アリアレジス、異国の者トキヤ《ソラ》
《ソラ》
俺たちは宿で荷物を整理して、街へ出ることにした。今日の午後の予定は、カスガとユフィの家族に会うことだ。
まずはカスガの兄、トキヤの営む診療所を目指すことにする。カスガは手帳を開き、その住所を確認した。
しかし、アリアレジスの城下町は、外から見る以上に複雑だった。どうやらこの城下町は、王城のある中央部から、移民がやって来るごとにどんどん広がっていき、ある程度のところで外壁で囲ったのだと言う。
たとえば、レシオはブルート制度に則って、人の住む地域を国が決めていた。そして建築を進めたため、上下に伸びた階段に苦労はするが、迷うことはなかなか無い。
それに対してアリアレジス城下町は、地図だけで見ると、道がアリの巣のように複雑だ。そして、俺はその地図上に、他の国に無い言葉を見る。
「なあ、このメウィティカ郭とか、異邦郭ってどういう意味だい?」
すると、カスガが言葉を選びながら答える。
「ああ、この郭っちゅうのは区画っちゅう意味の言葉じゃ。アリアレジスに集まった移民は、自国を離れたとは言え、やはり自分と共通点のある者とともに生活したいと思うわけじゃな。そうして自然と、まあ城下町の中に、また街ができたようなもんじゃな。」
俺はそれを聞き、やはり人は、何か拠り所となるところが必要なのだと感じた。ユフィが説明を付け足す。
「アリアレジスは、戦争や貿易と言った、外に対する政治は強くて上手い。常に主導権を渡さない。しかし、内側では移民どうしによる衝突や、城下町の区画整理の雑さと、課題が多いと聞く。」
「なるほど。外ばかりに目を向けて、内側ではあちこちで違法的に住居が増えてしまったわけだ。」
カスガたちが言葉を選び遠回しに表現したと言うのに、カイがばっさりと言い切ってしまった。カスガはまあ、と気まずそうに返事をした。
「ずっと昔、精霊戦争前に姫神教と希望教が世界共通語を設定した。それが無ければ、アリアレジスは何ヶ国語も言語が飛び交う、混沌とした国になっていただろうな。」
ユフィの説明に、俺は興味を持った。こんなに広い世界で、特に俺たちなんて出身国も違うのに言葉で不便をしなかったのは、そういう背景があったからなのだ。
それにしても、改めて見るとメウィティカ郭が多いことが気になる。俺はその理由を聞いてみた。
「それはのう、メウィティカが鎖国をしたせいじゃ。メウィティカは精霊戦争中、ソクアヴェスタが世界へ宣戦布告したとき、鎖国をしたんじゃ。」
「サコク?」
「簡単に言うと、異国と貿易や交流をせんことじゃ。鎖国をした三十年間、メウィティカの港に入る異国の船は、ほとんど無かったそうじゃ。」
カスガの説明に、俺だけでなく、他の三人も興味深そうに耳を傾けていた。俺はさらに尋ねる。
「なんで鎖国なんてしたんだい?」
「姫神教と希望教から、自国を守るためじゃ。メウィティカは、独自のメウェスティア教を信仰し、その信仰を元に国内を統治しておる。そこに新しい宗教が入れば、政治が不安定になると考えたんじゃ。それに、希望教徒の襲撃から国民を守るためともされておる。」
俺たちはその説明に何度か頷く。確かに、自分たちの守るものがあれば、そう言う判断も必要なのかもしれない。
「でも、貿易も無しに自分の国の力だけで三十年間も保つのが、さすが大国メウィティカよね。」
マキが感心して言うと、またカスガの顔に自虐の色が宿る。
「自分の国のことしか考えておらんだけじゃよ。本来であれば、医療大国としての誇りを持って、困っておる国を支援するべきじゃった。ワシからすりゃ、臆病者による恥晒しの政治じゃ。」
俺たちはまた、カスガに歪んだ火を点けてしまった。五人で旅をして気づいたことだが、少し弱気だが優しく、そして気さくなカスガが自虐の様相を纏うと、俺たちも調子を崩してしまう。
しかし、カスガはすぐにいつものサッパリとした表情に戻って言う。
「じゃが、国の方針に逆らい異国へ出た者たちがおったんじゃ。そのなかに、ワシのアニ様もおる。少し話が逸れたが、アリアレジスにメウィティカ郭が多いのは、鎖国に反対して異国へ出た者が集まったからなんじゃ。」
俺はいつもの調子に戻ったカスガに安心する。それは他の三人からも感じた。そして、道に迷いながらも足取り軽く、メウィティカ郭へ向かった。
その一角は、カスガの説明通りアリアレジス城下町だと言うのに、別の街があるようだった。いや、むしろ別の国へ足を踏み入れた感覚だ。
俺は初めて目にする、木とレンガを組み合わせた建物や、紙を貼り合わせて作った独特な色合いのランプに夢中になって、上を見上げてしまう。
これがメウィティカ郭か。アリアレジスにいながら、異国の雰囲気で溢れている。
「すごい、このガラスの髪飾り綺麗ね。」
「初めて見る意匠だな。こっちのピアスは、真珠に金で、見たことのない柄が描かれている。」
マキも露店の装飾品に目を奪われ、ユフィも興味深そうに覗いている。カイは武器屋を見て、剣を一本手に取る。
「メウィティカの剣は独特ですね。片刃だし、とても長い。」
武器屋の店主は、カイが優れた剣士であることをすぐに見抜き、ペラペラと話す。
「これはの、剣と言うよりも刀じゃ。あなたの剣が重さを生かして叩き斬る、突くが主な攻撃じゃとすると、刀はスパッと切り裂くものじゃな。」
カイは店主の話を、目を輝かせて聞いていた。確かにカスガの短刀も、軽やかな彼の動きに合わせて敵に鋭い切り傷を残している。
「ほら、退け退け。」
俺たちが観光気分で露店をうろうろしていると、大きな声で人波をかき分ける男たちが現れた。
俺はカスガに尋ねる。
「のけって?」
「どけっちゅうことじゃ。」
男たちは、何人かの怪我人を引きずっていた。怪我人たちは気が昂っているのか、引きずられながらも悪態を散らかしている。
「おい、連れて行くんなら、トキヤ先生のところにしてくれ。あのお方のところなら、安う済ましてくれる。」
俺たちはその声を聞き、本来の目的を思い出した。そして、その怪我人たちの後を着いて行った。
「痛えっちゅうとろうっ。もう少し優しゅうしてくれや。」
その小さな診療所は、入口前に複数の怪我人が、地べたに敷いた布に座っていた。
「うるさいのう。喚くでねえ。喧嘩ばっかりしおって。ほれ、これで帰れっ。金は置いてけっ。」
荒々しい態度の怪我人を、これまた負けん気の強そうな医師が治療していた。しかしその服装は清潔感があり、また、治療の手際は正確で素早い。
「アニ様っ。」
カスガがその医師を呼ぶ。すると、医師が振り返り、目を細くしてカスガを見た。その瞳はカスガと同じ深緑色だ。
「…もしや、カザト?いや、カスガ?」
「ワシゃ、カスガですじゃ。」
カスガが名乗ると、医師は目を丸くしたあと、ニッと笑って言う。
「カスガ、久しいのう。して、ヌシは武術と医療のどっちへ進んだんじゃ。」
「ワシゃ、医療じゃ。」
「ちょうどええ。手伝え。」
医師はまた怪我人のほうを向き、後ろ手にカスガを呼んだ。カスガはそれに応え、他の怪我人の治療を始めた。俺たちは状況が落ち着くまで、様子を見守ることにした。
怪我人はカスガを見下すように睨む。
「なんじゃ、ヌシ、若えのう。大丈夫なんか。」
「大丈夫じゃ。なんたってワシゃ、このトキヤアニ様の弟じゃぞ。」
カスガは自信満々の笑顔で言った。それを聞いた怪我人たちは感嘆の声を上げ、素直に治療を受けた。
「ほらほら、怪我の治療受けたモンは払うもん払うて早よ帰り。」
治療道具を右手に、幼児の手を左手に、さらには赤子をおぶった強気そうな女が声を上げながら、診療所から出て来た。カスガはその女を見上げて言う。
「もしや、カヤさんか?」
カヤと呼ばれた女は、目も口も開けてカスガを見て言う。
「なんじゃ、トキヤさんとよう似とるのう。」
「カヤ、ワシの二番目の弟のカスガじゃ。」
トキヤは手を止めずに紹介した。カヤもトキヤに治療道具を渡したり、患者から治療費を受け取ったりしながら、カスガのほうを見た。
「はぁ、トキヤさんに弟がいらっしゃるのは聞いとったが、そっくりじゃのう。」
そして、幼児と背中の赤子をカスガのほうへ向けて言った。
「ほれ、父上様の弟さんじゃよ。」
幼児と赤子は女らしい赤や桃色の装いだが、父親のトキヤに目元が似ていた。つまり、カスガとも似ているので、俺はすぐに親近感を持ってしまった。
「ほう、可愛らしいのう。名前はなんと?」
カスガが手を止めずに問うと、幼児が答えた。
「シイナ。」
「こっちゃ、ツムギじゃ。」
カヤが微笑んで赤子の名を言うと、カスガは目を細くしてデレデレと、良い名前じゃ、と言った。
ようやく怪我人が帰り、診療所が落ち着いた。トキヤとカヤ夫婦は慣れた様子で、乱暴なくらいの口調で怪我人を見送った。トキヤが肩を解しながら、愚痴を言う。
「まったく、また喧嘩しおって。いくらウチが安いからって、粗野な客が増えて忙しいったらないわ。」
「粗野って言うけどよ、医師のわりにあんたらも患者に対して粗野じゃないかい?」
俺が言うと、トキヤがこちらを向いて言う。
「そりゃ、あえてじゃ。事故に巻き込まれての怪我や、不幸な病には、当然寄り添う。じゃが、喧嘩の怪我人に下手に優しゅうして、喧嘩を助長させても仕方あるまい。」
トキヤの回答を聞き、俺たちがなるほど、と頷くと、彼が言う。
「…ちゅうか、おヌシらは誰じゃ?」
「ああ、彼らはの、ワシの旅の仲間じゃ。」
カスガがそう言って俺たちを紹介してくれたので、簡単に挨拶をする。トキヤも、妻のカヤと、娘のシイナとツムギを改めて紹介してくれた。
カイとマキは小さな子どもが好きなようで、目線を合わせてニコニコ笑っている。シイナは、マキの淡いピンク色のピアスに興味津々だ。
「はあ、しかし、カスガがそんなに多くの国を旅したとはのう。背も随分伸びて、不思議なもんじゃ。最後に別れたときは、四つや五つじゃったのになあ。」
トキヤがしみじみと呟く。
「え?兄弟なのに、十年ちょっとも会ってなかったのかい?」
俺がそう聞くと、トキヤとカスガは表情を心なしか曇らせて俯く。そして、トキヤが顔を上げて言う。
「まあ、精霊戦争終結の少し前にアリアレジスに渡ったからのう。手紙では、ずっとやり取りはしておったがな。」
「トキヤさんとカスガは、いくつ年が違うの?」
「五つじゃ。アニ様が国を離れたときは、ワシが五歳、アニ様が十歳じゃった。」
マキの問いに、カスガがツムギを抱きながら答える。そして、カイが言う。
「カスガ、さっきトキヤさんが言っていたけれど、もう一人お兄さんがいらっしゃるのかい?」
「ああ、カザトと言うアニ様じゃ。そちらはメウィティカで、武人として修行されておるはずじゃ。」
そう答えるカスガの足元には、シイナがくっつく。どうやらカスガは、子どもに好かれる雰囲気があるらしい。
「そうじゃ、カスガ。カザトからの手紙にあったが、ヌシ…」
「アニ様。続きは奥で、二人で頼む。」
トキヤが思い出すように話し始めたのを、カスガが敏速に止める。トキヤは何かを察したのか、深く頷き、二人は診療所の奥へ入って行った。
俺たちは気になるが、カスガの秘密主義はもう慣れたものだ。もちろん、寂しさは勝手に感じてしまうが。
俺たちは診療所の外に椅子を置き、シイナがよちよち歩くのを見守りつつ、カヤと話すことにした。
「メウィティカの文化って素敵ね。私、メウィティカの人と出会ったのはカスガが初めてだったから、この辺りも初めて見るものばかりで楽しいわ。」
マキが足元を通り過ぎるシイナの頭を撫でながら言うと、ツムギを抱いたカヤが答える。
「気に入ってもらえて嬉しいわ。私も子どもの頃、本国からアリアレジスに流れた移民なんじゃが、やっぱり見慣れた建物や、食べ慣れた料理があるんは心強いわ。」
「料理ならレシオの市場で食べたな。肉まんじゅうが美味しかった。」
ユフィが言うと、マキもそれに続く。
「あと、あれも美味しかったわよね。小さくて丸くて中にコリコリしたものが入ってて、不思議な料理だったわ。」
「ああ、きっとタコ焼きじゃな。レシオのもきっと美味しいんじゃろうが、本国で食べるともっと美味しいよ。メウィティカ本国は野菜も海鮮も、肉類もどれも豊富じゃ。ぜひ、行ってみてほしいのう。」
カヤが微笑んで言う。
「え?た、タコ?海の悪魔を食べたの、私。」
マキが少しの嫌悪感を表情に、驚いて言う。
「異国の人は、馴染みが無かろうの。」
俺はそこで、疑問を口にする。
「なあ、メウィティカがそんなにいい国なら、なんで移民ってのをしたんだい?カスガはよく悪く言うけど、カヤはメウィティカを良く思ってそうだよな。」
俺の言葉に、カイたちは少し気まずそうな顔をした。しまった。また無神経なことを言ったのかもしれない。カヤも少し気まずそうな顔をして、目を伏せて答える。
「そう、カスガさんは悪う言うとるんじゃね…。まあ、そりゃ仕方ないのう、理由は言えんがね。」
そして、カヤは表情を柔らかいものに戻して続ける。
「私は、メウィティカのなかで、生きづらい側の民族じゃったんじゃよ。」
「生きづらい?」
俺が問うと、カヤは頷いて言う。
「そうじゃ。メウィティカには何百という数の民族が暮らしておってな。それを一つの王家が統治しておるのは知っとるか?」
俺たちは頷く。確かアルデールで聞いたはずだ。
「大きい民族から、数十人で暮らす小さな民族まで、多様な民族が生活しておってな。なかにはまだ共通語が伝わっていなかったり、裸で生活をしたり、一つの国じゃと言うのに、いくつも文化や歴史があるみたいなもんなんじゃ。」
カヤの説明を、俺たちは興味深く、そして珍しげに聞いた。カヤは続ける。
「私はそのなかで、蛍燠の民の長の娘として生まれたんじゃ。じゃが、私らの民族は文字を学ばせてもらえない、大きな民族に隷属する民族じゃった。」
「レーゾク?」
「奴隷じゃったということじゃ。」
俺はそれを聞き、どう反応して良いか分からなかった。レシオで散々目の当たりにした差別意識は、メウィティカにもあるようなのだ。
「じゃがな、私らは文字は持たないぶん、口伝での薬草の知識に長けた民族じゃった。そこを都の方々に見つけていただけたんじゃ。メウィティカ医療の発展のためにの。そして、私は母上とともにアリアレジスへ渡り、看護の知識も学ばせていただけたんじゃ。」
カヤは懐かしそうに、ツムギの顔を見ながら語る。すると、マキは一層の好奇心を持って聞く。
「それで、アリアレジスでトキヤさんに出会ったの?」
「まあ、そうなるかのぅ。おかげで、本国の蛍燠の民や父上の立場も良く…、ああ、いや、なんでもないわ。」
ハキハキと話していたカヤが、突然言い淀む。
「でも、こんなに愛らしい娘さんたちに恵まれて幸せそうだね。」
言い淀んで俯いたカヤを気遣うように、カイが物腰柔らかく言う。カヤはそれに応え、ツムギをあやすように揺らして、ニッコリと微笑む。
そんな話をしていると、診療所からカスガとトキヤが出て来た。二人は長年の思い出をよく話せたのか、晴れやかな表情だった。
あまり居座っても診療所の邪魔になるので、そろそろ次へ行くことにした。去り際にトキヤが言う。
「カスガに良い友人らがおって安心したわ。じゃがな、アリアレジスは移民が集まっているぶん、職業差別や選民意識が根強い国じゃぞ。喧嘩のとばっちりを受けんよう、気ぃつけえよ。」
「センミン?」
俺が問うと、トキヤは俺の頭をワシ掴むように、豪快に頭を撫でて言う。
「人を自分より上か下かで評価して、自分を優れていると思い込んだり、人を見下したりすることじゃ。」
俺はその説明に、眉尻を下げた。なんとなくグランディエで暮らしている頃に憧れていたアリアレジスにも、結局はそう言う一面があるのだ。だが確かに、先ほど訪れた王城で、軍が実力主義であることを聞いていた。トキヤは続ける。
「さっきの怪我人たちじゃって同じメウィティカ人どうしなのに、職業や収入で優劣をつけて喧嘩をしたそうじゃ。この国に暮らす限り、偏見や差別、思い込みとの戦いの連続じゃ。」
「だが、それを実力で乗り越えて生きてもいける。そうだろう?」
ユフィはそう問いかける。それは、この国の可能性を信じたい、彼が抱く、そんな願いにも聞こえた。
「まあ、そうじゃな。移民が多いっちゅうことは、血筋や家柄と言った後ろ盾が乏しい者がほとんどっちゅうことじゃ。そのぶん、実力と、継続する力は必要となるがの。」
「なるほど。いいことを聞けた。」
トキヤの言葉に、ユフィは納得して頷いた。
カスガは姪であるシイナとツムギを愛おし気に撫で、俺たちは次のところへ向かうことにした。




