中継地点より進め《ソラ》
《ソラ》
火罪から目を背け、俺たちは宿へたどり着いた。道中は誰も、何も話さなかった。宿の扉を開けると、一階の定食屋の席にソロが座っていた。
「ソロ…。」
「ああ、君たちか。」
ソロは俺たちを見ると、わざわざ席を立って言う。
「昨夜はオルハを助けてくれてありがとう。お陰で助かった。」
「いや、僕らが少しでも助けになったなら良かったよ。」
カイはそう言ったが、ソロの力であれば一人でもどうにか出来たのではと、俺は思ってしまう。マキが問う。
「オルハはどう?」
「目を覚まして、ベッドで少し横になっている。マキが悪夢を解いてくれたおかげで、体への負担も軽かったようだ。ありがとう。」
マキは良かった、と微笑む。ソロはこうして見ると、陰気な雰囲気は漂わせているものの、物腰柔らかで礼儀正しい青年に見える。
俺たちはテーブルを囲んで席に着いた。
「昨晩の男の火罪のことは?」
カイが問うと、ソロは俯きながら目を鋭くして言った。
「連行したときに聞いていたが、悪手だ。もっと時間をかけて取り調べ、オルハを狙う者たちを突き止めて欲しかったのに。」
そこに、ユフィが言う。
「選挙に利用されたな。希望教の評価をおとし、姫神教を後援につける立候補者の名を上げようという狙いだろう。」
「じゃが、かえって姫神教が残虐に思えて、悪い印象になってしまうがのぅ。」
ユフィの推測に、カスガが違和感を唱える。俺も同意だ。
「世界各地で、姫神教に焦りが見える。希望教を支持する者が増えているし、希望教を信仰する国が明らかに力を増している。」
ソロが淡々と言う。それには俺たちも、覚えがある。実際に新聞紙を介してだが、グランディエへのブランジェの侵攻を目の当たりにしてしまっている。
「希望教は、精霊戦争で確かにその根が絶えたはずなのに…。」
ソロが呟く。その目は伏せながらも、どこか遠くを見つめているようだ。
「なぁ、なんでオルハは狙われているんだい?」
俺は問う。しかし、ソロは目を伏せたまま答える。
「それは言えない。」
「形代狩りかい?」
「いや、違う。」
ソロのその短い返答に、答えないと決めたことは決して口にしないという、固い意志を感じる。
「じゃあ、太陽物語ってなんだい?」
俺が問うと、ソロは少しの間、考えるように黙る。そして、答える。
「それは、僕も探している。」
「何が書かれているんだい?」
俺が合間も無く問うと、ソロがゆっくりと目を向けて言う。
「その真実に、近づく覚悟はあるか?」
「真実?」
俺が問い返すと、ソロは他の四人の顔を一べつして言った。
「世界を変えてしまうほどの、真実だ。」
「それは、姫神教と希望教のことかい?」
俺が踏み入るように問うと、ソロはゆっくりと、まばたきをして言う。
「おそらく。」
俺たち五人は顔を見合わせた。それぞれの顔には疑わしさや戸惑い、恐れに、しかし関心も混じったような複雑さが浮かんでいた。俺は言う。
「俺は、知りたいことが多いんだ。形代として生まれちまったことだとか、あと、そう…。」
俺は止まらない感情が溢れる。しかし、続く言葉が思い当たらず少し考えた。そして、見つけた。
「そうだ。自分が、どう生きていきたいか、知りたいんだ。」
そう、俺はそれを知りたい。少し先の未来や、ずっと先の未来、どう在りたいか。それを知るために、知りたいことがたくさんあるのだ。
俺の言葉を受けるソロの目は、真剣だった。そして、定食屋の注文をメモする紙を一枚取り、何かを書いた。
「これを。」
ソロは何かを書いた紙を、俺に差し出した。
「これは?」
「これを、アリアレジスのディーン皇王に渡すんだ。彼が君を試すだろう。」
思いがけない大人物の名前に、五人で驚いた。
「ディーン皇王とは、知り合いなのかい?」
カイが問うが、ソロは言えない、としか答えなかった。そして、言う。
「僕に伝えられることは、これだけだ。」
「いや、ありがとよ。」
俺が礼を言ってそのメモを隠しにしまうと、ソロは立ち上がった。
「僕は部屋に戻る。僕たちはオルハの調子が戻り次第、出発する。君たちは?」
「…明日には、出発するか。」
ユフィが俺たちに同意を求める。俺たちは迷わず頷いた。きっとみんな、あの火罪の熱狂から遠ざかりたいのだろう。
ソロはそうか、と短く返事をし、部屋へ向かう。
「なぁ、また会えるかな?」
俺はソロの背に問いかける。なんとなく会う気がするし、心のどこかで、彼らをもっと知りたい気持ちもあった。
「…僕とオルハの旅は、昨晩見たように煉獄と隣り合わせの旅路だ。できれば、交わらずにいたい。…でも…。」
ソロは軽く俯いて、何かを考える。そして、言う。
「いや、何でもない。」
そして、ソロは部屋へ戻って行った。その背中は、何かを思い悩む背中に感じた。
俺たちは旅支度を整え、夕飯を取り、早めに寝ることにした。
そして、俺は内側へやってきた。
〈よう。〉
泉の真ん中に、あの憎たらしい黒い結晶が浮いている。
「よう、相変わらず輝いてるな。」
〈ああ、イカしてるだろ?〉
嫌味のつもりで言ったのに、軽くかわされる。
〈お前、本当にそっちで行くのかい?〉
「どういう意味だよ?」
〈太陽物語さ。〉
ネグルの耳は早い。まあ、俺の内側にいるわけだから当たり前だが。
「ああ、よく分からないブツだけどよ、真実を知れるんだろ?」
〈知っちゃっていいのかい?〉
「いいのさ。」
俺は迷わず言った。
〈知ってしまったら、生きていかなきゃいけないぜ。〉
「どういうことだ?」
〈お前は形代だから、差別を受けている。希望教が差別されているから、お前も差別を受けている。〉
「いつも遠回しな言い方で焦らすなよ。ハッキリ言えよ。」
〈過去に立ち返ってみろよ。お前は形代として差別を受けているから、スリや死体漁りをすることを、自分で自分に許していたんだろ?〉
「なに?」
〈まだ若くて差別を受けている可哀想な子どもだから、女王殺害未遂なんて大罪を赦されて、四人の優しい仲間に守られて旅をできている。〉
俺はいら立ちで、口元に力が入る。
〈真実を知ったら、お前は許せなくなるぜ。〉
「真実をお前は知っているのか?」
〈…。〉
「お前のその、自分に都合の悪いことはダンマリなの、心底腹立つぜ。」
〈でもよ、これだけは言える。お前に真実を受け止める強さは無い。〉
その言葉に怒りが爆発しそうになり、俺はネグルを強く睨む。
〈真実はお前が思うよりも強大で、残酷さ。〉
「それでも、俺は知りたい。そして」
〈自分がどう生きていきたいか知りたい、だろ?〉
ネグルがあざ笑うように、鋭く光る。
〈知ってどうする?世界から差別は無くなるのか?こんな醜い世界に、生きる価値はあるのか?〉
俺は正直、あると即答できない自分が悔しい。しかし、声を振り絞った。
「でも、そんな世界でも生きていかなきゃいけない。」
〈なぜ?生きなきゃなんないんだい?〉
「なぜって…。」
俺には分からなかった。改めて問われたところで、そんなことは分からない。
〈家族がいるわけでも、帰る家があるわけでもない、可哀想な浮浪児だろう、お前は。〉
そう言われて、急に心細くなった。確かにそうだ。俺はなんとなく、死ぬのが怖かっただけだ。
しかし、その時ふと、あの四人の顔が頭に浮かんだ。そして、無性に泣きたくなった。でもそれは、悲しくて泣きたいわけではない。俺は息を吸って、言う。
「…俺が死んだら、きっと悲しむヤツがいる。それだけは分かる。」
〈思い上がってるな。〉
「何とでも言え。俺はアリアレジスへたどり着いて、全部知って、考えていく。」
〈そうか。まあ頑張れよ。ああ、そうそう…。〉
ネグルが鈍く煌めく。
〈あのソロとオルハって兄妹、あまり関わらないほうがいいぜ。〉
「あいつらが煉獄の近くで生きてるからかい?」
〈まあ、いろいろとな。〉
「結局ダンマリかよ。」
〈さあ、そろそろ夜明けだ。良い朝を。じゃあな。〉
朝になり、カーテンの隙間から弱い光が差す。珍しく、と言うよりも、初めて俺が一番早く起きた。だいたいユフィが最初に起きて、身支度も終えているのに。時計を見ると、まだ起きるには早すぎる時間だった。
俺は、他のベッドで眠る四人を見る。意外にも、カイとカスガは寝相が悪い。
カイ、俺をグランディエの城下町からずっと守ってくれた、優しいヤツ。最近では剣の扱いも教えてくれる。どこかに燃えるような闘争心を持っており、俺はその心根を知りたい。
カスガ、本当は弱いくらいに優しい、いい兄貴分だ。ほんのり薬品の匂いがする。でも国のことを語るときに見せる卑屈さや、初めて人を殺そうと踏み切ったときにあった暗い部分を知りたい。
ユフィ、俺にとっては魔道の先生で、生活の知恵を与えてくれる存在。年は二つしか変わらないのに、確固たる目標を持つ強さもある。なぜそんなに真っ直ぐに生きられるのか、その強さを知りたい。
マキ、俺に大好きと大切と言う、見知らぬ感情を与えてくれた。彼女は優しく、弱くて、しかし強い。俺はマキに約束をした。強くなると。そして、強く生きていこうと。
俺はもう一度、布団に潜った。そして、拙い知識で思い描く。ユフィと同じ十五歳、カスガとマキと同じ十六歳、カイと同じ十七歳、俺はどうなっているだろうと。どうなっていたいだろうと。やがて、また俺は眠りに着いた。
「ソーラっ、寝坊よ。」
マキの元気な声がして、俺はモゾモゾと動く。
「ほれほれ、起きるんじゃ。」
カスガが俺を布団越しに叩く。結構、痛い。
「もう下の階の定食屋さんが、朝ご飯を用意してしてくれているわよ。ほら、着替えていらっしゃい。」
マキに布団を剥がされて、俺はのそりと起きる。
着替えて下の階に降りると、パンの焼ける匂いがした。浮浪児の頃は、店の外で嗅ぐことしかできなかった香ばしい匂いだ。
互いに挨拶をし、朝食を取る。そして、部屋に戻り出発の準備をする。俺はふと気づく。
「あ、なぁ、このソロからもらった、アリアレジス皇王へのメモ、俺が持ってていいのかい?」
四人が俺を見て、カイが聞く。
「どうして?」
「だって、かなり大事なものじゃんか。財布とか地図とか、俺は管理したことないぜ。」
俺がそう答えると、四人は頷き合って、カイが答える。
「それは、ソラが持っているべきだよ。ソラが知るべきことを知るための、大切なものだからね。」
俺はそう言われ、リュックの中でも大切な物をしまう隠しにメモをしまった。
宿の主人に挨拶をして、出発をする。この街を出るには下り坂を進むだけだから、来たときよりも気が楽だ。
そのとき、上から声がした。
「あ、待って、こっちこっち。」
俺たちが見上げると、オルハが宿の二階から声をかけてきていた。今にも落ちそうなくらい乗り出していて、少し驚く。
「オルハ、元気になったのね。」
マキが言うと、オルハは満面の笑みで手を振った。そして言う。
「助けてくれて、ありがとう。みんなに会えて良かった。」
オルハは笑顔でそう言うが、その話ぶりはまるで最後の挨拶のようだった。だが、俺はあえて言う。
「またな、オルハ。元気でな。」
またな、と言う言葉に、オルハは一瞬だけ顔を曇らせた。しかし、すぐに元の笑顔に戻り、大きく手を振って、俺たちを見送ってくれた。
エルコトルを出発する。街の門までは、嫌でも姫神教会の前を通らなければならない。あの火罪のことを、思い出さなければいけないのだ。
火罪の後は残っていた。柱に縛られた真っ黒な人の形。肉が焼けた、脂の匂いがする。人々は熱狂を引きずっているのか、その後を興味深そうに見学をし、なかには石を投げる者もいた。俺たちは何も言わず、感じないようにし、歩く速度を少しだけ速めて門を目指した。
次に目指すのは、港があるジオリダム、その途中にあるバルセールだ。
「クルエルでも言ったが、バルセールは精霊戦争中にジオリダムから独立した国だ。とは言え、その独立問題は俺たちが生まれるよりも前に解決している。スベルニアとエルコトルのような、異様な事態に巻き込まれる恐れは無い、と信じたいな。」
街道を歩きながら、ユフィが説明する。最後に信じたい、と加えたのは、世界が読めない流れに飲まれているからだろうか。
「ジオリダムとバルセールは、姫神教と希望教の問題は無いのかい?」
俺が問うと、ユフィは少し考えて答える。
「ジオリダムは、そもそも宗教への関心が薄い国だ。一応、婚礼や葬儀といった儀式のために、形だけ姫神教会が力を持っているがな。」
「そんな国もあるんだな。」
「ジオリダムは宗教よりも、魔道への研究に力を入れている。半端な司祭よりも、魔道の研究者のほうが権力を持っているような国だ。」
俺たちは興味深そうに声を上げる。今までに、そんな国は無かったように思うからだ。カスガが問う。
「バルセールはなぜ独立したんじゃ?」
「ああ、ジオリダムは元々、ソクアヴェスタの魔道士や研究者が、トール大陸に流れて来て築かれた国だ。何百年と前にな。だから、ジオリダムの歴史をたどれば希望教がある。今は信仰より魔道だがな。バルセールは、そんなジオリダムでも希望教への信仰を忘れなかった者たちが集まって独立した国だ。」
ユフィのその淡々とした説明を聞き、俺たちは警戒し、問う。
「そんな国を通るって、また希望教のヤツや殉教の魔道士とかち合うんじゃないのかい?」
「いや、バルセールの独立を認める際に、ジオリダムとの間で協定が結ばれている。希望教の信仰は認めるが、殉教の教えを広めることは許されないという内容だ。それは姫神教会が間に立ち、国際的に固く結ばれたものだ。」
ユフィが説明すると、カイが付け加える。
「なるほど。宗教問題でゴタゴタするより魔道の研究に力を入れたいジオリダムと、希望教への信仰も大切にしたいバルセールとで、互いに良い条件のもと結ばれた協定なんだね。」
ユフィは頷くが、俺たちには一抹の不安が拭えない。訪れる国や街の多くで、想像と違う事態がこれまで起こってきたからだ。
そんな話をしながら街道を進んでいると、遠くから旅人がこちらへ向かって来るのが見えた。数人ではない。二十人ほどだろうか。それも、馬車や荷台を使って、大掛かりな移動をする者たちのように見える。
俺たち旅人は、街道ですれ違う際には気軽に挨拶をする。敵意の無い証明としてだ。もちろん、盗賊が旅人に扮していることもあり、すれ違ってすぐは気を抜けない。しかし、こちらへ向かってくる大人数の旅人は、遠目に見ても足取りが重く、疲れているのが見て取れる。
やがて旅人たちとすれ違う瞬間が訪れ、俺たちは挨拶をした。相手は誰も皆、深くフードを被り、疲れた表情でこちらを見ず、力の無い返事を返して来た。
「…エイベル?」
ユフィが一人の男に声をかけた。男がこちらを向く。男と言っても、ユフィと同じ年頃の若者だ。
「…ユフィ?ユフィなのか?」
エイベルと呼ばれた薄い金髪の若者が、少し明るい表情になる。そして、続ける。
「お前、留学の旅に出て随分長いこと帰らなくて、心配したよ。」
「ああ、グランディエでいざこざに巻き込まれて、遠回りをしてしまった。」
エイベルと話すユフィの表情は、心なしか和やかだ。エイベルは、彼らは?と聞いてきたので、俺たちはそれぞれ名乗った。
「改めて紹介する。彼はエイベル。俺と同じく、ジオリダム国立魔道学院の学生だ。」
ユフィはそう言って、エイベルは軽く頭を下げる。しかし、エイベルの表情はなおも暗い。そして、エイベルは重い声で言う。
「ユフィ、悪いことは言わない。バルセールもジオリダムも立ち寄るな。」
その言葉に、俺たちは顔を見合わせる。ユフィが問う。
「何かが起きているのか?」
「これだよ。」
エイベルはフードを外した。すると、とがった耳が見えた。セーラと同じ、エクラ種の特徴だ。
「ジオリダムは、エクラ種を使って戦争を始めようとしている。今、俺たちエクラに居場所なんて無いのさ。」
「戦争?」
エイベルの言葉を疑うように、ユフィが問う。
「ユフィ、お前が留学している間に、ジオリダムは変わった。長年の魔道の研究をもって、バルセールへの侵攻を始めようとしている。」
ユフィは信じがたい言葉を受け止めようと、顔をうつ伏せる。
「エイベル、あんたのエクラの力を利用しようとするヤツらがいるんだな?」
俺が問うと、エイベルは頷いた。
「よく勉強してるな。この集団は、みんなエクラ種だ。戦争の道具になるくらいなら、学生の身分や職を捨てて逃げようと、歩いていたところだ。」
エイベルはそう言うと、少し考えて、さらに続けた。
「まあ、南に行けば独立と宗教問題に揺れるスベルニアとエルコトル。北へ行けば身分による階級差別が激しいレシオ。正直、八方塞がりだ。」
エイベルがそう弱音を漏らすと、同行者にそろそろ、と促される。
「じゃあな、ユフィ。お前は普通の人間だから、たとえ戦争になっても、最前線に立つことは当分無いだろう。元気でな。」
エイベルはフードを被り直し、街道を進んで行った。ユフィはかける言葉を見失ったまま、彼を見送った。
「それで、どうするんじゃ?」
少しの沈黙を、カスガが破る。食糧の調達などを考えると、バルセールに立ち寄る必要はある。そして、アリアレジスへ行くためにも、港のあるジオリダムを目指す必要がある。
「行くしかないんじゃないか?」
俺が言うと、ユフィにしては珍しく、深く考えを巡らせているようだった。
それは、後にして思えば覚悟を固める時間だったのかもしれない。
「…早々にバルセールとジオリダムへ行こう。そして、船に乗る。」
ユフィは迷いながら結論を出した。その両国に、希望教や殉教の魔道士が、どれほど関わっているかは分からない。しかし、俺たちは進むしか無い。
俺たちは再び歩き出した。平坦なはずの道が、妙に険しく感じられた。




