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【太陽物語】 夜明けへ進む少年は  作者: 立花ハル
《第六章 トール大陸北上、下から海へ》
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レシオ、下よりも下の《ソラ》

《ソラ》


「またお前かよ。」

 俺は夢の中で、自分の内側にいた。泉の中央には、相変わらずあの憎たらしい黒い結晶が浮いている。

〈そろそろ俺に会いたいかと思ってよ。〉

「はっ、ちょうどその口の悪さが恋しくなってたぜ。」

 俺とネグルは、互いに皮肉を言って、意地の悪い笑みを交わす。もちろん、結晶なので表情など分からないが、俺にはその顔が見えるような気がした。

〈仲間が増えて良かったじゃねえか。〉

「仲間?変わらずに五人旅だぜ。」

〈差別される側の仲間だよ。〉

 俺はそれを聞き、黒い結晶の底意地の悪さにとこ

とん嫌気が差す。

「…ユフィのことか?」

〈ああ、良かったじゃねえか。形代(かたしろ)のお前に、風瓏(ふうろう)の民の女に、今度はハーフエクラだとよ。疎外(そがい)される側の寄せ集めで仲良しこよし。幸せでいいねえ。〉

「お前、ぜってえ友達いねえだろ。」

〈強いて言えば、お前が友達さ。〉

「嘘つけよ。初めは敵って言ってただろ。」

〈昨日の敵は今日の友って言葉があるんだぜ。〉

「たぶんだけど、大して関係ねえだろ。」

 それを言うと、ネグルはあざ笑うような声を出し、ユラユラと煌(きら)めく。

〈あとの二人も、お前ら側だといいな。〉

「その、なんとか側とかいう言い方、よしてくれよ。俺たちは同情で旅をしているわけじゃねえ。」

〈一丁前な口を叩くなよ。浮浪児の頃は、自分が弱者であることに甘んじて悪さをして、恵まれた立場の人間を恨めしく見ていたくせに。誰よりもこっち側、あっち側って分けることにこだわってたじゃねえか。〉

 俺は図星をつかれて押し黙る。ネグルはさらに、俺を攻撃する。

〈それに、形代のお前に偏見を抱かないのは、自分たちが疎外される側だからだろ?そんな傷の舐め合い仲間だ、お前らは。自分だけじゃないって安心感で旅ができて幸せだろう。〉

「お前、本当に性格ひねくれてんな。」

〈なに、俺はよ、人は自分の下に人がいることに安心するって真理を伝えただけさ。〉

「下?俺はマキもユフィも下だなんて思わねえ。あいつらだって、俺を下だなんて思わねえ。」

〈なんだかんだ、お前って素直で純粋だよな。俺は浮浪児でギラついていたお前のほうが好きだったぜ。〉

「なんとでも言え。俺は、今の俺のほうが好きだぜ。」

 ネグルはまた、あざ笑うように煌めいた。

〈そろそろ朝だ。まあ、夜明けへ進んで頑張れよ。ソラ。〉

 言われなくてもな、と俺は吐き捨てて、次第に視界は明るくなった。


 旅籠(りょかご)の朝は賑やかだ。出発準備をする旅人、馬の世話をする旅籠の管理者、朝飯や、その食糧を売る商人、それらの話し声で目を覚ますほどだ。

 ユフィはいつも通り一番に目覚め、朝飯を作ってくれていた。カスガもいつも通り二番に目覚め、薬草を採取していた。俺とカイとマキは、ほとんど同時に目を覚ました。カイは目覚めが悪いので、俺が肩を突いて目覚めさせる。マキはあくびをしながら、長い髪をまとめるために鏡の前へ行った。


 俺たちは五人揃い、挨拶のあと朝食を食べる。ジオリダムを出発して、運良く馬車を拾えたため、レシオにはあと二週間と少しでたどり着くことを確認した。そこで、カスガは問う。

「レシオっちゅうと、カイの故郷じゃろう?どんな国なんじゃ?」

 カスガは純粋な気持ちで疑問を口にした。しかし、その瞬間、ユフィとマキはどこか気まずそうな顔をしてカイを見た。カイは、普段通りの柔らかい表情で答える。

「うーん、僕は十年近く前にグランディエに養子に出されて以来、初めて帰るからねえ。だいぶ変わっているかもしれないけれど。そうだなあ、一言で言えば階級社会かな。」

「カイキューシャカイ?」

 俺がパンを頬張りながら問うと、ユフィとマキは気まずそうな顔のまま俺を見た。そして、すぐにカイを見る。カイはそれに気づくことなく説明する。

「僕が生まれる前はね、人々に厳格な階級が定められていたんだ。ブルート制度って言ってね、王族の子どもは王族にしかなれないでしょ。それが、どの身分にも当てはまっていたんだ。」

 俺とカスガはそれを聞き、分かるようでどうにも理解しきれない感じで首をひねる。すると、カイが地面に木の枝で何かを書き出した。


上層階級

 王族

 貴族

中層階級 

 聖職者

 医師

 教師

 軍隊の指揮官

 商人(雇い主) など

下層階級 

 肉体労働者

 農民

 酪農家

 軍隊の兵士

 商人(雇われる側) など


「なんじゃ、ずいぶんと細かいのう。」

 カスガが書かれたその内容を見て驚いた。俺は書かれてもなお、レシオという国が掴(つか)めない。

「ブルート制度はね、レシオ建国以来数百年、人々の身分を定めた制度さ。」

 カイはいつもの穏やかな口調で、説明を続ける。

「中層階級の親の元に生まれた子どもは中層階級の職業にしか就(つ)けないし、同じ階級の人としか婚姻ができないと、制度で決められていたんだ。」

 そこまで言われて、俺とカスガはようやくハッとする。俺は思わず大声で言う。

「それって、すげえ不自由で不公平で不平等ってヤツじゃないのかい?」

 ユフィとマキが気まずそうな顔をしていた理由が分かった。レシオと言う国の在(あ)り方は、根深く重い差別を抱えていたのだ。しかし、カイは何の重さもなく、むしろ軽やかに説明する。

「だから、ブルート制度は無くなったのさ。中層階級にいた人々が、アリアレジスだとか新しい国の在り方を学び、レシオの構造に疑問を持った。そして、その人々が団体を立ち上げ議会を作り、王族から政治の権限を奪い、ブルート制度を廃止したのさ。」

「じゃあ、みんなもう平等になったってことかい?」

 俺が問うと、カイは腕を組んで唸(うな)る。そして、答えた。

「分からないなぁ。ブルート制度の廃止は、ちょうど僕が生まれた年だったんだよね。で、僕がグランディエへ渡ったのは八歳だから…。今、どんな国になっているかは、あまり分からないんだよね。」

 俺たちはカイがそう言って、悩む理由がよく分かる。外から与えられた制度という枠が無くなっても、人の心に根付いた差別感情はそう簡単に消えないのを、俺たちは感じ取っている。

 そして、俺のなかには、カイの親は?と言う疑問が浮かんだが、それは心底、無神経な質問だと理解し口にすることは無かった。

「まあ、歴史があるから街並みは美しい。それに、鍛治や工芸品だとかの輸出品も豊富なぶん、近年は貿易で国自体は貧しいわけでは無いし、滞在は快適だと思うよ。噂で聞く限りはね。」

 カイはカスガが淹(い)れたよもぎ茶をすすりながら言った。

「そ、そうね。ブロタールの巡業で行ったことがあるけれど、海鮮料理は美味しいし、市場は賑わっているし、いい国だと思うわよ。」

 何かを取り繕うように、マキが付け加える。珍しく、ユフィまでそうそうとわざとらしく同意した。俺とカスガは、自分たちの世間知らずさに嫌気が差すような表情で、互いを見る。

 そして、レシオでもこれまでの国と同様に、紛争地帯や戦時下に置かれていない国だとしても油断は大敵だと、五人で確認をした。

 旅籠では食糧を買い足し、俺たちはレシオへ出発した。


 レシオまでの街道(かいどう)は、レシオが貿易に力を入れているとだけあり、整備された平坦な道が続いた。レシオへ向かい、俺たちを追い越す馬車も多い。しかし、ジオリダムやバルセールへ向かう旅人はいない。やはり、その辺りはもう、戦場となっているのだろう。

 それを強く感じさせたのは、俺たちを襲う野盗たちだ。これまでも道中で盗賊たちと戦うことはあったが、その姿に変化があった。

「…また、エクラだったな。」

 戦いのあと、俺は思わず呟(つぶや)く。そう、俺たちを襲う野盗に、エクラ種が増えたのだ。耳がとがった、魔道に長けた者たちだ。

「きっと、ジオリダムやバルセールで居場所を無くした者たちが、悪事に手を染めているのだろう。」

 ユフィが冷静に言う。しかしその顔はどこか暗く、俺はジオリダムで出会った人々、それに、道中ですれ違ったエイベルを思い出す。何よりも、ユフィの心持ちを案ずる。

 野盗にエクラ種が増えたことで、戦いはより複雑となった。俺たちがするように、相手も連携をとってくるのだ。武術で攻める前衛と、魔道で支援、攻撃をする後衛とで統制の取れた野盗は、もはや一つの部隊だった。そうなると、生かして逃がすほどの余裕を、こちらも持てない。カイとカスガは手にした刃(やいば)で返り血を浴び、ユフィは強力な魔道で相手を灰にした。


 夕飯を囲むときはユフィの作る料理に心が解(ほぐ)れるが、三人がまた少しずつ疲弊していくのが見て取れた。特に、カイが剣と靴を磨く時間が増えた気がする。

 三人が眠り、俺とマキで見張り当番をしているとき、彼女は言った。

「ねえ、ソラは煉獄って本当にあると思う?」

 突然の問いかけに、俺は返事もできず、焚き火の光を受けるマキの横顔を見つめる。

「私はね、だんだん信じなくなってきた。と言うよりもね、否定したい。」

 マキは焚き木を火に入れて続ける。

「いろいろな劇にね、快楽のために人の命を奪う本当の悪者って出て来るの。驚くことに、それには見本となった実在の殺人鬼がいるの。そう言う人たちは煉獄へ行って、罪を浄化すればいいと思う。でも、三人はそうじゃないでしょう?」

 マキが木をくべた焚き火は、さらに燃える。煉獄とは、このような燃え盛る、そう、エルコトルで目にした火罪(かざい)のようなものだろうか。

「私は彼ら三人が快楽のために戦っているわけでは無いと分かるし、煉獄に行ってほしくないと思っているの。特に、カスガやユフィは、エルコトルでとても葛藤したと思う。私は一人の人間として、彼らが安らかに生きていけることを願っているわ。」

 マキの紫色の瞳が火の光を受け、神秘的に輝く。俺は彼女の横顔を見て、深く頷(うなず)き同感する。

「でも、私は何が出来ているのかしら。結界魔道や補助魔道。ユフィのように専門的に学んだわけではないし、役に立てているのかしら。」

「なんだよ、マキ。心配するなよ。マキの結界や補助が無いと、前衛は魔道の攻撃をモロに受けるし、ユフィも安心して詠唱できないんだぜ。」

 俺は前のめりに言う。マキは少し頼りなさげな顔を向け、俺に言う。

「ありがとう、ソラ。そうだ、アリアレジスに着いたら、神海へ導く新しい曲を探そうかしら。」

「そういうのがあるのかい?」

「ええ、鎮魂曲。ほら、ローズとダフィを送った時に吹いた曲。」

「ああ、どしゃ降りの雨の中でも、綺麗な曲だったな。」

 俺はその美しい音色を思い出した。痛ましい血肉と泥のなかで、かすかな救いをもたらす曲。

 カイはキーエールで、神海(しんかい)は生きている者のためにあると語った。自分の亡くなった父が、きっとそこでのんびり暮らしていると。それであれば、俺の関わった優しい人たちは、そこへたどり着いてほしい。そして、穏やかな海の底のような、なんの苦悩も差別も無いところで暮らしてほしい。

「でも、その前にもっと、結界魔道や補助魔道の新しい曲を探さないとね。」

 マキがいつもの調子を取り戻して言う。俺はふと、思い出したことがある。

「そう言えば、マキはアリアレジスで劇団ブロタールに合流したら、どうするんだい?」

 俺の問いに、マキは少し困った顔を見せた。

「出会ったばかりの旅籠で言ってたじゃんか。劇団が戦争の応援をするって。マキも、戦場に立つのかい?」

 マキは俺から目を逸らし、少しの間、目を伏せる。そして、呟く。

「もしかしたら、そうかもね。グランディエの同盟国であるアリアレジスの戦争を支援するために、派遣されているからね。私の魔道はあくまでも前衛を助けるための魔道だから、最前線に立つことは無いけれど。」

 けれど、と言って、マキは焚き火を見つめる。しかし、その目は、前の焚き火を見ているわけでなく、どこか遠くか、それか自身を見つめているような、おぼろげな目だった。

「私も、人の命を奪っているのと同じなのかもしれないわ。直接か、そうでないかの違いだけ。なんだかずっと、ロンソ村の前と後でね、私は違う世界に生きている気がしているの。」

 いつも優しく温かいマキに似合わない、深く悲しげな声だった。クルエルで、彼女が悪夢のなかで弱音を吐いていたのとも違う、どこにも縋(すが)る場所が無いような、心細い声だった。

 俺は、何と言って良いか分からなかった。べつに、マキは俺の言葉に答えを求めているわけではないとは思う。でも俺は、マキが悲しみだったり心細さだったりを感じているのなら、何かを言ってやりたかった。

 それなのに、俺は彼女の横顔を見たまま、ただ黙っていることしかできなかった。そして、他の三人にしたのと同じように、罪悪感などに囚われることが無いよう、祈ることしかできなかった。


 そんな夜を乗り越えて、平坦な道とは裏腹な、野盗たちとの戦いをくぐり抜け、俺たちはレシオへたどり着いた。

 城下町は、立派だがあちこちに年季を感じさせる外壁で囲まれている。また、街の門も大きく、繊細な女神像が彫られているなど凝(こ)った造りをしているが、ところどころに石が欠けた様子が見られる。

 街の門では、兵が俺たちの身分を確認した。とは言え、またヴェーゼンのときとは違い、簡単な確認で済んだ。

 しかし、元ジオリダム国籍のユフィと、怪しい薬品を持つカスガは兵に連れられた。二人は詰所にまで入れられた。

 少ししてユフィが出てくる。元が付いてしまうが身分の分かる学生証と、新しい養父の名とその所属が書かれたメモなどを見せて、少し時間はかかったが解放されたようだ。

「どうやら、ジオリダムやバルセールからの難民がレシオに押しかけているらしい。最初は受け入れていたが、もう面倒を見切れないほどに膨れ上がっているようで、兵も慎重になっていると言っていた。」

 詰所から出てきたユフィがボヤく。戦争が始まることに、早いこと危機感を抱いた者たちが、既に難民として流れ着いているらしい。ジオリダムが起こした戦争の余波が、トール大陸の北端であるこの国にまで届いているのだ。

 しばらくして、カスガが詰所から出てきた。しかし、ユフィのときとは違い、詰所にいた兵が勢揃いで頭を下げる手厚い待遇だ。カスガもその兵らに負けないほど、頭を下げていたが。

「…結局、お前は何者なんだ。」

 ユフィが問うが、カスガは口笛を吹いて門をくぐった。


 レシオの街は、外壁や門と同じようにあちこちに年季を感じさせる、良く言えば歴史のある、悪く言えば古びている、そんな街並みだ。俺はどこか、グランディエのような格式ある国を連想した。

 他に感じたことと言えば、エルコトル以上に坂道が多い。それもわざわざ階段で造られているので、元の地形に沿って造った坂では無いと、ユフィが分析する。そう分析するユフィは、坂や階段に嫌悪感を丸出しにしている。カイはユフィの分析を正解だと言って、説明を加える。

「ブルート制度の話をしたでしょ。坂の頂点にあるのが、王族の城だよ。もっとも、今は王族は象徴としての存在で、統治はしていないけれどね。」

「ほう、それでもあの城では王族は暮らしているんか?」

 カスガが問うと、カイは頷いて答える。

「うん、国民の税金で暮らしているよ。そのぶん、外交や伝統行事に顔を出して、国民に団結と言うのかな。そういうのを持たせる役割を担(にな)っているらしいよ。」

 それを聞いて、カスガは不思議そうな顔をしていた。ユフィは言う。

「ジオリダムやバルセールなどは王族のいない国で、政治家が党を組んで統治を行っている。王族によらない統治は珍しくない。コーダなんかは良い例だろう。」

 正直言うと、俺は今の話の半分も理解していない。しかし、国の分だけ在り方があるのだと言うことを、俺はこの旅で学んで来た。

「まあ、エルコトルと違って、僕らが階段を登ることは無いよ。」

 ユフィの説明のあと、カイが何気なくそう口にした。そのときの俺たちは特に何も感じなかったが、それはこの国の仕組みを表す一言だった。

「港の旅客船の様子を見がてら、市場を見に行かない?レシオはトール大陸の物も売られているし、ドレスレア大陸の物も仕入れているから、珍しいものがたくさんあるよ。」

 カイの提案に、俺とカスガが食いつく。

「ドレスレア大陸って、アリアレジスがある大陸かい?」

 俺が問うと、カイがそうそうと頷く。それは楽しそうだと、俺たちは軽い足取りで港と市場へ向かう。


 港に着くと、ジオリダムに負けないくらい立派な船が何隻も並んでいた。それに、水夫(すいふ)が休み無く働いて荷物の移動をしており、港が機能していることがよく分かる。

 俺たちは旅客船の受付へ、顔を出す。

「ああ、ドレスレア大陸への渡航かい?やっているよ。ただ海の様子を見て、五日後が出航の目安だね。」

 ようやく俺たちに道が拓(ひら)けた。すぐ近くの海が、キラキラと煌めいて見えるほどだ。しかし、係員は難色を示す。

「ただ、あんたたちがジオリダムの関係者じゃない証拠を見せてほしいね。レシオはアリアレジスを、交易の太客としているからね。敵対国であるジオリダムの難民を、ドレスレア大陸に運びたくないんだよ。」

 そこで俺たちは街の門と同じように、身分証を見せた。ユフィの場合は、アリアレジスに養父がいることが強みとなり、すぐに了承を得られた。

 問題は、またもカスガだ。受付の係員は、あまり見かけないメウィティカ人を不審そうに眺める。

「ちょいと頼む。あのベンチまで離れていてくれんかのう?」

 カスガにそう言われて、俺たちも猜疑心(さいぎしん)を抱きながら、ベンチまで後ずさる。そして、遠目にカスガと係員のやり取りを見る。すると、なんと係員が、わざわざカウンターから外へ出て、カスガに頭を下げた。そして、カスガも深く頭を下げる。

「…本当に、お前は何なんだ。」

 ユフィがまたも問うも、カスガは知らんぷりで通す。


 無事に旅客船の切符を買えた俺たちは、次に港近くの市場へと顔を出した。カイが言う通り、見たことの無い文字で書かれた本や、民族衣装や装飾品、嗅いだことのない匂いの果物など、市場は好奇心をくすぐる物ばかりだ。市場にいる人々も、クルエルやジオリダムとは一味違い、初めて目にする武具などを装備していた。

「ドレスレア大陸は、アリアレジスを中心に戦争の絶えなかった大陸だからね。そこから流れて来た人たちなんだろうね。」

 そう言いながらカイは金を払い、賽(さい)の目状に切られた果物を買った。

「う、美味(うめ)えっ。」

 俺はその一口で、あまりの豊かな甘さに驚いた。

「これはペリカンオレンジ。果汁たっぷりで美味しいでしょう?」

 カイも果物を頬張り言う。どうやら、レシオの名産らしい。

 そのとき、俺の服を引っ張る感覚がした。後ろを振り返ると、身なりの汚れた少女が俺を見上げていた。その耳はとがっていた。

「…これ、欲しいかい?」

 俺が聞くと、少女は軽く頷いた。

「ほら。」

 俺が果物を一口食べさせると、少女はパッと顔を明るくして、何も言わずに走り去った。

「…ソラ、残念だけれど、今のはこれで最後にしよう。」

 カイが言う。この声色のときのカイは、本気で何かを案じているときのカイだ。しかし、俺は問う。

「…どうしてだい?」

「他の子も、期待してしまうだろう。」

 そのカイの一言で辺りを見ると、先ほどの少女のような、ギラついた目をした浮浪者や浮浪児があちこちの裏路地からこちらを見ていた。その耳はとがっていたり、そうで無かったりした。

 確かにこのペリカンオレンジを、全員に渡すのは到底叶いやしない。俺はオレンジを味わうことなく早く胃に入れ、市場を歩いた。

「ん?なんか、あの店すごい列だな。」

 賑わう市場で、一際、人が列を成す店が見えた。

「あ、あれは…肉まんじゅうの店じゃっ。」

 カスガが興奮気味に声を上げる。

「ニクマンジュー?」

「メウィティカ名物での、かじると肉汁がジュワーと滲み出て、タケノコやシイタケの旨みが後を追ってくる、何とも美味なものじゃ。」

 カスガが故郷の味を思い出すように説明する。俺はその味を想像し、口の中にヨダレが溢れて来た。

「く、食いてえっ。」

「俺も興味深いな。」

 ユフィも珍しく前のめりだ。カスガが拳を握る。

「よっし、並ぼうぞっ。」

「あ、待って、はぐれちゃうわよ。」

 マキの制止する声が聞こえたが、食欲がたぎる俺たちは、どうにも止まれなかった。

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