???、二つの糸《ソラ》
《ソラ》
…。
…。
母さんが 聞かせる 四つの歌を
坊や 聞いてごらん みちしるべの歌
冬の山をこえ 春の風を受けて
母さんは 願う ただ一つだけ
坊や あなたにあげる 四つの歌を
夏の雨をこえ 秋の恵みを受けて
坊や あなたが 幸せをつかむため
母さんは 歌うわ 四季を歩む歌
遠くから歌が聞こえる。クルエルの悪夢で、俺の母と思われる女が歌っていたものだ。
どうして、今この歌を思い出すのだろう。記憶に残っていたわけでもなく、悪夢を見なくては知り得なかった歌なのに。
どうして、こんなに懐かしいのだろう。俺の奥底が震えるのだろう。
俺は、目を覚ました。視界は暗い。気怠い体を持ち上げて辺りを見ると、高い位置に窓があるのに気づいた。外は月夜だ。満月が明るく、埃まみれの窓を通して、ぼんやりとした光が降る。
俺は、あの影にさらわれたわけだ。暗闇のせいもあり一人で不安だが、このくらい乗り越えなくては、これからの旅だって仲間頼りになってしまう。
月明かりだけでは心許ないので、俺はプロクスを唱える。ナイフの切先に火が灯る。やはり埃が積もった棚や箱が並んでおり、長いこと放置された物置き部屋だと感じる。
ふと、頭に強い痛みが走る。しかし、それは覚えのある感覚だった。
銀の糸だ。
あまりに多い銀の糸が俺の頭のなかで絡まり、頭の内側からガンガンと叩くような痛みとなっている。
この部屋でも銀の糸が、俺に語りかけて来る。その方向を見ると、古びた短剣が落ちていた。俺はその短剣に近づき、灯りを近づける。
すると。
突然、ガラリと部屋の埃が無くなった。時計の針を戻したように、人の手が入った物置き部屋の様相となった。
部屋の真ん中で、四歳やそこらの少年が立ち、生き生きとした表情で短剣を振っている。
黒い髪に紅い瞳の少年だ。俺はその顔立ちに、見覚えがありつつ違和感もある。
「ソロ様。」
扉が開き、女中らしき若い女が入って来る。
ソロ?この元気そうな少年が、あの陰気な青年のソロだと言うのか?
「ダメですよ、ソロ様。そんな短剣、危ないですわ。」
「危なくなんてないよ。僕はこの剣で、お母様を守るんだ。」
ソロは得意気に大きく素振りをして言う。女中はやれやれと言わんばかりの顔で、しかし、そんなソロを微笑ましく見ていた。そして、優しく話す。
「ソロ様。リヤ様がお呼びなんですよ。」
「お母様が?どうかしたの?」
「分かりませんわ。でも、ソロ様はリヤ様のお言葉代わりですからね。一緒に参りましょう。」
そう言われてソロは素直に頷いて、短剣を置き、物置き部屋から出て行った。
リヤの言葉代わりとは、どう言うことだろう?
俺は、彼らを追いかけるように、物置き部屋を出た。
廊下は月明かりが届かず、埃臭かった。暗いのもあるが、廊下は長く、先が見えない。どうやら、それなりに大きな建物に連れられたらしい。右か左か、どちらへ行くべきかなんて分からない。人の気配はしない。銀の糸の気配はあり過ぎて、どこにあるのかも分からない。
とにかく歩こう。そして、脱出しよう。俺は勘を頼りに、右へ歩き出した。
少し進むと、曲がり角が見えた。俺は歩みを止める。足音がするのだ。ナイフを前に構え、誰が来ても立ち向かえるよう、息を整える。相手も同じだ。一度立ち止まったようだ。そして、何かを構えて準備をする気配を感じる。
先手必勝だ。俺は、飛び出した。やってやる。
「うわぁっ。」
「きゃあっ。」
俺と相手とで、互いに驚いて、尻もちをつく。
「お、オルハっ。」
「ソラっ?」
ナイフの切先の火で照らすと、相手はオルハだった。金色の髪が、火に照らされキラキラとしている。その手には、彼女には不似合いな短剣が握られていた。
「そう言えば、一緒にあの影に引っ張られてたもんね。大丈夫?」
「ああ。」
先に立ち上がったオルハが差し伸べてきた手に、俺は手を伸ばす。
すると触れた瞬間、強い銀の糸の気配がした。頭がガンと叩かれた感覚がし、思わず、手を引いてしまう。
「うっ。」
「オルハ?」
オルハも何か衝撃を受けたかのように、頭に手を添えて、しゃがんでしまう。
「金の糸…。」
「えっ。」
「どうして、ソラに金の糸を感じるの?」
「お、オルハも、糸を感じるのかい?」
俺が問い返すと、オルハは大きな目を丸くする。
「そう、だけれど、オルハもってことは?」
「ああ、俺は銀の糸を感じるのさ。」
互いにしゃがんでいた姿勢から立ち上がり、服についた埃を払う。
「糸を見る人に、初めて会ったからびっくり。ソラも、喜びの記憶を見るの?」
「喜び?」
俺は驚いて、聞き返す。同じ糸を感じる者どうしだが、正反対の記憶を目にするということか、
「…いや、俺は悲しみの記憶を見て来た。たくさんの人の死や、別れの記憶さ。」
「そんな…、それは苦しそう。」
「まあ、正直ね。四人がいないと、辛いときもあったよ。」
その時、廊下の奥から物音がした。俺たち以外にも、誰かいるのかもしれない。
「のんびり話をしてる場合じゃなさそうだな。早く脱出しようぜ。」
「うん、そうだね。大丈夫だよ、ソラ。私が守るから。」
オルハは何の躊躇いもなく言う。どうにも俺は、子ども扱いを受けることに抵抗があり、頭を掻いてしまう。
灯りを持つ俺の隣を、オルハが歩く。早く外へ出たいが、足音を立てるわけにもいかないので、慎重に行く。
「オルハ、窓があるぜ。」
「ちょうどいいね。ここから出られるかな。」
オルハはそう言って、窓に手を添える。
「痛っ。」
彼女は小さく叫び、弾かれたように、窓から手を離した。
「大丈夫かい?」
「うん。ちょっとびっくりしただけ。ソラ、この窓に精霊を感じない?」
オルハにそう言われ、耳を傾ける。
〈へへっ、出さない。出さない。出さない。〉
悪意たっぷりの、イタズラっぽい声がする。
「ダメだ。多分、雷の精霊だな。使い手の命令なのか、俺たちを外へ出さないつもりだぜ。」
「そっかぁ。じゃあ、やっぱり外に通じる扉を探すしかないね。」
「けっこう冷静なんだな、オルハ。」
俺は彼女の、淡々と話を進める姿が意外だった。なんとなく、表情豊かに慌ててしまいそうな気がしていたからだ。
「うーん、さらわれ慣れているからかなぁ。今回は手足を縛られていないし、猿ぐつわもされていないぶん、扱いはいいよ。」
扱い。彼女らしくない、人に使うにはふさわしくない表現だった。
「なんで、そんなにさらわれるんだい?」
俺が問うと、オルハは指を組んで、返答を躊躇った。
「ここにソロはいないぜ。それに、俺たちは糸の記憶を見れるどうしだ。」
そう言って後押しをすると、彼女は静かに決意をした様子で話す。
「そうだね、うん。私が金の糸の記憶を見られるからだよ。」
その言葉に俺は頷いていると、彼女はさらに話す。
「私は生きているだけで罪だって、世界を煉獄に変える存在だって言われた。さらうのはいつも、希望教の人たちだよ。」
そう言われて、エルコトルでのことを思い出す。ソロに殺された殉教の魔道士も、そんなことを言っていた。打ち明けたオルハの顔は暗く、俺と目を合わせることは無い。
「ソラっ、後ろっ。」
「えっ。」
オルハが声を発すると同時に、素早く駆け出す。気づいた時には、黒づくめの男がよろめいていた。オルハの短剣が、男の腕に傷を作っていたのだ。
「ふん、この程度の傷、なんてことは無い。」
男はそう言って、剣を振り上げる。
「オルハ、危ないっ。」
俺の前に立つオルハは、微動だにしない。怖気づいてしまったのだろうか。
しかし、彼女は手のひらを上にし、指先を男に向ける。
「ナハティガル、力を貸して。」
オルハの言葉とともに、彼女の手の平からあふれ出た、鳥の形をした光が男の傷に集まる。すると、男が苦痛の叫び声を上げて、床に転がる。
「ソラ、こっち。」
俺は事態を理解できないまま、オルハに手を引かれて廊下を走る。
やがて、オルハに引かれるまま、一つの部屋に入る。それは埃臭く椅子などは倒れているものの、大きなベッドのある、上等な部屋だった。
「大丈夫?ソラ。」
「ああ、俺はなんともないさ。オルハ、さっきのは森羅魔道かい?」
俺の問いに、オルハは首を横に振って、答える。
「ううん、治癒魔道だよ。」
「え、治癒?相手は随分と痛そうにしていたぜ。」
俺が驚いて問うと、オルハはもう打ち明け話に抵抗が無いのか、予想外の返答をした。
「うん。治癒魔道だけれど、いわゆる禁術なの。」
「禁術…。」
「そう。治癒魔道は、相手の傷を癒す魔道。けれど私は、ナハティガルと言う召喚獣の力を借りて、相手の傷に干渉するの。」
「カンショー?」
「うん。傷をもっと深くして、もっと広くしてって願いを込めて、相手に宿る精霊を、直接傷つけるの。相手の内部から、その身に宿る精霊の命を奪うように。」
思い切って打ち明けるオルハの姿に、俺は言葉を失った。森羅魔道も人を傷つける恐れのある魔道だが、そんなにも確実な目的を持って人を傷つける、そのための魔道があるなんて。
「…怖くなった?」
黙ったままの俺に、オルハが問う。しかし、目を逸らしたその表情には、何かを諦めるような、理解を求めない、拠り所のない色が見える。
俺は想像する。オルハは、煉獄の苦しみに生きている。それは南の地に生える草が、無理に北国に生えざるを得ないような、窮屈で息苦しい煉獄ではないか。
本当は音楽劇を通して、他人の悲恋に涙を流すような、素直な感受性の持ち主だと言うのに。
オルハとソロ、二人の兄妹を、殉教の教えや禁術という煉獄の旅路へ追いやった運命に、俺は想像を巡らせる。しかし、考えれば考えるほど、兄妹の輪郭はぼやけるばかりだ。
「…怖いというか、正直、驚いたさ。そんな魔道があることも、オルハが使っていることも。」
俺がようやく、そう言葉を振り絞ると、オルハは顔を伏せた。
「けどよ、生きるために必要だったんだろ?たぶん、俺の想像以上にギリギリの世界に、オルハとソロは生きているんだろ?」
俺は、心の奥底から声を振り絞った。そして、生きるためにスリをしたり、死体漁りをしたりした自分を思い出す。
「また一つ、俺たちに秘密ができたな。糸の記憶と、オルハの魔道。なんてことないさ。俺たちは生きるために、何かを選んでいるんだ。」
俺がそう言うと、オルハは眉尻を下げて、顔を上げる。そして、小さくありがとう、と呟く。
「ソラ、もう一ついい?この部屋に、金の糸の記憶があるの。」
オルハが紅い瞳をまっすぐに向けて言う。
「実は、俺もオルハと会う前、一つの記憶を目にした。その記憶には、ソロが現れた。オルハの兄貴と同じヤツかは分からないけれどよ。」
オルハは目を丸くして、本当に、と呟く。
「私が金の糸を感じるのは、このベッド。ソラ、灯りを貸してくれる?」
そう言って、大人三人は横になれそうな大きなベッドの横に、オルハは立つ。俺は切先に火が灯るナイフを、オルハに渡す。
そして、俺たちは金の糸をたどる。
オルハが紐解く記憶は、俺とは正反対だった。
浮かび上がる感覚とともに周囲を見ると、真っ白で雑に塗られたペンキの上に、色鮮やかなペンキの飛沫が散らばる。それは暖色、寒色関係なく散らばり、季節の移り変わりを感じさせるような、目を楽しませる光景だった。
そうか、これが極彩色か。
俺の真っ黒で、取ってつけたような星空とは違う。新しい景色へ誘う、楽し気な空間だった。
気づいたら、俺たちのいた部屋は、よく掃除されて花も飾られている、人が暮らしている様相となっていた。
さらには、驚くほど元気な赤ん坊の泣き声がする。
「おお、よしよし。元気の良い坊やだ。これは将来、立派な王子になるぞ。」
ベッドの横の、凝った意匠の椅子に、アリアレジスの軍服を着た、体格の良い男が座っている。普段なら強面をしているだろうが、両腕に抱えた赤ん坊を覗くように見て、その表情は崩れるような笑顔をしている。
ベッドには、品があるが、どこか陰のある女が体を起こしている。黒い髪に、紅い瞳だ。赤ん坊と、それを抱いた男を微笑んで見ている。
男は、腕を伸ばしてベッド横のテーブルにある万年筆を取る。そして、紙に何かを書く。
女はその紙を見て、自身も何かを書く。そして、それを見た男は、満足そうに頷いて言う。
「そうか、この子の名前はソロか。良い名前だ。アリアレジスの古い言葉で、【暁に立つ者】だ。必ずや、精霊戦争を終わらせ、アリアレジスに一層の繁栄をもたらす王子になるぞ。」
男の声が終わるとともに、紙芝居が次のページに移るように、元の埃臭い部屋に戻った。
オルハは目にした光景を前に、しばらく頭の整理をしているようだ。そして、呟く。
「ソロ…、お兄ちゃん?王子って…。」
「俺がオルハと合う前に見た記憶では、ソロは女中に様付けで呼ばれていたよ。もしかしたら、ソロはアリアレジスの王子なのかもしれない。」
俺の言葉に、オルハは少し考えて、言う。
「違和感は、無いかも。私ね、子どもの頃はアリアレジスの王城に住んでいたの。おじ様…、ディーン皇王陛下の離宮で。お兄ちゃんは、そこにたまに遊びに来る人だった。」
「ソロも、王城に住んでいたのかい?」
「ううん、お兄ちゃんはずっと旅をしていたみたい。ある日王城のなかで希望教に襲われて、私は逃げるように、お兄ちゃんと一緒に旅に出たの。」
それを聞き、俺はそうか、と呟いた。そして、兄妹の逃亡劇という、数奇な旅路を想像する。
「ソラ、脱出が一番だけれど、糸の記憶も見ていい?本当は見たらいけないと思うけれど、お兄ちゃんのことを知りたいの。」
オルハの紅い瞳が、必死さを帯びて訴える。
「ああ、俺も同じだ。覗き見みたいで気は引けるけどな。でも、糸として語りかけてくる以上、何か意味があるのかもしれないぜ。」
俺の返答を聞き、オルハは安心したように頷いて、ありがとう、と言う。
廊下に出て、少し歩く。すると、オルハが立ち止まる。
「ソラ、ここに強い金の糸がある。」
「よし、入ってみよう。」
扉を開くと、そこはやはり埃臭い図書室だった。本棚に多くの本が並んでいる。部屋の中央には、テーブルと椅子が二脚並んでいる。
「共通語の本もあれば、ソクアヴェスタ古語の本もあるみたい。それ以外の言語の本は無さそうだね。」
「ソクアヴェスタ?」
オルハの言葉に、俺は小さく驚く。ソクアヴェスタだなんて、精霊戦争中、世界から敵対視されていた国だろう。なぜその国の本があるのだろうか。
「金の糸はここかな。ソラ、火を貸して。」
オルハの言う通り、ナイフを渡した。
すると、先ほどと同じように部屋がガラリと変わり、明るい図書室となった。
テーブルを挟んで、ソロらしき三歳くらいの男の子と、メガネをかけた女が座っている。ソロは女を真似して、両手の指先を動かしている。
「ソロ様、これが、こんにちはです。」
「こんにちは。こんにちは。」
女の指先と同じように、ソロが繰り返し指を動かす。そこに、母らしき黒髪の女が入って来た。
「お母様。」
ソロは椅子から飛び降り、母に駆け寄って抱きつく。母は何も言わずに抱きしめる。
「リヤ様、ご機嫌麗しゅう。」
メガネの女はそう言いながら、手指を複雑に動かす。リヤと呼ばれたソロの母は、言葉もなく手指を複雑に動かす。
「お母様、見てください。」
ソロはリヤのドレスを引っ張って、その視線を自身に向けた。そして、指先を動かして言う。
「こんにちは。こんにちは。」
それを見たリヤは、やはり言葉は無いが、満面の笑みを見せて、ソロを抱きしめた。
「良かったですね。ソロ様。これからも手話の勉強に励み、お母君とお話する機会を増やしましょうね。」
ソロはメガネの女を見て、ニッコリと笑って頷く。
図書室での一幕が終わり、元の埃臭い部屋に戻った。
「お兄ちゃん、あんなに笑う子だったんだ…。」
オルハがどこか、拠り所も無い声で呟く。
「なあ、オルハ。シュワって?」
俺の問いに、オルハは顔を上げて説明する。
「耳が不自由な方のための言語だよ。手を使って、会話をするの。たぶん、お兄ちゃんのお母さんは、耳が不自由な方だったんだね。」
「そうか、だからベッドの部屋でも、字を使って会話してたのか。」
俺は初めて知る言語と、それを必要とする人がいることに驚き、また、それを学ぶ幼いソロに感心をする。
そのとき、俺にも予感が生まれた。銀の糸だ。
「オルハ、今度は銀の糸だ。ナイフをくれ。」
オルハはすぐに、俺にナイフを渡してくれた。
そして、いつもの黒く荒いペンキと、雑な星空が俺たちを包む。
「ソラの記憶は、こうして始まるんだね。」
オルハが興味深そうに呟く。
そして、またも図書室は、時計の針を戻したように、よく掃除された空間となった。
今度は椅子にリヤが座り、その前にソロが立っている。先ほどよりもソロは背が伸びており、おそらく七歳くらいだろうか。
リヤが、パッパッと手指を動かす。
「お母様、姫神教を疑うなんて、僕は怖いです。」
ソロはそう言いながら、淀みなく手指を動かす。どうやら手話を習得したのか、かなり慣れた様子だ。リヤは、手指で何かを囁く。
「精霊戦争に、ソクアヴェスタが勝つと、お母様は本気でおっしゃるのですか。」
ソロの手話を受け、リヤは頷く。
「ですが、ソクアヴェスタは世界に向けても宣戦布告をしています。僕たちが王城でなく、このような離宮に暮らしているのも、そのせいでしょう?」
ソロが嫌悪感をあらわにし、手話で伝える。リヤは、少しの躊躇いもなく、手で語りかける。
すると、ソロは首を横に振って、手を使いながら返答する。
「嫌です。僕はアリアレジスの王位にも、ソクアヴェスタの王位にも興味ありません。なぜお母様は、ソクアヴェスタにこだわるのですか。アリアレジスの王妃の一人だと言うのに。」
ソロの声は、手を動かしながらも、少し叫ぶように抵抗する。リヤは頑なな表情で、手を動かす。
「ソクアヴェスタが世界を支配できると、本気でお考えですか。希望教なんて、あちこちで兵でもない一般人を殺している。そんな野蛮な…」
その時。ソロの声と手が考えを伝え終わるのを待たずに、リヤがソロの頬を叩いた。それはソロが体勢を崩し、床に手をつくほどの勢いだった。
リヤは、我が子の泣きそうな顔を見ることなく、平然として図書室から出て行った。
「お母様…。」
残されたソロは涙を流し、それは頬を伝って床に落ちた。
独りぼっちで泣くソロが消え、元の埃臭い図書室に戻った。
「お兄ちゃん、かわいそう…。」
オルハが、少年であったソロがしゃがみ込んでいたところに立ち、呟く。
「ソロには悪いけどよ、母親は少し、なんていうか、冷たくて自分のことばかり考えている感じだな。」
「私もそう思う。たぶん、お兄ちゃんとお母さんは、ソクアヴェスタの人なんじゃないかな。お母さんのほうは、ソクアヴェスタや希望教にかなり肩入れしている感じがする。」
俺たちは互いに頷き合い、ソロへの同情を共有して、図書室を出た。




