西方諸国バード、侵略された者たち《ソラ》
《ソラ》
俺たちは、労働開始を告げる鐘とともに、アリアレジスを出発することにした。大きな城下町の複雑な道にも、この一週間ほどの滞在でだいぶ慣れ、出発する西門へと難なくたどり着いた。
「おお、可愛いのう。つばくらめじゃ。」
チュピッと高い鳴き声がして見上げると、カスガがそう言った。
「うん?燕じゃないのかい?」
「まあ、同じじゃよ。呼び方が違うだけじゃ。」
カイとカスガのそんな会話を横に、俺は門の高い位置に巣を作ったその鳥を、珍しく眺めた。
「鳥のフンに気をつけろよ。」
ユフィに言われ、俺は驚いて少し後ずさる。
「でも、旅立ちには持ってこいの鳥よね。縁起がいいわ。」
「へえ、なんでだい?」
マキの言葉に、俺は尋ねる。
「燕は帰巣本能があるから、帰郷や帰還の象徴なの。他にも、国によっては幸福や家庭円満のお守りになっているわ。」
「レシオや港町ハーリーでも、船の乗組員が燕の刺青をしているのをよく目にしたよ。無事に家族の元へ帰れるよう、願いを込めてね。」
マキとカイの説明に、俺は興味深く頷く。殉教の魔道士などを見て、刺青に良い印象は無かったが、そう言った願掛けの意味もあることに驚いた。
オディオへ行くときもこの西門を通ったが、そのときは燕の存在に気づかなかった。本当はそこに在るのに見落としていることが多くあるのだろうと考えながら、しかし視線は前を見据えて、俺たちはアリアレジスを発った。
西門を出ると、目の前いっぱいに草原が広がっていた。夏の風が草の間を吹き通り、自然の匂いが鼻に届く。地平線から、大きな白い雲が立ち上がっていた。
西方諸国の入り口となるバードまでの道は、まだ街道が整理されていない。
「十年前にディーン皇王陛下がご即位されるまで、西方諸国とアリアレジスは軍事衝突を繰り返しておったからのう。アリアレジスの西側の領地は、まだ整備されておらんのじゃ。」
カスガは、やはり故郷が近いからだろうか、この辺りの情勢に詳しそうだ。俺は聞いてみる。
「アリアレジスは、なんで他の国を侵略ばかりしていたんだい?」
「アリアレジスは元々、もっと北にあるイルニアという国から離れた人間が、今から百五十年ほど前に建てた国なんじゃ。いわゆる、独立した国じゃ。まあ、建国からして、血の歴史の連続じゃよ。まず、アリアレジス城下町があった場所には、元々は先住民族が住んでおった。」
「先住民族?」
「ああ、イルニアを離れたアリアレジス人は、先にその地に住んでおったディエヤ族を支配して、街の建設を進めたんじゃ。」
「支配…。」
俺はその言葉に抵抗感を覚え、カスガの言う血の歴史に想像力を働かせる。
「ディエヤ族は、古くから独自の文化を築いた民族じゃった。しかし、アリアレジス人によって、ディエヤ族を名乗ることも、その文化を持つことも禁止されたんじゃ。」
「なんか、ユフィがレシオで言った、野蛮な国ってのが、少し分かるぜ。」
俺がそう言うと、ユフィは小さく頷いた。
「ディーン皇王の先代の皇王陛下、マドック様まで、アリアレジスは積極的な侵略を進めておった。それは、イルニアから独立して以来、アリアレジスが人材も資源も乏しい国だったからじゃ。」
「人材と資源?」
俺の疑問に、ユフィが説明を付け加える。
「例えば、ジオリダムと比べてみろ。ジオリダムはアリアレジスとそう変わらない時期に建国された若い国だが、地の利と人材に恵まれていた。」
ユフィの説明に、俺だけでなく他の三人も頷いて聞く。
「まず、ジオリダムは海沿いに土地を得た。港を構えられるし、食糧も海から得られる。敵も、海からは攻めづらい。次に、人材。ジオリダムは建国時、エクラ種が今よりも多かった。歴史が若いのに今や大国の一つとなっているのは、エクラ種による魔道研究の恩恵を、早いうちに得られたのが大きい。」
「なるほど。戦争では独自の魔道という武器を使って戦い、貿易によって資源にも困らなかったわけだ。」
カイがまとめると、ユフィが頷く。しかし、それを聞くと、そんなジオリダムでさえアリアレジスに敗戦し、ケイトが戦利品だなんて扱われたのを思い出し、ますます疑問は深まる。
俺はその疑念を、カスガに向ける。
「アリアレジスは、実際に行ったが内陸にあるじゃろう?しかも、土地が農作物に向いた土壌じゃないんじゃ。この時点で、まず食糧という資源の弱さがある。」
「まあ、戦うにしても、ただ生活するにしても、食べられないことにはな。」
俺が言うと、カスガは頷いてさらに続ける。
「じゃから、豊かな土地が欲しくなるわけじゃ。じゃが、そのためには領土を拡大せんといけん。そうなると、今度は戦ったり支配を進めたりするための人材が必要となる。」
「なんだい、八方塞がりじゃねえかい。」
俺はどこか、呆れたように呟く。グランディエの浮浪児だった頃、大国アリアレジスへ抱いていた憧れが虚ろになったからだ。
すると、カイが話す。
「そこで登場するのが、レシオの奴隷や、あとは、そう、精霊の形代と言った人たちさ。故郷で肩身の狭い思いをしていた人々が、アリアレジスへ移り住むんだよ。」
カイが、俺への配慮からか、言い淀みながら口にする。俺は話の意外な展開に驚く。彼は続けて言う。
「アリアレジスは世界に向けて、あの手この手で発信をしたんだ。【身分や国を超え、いざ新天地を故郷とせん】ってね。その謳い文句に魅力を感じた人々が国を出て、アリアレジスへ移住したのが、移民の国アリアレジスの始まりさ。」
「へえ、確かにそれを言われると、興味が湧くな。でも、それで充分に人は集まったのかい?」
俺が感心していると、カイが答える。
「うん。想定以上で、小国を攻める軍を編成するには充分だったみたいだよ。」
「それと、さっき話したディエヤ族じゃな。アリアレジスはディエヤ族を名乗ることを禁じたくせに、その血が流れているというだけで、強制的に徴兵したんじゃ。」
カスガの説明に、俺は嫌悪感を剥き出しにする。
「結局、差別かよ。」
俺の呟きに、四人は反応に困っているようだった。やがて、少しの沈黙のあと、カスガが説明の続きを話す、
「まあ、ディエヤ族のことは忘れてはならんが、さっきカイが言ったような背景で集まった軍勢じゃ。その軍勢は、いわゆる雑草魂の固まりじゃった。自分たちの故郷を確立させるために、貪欲に攻め、いかに劣勢に置かれても不屈の精神で耐え忍ぶ。世界最強と言われるアリアレジス軍の前身となったわけじゃな。」
「雑草魂か。その言葉は、なんとなく好きだぜ。」
そこで俺は、自分のなかに納得感が生まれた。アリアレジスへの憧れは、奪う側が持つ強さに魅力を感じていたとともに、どこかに不屈の雑草魂を予感していたからかもしれない。
「そうしてアリアレジスは、作物が育つ豊かな土地も港町ドークも得たんじゃ。そんな侵略国としての姿は、ディーン皇王のご即位で変わったがのう。」
「もう侵略しなくても、豊かに生きていける国を勝ち取ったってわけか。」
カスガの言葉に俺がそう返すと、カスガは頷きながら、さらに言う。
「それもあるが、ディーン皇王のお人柄やお考えじゃろうのう。数年前、ディーン皇王陛下は、歴代の皇王で初めてディエヤ族への迫害を認め、慰霊碑を建てられたんじゃ。その慰霊祭は立派じゃったぞ。」
「え?カスガ、それに参加したの?」
カイが聞くと、カスガは突然、我に帰ったように一瞬黙り、言う。
「いや、そうじゃと、トキヤのアニ様から聞いたんじゃ。」
突然、表情が変わり口数が減ったカスガだが、彼のそんな姿はこれまでも見てきたので、慣れたものだ。
それよりも、俺はマキが気になり、声をかける。
「マキ、ずっと話に入って来ないけど、あまり興味ないかい?」
そうだとしたらなんだか悪いと思い、彼女の反応を待つ。
「ううん。興味ないわけじゃないわ。むしろ、歴史は好きよ。曲の題材になっていることも多いし。ただ。」
そう言って、マキは顔を伏せた。
「オディオやソロの過去を知った今、重い血の匂いがする歴史とは、少し距離を置きたい、そんな気分なの。」
それを聞き、俺は何と言っていいか分からず、そっか、と頷く。
「そういう自分を守る判断、僕は大切だと思うよ。」
カイが柔らかい声色で言うと、マキがありがとう、と微笑んだ。
そんな話をしていると、川幅の広い、大きな川にたどり着いた。川の上流を見るが、遠い山の景色に溶けていく。どうやら、遠くの高い山々から流れてくる川のようだ。
「この川が、アリアレジスと西方諸国との国境らしいな。」
ユフィが地図を見て呟いた。
「橋が見当たらないわ。」
「どうやら、橋もまだ架かっておらんようじゃな。」
そして俺たちは、靴を脱いで裸足になる。川を越えることは、今までの旅でもあったため、特に抵抗はない。
「やあ、夏の川は気持ちがいいものだね。」
カイが呑気な声を上げる。確かに、夏の日差しと爽やかな風と、足元の冷たい水の流れとで、季節を全身で感じるのが気持ちいい。
俺は川を渡りながら、その透明度の高い水に、自らが洗い流される気分になった。四人のおかげで受け入れることは出来たが、頭の片隅から人を殺した記憶が離れない。さらには不思議なことに、そのときには夢中で分からなかった人を刺す感覚は、日を追うごとに増していく。
気づいたら、川に足を浸し、ぼんやりと考え事をしていた。水色の足が目に入る。旅に出てからしばらく忘れていた、水色の足だ。
感傷的になる必要はない。俺は、俺の意志で行動を選んだ。そう自分に言い聞かせる。
「ソラ、どうしたの?」
マキに声をかけられ、我に返る。
「いや、なんかさ、水のかけ合いっことかしてみてえなって。」
「俺は絶対にやらないぞ。」
ユフィが言うのを笑いながら聞き、俺はザブザブと音を立てて、川を対岸まで渡った。
なんとなく、川を渡り切ったことで、俺は本当に後戻りの出来ない旅に出たことを強く感じた。
バードと言う国には、ほんの一晩野宿をしただけで到着した。と、言うよりも見えた。
「えーっ、これは全部、砦かい?」
カイが大きな声を上げて驚く。それは高く、そして左右に長く伸びた、立派な壁だった。
「バードは西方諸国同盟の盟主として、アリアレジスの侵攻を長年止めておったからのう。西方諸国の各地から集めた頑丈な石材で、このカルカノ砦の壁を築いたそうじゃ。」
「なるほどな。ここを破られたら、西方諸国が一気に攻められるということか。」
カスガの説明に、ユフィが納得して言う。
「そうじゃ。じゃが、アリアレジスの侵略が無い今は、観光地になっておる。この壁を越えたところも、見所満載じゃぞ。」
カスガが楽し気に俺たちを導く。長く伸びた壁の一部が重厚な扉となっているが、その扉は開いており、衛兵も気さくに挨拶してくる。
俺たちが門をくぐりしばらく歩くと、それはまた、見たことのない景色だった。
「すごい、綺麗ね。」
マキが口元に手を当てて、感心の声を上げる。
それは、まるで絵画の風景だった。建物は凝った意匠をしていると言うのに、統一感がある。移民の国で、様々な文化を感じる建物や通りが混ざったアリアレジスとは大違いだ。
さらには、建物や通路の間には整備された川が通っており、不便の無いくらいに橋が架かっている。川には、人を乗せた小舟が浮かんでいる。
「街中に川が通ってるぜ。舟も浮かんでるし、洗濯だとか便利そうだな。」
俺が橋から身を乗り出して感心していると、カスガが俺の体を引っ張りながら言う。
「これは川と言うよりも、運河じゃ。人や物の移動に使うし、農耕地に水を届けるのにも役立つんじゃ。」
その説明に、俺はへぇ、と驚く。
「すごいね。建物といい運河といい、計算して街が造られている感じがするね。」
カイも感心して言うので、俺は何度も頷く。
「カスガは西方諸国に来たことがあるのか?」
ユフィが尋ねると、カスガが答える。
「そうじゃな、留学のために一度通っただけじゃが。」
「西方諸国にも港町があるのかい?」
「ああ、あるぞ。地図上で一番西側の、ルムーシュクという港町じゃ。」
カスガの答えに、ディーン皇王の手紙に書いてあった街だと思い出す。
「どれ、遅くなる前に宿をとろうぞ。」
「カスガが前に泊まったような、お勧めの宿はあるのかい?」
カイが聞くと、カスガは腕を組んで答える。
「…分からん。安いところを新規開拓じゃ。」
そう言って、カスガは街の賑わうほうへ歩き出す。
「なんだか、いつも高い宿を使っている口ぶりだったわね。」
「だから言っただろう。あいつはきっと、ボンボン中のボンボンだと。」
マキとユフィが訝し気に言い、後に続く。俺たちは観光地として整備された、美しい景観を楽しみながら宿を探した。かつてはアリアレジスの侵攻を止めていた国だとは、なかなか信じがたい街並みだった。
「いやあ、歩いたね。」
カイが珍しく疲れた声色で呟いて、ベッドに腰掛ける。
「さすが観光地だな。宿も物価も、それなり…、いや、かなりの値段がする。」
ユフィも疲れた様子で、荷物を下ろして言う。
「すまんのう。あまり物の値段に無頓着でのう。」
俺たちは何も突っ込まない。嫌味でも何でもなく、天然でカスガは今の言葉を言ったと感じるからだ。
宿はユフィが言う通り、かなりの値段だ。これでも安いところを探した。しかし、ベッドや景色など、特別に何かが良いというわけではない。
「もう六時ね。ご飯でも食べに行きましょうよ。」
「賛成っ。」
マキの提案に、俺はベッドから飛び降りてはしゃぐ。街があんなに立派な観光地なら、メシだってきっと、美味いはずだ。
「た、高い…。」
俺たちは、路頭に迷っていた。宿や物価が高いなら、食堂の値段が張るのも当然だ。店先に飾られた看板に書かれた料理名は気になるが、その隣に書かれた値段に肝が冷える、と言うのを何軒か繰り返した。
それだと言うのに、美しい街並みは街灯に照らされて、さらには運河がその光を反射しており、昼間よりも幻想的な風景だ。しかし、美しい風景は空腹を満たさない。
俺たちは落ち込みながら、街の中心地から遠くへ歩いた。すると、街灯の無い区域に差しかかる。
「なんだか、雰囲気が違うわね。」
マキが、少し暗い区域に注目する。
「…あの街灯の終わりが、元々バード国の国境じゃったところじゃ。」
カスガが昼間、流暢に説明していたのとは違う声色で呟く。俺は尋ねる。
「元々ってどういうことだい?」
「西方諸国が小さな国の集まりじゃとは、ディーン皇王の手紙にも書いてあったな?小さな国が集まって同盟を組んでおるわけじゃが、決して全ての国が納得して同盟を組んだわけでない。その一つが、カラクナと言う国じゃ。その国があったのが、あの街灯の先の区域じゃ。」
「カラクナ…。」
俺は過去形として語られるその国の名を呟き、暗がりを見つめる。
「カラクナは、希望教を信仰する国じゃった。そして、姫神教を信仰する国との同盟に反対しておった。そこを、力づくで取り込んだのが、ここバードじゃ。」
「ああ、それ、ユフィも言ってたな、でもそれって、アリアレジスがやってたのと同じ侵略じゃんか。」
カスガの話に、俺は自分なりの言葉で反発心を唱える。
「そうなるのう。じゃが、精霊戦争による自然災害や希望教徒の襲撃、それに、アリアレジスの侵攻といった困難を生き延びるには、小国としては必死に選んだ道じゃったんじゃろう。」
俺は、理屈として頭では理解するものの、感情としては抵抗感を覚える。結局、弱いものは強いものに飲み込まれるしか無いのか。同時に、かつて奪う側に憧れていた自分の無知さを思い知った。
ふと、暗がりから音楽が聞こえてきた。いくつかの楽器の音色が重なり、陽気な歌声も聞こえる。
理由も無く、俺たちはその音楽に惹かれて、暗がりへ足を踏み進めた。少し歩くと、外観が質素な食堂にたどり着いた。
「この店、気になるな。」
俺の呟きに、ユフィがなんでだ、と問う。
「勘さ。」
そう言う俺に、ユフィはため息をついて、他の三人は乗り気で食堂に入る。




