共存したい。」
リュカの瞳も、リーアムと同様、迷いが無かった。しかし、リーアムは問う。
「カラクナ独立ともう一つ、俺が示した条件をお忘れかな?バード兵による非人道的行為への刑罰と賠償だ。それが通れば、バードはしばらく軍が混乱し、同盟国主として機能できないほど痛手を負うはずだ。」
「構わない。むしろ、バードが西方諸国同盟主であるために、清算するべき過去のはずだ。」
リュカの躊躇いの無い返答に、リーアムは少し驚いた様子で言う。
「正直、リュカ、君の言っていることは綺麗事に思う。」
「そう捉えてもらって構わない。だが、リーアム。機会は今だけだ。」
「なぜだ?」
俺たちもリーアムと同じく、リュカの言葉に注目する。
「精霊戦争が終了してから、姫神教会によって世界の均衡は保たれている。姫神教会と希望教会とのいざこざは起きていない。国の問題に集中するには、今しか無い。」
それを聞き、リーアムは腕を組んで考える。
「なるほどな…。今のうちに独立、刑罰と賠償を進めるわけか…。」
「私も三日後の、あなたたちの破壊行為の鎮圧に駆り出されるだろう。しかし私は、リーアム、あなたの味方だ。あなたたちの意志を尊重する。まあ、一兵士に過ぎないが。」
そのとき、街のほうから労働の終わりを告げる鐘が聞こえた。リュカは最後まで上品に、それでは、と優雅に去った。
「リーアム…。」
再び酒樽に座ったリーアムは、下を向いていた。
「ははっ、リューズとかリーアム、次はリュカか。似た名前ばかりだ。なんだい、流行りの名前なのかい。」
リーアムは笑い声混じりに、しかし少し自棄になって言う。
「悪いが、一人にしてくれ。少し情報が多過ぎて困惑している。」
「…分かった。」
俺たちは、一人うなだれるリーアムを後に、宿へ戻った。
俺は伝えるべきことは伝えた。それなのに、モヤモヤする気持ちの行き先を見つけられなかった。
「俺、リーアムに余計なことを言っちまったのかなあ…。」
俺の呟きに、四人は少し考える。
「今は、まだ分からない。三日後、彼の行動を見ない限りは。」
ユフィが冷静に言う。
「でも、リューズの言葉を伝えられたのは大きいはずよ。誰だって、拠り所となる人や言葉は必要だもの。」
マキが、俺の背中に手を当てて言う。
その時、誰かの腹が豪快に鳴る。と言うより、俺だ。こんな状況でも、腹が鳴るなんて恥ずかしい。
「よし、飯でも食いに行くかのう。リーアムの食堂を頼れないのは痛いがのう。」
俺たちは頷いて、夜の街へと飛び出した。
街は観光地らしく、多くの街灯が並び、運河に反射している。それはやはり、幻想的な雰囲気だった。
俺たちは初日と同じくさまよい、ようやく安めの食堂を見つけた。ただ、リーアム特製のクロケットには敵わない。
俺は改めて、リューズの願いを頭のなかで繰り返す。リーアムが歌や音楽に囲まれて、美味い料理を作って幸せに暮らせる未来。それはリューズだけの願いでなく、もう、俺の願いにもなっていた。




