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【太陽物語】 夜明けへ進む少年は  作者: 立花ハル
《第三章 若者たちの進む道》
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悪夢〜間奏曲〜《ソラ》

《ソラ》


 蜘蛛の糸に引っ張られた俺たちは、乱暴に床に叩きつけられた。

「痛えっ。」

 そこは、夢とは違う、現実感のある空間だった。時間はマキの夢に入ったのとそう変わらない、夜だと思われる。

「教会…?」

 カイが周りを見渡して、そう(つぶや)く。

「あ、俺戻ってる。」

 手を見ると、人間の手だった。もう黒猫ではない。カスガとユフィを探し、(にら)みつけたが、今はそれどころじゃない。

「マキ、大丈夫かい?」

 カイがマキを抱き起こしていた。

「お、お母さん…。待って…。」

「どうやら、まだ夢の中にいるようだ。」

 ユフィは冷静にそう言うが、俺は寝言で母を追うマキが何だか可哀想で、早く助けたい気持ちでいっぱいだった。

「どうやら、ヤツらのせいらしいのぅ。」

 カスガが二刀の小刀(こがたな)を構える。その声の先に見えたのは、希望教の十字架。そして、その前に二人の人間が立っていた。


 一人は若い男。夜の闇でも分かるくらい、目の下のクマがひどい。

 もう一人は、アルデールにいた殉教の魔道士の一人だ。子山羊(こやぎ)を捧げ男の命を奪った、あの冷たい美貌の女だ。

「お前たちが、俺の作った夢にいたヤツら?」

「そうだ、マキを苦しめやがって。」

 男の問いに、俺が答える。すると、女が男に耳打ちをして、男が話す。すると、敵意に満ちた目が(やわ)らいだ。

「は、はじめまして。俺はセオドア。夢の精霊の形代(かたしろ)なんだ。」

 控えめながら、穏やかに自己紹介してきたセオドアに、俺たちは拍子抜けした。

「君たちは、ソラ、カイ、カスガ、ユフィ、あと、夢に導かれたのはマキでしょ?あ、メイカーディアだっけ…。」

「ユイミヤとアルタビルか?」

 ユフィが問うと、今度は女のほうが(うやうや)しく礼をして、名乗ってきた。

「二度めまして。私はセーラと申します。その通りでございます。あなたたちのお名前は、ユイミヤとアルタビルからお聞きました。もっとも、ソラさんのことは以前から存じておりましたが。」

「形代狩りか。」

 俺が言うと、セーラは長い袖で口元を隠しながら短く笑った。銀色の瞳が細くなる。あくまでも上品で馬鹿にした様子のない笑いだが、それがかえって意味深だった。

「狩り…、と呼ぶ方もいらっしゃるようですが、私たちはただ、導いているだけです。このセオドアさんのように。」

 セーラがゆっくりと手のひらを上にし、品良くセオドアを指した。セオドアはそれを受けるように、自分の胸に手を当てて続ける。

「俺は、生まれてからずっと形代だと差別されてきた。希望教の力がそれなりにあって、殉教の魔道士が暮らす街でも差別はあるんだ。ちなみに、両親は希望教徒というだけで、激戦地に送られて戦死したよ。殉教の魔道士だった。」

 夜の静かな教会に、セオドアの控えめな声が響く。戸惑う俺たちにお構いなしに、セオドアはペラペラと話し続ける。

「俺は親戚の家や孤児院を転々としたよ。どこへ行ってもいじめに()った。俺は何度も思ったよ。ソクアヴェスタが精霊戦争に勝っていれば…と。そんなときさ、セーラさんがこの街を訪れたのは。」

 セーラがセオドアを見て、柔らかく微笑む。

「孤児院には俺の他にも形代がいてね、すごい美人が来たから見に行こうって言って、普段来やしないこの教会に来たのさ。そのとき、同じような男が何人かいたよ。でもさ、セーラさんは俺たちだけに声をかけてくれたんだ。希望を求めてないかって。」

 セオドアは調子がついたのか、よりスラスラと、よく喋る。

「もちろん、最初は何のことか分からなかったよ。でも、こっそり渡してくれたメモの時間にまた教会に来たら、言ってくれたんだ。正しく力を使って、誇りを持って生きる方法を教えるってね。」

 アルタビルがローズに言ったのと、似たような言葉だ。どうやらセオドアは、ローズと違って誘惑に負けてしまったらしい。

「そうして街の人々を悪夢で苦しめたんだな。そんなことして楽しいかい?」

 俺が問うと、セオドアは純粋な笑顔を浮かべて言った。

「ああ、最高の気分だよ。」

 セオドアはふふっ、と笑って続けた。

「セーラさんの助言通り、俺は自分の夢を捧げたんだ。お陰で俺自身、悪夢に苦しむことになったけど、まさか俺を苦しめた街のヤツらが、あんな踊り狂うほど苦しむなんてね…。」

「お前も殉教の魔道士になったのか。」

 ユフィがそう言うと、セオドアは見せつけるように袖をまくった。そして、あの刺々(とげとげ)しい刺青(いれずみ)が見えた。

「何度見ても気味の悪い刺青じゃ。」

 カスガの恨み言に、セオドアは鼻で笑って返した。

「ちなみに、一緒にいた形代はどうしたんだい?」

 俺が聞くと、セオドアの笑顔が一瞬暗くなる。

 しかし、今度は歪んだ笑顔で答えた。

「自分の力に飲まれたよ。友達は水の精霊の形代だったんだけどね。その力を使って、船を何隻(なんせき)か沈めたさ。でも調子に乗って、自分の内臓を捧げて大きな船を沈めて、死んだ。」

 俺たちは、笑顔で友達の死を語るセオドアの、その闇の深い感情に一瞬(ひる)む。そして俺は同時に、自分もいつか黒い氷に飲まれるのではないかと、内心震えた。

「いろいろな話を聞いて、君の闇は分かった。」

 ここまで無言で話を聞いていたカイが、静かに話し始めた。

「君の人生には、差別も苦労もあったんだろう。ご両親のことも気の毒だ。でも、僕からしたら、君は運命に負けた人間に見えるよ。」

 カイの金色の瞳が、セオドアをまっすぐ見つめる。クマの濃いセオドアの、歪んだ笑顔が消える。

「本当に力を正しく使えているのか?僕の剣は、人を幸せにできているのか?僕は剣を持つたび、自分に問いかけるよ。セオドア、君はどうだい?」

 セオドアは、しばらく(うつむ)いて考える様子を見せた。カイは続けて言う。

「今ならまだ戻れる。彼女を、街の人を救う方法を教えてくれ。頼む。」

 暗い教会を、静寂が包む。遠くから、波の音すら聞こえる。


「気が合わないな。」

 冷徹な声がした。

「君の考えは、そして要求は、俺の都合に合わないよ。」

 セオドアの声だった。控えめだったり歪んだ笑い声だったり、不安定な彼から出たとは思えない、冷徹な声だった。

「都合…?」

 やり取りや場にそぐわない言葉に、俺が疑問の声を漏らすと、セオドアが淡々と語る。

「そう、都合。憎いヤツらがいる。俺はそいつらを攻撃する力と知識を得た。だから、攻撃した。そして、これからは同じように差別を受けた者を救う。その希望の輪を広げていく。」

 セオドアは淡々と人形のように、しかし揺るぎなく話し続ける。

「力を正しく?人を幸せに?カイ、君の言うことは道理としては正しいだろうね。でも、俺には都合が悪い。だって、俺にはこのやり方がちょうどいいし、この力で幸せにしたい弱者たちがいるんだ。」

 そして、セオドアは指を一本立てて言う。

「こういうのはどう?メイカーディアを悪夢から覚ましてあげる。その代わり、ソラが希望教に加わる。これで全部ちょうどいい。」

「はぁ?ふざけんなよ。」

 予想外の提案に、俺は大声を上げる。しかし、セーラが一歩前に出て話し始める。

「ふざけてなどおりません。ソラさん、あなた、旅で、そしてこれまでの人生で何を目にしてきたのです?」

「なんだと?」

「世界が、姫神教が、あなたを救ってくれましたか?」

「ソラ、聞く必要ないぞっ。」

「私はソラさんに選択肢を与えているのです。」

 会話を止めようとしたカスガを、セーラが強く制止する。そして、セーラは俺の前に立つ。

「アリアレジスの姫神教会本部は、俺を保護しようとしているぜ。」

「その真意はご存知?」

 セーラの引かない姿勢に、俺は一瞬(ひる)む。

「姫神教会は、嘘にまみれた集団です。」

「なんであんたに、そんなことが言える?」

「一つ、考えのきっかけを差し上げましょう。」

 俺は反射的に、それを聞いてはいけない気がした。しかし、聞かなくてはいけない気もした。

「形代は、ソクアヴェスタが作った兵だとされております。ですが、精霊戦争の終結後も、形代は生まれています。なぜか考えたことありますか?」

 嫌な予感がする。皮肉にも、俺の勘は、よく当たるのだ。

「形代とは本来、偶然に、自然と生まれる人間です。ソクアヴェスタは一切関係ありません。」

 背筋が凍る。空間が張り詰める。

「それですのに姫神教は、ソクアヴェスタによって形代が作られたと嘘をついたのです。」

 セーラは細い指で、俺の鼻をチョンと突く。

「お可哀想に。姫神教がソクアヴェスタと希望教を(おとし)めるためについた嘘のせいで、あなたたち形代は差別されているのです。」

 動けない。理解がまだ追いつかない。

「ソラ、惑わされてはいけない。君を誘うための嘘に違いない。」

 カイが力強く言う。

「確かに、私の今の発言の裏付けとなる証拠はありません。ですが、ソクアヴェスタが滅びた今も、世界には形代が生まれています。その理由を、説明できますか?」

 セーラの整然とした反論に、カイだけでなく、ユフィとカスガも戸惑っている。

「ソラさん、決めるのはあなたです。」

 俺が差別されたのは、姫神教のせい。

 俺は形代を作ったというソクアヴェスタと希望教を、これまで恨んできた。

「私たちは、あなたの希望です。」

 セーラが言う。俺は目を伏せている。


「俺が、希望教に加わる…。」

「ええ、そちらのセオドアさんのように。弱き者の助けとなるのです。」

 弱き者の助け。希望。あらゆる甘く、しかもなんだか見てくれの良い言葉が、俺を誘う。しかし、俺は貧民街で、裸足で暮らしていた自分を思い出す。

 久しぶりに、俺のなかで黒い感情が結晶となる。

「セーラさんとやらよ、俺のことを教えてやるぜ。」

 俺はそう言うと、ナイフの切先(きっさき)をその美しい顔に向けた。

「俺はソラ=セルカナデ。形代で、浮浪児だ。」

 そして、口の端を上げて笑う。

「どこかの誰かのものになるなんてよ、ヘソがこそばゆいったらないぜ。」

 ナイフの切先を向けられてなお、余裕を崩さないセーラの、俺に向けた指先が黒く光る。

「ふふっ、私の知らない言葉遣いで、よく理解ができませんわ。」

「悪いね。育ちが良くねぇんだ。じゃあこう言うぜ。」

 俺は、ナイフの切先を光らせた。そして、言う。

「あなた様のものにはなりませんわよっ。」

 ナイフの切先から氷の針が、セーラの指先から血の針が、同時に飛び出す。俺はすぐに横へ飛ぶが、針は頬をかすり、血が出る。

 一方、俺の狙いは少し外れ、セーラの頭を覆うフードが裂ける。

 そして見えた。

「耳が、とんがってるっ?」

 俺は思わず、大声で驚く。

「エクラ種っ。」

 カイの声がした。エクラ種だなんて、初めて聞いた。

「やはり、お前はセーラ=ケルペアだな。」

 ユフィがその名を言うと、セーラが微笑(ほほえ)んで言う。

「あら、私のこと、ご存知?」

「ああ、ジオリダム国立魔道学院で、百年に一人の天才と言われたのがお前だろう。」

「ユフィさん、学生さん?」

「そうだ。俺が入学する前だが、禁忌(きんき)を犯して学院の枠を超え、国の裁判にかけられたそうだな?」

 ユフィの言葉を受け、セーラがふふっと笑い声を漏らす。そして、殻を破るように高笑いした。高く、しかし澄んだ笑い声が夜の教会に響く。それまでの上品な様子が一変し、とがった耳も相まって恐ろしげだ。

「ふふっ、好奇心のまま研究に励んだところ、やり過ぎてしまいました。それだけです。」

「好奇心で何十人も植物人間にしたら、法の前に倫理に反するだろう。」

「少し微笑んで、愛をささやいただけですが。」

 ユフィの言葉に、セーラは蠱惑(こわく)的な笑みで答える。

 そう一言で済ましているが、この美貌を前にどのような呪文をささやいたのか、想像するだけでゾッとする。

「私のことは良いのです。ソラさん、もう一度確認しましょう。希望教に加わりませんか?」

「断る。」

「後悔しませんか?」

「しない。俺は俺の精霊に誓った。傷つく人を助けると。」

「それは、希望教でこそ叶いますよ?」

「ほざけ。俺の仲間を悪夢で苦しめておいて。」

 俺がそこまで言うと、セーラはそれまで黙っていたセオドアの隣へ歩いた。そして、何かを耳打ちした。

「…はっ…。悪夢を、見ていた…。」

 セオドアの額に、ドッと汗が流れる。

「セオドア、お前はセーラの力に惑わされていないか?」

 ユフィが問いかける。

 確かに今のセオドアの表情は、控えめだったり歪んだ笑顔だったりとは違う、普通の少年のものになっていた。

「セーラさんの…、惑わされ…。」

「そうだ。本来のお前に戻るんだ。」

 セオドアは、呼びかけるユフィと、隣に立つセーラを、ゆっくりと見比べた。そして、言った。

「いや、惑わされてなんかいないよ。」

「なに?」

 セオドアの深いグレーの瞳は、濃いクマに縁取(ふちど)られながらも確かな光を宿している。

「確かにセーラさんの言ってくれたことは魅力的さ。この差別された力を役立てて、誇りを持って生きられるなんてね。」

 そして、セオドアは両腕の刺青を光らせた。

「でも、決めたのは俺だ。復讐をして、弱者を助けるんだ。俺は、俺の意志で希望教に入った。」

 そう言ってセオドアが両腕を上げると、俺たちの周りに蜘蛛の糸が生えてきた。

「お前たちも、見るといいよ。優しい夢を。」

 セオドアのその言葉とともに、蜘蛛の糸が俺たち一人一人を包む。

 そして、夢へ落ちた。

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