バルセール、生まれた呪い《ソラ》
《ソラ》
エイベルたちと別れてから二日後、俺たちはバルセールへたどり着いた。魔道大国ジオリダムから独立したとあって、街を行く人は魔道士の装備をしている人が多いように感じた。精霊の力を借りるための、いわゆる【媒介】を装備しているのである。ユフィと同じような本や指輪を身につけている人もいれば、おとぎ話に描かれるような杖を持った人も珍しくない。
「ものものしいな。」
ユフィが呟き、こう続ける。
「以前よりも魔道士が増えている。それに、通常の武装をしている者も多い。」
「原因はこれだね。」
カイが指を指すと、掲示板には次のような貼り紙がされていた。
【ジオリダムの侵攻に備えよ】
【前衛に立てる戦士、求む、騎乗できる者、優遇】
【魔道士募集、殉教の魔道士も可】
【十八歳以上の男子、徴兵検査を受けよ】
【エクラ種は男女問わず、必ず徴兵検査を受けよ】
「な、なんだこりゃあ…。」
あまりに物騒な内容に、俺は驚く。
「これが前線にある国か…。徴兵するっちゅうことは、余程、戦力を求めておるんじゃな。」
「チョーヘイって?」
カスガの言葉に、俺が問う。そして、答えてくれた。
「徴兵っちゅうのは、国の命令で強制的に兵にさせられることじゃ。自分から兵になる志願兵とは、違うものじゃな。」
「実際の戦場には、前線で戦う兵士以外にも炊事係や医療班と言った、戦うこと以外の役割を持つ人も必要だからね。戦いの経験が無い人でも、徴兵されればそう言う役割が与えられるんだ。」
カイが説明を付け加えた。
「しかも、傭兵まで募集している。殉教の魔道士まで求めるなんて…。」
ユフィが、眉根を寄せて言った。
「でも、バルセールは殉教の教えを広めないって言う協定があったって…。」
マキが問うと、ユフィは掲示板を見たまま答える。
「ジオリダムが侵攻をすると言うことは、独立を許さなくなったということだ。つまり、バルセールに協定を守る義理は無くなったということだ。」
俺たちは宿を探す。しかし、傭兵で溢れる街では、宿の空きがなかなか見つからない。困った俺たちに、ある宿の主人が言った。
「国の営業する宿なら、一泊だけ安く泊めてくれるよ。まあ、飯はひどいけどね。」
そう言われて、俺たちは顔を見合わせる。
「まあ、屋根があればいいわよね。」
マキはあっさりと言う。さすが、劇団の巡業で泊まりに慣れているだけある。紅一点がそう言うなら、俺たちが気にすることは無い。主人に教えてもらった、国営の宿へと向かった。
「宿泊は一泊だけだ。バルセールでは食糧の調達だけして、明日の朝には出発しよう。」
宿へ向かうがてら、ユフィが言う。俺たちはすぐに了承した。反対する理由は無いし、ユフィが故郷へと焦る気持ちが伝わってきたからだ。
国営の宿は初めて利用するが、安く泊まれる理由がよく分かった。部屋は狭く、掃除が行き届いていない。ベッドの寝具も、自分たちで整える。とは言え、野宿が多い俺たちにとっては何てこと無い。俺たちはすぐに部屋を整え、食糧の買い出しのため市場へ向かった。
「物価が高いわね…。」
どこの店を見ても、マキが呟く。マキは元々、大所帯の劇団で節約生活をするのが当たり前なため、物の値段には厳しい。そうだとしても、確かに今までの街に比べて物価が高いのは、俺でも感じられる。カイが言う。
「ジオリダムの侵攻に備えて、物を備蓄しようとしているんだね。」
「これまで、バルセールの物流は港があるジオリダム頼りだったからな。新しくエルコトルなどから物を仕入れられるようになるまで、物価は下がらないだろう。」
ユフィはそう言って、必要最低限の食糧を選んだ。
「まあ、ワシがおる限り、餓え死にはせんよ。食える野草なら任せてちょ。」
カスガが冗談ぽく言い、俺たちは思わず頬が緩んだ。知らないうちに、緊張感ある街の雰囲気に飲まれていたのかもしれない。ただ、ユフィだけは口元が引き締まったままだった。
俺たちは宿へ戻り、明日からの旅路を確認した。ジオリダムまでは、歩いて行くと五日もかからないらしい。
「ジオリダムまで行けば、船に乗れるはずだ。ジオリダムにとっては、港は自分たちの国力を高めるための、戦争においてはある意味大きな武器だ。閉鎖されることは無いだろう。」
ユフィが地図を見て言う。
こうして改めて地図を見ると、俺たちは随分と旅をしてきたと実感する。一番大きなトール大陸を、どんどん北上して来たのだ。そして、数週間かそこらで、アリアレジスがあるドレスレア大陸へと上陸する。
ふと、達成感とともに、知らない感情が湧き上がる自分に気づく。アリアレジスへたどり着いたら、俺は、俺たちはどうなるのだろう?俺は五人で旅をする、これまでの旅に精一杯だった。そして、ほんの一カ月だとか、近い未来のことが想像できない。
ソロからアリアレジス皇王へのメモを受け取り、太陽物語という新たな探し物ができた。しかし、そんなあやふやな存在が、果たして俺の生きる道に必要なのか。そして、四人がいなくなった時に、俺は自分で考えて今後の道を決められるのだろうか。俺は、ぼんやりとした不安で、地図を見る目が落ち着かなかった。
すると、安宿の主人から夕飯の準備ができたと声がかかった。
そして、一つの事件が起きたのだ。
安宿には俺たち以外泊まっていないらしく、質素な夕飯も相まって静かな食卓だった。挨拶をし、パンをかじる。グランディエで盗んだ、カビたパン以来のパサつきだ。スープも味が薄く、野菜の端切れしか浮いていない。
すると、カスガが安宿の主人の目を盗んで、香草の調味料をちょいちょいと足した。どうやら合っていたらしく、俺たちにもテーブルの下で勧めてきた。そのとき。
大きな音を立てて、隣に座っていたユフィが椅子ごと倒れた。俺たちは一斉に駆け寄る。
「どうしたんじゃ、ユフィ。」
カスガがすぐに抱き起こし、呼吸が楽な姿勢にする。ユフィの顔は真っ青なのに汗まみれで、苦しそうだ。
「エクラだな。」
安宿の主人が声を上げる。すぐにカイが問う。
「どう言うことですか。」
「スープに、エクラ種にだけ毒性のある薬を混ぜているんだ。」
主人が嫌悪感に溢れた目で、こちらを見る。しかし、その目にはどこか恐怖心も感じられた。
「ジオリダムの諜報員かもしれない。おい、警備兵を呼べ。」
主人は妻らしき店員に指示をした。
「てめぇっ。」
「マズイ、今は逃げよう。」
俺は主人に掴みかかりそうになったが、カイに制止される。カスガとユフィ以外で、部屋から荷物を持って来た。
「ユフィ、歩けるか?」
カスガがユフィを立たせるが、依然として呼吸が荒いままだ。俺とマキで荷物を持ち、カイとカスガでユフィを支える。主人が体を使って止めにかかって来たが、カイが片手で振り払った。
外に出て、街の門を目指す。
「今ならまだ、警備兵も僕らのことが分からないだろう。大通りを最短で突っ切ろう。」
カイが提案し、俺たちは大通りを歩いた。ユフィは歩くこともままならず、ほとんど引きずられている。周囲の人は何があったか不審そうに見てくるが、そもそも戦時下で、怪しい者が集まっている街だ。酒に酔って大騒ぎしている者もいるような騒がしい通りは、かえって俺たちに好都合だった。
そして、俺たちは街の門を出た。街の方から、宿帳に記入した俺たちの名を呼ぶ声が聞こえたが、俺たちは振り返らずに夜の草原を歩いた。
しばらく歩き、バルセールの街の光が遠くなった。俺たちは追っ手を警戒し、街道から少し離れたところで腰を下ろした。
ユフィは全身に力が入らないらしく、カイとカスガに支えられながら、地面に倒れ込んだ。
「…気持ち、悪い…。」
「下向けるか?それか、横でもええ。」
ユフィが途切れ途切れの呼吸で体調を伝え、カスガが体勢を整える。ユフィは何回か咳をした後、苦しそうに嘔吐した。マキが背中をさすり、カイが水を差し出す。カスガの指示で、俺は彼のカバンから青い袋を出して渡した。
「一回全部吐いて、楽になったらええ。大丈夫じゃ。」
こう言うときのカスガは冷静で、その温かい声かけには頼もしさがある。ユフィは少し落ち着いたのか、水を一口飲むが、それもすぐに吐いてしまう。そして、真っ青な顔で震えながら言う。
「…寒い…。」
「追っ手のことを考えると、焚き火は起こせん。マキ、毛布を頼む。ソラ、タオルを濡らして魔道で温めてくれ。」
カスガの指示通り、俺たちは動いた。俺はタオルを水で濡らし、出来るだけ小さな炎で温めた。そして、そのタオルをカスガはユフィの首に巻き、体温を上げようとする。ユフィの呼吸は荒いままだ。
「ユフィ、息を吸うよりも、吐く時間を長くするんじゃ。細く、ロウソクを消すように。」
カスガが、ユフィの固まった手を解しながら言う。ユフィは指示通り、咳を混ぜながらも呼吸に集中した。
少しして、呼吸が落ち着いてきた。カスガは俺が渡した青い袋から薬草を取り出し、ユフィの口元へ差し出して言う。
「ソヨウの草じゃ。歯で噛むだけで、胃が楽になるぞ。」
説明を聞き、ユフィは何も言わずに薬草を噛む。ユフィの手や足を触り、カスガが言う。
「体温は安定したようじゃ。眠れるなら、眠って大丈夫じゃぞ。ユフィ。」
カスガが一番の温かい声でそう言うと、ユフィは静かに目を閉じ、やがて眠りに落ちた。
俺は心配して問う。
「もう大丈夫なのかい?」
「吐き気や寒気、呼吸困難をもたらす薬は世界全体でも珍しゅうない。似た症状はこれまでも見て来たし、体温と呼吸さえ落ち着けば大丈夫じゃろう。…エクラだけに効くっちゅうのは、初耳じゃが。」
カスガがそう言うのなら、安心だろう。しかし、マキが心配げに言う。
「ユフィの体調も心配だけれど、明日からどうしたらいいかしら…。バルセールではエクラを諜報員扱い。ジオリダムも、エクラを使っているってエイベルが言っていたわよね。」
俺たちは何も答えを出せずに、押し黙った。俺は一つの疑問を口にする。
「エクラって、耳がとがってたよな?ユフィの耳は、俺たちと同じだぜ。本当にエクラなのかい?」
三人は何も分からないのか、顔を見合わせながら首をひねる。そして、カイが言う。
「今は、ユフィの回復を待つしかない。彼がどうしたいかが大切だし、何を語るかも、彼に任せよう。」
確かにそうだ。旅の選択肢はバルセールとジオリダムだけでは無いし、ユフィ自身の意志を聞かないと道を決めようが無い。俺たちはカイの意見に頷き、ユフィの目覚めを待った。
「ソラ、起きて。」
マキの声で、俺は目を覚ました。俺は座ったまま、眠りに落ちていたらしい。夜は明け、空はすっかり明るくなっている。
「ご、ごめんよ。ユフィは?」
俺が飛び上がるように起きると、マキが目線を向けた。そちらを見ると、ユフィが座って水を飲んでいた。しかし、元々白い肌は、さらに血の気が無いように見える。
「心配かけてすまなかった。礼を言う。」
ユフィはぶっきらぼうに言うが、その様子に俺はホッと息をついた。俺は問う。
「飯は食えたかい?」
「いや、まだ水だけでいい。」
ユフィは力無く答える。しかし、隣に座るカスガは安心しろと言うように、俺を見て頷いた。
「ソラが起きたし、ちょうどいい。四人に伝えておこうと思う。」
まだ本調子でないユフィが、それでも決意を固めたような強い口調で語り始める。俺たちは真剣な表情を向ける。
「俺は、父親が人種の多くを占める普通の人間で、母親がエクラ種だ。生物学的に、ハーフエクラと言われている。」
ユフィの打ち明け話に、俺は無言で頷く。他の三人は、初めて耳にする言葉に少し驚いた表情を浮かべている。
「エクラ種は、クルエルでも言ったように、ただでさえ迫害と兵器扱いを受けた人種だ。姫神教会の定めた国際法で、差別はマシになったがな。しかし、エクラと交わって子を作ると言うことは、潜在的に多くの者が汚らわしいと感じるらしい。ハーフエクラは、ただのエクラよりも酷い差別に遭っている。」
体力が削られてるのもあってか、ユフィの説明はいつもより淡々としている。それがかえって、彼の背負ったものを重く伝える。
「ハーフエクラは、どちらかの運命に立つ。耳がとがって生まれるか、とがらずに生まれるかだ。俺はとがらずに生まれた。だから、普通の人間の振る舞いをして生きてきた。」
「もし、耳がとがってたら?」
俺はつい、疑問を口にしてしまう。
「エクラの振る舞いをして生きるしかない。しかし、その場合は迫害を受けたり兵器扱いをされたり、苦難が多いだろう。俺はある意味、運が良かった。」
ユフィは俺を見て、答えてくれた。さらに、もう少し話していいか、と聞いてきたので、俺たちは大きく頷いた。
「俺の実の父親は、俺が生まれる前にどこかへ逃げたと聞かされている。残された母親は一人で俺を産んだが、俺の耳がとがっていないために自分の子として育てることが出来なかった。」
ユフィは俯きながら、どこかを見つめるように言葉をこぼす。いつも理知的で大人びている彼が、年相応の少年に見えた。
「そこで、俺は実の父親の兄の家に引き取られた。ちょうど同じ時期に生まれた子どもと、双子として育てられた。しかし、十歳で今の学院に入学するときに言われたんだ。」
そこで、ユフィは小さく息を吐き、続きを話した。
「お前は、半分エクラの血があるのに耳がとがっていないから引き取った。期待通り、魔道の才能に優れていた。しかし、本当の子どもだったら純粋に嬉しかったのに。育ててみたら、優秀であればあるほど、お前が憎い、と。…それまで、本当の父と母だと思っていた大人に、そう言われたよ。」
ユフィはどこか、遠くを見つめるかのような目で呟いた。
俺は拳を強く握る。そして、その見たことも無い大人たちを、心から恨めしく思った。目の前にいたら、思いっきり怒りをぶつけたくなった。
「話すのはここまでだ。時間をもらって悪かったな。」
朝の草原に風が吹く。風には少し、夏の匂いが混じっていた。
「どうして、話してくれたんだい?」
俺が問うと、ユフィが俯いたまま答える。
「毒を入れられたとは言え、昨夜は迷惑をかけた。その説明が必要だと思った。そして、ジオリダムへ行く以上、今の国の状況を考えると、俺の血について知っておいてもらった方が、何かあった時に対処しやすいと考えたからだ。」
ユフィらしい理屈を伴った答えだと思った。しかし、彼は少しして、こう続けた。
「…いや、それもあるが…、本当は、ずっと誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。それがたまたま、お前らだっただけだ。」
最後までユフィらしい、皮肉混じりの本音に、俺たちは何となく表情を和らげ、顔を見合わせる。
「俺はもう、いつでも行けるぞ。」
ユフィは何か、照れを隠すように水をグイッと飲んだ。
「無理せんでええのに。」
「のんびりして、何が起こるか分からない。街の門を封鎖されても困るだろう。」
カスガの言葉を遮るようにユフィは言い、荷物をまとめた。
「確かに、僕たちは今、明日にでも戦場になるかもしれない地にいる。どこか落ち着ける場所を目指すほうがいいだろうね。でもユフィ、体調が悪いときはすぐに言うんだよ。」
「そうね、辛いときは無理せず、素直になるのも旅では大切なことよ。素直にね。」
カイも荷物をまとめて言う。マキはあえて、ユフィに足りない部分を強調して言った。俺はそれを面白がってへへっと笑うと、ユフィに睨まれた。
俺たちはジオリダムへ向かって歩き出した。荷物の重さは昨日までと大差無いはずだが、何となく、俺の足は軽かった。そして、五人の道のりが、より共に歩むものだという実感が深まった。




