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【太陽物語】 夜明けへ進む少年は  作者: 立花ハル
《第八章 西方諸国、弱者たちの声》
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西方諸国バード、五人の旅路《ソラ》

《ソラ》


「サリアっ、サリアっ。」

 高い木製の柵に囲われたそこが、リーアムたちの言っていた訓練所だろう。柵を大勢の人が何重にもなって囲い、あの燕(つばめ)の刺繍がされた旗があちこちに立っている。彼らがリーアムの仲間、ズワルウだろう。そして、多くの人が柵の上に立つ兵に向けて叫ぶ。

「一般人に魔道弾を使うなんて、信じられねえ。」

「兵士どもっ、降りて来やがれ。」

 魔道弾。それは、とても懐かしい言葉だった。グランディエの浮浪児だった頃、アンディがくれたものだ。俺は今でも、リュックの大切なものを入れる隠しにそれをしまっている。

 人だかりの外側、こちらに近いところを見ると、血だらけの者が数人、横になっていた。そのなかにはサリアもいた。血だらけの彼女を、同じ年頃の女が名前を呼んでいる。

「サリア、大丈夫かいっ。」

 俺が声をかけると、サリアは小舟のときと変わらず、警戒心を込めた目を向けてきた。

「ああ?あの変な子…。ふん、このくらい、大丈夫だよ…。」

 サリアは強がって言うが、どう見ても大丈夫じゃない。半袖から見える腕も、顔も、刃物で斬られたような傷で血が流れている。

「おいっ、また来たぞっ。」

 柵を囲むズワルウの者たちがどよめき、バタバタと逃げる。その逃げたあとの地面には、光る石が転がっていた。そして、石が強い光を放つ。

 すると、石から鋭い氷の刃(やいば)が何本も飛び出てきた。何人かのズワルウの者が、サリアと同じように体を切り刻まれる。

「ソラっ。戻るぞ。」

 追いついたユフィが、俺の腕を掴(つか)む。

「嫌だっ。俺は戻らない。」

「いい加減にしろっ。怪我でもしたらどうする。」

「別にいいっ。」

「良くないっ。」

 ユフィが、彼らしくない切羽(せっぱ)詰まった表情で、強く俺の腕を引っ張る。彼の細い腕からは想像出来ない力だ。


「負けるな、ズワルウの仲間たちっ。」

 その時、大声が響き渡る。リーアムだ。大きな体で旗を高く掲(かか)げ、圧倒的な存在感を放つ。

「兵たちが武力で俺たちを圧するならば、俺たちも攻め入るぞ。俺に続けっ。」

 リーアムは叫び、剣を抜いた。彼に応えて、何人ものズワルウの者が剣や棍棒を手に、雄叫びを上げる。そのなかには、男も女も、若者も老人もいた。

 リーアムたちの突撃は兵たちの意表を突いたのか、訓練所の入り口に立てられた木製の防壁を簡単に破った。

「兵は殺すな。魔道弾を奪えっ。」

 リーアムの指示に、周りの者はすぐに返事する。

「ソラ、怪我人を運ぶのだけ手伝おう。武力行使(こうし)に関わってはいけない。」

 カイが俺の前に立ち、恐らく正しい行動を示してきた。しかし、俺は彼の体の横から、目を見開いてズワルウの行動を見る。もう、目が離せないのだ。

 ズワルウの攻撃は、素人のものだった。力任せに武器を振り回している。しかし、その危機迫る突撃に、兵たちは怯(ひる)んでしまっている。

「リーアム、魔道弾の箱だっ。一杯に入ってるぜ。」

「よし、退(ひ)くぞ。みんな、怪我人を連れて戻れっ。」

 ズワルウの者たちは、魔道弾の入った箱と怪我人たちを抱えて退散した。それは、あらかじめ想定していたかのような、統制の取れた行動に思えた。

 ただ、リーアムは訓練所の入り口に、若者四人ほどを連れて残っていた。


 少しして、年齢が四十ほどの、地位も高そうな兵が出て来た。

「ようやく会えましたな。バード軍ウィレム大佐。俺はカラクナ奪還組織ズワルウの指導者、リーアムです。」

「お前が指導者か…。こんなに若いとはな。」

 ウィレム大佐と呼ばれた男は、リーアムを前に面白くなさそうな顔をする。

「ちなみに、俺の姉のアイラを戦利品として連れて行ったのは、あなただったな。ウィレム大佐。」

「アイラ…?さあ、何のことか。」

 リーアムは憎い相手を前に、少しも取り乱さず、毅然(きぜん)として立っている。一方、ウィレム大佐と呼ばれた男は、アイラのことを本当に覚えていなさそうだ。

 しかし、俺は銀の糸の記憶で、このウィレム大佐を見た気がする。アイラの言葉に、鼻の下を伸ばしていた男だ。

「姉さんのことを覚えていないのは、想定の範囲内ですよ。面白くないけどな。所詮、あなたたち占領した側は、俺たちをその程度のものとしか捉(とら)えていないわけだ。」

「個人的な復讐をぶつけるにしては、大胆な行動を選んだものだな。」

「個人的な復讐は含んでいる。だが、俺たちはカラクナ国としての復讐と、真っ当な独立を計画している。まず今回の騒動だが、先に魔道弾による攻撃を仕掛けて来たのはそちら側だ。」

「なに?」

 ウィレム大佐はそれを聞き、訓練所に並んだ兵たちを睨んだ。兵たちは知らんぷりをして、無表情で立っている。リーアムは続ける。

「怪我人だって出ている。俺たちは法に触れない程度の抗議活動をしていただけです。それなのに、兵士が一般人を武力で抑えるなんて、軍法会議ものだろう?」

「ふん、ただの抵抗組織が、変に知恵をつけているものだ。」

 ウィレム大佐は、苦々しい表情を浮かべて言う。

「それで、要求はなんだ?」

「要求は二つ。」

 リーアムは指を二本立てた。

「一つ、カラクナ区域を国として独立させ、信仰宗教を尊重すること。二つ、占領時、俺たちカラクナ人に対して行った、非人道的行為への刑罰と賠償金。」

「その行為の証拠は?」

 ウィレム大佐の顔が、笑うように歪む。それは余裕を貼り付けながら、しかし、証拠に心当たりがあるのを隠す、汚らわしい顔に見えた。

「元カラクナ人のなかに、いくらでも証人がいる。虐殺を見た者も、娼婦として連れられて戻された女も。」

 リーアムはそれを言うと、懐(ふところ)から手紙を出した。

「今、申した要求は、こちらにまとめています。これを三日以内にバード国王へ。そうでなければ…。」

「なければ?」

「先ほど奪った魔道弾で、バードの街を破壊します。観光地としてのバードが、終わりを迎えますよ。…人の命は奪わないので、ご心配なく。」

 リーアムの声が一段と低くなり、迫力を増した。俺たちは彼の背中しか見ていなかったが、その底の深い憎悪に、背中が震える。

「今の発言も、回答を送る場所も、そちらに書いてあります。それでは、良い返事を。」

 ウィレム大佐は、受け取った手紙を握りしめるのを我慢するかのように、歯をグッと食いしばる。


 リーアムと仲間たちは、こちらに向かって歩いて来た。そして、俺たちに気づいた。

「おや、戻るように言ったのに。」

「いや、もう無関係だとは思えなくてよ。」

「無関係でいてくれよ。旅人さん。」

 俺の言葉に、リーアムは気さくな青年の表情を取り戻し、やんわりと言う。

「これは、この国の問題だ。君が何を見たか分からないけど、同情される覚えは無いんだ。三日以内には、旅に出てくれよ。」

「同情…。」

 それは、俺を突き放す言葉だった。同情って、なんなんだ。リーアムたちは、自分たちの住むところへ戻って行った。

 チュピ。俯(うつむ)く俺の耳に、その鳴き声が入って来た。

「燕…。」

 訓練所の屋根の下に、燕の巣が見えた。

 カイとカスガが俺の背中に手を当てて、俺はようやく歩き始めた。宿までの帰り道は、何を考えたか覚えていない。そのくらい、俺の頭はいろいろな感情がこんがらがって、俺はますます、自分が情けなくなった。


 宿に戻ってからも、俺の頭はモヤモヤと、そしてグズグズと、頭のなかに湧(わ)いては消える感情を相手にしていた。しかし、一向にしっくり来る感情が見つからない。

 今の感情が分からないと、次の手段や目的地なんて、見つかるはずが無い。

 ユフィとの口喧嘩。

 アイラとリューズの最期。

 リーアムの復讐と覚悟。

 そして、同情と言うずっと頭に引っかかる言葉。

 俺は、正しいことが何か、分からなくなっていた。ユフィが言ったことは全て正しい。俺はぐうの音も出なかった。

 頭では多分、ユフィの言い分を分かっている。けれど、気持ちが、体が、頭が考えるのとは違うほうを向いている。

 割り切るとかって、どうすればいいんだ。


 部屋では、四人が地図を見て、次の国ラベニクまでの道のりを確認している。

 俺は椅子の上で、靴を履いたまま、膝を抱えて座っている。最初はユフィに行儀が悪いと注意されたが、俺は聞かなかった。反発心も少しあったが、この体勢のほうがよく考えられる気がするからだ。ユフィも、その一回しか注意しなかった。

「明日、買い出しをして、明後日の朝に出発。西方諸国は国が小さくて隣り合っているから、買い出しは少なくて済みそうだね。」

 カイの言葉に、三人が頷く。

「ラベニクは姫神教への信仰が厚い国じゃと聞いておる。早いうちから同盟に加わって、随分と栄えとる国らしい。」

 カスガの何気ない一言に、俺はつい食らいつく。

「なんだよ、その言い方。それじゃあ、同盟に反対して占領されたカラクナが惨めみたいじゃねえか。」

 四人が強張(こわば)った顔をこちらに向ける。本音を言うと、やってしまったと言う気持ちが一杯だ。

 一瞬、カスガの眉間にシワが寄るのが見えた。しかし、それはほんの一瞬だった。

「いや、そんなつもりは無かったんじゃ。誤解をさせて、スマンのう。」

 俺は察した。カスガが何かをグッとこらえて、大人になってくれたのだ。謝って欲しいわけでは無かったのに。俺は今日だけで、何度も自分が情けなくなっている。

「お前、いい加減にしろよ。」

 ユフィが腕を組んで、銀色の瞳で俺を睨む。

「正直言って、今のお前はかなり面倒だ。先が思いやられる。」

 俺は、ユフィから目を逸(そ)らしてしまった。面倒だという、自覚しか無いからだ。そして、誰の目を見ることも出来ない。

 少しの間、沈黙が流れる。

「ソラ、ユフィ、これは私のおせっかいだと思うけれど…。」

 マキが、静かに話し出す。その声は、心なしかいつもより、少し大人びて聞こえる。

「ユフィの一番の本音は、ソラを心配しているんだと思うわ。だって今日、訓練所に走ったソラを一番に追いかけて、怪我のことを心配したんだもの。そういう行動って、本音が現れると思うの。」

 俺はその言葉をどう受け止めて良いか分からず、口を尖(とが)らせて、顔を上げる。視界に入ったユフィの横顔は、目を伏せて、口を一文字に結んでいる。

 すると、カイが続いた。

「確かに、そうだね。ユフィの気持ちはすごく分かる。でも、それと同時に、僕たちはソラの思いももっと考えないといけないなと思ったよ。」

 カイが、いつもの穏やかな口調で言う。

「ソラは、銀の糸の記憶を見ているんだ。あんなオディオみたいな、辛い光景をいつも目にしているんだろう?僕は銀の糸を、特別な力だと思っていた。けれど、その力は僕たちが思うよりも、きっと息苦しいものだと思う。人の悲しい最期を見るなんて、そうそう耐えられるものじゃない。」

 そう噛み締めるように話して、カイは俺を見て言う。

「記憶を見ていない僕らよりも、この国や、リーアムたちに感情移入してしまうのは仕方ない。それは、ソラの優しさだと思うよ。」

 俺はその言葉に、何も答えられず、反射的に顔を伏せてしまった。

 本当は、分かっていた。いや、感じとっていた。

 四人は、俺がアルデールで石を投げられたときも、人を殺してしまったときも、それぞれの形で寄り添ってくれた。言葉でないときは行動で、俺を導いて、時には見守ってくれた。

 カスガとマキは優しく、カイはやんわりと、しかし戦士らしい芯を持って、ユフィは、やっぱり年上三人に比べると、俺への接し方が不器用で率直なのだ。

 理由や理屈では無い。別に、俺に優しくしたところで、誰も何も得をしない。なのに、四人は俺を見離さない。

 俺はその事実をどう受け止めて良いのか分からず、しばらく膝を抱え、そこに頭をうつ伏せていた。泣きたくは無い。泣いたら負けだと、浮浪児の頃から、根拠の無い意地を持っていた。

 しかし、その体勢でないと、俺には言えない言葉があった。

「ユフィ、カスガ…。」

 俺は、痛む喉を震わせて、二人の名前を振り絞る。そして、言う。

「嫌いとか、嫌なこと言って、ごめん。」

 伏せたままの顔では、二人の表情は分からない。本当は、こんな体勢で言うべきではない。しかし、カスガの大きな手が、俺の頭を掴む。

「なんのことかのう?覚えがないわ。」

 そしてそのまま、頭をぐりぐりと撫でられる。

「…俺も。」

 ユフィの静かな声が聞こえる。

「俺も言い過ぎた。それについては謝る。ただ、間違ったことを言ったつもりは無い。無事に使命を果たすための優先順位は、やはり忘れてはならないと、大きな使命だと感じたからこそ思う。」

 ユフィの視線と、俺の涙で滲んだ視線が交わる。十三歳の俺と、十五歳のユフィ。多分、互いに決して器用では無い二人が、振りあげた拳の居所を見つけた瞬間だった。

「…なあ、ユフィ。教えてほしい魔道があるんだ。」

 俺の言葉に、ユフィは不思議そうな、しかし、きちんと俺を見据える瞳で向き合った。

「鳥の目で、ものを見る魔道を教えてほしいんだ。あの、ジオリダムでユフィが使ったやつ。」

「何に使うんだ?」

「訓練所の鳥の視線で、あの大佐たちの行動を見たい。せめて、あの手紙がリーアムの望み通り王に届くかを見たいんだ。」

「もし届かないならば、どうする?」

 ユフィが真剣な眼差(まなざ)しで問う。はったりも嘘も、許されない。と言うより、自分で許したくない。

 でも、俺の本音はこうだ。

「…一緒に考えてほしい。」

 俺は、今日一番、自分が情けなくなった。結局俺は、まだこんな半端者なのだ。一人で突っ走っても、絶対に失敗する。

 だから、助けてほしい。一緒に考えてほしい。こんな弱々しいことしか言えない、頼りない俺を四人にさらしてしまう。本当に、情けなくて、恥ずかしい。

 ユフィは少し、目を伏せて考えた。そして、言う。

「ソラ、俺は、お前に人を殺してほしくない。」

 彼の目は、魔道を教えるときと同じく誠実で、しかし、どこかに暖かさを感じた。

「魔道を教えておいて、矛盾したことを言っていると思う。ただ、魔道はあくまでも自分を守るための手段としてほしい。こんな不安定な世界で、武器も持たずに旅人なんて出来ない。」

 俺は、ユフィの言葉を、魔道を教わるときと同じように何度も頷いて聞いた。

「今のお前には、召喚獣もいる。正直、人の命を奪うほどの力を得てしまっている。危険な出来事と関わって傷つくのも、人を傷つけるのも、どちらもしてほしくない。」

 そして、ユフィは腕を組んで言う。

「なんというか、俺の教えた魔道で人を傷つけられても、俺の寝覚めが悪いからな。」

「ユフィったら、最後は素直じゃないんだなあ。」

「本当じゃのう。」

 カイとカスガが朗(ほが)らかに言う。ユフィはふんっ、と顔を逸らす。

「分かった。人は、殺さない。…出来るだけ。」

 俺の言葉に、ユフィが睨みを効かす。

「お前、俺の話を聞いていたか?」

「俺は、形代(かたしろ)の力も魔道も、人を助けるために使うって決めた。だから、さらわれたときに人を殺したけど、それはオルハを助けるためだった。」

 ユフィが眉をひそめる。だが、俺は続ける。

「ちゃんと誰かが救われるように、俺は力を使う。それは、絶対に約束する。」

 ユフィは眉をひそめたまま、目を閉じる。そして少し天を仰いで言う。

「本当に、お前は面倒だ。なあ、こいつに対して、俺はどうすればいい。」

 それは、初めて見るユフィのお手上げ状態の姿勢だった。カイとマキとカスガは、困ったように笑いながら、ユフィのことも微笑(ほほえ)ましげに見る。

「ね、ソラってば頑固だから、私も困ってるわ。」

「そうじゃのう、これでも出会った頃よりも、だいぶ良い子になったがのう。」

 マキとカスガが、少しわざとらしく俺を子ども扱いする。

「なんだよ、ガキ扱いすんなよ。」

 俺はいつも通り、口を尖らせて異議を言う。

「そうだなあ、ソラもユフィも、一緒にいろいろなことを考えていこうよ。」

 カイがおおらかに話し始め、そして続ける。

「大丈夫。せっかくまた五人で旅を始めたんだ。五人で一緒に考えて旅をしようよ。一人で分からないことも、五人なら何とかなる。そうじゃなかったら、他の人も頼ろう。どうやら、僕たちの旅路は先人(せんじん)のいない道みたいだし。」

 カイの言葉に、俺はアルデールで見た夜明けを思い出した。俺の本当の旅は、あの夜明けとともに始まった。そして、いくつかの壁を五人で乗り越えた。

 それを思い返し、俺はどこか、この四人が一緒ならきっと大丈夫だと、根拠の無い自信が湧いてきた。

「…なんだかんだ、カイって年長者だよな。」

 ユフィが妙に悔しそうに、しかし素直に言う。

「ユフィより二年長く生きているからね。」

 カイがニッコリ笑って答える。

 すると、ユフィが腰に下げた本をテーブルに置き、ページをめくる。じっくり見るのは初めてだが、ユフィらしい細やかで整った字で、ビッシリと無駄なく、あらゆることが記述されているのが分かる。

「…鳥の精霊の力を借りるのは、少し特殊だ。」

 俺はえっ、と声を上げる。

「なんだ。お前が教えてほしいと言ったんだろう。」

「いや、そうだけどよ、いいんだって思って。」

「やるならやるぞ。説明を聞け。」

 他の三人が席を移動し、俺とユフィは隣の席になった。

「火や海と言った自然の精霊は、一度契約すれば、己に宿る。だが、生物の精霊は、その生物のものだ。その魂の力を一時的に借りるだけであって、契約は出来ない。」

 俺は納得して頷く。確かに、俺が自分を操られたら嫌だ。

「だからジオリダムでは、たまたま孤児院の近くを飛んでいた鳥の力を借りた。訓練所を見ることが出来る鳥に、宛てはあるのか?」

「ある。訓練所に、燕の巣があった。」

 その燕と言う偶然に、四人は驚いた。そして、ユフィは頷いて言う。

「よし、好都合だ。いいか、全ての想像力を働かせ、全ての神経と魔力を、一羽の燕の脳に注ぎ込む感覚を持て。生物の力を借りる魔道は簡単では無い。俺の魔力も貸す。」

「詠唱する言葉は?」

「無い。ただ燕の脳を、自分の脳と重ねる感覚に全てを注げ。」

 俺は大きく頷き、椅子に深く座り直した。ユフィは魔力を貸すために、俺の耳をつまむ。

 そして、目をゆっくりと閉じ、夏の大空を想像する。夏の風と、それに乗って悠々と飛翔する燕。


 やがて、一つの窓にたどり着いた。


「ウィレム大佐、手紙の内容はご覧になりましたか?」

 一人の若い兵が、椅子に踏ん反りかえって座るウィレム大佐に尋ねる。大佐は面白くなさそうに、手紙を見ている。

 俺はどうやら、燕となって訓練所の一室を覗いているようだ。

「…ふん、敗戦国の抵抗組織のくせに、よく考えている。それは認める。」

「と、言いますと?」

「カラクナとして独立した後も、一つの国としてバードとの同盟を続けることと、観光資源を取引することは認めている。確かにカラクナ区域は、豊かな牧場を抱えている。その資源を失うのは痛いところだが、取引出来るのであれば、観光地バードとして、さほど痛手は無い。」

「カラクナ側も、貿易相手は必要ですからね。なるほど、あの若い指導者は、独立した後のことも考えているのですね。」

「だが、二つ目の条件は飲めんっ。」

 そう大声を上げて、ウィレム大佐は机を強く叩いた。俺はその迫力で、窓辺から落ちそうになった。

「バード兵が行った行為への刑罰と賠償だけは、何としても受け入れられん。これを許したら、バード軍が瓦解(がかい)する。」

「そ、そんなに非人道的行為というものに、覚えがおありですか?」

 若い兵が、嫌悪感で顔を歪めながら聞く。

「…あるっ。お前のような精霊戦争後に入隊した若い兵には分からんだろうが、あのとき、占領に関わった兵の多くに、…何かしらの罰が下る。」

 若い兵の顔が、ますます歪む。ウィレム大佐は独り言のように恨み言を続ける。

「わ、私だって、いったい何人のカラクナ女を慰(なぐさ)み者にしたか…。それに、王だって」

「王陛下に何が?」

 聡(さと)そうな若い兵が、その失言を聞き逃さなかった。ウィレム大佐はハッとして、目に見えて焦る。

「い、いや、何でもない。」

「いえ、王陛下は王子殿下の頃、カラクナ占領に軍人として参加したと、私は歴史の授業で学びました。カラクナ占領戦の英雄として、子ども向けの絵本があるほどです。そこに何か、後ろ暗いことがおありなのですね?」

 若い兵は臆せず問い詰める。しかし、ウィレム大佐は再び、机を強く叩いて怒鳴る。

「うるさいっ。お前のような若僧に話すことなど無いわっ。出ていけっ。」

「かしこまりました。ですが、バードが同盟国主として相応(ふさわ)しい国であるよう、私は…。」

「いいから、出ていけっ。」

 喚(わめ)き散らすウィレム大佐に呆れたような顔を向け、若い兵は部屋を出た。

 部屋は、ウィレム大佐一人となった。

「…ついに、このときが来たか…。」

 ウィレム大佐は、先ほど怒鳴り散らしたのが嘘のように、静かに呟(つぶや)く。そして、リーアムの手紙をビリビリと破いた。

「ふははっ、抵抗組織だなんてうるさい小蝿(こばえ)が、これで一掃出来るぞ。おいっ。」

 大佐の声で、一人の兵が部屋に入って来た。もちろん、先ほどの若い兵とは別の、ウィレム大佐より少し年下に見える兵だ。

「裏切りの燕に、特上のワインを持って行け。」

「はいっ、ついにですな。」

 二人は意味深な笑みを浮かべて、兵は部屋を出た。

「ふんっ、お情けで残したカラクナ区域も、ついにバードの完全なる領土となる。私も昇進だな。ふふっ…。」


 ここで、俺の集中は切れた。と言うよりも、魔力が途切れた。ユフィの魔力を借りても、こんな短時間しか燕の力を借りられないなんて。

「ソラ、すごい汗よ。大丈夫?」

 マキがタオルを渡してくれた。

「あ、ああ…。でもよ、かなり疲れたぜ。鳥の力を借りながら、他の魔道を展開したユフィってすげえな。」

 俺が汗を拭きながら言うと、ユフィはまあな、と言った。

「それで、何か見えたんか?」

 カスガに問われ、俺は頷く。そして、燕となって見聞きしたことを四人に伝えた。


「裏切りの燕に、特上のワイン…?」

 マキが、やはりそこに引っかかる。

「まあ、大佐が何かしらの罠を仕掛けていると考えるのが妥当だろうな。」

 ユフィが淡々と言う。

「リーアムに伝えないと。」

 俺が立ち上がって言う。しかし、魔力切れで疲れた俺は、ふらりと体勢を崩す。

「大丈夫か?」

「ああ。ありがとよ。」

 カスガが俺の両脇を支えて、椅子に座らせてくれる。

「リーアムに伝えてどうする?根拠を示せないのに、自分たちに裏切り者がいると伝えて、はいそうですか、と納得されるか?」

 ユフィに整然と問われて、俺は口をギュッと結ぶ。しかし、少し考えて、やはりこう言う。

「一緒に考えてほしい。」

 先ほどは、宛ても無く大口を叩くだけの俺の、情けない一言だった。でも今は、四人をまっすぐに頼りたい。そして、こんな端(はな)から人を頼る、やはり情けない一言でも、誰かが何か、自分の形に当てはめて受け止めてくれるような、疑わない気持ちが俺にはあった。

 ユフィは長く息を吐く。しかしそれは、呆れて吐くため息では無い。

「…行き当たりばったりでは、俺は動かないぞ。」

 どうやら、ユフィのなかで、俺に対する、ある意味の諦めや覚悟が出来たらしい。

「そうだね。バードとカラクナと言う、二つの国に関わる事件になりそうだ。僕たちなりに出来る想定と作戦は立てないとね。」

 カイが、俺とユフィを見て言う。

「とは言え、大佐の指示する様子を聞く限り、ゆっくり出来そうにないのう。」

 カスガの一言に、俺は頷く。

「本当に、言葉通りにワインを持って来るのかなあ?」

「何かの合図かもしれないわね。それに、ついに、と言う言葉も気になるわ。まるでずっと、この機会を待っていたみたい。」

 俺の呟きに、マキも話す。ユフィが続く。

「それも、カラクナ全てを手にするかのような口振りだったな。」

「お情けで残したカラクナ区域…か。」

 カイの一言で、俺の頭にあの言葉が浮かんだ。

「正しい、同情。」

 四人が俺を見る。

「…リーアムは、訓練所でも、三日後の攻撃についても、人を殺さないことにこだわっていた。」

「そうね、確かに。でも、それがどう関わるの?」

 マキが首をひねって考える。

「これは勘なんだけどよ。」

「また勘か。」

 ユフィが眉をひそめて言う。

「まあ、聞いてくれよ。リーアムは復讐を強く誓っている。けど、人は殺さない。殺したら、バード兵と同じになっちまうから。」

「そうだね。だからバード兵には、客観的な立場からの刑罰と賠償を求めている。とても理性的な判断だと思うよ。」

 カイがそう言って、背中を押してくれている気がして、俺は心強く続ける。

「けど、もしもズワルウのヤツがバード人を殺してしまったら?自分たちの立場が悪くなっちまう。被害者だったはずなのに、今度は加害者として罰せられる側になっちまう。」

「なるほどな。」

 ユフィが頷いて続ける。

「裏切りの燕が、バード人を殺すんだな。」

 その一言で、部屋の中に緊張の糸が張り詰める。

「そんなことになっては、悔しいのう。リーアムはできる限り被害が少なく、自分たちの悲願が達成できるよう努めておるのに。」

 カスガが言葉通り、悔しそうに呟く。カスガも俺と同じで、人に感情移入しやすいほうだと思う。

「でも、ズワルウが奪ったあの魔道弾は、人の命を奪わずに建物だけを壊すなんて出来るの?」

 マキが、ユフィに問う。

「可能だと思う。俺が見る限り、あの魔道弾一つ一つに込められた魔力は大したこと無い。氷の魔道弾だったが、建物だって破壊どころか、せいぜい壁が傷つくくらいだろう。」

「まあ、観光地として売っとるバードには、それでも打撃が大きいがのう。」

「人を殺せるだけの魔道弾もあるのかい?」

 俺の問いに、ユフィは頷いて言う。

「ある。たとえば、展開は少し複雑だが、火と雷の精霊を宿した魔道弾であれば、大きな爆発を起こす。」

 それを想像し、俺はゾッとする。そして、嫌な予感を口にする。

「もし、そんな魔道弾が混ざっていたら…。」

「誰かが犠牲になって、ズワルウに明らかな殺意があったと思われてもおかしくないね。」

 カイが言う。それだけは、絶対に避けなくてはいけない展開だ。

「今のことをリーアムに伝えて、裏切りの燕のことを教えようぜ。」

 俺は立ち上がる。魔力が回復したのか、今度はまっすぐに立てた。

「待て、今の俺たちの話は、あくまでも俺たちの推測だ。リーアムが聞くかは分からない。」

 ユフィが止める。彼が動くには、まだ準備が足りないのか。

「け、けどよ。」

「そのうえで聞く。お前はどうしたい?」

 ユフィが、まっすぐに見つめて問いかける。

 俺は、【どうする】と【どうしたい】の違いを、直感的に考えた。ユフィとの距離感が全く違う。【どうしたい】は、彼が俺の意志を尊重しようと、歩み寄って選んだ言葉に感じた。

 俺はその言葉と思いへの答えを、丁寧に考える。そして、少しずつ話した。

「まずは、食堂の裏手にいるリューズに報告したい。それから、リーアムに手紙は破られたこと、ウィレム大佐が本当は刑罰を恐れていることを伝えたい。あと、裏切りの燕とワインのことを伝えたい。」

「もしも、聞き入られなかったら?」

「三日後までこの街にいる。その場で、リーアムを止めたい。」

 ユフィが困ったように、額を掻(か)き、言う。

「俺の意見としては、反対だ。先ほどの予定通り、明後日には旅立ちたい。だが…。」

 彼の銀色の瞳がまた、一つ覚悟を決めたように光り、言う。

「お前がそうしたい、と言うのを予想して聞いた俺にも、その答えの片棒を担(かつ)ぐ責任はある。まあ、着いて行くと言うことだ。三人はどうだ。」

 ユフィが三人を見る。

「僕も本音としては予定通り行きたい。怪我とかもそうだけれど、国の問題に関わるのは怖いからね。」

 カイは少し悩んで、首をひねって言う。

「でもまあ、何かあったら、そのときはまた、五人で考えよう。」

 カイはいつもの穏やかな笑顔で言った。

「私はソラと一緒に行くわ。あなたの行く先を見届けるって決めているからね。」

 マキは揺るぎない態度で言う。

「ワシは、リーアムの行動とカラクナの独立に興味がある。」

 カスガの力強い一言に、俺たちは驚きの目を向ける。

「なんじゃ、その目は。」

「いや、なんか、カスガがそう言うのは、ちょっと意外だった。」

 俺の言葉に、他の三人も頷く。

「ワシも人並みに、歴史やそこに生きる者を知ろうと考えとるだけじゃ。」

 カスガは胸を張って言う。少し気弱な彼のどこかに、変化が起きているらしい。

「そうと決まったら行こう。大佐の動きも気になるからね。」

 カイがそう言って、俺たちは出かける準備をした。そして、先頭に立ったカイが扉を開けようとした、そのとき、俺は四人の後ろ姿に声をかけた。

「あ、あのさ、みんな。」

 四人が振り向く。

「その、あ、ありがとよ…。」

 俺は顔を逸らしながら、精一杯の声で言った。大事なことを伝えたのに、顔が熱い。手を隠しに入れて、片足を床にグリグリ擦り付ける。

「おう、行こうぞ。」

 カスガが俺の肩を組む。

 そして、リーアムの食堂を目指して歩き始めた。

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