エルコトル、黒と金の兄妹《ソラ》
《ソラ》
俺たちは市場で買い物を済ませて、宿へ戻った。ユフィは坂道に苦労し、その足取りは重い。宿の一階、定食屋の扉を開けると、オルハが席に着いていた。本を広げているが、退屈そうに頬杖をついている。
「オルハじゃない。」
「あ、マキ。みんな。」
オルハは俺たちに気づくと、顔をパッと明るくし微笑む。
「留守番か?」
カスガが問うと、口を尖らせながら、まあね、と答えた。
「今日は休日で、人通りが多いでしょ。そういう日は、お兄ちゃんが外へ出してくれないの。」
「へぇ、意外と過保護だね。」
俺が言うと、オルハはでしょ?と困り顔で笑う。
「ねぇ、もし時間があるなら、一緒にお茶でもどう?旅の話でもしようよ。」
オルハの提案に、俺たちは喜んで賛同した。
オルハとマキが一緒にメニューを見て、紅茶やお菓子を注文した。カイ曰く、こういう時は女性に任せるのが一番だとのことだ。紅茶やお菓子はすぐに運ばれてきた。俺は初めて見るそれらにワクワクする。紅茶はとても良い香りがした。ユフィがすぐにすすったので、俺もそうしてみる。
「苦っ。」
カイとマキ、それにオルハも微笑む。カスガもその苦さに驚いていた。
「苦いのがダメなら、砂糖を入れてみたら?」
マキに言われて砂糖を二杯入れると、程良い味になった。
「ユフィは苦いほうが好みなんだっけ。」
「と言うより、甘いものが苦手だ。」
そんなカイとユフィのやり取りを聞き、そう言えばクルエルでそんなことを言っていたな、と思い出した。マキが会話を切り出す。
「ねぇ、オルハは何歳なの?」
「私はこの春で十五歳になったよ。」
「じゃあユフィと同じだね。」
カイがそう言うと、オルハはユフィを向いて微笑んで言う。
「そうなんだ。でも、ユフィのほうが落ち着いているね。」
「最初はぶっきらぼうなヤツだなって思ったけどな。」
俺が言うと、ユフィが嫌味ったらしく返す。
「俺はお前を、なんて無礼なクソガキだと思ったけどな。」
そう言われ、俺がなんだとっ、と言うと、オルハがニコニコ笑った。
「ソロは何歳なの?」
マキが尋ねると、オルハがうーん、と首をひねる。その様子にカスガが問う。
「兄妹なのに、分からんのか?」
「んー、分からないんだよね。お兄ちゃんって、もう十年くらいあの見た目だし…。」
オルハがそう言うので、俺たちは顔を見合わせた。そんなことがあるのか。
「てっきり、カイやワシらと同じもんじゃと思ったが…。」
「お兄ちゃん、自分のこと教えてくれないんだよね。」
俺たちはきっと、このとき同じ疑問が浮かんだと思う。本当に兄妹なのか、と。少し場が気まずくなったので、カスガが話題を変える。
「オルハはそれ、何の本なんじゃ?」
「あ、これは日記なの。今までの旅の、巡ってきた国のこととか記録してるの。」
オルハが指差したその日記はそこそこ厚く、今開いているところが最新のページだとすると、結構な記録を書いてきたことがうかがえる。
「オルハとソロは、どこの出身なの?」
マキが問うと、オルハはまた困り顔で笑う。
「んー、ごめんなさい。お兄ちゃんに、言わないように止められてるの。」
マキがそうなんだ、と軽く返事するが、やはりこの兄妹への違和感が強くなる。どうも訳ありのようだ。俺はそんなことを考えながら、お菓子を口に入れた。
「う、美味えっ。」
あまりの美味さに、驚いてしまった。
「え?ただのクッキーだよ?」
「ソラはね、いろいろ経験中なのさ。」
不思議がるオルハに、カイが説明する。
「まあ、こいつはさておき、俺はオルハの治癒魔道に興味がある。」
ユフィがティーカップを静かに置いて言った。
「私?そんなに大した能力じゃないけど…。」
「でも、治癒魔道って使えるの珍しいんだろ?」
俺が問いかけるが、隣に座るカスガに、口の中にものを入れたまま喋るなと注意された。その様子を、オルハは微笑んで見ていた。
「私は補助魔道を使うの。補助も治癒も、どちらも人に宿る精霊に働きかける魔道じゃない?治癒魔道のときの精霊って、どんな感じなの?」
マキが問いかけると、ユフィも興味深そうに頷く。オルハは顎に手を当て、考えながら言う。
「そうだなぁ。怪我や病気で弱ってしまった精霊が、泣いてたり怒ってたりするかな。」
マキはへー、と感心し、ユフィが続く。
「補助魔道と同じように、性格は出るのか?」
「うん、すごく出る。気弱な人だと助けてって泣いてるし、血の気のある人だと早く治せってケンケンしてる。」
オルハの答えを聞き、俺たちは思わずカスガとカイを見る。二人は気まずそうに紅茶をすすった。
「ちなみに、ソロの精霊はどんな感じなんだい?」
俺は好奇心で聞いてみた。何となく、四人の制止するような視線を感じつつ、四人も興味がありそうな雰囲気も感じた。オルハは、ずっとにこやかだった表情を少し曇らせ答えた。
「お兄ちゃんは…、精霊ですら何も語らないの。一年くらい前にね、お兄ちゃん、傭兵の仕事で味方側に裏切られて酷い怪我をしたの。私、泣きながら治癒魔道を三日間ずっとかけた。でも、本人も精霊も、泣き言一つ言わない。やっと治ったときに、心配かけてごめんの一言だけ。」
オルハの物悲しげな表情を見て、俺は後悔した。なんだか、彼女のこんな顔を見てはいけない気がしたのだ。しかし、オルハは沈んだ空気を察して、パッと微笑んだ。
「ふふっ、お兄ちゃんはあんなに細いけど、結構強くてね、傭兵としては有名なんだって。」
笑顔に切り替えたオルハに合わせて、俺たちも微笑んで会話を続けた。
次の話題は、俺たちの旅路の話となった。グランディエで出会ってからの様々なこと…、を話すつもりだったが、改めて人に話すとなると、あまり伝えないほうが良いことが多く感じた。俺たちの旅路は、言葉にするには少し血の匂いが強いし、それぞれの、主に俺の弱さを伝えるほどの勇気が無かった。
しかしオルハは聞き上手で、楽しそう、すごい、とニコニコ笑って聞いた。
しばらく話していると、ソロが扉を開けて入ってきた。手には俺たちが市場で買ったような、日用品の入った紙袋を持っていた。
「あ、お兄ちゃん。お帰りなさい。」
ソロはただいま、と小さく返した。そして、俺たちを見て言う。
「オルハの話し相手になってくれたんだね。ありがとう。」
「いや、俺たちも楽しかったよ。」
俺がそう言うと、オルハもありがとう、と微笑んだ。そして、兄妹は部屋へ入って行った。
「…なんじゃ、謎の多い兄妹じゃのぅ。」
カスガの呟きに、俺たちは五人で頷き合った。
夕飯は、宿の定食屋ではなく別の店へ行った。昼間、市場で買い物をした際にオススメの店を聞いたのだ。店は評判通り味が良く、多くの人で賑わっていた。
ただ、選挙を巡って店のあちこちで論争が起きているようで、不穏な賑わいも感じる。
「今のエルコトルに、姫神教の援助無しに自立するだけの力があるか?」
「だからって、赤き党が大統領になってもスベルニアと差別化されない。」
「姫神教が背後にいない者が大統領になったら、アリアレジスから敵視されるんじゃない?」
「私は蒼き党のロバートを推すわ。」
「正気?希望教徒でしょ?」
「今は国力がつくまでは姫神教会の世話になったほうが…。」
料理は美味いが、周囲の話が気になってしまう。すると、雰囲気に感化されたのか、カスガが真剣な顔で話し出す。
「ユフィの国は、選挙で首相を選ぶと言うとったのぅ。それってどうじゃ?」
カスガの問いに、ユフィは少し考えて言う。
「そうだな、俺はまだ選挙権が無いから実感はないが…。ただ、俺が在籍する国立魔道学院などは、今の首相が党首を務めるラスタ党が創立したんだ。ラスタ党は、才能ある者に可能性を、と言う謳い文句で様々な改革をした。それまでは才能があっても金銭面で進学できなかった者のために、比較的安い学費で通える学院を創立した。おかげで、一般家庭に生まれた俺でも上級教育が受けられるし、留学まで可能になった。」
俺たちはへー、と声を上げた。政治によってそんな変化があることに驚いたし、ユフィの知らない一面が語られたからだ。
「やはり、政治は民のものでないとのぅ…。」
カスガが小さく呟く。
するとその瞬間、すぐ後ろの席が騒がしくなった。
そしてすぐに、一人の男が俺たちのテーブルに飛んで来た。カイがすかさずマキの腕を引っ張ったおかげで彼女は潰されずに済んだが、飛んで来たのはなかなかの巨漢だった。テーブルの上はめちゃくちゃだ。
「危ねぇじゃねぇかっ。」
思わず俺が声を上げると、飛んできた男よりもさらに大きな男が立ち上がった。背中には長い槍を装備している。見下ろされている気がして、思わずすくんでしまった。男は言う。
「威勢のいい坊主、悪かったなぁ。」
ドンっ。槍の男は腕を振り下ろすようにして、金を置いた。
「足りるか?」
ユフィが数え、そして言う。
「多過ぎるくらいだ。」
「迷惑料だ。受け取れ。」
槍の男はそう言うと、目を回した巨漢を他の男とともに持ち上げた。男たちは揃って、黒い服装に身を包んでいる。
「おい、起きろ。仕事だ。ちっ、酔っ払いやがって。」
男たちは会計を済ませ、店長に詫びを言って退店した。
「悪い人では無い…のかしら?」
「仕事前にお酒を飲む人は、果たして良い人かな。」
マキとカイがそんな会話をしていると、他の客に声をかけられた。
「大丈夫だった?お兄さんたち。」
「ああ、まあ、飯はぐちゃぐちゃじゃが。」
店の人たちが割れた食器を片していると、客たちが口々に言う。
「最近、どこから来たか分からないのが多いよな。」
「ああ、まあ、この街がジオリダムのような大国との中継地にあるのもあるが…。」
「でも、黒い魔道士たちが来たわよね。あれはさすがに怖いわ…。」
その言葉に、俺たちは反応した。
「え、その魔道士って、目元に化粧をして、腕に刺青が入ってる?」
俺が掴みかかるように言うと、客は驚きながら答える。
「ええ、四人か五人いたわ。」
俺たちは顔を見合わせる。その人数は、なかなか多いように感じたのだ。店員とともに食器などを片付けて、俺たちは会計を済ませて帰った。手元には、槍の男が渡してくれた金が少し残った。
帰り道、俺たちは特に会話をしなかった。殉教の魔道士は気になるが、まだ姿の見えない魔道士に構える必要は、そう強く感じなかった。
しかし、俺は坂の途中で違和感に気づく。それはユフィ、そしてマキも抱いたようで立ち止まる。カイとカスガは、俺たちの様子を不思議がる。
街灯が一本だけ点滅する。おかしい。火が灯る街灯がチカチカと点滅する。俺たちはその街灯を数秒見つめた。
すると。
「ソラぁ、久しぶり。」
あの声がした。振り向くと、点滅する街灯によって生まれた俺の影が長く伸びる。
「久しぶりじゃねぇか。」
俺はすぐさまナイフを構える。
「あの意志のある影か。」
ユフィが言い、四人も戦闘態勢となる。影は笑うように揺れる。
「グランディエで会った以来だね。元気にしてたぁ?」
「ああ、おかげさまでお前のことなんか、すっかり忘れてたぜ。」
俺の言葉を受けると、影はまるで落ち込んだように小さく渦を巻いて言う。
「ひどいなぁ。僕はずっと君を待っているのに。」
俺はその影の、人を小馬鹿にする態度が気に食わない。しかし、一つ気になることがあり、問いかけてみる。
「…お前、ネグルか?」
四人がネグル?と俺に問う。問われた影は、不思議そうにユラユラと揺れて言った。
「ネグル?何それ?」
「違うならいいさ。それで、久しぶりに形代狩りかい?」
俺が問いかけると、影はグルリと大きく円を描いて言う。
「違うよ。今日はね、実験に来たのさぁ。」
「実験?」
影もネグルも口にしたことの無い言葉に、俺は警戒心を強める。
「そう、実験。このあと、ある事件が起きる。それにソラがどう対応するか、試してみたいんだ。」
「事件だと?」
影は大きく高く、俺たちを飲み込もうとするほどに伸びて言う。
「最初から言っていただろぉ?僕は君の希望だって。君が本当に宿命の元に生まれた人間ならば、本物の希望を得られる。」
宿命。それは、銀の糸の声やネグルと共通する言葉だ。俺は無駄だと分かりながらも、地面の影にナイフを突き刺して言う。
「おいっ、宿命って何だ。今の言葉はどういう…。」
しかし、影は何も無かったかのように縮んで消えた。点滅していた街灯は普通の灯りとなっていた。
「今のは一体…。」
「どうやら、お前は俺たちが思う以上の厄介ごとに巻き込まれているようだな。」
カイが剣をしまい、ユフィは本を閉じながら言った。
「一度、宿に戻って体勢を整えるかの。」
カスガの一声に俺たちは頷き、宿を目指した。
坂道を登り、宿が見えてきた。ユフィは息切れをしているが、今は少しでも早く宿で状況を整理したい。
あと少しで宿と思ったとき、その扉が勢いよく開いた。ソロが飛び出して来たのだ。辺りを見回し、その額には汗が滲んでいる。
「ど、どうしたんだい?」
俺が尋ねると、ソロが手元の紙を見て呟いた。
「オルハが、さらわれた。」
俺たちは五人で声を上げる。これが影の言っていた事件なのだろうか。普段は無表情なソロに、焦りが見える。
「そのメモにはなんと?」
カイが聞くと、ソロはメモを見せてきた。
《全ては糸が綴る。》
「な、なんじゃこりゃあ?」
カスガをはじめ、俺たちも首をひねる。しかし、俺には糸という言葉が引っかかる。オルハと初めて会ったときの、銀の糸の予感。先ほどの影といい、何かが線で繋がっている気がした。
「こんな紙、初めてだ。」
「え?オルハがさらわれるのは初めてじゃないの?」
ソロの呟きにマキが問うと、彼は静かに頷く。
「そのメモ、見せてくれよ。」
俺は予感を頼りにメモを受け取ると、プロクスを唱え、指先に火を灯した。すると、脳裏に銀の糸が走り、見知らぬ光景が浮かぶ。それはレンガ壁で囲まれた、湿気がひどそうな暗い空間だった。オルハがいる。猿ぐつわをされ、手足を縛られている。オルハは恐怖と負けん気を宿した、強い眼差しを保っている。
「この街の、どこか暗い空間だ。窓も無い部屋にオルハがいる。」
俺がそう言うと、ソロはわずかに驚いた顔をして問う。
「ソラ、君は一体…。」
「おそらく、どこかの古い備蓄庫だろうね。でも、砦だった街に、そんなところはいくつもある。」
カイが腕を組んで言う。
そのとき、鋭い殺意が閃光のように走った。
ソロが目にも止まらぬ速さで剣を抜き、俺たちの背後にいた女の耳を貫いていた。俺たちは、その殺意と迷いの無い抜刀に息を飲む。
「殉教の魔道士か。」
ソロの紅い目は、普段の暗さを思わせないギラついた目をして相手を睨む。
「さすが、鮮血の黒影。私は影に溶け込んでいたんだけどな。」
殉教の魔道士であろう女は、耳をもう少しで切り落とされそうになりながらも、薄ら笑いを浮かべて言う。
「オルハの居所を言うんだ。今なら耳だけで済ませる。」
ソロの声が、低く重い圧で迫る。そのあまりの迫力に、俺たちは入る隙が無かった。やがて、魔道士の耳が地面に落ちて、血がボタボタと垂れる。
「ああ、痛い。ひどいよ。親からもらった体を切り落とすなんてひどい。」
「泣く芝居はよせ。早くオルハの居所を言え。」
芝居がかった魔道士と、圧を増すソロの間に緊迫感が増す。そのとき、地面に落ちた耳がカタカタと
動き、喋り始めた。
〈あはは、いつまでこんな逃げるばかりの生活を続けるんだい?〉
耳が一人で喋る。その異様な光景に、俺たちはたじろいだ。
〈あの娘の行く先は、きっと煉獄さ。生きているだけで罪…。〉
耳が何かを語り終える前に、ソロが躊躇なく踏み潰した。魔道士の悲鳴が響く。ソロは相手に振り返り言った。
「次は首を切る。これが最後だ。オルハの居所を言え。」
そう口にするソロの目は暗く、感情もなく、魔道士は刃を首に当てられていた。魔道士の表情が、にわかに強張る。
すると、ソロが自分の利き手でない方の手のひらを刃で切り、鮮血が流れる。俺は嫌な予感がした。ソロは魔道士の顔を鷲づかみ、上を向かせると、その血をポタポタと飲ませた。
「さあ、言え。オルハはどこだ。」
ソロの一言で、魔道士の口が不自然に歪む。そして、声が出た。
「な、南西の、備蓄、庫、兼、脱出、路…。」
「そうか。」
魔道士の自白を受けたソロは、眉一つ動かさずに彼女を切り捨てた。俺たちはおぞましい物を見てしまったような気がして、少しの間動けなかった。ソロは顔についた返り血を袖で拭った。
「お前…、殉教の教えを使うのか?」
ユフィが絞り出すような声で問うと、ソロはゆっくりこちらを向いて答える。
「使う。僕は希望教徒ではないが。」
「居所を言ったのに手にかけるなんて、道理に反するのでは?」
カイが金色の目を、まっすぐに向けて言う。ソロはカイの眼差しから一瞬目を背けたが、表情一つ変えずに、再び彼の目を見て答える。
「僕をどう思おうと構わない。今は、オルハを助けに行くのが先だ。」
「あんた一人で行くのかい?」
剣を鞘に収めるソロに、俺が問う。彼は無言のまま俯く。
「俺たちで良ければ、力になるぜ。」
俺がそう言うと、四人の驚く視線を感じた。しかし、特に反対する者はいなかった。ソロは俺たちを一べつし、少し考えて答えた。
「本音としては助かる。力を借りたい。」
「まあ、オルハはもう知り合いだし、放っておけないものね。」
マキが言うと、俺たちも頷いた。
「一つだけ言っておく。殉教の教えを使うのも、自白した者を手にかけるのも、そう言った邪道をするのは僕だけだ。オルハはそんなことをしない。」
無感情なソロの声に、少しだけ人間らしい熱が込められた言葉だった。
しかし、俺は心に引っかかっていた。殺された魔道士の言った《逃げるばかりの生活》《あの娘の行く先は、きっと煉獄さ。生きているだけで罪》。オルハに似つかわしく無い言葉が、なぜか気になって仕方ない。
「ともに行動するにあたって、互いの戦力を把握しておこう。僕は剣で前衛に立てる。殉教の教えは、最後の手段だ。」
ソロの提案によって、俺たちもそれぞれの戦闘における役割を簡単に伝えた。しかし、マキのところでソロの反応が止まる。
「マキ、君のその笛…。」
「え?何かしら?」
ソロはいや、と顔を俯かせた。俺は自分が形代であることを正直に伝えた。ソロは、それに対しては特に何も言わなかった。
「それでは、頼む。南西の備蓄庫を目指そう。」
俺たちは、大きな運命へ導かれることを予感せずに、夜の砦へ足を踏み出した。




