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【太陽物語】 夜明けへ進む少年は  作者: 立花ハル
《第七章 ドレスレア大陸、目指した国》
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???、二つの糸《ソラ》

《ソラ》



 …。

 …。


 母さんが 聞かせる 四つの歌を

 坊や 聞いてごらん みちしるべの歌

 冬の山をこえ 春の風を受けて

 母さんは 願う ただ一つだけ

 坊や あなたにあげる 四つの歌を

 夏の雨をこえ 秋の恵みを受けて

 坊や あなたが 幸せをつかむため

 母さんは 歌うわ 四季を歩む歌


 遠くから歌が聞こえる。クルエルの悪夢で、俺の母と思われる女が歌っていたものだ。

 どうして、今この歌を思い出すのだろう。記憶に残っていたわけでもなく、悪夢を見なくては知り得なかった歌なのに。

 どうして、こんなに懐かしいのだろう。俺の奥底が震えるのだろう。


 俺は、目を覚ました。視界は暗い。気怠い体を持ち上げて辺りを見ると、高い位置に窓があるのに気づいた。外は月夜だ。満月が明るく、埃(ほこり)まみれの窓を通して、ぼんやりとした光が降る。

 俺は、あの影にさらわれたわけだ。暗闇のせいもあり一人で不安だが、このくらい乗り越えなくては、これからの旅だって仲間頼りになってしまう。

 月明かりだけでは心許(こころもと)ないので、俺はプロクスを唱える。ナイフの切先(きっさき)に火が灯(とも)る。やはり埃が積もった棚や箱が並んでおり、長いこと放置された物置き部屋だと感じる。

 ふと、頭に強い痛みが走る。しかし、それは覚えのある感覚だった。

 銀の糸だ。

 あまりに多い銀の糸が俺の頭のなかで絡まり、頭の内側からガンガンと叩くような痛みとなっている。

 この部屋でも銀の糸が、俺に語りかけて来る。その方向を見ると、古びた短剣が落ちていた。俺はその短剣に近づき、灯りを近づける。

 すると。


 突然、ガラリと部屋の埃が無くなった。時計の針を戻したように、人の手が入った物置き部屋の様相となった。

 部屋の真ん中で、四歳やそこらの少年が立ち、生き生きとした表情で短剣を振っている。

 黒い髪に紅い瞳の少年だ。俺はその顔立ちに、見覚えがありつつ違和感もある。

「ソロ様。」

 扉が開き、女中らしき若い女が入って来る。

 ソロ?この元気そうな少年が、あの陰気な青年のソロだと言うのか?

「ダメですよ、ソロ様。そんな短剣、危ないですわ。」

「危なくなんてないよ。僕はこの剣で、お母様を守るんだ。」

 ソロは得意気に大きく素振りをして言う。女中はやれやれと言わんばかりの顔で、しかし、そんなソロを微笑(ほほえ)ましく見ていた。そして、優しく話す。

「ソロ様。リヤ様がお呼びなんですよ。」

「お母様が?どうかしたの?」

「分かりませんわ。でも、ソロ様はリヤ様のお言葉代わりですからね。一緒に参りましょう。」

 そう言われてソロは素直に頷(うなず)いて、短剣を置き、物置き部屋から出て行った。

 リヤの言葉代わりとは、どう言うことだろう?

 俺は、彼らを追いかけるように、物置き部屋を出た。


 廊下は月明かりが届かず、埃臭かった。暗いのもあるが、廊下は長く、先が見えない。どうやら、それなりに大きな建物に連れられたらしい。右か左か、どちらへ行くべきかなんて分からない。人の気配はしない。銀の糸の気配はあり過ぎて、どこにあるのかも分からない。

 とにかく歩こう。そして、脱出しよう。俺は勘を頼りに、右へ歩き出した。


 少し進むと、曲がり角が見えた。俺は歩みを止める。足音がするのだ。ナイフを前に構え、誰が来ても立ち向かえるよう、息を整える。相手も同じだ。一度立ち止まったようだ。そして、何かを構えて準備をする気配を感じる。

 先手必勝だ。俺は、飛び出した。やってやる。

「うわぁっ。」

「きゃあっ。」

 俺と相手とで、互いに驚いて、尻もちをつく。

「お、オルハっ。」

「ソラっ?」

 ナイフの切先の火で照らすと、相手はオルハだった。金色の髪が、火に照らされキラキラとしている。その手には、彼女には不似合いな短剣が握られていた。

「そう言えば、一緒にあの影に引っ張られてたもんね。大丈夫?」

「ああ。」

 先に立ち上がったオルハが差し伸べてきた手に、俺は手を伸ばす。

 すると触れた瞬間、強い銀の糸の気配がした。頭がガンと叩かれた感覚がし、思わず、手を引いてしまう。

「うっ。」

「オルハ?」

 オルハも何か衝撃を受けたかのように、頭に手を添えて、しゃがんでしまう。

「金の糸…。」

「えっ。」

「どうして、ソラに金の糸を感じるの?」

「お、オルハも、糸を感じるのかい?」

 俺が問い返すと、オルハは大きな目を丸くする。

「そう、だけれど、オルハもってことは?」

「ああ、俺は銀の糸を感じるのさ。」

 互いにしゃがんでいた姿勢から立ち上がり、服についた埃を払う。

「糸を見る人に、初めて会ったからびっくり。ソラも、喜びの記憶を見るの?」

「喜び?」

 俺は驚いて、聞き返す。同じ糸を感じる者どうしだが、正反対の記憶を目にするということか、

「…いや、俺は悲しみの記憶を見て来た。たくさんの人の死や、別れの記憶さ。」

「そんな…、それは苦しそう。」

「まあ、正直ね。四人がいないと、辛いときもあったよ。」

 その時、廊下の奥から物音がした。俺たち以外にも、誰かいるのかもしれない。

「のんびり話をしてる場合じゃなさそうだな。早く脱出しようぜ。」

「うん、そうだね。大丈夫だよ、ソラ。私が守るから。」

 オルハは何の躊躇(ためら)いもなく言う。どうにも俺は、子ども扱いを受けることに抵抗があり、頭を掻(か)いてしまう。


 灯りを持つ俺の隣を、オルハが歩く。早く外へ出たいが、足音を立てるわけにもいかないので、慎重に行く。

「オルハ、窓があるぜ。」

「ちょうどいいね。ここから出られるかな。」

 オルハはそう言って、窓に手を添える。

「痛っ。」

 彼女は小さく叫び、弾かれたように、窓から手を離した。

「大丈夫かい?」

「うん。ちょっとびっくりしただけ。ソラ、この窓に精霊を感じない?」

 オルハにそう言われ、耳を傾ける。

〈へへっ、出さない。出さない。出さない。〉

 悪意たっぷりの、イタズラっぽい声がする。

「ダメだ。多分、雷の精霊だな。使い手の命令なのか、俺たちを外へ出さないつもりだぜ。」

「そっかぁ。じゃあ、やっぱり外に通じる扉を探すしかないね。」

「けっこう冷静なんだな、オルハ。」

 俺は彼女の、淡々と話を進める姿が意外だった。なんとなく、表情豊かに慌ててしまいそうな気がしていたからだ。

「うーん、さらわれ慣れているからかなぁ。今回は手足を縛られていないし、猿ぐつわもされていないぶん、扱いはいいよ。」

 扱い。彼女らしくない、人に使うにはふさわしくない表現だった。

「なんで、そんなにさらわれるんだい?」

 俺が問うと、オルハは指を組んで、返答を躊躇(ためら)った。

「ここにソロはいないぜ。それに、俺たちは糸の記憶を見れるどうしだ。」

 そう言って後押しをすると、彼女は静かに決意をした様子で話す。

「そうだね、うん。私が金の糸の記憶を見られるからだよ。」

 その言葉に俺は頷いていると、彼女はさらに話す。

「私は生きているだけで罪だって、世界を煉獄に変える存在だって言われた。さらうのはいつも、希望教の人たちだよ。」

 そう言われて、エルコトルでのことを思い出す。ソロに殺された殉教の魔道士も、そんなことを言っていた。打ち明けたオルハの顔は暗く、俺と目を合わせることは無い。

「ソラっ、後ろっ。」

「えっ。」

 オルハが声を発すると同時に、素早く駆け出す。気づいた時には、黒づくめの男がよろめいていた。オルハの短剣が、男の腕に傷を作っていたのだ。

「ふん、この程度の傷、なんてことは無い。」

 男はそう言って、剣を振り上げる。

「オルハ、危ないっ。」

 俺の前に立つオルハは、微動だにしない。怖気(おじけ)づいてしまったのだろうか。

 しかし、彼女は手のひらを上にし、指先を男に向ける。

「ナハティガル、力を貸して。」

 オルハの言葉とともに、彼女の手の平からあふれ出た、鳥の形をした光が男の傷に集まる。すると、男が苦痛の叫び声を上げて、床に転がる。

「ソラ、こっち。」

 俺は事態を理解できないまま、オルハに手を引かれて廊下を走る。


 やがて、オルハに引かれるまま、一つの部屋に入る。それは埃臭く椅子などは倒れているものの、大きなベッドのある、上等な部屋だった。

「大丈夫?ソラ。」

「ああ、俺はなんともないさ。オルハ、さっきのは森羅(しんら)魔道かい?」

 俺の問いに、オルハは首を横に振って、答える。

「ううん、治癒魔道だよ。」

「え、治癒?相手は随分と痛そうにしていたぜ。」

 俺が驚いて問うと、オルハはもう打ち明け話に抵抗が無いのか、予想外の返答をした。

「うん。治癒魔道だけれど、いわゆる禁術なの。」

「禁術…。」

「そう。治癒魔道は、相手の傷を癒す魔道。けれど私は、ナハティガルと言う召喚獣の力を借りて、相手の傷に干渉するの。」

「カンショー?」

「うん。傷をもっと深くして、もっと広くしてって願いを込めて、相手に宿る精霊を、直接傷つけるの。相手の内部から、その身に宿る精霊の命を奪うように。」

 思い切って打ち明けるオルハの姿に、俺は言葉を失った。森羅魔道も人を傷つける恐れのある魔道だが、そんなにも確実な目的を持って人を傷つける、そのための魔道があるなんて。

「…怖くなった?」

 黙ったままの俺に、オルハが問う。しかし、目を逸(そ)らしたその表情には、何かを諦めるような、理解を求めない、拠(よ)り所のない色が見える。

 俺は想像する。オルハは、煉獄の苦しみに生きている。それは南の地に生える草が、無理に北国に生えざるを得ないような、窮屈で息苦しい煉獄ではないか。

 本当は音楽劇を通して、他人の悲恋に涙を流すような、素直な感受性の持ち主だと言うのに。

 オルハとソロ、二人の兄妹を、殉教の教えや禁術という煉獄の旅路へ追いやった運命に、俺は想像を巡らせる。しかし、考えれば考えるほど、兄妹の輪郭はぼやけるばかりだ。

「…怖いというか、正直、驚いたさ。そんな魔道があることも、オルハが使っていることも。」

 俺がようやく、そう言葉を振り絞ると、オルハは顔を伏せた。

「けどよ、生きるために必要だったんだろ?たぶん、俺の想像以上にギリギリの世界に、オルハとソロは生きているんだろ?」

 俺は、心の奥底から声を振り絞った。そして、生きるためにスリをしたり、死体漁りをしたりした自分を思い出す。

「また一つ、俺たちに秘密ができたな。糸の記憶と、オルハの魔道。なんてことないさ。俺たちは生きるために、何かを選んでいるんだ。」

 俺がそう言うと、オルハは眉尻を下げて、顔を上げる。そして、小さくありがとう、と呟(つぶや)く。

「ソラ、もう一ついい?この部屋に、金の糸の記憶があるの。」

 オルハが紅い瞳をまっすぐに向けて言う。

「実は、俺もオルハと会う前、一つの記憶を目にした。その記憶には、ソロが現れた。オルハの兄貴と同じヤツかは分からないけれどよ。」

 オルハは目を丸くして、本当に、と呟く。

「私が金の糸を感じるのは、このベッド。ソラ、灯りを貸してくれる?」

 そう言って、大人三人は横になれそうな大きなベッドの横に、オルハは立つ。俺は切先に火が灯るナイフを、オルハに渡す。


 そして、俺たちは金の糸をたどる。

 オルハが紐解く記憶は、俺とは正反対だった。

 浮かび上がる感覚とともに周囲を見ると、真っ白で雑に塗られたペンキの上に、色鮮やかなペンキの飛沫(ひまつ)が散らばる。それは暖色、寒色関係なく散らばり、季節の移り変わりを感じさせるような、目を楽しませる光景だった。

 そうか、これが極彩色か。

 俺の真っ黒で、取ってつけたような星空とは違う。新しい景色へ誘う、楽し気な空間だった。

 

 気づいたら、俺たちのいた部屋は、よく掃除されて花も飾られている、人が暮らしている様相となっていた。

 さらには、驚くほど元気な赤ん坊の泣き声がする。

「おお、よしよし。元気の良い坊やだ。これは将来、立派な王子になるぞ。」

 ベッドの横の、凝(こ)った意匠の椅子に、アリアレジスの軍服を着た、体格の良い男が座っている。普段なら強面(こわもて)をしているだろうが、両腕に抱えた赤ん坊を覗くように見て、その表情は崩れるような笑顔をしている。

 ベッドには、品があるが、どこか陰のある女が体を起こしている。黒い髪に、紅い瞳だ。赤ん坊と、それを抱いた男を微笑んで見ている。

 男は、腕を伸ばしてベッド横のテーブルにある万年筆を取る。そして、紙に何かを書く。

 女はその紙を見て、自身も何かを書く。そして、それを見た男は、満足そうに頷いて言う。

「そうか、この子の名前はソロか。良い名前だ。アリアレジスの古い言葉で、【暁に立つ者】だ。必ずや、精霊戦争を終わらせ、アリアレジスに一層の繁栄をもたらす王子になるぞ。」

 

 男の声が終わるとともに、紙芝居が次のページに移るように、元の埃臭い部屋に戻った。

 オルハは目にした光景を前に、しばらく頭の整理をしているようだ。そして、呟く。

「ソロ…、お兄ちゃん?王子って…。」

「俺がオルハと合う前に見た記憶では、ソロは女中に様付けで呼ばれていたよ。もしかしたら、ソロはアリアレジスの王子なのかもしれない。」

 俺の言葉に、オルハは少し考えて、言う。

「違和感は、無いかも。私ね、子どもの頃はアリアレジスの王城に住んでいたの。おじ様…、ディーン皇王(こうおう)陛下の離宮で。お兄ちゃんは、そこにたまに遊びに来る人だった。」

「ソロも、王城に住んでいたのかい?」

「ううん、お兄ちゃんはずっと旅をしていたみたい。ある日王城のなかで希望教に襲われて、私は逃げるように、お兄ちゃんと一緒に旅に出たの。」

 それを聞き、俺はそうか、と呟いた。そして、兄妹の逃亡劇という、数奇な旅路を想像する。

「ソラ、脱出が一番だけれど、糸の記憶も見ていい?本当は見たらいけないと思うけれど、お兄ちゃんのことを知りたいの。」

 オルハの紅い瞳が、必死さを帯びて訴える。

「ああ、俺も同じだ。覗き見みたいで気は引けるけどな。でも、糸として語りかけてくる以上、何か意味があるのかもしれないぜ。」

 俺の返答を聞き、オルハは安心したように頷いて、ありがとう、と言う。


 廊下に出て、少し歩く。すると、オルハが立ち止まる。

「ソラ、ここに強い金の糸がある。」

「よし、入ってみよう。」

 扉を開くと、そこはやはり埃臭い図書室だった。本棚に多くの本が並んでいる。部屋の中央には、テーブルと椅子が二脚並んでいる。

「共通語の本もあれば、ソクアヴェスタ古語の本もあるみたい。それ以外の言語の本は無さそうだね。」

「ソクアヴェスタ?」

 オルハの言葉に、俺は小さく驚く。ソクアヴェスタだなんて、精霊戦争中、世界から敵対視されていた国だろう。なぜその国の本があるのだろうか。

「金の糸はここかな。ソラ、火を貸して。」

 オルハの言う通り、ナイフを渡した。

 すると、先ほどと同じように部屋がガラリと変わり、明るい図書室となった。


 テーブルを挟んで、ソロらしき三歳くらいの男の子と、メガネをかけた女が座っている。ソロは女を真似して、両手の指先を動かしている。

「ソロ様、これが、こんにちはです。」

「こんにちは。こんにちは。」

 女の指先と同じように、ソロが繰り返し指を動かす。そこに、母らしき黒髪の女が入って来た。

「お母様。」

 ソロは椅子から飛び降り、母に駆け寄って抱きつく。母は何も言わずに抱きしめる。

「リヤ様、ご機嫌麗しゅう。」

 メガネの女はそう言いながら、手指を複雑に動かす。リヤと呼ばれたソロの母は、言葉もなく手指を複雑に動かす。

「お母様、見てください。」

 ソロはリヤのドレスを引っ張って、その視線を自身に向けた。そして、指先を動かして言う。

「こんにちは。こんにちは。」

 それを見たリヤは、やはり言葉は無いが、満面の笑みを見せて、ソロを抱きしめた。

「良かったですね。ソロ様。これからも手話の勉強に励み、お母君とお話する機会を増やしましょうね。」

 ソロはメガネの女を見て、ニッコリと笑って頷く。


 図書室での一幕が終わり、元の埃臭い部屋に戻った。

「お兄ちゃん、あんなに笑う子だったんだ…。」

 オルハがどこか、拠り所も無い声で呟く。

「なあ、オルハ。シュワって?」

 俺の問いに、オルハは顔を上げて説明する。

「耳が不自由な方のための言語だよ。手を使って、会話をするの。たぶん、お兄ちゃんのお母さんは、耳が不自由な方だったんだね。」

「そうか、だからベッドの部屋でも、字を使って会話してたのか。」

 俺は初めて知る言語と、それを必要とする人がいることに驚き、また、それを学ぶ幼いソロに感心をする。

 そのとき、俺にも予感が生まれた。銀の糸だ。

「オルハ、今度は銀の糸だ。ナイフをくれ。」

 オルハはすぐに、俺にナイフを渡してくれた。

 そして、いつもの黒く荒いペンキと、雑な星空が俺たちを包む。

「ソラの記憶は、こうして始まるんだね。」

 オルハが興味深そうに呟く。


 そして、またも図書室は、時計の針を戻したように、よく掃除された空間となった。

 今度は椅子にリヤが座り、その前にソロが立っている。先ほどよりもソロは背が伸びており、おそらく七歳くらいだろうか。

 リヤが、パッパッと手指を動かす。

「お母様、姫神教を疑うなんて、僕は怖いです。」

 ソロはそう言いながら、淀みなく手指を動かす。どうやら手話を習得したのか、かなり慣れた様子だ。リヤは、手指で何かを囁(ささや)く。

「精霊戦争に、ソクアヴェスタが勝つと、お母様は本気でおっしゃるのですか。」

 ソロの手話を受け、リヤは頷く。

「ですが、ソクアヴェスタは世界に向けても宣戦布告をしています。僕たちが王城でなく、このような離宮に暮らしているのも、そのせいでしょう?」

 ソロが嫌悪感をあらわにし、手話で伝える。リヤは、少しの躊躇いもなく、手で語りかける。

 すると、ソロは首を横に振って、手を使いながら返答する。

「嫌です。僕はアリアレジスの王位にも、ソクアヴェスタの王位にも興味ありません。なぜお母様は、ソクアヴェスタにこだわるのですか。アリアレジスの王妃の一人だと言うのに。」

 ソロの声は、手を動かしながらも、少し叫ぶように抵抗する。リヤは頑なな表情で、手を動かす。

「ソクアヴェスタが世界を支配できると、本気でお考えですか。希望教なんて、あちこちで兵でもない一般人を殺している。そんな野蛮な…」

 その時。ソロの声と手が考えを伝え終わるのを待たずに、リヤがソロの頬を叩いた。それはソロが体勢を崩し、床に手をつくほどの勢いだった。

 リヤは、我が子の泣きそうな顔を見ることなく、平然として図書室から出て行った。

「お母様…。」

 残されたソロは涙を流し、それは頬を伝って床に落ちた。


 独りぼっちで泣くソロが消え、元の埃臭い図書室に戻った。

「お兄ちゃん、かわいそう…。」

 オルハが、少年であったソロがしゃがみ込んでいたところに立ち、呟く。

「ソロには悪いけどよ、母親は少し、なんていうか、冷たくて自分のことばかり考えている感じだな。」

「私もそう思う。たぶん、お兄ちゃんとお母さんは、ソクアヴェスタの人なんじゃないかな。お母さんのほうは、ソクアヴェスタや希望教にかなり肩入れしている感じがする。」

 俺たちは互いに頷き合い、ソロへの同情を共有して、図書室を出た。

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