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【太陽物語】 夜明けへ進む少年は  作者: 立花ハル
《第八章 西方諸国、弱者たちの声》
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西方諸国バード、戦う者たち《ソラ》

《ソラ》


 あの、落ちていく感覚だ。荒く塗りつぶされた黒いペンキと、煌(きら)びやかな星々。やはりオルハの鮮やかな記憶を体験したあとだと、辛気臭い星空に感じる。

 やがて、足元が確かになった。


「おめでとうっ。」

「お幸せにっ。」

 賑やかな声のほうを見ると、教会の周りを大勢の人が囲んでいた。人々は籠(かご)に入れた花びらを散らせている。

「ありがとう。これから幸せになるよ。なあ、アイラ。」

「ええ、リューズ。」

 人々の視線の中央には、二十代少しくらいの若い男女が微笑(ほほえ)んで立っていた。

 これは、恐らく結婚式だろう。グランディエの浮浪児だった頃、遠目に見たことがある。

 アイラと呼ばれた女は白いベールを被り、花柄やレースがあしらわれた凝(こ)った意匠のドレスを身に纏(まと)っている。口紅は上品なピンク色で、春の花を思わせる。

 そして、アイラの隣に立つのがリューズだろう。上質なハットを被り、白いシャツに黒いベストと、特別な日ならではの装いだ。

 リューズの声は、血塗(ちまみ)れの旗に触れたときに聞いたのと同じように、柔らかく優しげな声だ。

「姉さん、リューズっ。」

 人だかりから、若者が元気よく飛び出してきた。リーアムだ。カイたちより少し下の年頃だろうか、サッパリとした爽やかさはそのままだ。

「俺から祝いの歌をプレゼントするよ。聴いてくれ。」

 リーアムはそう言うと、先ほどの小舟のときのように弦楽器を構えて歌い出した。


 ファーダルーヴェの峰から

 海へと流れる雪解(ゆきど)けの水が

 移り変わる時を歌っているよ

 けれども 大切な人たちよ

 ちょっとふざけながら

 欠けたところを合わせあって

 そのために固く抱き合って

 二人の愛は変わらずに

 永遠に咲くジプソフィラを添えて

 おめでとう おめでとう


 泣きながら歌うリーアムに合わせて、参列者も声を揃えて高々に歌う。それは感情が乗りすぎて、お世辞にも上手いとは言えない歌だった。しかし、人の心はそんな歌にこそ揺り動かされるのかもしれない。

 アイラとリューズは涙で頬を濡らしながら笑い、手を取り合っていた。その指には、銀色の指輪が煌めいていた。

 すると、落ちる感覚がした。


 次に足元が確かになると、質素だが、手縫いのランチョンマットやカーテンで飾られた家にいた。テーブルを挟んで、リューズと難しい顔をしたリーアムが座っている。

「やっぱり、俺に魔道の才能って無いのかなあ。」

「なに、リーアムには剣の才能があるじゃないか。」

「でもさ、俺は魔道も武器にして、カラクナ軍の役に立ちたいんだよ。リューズはいいよな。森羅(しんら)魔道の天才だなんて言われているんだろう?」

「天才だなんて…。たまたま、子どもの頃から魔道士の父の元、学びを得られただけさ。」

 どうやら、もうカラクナとバードは戦争状態となっているらしい。リーアムのなかにあるバードへの反抗心は、この頃からあったようだ。

「まあまあ、お茶でもどうぞ。」

 ムッとした表情のリーアムの前に、アイラがティーカップを置いた。アイラの後ろには台所があり、鍋や食器など、料理をよくしている人の台所だと感じた。

「うん、アイラの入れるお茶は美味しいなあ。」

 リューズがニコニコと微笑み、アイラも微笑みを返す。

「なあ、やっぱりさ…。」

 リーアムが頭の後ろで手を組んで言う。

「俺、別のところに住んだほうがいい?新婚さんの邪魔になってないかと心配でさ。」

 リーアムの言葉に、アイラとリューズが顔を赤くする。そして、リューズが言う。

「邪魔になんてなってないさ。ご両親を早くに亡くして、姉一人弟一人でずっと生きてきたんだろう?それに、もし僕が家を留守(るす)にするとしたら、リーアムが一緒のほうが頼もしいよ。」

「留守って…。」

 そのとき、扉が叩かれる音がした。そして、扉の向こうから声がした。

「失礼する。こちらにリューズ=サルエルはいるか。私はカラクナ軍の者だ。」

「こう言うことだよ。」

 そう言って、リューズが立ち上がる。アイラとリーアム、姉と弟に緊張感が走る。

 リューズは強面(こわもて)の男と会話をし、一枚の紙を受け取った。ほんの少しの会話で男は帰っていき、扉が閉まる。

「徴兵だ。来週には、魔道兵として戦場に立つ。」

 リューズは冷静に言う。しかし、リーアムは椅子を倒す勢いで立ち上がり、アイラは口元を手で覆いながら静かに涙を流す。

「僕がいない間、アイラを頼んだよ。」

 リーアムは衝撃を上手く処理出来ないのか、テーブルにドンッと拳を振り下ろし言う。

「わ、分かった…。でも、必ず生きて帰ってくれ…。」

 そして、また落ちる感覚がした。


 次に足元が確かになると、そこは戦場だった。騎馬兵や歩兵がぶつかり合い、弓兵(ゆみへい)や魔道兵が後衛から攻める。

 戦場は、アストールやヒューの記憶でも目にしたが、何度見ても慣れない。この世のものとは思えない、嫌な迫力がある。

 そんな戦場に、突然大きな竜巻が起きた。

「うわああああ、【薙嵐(ていらん)のリューズ】だっ。」

「撤退しろっ。体がバラバラになるぞ。」

 たった一陣の、しかし甚大(じんだい)な被害をもたらす竜巻を前に、兵たちは散り散りに撤退する。俺はその竜巻の、まるでおとぎ話に出てくる竜のような存在感に鳥肌が立ってしまう。

 ふと、視線を左にやると、リューズが立っていた。恐らく媒介(ばいかい)にしているであろう指輪が、結婚指輪とは別に煌めいている。

「作戦終了だ。我々も立ち去ろう。」

 上官らしき男の声で、カラクナの兵たちも撤退を始める。

「まあ、こちらの被害は少なかったが…。」

「魔道の天才とは言え、気持ち悪いくらいの力だよな…。」

 誰も、リューズを讃える者はいなかった。味方だと言うのに、兵たちは眉間にしわを寄せ、汚いものを見るような目でリューズの横を通って行った。

 リューズは何も言わずに、旗を見上げた。それは、リーアムの食堂の裏手にあった、血塗れの旗と同じ旗だ。現在では血の汚れで見えなかったが、立派に羽を広げた鷹が描かれていた。

 そして、また落ちる感覚がした。


 次に足元が確かになると、またあの家だった。しかし、手縫いのランチョンマットなどは無くなっており、ベッドの布団はツギハギだらけだ。

 あんなに使いこまれていた台所は空っぽで、鍋も食器も無くなっていた。

 アイラとリーアムが、布団を被って身を寄せている。

「寒いわね、リーアム。でも、こうしていると、子どもの頃を思い出すわ。」

「姉さん、せめて俺が火の精霊でも使えれば…。」

「無いものを嘆いても仕方ないわ。代わりにこうして、温め合うことが出来るじゃない。」

 アイラは微笑みを絶やさなかった。結婚式で見せた春の花を思わせる微笑みとは違うが、強く優しい女性の微笑みだった。

 そのとき、扉が開いた。アイラとリーアム、二人が扉を見て、飛び上がる。

「リューズっ。」

「アイラ、リーアム…。」

 三人は駆け寄り抱き合った。リューズは痩せて、髭(ひげ)が伸びている。アイラとリーアムは、涙でぐちゃぐちゃな顔のまま彼を迎える。

「お帰りなさい。よかった、無事で…。」

「アイラ、会いたかったよ…。リーアム、家を守ってくれてありがとう。」

「でも、兵が来て、鍋とか布団とか、いろいろ持って行ったんだ。戦地で使うからって。」

 リーアムが悔しそうに言う。

「それでも、命がある。生きている。戦争は終わった。敗戦したが、ここからもう一度、三人で生きていこう。」

 リューズが力強く言い、三人は再び抱き合った。すると、誰かの腹の鳴る音がした。

「やだ、リューズったら。軍ではご飯を食べられなかったの?」

「そんなこと無いんだけどなぁ、恥ずかしい。」

 アイラとリューズ、夫婦が満面の笑みで言い合った。

「俺、パン屋を覗(のぞ)いて来るっ。もしかしたら何か売ってるかもしれない。」

 リーアムは勢い良く外へ飛び出した。すると、義弟(おとうと)が席を外し、気の緩んだリューズは、何かが切れたように滝のような涙を流した。

「うっ…、僕は、戦場で何人、いや、もしかしたら何百人と人の命を奪ったかもしれない…。夜は、もう眠れない。たくさんの死者が僕を呪っている。アイラ、こんな僕でも、夫として迎えてくれるかい?」

 リューズは床に顔を伏せて、まるで子どものように泣き喚(わめ)いた。アイラは彼を覆うように抱きしめて言う。

「当たり前よ。私の夫はあなただけよ、リューズ。」

「僕は、煉獄へ行くかもしれない。」

「そのときは、私も一緒よ。」

 その言葉を最後に、二人は抱き合って、子どものように泣いた。それは、リューズが唯一弱さを見せられる、温かい場所に感じた。銀色の指輪は、変わらずに煌めいている。

 そして、また落ちる感覚がした。


 次に足元が確かになると、またアイラたちの家だった。しかし、月日が経ったのか、三人の様相がかなり変わっていた。

 三人とも、痩せ細っている。長袖のシャツから見える手首は骨がはっきりと見え、頬がこけている。

 あのめでたい結婚式が、嘘だったようだ。俺は、目を背(そむ)けたくなる気持ちを、シャツを握ってグッと抑えた。

「もう何日、パンの配給が無いんだろう…。」

 少しやんちゃさを感じさせるくらい元気なリーアムは、力無くテーブルに顔を伏せて呟く。痩せて元気も無く、とてもじゃないが若者に見えない。

「もう一度、役所に行ってみるわ。もしかしたら配給が…、ゲホッゲホッ。」

 アイラも花嫁姿が夢だったように痩せ、艶やかだった唇もシワだらけだ。

「アイラ、君は寝ているんだ。僕が行ってみる。」

 リューズはアイラの肩に優しく手を添え、ベッドに寝かせる。しかし、リューズの手も痩せて指が骨のようだ。心なしか、指輪がぶかぶかに浮いて見える。

「リューズ、行かないで、側にいて。」

「大丈夫さ、アイラ。すぐに戻る。」

 幼い子どものように乞(こ)うアイラに言い聞かせて、リューズは外へ出た。

 その後、俺の視線はリューズを追った。リューズは力無く、しかし家族のために気力を振り絞って歩いた。やがて、役所前の配給所にたどり着いた。

「配給?一般人には無いよ。帰還兵優先だからね。」

 痩せて刺々(とげとげ)しい態度の女が言い捨てる。しかし、リューズは食い下がる。

「僕も帰還兵だ。」

「証明書を出して。」

「それは…無い…。」

「じゃあ、ダメだね。」

「いや、でも帰還兵なのは本当なんだ。ただ、不気味がられて認められなくて…。頼む、家に病気の家族がいるんだ。」

 必死なリューズを、女は軽蔑した目で見て言う。

「不気味って、なんだい…。とにかく、渡せるものは無いよ。」

「そんな…。」

 リューズが力無くうなだれると、男たちの笑い声が聞こえた。

「ちっ、バードの兵だよ。ほら、どきな。」

 女はリューズを、野良犬のように追い払った。

 そして、バード兵が五人ほど、我が物顔で女に声をかける。

「おい、パンとベーコン、それにチーズ、あとは酒を寄越せ。」

「はいはい、ちょっと待ってね。」

 先ほどまでリューズに悪態をついていた女は、わざとらしい笑顔を貼り付けてバード兵に対応する。

「おお、このチーズは美味そうだな。」

 バード兵たちは紙袋を覗いて、上機嫌で去ろうとする。その様子を、カラクナの民が恨めしそうに見ていたが、誰も何も出来なかった。ただ、誰もが痩せていた。

 しかし、リューズは生気を失った表情に、グッと力を込めた。そして、右手をバード兵の背中へ向けた。

「うわあああっ。」

 リューズの指輪が光り、風の刃(やいば)がバード兵の背中を切り刻む。なんと、詠唱無しで、鋭い風の魔道を展開したのだ。

 倒れるバード兵が落とした紙袋を、リューズが駆け寄って拾う。そして、逃げようとした、その時。

「負け犬がっ。よくもっ。」

 バード兵の一人が剣を抜き、リューズの体を突き刺した。痩せて薄くなったリューズは、まるで紙のように容易(たやす)く貫かれる。

「ちくしょうっ。」

「殺せっ。見せしめだっ。」

 うつ伏せて倒れるリューズの背に、容赦のない剣の雨が降る。

「やめろぉっ。」

 リーアムが駆け寄る。

「なんで、何があったんだっ。」

「こいつが食料目当てか分からないけどよ、攻撃をしかけて来たんだよ。」

「そ、そんなリューズ…。」

「リューズ?もしかして、薙嵐のリューズか?」

 その名を知ったバード兵は、互いに視線を交わした。そして、役所に掲(かか)げられていた旗を、無理矢理下ろして剥(は)ぎ取った。

「俺たちバード兵を恐れさせたリューズが、こんな呆気ない最期を迎えるとはな…。せめて、国旗で遺体を包んでやれ。」

 バード兵は、自身の背中に傷を負わせた相手だというのに、五人で協力するように、リューズの遺体をカラクナの国旗で包んだ。

「せめて、戦場で殺したかったぜ。」

 バード兵の一人がそう呟き、少しの時間、祈りの姿勢をとった。そして、紙袋を拾い、何も言わずに立ち去った。

「りゅ、リューズ…、姉さんに何て言えばいいんだよ…。」

 リーアムは泣きながら、国旗に包まれたリューズを引きずるように抱えて歩き出した。

 そして、また落ちる感覚がした。


 次に足元が確かになると、役所の前だった。先ほど、リューズが容赦なく殺されたのを見た場所だった。

 なんて、苦しい記憶だろう。そう、指輪が二つと言うことは、二つの悲しい記憶を見なければならないのだ。

 役所の前では、バード兵の前に女たちが並んでいた。兵は、女たち一人一人をまじまじと眺め、その手の甲に木炭で何かを書いている。女たちはそれを見て、それぞれ絶望や、安堵(あんど)の表情を浮かべる。

「あの子、1って書かれたね。真っ先に送られるんだ。」

「バード兵に送られるなんて、どんな目に遭(あ)うんだろう。」

「そりゃあ、お前、女が敵国の男の兵に送られる、というか、捧げられるわけだから…。」

 俺はその会話から、女たちの運命を想像した。そして、おぞましさで震える。人間が、戦利品として消費されるのだ。

 アリアレジスで、ケイトが自身を戦利品と言い切ったが、まさしく今、女がその体を踏みにじられようとする、残酷な瞬間を目にしているのだ。

「えっ、あの子、まだ若いのに…。」

 その声で、木炭で1と書かれた女を見ると、それは見覚えのある顔だった。サリアだ。まだ俺と同じ年頃で、幼いと言うほど若い。サリアは手の甲を見て、泣きそうな顔で震えている。

「待って、待ってください。」

「姉さんっ。」

 人だかりを掻(か)き分けて現れたのは、痩せ細ったアイラだ。リーアムが姉を止めようと、追いかけて来ていた。しかし、人波に阻(はば)まれている。

「なんだ?なぜ、お前は【戦利品】に並んでいない?」

 バード兵に問われ、アイラは毅然(きぜん)とした態度で答える。

「私が咳(せき)の病を患っているから、今回は外されたのです。ですが、どうでしょう?」

 アイラはそう言って、幼いサリアの前に立つ。

「こんな幼い子どもよりも、私のほうが良いでしょう?」

 アイラは上目遣いで兵に問う。兵も満更(まんざら)でも無い様子で、鼻の下を伸ばす。そして、アイラが兵に耳打ちする。何と言っているかは、聞こえない。

「まあ、そう言うなら、そうだな。こんな子どもよりも、なんというか…。」

「私のほうが、大人の経験がありますわ。軍人様。」

 アイラのその一言で、兵たちはニヤニヤと笑い合う。それは、男の気持ち悪い卑しさに満ちていた。

 それを見ていた人だかりは、どこか汚いものを見るようにアイラたちを眺めていた。

「なんだ、あの女、贅沢品目当てか?」

「いや、どう見てもあの子をかばって…。」

 アイラは振り向いて、サリアの手を取る。そして、その甲に書かれた1を、服の袖でごしごしと消した。サリアは目の前の出来事を受け止められず、涙目でオロオロとしている。

「姉さんっ。」

 リーアムは叫ぶ。アイラはバード兵に腰を抱かれながら歩き、リーアムを見て、一度だけ頷いた。

 そして、また落ちる感覚がした。


 次に足元が確かになると、あの真っ白な空間だった。ようやく、最期の瞬間にたどり着いた。アイラたちの家だ。

 アイラが、さらに痩せて、髪もボロボロでベッドに横たわっている。目が虚ろで、ずっとうわ言を言っている。

「リューズ…、リューズ…。」

「姉さん…。」

 ベッドの横には、リーアムとサリアがいる。二人とも泣きながら、アイラの手を握っている。

「姉さん、どうか神海(しんかい)で、リューズと幸せに過ごしてくれ…。」

「ううん…、リューズは、煉獄へ行くから…。私も…煉獄…。」

「そんなことないっ。」

 リーアムが叫ぶ。

「リューズも姉さんも、誰かのために戦った人たちだ。なんでそんな人が煉獄へ行くんだっ。」

 リーアムの叫びに、サリアも頷く。

「どこでも…、いい…。リューズ、会える…なら…。」

 アイラの腕が、力無く落ちた。左手には、あの指輪が光る。

「姉さん、姉さんっ。」

「お姉さん…。」

 リーアムとサリアが、すすり泣き頭を下げる。しばらく、部屋は二人のすすり泣く声でいっぱいになった。

「俺は…。」

 リーアムが静かに、しかし、声を怒りで震わせて、顔を上げて言う。

「俺は、この悔しさを忘れない。」

 サリアが、リーアムを見上げる。

「一部の人間の勝手で都合良く扱われて、無かったことにされてたまるか。俺は、必ず復讐してやる。殺された魂が、神海へ行けるように。」


「ソラ、ランプを消して…。」

 いつものあの声だ。

「…よう。今回もなかなか、キツイ記憶だったぜ。何せ、二人分だしな。」

「それだけ過去には、悲しい出来事が多かったということです。」

「残念ながら、今も続いてるぜ。国の独立運動だとかで、争いが生まれそうになってる。」

「そう、ですか…。」

 謎の声は、妙に悲しげな声を発した。

「ですが、そのような悲しみの果てに、答えを出してほしいのです。」

 俺は声の発せられる方向も分からず、空間を睨む。

「だから、その答えのための、問いを教えろって言ってるんだよ。」

「それは、あなたの旅路でたどり着くはずです。」

「ふん、結局、あんたとの会話には手応えがねえ。」

 俺は悪態をつき、ナイフの火を消した。


 戻るときはまた、あの感覚がした。深い川の底から、水面へ一気に浮き上がる感覚だ。

「見つけて…。」

 いつもの鈴のような声がした。

「私を、見つけて…。」

 俺、アリアレジスにたどり着いたんだ。ディーン皇王(こうおう)にも会ってさ、世界の記憶を解き明かすだとか、太陽物語を探すだとか、俺の身の丈には随分と合わない使命を選んだよ。

 いつか会えたときは、その使命も乗り越えた俺で会えたらいいと思うんだ。けれど、出来るか、今は分からないんだ。


 ハッと息を吸って、手のひらの指輪を見る。記憶のなかで見たよりも鈍く光り、年季が入ってしまっている。

「…何を見たんだい?」

 リーアムが、微笑みながらも鋭い瞳を向けてきた。

「アイラもリューズも、それに、リーアムも、必死に戦ってた。でも、バード兵は残虐だった。リューズの死体は、旗にくるまれていた。」

「え、なに、本当に怖いんだけど。」

 サリアが気味悪そうに俺を見る。

「…もう、手の甲に1って書いてないんだな。」

 俺がそう言うと、サリアの目の敵意が増した。同時に、その身を脅(おびや)かされた少女の弱々しさも、瞳に宿している。

「まあ、なんとなくではあるが、ソラ、君の力は本物なんだろう。どんなものかは分からないが。少なくとも俺やこの国の過去は、はっきり分かっただろう。」

 リーアムの落ち着き払った声に、俺は頷(うなず)く。

「ああ、そのうえで、リューズが言っていたことを伝える。リューズはあんたの抵抗運動をやめて欲しがってるぜ。」

 俺の言葉に、リーアムはチラリと、鋭い視線を見せた。

「その辺りはペテン臭いな。」

「本当さ。」

「ソラ、君がリューズの名を使ってどう言おうが、俺たちは止まらないさ。」

 でも、と俺が言葉を続けようとしたとき、小舟が止まった。

「さあ、着いた。俺たちはこれから抗議活動を始める。君たちは、この通りを北上するといい。途中、美味(うま)い果実搾りの店もあるから寄るといいさ。」

 リーアムはそう言うと、大きな旗を持ち、小舟を

降りた。その旗には、鳥が刺繍されていた。

「リーアム。その鳥は?」

「ああ、これは燕(つばめ)さ。燕は自由の象徴だからね。俺たち抵抗運動組織【ズワルウ】にぴったりだろう?」

 じゃあな、と言って、リーアムは歩いて行った。サリアは、ずっと疑わしそうに俺たちを見ていた。


「銀の糸も見た。宿へ戻るぞ。」

 小舟を降りたユフィが、冷静に言う。

「なんでこの流れで、そうなるんだよ。リーアムを止めに行くぞ。」

 俺はユフィの上着を掴(つか)んで、食らいついて言う。カイが、すぐに俺の肩を掴んだ。ユフィが言う。

「お前、正気か?俺たちにはディーン皇王から仰(おお)せつかった、大きな使命がある。小さな国の、小さな争いに関わっていたら、命がいくつ必要なんだ。それこそ無理がある。」

「小さななんて、撤回しろよっ。リーアムたちに失礼だ。」

「そんなこと承知で俺は言った。だが、撤回しない。俺は優先すべきことを忘れるなと言っている。」

「昨日から大きいだとか小さいだとか、次は優先かよ。俺はそう言う考えが気に食わねえんだ。」

「お前に気に入られようなんて思っていない。じゃあ聞く。リーアムに関わって、お前はどうするんだ?彼を止めて救うだなんて、お前に出来るのか?」

「それは…っ。」

 俺は、己の目に込めた敵意が揺らぐのを感じた。そんなこと、小舟で俺だって考えた。でも、分からない。それなのに、感情が溢(あふ)れて止まらない。

 俺は、苦し紛れに顔を伏せて、悪態をつく。

「俺は、ユフィのそういう正論が、嫌いだ。」

 ユフィのため息が聞こえ、そして声が降る。

「構わない。俺は間違ったことを言っていない。」

 俺はユフィの上着から手を離したが、顔を上げることは出来なかった。喉が焼けるように痛い。目が熱い。悔しい。正しいことも、強いことも言えない自分が情けない。

 それに、俺は、なんてことを言ってしまったんだろう。嫌いだなんて。反発する気持ちは、確かに強くある。けれど、嫌いだなんて、そんなこと、口が滑ってもこの四人に言いたくない。はずなのに、言ってしまった。

 俺はヴェーゼンでカイに酷いことを言ったときと同じような、強い後悔に襲われる。けれど、こんなぐちゃぐちゃな感情を、どう整理していいか分からない。

 ただ俺は、泣くのをこらえるのに必死だった。泣いたらユフィに、本当に負けてしまうようなちっぽけな誇りがあったからだ。それと同時に、俺が泣くことでユフィを傷つけてしまうような、根拠のない予感がしてしまった。

 俺の肩を握るカイの手が少し緩み、彼の穏やかな声がする。

「お互い、話せることは話せたかい?そうしたら、宿へ戻ろう。それぞれの言い足りない思いは、僕たちで聞くよ。また新しく旅に出られるように、きちんと整理しよう。」

 カイの声で、俺の内側はさらに揺さぶられ、より泣きそうになる。でも、シャツをギュッと握りしめて、こらえる。

 その時だ。

 リーアムとサリアが進んだ方向から、大きな物音と叫び声が聞こえた。ジオリダムのパレードが混乱したのを思い出させる、異常事態を告げるような音だった。

「ソラっ。」

 マキが呼び止める声が後ろからした。気づいたら、俺は走り出していた。何が起きたのか気になったのはあるが、何よりも、ユフィの言葉や彼への感情を振り払いたかった。

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