オディオ、白き大地の痕《ソラ》
《ソラ》
「ソラ、ランプを消して…。」
銀の糸の、終わりの声だ。風が止んだ空間は、足元も空も真っ暗だ。
「誰?どこから声がするの?」
マキが周囲を見渡し、警戒する。
「今回は、いつもと違う手を使ってきやがったな。どういうつもりか分からねえけどよ。」
俺のほうはいつも通り、敵意を込めて、その声に吐き捨てた。
「なんだい、でけぇランプを使えば、みんなを巻き込んで、こんな悲惨な記憶を見れるってわけかい。」
「それだけではありません。この地に宿った悲しみと憎しみがあまりに強く、溢れるほどだったものを、あなたが形にしたのです。」
「なんだってこんな力…。」
俺は自分の力が恨めしく、惨劇を目の当たりにした疲れもあって、力無くうなだれる。四人が、特にカイとマキが俺の背中に手を添えて、見守っているのを感じる。
「本当に、ソクアヴェスタの力なのか?」
ふと、後ろから声がした。ディーン皇王だ。俺はオディオの惨劇や自分たちのことに夢中で忘れていたが、この場にはディーン皇王もいたのだ。
「オディオが先ほどのように、一夜にして滅びたのは、本当にソクアヴェスタの力なのか?」
ディーン皇王は繰り返し問う。それは何か正解を欲しているような、縋るような問い方だった。
「…それは、私が答えることではありません。」
返答を聞き、ディーン皇王の表情に失望の影が見えた。そして、短くため息をついた。
「この声に期待しちゃいけないぜ。いつも碌に答えやしない。自分で答えを見つけろの一点張りさ。」
俺は嫌味を込めて言う。
「…この世界に、答えを見出すのは、あなたたち生きていく者です。」
「…あんた、死んでるってのかい?」
謎の声の意味深な一言に、俺は問うてみる。しかし、しばらく沈黙が続き、俺は答えが返ってくるのを諦めた。
「まあ、俺が見る銀の糸の世界は、こんな感じだ。帰ろうぜ。」
「待ってくれ。」
俺がランプを消そうとすると、ディーン皇王に止められた。そして、皇王は問いかける。
「あなたは、太陽物語か?」
皇王の一言に、俺はえっ、と声を上げて驚く。太陽物語。俺が求めるものだ。あなたは、と問いかけるだなんて、まるで太陽物語が生き物かのようだ。
「…それは、いいえとお答えします。」
「では、どこにある。」
「…この世界のどこか、です。」
要領を得ない答えに、ディーン皇王は、また短くため息をついた。
「私は大丈夫だ。ソラ、頼む。」
ディーン皇王に言われ、俺は大きなランプの力強い火を、いつもより強く息を吹きかけて消した。
戻るときはなぜか、いつものあの感覚がした。深い川の底から、水面へ一気に浮き上がる感覚だ。
俺とディーン皇王以外の四人は、その感覚と景色に戸惑いながら、見惚れているようだった。
「見つけて…。」
いつもの鈴のような声がした。
「私を、見つけて…。」
「これは、誰の声じゃ?」
カスガがそのか細い声について、小さな子どもを思いやるように優しく問う。
「分からない。でも、いつもずっと、俺を待っているんだ。」
俺は答える。先ほどの声と違い、俺はこの声には親しみのような、何か側にいてやりたいような感情を抱いている。
目を開けると、朝の光を浴びた、塩の大地が広がっていた。光を受けた塩は、細やかに煌めいている。顔を上げると、唯一、形をわずかに残した姫神像が見えた。
「…ここにシャグランとフロイデがいたんだね。」
カイが呟く。
途端に、俺は足元の塩が、オディオの跡形であったことが恐ろしくなる。建物だけでなく、人であったものを、俺は踏みしめてしまっている。
「ソラ、ありがとう。君のおかげで、真実を一つ知ることが出来た。」
銀の糸の記憶で見たことや、目の前の塩の大地を前に、ほとんど呆然としている俺に、ディーン皇王が声をかける。
「積もる話は馬車に戻ってからしよう。…この大地は、生きる者が立つには、とてもじゃないが恐れ多い。」
皇王が俺たちを、そしてこの国の歴史を慮って言う。俺たちは返事をする力も無く、皇王に着いて馬車へ向かう。
オディオの最期を知ってしまった今、一歩一歩が苦しい。俺の足は今、死者を踏んでいるのかもしれない。夏の日差しが頭を暑く刺激するのとは別に、足元からじわじわと、爛れるような熱が侵食してくる気がする。それは死者たちが味わった、煉獄を思わせる苦しみなのかもしれない。
ようやく馬車にたどり着き、俺たちは汗を拭いた。それはただの夏の暑さによるものでなく、むしろ寒気から流れた汗だった。
続けて、靴についた塩を払う。しかし、その動作はなんだか罪悪感で、後味が悪い。
気づいたら、ディーン皇王が馬車の扉を開けてくれていた。俺以外の四人は、大国の主がそんなことをしているのが決まりが悪いのか、すぐにカイが、代わって扉の握り玉を持とうとする。
「いいんだ。さあ、帰り道につこう。馬車に乗ってくれ。」
皇王がそう言って、空いた手でカイの腕に手を添える。俺たちはその気遣いに甘え、馬車に乗り込んだ。
馬車は出発した。煌めく塩の大地が遠ざかっていく。
「繰り返しになるが、ソラ、ありがとう。今まで明かされていなかった、オディオの最期を知ることが出来た。」
ディーン皇王はそう言うと、足元の荷物入れから水筒とカップを出した。その水筒からカップに紅茶を注ぎ、俺たちに配ってくれた。すっかり常温となっていた紅茶だが、ほんのりと甘く良い香りで、恐怖と緊張で張り詰めた気持ちが解れる。
「…俺の力を、信じるのかい?」
皇王を見て問いかける。すると、国王は深い黒い瞳を俺に向けて答える。
「ああ、信じる。」
「なんでだい?」
「それは…。…ぐ…、ぎ…。」
ディーン皇王の顔が、不自然に歪む。俺とユフィは、互いに顔を合わせて驚く。スベルニアで目にした、ブライトにかけられた口止めの魔道と同じ顔だったのだ。
「…すまない。私からは説明が出来ない。」
皇王は顔に手を当てて、悔しそうに呟く。
「私とソラは以前、ヴァルクシェンナ出身のブライト先生から教えを受けました。先生も、皇王陛下と同様の魔道をかけられていました。」
ユフィが言うと、皇王は驚いた顔を向けて言う。
「なんと、ブライト様の…。それは貴重な経験をしたな。」
「ええ、そう思います。ブライト先生は、ヴァルクシェンナから逃げて来たとおっしゃっていました。そして、姫神教会から口止めの魔道をかけられているとも。」
ユフィがそう説明すると、俺の内側にいるアッシュが悲しげに震える。
ディーン皇王は、何かを考えるように俯く。
「皇王陛下も、姫神教会からその呪いをかけられたのですか?」
ユフィが切り込む。すると、皇王は無言だが、躊躇いなく頷いた。まるで、その問いかけを誰かがするのを、待っていたかのように。
俺とユフィ以外の三人が驚いて、顔を見合わせる。そして、誰もが続ける言葉に迷っていた。
俺は、分からないなりに問いかける。
「なあ、姫神教会は、ディーン皇王よりも力を持っているのかい?」
俺の一言で、馬車のなかに一気に緊張が走る。そして、この問いにも、皇王は迷いなく頷いた。
「…姫神教会とは、一体なんなんじゃ…。」
カスガが疑問を呟く。その疑問は、当然、俺たち全員に浮かんだ。
「私からは説明を許されていない。だが、ソラ。君の力を信じる根拠が、私にはある。その根拠も、説明を許されていないが。」
皇王のその言葉つきに、俺たちはまたも動揺する。許されていない。姫神教会本部を擁する大国の主が、魔道を使ってまで説明を許されていないだなんて。姫神教会の権力に、疑問と、それ以上に恐ろしさを抱く。
「ソラ。アリアレジス皇王として、いや、この世界に生きる一人の人間として、二つ頼みがある。」
ディーン皇王が、元々良い姿勢をさらに正して言う。俺も、深く座り直す。
「一つ目は、太陽物語を探すことだ。」
「太陽物語…。」
ちょうど、それは俺も求めている、いや、どこか興味が惹かれるものだった。俺は頷いて、続きを聞く。
「二つ目は、君の力を持って世界を巡り、オディオのように語る言葉を持たない記憶を、真実の歴史を、見て来てくれないか。明かされていない記憶を紐解くことが、正しい未来に繋がっていくと、私は考えている。」
「えっと…、つまり?」
「すまない、難しい言い方をした。今の姫神教と希望教には、謎が多い。そもそも、精霊戦争自体に謎が多いのだ。なぜ始まり、どのようにして終わったのか…。ソラ、君の力は、その謎を明かす力になると考えている。その謎を明かし真実にたどり着くことで、正しい未来を作っていきたいのだ。頼む、精霊戦争や姫神教、希望教の真実を明らかにしてくれ。」
俺はその、歴史を変えてしまうかのような重大な頼みに、目を丸くして、口を引き締める。しかし、ついひねくれた態度を取ってしまう。
「太陽物語は俺も探したいと思っていたものだから、もちろん引き受けるさ。でもよ、これは命令じゃなくていいのかい?」
「ああ、あくまでも一人の人間としての頼みだ。…君のような若者に背負わせるには、重い使命だと自覚している。君には選ぶ権利がある。」
「権利…。」
その言葉に、俺の内側は揺り動かされた。謎の声が言う宿命だとか、まるで与えられたかのような言葉よりも、価値のある言葉に思えたのだ。
「ただ、申し訳ないが、君を護衛するための軍人を、国から出すことは出来ない。そして、この話を馬車の外で、つまり、王城に戻ってからすることも出来ない。」
「もしかして、姫神教会の目があるからかい?」
俺の問いに、皇王は頷いて言う。
「そうだ。だから、一人の人間としての頼みになる。私とソラ、我々の間で秘密裏に進めることとなる。」
その言葉で、俺の心に火が点いた。大国の主と、それも人柄を好ましく思っていた人物と、特別な使命で結ばれる。まるで、金を払えなくて遠目に眺めた、紙芝居の主人公にでもなった気分だ。
「返事はまた後日でも…」
「いや、やる。やりたい。」
ディーン皇王の言葉を遮って、俺は前のめりに答えた。皇王は驚いて言う。
「良いのか?決して安全な旅では無いと思われるが。」
「ああ、王城でも話したけれどよ、俺も知りたいことがたくさんあるんだ。それに、どう生きるかも探している。この頼みの先に、それが見つかる気がするんだ。まあ、勘だけどね。」
俺がそう話すと、皇王は一瞬俯いて、すぐに顔を上げて言う。
「すまない、だが、礼を言う。」
「いや、俺のほうこそ感謝するぜ。明日からの道が見えた。」
俺の言葉を受け、皇王が微笑む。それは、行きの馬車で家族のことを語ったときに見せた、柔らかい微笑みだった。
「あの…。」
俺とディーン皇王の話が落ち着いたところで、カイが気まずそうに入って来た。そして、言う。
「私たちは、この話を耳にしてしまって、良かったのですか?」
皇王は頷いて、言う。
「ああ、元々オディオへ共に行ったときから、君たちに信頼を置いている。」
「なぜですか?ほとんど初対面ですが。」
ユフィが冷静に問うと、ディーン皇王は先ほど見せた、柔らかい微笑みを向けて言う。
「皇王として、多くの者を見て来た経験からだ。それに…、君たちは、私の古い友人に似ている。」
「あの、それは」
カイが何かを問おうとしたとき、馬車が止まった。
「城下町に着いたな。ここからは、申し訳ないが私たちは他人どうしだ。ソラ、君の滞在する宿はどこだい。」
皇王に問われ、俺は宿を答える。すると、ソロも一緒かと聞かれたので、そうだと答えた。
「そうか…。ソロとオルハは、孤高の旅を進むことを定められた兄妹だ。良かったら、支えになってくれ。」
そう話すディーン皇王はどこか意味深で、そして寂しげだった。
「ソラ、一週間後、私の遣いに手紙を持たせる。それが、新たな旅立ちだと思ってくれ。」
皇王に言われ、俺は大きく頷いた。そして、俺たちは馬車を降りた。改めて馬車を見ると、やはり、大国の主が乗っているとは思えない無骨な馬車だ。
俺たちは昼飯を買い、宿へ戻った。昼飯はレシオで食べたのと似たホットサンドだが、フルーツやチーズなど、具材は少し違い、これはこれで美味い。
「ソラ、新しい目標が見つかって良かったわね。」
マキが俺の口元についたチーズを拭きながら言う。
「だが、皇王陛下の言い振りによると、一人で行くことになるのか?それは、あまりにも無茶だ。」
ユフィがスープを啜って言う。
「なんだよ、俺だってグランディエの頃より成長してるぜ。召喚獣だっているし。」
「僕も行くよ。」
強がって言う俺に被るように、カイが言う。驚いて彼を見ると、迷いのない金色の瞳をしていた。
「か、カイ、なんで?」
俺が問うと、カイは真っ直ぐに言う。
「ソラがこれから行く道で、僕の父の行方が分かる気がするんだ。」
「姫神教会に徴兵された父上か。」
カスガの言葉に、カイが頷いて続ける。
「ヴァルクシェンナが滅びたと言うことは、子どもの頃から他人事のように考えていた。けれど、もしかしたらそこに、父の行方が関わっているかもしれない。それに、姫神教会への疑念をはっきりさせたい。」
カイは淀み無く話した。それは揺るぎない覚悟を感じさせた。
「実は私も、ソラと一緒に行きたいと考えているの。」
マキも、カイと同じく迷いのない口調で言う。俺は驚いて問う。
「でも、劇団とは合流するんじゃ…。」
「そのつもりだったし、私が最後に帰るところは劇団よ。でもね、ソラ。私はあなたの決めた道と、その先を見たいの。それに、レシオであなたが保護されるまで見届けるって決めたし。」
マキは微笑んで言う。俺は妙に照れ臭く、強がって言い返してしまう。
「あんまり子ども扱いすんなよ。」
「ごめんね。でも、これもレシオでも言ったけれど、もうあなたは大切な友人なのよ。」
それを言われると、さらに照れ臭くて、俺は頭を掻いてしまう。
「ワシゃあ、そうじゃのう。メウィティカまでは一緒に行ける、いや、行きたいのう。やはり、何かの縁を感じるしの。ソラの成長も見たいしのう。」
「だから、子ども扱いすんなって。」
カスガは笑って、俺の頬をつねって来た。
「俺は、悪いがケイトの元で学ぶ。」
ユフィは冷静そうで、しかし、少し気まずそうに言う。
「いや、ユフィはアンナやリサとの約束があるんだ。気にすんなよ。」
俺がそう言うと、ユフィは俯いた顔を上げて、俺に言う。
「俺が教えた魔道が役に立つことを、そして、お前の目的が果たされることを、願っている。」
「へへっ、それは友人としてかい?」
俺が調子に乗って問うと、ユフィは頷いて言う。
「ああ。そう思っていい。」
ユフィらしくない素直さに、俺は自分がけしかけた言葉の結果だと言うのに、またも照れ臭くなってしまった。
「じゃあ、この公演が旅立ちを飾る音楽となるわね。」
マキはそう言って、四枚の券をテーブルに置いた。
「すごい、劇団ブロタールの券だね。」
カイが嬉しそうに言う。カスガもそれに続く。
「ほう、楽しみじゃのう。」
「何人くらいで演奏するんだ?」
「劇団外からも助っ人を呼んで、最大四十人くらいで演奏するらしいわ。」
ユフィの質問へのマキの答えに、俺たちは驚いた。ロンソ村での数人の演奏や、マキ一人の演奏でも心が弾んだと言うのに、壮大な演奏に着いていけるだろうか。
「ちなみに、席もいいから。この券一枚で、五千ルピーよ。」
「五千っ?」
俺たちはさらに驚く。そして、五人で顔を合わせて、ワクワクとした表情を交わす。そういった感情を、あまり顔に出さないユフィも、券をじっくりと眺めている。
週末の公演が、俺たちにとっては旅の一区切りとなる。
もちろん、衝撃の強かったオディオの悲劇は頭から離れない。しかし、俺はこれまでの旅路を思い出し、そして、新たな目標を胸に、五人でのひと時を過ごした。




