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【太陽物語】 夜明けへ進む少年は  作者: 立花ハル
《第七章 ドレスレア大陸、目指した国》
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オディオ、白き大地《ソラ》

《ソラ》


 約束の朝が来た。

 それは、俺にとって新しい人生が始まる日でもあり、一つの旅の終わりの日でもある。

 ディーン皇王(こうおう)と待ち合わせた時間に合わせて、出発の準備をする。朝に弱いカイとマキは、少しボーッとしながら支度をする。カスガとユフィはいつも通り、俺が起きたときには支度を済ませていた。

 お馴染みの朝の風景もこれで最後だと、俺はほんの一言の「おはよう」にさえ寂しさを感じてしまう。

 支度をして下に降りると、宿のロビーにソロが座っていた。俺たちは互いに挨拶を交わす。

「こんなに早い時間なのに、傭兵の仕事かい?」

 俺が尋ねると、ソロは軽く首を横に振り答えた。

「仕事は午後からだ。ただ、君たち五人、揃っている姿を見るのを、最後に見ておきたいと思ったんだ。」

 そう言ってソロは、暗く紅い瞳をこちらへ向ける。なぜ、とは思うが、きっと理由は答えないだろう。そして、そう言うわりには名残(なごり)惜しい雰囲気も無く立ち上がり、部屋へ戻って行った。

「なんじゃ、最後まで謎の多い男じゃったのう。」

 俺たち五人はその思いを共有し、待ち合わせ場所へ向かった。


 そこは、城下町の西門だった。ようやく朝焼けが街を照らす時間、門には無骨な意匠の馬車が待機していた。ただの荷運び用の馬車ではなく、人を乗せるための馬車だ。しかし、いかにも軍人が降りて来そうな、頑丈そうで機能性を重視した馬車に見える。

 馬車の前には、メルヴィンが杖をついて立っているのが見えた。メルヴィンに気づいた瞬間、カスガが素早く駆け寄る。彼らの会話は聞こえない。すると、メルヴィンとカスガが、同時に深々と頭を下げる。メルヴィンなんか、ただでさえ腰が曲がっているので、頭が地面に着きそうだ。

「やっぱり、カスガってただ者じゃないのかしら。」

 マキが呟(つぶや)くと、ユフィが答える。

「ボンボン中のボンボンだと、俺は考えている。」

 ボンボン。出会ったばかりの旅籠(りょかご)で、ユフィが金持ちの坊ちゃんと言っていた。気さくなカスガとどうにも結びつかない言葉に思えるが、もうその答え合わせは出来ない。

 俺たちも馬車へ近寄り、メルヴィンと挨拶をする。そして、そのアリアレジス一番の執事が恭(うやうや)しく馬車の扉を開けると、ディーン皇王が座っていた。

「馬車に乗ったままの挨拶ですまない。あまり、人前に姿を見せられない立場でね。」

 ディーン皇王は王城のときと同様に、隙の無い姿勢でドッシリと構えている。

「とんでもありません。皇王陛下ご自身がお姿を現しては、危険もあるでしょうし。」

 カイはそう言って、慣れた仕草で挨拶の礼をした。

「君は…。」

「はい、ワシゃ、カスガ=カルナギと申します。薬剤師見習いです。」

「いや…」

「薬剤師見習いです。ご尊顔を拝見でき、光栄ですじゃ。」

 ディーン皇王が何か言おうとするのを、カスガが強引に遮(さえぎ)る。皇王は何か言葉を飲み込んで、俺たちに馬車に乗るよう促した。

 メルヴィンは王城で仕事があると言うので、馬車が出発するのを見送ってくれた。馬車は、アリアレジスの城下町を出発する。


 この時の俺はひどく感傷的だった。一分一秒全てが旅の終わりへ近づくのを感じ、秒針が進むのが恨めしい。また、朝焼けが草原を少しずつ染めていくのも、憎らしかった。

 馬車の行く先には、俺を試す呪いの地が待っていると言うのに。

「護衛の兵などは、おつけにならないのですか?」

 俺が頭の中でグルグルと恨み言を繰り返していると、カイがディーン皇王に質問していた。皇王は答える。

「今から向かう地で行うことは、私が信頼するほんの一部の者しか関わっていないことだ。下手な兵を連れて行くわけにはいかない。」

 一部の者、にはソロが入っているわけだ。俺は大国の主が抱える秘密に、足を踏み入れている。

 ふと、ディーン皇王の腰に着けている剣が気になり、口に出す。

「ディーン皇王のその剣、カッコいいな。見たこと無い形だ。ちょっと見せてくれよ。」

 その瞬間、隣に座るユフィに頭を叩かれ、他の三人にも一斉に注意をされる。三人同時に話したため、何を言ったかは分からない。ただ、カスガに馬鹿タレと言われたのは分かった。

「まったく、お前のその常識知らずの無作法(ぶさほう)を、これから誰が注意するんだ…。」

 ユフィのその言葉に、俺は途端に心細くなる。旅が終わるのは分かっているが、そんなこと言わないでほしい。俺はこれから、何かを失ってしまうことを再確認させられた。

 口を尖(とが)らせて俯(うつむ)く俺の視界に、ディーン皇王の剣が入る。

「これはサーベルと言って、アリアレジス軍で採用している剣だ。持ってみるといい。」

 ほんの数秒前まで沈んでいた気持ちが、嘘のように晴れる。ディーン皇王が差し出してくれた目の前のサーベルと言う剣は、俺の心を惹く見た目だった。単純にカッコよくて、気分が上がる。

「すげぇ、思ったより軽いんだな。それに持ち手のこの部分が、なんだかカッコいいぜ。」

「それは護拳(ごけん)と言う部分だ。手の甲を敵から守ってくれる。」

 俺はしばらく、サーベルに見惚れてしまった。ディーン皇王以外の四人は、皇王の優しさに驚きつつ、俺の行動を冷や冷やしながら見ていた。

「君を見ていると、息子を思い出す。」

 ディーン皇王が、少し小さい声で呟(つぶや)く。

「息子ってことは、王子ってことかい?」

「ああ、精霊戦争中に、妻と共に事故で命を落としてしまった。君のように、好奇心旺盛な子だったよ。」

 ディーン皇王の言葉に、俺たちは反応に困ってしまった。皇王とか王子とか関係なく、家族を失った痛みを抱えている人にどう声をかけるのが良いか、それを知っているほど大人じゃないのだ。

「すまない。雰囲気を悪くした。神海(しんかい)にいる妻と息子は今も大切だが、幸い妹から養子を迎えている。今はその子の元気に振り回されているくらいだよ。」

 強面(こわもて)のディーン皇王に、微笑みが浮かぶ。やはり、この大国の主は立派な人だと感じる。俺たちのような目下の者に気を遣わせず、むしろ目線を合わせてくれている。

 俺は浮浪児の頃、偉そうな大人が大嫌いだった。理由と言う理由は、特に無い。差別や暴力を受けたことはあるが。一番は、先入観として凝り固まった嫌悪感を、偉ぶった大人に持っていたのだ。

 だが、目の前のディーン皇王は、率直に言って好きだ。たとえば、俺の親や国の主がこの人ならば、俺は誇らしいだろう。

 俺とディーン皇王は、その後もサーベルの話を続けた。さらには剣が大好きなカイも加わり、賑やかな馬車の旅路となった。


 やがて、馬車が止まった。また旅の終わりが近づいたことを、思い出してしまう。

「それでは、降りようか。」

 ディーン皇王の一言で、馬車の入り口側に座っていたカスガが扉を開く。

 すると、あまりの眩しさに俺たちは目が眩(くら)んでしまった。馬車が暗かったとはいえ、あまりに眩(まぶ)しい。

「ゆ、雪か?」

 カスガがそう驚いて、慌てて馬車を降りる。俺たちも続々と馬車を降りるが、目の前の光景は信じがたいものだった。

「まさか、今はもう夏だよ。」

 カイも驚いて、眩しさに目を細める。

 目に入る全ての景色が、真っ白だった。朝日を受けて、キラキラと大地が光っている。しかし、不思議なことに全く寒くない。

「これは全て、塩だ。」

 ディーン皇王の一言に、俺たちは声を上げて驚く。どうりで寒くないわけだ。それにしゃがんで地面を見ると、一粒一粒が大きい。舐める気は全く起こらないが。

「なるほど、だから草木が生えないのか。」

 ユフィが呟いて、遠くを眺める。地平線まで真っ白だ。この全てが塩だなんて、やはり信じられない。

「目的地は先にある。行こう。」

 ディーン皇王が塩の大地に足を踏み入れる。俺たちもそれに続いて歩き出すが、マキは立ち止まったままだ。

「どうしたんだい?マキ。」

 俺が問いかけると、マキは顔を真っ青にして言う。

「…この大地を踏んではいけないって、風が言っているの。それに、この場所の風は人の声が混ざっている。」

 そう言う彼女の額には、汗が流れている。

「風瓏(ふうろう)の民の力か。」

 ユフィが問うと、マキが頷く。

「そうか、君は風瓏の…。無理をすることは無い。馬車で待っていてもいいんだ。」

 ディーン皇王が優しく声をかける。しかし、マキは首を横に振って、恐れながら一歩を踏み出した。

 俺は彼女の前へ駆け寄り、手を出した。

「マキ、大丈夫だ。一緒に行こうぜ。」

 俺がそう言うと、マキは力無く微笑んで俺の手を取った。

 そしてディーン皇王の後に着いて、俺たちは塩の大地を進む。皇王の手には、朝だというのに大きなランプがあった。

 

「ここだ。」

 ディーン皇王に着いて、塩以外、何も無い大地を三十分ほど歩いたところで、灰色をした大きな石の塊(かたまり)にたどり着いた。それは真っ白な大地に唯一存在しているもので、何かが砕けた跡にも見える。

「姫神イヴの像だったみたいだね。」

 カイが塩を払って石を見る。言われてみれば、石の塊は像の台座に見える気がする。

 姫神の像は特に珍しいものではない。これまで訪れた国でも、よく目にしたものだ。どうやらオディオも姫神教を信仰する国だったようだ。

 波の音がして、そちらを向くと青い海が見えた。

 そのとき。

 俺にあの感覚が走る。

「銀の糸だ。何かが、俺に語りかけている。」

 俺はそう言って、繋いだマキの手につい力を入れてしまう。彼女を励ますために繋いだ手なのに、銀の糸を前に、俺のほうが恐れを抱いてしまった。一夜にして壊滅した呪われた地、オディオの記憶だなんて、きっと恐ろしいものに違いない。しかも、銀の糸の予感は、今までに感じたことのないくらい存在感が強いものだった。

「…ソラ、これを。」

 ディーン皇王が俺に近づき、ランプを差し出して来た。それは大きく黒い、先ほどの馬車と同じように無骨な意匠のランプだった。

「こりゃ、随分と景気良く照らしてくれそうなランプだな。…なんで、俺と銀の糸に火が必要なのを知っているんだい?」

 俺はマキの手を離し、片手では持てない大きさのランプを受け取った。ディーン皇王は少し考えて、答える。

「これによって、ソラ、君の力を見せて欲しい。全てはそれが終わってから話そう。」

 皇王の瞳が、鋭く光る。馬車での気取らない人柄と変わり、俺を試す、大国の主の瞳だ。

「やってやるさ。」

 俺は恐ろしい気持ちを振り払うように、自分を鼓舞する。そして、みんなが見守るなか、プロクスを唱えてランプを灯す。


 ランプが煌々と輝くと、辺りは一変した。まるで、大きなカーテンでもかけられたように、辺りが真っ暗になったのだ。

「な、なんだっ。いつもと違う。」

 俺は戸惑いながら、周りを見渡す。いつもと違い落ちる感覚はなく、地に足が着いている。さらにいつもと違うのは、その場にいた者がそのままいることだ。旅の仲間も、ディーン皇王もいる。

「夜…?」

 カイが上を見て、不思議そうに呟く。先ほどまで朝だったと言うのに、空はすっかり暗く、星まで瞬(またた)いているのだ。いつもの銀の糸で見る、子どもの落書きのような黒いペンキや星とは違う。本物の夜空だ。

「地面が、変わっている。」

 ユフィのほうは下を見て、その切れ長の目を丸くして驚いている。言われて同じように下を見ると、塩の大地ではなくなっていた。手入れの行き届いた、石畳みが広がっていた。

「なんじゃ、頭が追いつかん、街じゃ。建物がどんどん積み上がっていくぞ。」

 カスガは分かりやすく慌てて、目まぐるしく変わる光景に戸惑っていた。彼の言う通り、レンガが目にも止まらない速さで積み上がり、建物がみるみるうちに増えていく。まるで草が生えていくようだ。

 気づいたら、俺たちは現実とは思えない光景を前に、五人で側に寄り、ただただ街が出来ていくのを見ていた。

 ふと、あの石の塊と化していた姫神像が、美しく立派な姿を取り戻すのが目に入った。

「ソラはいつもこんなものを見ているの?」

「いや、こんな大げさなの初めてだ。」

 マキが不安げに、俺の肩に手を置いて聞いてきた。俺は状況を飲み込めず、変化する光景から目を離さずに答えた。

 俺たち五人は、きっとこの時、得体の知れない恐怖に支配されそうになっていたと思う。そう、ロンソ村で暗闇のなかを過ごしたときのように。


 ようやく建物の変化が止まった。それは、今まで訪れた国のなかでも、立派な伝統を感じさせる風格ある街並みだった。歴史は感じさせるが、古くさくは無い。侵略国アリアレジスの宿敵で、ソクアヴェスタに宣戦布告をし返すほど国力のある大国だと、街並みだけでも分かる。

 そんな街並みを見て、少しでも状況を受け止めようと頭を整理していると、姫神像が眩(まば)ゆい光を放った。あまりに眩しくて、目を閉じる。

 ようやく光が落ち着き目を開くと、姫神像の前に二人の若い男女が立っていた。男は身なりを整えており、美術品のような鎧を身に纏っている。漂う気品からも、身分の高さを感じる。

 女のほうは、言い方は悪いが、特別に何か取り立てる特徴も無く、普通の市民に見える。

〈シャグラン様、真夜中とは言え、こんな街のなかでお会いするなんて、他の者の目に触れては大変です。〉

 女が周囲に注意を払いながら言うと、シャグランと呼ばれた男が、女を半(なか)ば抱きしめるほど引き寄せて、囁(ささや)くように言う。

〈フロイデ、すまない。どうしても戦場へ行く前に、君に会いたかったんだ。〉

 フロイデと呼ばれた女は、戸惑いながらもシャグランに身を寄せた。硬そうな鎧だが、フロイデはシャグランの胸元に顔を埋(うず)めるように身を寄せた。

「シャグラン。この若者は、オディオ最後の王子殿下だ。」

 おそらく身分を越えた関係であろう恋人どうしの、熱っぽい逢瀬(おうせ)を見ても良いのかためらう俺に、ディーン皇王が冷静に言う。

「戦況の読みに長け、自身も剣術や魔道を巧みに操り戦場で活躍する、将来を有望視される王子だったと聞いている。独身とは聞いていたが、身分を越えた恋人がいらっしゃったようだ。」

 ディーン皇王は淡々と話す。目の前の恋人は顔を互いに近づけ、目を閉じる。その瞬間、カスガの両手に目を覆われる。

「な、なんだよっ。」

「ちょい、待て、ヌシにはまだ早い。」

 俺は暴れて、危うくランプを落としそうになる。カスガの手を払い、視界が開けると、二人は悲しげに見つめあっていた。

〈フロイデ、精霊戦争が終わったら、誰も私たちを知らない国へ行こう。そこで普通の家庭を築くんだ。たくさんの子どもに囲まれて、穏やかに年を重ねよう。〉

〈シャグラン様、そんな幸せ、私にはもったいないです。恐れ多いわ。〉

〈そんなことはない。私は必ず、ソクアヴェスタに勝利して帰って来る。信じて待っていてくれ。〉

 シャグランはそう言うと、フロイデの手の甲に口付けし、海のほうへ向かった。フロイデはしばらく彼の背中を見て、姫神像に祈りを捧げ始めた。


「この国が、シャグランが滅びると言うの…?」

 マキが苦しそうに声を振り絞って言う。確かに紙芝居などであれば、勇敢なシャグランは英雄として帰って来て、フロイデと幸せになる結末が描かれるだろう。

 俺たちはシャグランの後を追って、港へたどり着いた。港は真夜中なのに、あちこちに灯(あか)りが輝き、昼間のようだ。そして、数えきれないほどの大きな船が待機している。

「これが、世界一と言われた海軍なんだね。」

 カイが圧倒的な存在感を持つ船の一つ一つを見渡し、呟く。船には大人数の魔道士を含む兵が乗っており、海戦では負けることが無い威圧感を放っている。

 兵たちはシャグランを見るなり、すぐにその名を口々に呼んだ。どうやらシャグランは、篤(あつ)い人望を得ているようだ。

「じゃが海上で強くとも、ソクアヴェスタは内陸の国じゃったはずじゃ。どうやって攻め入るんじゃろう?」

 カスガが疑問を口にする。確かに海上であれば、あれだけの魔道士を乗せた船ならば負け無しだろう。しかし陸に上がっては、歩兵や騎兵で編成された軍を相手には心許(こころもと)ない軍に思えた。

 多くの船のなかでも、特に装備の厚い船に乗り、その船頭(せんどう)でシャグランがピタリと立ち止まる。そして袖をまくり、腕に彫られた刺々(とげとげ)しい刺青(いれずみ)をあらわにした。短剣で、自身の腕を切る。

 俺たちには、それに見覚えがあった。

「殉教の教えか。」

 ユフィが嫌悪感をあらわに呟く。

 シャグランの腕から滴る血は雫となって、他の船へと飛び、染みていく。

 すると、またも現実離れした光景に目を見張る。血の雫が染みた何隻もの船が、海水から放たれ、宙に浮かび始めたのだ。

「殉教の教えって、こんなこともできるの?」

 マキが驚きのあまり、口に手を添えて言う。

「オディオは姫神教の国じゃなかったのか。なぜ、その国の王子が殉教の教えを…?」

 カイがまるで、戦闘を前にしたかのような緊張感を持って呟く。

「なるほど、空から魔道士による攻撃を降らせようとしたのか。それであれば、この時の世界中の軍事力では、到底、太刀打(たちう)ち出来まい。」

 ディーン皇王が冷静に、いや、よく見ると、ユフィと同じような嫌悪感を表情にして言う。

〈さあ出撃だ。恐れるな、オディオの強者たちっ。勝利は我が手に在(あ)らん。〉

 空高く浮かぶ船で、高らかにシャグランが叫ぶ。兵たちもそれに応え、武器を掲(かか)げて叫ぶ。

 しかし、その瞬間だった。


 シャグランが目指す、遥か水平線の彼方(かなた)から強力な日差しのような熱線が走り、船を焼いていく。俺たちは目が眩むが、その惨状の予感から目を離せない。

 人々はたちまち、白い影となった。

 宙に浮いた船は白い大きな影となり、糸が切れたように海へ落ち、やがて原型を失い、海底に沈んでいく。熱線は港だけでなく、オディオ全体を焼いて走る。あの立派な街並みは、たちまちのうちに真っ白になった。

 あちこちで、苦しみ嘆く声が沸き立つ。

「マキ、大丈夫かい?」

 カイがうずくまるマキに、声をかける。

「この声、最初に聞いた、風に混ざる声…。」

 マキは顔を真っ青にして、震える肩を自分で抑えて呟く。


 そこからは、まさに煉獄の光景だった。真っ白になった建物は、じわじわと溶けるように崩れていく。

 建物を無くし、行き場を失った白い人々が苦しみ、痛い痛い、焼けると呻(うめ)き、さまよっている。もう若いのか年寄りなのか、男か女なのかさえ分からない。白い人々は、助けてと喚(わめ)くだけだった。

 やがて、力尽きて倒れる白い影があった。その腕は、白く小さな、赤ん坊のようなものを抱えている。

〈ふ、フロイデ…。〉

 塩と化した港から、男の声がした。シャグランの声だ。あんなに立派で勇敢だった若者は、やはり他の者と同じく白い影となってしまい、見た目だけでは判別がつかない。シャグランは塩となった体を引きずり、少しずつ崩れながら歩みを進めた。

 やがて、姫神像の元へたどり着く。

〈シャグラン様、シャグラン様。〉

 像の前に、塩となった地面と足が、ほとんど同化した白い影、いや、もはや塩の塊となった者が叫んでいた。言うまでもなく、フロイデだろう。

〈フロイデ…。〉

 人としての原型を失った、恋人どうしが互いの声だけを頼りに寄り添う。

〈シャグラン様、痛い、全身が焼けるようだわ。何も見えない。〉

〈フロイデ、大丈夫だ。私が側にいる。〉

 身を寄せ合ったシャグランとフロイデは、もはや一つの塊となっていた。身分に阻(はば)まれながら、思いを寄せあっていた恋人たちの、皮肉で哀れな最期だった。

 その間も、あちこちから苦しむ声が響いている。なかには、戦争を決断した王家に対する恨み言も混ざっていた。

 しかし、数十秒と時を重ねるごとに、声は小さくなっていく。白い影となった人々が、少しずつ人としての形を失い、声を失っていったのだ。

 すると、台風のような強烈な風が、先ほどの熱線のように吹いてきた。俺たちは吹き飛ばされまいと、五人で腕や服を掴(つか)みあった。カイとカスガは、ランプが消えないよう、俺を覆うように守ってくれた。

 しかし、彼らの体の間から、俺は白い塊となった人々が、その一陣の風によって崩れ落ちていくのを見た。苦しむ声も恨み言もかき消され、一つの国が終わりを迎えた瞬間を見たのだ。

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