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【太陽物語】 夜明けへ進む少年は  作者: 立花ハル
《第六章 トール大陸北上、下から海へ》
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レシオ、下の下の下《マキ》

《マキ》


「あ、待って、はぐれちゃうわよ。」

 私は走り出した三人に声をかけたが、彼らはすぐに人波に紛(まぎ)れて見えなくなってしまった。

「どうしよう。追いかけるべきよね。」

 賑わう市場のなか溢(あふ)れる人を前に、カイと二人になり心許(こころもと)なくなる。いくらカイがこの国の出身とは言え、こんな広く人が溢れる市場ではぐれては、合流はそう簡単ではないだろう。

「まあ、食欲を前に人は抗えないよね。」

 頼りのカイですら、この呑気(のんき)な様子だ。いつもは冷静に私たちを引っ張るユフィですら、食欲に素直になってしまった。異国の見知らぬ料理は恐ろしい。

「ちょうどいいや。マキに頼みがあるんだ。」

「頼み?」

「うん。僕の母と妹へのお土産なんだけど、女性への贈り物なんて分からないからさ。マキに一緒に選んでほしいんだ。」

「えっ、カイ、妹さんがいらっしゃるの?」

「言ってなかったっけ?僕の一つ下だから、マキとカスガと同い年だよ。」

 知らない事実に驚きながら、カイが市場を歩いていく。人混みをスイスイと避けるように歩くカイだが、私を振り返りながら、気遣って歩いてくれているのが分かる。そのとき、大柄な男性とぶつかり、よろけてしまった。

「大丈夫かい?」

 カイが腕を取って、支えてくれる。

「大丈夫よ。ありがとう。」

「ごめんよ。もう少しゆっくり行こう。」

 カイはそう言って、私の横に付いて歩き始めた。こう言うとき、カイはさすが騎士だなと感じる。人の足並みを考えて、寄り添う姿勢がとても自然だ。それは騎士としての教育だけでなく、生まれ持った優しさや、ご家族に育てられた環境にもよるものだろう。


 少し歩いて、異国の装飾品や衣服が並ぶ市場へたどり着く。先ほどまでいた食品の並ぶ一帯に比べ、女性や商人が多いぶん、少し明るいような、種類の違う賑やかさを感じる。

「この辺のお店とかかなあ?」

 カイがいくつかの店が並ぶ辺りに立つ。

「よう、お兄さん。隣の彼女にプレゼントかい?」

 商人に威勢よく声をかけられ、私は慌てて否定をする。カイは朗らかに笑っていた。

「どういうのがいいのかなあ?妹はちょうど年頃だろうし、装飾品がいいと思うんだけど。」

 ネックレスにブレスレット、指輪に髪飾りにと、数多く並ぶ装飾品を前に、カイが悩ましく言う。

「カイの妹さんの、髪や目の色は?」

「僕と同じ金髪だよ。目は翡翠(ひすい)色だね。」

「へえ、綺麗ね。」

「もう十年近く会っていないけれど、まあ、髪や目の色は変わらないよね。」

 カイはそう何気なく呟(つぶや)くが、十年と言えばそれなりに長い年数だ。同時に私も、リベリアには長く帰っていないことを思い出す。特に切ない気持ちは、湧(わ)き上がらないけれど。

「金髪に翡翠の瞳…。これなんてどうかしら?」

 私は一つの髪飾りを手に取る。真鍮(しんちゅう)でできた金色の髪飾りだ。金と言っても、少し経年変化を感じさせる味わいのある金で、派手派手しさは無い。繊細なレースのような金属に、エメラルドを真似(まね)た模造石が散りばめられた、上品な見た目だ。

「これなら髪留めだけじゃなくて、ストールとかを留めるのにも使えて便利だと思うわ。」

「ストール?へえ、よく分からないけれど、さすがマキ。これなら喜んでくれると思うよ。」

 カイはニッコリ笑って、会計を済ませた。

「次はお母さんのお土産よね。カイのなかで、何か見当はある?」

 私が聞くと、カイは今回は迷いなく答える。

「母にはね、膝掛けを贈りたいんだ。」

「へえ、お母さんは寒がりな方なの?」

「うん。それもあるけれど、僕の母は目が見えないから、少し値段が高くても肌触りのいいものを贈りたいんだ。座っていることも多いらしいし。」

 カイはいつもの調子で話す。しかし、私はその事実の重さに驚き、一瞬反応ができなくなってしまう。

「この辺のお店かなあ。」

 カイは異国の衣料品が並ぶ店を覗く。目を賑わせる暖色から、落ち着きのある寒色まで、どんな人でも自分に似合う一色が見つかりそうな店だ。

「カイ、お母さんの髪と目の色は?」

「え。でも…。」

「目は不自由されているかもしれないけれど、自分の子が、自分を想像して考えてくれたことが、一番のお土産になるんじゃないかしら。」

 私がそう言うと、カイは微笑(ほほえ)んで頷(うなず)く。

「そっか。そうだね。マキの言う通りだ。お母さんも妹と同じで、金髪で翡翠色の瞳だよ。」

 なるほど、と私は店を見る。そのとき、私は一目である色に惹かれた。遊び終わって家へ帰るときの夕焼けのような、温かい赤色だ。私はそれを手に取り、その布越しにカイを見た。彼は少し不思議そうな顔をしたが、私にはしっくりと来た。カイの鮮やかな金髪と、この温かい赤色はよく似合う。

「カイ、これはどう?」

 私はカイに、その膝掛けにもなる分厚い布を渡した。

「うん、触り心地がいいね。色もすごく綺麗だ。これしか無いね。」

 カイの満足げな様子に、私の頬も緩む。お土産も決まり、これで目的は達成だ。


 カイに誘われ、私たちは市場から少し離れた広場に行った。市場からは離れたが、雑貨店や飲食店などもあり、こちらはこちらで賑わっている。カイに言われてベンチに座っていると、彼が飲み物を買って来てくれた。

「これは?」

「ナポオレンジって言ってね、白樺(しらかば)の樹液やオレンジを合わせた飲み物だよ。お土産選びのお礼に、良かったら。」

「わあ、ありがとう。」

 私はその飲み物を一口飲む。そして、その柔らかい甘さにうんうん、と頷いて、カイを見る。彼は微笑んでいた。

「それにしても、三人を放っておいていいのかしら。」

「まあ、あの市場の人波じゃあ見つからないよ。それなら、この広場にいる方が人と会いやすい。」

 心配する私をよそに、カイが余裕そうにナポオレンジを飲む。私がなぜ?と聞くと、カイが指を指す。

「姫神様の像。大きいでしょう。有名なルベルニって言う彫刻家の作品らしくてね、国宝に指定されているんだ。」

 その像は国宝に相応しく、大きいのに細かい彫りで造られており、顔立ちや髪の一本一本、服の皺(しわ)まで繊細で、今にも動き出しそうな存在感がある。しかし、上質な石を使われているのだろうか、品の良い白さで、女性らしい柔らかさすら感じる。

「あの像はさ、市場からも国のてっぺんの王城からも見えるように街も設計されているんだ。この城下町は、坂と階段で出来ているって話をしたじゃない?ちょうど、この広場は、城下町の高いところと低いところの真ん中にあたるんだ。」

「だから、この広場に教会があるのね。でもそれだと、高いところに住む人も、低いところに住む人も、教会に来るのが大変ね。」

 そう言うと、カイは冷静に返す。

「高いところの人たちにはそれ用の、低いところの人たちにはそれ用の教会が建っているのさ。」

 私は少し冗談めいて言ったつもりだったが、思いも寄らない形で、この国の暗い部分に触れてしまったようだ。カイは冷めた様子も皮肉めいた様子もなくいつも通りの様子で言ったが、その言葉は充分に深く暗い。


 カイは話題を変えるように、自分の家の話をした。彼の誕生日はちょうど、新しい議会がブルート制度を廃止した日と同じらしい。国の【下の方】が、新しい時代が来たことを喜んでいるなか、カイの家族は、彼の誕生を喜んでいたという。

「その時は、お父さんもおばあちゃんも生きていたって言うなぁ。…あ、おじいちゃんのお土産忘れてた。ま、いっか。肩を叩こう。」

「え、いいの?」

 私の疑問をまあまあと適当に流し、カイは続けた。

 父は槍の名手で、貴族に雇われて名を上げたという。そのとき、レシオの周辺は小さな国がたくさんあったが、レシオの侵攻や精霊戦争による自然災害で失われてしまったらしい。その土地は今、レシオの豊かな農業や酪農を支えている。

 母は同じ貴族の屋敷で女中として働いているところに出会い、父の一目惚れで結婚したと言う。そのとき、母は貴族の息子に言い寄られて困っていたようだ。貴族の息子に刃向かった代わりに、その屋敷は解雇となったが、母から後悔の言葉を聞いたことは無いと、カイは語る。

 そこまでの話を聞き、私は察してしまった。

 厳格なブルート制度において、カイの両親は雇われる側、つまり、下層階級の方なのだと。カイがその言葉を使うことはなかったし、私も口にしなかった。

 妹も生まれ、父は姫神教会の騎士となり、母は得意の裁縫を生かして働いた。母は妹をおんぶしながら工場で働き、カイはヨチヨチ歩きで、祖父が勤める鍛冶屋で遊んで、父と母の帰りを待っていたと言う。

「でもね、ある日、お父さんは槍だけ帰って来たんだ。」

 幸せな家族の話の途中、突然の一言に、私はハッとカイの顔を見る。その表情は、いつもと変わらない、穏やかな青年の顔だ。

 父は姫神教会の任務で、戦場へ派遣される司祭の護衛に着いたと言う。その頃はレシオもジオリダム周辺も、あらゆる小国との軍事衝突が相次いでいたし、バルセールの希望教徒からの襲撃にも警戒しなくてはいけなかったらしい。

「お父さんはレシオの赫灼(かくしゃく)なんて戦場で呼ばれるほどの、槍の名手だったんだ。でも、遺体も遺髪もなく、槍だけが戻ってきた。お母さんも誰も、現実を受け止められなかったって話していたよ。」

 淡々とカイは語る。

 それから四年ほどし、精霊戦争が終結した。姫神教会による勝利宣言に世界中が湧き立ったのを、私も覚えている。希望教徒の襲撃や自然災害が止み、夜も安心して眠れるようになったのだ。

 しかし、カイの家の苦難はそこからも続いた。

 母が眼を患(わずら)ってしまったと言う。日に日に視力を失い弱る母を前に、泣き喚(わめ)く妹を抱きしめる日が続いた。

「本当は、お母さんは治療を受けられたかもしれないんだ。」

「え…。」

「医師は元上層の人や、元中層の人の治療を優先したんだ。治療費も、元下層の者は高く設定されていた。怪我や病の重さは関係なくね。ブルート制度は廃止されても、人の心に階級意識は残っていたんだ。」

 そのとき初めて、カイの表情に翳(かげ)りが見えた。呑気で朗らかで、自分の調子を大きく崩さないための生き方を心得ている、私のなかの彼は、そんな印象だ。

 他の三人や私に比べ、感情もあまり表にしない。どこか捉(とら)えどころの無い彼の、芯の部分に触れている気がして、私はその金色の瞳から目を離せなくなった。

 母の病は進行し、視力を完全に失ってしまった。教えてもらっていた文字の読み書きや、読み聞かせてもらった本が途中だったという。収入は祖父の鍛冶屋での報酬と、幼いカイが日雇いで稼ぐ市場での賃金。あとは、いろいろ、とカイが濁した。

「そのとき、セシルの、あ、妹ね。セシルを元上層の家に奉公に出す話が出たんだ。でも、その家は悪評高くてね。乱暴な奥さんに怪我をさせられる子が相次いだ家だったんだ。」

 カイはいつもの表情のまま、金色の瞳が暗く、しかし鋭く煌(きら)めく。それは、不条理に対する怒りに見えた。

「でもね、そんなときに僕を救ってくれたのが剣だったんだ。」

 カイは左側に下げた剣に手を添えて言う。私は急な展開に驚き、立ち上がる彼を見上げた。

「マキ、ちょうどいい催(もよお)しが始まるよ。」

「え?催し?」

 カイは私の手の空になったカップを取り、店へ返す。そして、こっちこっち、と私を誘うと、異様な熱気を放つ人だかりにたどり着いた。


「みなさーん、こんにちはっ。レシオ名物、ドオルグリ商会の武闘大会ですっ。」

 広いけれど簡素な舞台の中心で、司会らしき男性が高らかに声を上げる。それに応えるように、人だかりが、わっと盛り上がる。

「カイ、これはなに?」

「ドオルグリ商会っていうね、レシオの歴史ある商会が主催する武闘大会だよ。レシオの人は武術を観戦するのが好きなんだ。」

 私がへえ、と見ていると、司会者が声を上げる。

「さあ、午後の部は勝ち抜き戦となります。参加者は十人の挑戦者と戦います。武器は、こちらの用意した木製のものを使用すること、十八歳以上であることが条件です。見事、十人を倒した方には…、こちらっ。」

 司会者が手で視線を誘導すると、人だかりから一層の歓声が上がる。

「本日は大盤振る舞いですっ。賞金三十万ルピーっ。さあ、挑戦者は参加費五千ルピーっ。どうですかっ?」

「さ、三十万っ?」

 私が驚いていると、カイが腰に下げた剣をこちらへ渡して来た。剣はズッシリと重い。私は両腕で抱える。

「え?カイ?」

「今日はご馳走にしよう。」

 カイは爽やかに笑い、舞台へ向かう。

「お願いします。」

「ん?君、年齢は…。」

「十八です。」

 いや、嘘をついている。カイは笑顔で嘘をつくのが上手(うま)いのだ。若い挑戦者の登場に、人だかりが妙な盛り上がりを見せる。

「なんだっ、なよっちいヤツだな。」

「あら、可愛い挑戦者じゃない。」

「頑張れー。」

「ボコボコにされちまえっ。」

 人だかりを押し分け前に出ると、カイが木製の剣をクルクルと回していた。そして、相手となる挑戦者が現れる。それは横にも縦にも大きな、強面(こわもて)の男だった。男は太い棍棒を選んだ。

「ほっせえ坊主だな。せいぜい骨は折らないでやるよ。」

「そうですか。僕も、治療費は安くなるようにしますね。」

 強面の男の挑発に、カイが微笑みながら返す。互いのその様子に、人だかりはますます燃える。


「カイとワンドーによる一戦目、開始っ。」

 司会者の合図で、人々は歓声を上げる。

 ワンドーは体躯(たいく)に似合わない素早さでカイに距離を詰め、棍棒を横に何回も振り回す。カイはそれを軽くかわすが、長い腕と武器の範囲によって、相手の懐(ふところ)へ入る隙を見つけられないように見える。

「わーっ、なんだよこれ、カイ、何やってんだよっ。」

 少し離れたところに、大声を上げるソラが見えた。カスガもユフィも、三人揃っているが、彼らはその両手に美味しそうなものを、ちゃっかり持っている。羨ましいし、憎らしいが、それよりもカイが心配だ。私は無理矢理、ソラたちに近づいた。カスガがすぐに気づく。

「おっ、マキ?」

「おっ、じゃないわよ。勝手に行動して。」

「これはどう言う状況だ。」

 ユフィが何かを焼いた丸いものを載せた皿を私に差し出して聞く。それを一つ取り食べると、とても美味しい。驚くことに、中にコリコリした何かが入っている。

 武闘大会のことを簡単に説明すると、三人は声を揃えた。

「さ、三十万っ?」

 そして、必死な形相(ぎょうそう)でカイを応援する。

「頑張れっ、カイっ。負けるなよっ。三十万っ。」

「お前なら大丈夫だ。避けろよ。三十万っ。」

「いいぞっ、動きならヌシが上じゃ。三十万っ。」

 ソラ、ユフィ、カスガが誰よりも声を上げて応援するが、その強欲さに私は眉根を寄せてあきれる。

「避けるだけが取り柄かよっ。」

 そう叫んだワンドーの大振りをカイがかわすと、ワンドーは舞台の端から足を外しそうになった。勢いのままよろけて体勢を崩すと、カイがその首元に木剣を当てる。そして、軽くトンと叩いた。

「今首を落としましたが、続けますか?」

 カイが息を、少しも荒げずに言う。一方のワンドーは息も絶え絶えで、汗だくだ。

「けっ、参ったよ。」

 歓声が一斉に湧き上がる。三人は誰よりもその勝利を称えた。

「みなさん、勝負はここからですっ。ここから九人勝ち抜きで賞金ですが、カイ君、今の体力は?」

「いやあ、もうヘトヘトです。次で負けちゃうかもなあ。」

 カイはわざとらしく、肩に手を当てて言った。

「ありゃ嘘じゃろ。」

「あいつ、平気で嘘つくよな。」

 カスガとソラがヒソヒソと話す。私とユフィも頷く。しかし、観客は嘘だと思わずに、俺が俺がと舞台に押し寄せる。

 中には傭兵のような出立ちの、熟練者らしい戦士もいる。私たちはヒヤヒヤして一試合一試合を見つめる。そして、誰よりも大きな声で応援をする。

「頑張れ、三十万…。」

 ユフィに至っては、もう名前さえ呼ばない。カイは相手の体力ギリギリまで攻撃を避け、一発でトドメを刺す。

「なんじゃ、カイのヤツ。こういう勝負事に慣れとらんか?」

「確かに…。」

 カスガの疑問に私も同感だ。騎士としての稽古(けいこ)に試合などはあるだろうが、こんなにも魅せ方を心得ているものだろうか。

「うわーっ、まさか武術家相手に一本背負いっ。」

 観客が驚きの声を上げる。カイが木剣を投げたかと思えば、ヒョイと武術家を投げたのだ。

「くわーっ、ありゃあ、やられた方は悔しいのう。」

 身軽そうな武術家に、戦いの型が近いカスガが唸る。司会者が問う。

「カイ君、今のは狙ったんですか?」

「いやあ、汗で手が滑っちゃって。ちょうど投げれるなと思ったので投げました。」

 カイはそう言うが、当然、嘘でしょう。なぜなら彼は手袋をしているからだ。しかし、観客は沸く一方だ。

 ついに、カイは十人を勝ち抜いた。観客はその若い剣士の勝利を称え、歓声と指笛が止まない。それだけでなく、コインや何かの包み紙が舞台に投げられる。司会者と同じ服装の人が、それを拾い集める。

「素晴らしい戦いでしたね。カイ君、一言どうぞ。」

「応援ありがとうございました。レシオの黎明(れいめい)に栄光あれ。」

 カイのその不思議な言葉に、観客は一番の熱狂を帯び、さらにコインや包み紙が投げられた。私たちはその様子をキョトンと見て、カイが賞金と、拾い集められたコインをまとめた皮袋を受け取るのを見つめた。

 人だかりがだんだんと散り、カイが私たちの元へやって来た。私は剣を返しながら、こう言った。

「すごいわ、カイ。おめでとう。」

「ありがとう。いやあ、勝った勝った。もう途中で危ないと思ったよ。」

「いや、絶対嘘じゃろ。」

 カスガが突っ込む。

「言っておくけど、僕の名前、三十万じゃないからね。」

 カイがそう言うと、私以外の三人はすみません、と謝った。カイと私は、それを微笑んで見た。


「お前、カイ=エルキエフだろ。」

 突然、声をかけられて振り返る。カイより少し年上の若者だ。質素な身なりで、ギラギラとした目を光らせている。若者は続ける。

「お前、異国に行ったって聞いたけど、なんでレシオにいるんだよ。」

「失礼だけど、どなたかな。」

 カイが尋ねると、若者は面白く無さそうに答える。

「この武闘大会で、十年前お前に負けてたヤツだよ。久しぶりにお前を見て、胸くそ悪いぜ。」

「な…っ。そんな言い方、失礼じゃない。」

 私は思わず、敵意をあらわに言う。しかし、若者は無視をして、カイを睨んで言う。

「今はガキの人権保護とやらのために十八歳以上じゃねえと参加できなくなっちまったけど、まさかお前がまた優勝するとはな。」

「えっ、カイはじゅっ」

 カイの本当の年齢を言いそうになったソラの口を、私はふさぐ。嘘は良くないけれど、今は良いことにする。

「相変わらずだな。疲れたふりして挑戦者を誘って、客が喜ぶ試合で投げ銭を増やす…。ガキのくせに悪知恵(わるぢえ)働かせてよ、下層に生まれた人間らしい卑しさだよな。」

 若者は、その言葉に込めた卑屈さに似合う表情を見せて言った。私たちが怒りをぶつけそうになった、そのとき。

「いてぇっ、何すんだクソガキ。」

 ソラが若者の足のスネを蹴っていた。ソラは叫ぶ。

「うるせぇっ、何言ってっか分かんねえけど、カイを馬鹿にすんじゃねえ。」

「ソラ、いいんだよ。」

 カイは柔らかい声色で、ソラを止める。そして、若者に対しても、変わらない声色で言う。

「僕からは何もないよ。何を言っても、君に意味のある言葉にならないからね。」

 カイはそれを言うと、黙って若者を見る。怒りも哀れみもなく、かと言って優しい表情でもない。ガラス玉のような目で見ていた。その目を見て、若者はクソっと悪態をついて立ち去った。

「なんだよ、カイ。言い返さないのかよ。」

 ソラが悔しそうに言うと、カイはいつも通りの柔らかい表情をして言う。

「たぶんだけれど、彼はブルート制度の廃止によって、中層階級から貧しい生活へと強いられた人だと思う。僕は養子先にも仲間にも恵まれているのに、そんな僕が彼に対して何を言っても、どちらも救われないだろう?」

 カイの言葉に、ソラは少し悔しそうにしながら、しかし、そんなカイと仲間であることを誇らし気に、地面を蹴った。

「そういう者は珍しくないんか?」

 カスガが問いかけると、カイは頷いて言う。

「上層や中層階級に生まれて、言い方は悪いけれど、あぐらをかいていたと言うのかな。人生が保障されていると思ったら、ブルート制度が廃止されて、自分の力で生きられなくなった人は珍しくないよ。」

 そして、カイは俯(うつむ)き気味に言う。

「それに、彼の言っていたことは本当だしね。レシオに住んでいたとき、年齢を偽ってあちこちの武闘大会に出て、嘘や演技で同情を誘って、そうして稼いだ賞金や投げ銭で生活した。さらにはあの言葉さ。レシオの黎明に栄光あれってね。」

「レイメイ?」

 疑問を抱くソラに、私は言う。

「時間帯で明け方を意味する言葉よ。それで、新しい時代が始まることを意味する言葉でもあるの。」

「へえ、かっこいいじゃん。」

 ソラは目を輝かせて言う。

「ブルート制度が廃止したときに、活動家や支援者たちが作った言葉だよ。下層階級出身の幼い剣士が武闘大会を荒らすのに、ピッタリの言葉だろう?」

 私たちは驚いて顔を合わせる。いつも人を肯定的に受け止めて優しく頷くカイが、らしくない自虐を口にしたのだ。

「…しかし、武闘大会を荒らしたのも、その今持っている賞金も、カイの才能と努力によるものだ。実力なのだから、胸を張っていい。」

 ユフィがカイをまっすぐ見て言う。自分の力で、アリアレジスに生きる道を拓(ひら)こうとするユフィらしい、重みのある言葉だった。カイは微笑んでありがとう、と言う。

「あ、ソラ。」

 カイが思い出したように、ソラへ言う。

「暴力はダメだけれど、さっき怒ってくれたの、僕は嬉しかったよ。ありがとう。」

 ソラは照れ臭そうに、頭を掻(か)いてモゾモゾする。


「じゃあ、五人揃ってお土産もできたところで、行こうか。」

 カイの言葉に、カスガがどこへじゃ?と問う。

「僕の実家だよ。階段をだいぶ下へくだるけれど、そんなに遠く無いよ。」

 カイの言葉に、ユフィが嫌な予感とばかりに顔を強張(こわば)らせて聞く。

「何分くらいだ?」

「一時間と少しくらいかな。」

 カイの言葉に、ユフィは絶望的な表情を見せた。私たちも同じだ。しかし、カイは元気良く歩き出す。先程まで武闘大会で戦っていたのが嘘のようだ。

 レシオの街は、もう少しで三時の鐘が鳴るところだった。

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