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【太陽物語】 夜明けへ進む少年は  作者: 立花ハル
《第四章 トール大陸北上、二つの宗教》
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エルコトル、鮮血の黒影《ソラ》

《ソラ》


 その備蓄庫は街の外れにあった。昼間も建物の影になるところにあるせいか、昼夜関係なくカビ臭さを漂わせている。

「元々砦だったこの街には、籠城ができるようにこうした備蓄庫があちこちにある。そのうえ、この備蓄庫は脱出路にも続いているようだ。」

「なるほど、じゃからこんな街の外れにあるんじゃな。」

 ソロの説明にカスガが(うなず)くと、ソロは不思議そうに(つぶや)く。

「しかし、なぜすぐに連れて逃げない…?」

「ソロ、オルハはなぜさらわれたんだい?」

 カイが問いかけると、ソロは目を合わさずに答えた。

「それは言えない。」

「では、質問を変える。敵は殉教の魔道士だけか?救出のためにも、相手の情報は知っておきたい。」

 すかさずユフィが問う。

「いや、魔道士だけとは限らない。僕はこれまで魔道士に限らず、様々な武器を持つ敵を退(しりぞ)けてきた。喧嘩程度の実力のゴロツキもいれば、歴戦をくぐり抜けた傭兵を雇われたこともある。」

「…なかなか苦労が多そうだな。」

 ソロの答えを聞き、さらにこの兄妹が謎めいていく。そこまでしてさらわれるオルハ、そしてそれを守っているソロ。それを狙う未知の敵。

「行こう。ここからは八方に敵の目があると思ってくれ。僕とカイ、カスガが前衛、ユフィは魔道で援護、ソラは結界か魔道で援護、マキは補助を頼む。」

 ソロが慣れた様子で指示を出す。カイが一つ意見を出す。

「もしも挟み撃ちになったらどうするんだい?備蓄庫内は、通路になっていそうだけど。」

「そのときは、武器が小ぶりなカスガが最後尾に回るのが早いだろう。それでいいか?」

 カスガは頷く。

 ソロが剣を抜き、俺たちも武器を構え、備蓄庫へと足を踏み入れた。


 備蓄庫の内部は、下りの階段や坂が続く。

(あか)りはいるか?」

「頼む。」

 ソロに頼まれ、ユフィが少しの詠唱のあとエードルムを唱える。ユフィの指輪から光が差す。ロンソ村の洞穴(ほらあな)を思い出した。

「風の流れからして、道は一つじゃなさそうね。」

「きっと、砦から脱出するのに敵を(あざま)くためだろうね。」

 マキとカイの会話を聞き、ソロが問いかける。

「マキ、君は風が読めるのか?」

「ええ、私、風瓏(ふうろう)の民の血を引いているの。」

 それは、セオドアが見せた夢でマキが言っていたことだ。ソロはそれを聞き、そうか、と顔を(うつむ)かせた。そう思った瞬間のことだった。

「上だ。」

 ソロが勢いよく、天井向かって細い針を投げる。針は鋭く走り、何かを刺した。

「な、なんだこれっ。」

 俺の足元に、目玉が落ちてきた。針が刺さった目玉はピクピク動き、やがて色を失い、砂となった。

「殉教の魔道士が、死者の目を使って僕らの様子を監視しているようだ。」

 ソロが冷静に説明する。どうやら、ソロには慣れた世界のようだ。

「ソロ、ヌシは暗器まで使うんか。」

 カスガが眉根を寄せて尋ねる。目玉に刺した針は、刺繍などに使うものではなく、人の急所を狙うための武器だ。いわゆる、裏の世界で生きる者の武器だ。

「昔、知り合いから教わった。」

 もうようやくだが、俺たちはこの男のことを深掘りするのをやめようと思った。たとえ探ったとして底が見えることが無さそうだし、知ってはいけない世界を開いてしまう危うさがあった。

「殉教の魔道士がいたら、殺さずに僕に回してくれ。先ほどの要領でオルハの居所を聞く。」

 ソロが何の躊躇(ためら)いも無く言う。それに俺たちは、疑問一つ言うことなく歩き出した。


 歩き進めると、内部は思った以上に複雑だった。通路の途中に小部屋がいくつかあり、その一つ一つを開けなくてはいけない。部屋はどこも(ほこり)が積もっており、不衛生な環境だった。

「予想と違うな。」

 ソロが呟く。

「いつもなら、もっと敵の襲撃が多い。罠も仕掛けられているはずなのに。僕を殺そうとしていないように感じる。」

 俺たちはもう、ソロの発言に驚かなくなっている。ただ、その殺伐とした世界への想像を膨らませるばかりだ。

「ソロ、さっきのメモ、もう一度俺に見せてくれないかい?」

 ソロは何も言わず、メモを渡してきた。そして、先ほどのようにプロクスを唱え、指先に火を(とも)す。

 銀の糸の光景を、俺はもう一度観察する。

 そこで、俺は衝撃を受ける。

 ヤツがいたのだ。

 血のように赤い目の少年。ヒューだ。

 オルハの横に、ヒューがいる。

 あまりの驚きに、息をするのを忘れてしまった。こちらに向かって何かを言っているが、音声は聞こえない。俺は口の形を、注意深く見た。

〈キタ、キタ、キタ…〉

 そこで、銀の糸の光景は途切れた。

「ソラ、ソラ…っ。」

 マキに背中を軽く叩かれて、俺は呼吸を思い出した。額に汗が流れているのを感じる。

「どうしたんじゃ、だいぶ様子がおかしかったぞ。」

 カスガが心配げに俺の顔を覗くが、俺は俯いたまま、目にした光景を頭で整理し、そして話した。

「あいつがいた。ヒューだ。アルデールで異様な雰囲気を持っていた、殉教の魔道士。」

 それを聞いたソロ以外の四人に、緊張感が走る。みんな、あの奇妙な夜を思い出したのだ。

「セーラと一緒にいた、あの少年だよね?その、不思議なというか、歪な感情を持った…。」

 カイが言葉を選びながら言う。俺たちは曖昧に頷く。なんとなく、ヤツをどう言い表して良いか、(つか)みどころがない。

「ヒューか。ソクアヴェスタの言葉で、《輝かしき王者》を意味する言葉だ。」

 ソロがどこか遠くを見るような目で呟いたあと、俺たちを見て言った。

「偶然かもしれないけれどな。ソクアヴェスタの血を持ち、生まれながらに殉教の教えに染まった魔道士のように、僕は感じる。一層警戒を深めよう。」

 ソロが言うまでも無く、そのつもりだ。そして、俺は言う。

「ヒューが言っていたんだ。…と言っても、口の形だけだけど。キタって。」

「…誘い込まれているのか?」

 ユフィが呟く。

「それならば、行こう。」

 ソロは上着の隠しから包囲磁石を出し、北を確認すると、迷いなく歩み出した。俺たちもそれに着いて行く。

 しかし、俺の心臓は平静を保っていなかった。ヒューに刺された、あの言葉を思い出す。

《弱いとさ、ああいう弱い人間に殺されちゃうよ?気をつけて、生き延びて、また会おうね?ソラ。》


 俺たちは北を目指し、しばらく歩いた。通路は入り組んでいるが、小部屋を確認しながら着実に進んだ。その間、緊張の糸は途切れなかった。

 やがて、一つの扉にたどり着いた。俺は直感する。

「ここだ。」

 それは、他の小部屋と変わらない古びた扉だ。

 しかし、俺のなかを震わせる、何かが扉の向こうにあるのを感じた。それは俺に声をかける精霊とも、召喚獣に感じた鼓動とも違う、新しい反応だった。声も無いのに、何かが呼びかけてきている。

「開けてみよう。」

 俺の予感を疑うことなく、ソロがゆっくりと扉を開ける。


 扉が開くのと同時に埃が舞い上がる。視界は悪いが、あのやけに明るい声が聞こえてきた。

「いやー、待ってたよ、遅かったね。」

 前衛の三人が埃を払いながら、部屋へ踏み入る。

「あ、そこまでにしてね。それ以上進んだら…。」

 俺たちは六人とも部屋に入り、ようやく視界が鮮明になったとき、ヤツが見えた。

「それ以上進んだら…、あれ、どうしよう?」

 ヒューだ。オルハの横で、わざとらしく頭に手を置いてトボける素振りをした。ソロは言う。

「オルハの命を奪うことは、お前たちに許されていないはずだ。」

「そうなんだよねぇ、困ったなぁ。この子が盾だと、殺すっていう脅しができないんだよ。でもさ…。」

 ヒューはそう言うと、横たわるオルハの足元にナイフを当てて言う。

「足の腱?っていうの?この辺かな?それは、切っちゃってもいいよね?」

 そう言うヒューの表情は、アルデールを思い出させる無邪気な笑顔だった。

「ふざけるなっ、オルハを返せっ。」

 俺は一歩踏み出して叫ぶ。

「ふふっ、ソラ。久しぶり。よく生きてたね。」

 俺はあの夜を思い出し、悔しさを持ってヒューを睨んだ。

「オルハの状態を教えろ。」

 ソロが冷静に問いかける。

「今?悪い夢でも見ているんじゃないかなぁ。」

 ヒューがそう答え、俺たちは横たわるオルハの顔を見る。

「う…、お兄ちゃん…、死なないで…。」

「オルハっ。」

 無感情なソロに、動揺の色が見えた。ユフィは呟く。

「セオドアの魔道…?」

「よく分かったね。なかなか便利だし、面白い魔道でいいね、これ。自分も悪夢を見ちゃうのはキツイけど。」

 ヒューは余裕たっぷりに言う。

「なぜオルハをすぐに連れ去らなかった?これまではオルハを捕えるとすぐに逃げ、僕を殺しにかかっていたはずだ。」

 ソロが問うと、ヒューは少し考えながら答える。

「うーん、どこまで言っていいんだろ?…そうだなぁ、二つが偶然…いや、言い過ぎだなぁ…。」

 軽い調子のヒューにしては、歯切れが悪い。すると、ソロが切り込む。

「太陽物語か?」

 俺は驚いてソロを見上げる。

 太陽物語。グランディエでアンディが言っていた、精霊の形代(かたしろ)の説明書だ。なぜ、今その名が出るのか。

「太陽物語を、お前はどこまで知っている。」

 ソロは再び問うが、ヒューは薄く笑みを浮かべているだけだ。赤い目は暗い。そして、言う。

「逆にさぁ、ソロ、君が知らなすぎるんだよ。逃げ回るだけの生活で、何も掴んでいない。」

 ヒューは馬鹿にするように、ははっと乾いた笑い声を上げて、続ける。

「まあ、そう言う僕も知らないことが多くて困ってるんだけどさっ。」

 そう言うとヒューは、ゆっくりと腕を上げ、手のひらをこちらに向けた。その時、感じたのだ。

「銀の糸だ。」

 突然声を上げる俺を、みんなが見た。ヒューは言う。

「なんだ、ソラ。少しは成長してるんだ?」

 俺は導かれるように、歩み寄る。カイが止める。

「ソラ、危険だ。」

「大丈夫、何もしないよ。そう、実験さ。」

 実験。あの喋る影が言っていた言葉。気にはなったが、それどころでなく、俺は吸い寄せられるように、ヒューの手のひらに自分の手のひらを合わせた。そして、プロクスで空いた手に火を灯す。


 落ちて行く感覚。塗り潰された黒いペンキ。散りばめられた星空。

 しかし、それは一瞬だった。ほんの一瞬、深く暗い水の底に引っ張られる感覚だ。そして見えた。

 黒い髪に青い瞳の男。立派な身なりの男だ。

 すぐに、上に引っ張られる感覚がした。戻される。あまりの目まぐるしさに息を忘れる。


 ハッと息を吸うと、元の埃くさい小部屋に戻っていた。ヒューと手のひらを合わせたままだ。

「何が見えた?」

 ヒューは好奇心を宿した目で聞いてきた。

「男だ。黒い髪に、青い瞳の。いい服を着てた。」

「他は?」

「それだけだよ。」

 俺が答えると、ヒューは大きくため息をつく。

「なぁんだ、ガッカリだよ。期待外れ。」

 そしてヒューは目をカッと開くと、俺は後ろに飛ばされた。カイとカスガが受け止める。

「まだ、導入にすら立っていない。」

 ヒューの一言は意味深だった。しかし、問い返す間も無く、ヒューの腕に彫られた刺青(いれずみ)が輝く。全員、戦う体勢をとった。

 その時、小部屋の壁が大きく崩れた。そして、五人の男がなだれ込んで来た。俺は叫ぶ。

「飯屋のヤツらっ。」

「なんだぁ?お前らが標的か。」

 飯屋で迷惑をかけてきて、謝ってきた長身の男だ。男は槍を構えて、さらに言う。

「まあ、傭兵やってるとよくあることだ。報酬分、殺させてもらうぜ。」

「待てっ。」

 ソロの叫んだ方を見ると、ヒューが薄い笑顔を浮かべて影に溶けていた。

「ソラ、まだまだ経験を重ねて強くなって、生き延びてね。」

 去り(ぎわ)に、ヒューはそれだけを言い残して完全に影に溶けた。


「兄貴、こいつが噂の《鮮血の黒影(こくえい)》だ。」

 敵の一人、俺たちのテーブルに飛び込んできた巨漢がソロを指して言う。

「こいつが…。こんな若くて細いとはなぁ。」

 長身の男が、槍の先端をソロに向けて言う。

「見た目に惑わされるな。数々の戦場で、何人もの強者を仕留めたって言う噂だ。まあ、その分、首にかかった賞金も高い。確実に殺すぜ。」

 そんなあからさまな敵意を向けられても、ソロの目は冷静に敵を、そして小部屋の隅で眠るオルハを捉えている。


 俺は敵を観察する。

 まずは、長身の男。槍を構えており、指揮を()っているようだ。

 次に、斧を構えた巨漢。隣に、剣を構えた男。

 後衛には、殉教の魔道士が二人。

「カイ、カスガ、槍の使い手を相手にしたことは?」

 ソロが問う。

「僕は戦場で何回か。」

「ワシは無い。」

「じゃあ、槍は僕が相手しよう。カスガは斧の男を、カイは剣の男を頼む。」

 二人の答えを受け、ソロが冷静に指示を出す。二人は返事をし、それぞれの相手の前に立つ。

「ソラ、俺は後衛の魔道士を同時に叩く魔道を詠唱する。少し時間がかかる。お前はアッシュを召喚し、殉教の教えを防御しろ。」

 ユフィの指示に俺は返事をし、ナイフを構える。

「頼むぜ、アッシュっ。」

 俺の呼びかけで、胸元が光る。そして、小さなハリネズミが現れる。

〈つ、強そうだね。でも僕、頑張るよ。〉

「頼りにしてるぜ。」

「マキ、オルハにかかった魔道を()けるか?」

「解けるわ。少し時間をもらうけど。」

 ソロの問いにマキが答える。ソロは頼む、と言って剣を構える。


「メウィティカ人の小僧、そんな小せえナイフ、俺の斧で粉々にしてやるよ。」

 カスガの深緑色の瞳が、相手をまっすぐに捉える。男は斧を横に大きく振るうが、カスガは軽々とかわし、男の背後へ回り込む。そして、回り込んだ勢いで小刀(こがたな)を振り下ろす。

「なんじゃっ。」

 カスガの小刀は弾かれる。

「はっ、そんなナイフじゃあ無駄だ。」

 男が上着を脱ぐと、分厚い鎧が現れた。

「小僧、人を殺したことねぇな?傭兵なら容赦なく首を狙うぜ。」

 痛いところを突かれたカスガの目に、迷いが現れる。

「カスガっ、無理をするな。こちらを片付けたら、僕が仕留めるっ。」

 ソロがカスガに呼びかける。

「ちっ、なめられたもんだな。」

 長身の男の槍が、連続でソロへ向かう。ソロはそれをかわし、槍の()を剣で弾き攻撃を防ぐ。

「さすがだな。慣れてやがる。」

 一方のカスガは、防戦に徹している。

 その間、殉教の魔道士の魔道が俺たちに降り注ぐ。それは火の粉であったり、針の雨であったりした。殉教の魔道士の足元には、動物の死骸が転がっている。それはボロボロで、何の動物であったか判別がつかない。どうやらその死骸を犠牲に、魔道を使っているらしい。

〈大丈夫、大丈夫…。〉

 アッシュはそう呟きながら、相手の魔道を瞬時に感知し、適切な結界を展開する。

〈ソラぁ、結界なら任せてっ。魔道の詠唱しても大丈夫だよ。〉

「本当かっ。ありがとよ、アッシュ。」

 俺はカスガを援護しようと、氷の魔道を組み立てる。できるだけ鋭く、鎧すら貫くような氷を想像する。

 カスガが殺せないなら、俺がやる。

「ソロ、加勢する。」

 カイは既に、剣の男を仕留めていた。俺はその瞬間を見ていなかったが、敵の首の斬り傷から血が流れている。

「やるな、金髪。紛争地帯の元兵士で、結構な剣の使い手だったんだがな。」

 仲間の死に何の動揺もせずに、長身の男が槍を大きく振るう。

「カイ。君は槍の矛先を自分に向けてくれ。僕が隙をついて仕留める。」

「分かった。」

 二人の剣士が、槍の使い手に立ち向かう。

(わり)いな、槍は敵が多くても、簡単に窮地に立たねえ武器なんだ。」

 そう言う通り、男は槍を横に振ったり素早く突いたりし、隙を作らない。カイが提案する。

「槍の柄は切れないか?」

「何度か(こころ)みたが、手強い。」

 ソロの言う通り、槍の柄には斬り傷が多く刻まれている。


「メウィティカの小僧、さっきからクルクルと踊ってんのか?」

「くそっ。」

 男の斧は一撃こそ重いが、カスガからしたら簡単にかわせる一振りだ。しかし、とどめの一手に踏み込めない。

「メウィティカの武人ってよ、戦場で恐れられる存在だったんだけどなぁ。」

 斧の男は馬鹿にするように挑発する。

「精霊戦争中に鎖国しているうちに、弱虫だらけになったか。」

「てめぇ、カスガを馬鹿にするなっ。」

 俺は腹が立って叫ぶ。

「今に見てろよ、お前のそのドテ腹、貫いてやるっ。」

 斧の男の殺意が、俺へ向けられる。その瞬間。

「なっ…。」

 男の首から血が吹き出す。俺は呼ぶ。

「か、カスガ…。」

 カスガが、返り血で真っ赤になっていた。いつもの温和な顔に陰が差し、目には一瞬戸惑いの色が浮かんでいた。しかし、すぐに立て直し、槍の男へ立ち向かおうとする。


「できた。」

 ユフィが呟く。手の上の本から光が放たれる。

「雷鳴よ、轟音とともに走れ、グロームっ。」

 ユフィの呪文によって雷鳴が轟く。雷は二人の魔道士の芯を貫くように注ぎ、あまりの眩しさに目を(つむ)る。すぐに目を開くが、その時には二人の魔道士は真っ黒に焦げ、崩れるように倒れた。

 同時に、ドスンと大きな音も聞こえた。長身の男が前のめりに倒れていた。手元から落ちた槍を、カイが遠くへ蹴飛ばす。男は息も絶え絶えに話す。

「こ、殺せよ…。」

「いや、お前は姫神教会へ引き渡す。そして、お前の雇用主を潰してもらう。僕たちを追う者を減らすために。」

 ソロは冷淡に説明し、男の足から流れる血を手に取り、男の目を覆った。そして、すぐに男は動かなくなった。

「殺したのか…?」

「眠らせただけだ。」

 俺の問いに、ソロが短く答える。


 戦いは終わった。アッシュは俺の胸へ戻り、一気に疲労感が襲ってくる。しかし、俺の状態などどうでもいい。

 カスガとユフィが、立ち尽くしている。

 二人とも、人を殺したのだ。その事実を受け入れようとするように、それぞれ小刀と本を見つめている。カスガが気持ちに区切りをつけたのか、腰に着けた(さや)に小刀を近づけた。しかし、上手く納められず、小刀を落としてしまった。小刀の軽い音が響く。

「カスガ。」

「お、おう、ありがとの。」

 カイが小刀を拾い、カスガに渡す。

 人を殺めた小刀。それを今、カスガに拾い渡せるのはカイだけの気がした。

「マキ、オルハは。」

 ソロが、オルハの顔を覗く。

「いろいろな音を聞かせて悪夢は解けたようだけど、目を覚まさないの。」

 マキの言う通り、その寝顔は穏やかだ。俺もオルハの顔を覗いてみる。

 すると、あの声が聞こえた。俺は目を閉じて、耳を澄ませる。


「見つけて…。」

 鈴のような声だ。銀の糸の、最後に聞こえるあの声だ。

「私を、見つけて…。」

 真っ暗闇のなか、声が聞こえる。掴んでやらないと、今にも消えてしまいそうなか細い声だ。

 声の方へ目をやると、遠くに太陽が見えた。しかし、その太陽が朝日なのか夕日なのか分からない。不安定に不確かな光を放つ、曖昧な太陽だ。

 その太陽を背にして、誰かがしゃがみこんでいる。オルハだ。オルハはしゃがみこんで、顔を伏せている。

「オルハ。」

 俺が声をかけると、泣きそうな顔のオルハが顔を上げる。なぜか分からないが、彼女の悲しそうな顔を見ると後ろめたい気持ちになる。

「オルハ、帰ろうぜ。」

 オルハの背後の太陽は、不思議な輝きを放つ。

 俺は太陽の方へ、大きく声をかける。

「ようやく話せたな。大丈夫さ、いつか俺が見つけてやる。待ってろ。」

 俺の声に答えるように、太陽の光は遠ざかっていった。それは遥か遠く、人がたどり着けないほど遠く彼方に感じた。

「オルハ、戻ろうぜ。」

 俺が手を差し出すと、オルハが手を伸ばし、二人の手が重なった。


 その瞬間、俺の頭のなかで、金と銀の糸がぐちゃぐちゃに絡まる。俺は初めて目にする金の糸に戸惑う。その糸は(ほど)こうとしても複雑に絡み合い、俺の脳を掻き乱す。

 そして、俺一人では整理し切れないほどの大きな声の渦が巻き起こった。

 声はどれも切り裂くような悲鳴や怨嗟(えんさ)の声で、その内容を聞き取れない。俺の体ごと張り裂こうとする勢いだ。まともに向き合っては、自分が壊れそうだ。俺は溺れる感覚で必死に腕を振り、声を払おうとする。

 そんななか、唯一、確かな理性を持った声が脳に直接響く。

「お前は、世界のためにその命を捧げるのだ。」

 その迷いの無い、重々しい声が脳に残る。


 埃くささが鼻と喉にこびりつく。俺は、意識を小部屋に戻した。頭には、あの重々しい声が残響している。

「ソラ、大丈夫かい?」

 カイに問われ、俺はしっかりと頷く。

「オルハ…っ。」

 マキの声がしてオルハを見ると、彼女は目を開いていた。目はまだぼんやりとしている。

「オルハ、僕が分かるかい?」

 ソロの問いかけに、オルハが彼へ目線を移す。

「お兄ちゃん…。」

 俺たちは安心するように息をつく。オルハは続ける。

「お兄ちゃん、太陽物語って、何…?」

 ソロの顔が、瞬時に固まる。オルハが意識を失っていたときの言葉を、なぜ彼女は知っているのか。

「…それは、いつか分かるはずだ。」

 ソロにしては、ぎこちない答えだった。


 俺たちは、疲れた体を何とか奮い立たせて現状を整理した。

 まず、オルハがさらわれた時のこと。ソロが傭兵の仕事で、オルハが一人で宿にいた時、外から子どもの泣き声が聞こえたと言う。オルハはソロに外出をしないよう言われていたが、その声を放っておけずに外へ出たところ、複数の男に拘束されさらわれたと言う。

 そして、謎のメモ。メモは二枚存在した。一枚はソロが手にしていたもの。もう一枚は、オルハが囚われていた部屋の壁に貼られていた。

 書かれた内容は同じだ。メモの意図は分からないが、俺には直感があった。ヒューの挑戦状じゃないか。俺たちを小部屋へ導くための、それ以上に何か大きな運命へ誘うための、呼び水に感じた。

 次に、妙に手練れの傭兵たち。ソロ(いわ)く、自分たちを狙うのに傭兵が仕向けられることは珍しくないという。しかし、今回の傭兵は明らかに技術に優れていたらしい。


 後になって、カイは言う。

「ユフィが放った雷の魔道、そのほんの一瞬の隙をソロは逃さずに、命を奪うことなく捕らえた。単純に命を奪うよりも、生かしたまま捕らえるのは難しい。あの場において、一番の強者(つわもの)はソロだったよ。」


 長い備蓄庫を抜け、外に出ると朝日が遠くに見えた。しかし、俺たちの心は何も照らされない。

 特にカスガとユフィは、何かを失ってしまったような、朝日が届かない目をしている。カスガが呟く。

「カイが、戦場のことを話したがらない理由が、よう分かった。」

 俺はその言葉を追求しなかった。できなかった。追い詰められたとは言え、自分の意志で命を奪った者の内部に、土足で踏み入るなんてできなかった。

 俺たちより少し遅れて、マキに支えられながら歩くオルハと、長身の男を背負ったソロが備蓄庫から出て来た。ソロは言う。

「僕はこのまま、この男を姫神教会へ引き渡す。男の背後につく組織を明らかにしてもらうために。君たちに、オルハを任せていいか?」

 俺たちは迷わず頷いた。ソロは頼む、と一言だけ言うと、姫神教会へ歩いて行った。


 俺たちは何も話せず、宿へ戻った。

 カスガは真っ先に井戸へ向かい、返り血を必死で洗いながす。もう爪の間も綺麗になっていると言うのに、繰り返し手を洗っていた。

 ユフィは早々に着替えなどを終えると、すぐにベッドに入った。いつもなら交わす、おやすみの言葉を誰も言わなかった。

 マキは足元がおぼつかないオルハをベッドに寝かせ、その安らかな寝顔を見ると、兄妹の部屋を出た。そして俺たちの部屋に来ると、ベッドに座る俺の横に座った。

「ソラは、大丈夫…?」

 その大丈夫が、体の傷なのか、別の傷なのか、なんとなく察しはついた。俺は、敢えて大げさに言う。

「ああ、全身全霊ピンピンしてるさ。」

 俺の言葉に、マキは顔を曇らせる。

「…私は、大丈夫じゃないわ。みんなが傷ついているのに、何もできなかった。」

 マキの紫の瞳が陰る。そんなことを言ったら、俺だってそうだ。アッシュの結界魔道頼りで、俺自身は何の援護もできなかった。

 ふと目をやると、カイはいつも通り、寝る前の習慣としている剣と靴磨きをしている。

「カイは、いつも通りなんだな。」

 俺が言うと、カイは静かにこちらを見て言う。

「いつも通りじゃないから、いつも通りでいようとしているんだよ。」

 俺はその言葉が、不思議と沁みた。

 カイも、カスガやユフィのように、自分の意志で人の命を奪った経験がある人間だ。いつもの自分を見失ったことがあるのだろう。そして試行錯誤の末、いつも通りの自分に戻るための習慣を見つけたのだろう。


 そんな会話をしていると、俺たちは限界を迎えた。井戸から戻ったカスガは、着替えることなくベッドに潜る。俺も激しい睡魔に襲われて、落ちるように眠りについた。

 しかし、夢の中で男の声が残響する。

〈お前は、世界のためにその命を捧げるのだ。〉

 俺たちは誰も、昼過ぎまで眠りについた。


 やがて、眠りを(さまた)げる鐘の音が重く響いた。

「な、なんじゃ?」

「緊急集合の鐘だ。」

 起き抜けのカスガを横目に、素早く身支度を終えるカイ。いつもなら寝ぼけ(まなこ)でぼんやりする彼は、こういう時は素早い。俺たちはまだ疲れの残る体を引きずって宿を出た。

 市民がみな、どこかを目指して早足で歩いている。どの人も妙な熱病に侵されているような、普通でない様子に見えた。俺たちも、その人の群れを追いかけた。


 やがて、姫神教会の前にたどり着いた。姫神教会は、元は砦であった街であったため、言われなければ教会と分からない無骨な建物だった。

 人だかりの先に、あの長身の男が見えた。男は柱に縛り付けられ、その足元には木や紙屑が積まれている。

「この男は、希望教会によって雇われ、昨晩、誘拐事件を実行した犯人である。」

 姫神教の十字架が書かれた法衣を着た司祭が、高らかに説明する。

「現場には他に、四体の死骸があった。エルコトルの秩序を乱す者には罰を。今からこの者を、火罪(かざい)に処する。」

 人だかりがざわつく。しかしその声は、どこか高まる興奮を感じさせた。

「カザイって?」

「火あぶりの刑のことさ。」

 俺の問いに、カイが強張(こわば)った表情で答える。

「無論、男を雇った希望教会の首謀者については、引き続き調査を続ける。火を。」

 司祭の声により、男の足元の木や紙屑に火がつけられた。人だかりは、その火が次々と燃え移っていく様子を、好奇心に満ちた目で見ている。

「この男が死後、煉獄を超え、神海(しんかい)にたどり着くことを祈りましょう。」

 火が、男の足元に移ろうとしている。

「戻りましょう。私、ここにいられない。」

 マキは顔を真っ青にしている。俺たちもすぐに人だかりを抜けて、宿へ向かう。少し歩くと、人だかりから祭の最中を思わせる、熱狂の声が聞こえた。


 俺はその声に、過去の国旗や王族の肖像画を燃やすコーダの民を思い出した。何かが燃える匂いが鼻を刺し、俺たちは足を速めた。

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