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【太陽物語】 夜明けへ進む少年は  作者: 立花ハル
《第四章 トール大陸北上、二つの宗教》
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スベルニアの老魔道士、召喚獣と《ソラ》

《ソラ》


 悲鳴がした方を見ると、銀行から煙が漏れていた。多くの人が足を止めて、そちらを見ている。状況を把握しようとしていると、銀行から数人駆け出してきた。

「そいつらを捕まえろっ。」

 銀行から叫び声がする。しかし、いわゆる強盗は武器を手にしており、一般市民は尻込みしている。強盗は二手に分かれて走る。その片方が、俺のほうへ向かってくる。俺は反射的にナイフを構えた。恐怖で手が震える。しかし、一方で頭は冷静だった。一番早く出せる氷の魔道を組み立てる。

「どけっ、ガキっ。」

 強盗が俺を突破しようと向かってくる。

「うるせぇっ、リオートっ。」

 俺は強盗の足元に氷を発生させた。一人は逃げてしまったが、突破しようと向かってきたヤツを止めることができた。

「いいね、ソラっ。」

 俺の後ろからカイが現れる。そして、逃げた強盗の腕を(つか)み、地面に組み伏せた。強盗は抵抗するが、カイは相手の顔を覆い隠している布を()ぎ取った。驚くことに、それは、マキに声をかけて来た若者の一人だった。

「君は、開かれし党…。」

「どけどけっ。」

 カイが抑えた若者に問いかけようとした瞬間、無遠慮な声がした。振り返ると、数人の兵が人波を掻き分けて現れた。

「よくやった。この者は我々、姫神教が連行する。」

 兵の一人が大きな声で言う。その言葉の通り、兵の鎧には姫神教の十字架が刻まれていた。カイが抑えた若者は、三人の兵によって乱暴に立たされる。しかし、若者の目は負けじと鋭さを保ち、兵を睨みつける。兵の一人が、若者の頭を掴み、顔を無理やり上げて言う。

「ようやく尻尾を掴んだ。お前たちの活動をすぐに終わらせてやる。」

 そう言う兵の目は、まるで狩猟者が獲物を射るような眼光を宿し、凶暴ささえ感じさせた。

 兵の一人が、カイの名前と雇われている銀行名を聞いてきた。どうやら、姫神教会から報酬が出るようだ。そして、兵は若者を連行して去って行った。


 しかし、騒ぎは収まっていない。被害のあった銀行から、怪我人が運ばれて来る。片手には収まらない人数に見える。

「医者を呼べっ。」

「一人、重症者がいるっ。」

 怪我人が次々と出て来るが、大勢の人が最適な行動を見出せず、大混乱している。

「さっきの姫神教のヤツらは何をしてんだよ。まだこんなにも大変な騒ぎなのに。」

 俺も気が転倒し、カイを見上げる。カイも強張(こわば)った表情をしている。

「一番の重症者はどこだっ。」

 そう叫び、大荷物を持った三人の男が現れた。カスガがいる。どうやら病院の関係者のようだ。

「落ち着いて、関係ない人は離れて。怪我人が誰か分からない。」

 医者らしき男が指示を出す。

「先生、こっちです。」

 カスガが叫ぶ。医者が駆け寄り、様子を見る。そして、治療が始まった。

 少しの時間、とは言え、冷静さを欠いていたため、どれほどの時間かは分からないが、時間が過ぎた。混乱していた市民は時間とともに静かになり、やがて、音が止んだ。

「どうしたんだ?」

 俺がその静けさに違和感を覚えたとき、カイが(つぶや)いた。

「たぶん、だけど、神海(しんかい)へ行ったんだと思う。」

 俺は何も反応できなかった。カスガを含めた三人の医者が祈りの姿勢になり、それが周囲の人々へ広がっていく。俺とカイも、何も言わずに祈りを捧げた。医者たちは祈りの手を解くと、他の怪我人を手分けして治療した。

 その後は、あまり覚えていない。

 警備兵が来て、死者を運んだり目撃者の話を聞いたりする様子は見た。しかし、カイに(うなが)されて、俺は雑貨店へ戻ることにした。確かに、その場にいても俺にできることはない。

 雑貨店に戻ると、店長は優しく遅かったね、と心配してくれた。俺は何も無いさ、と言って、謝った。


 その日の夕食も、マキが演奏するバーに集まった。いつもは若者を中心に騒がしいくらいの店が、少し静かだ。客を見ると、若者はほとんどおらず、仕事帰りの労働者が多いように感じた。

「カスガ、今日は大変だったな。」

 俺が言うと、カスガは首を横に振って言う。

「犠牲者が出たのは残念じゃが、仕方ない。」

「でも、一連の強盗事件で初めての犠牲者が出てしまった。」

 カイがシチューを(すす)りながら言う。

「これまで犠牲者も逮捕者もいなかったけれど、これで事件が少し動くと思う。」

 その逮捕者を抑え、犠牲者も目の当たりにしたとは思えない平静さを持って、カイが言った。なんとなく前から思っていたが、カイは人の死に慣れている気がする。しかし、カイは自分が強盗を抑えたことも、追加で報酬が得られることも言わない。


 そして、夜九時となり、ブライトの元へ行った。ユフィは昨日の手応えもあり、新しい本を開く。ここで、俺は一つ気づく。ユフィは一度に、何冊もの本を読んでいるときがある。

「ユフィ、そんなに何冊も読んでも、目は二つしかねぇぜ。」

 俺が疑問を口にすると、ユフィは意外そうな顔をして言う。

「何を言うんだ。分からないことがあったら、それを調べようと他の本を参考にするだろう。それが今、何冊か続いただけだ。」

 それを聞き、俺は驚く。俺のなかに無い考えだったからだ。すると、ブライトが言う。

「良かったな、ソラ。今、学び方を一つ、学んだな。」

「学び方を学ぶ?」

 俺が聞くと、ブライトは(うなず)くだけで、その後は何も言わなかった。俺は一つ、疑問をぶつけてみる。

「なぁ、ブライト先生。姫神教って何なんだい?」

 ブライトは俺をギョロっと見る。

「精霊戦争で勝って強い力を持つって、それって宗教なのかい?今日の昼、強盗事件があったけどよ、あいつらはほとんど何もしなかったぜ。」

 ドンっ。ブライトが杖で床を叩く。これは、口止めの魔道で答えられないときの合図だ。修行の初日に三人で決めた。

「姫神教がどんな集団かと言うと、俺もお前と同じ程度の認識だ。戦勝国側の信仰する宗教で、それによって大きな影響力を持つ。もちろん、その教えに救われている者もいるがな。」

 ユフィが言う。しかし、俺のなかに黒い感情が()き起こる。

「救い…。俺には共感できねぇ。浮浪児の頃に炊き出しのスープをもらった恩はあるが、それだけだ。形代(かたしろ)の差別を生んだかもしれない姫神教、それに、昼間の兵の態度、俺にはだんだん憎らしさすら湧いてくるぜ。」

〈怖いよ。〉

「…ん?」

 俺は顔を上げて、ブライトとユフィを見る。二人とも、俺の顔を見ている。

「今、俺に何か言ったかい?」

 俺は聞くが、二人とも首を横に振る。

〈怖いよ。そんなに怒らないで。〉

 確かに聞こえる。

「怖いって、誰か言ってる。」

 俺がそう言うと、ブライトが急に立ち上がった。

「どこからだ…っ。」

 ブライトは声を抑えながら、しかし、ギョロっとした目の眼光は鋭い。

「え?えっと…。なぁ、怖がるなよ。どこだい?」

〈嫌だ、お兄ちゃん怖い。怒りん坊。〉

「悪かったよ。俺は姫神教に怒っているだけなんだ。お前のことは怒ってないさ。」

 新しい精霊の声だろうか。俺は声をかけながら、部屋を見渡した。

〈もう怒ってない?〉

「ああ、怒ってないさ。」

 すると、部屋の片隅から音が聞こえる。心臓の鼓動のような音だ。その音の方へ行くと、木で作られたリンゴの置物があった。

「ここかい?」

 そのリンゴを持ち上げると、ただの木に見えるが、心臓の鼓動を確かに感じる。そして、声がした。

〈僕はアッシュ。〉

「俺はソラさ。」

 互いに名前を言うと、リンゴがより強い鼓動を打ち、まばゆい光を放った。あまりの眩しさに、強く目を(つむ)る。

 少しして、まぶた越しに光が落ち着いたのを感じ、目を開けると…。

「な、なんだい、お前?」

 俺は驚いて声を上げる。手の上のリンゴが、見たことのない動物に変化したのだ。小さなネズミのようだが、背中はトゲだらけだ。動物は怯えるように、プルプルと震えている。

「アッシュ…。」

 ブライトがその名を呼びながら動物に近寄り、動物と顔を合わせる。

〈おじいちゃん、だれ?〉

 動物がそう問うと、ブライトの頬に涙が流れる。そして、震えた声で言う。

「分からないか。お前の父さんだよ。」

〈お父さん?僕のお父さんは、もっと若いよ。髪も金色だよ。〉

 俺がその状況を飲み込めず目をまばたきさせていると、ユフィが呟く。

「まさか、召喚獣…?」

 俺は驚いて大きな声を上げる。すると、手の上の動物が小さく声を上げ、身の回りに光を(まと)う。背中のトゲも伸びたようだ。

〈怖いよ、びっくりさせないで。〉

「わ、悪かったよ。」

 俺は内心、複雑だった。召喚獣一体で兵士百人分の力。そう聞いていたのに、こんなにも小さく頼りないのが召喚獣だとは。

「ようやく会えたな、アッシュ…。」

 ブライトが触ろうとすると、動物が身に纏った光に弾かれる。ブライトは痛そうに手を振るった。

「なぁ、アッシュ。どうやらお前は召喚獣らしい。そして、このブライト先生はお前のお父さんらしいぜ。」

 俺がそう話しかけると、アッシュはよりプルプルと震えた。

〈召喚獣…?分からないよ…。怖い。〉

「無理もない…。」

 ブライトは息を吐いて、アッシュに語りかける。

「アッシュ、お前はね、死んでしまったんだよ。戦争のとき、家を襲ってきた兵によってね。まだ六歳だった。」

〈死…?嫌だよ、怖いよ…。お母さん…。〉

「お母さんもね、そのとき一緒に死んでしまったよ。でもお前だけは神海に行けず、木彫りのリンゴに魂を宿してしまったんだ。私は魔道の力でそれを感じてね、お前が宿ったリンゴだけを持って、国を出たんだ。」

 アッシュはブライトを、改めて見た。

〈お父さんの目だ…。怒ったとき、すごく怖い目。〉

「ああ、そうだ。思い出してくれたかい。」

〈お父さん…。〉

「生きているうちに、もっと褒めて、遊んでやれば良かった。お前は魔道の才能があったからね、随分厳しくしてしまったね。」

 ブライトの目から、涙が(あふ)れて止まらない。しかし、大きく息を吸って、覚悟を決めて言う。

「アッシュ、お前は召喚獣として生まれ変わったんだ。そして、どうやらこのソラと縁があったようだ。これからはソラについて行くんだ。」

 アッシュは俺の目を見る。

〈ソラ、綺麗な目だね。僕のこと、守ってくれる?〉

 思っていた召喚獣とはだいぶ違うが、こうなっては手放すわけにはいかない。

「ああ、まかせろ。」

 俺がそう言うと、アッシュは安心したかのように息を吐き、光となった。光のかたまりに、羽が生えている。ローズとダフィを神海へ送ったときと同じ形をしている。魂だ。そして、その魂は俺の胸に溶けた。

「どうだ?ソラ。」

 ユフィに聞かれるが、何も実感が湧かない。

「わ、分からねえ。」

 俺はアッシュの魂が溶けた胸元に手を当てるが、じんわりとした温かさを感じるだけだ。

「ブライト先生、召喚獣って何なんだい?」

 俺の問いに、ブライトは首を横に振り言う。

「ソラ、質問というのは、もっと具体的に細かくするのだ。お前の質問は大きすぎる。最初から全ての答えを求めるだけの質問を癖にしては、成長できない魔道士になる。」

 そう言われて、俺は自分を振り返る。確かに今日の仕事中、強くなる近道は無いかと思っていた。それに、ブライトに対してもっと一から教えてくれてもいいのに、と不満すら抱いた。

 しかし、ユフィの場合は違う。ブライトがユフィに本を与えたとき、ユフィは明確な目標を持っていた。それに、ユフィは本を片手に、調べたことを元に自分から質問して学んでいた。

「少し、時間をくれるかい。」

 俺はそう言って、二人に背を向けた。


 俺は目を閉じて、自分の内側に向き合う。いつも夢を見ることでしか飛び込めない内側に、自分から行けないかと(こころ)みる。

 今度は、自分の心臓の鼓動が聞こえる。その鼓動に耳を澄ませ、俺の内側に広がる泉を想像する。


〈よう、来たか。〉

 飛び込めた。見覚えのある黒い結晶が目の前にある。ネグルだ。

「おう、来たぜ。」

〈ソラぁ。〉

 幼い声がしてそちらを向くと、アッシュがいた。どうやら精霊と違い、召喚獣は姿が見えるらしい。

「よう、アッシュ。」

〈なんだい、俺には用無しかい。〉

 ネグルが嫌味ったらしく言う。

「悪いな。俺はアッシュの力を借りに来たんだ。」

〈僕の力って何だろう…。〉

 アッシュがプルプルと震えて呟く。

 つくづく、召喚獣の存在に疑問を抱く。本当に兵士百人分の力があるのだろうか。

「アッシュ、お前の得意なこととかって何かあったかい?」

 召喚獣は、その並外れた力を従えることができると説明を受けた。それであれば、生前に何か関わりがあるのではないかと思ったのだ。

 しかし、アッシュはうーん、と唸り、コロコロ転がっている。俺は召喚魔道に、夢を見過ぎていたのだろうか。

〈お父さんが言ってたのはね、お前は魔道の才能があるよって。〉

「ああ、さっき言ってたな。どんな魔道が得意なんだい?」

〈うーん、ケッカイ魔道かなぁ。〉

「へぇ、俺は使えないから、すごいと思うぜ。」

〈えへへ、僕ね、大きい人たちと一緒に勉強してたよ。〉

「すげぇな。俺くらいのヤツらとかい?」

〈ううん、みんな三十歳って言ってた。〉

 俺は驚いて大きな声を出してしまった。火の精霊がうるせぇぞ、と怒鳴ってきて、アッシュが怯えてしまった。

「大丈夫だ、アッシュ。口は悪いけど、性格としては悪いヤツじゃないぜ。」

〈ほんと?〉

 俺が言うと、火の精霊はまぁな、と言った。

「なるほど、アッシュは結界魔道の天才なんだな。」

〈お父さんや先生はそう言ってくれたよ。でもね…。〉

 そう言うと、アッシュは丸くなってしまった。そして、言う。

〈僕ね、お父さんに言われて思い出したんだ。死んじゃうとき、お母さんを守れなかった…。〉

 丸まってトゲの玉みたいになってしまったが、震える声が聞こえる。

「怖かったな。」

〈うん、怖くて何もできなかった…。お母さんが僕を抱きしめてね、そのまま一緒に刺されちゃったと思う。〉

 考えてみれば、アッシュはまだ六歳だったはずだ。そんな幼いときに敵に襲われても、恐怖で一杯になるだろう。今日の昼、強盗を相手にしたとき、俺も本音では怖かった。

〈僕、練習では何でもケッカイでボウギョできたのに、お母さんは守れなかった…。〉

 そのとき、丸まってトゲの玉となったアッシュの上に、半透明の姿が見えた。ロンソ村で目にした霊体だ。金髪の少年が背中を丸め、メソメソと泣いている。俺はその金色の頭にソッと手を乗せる。触れられはしないが、思いを伝えたかった。

「アッシュ。母ちゃん守れなくて、辛かったな。」

 アッシュが顔を上げる。

「俺も、守りたい人がいるんだ。約束した人がいるんだ。」

〈ソラの守りたい人?〉

「ああ、マキって言うんだけど、もうそいつだけじゃないな。一緒に旅をする仲間を守れたらって思うんだ。」

〈仲間って、友達?〉

 そう聞かれて、俺は少し悩む。友達というものを、俺は知らない。

〈ソラの、大切な人?〉

 大切と言うのも、俺はまだ分からない。でも、思うのは…。

「そうだな、俺の、無くしたくないものだな。今の俺にとっての守りたいは、無くしたくないっていう感じだな。」

〈無くしたくない…。〉

「ああ、そのために俺は強くなりたいんだ。アッシュ、お前の結界魔道の力を貸してほしい。」

 俺がそう言うと、アッシュは涙目のまま笑顔になる。

〈僕、ソラの力になれるかな?〉

「ああ、一緒に頑張ろうぜ。」

 半透明のアッシュが消え、もとのネズミ姿になった。そして、俺のなかには新たな疑問、いや、課題が自然と湧き上がる。


 ふと、意識はブライトの部屋に戻った。胸に手を当てると、確かな手応えがあった。俺はブライトの方を向く。

「見つけたか。」

 俺は頷き、そして問いかける。

「ブライト先生、アッシュの好きな食べ物は何だい?」

 目の端に見えた、ユフィが驚いた顔をする。ブライトは大きく笑って答える。

「さっきの木彫りのリンゴが示す通りだ。しかし、アッシュは皮を剥いたリンゴしか食べないがな。」

 俺は頷いて、さらに質問する。

「ブライト先生、召喚獣ってアッシュみたいに、みんな記憶を失っていたりするのかい?」

 ブライトは首を横に振って答える。

「いや、召喚獣によると思われる。アッシュの場合は死を受け入れられず、記憶を失っていたようだ。しかし、全ての記憶、特に憎しみの感情を強く持って、物体に宿った召喚獣もいると記録に残っている。」

 すると、ブライトは一冊の本を棚から取り出した。

「この本は?」

「稀代の召喚士、ベーゼ=ハンセルの手記だ。生涯で十二体の召喚獣を従えたと言う。なにぶん、召喚魔道は使い手が稀有(けう)な存在だ。この手記を参考にすると良い。」

 俺は自分でも、顔がパッと明るくなったのを感じる。そして、腹から声を出して礼を言った。

「俺、分かったよ。修行がいつも夜九時から始まる理由。アッシュはその時間に、殺されちまったんだな。アッシュの魂は、その時間で彷徨(さまよ)っていたんだ。それに、町役場ではあんなに怒鳴っていたブライト先生が、アパートでは静かな理由。怖がりのアッシュのためだったんだな。」

「まあ、私なりにな。生前のアッシュには怒ってばかりだったからな、少しは優しい父になりたかった。そして、いつか木彫りのリンゴから解き放ってくれる者が現れるのを待っていたのだ。」

 俺はアッシュの人間であった時の姿を思い出す。美しい金髪の、まだ幼い少年だった。

「アッシュはずっと、守れなかった母ちゃんのことを後悔していたぜ。俺がその思いを引き継いで、一緒に頑張るよ。」

 俺の言葉に、ブライトは何かを噛み締めるように大きく頷いた。そして、今日の修行は終わった。


 帰り道、珍しくユフィがこんなことを言った。

「魔道のなかでも特別とされる召喚魔道を、おまえが会得(えとく)するなんてな。なんだか少し、悔しい思いだ。」

 俺は照れ隠しでへへっと笑ったが、本音としては、ユフィが与えてくれた知識によって自分が生かされていることを、いつかどこかで伝えたい、そんなことを思った。


「か、可愛いーっ。」

 翌朝、朝飯のときに三人にアッシュを紹介した。基本的に召喚獣も精霊も、力を借りるという点では、似ているように思う。ただ、詠唱や完成図の想像が必要な森羅(しんら)魔道の精霊と違い、呼びかけ一つでアッシュは姿を現した。俺とユフィ以外の三人を前に、アッシュはプルプル震えていた。

「こ、こんなに可愛いの?召喚獣って。」

 マキが小さなアッシュを前に、目をキラキラさせる。心なしか、いつもより声が少し高い。

「この子はハリネズミだね。」

 カイが背中の針の一本をつついて言う。

〈ぼ、僕、アッシュ…。これから頑張るよ…。〉

 気弱に震えるアッシュを見て、マキがわぁっと声を上げてはしゃぐ。

「いやぁ、可愛らしいのう、頼りにしていくぞ。」

 カスガがアッシュの小さな手をチョンとつつく。

 アッシュはプルプルと震えて、丸くなってしまった。


 そんなこんなもあり、俺たちはスベルニアでの滞在をしばらく続けた。およそ二週間ほどの滞在であったが、俺たちは充分に路銀を得ることができた。

 何よりもブライトとの出会いが大きかった。俺とユフィは一日も欠かさずにブライトの元に通い、自分と向き合い、見つけた課題について考え、ときにブライトの助言を求めた。

 スベルニアを出発する前日は、俺が働いた雑貨店で買ったマッチやお菓子を包み、俺とユフィで礼をしに行った。ブライトは言う。

「お前たちは素質がある。それはただ賢いだとか、魔力に恵まれたとか、それだけでない。学び方に対する才覚がある。こんな時代遅れのジジイからでも学び、成長できるほどにな。」

「それは違います。ブライト先生。」

 ユフィは食い気味に否定し、続ける。

「私はジオリダムの学院で魔道を学びました。しかし、学院の授業はただ一方的に説明を浴びるだけで、授業だけでは成長の実感は得られませんでした。だから、私は留学の旅に出たのです。」

 ブライトは興味深そうに、話の続きを聞く。

「ブライト先生、今回の旅であなたに出会えたのは私の宝です。あなたは学院の教員と違い、私が考え、疑問を持ち、自分から学ぼうとする機会を待ってくれました。私が遠回りしたり、考え込みすぎたりしても、まずは見守ってくれました。そして、私の(つたな)い質問に助言を与えてくれました。あなたは時代遅れなんかではありません。」

 ユフィがそう淀みなく言うと、ブライトは目を細めて笑い言う。

「教育など、ただ背中を少し後押しするだけの役目しかない。大切なのは、お前たちの奥底から疑問と好奇心が湧いたことだ。私はそこに、少し味付けをしただけだよ。」

 そう言って、ブライトは手のひらをユフィに差し出し、さらに続ける。

「ジオリダム国立魔道学院の手帳を持っているな?そこに、私のサインをしよう。学長をはじめ、教員の何人かは私を知っているだろう。ユフィ、お前の留学の成果に少しはなるはずだ。」

 その言葉に、ユフィはすぐに手帳を開いて渡した。そして、手帳の片隅にブライトはサインをした。ユフィは、深く頭を下げ、礼をした。

 ブライトの部屋を出るとき、彼は思い出すように声をかけてきた。

「最後の助言だがね、ソラ、お前はまだ乾いた布だ。何でも吸い込める無限の可能性がある。あらゆることを、様々な角度から考えて学ぶんだ。そして、ユフィ。お前は聡明で、謙虚さもある。案外、良い指導者になれると思うぞ。」

 俺たちは、笑って扉を閉めた。

 

 そして、出発の朝が来た。次に向かうはエルコトル。路銀も充分、食料なども買い足した。俺たちは世話になった宿に礼を言って、街の門を目指す。


 その道の途中、大通りに差し掛かった。朝だと言うのに、市民の様子がおかしい。多くの人がいるが、爽やかな賑わいは無い。ささやく声で何かを話している。その手には、新聞紙が握られていた。ユフィが新聞紙を一部買う。そこには、こう書かれていた。


【国家反逆罪により、開かれし党、解体。逮捕者二十名以上。一連の強盗事件は活動資金を得るためだと供述。犠牲者は一名。なお、今後も逮捕者は増える見込み。怪しい者は隣人であろうとも、姫神教会へ密告せよ。】


 市民の小さな声が耳に入ってきた。

「学生たちが、ついに鎮圧されたね。」

「まあ、こうなるとは思っていたが…。」

「国家に、というより姫神教会に逆らうから…。」

「ちょっと、それ以上は言わないほうがいいよ。」

 ガランガラン。多くの労働者の朝を告げる鐘が鳴る。市民たちは、新聞紙が伝える内容が、まるで他人事のように、それぞれの生活を始める。

 俺は簡素な新聞紙の文面から、嫌な想像を巡らせる。マキに声をかけてきた自信満々の若者たち、バーで理想を語り合っていた若者たち、そして、強盗で逮捕された若者。彼らはどうなったのだろう。


 妙な緊張感を胸に、俺たちはエルコトルへ出発した。

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