↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【太陽物語】 夜明けへ進む少年は  作者: 立花ハル
《第三章 若者たちの進む道》
PR
28/41

悪夢〜序奏曲〜《ソラ》

《ソラ》


 その幼女は、見れば見るほどマキだった。

 マキの快活さを表す、茶色い長い髪を一本に束ねた髪は、まだ短いものの、ゆるくウェーブのかかった癖っ毛は彼女の特徴だった。何よりも、印象的な紫の瞳が夕日を見つめている。

 しかし、その瞳は悲しげに陰っている。


 正直、誰もどう声をかけて良いか分からないが、そこはさすがに騎士。カイが小さなマキの目線に合わせて声をかけた。

「こんにちは。こんなところで何をしているんだい?」

 カイの声は温かく、表情も柔らかい。俺たちは、これならどんな女も警戒しないと思ったが、小さなマキの瞳は涙で滲んでいる。

「突然声をかけてごめんね。君が心配だったんだ。」

 カイはそう言って、(ふところ)からハンカチを出す。マキはそのハンカチを受け取ると、涙をぐしゃぐしゃに()いて言った。

「…お母さん…。」

「お母さん?」

「メイカ、お母さんを待っているの。」

 俺たちは戸惑う。マキだと思った幼女が、メイカと名乗ったのだ。俺たちは、どこに迷い込んでしまったのだろう。

「メイカちゃん、お母さんはいつ帰ってくるの?」

「分からない…。」

「お母さんは、いついなくなったの?」

「ずっと前…。」

 カイが優しく問うても、メイカと名乗る幼女は泣くばかりだ。俺は心配で、その幼女の元に歩み寄る。

「ニャー。」

「わぁ、可愛い猫ちゃん。」

 ん?猫?そこで俺は、自分の手を見てみた。真っ黒な毛に、ピンクの肉球。

 何てこった。俺は猫になっている。

 後ろから、カスガとユフィの抑え気味の笑い声が聞こえる。ちくしょう、覚えてろよ。

 その時、頭を割るような不協和音が響いた。あまりの不快な音に、俺たちは鳥肌が立った。

「お家に帰らなきゃ…。」

 メイカが立ち上がった。まるで気乗りしていない、暗い表情だ。

「今のは鐘の音か?」

 ユフィが問うと、メイカは(うなず)いた。

「お兄ちゃん、猫ちゃん、メイカのお家まで着いて来てくれる?帰り道は、とても怖いの。」

 メイカは不安げな瞳で、俺たちを見てきた。

「もちろん、一緒に行こう。」

 カイが令嬢を誘うように手を差し伸べると、メイカはその手を取った。

「メイカのお家は、ちょっと遠いの。」

「構わんよ。」

「ニャー。」

 俺が鳴くたびに、カスガとユフィがニヤニヤする。ちくしょう。


 メイカがカイの手を握り、街の門をくぐった。

 そこは、奇妙な世界だった。建物は(いびつ)で、人がいない。その代わりに、色とりどりの人の形をした、まるで影のような者たちが立っている。その影は、メイカを見ると空が見えなくなるほど高く伸び、メイカと俺たちを見下してくる。

 そして、口々にメイカにこう言った。

《異端の子がいるよ》

《死者と関わる不気味な子》

《そんな子が名家ロブロイの子なんてね》

《でも、愛人の子でしょう?》

(けが)らわしい》

《街に出ないでほしいね》

 影たちは、悪意のかたまりだった。まだ幼いメイカに、半笑いで次々と恨み言を浴びせる。

「なるほど、悪夢か…。」

 ユフィが(つぶや)き、さらに続けた。

「どうやらこれは、マキが見ている悪夢だ。飲み込まれるなよ。」

 メイカは泣きそうになりながら、カイの手を握りしめて歩いた。

 覆うような影と恨み言は、一時も止まなかった。


 やがて、大きな(やかた)にたどり着いた。館と言えど、外観は真っ黒で、壁も屋根も窓も歪んでいる。

「ここが、メイカちゃんの家かい?」

 カイがメイカの目線に合わせて問いかけると、メイカはカイの服をギュッと(つま)んで(うなず)いた。

「これが、家なんか?」

 カスガが疑問を口にすると、ユフィが答えた。

「おそらくだが、先ほどの街の人間といい、この館といい、夢の(あるじ)であるマキの主観でできている。」

 つまり、マキが抱える過去は、奇妙に歪むおどろおどろしい世界を作ってしまうものらしい。

「ニャー。」

 メイカが俺を抱き上げる。

 そして、扉を開けると…。猛烈な風が館から吹き出してきた。猫の俺とメイカはもちろん、それを支えるカイですら押されて、尻もちをついてしまった。

《メイカーディア、何をやっていたのっ。帰るのが遅いじゃないっ。》

 猛烈な風は人の形となり、耳を裂くような声を浴びせる。

「お、お母様、ごめんなさ…。」

《もういいっ。あなたの声なんて聞きたくないわっ。裏口から入って、私と会わないように部屋へ行きなさいっ。夕飯は抜きよっ。》

 バタン。歪んだ扉は閉じ、風は止んだが、俺たちはしばらく動けなかった。

 ようやくメイカが立ち上がり、黒い館の裏へ歩き出す。

「メイカちゃん、大丈夫かい?」

 カイが声をかけるが、メイカはエルターニャ笛を握り、こう言った。

「大丈夫。私、お母さんに会えるまで頑張るの。」

 そして、メイカは館の裏へ走り出した。


「メイカーディア。あの激しい風がそう呼んでいたな。」

 ユフィがそう言って、俺はニャー、と返事をする。カイが、俺の頭から背中を撫でる。

「まぁ、何となく予想はついとったが、マキはリベリア国ロブロイ家の、メイカーディア嬢で間違いなさそうじゃな。」

 カスガが、俺の喉を撫でながら言う。

「でも、浴びせられた言葉はどれも(ひど)かった。異端の子とか、愛人の子とか…。」

 カイが、俺の尻をトントン叩きながら言う。ニャンとも言えない心地よさだ。カイとカスガは、猫の扱いに慣れている。

「一応、ソラのために説明しよう。」

 ユフィが俺の小さな額に、指を当てて説明する。

「愛人とは、男が正式な妻以外に持つ女性のことだ。どうやらマキは、正妻との間に生まれたのとは違う子のようだな。」

「そのうえ、事情は分からんが異端の子などと言われるなんざ、どうもマキの幼少時代は安心とは、程遠いものじゃったそうじゃな。」

 カスガがそう言うと、突然空から蜘蛛の糸が降ってきた。俺たちは逃げる(いとま)もなく絡め取られ、そのまま引っ張り上げられた。


 次にたどり着いたのは、周囲に何もない、黄緑色の空間だった。俺たちは歪んだ窓越しに、メイカの姿を見つけた。

 部屋の中央ではメイカが、ゆりかごを(のぞ)いて微笑(ほほえ)んでいる。ゆりかごからは、(まばゆ)い光が放たれている。

 ユフィの言う通り、この夢がマキの主観だとすると、ゆりかごの存在はメイカ、いや、マキの大切なものなのだろう。

「レオ、うふふ、可愛いね。」

 マキがニコニコと微笑む。それは、俺に向けてくれる優しい笑顔を思わせる。

 しかし、扉がバタバタと激しく音を立て、またあの猛烈な風が吹き込んできた。

《ああ、汚らわしい。私のレオンシオに触らないでっ。》

「でも、レオンシオはメイカの弟だってお父様が…。」

《腹違いのねっ。あなたの母親は娼婦同然の女よ。そんな血が流れているあんたが憎いっ。二度とレオンシオに近づかないでっ。》

 またも、猛烈な風の前にマキは立ち尽くし、ゆりかごは扉の向こうへ運ばれてしまった。マキ以外何も無くなった空間は真っ暗になり、小さなマキは、より小さくしゃがみこんでしまった。


 すると、扉が静かに開いた。普通の男だ。影や嵐で形作られた人間ではなく、まったく普通の男が現れた。マキと同じ、茶色い髪をしている。

「メイカーディア、どうしたんだい?」

「お父様、お母様がね、メイカの母親はショーフだっておっしゃったの。ショーフって何?」

 紫の瞳を滲ませるマキに、お父様と呼ばれた男が優しい瞳を向ける。

「メイカーディア、君のお母さんはね、娼婦というものではないよ。素敵な音楽を奏でる、美しい人だったよ。君と同じ、宝石のような瞳の女性だったよ。」

「お父様、お母さんはどうして、メイカを置いて行ってしまったの?」

 父は、それは、と言って、答えに困ったのか(うつむ)いてしまった。

「お父様、お母さんはいつ、メイカを迎えにくるの?」

 俯いていた父が顔を上げ、マキの小さな手を握って言う。

「いつか、迎えに来るさ、きっと。」

「お父様、レオは、メイカの弟じゃないの?」

「そんなことはない。」

 父は、語調を強くして答える。

「メイカーディアもレオンシオも、私の大切な子どもだよ。どちらも一番のね。」

 そう言うと、父はマキを抱きしめた。


「優しそうなお父さんだね。」

 俺は、そう呟くカイに抱かれながら、その光景を見ていた。

「この悪夢のなかでまともな姿を保っているということは、父親はマキにとって、安心できる存在だったのだろう。」

 ユフィがそう分析する。

 待てよ。夢のなかに現れるものがマキの主観によって作られているとしたら、俺はなんだ?俺はマキにとって黒猫のような存在なのか?

「ニャー、ニャー。」

 カスガとユフィが、吹き出すように笑う。カイが腹を撫でまわす。ちくしょう、一発引っ掻いてやろうか。

 そうしていると、またも空から蜘蛛の糸が降ってきた。蜘蛛の糸は俺たちを絡め取り、空高く引っ張り上げた。


 次の空間は、広く天井も高い場所だった。

 一体の人形を半円状に囲むように、ニ、三十体の人形が並んでいる。人形はそれぞれ楽器を手にしているが、人形自体は全て同じ顔と形をしている。

 人形のなかに、ポツンとマキが混ざって座っている。先ほどより、少し成長しているようだ。

 俺たちは、客席らしき椅子に座っている。

「どうやら楽団のようだね。ソラ、あの中央の人が指揮者だって覚えているかい?」

 カイは人、と呼ぶが、それは人形だった。ロンソ村で目にしたのと同じ指揮棒を手にしている。

 指揮者の人形が、指揮棒を振り始めた。そしてその指揮に合わせ、人形の楽団が演奏する。マキも笛を吹いているようだ。その演奏は、ロンソ村の楽団よりも大人数なだけあって、迫力がある…ように最初は感じた。

 だが、どうにもつまらない。ロンソ村の楽団は少人数だったが、一曲一曲に心が踊った。しかし、この人形楽団の演奏は、山場のない紙芝居のようで薄っぺらく感じられる。

《やめっっ。》

 指揮者人形が、突然大声を上げ、演奏が止まった。

《メイカーディア。》

「はい。」

 呼ばれたマキが立ち上がる。

《また指揮を無視して、演奏しましたね?》

「はい。しました。」

《なぜです?》

「この曲は神々へ豊穣の感謝を伝える、収穫祭の演目でも大切な一曲です。特に、今吹いたところは収穫の喜びの場面でした。ですから、私はその喜びを…。」

御託(ごたく)は結構っ。》

 マキが曲の解釈を述べている途中で、指揮者人形の首がぐるりと回って、激怒の表情となった。

《我々リベリア国立楽団は、神々への、そして国家への感謝と祈願を音楽でお伝えする、尊い使命を(にな)っています。我々は神と国への奉仕者、そこに個人の感情と考えはいりませんっ。》

 マキが唇を噛み締め、笛を握りしめていると、周囲の人形が一斉にカタカタと小刻みに動き始めた。そして、表情が変わらないまま、それぞれにささやく。

《またメイカーディアか》

《異端の幽霊使い》

《愛人の子》

《ロブロイ家の面汚し》

《お前の考えなんかいらない》

《お前の笛は邪魔だ》

 すると、マキは耐えられなくなったのか、椅子を倒し、走り出した。暗闇へ飛び出し走り続けるが、マキに浴びせられる恨み言は反響する。


 やがて、夕日が見える街の門へたどり着いた。そして、涙が滲む目をグイッと拭き、震える息を大きく吸い、歌い出した。

 

 母よ、遠くの夕陽に、あなたを見ます

 淡く、幾千の色で染まる地平線

 我が故郷はどこなるか

 美しき故郷はどこなるか

 眼には見えぬ、我が母よ

 私を呼んでおくれ、その声で

 美しき名を

 あなたがつけた

 この美しき名を


 この歌には覚えがある。ヴェーゼンに着いた初日、定食屋で多くの人の心を(つか)んだ歌だ。

 母の帰りを待つ、一人の少女。楽器は静かに吹く風だけ。なのに、その声は俺の耳をスッと通り、俺の中心を揺さぶる。胸がキュッと締まるような、痛いような、しかし優しい歌だった。

「メイカーディア、探したよ。」

「お父様。」

 マキの父が駆けつけるように現れた。人形ではなく、まともな人の姿を保っている。

「また、楽団の練習を抜け出したと聞いたよ。」

 心配そうに目線を合わせる父に、マキは唇を引き締め、強い眼差(まなざ)しを返す。

「お父様、私は間違えたことは言っていません。私の生みの母は、音楽は文字の無い心だという言葉を残していました。私は、聞いた人の心を豊かにする音楽を創造して、演奏したいのです。」

 マキは揺るぎない意志を持ってそう言った。

 文字の無い心。俺は強く同意する。浮浪児同然でまだ文字を読めなかった俺に、様々な想像をさせた音楽の力を実感しているからだ。

 しかし、そんなマキを前に、あの優しげな父は諦めるように説く。

「メイカーディア、何度も言っているが、我がロブロイ家は儀礼や式典の音楽を保護し、演奏する家系なんだ。儀礼や式典の音楽は、何よりも調和が必要だ。演奏者の個性よりも、全体の調和を持って、神々や国家に捧げる音楽を大切にしているんだ。」

「それでは、私の心は何も感じません。」

「それでいいんだ。」

 優しい父が(かたく)なに譲らない。どうやら、マキの意志よりも大切な、家の使命を背負っているようだ。マキから一切目を()らさずに、自分の考えを伝えた。

「メイカーディア、これは、前から考えていたことなのだが…。」

 しばらくの沈黙のあと、父は躊躇(ためら)うように話を切り出した。

「私の知り合いに、劇団を主催する者がいる。ブロタールという劇団だ。グランディエを拠点としている。」

 マキが何かを察して、不安げな表情になる。

 父の姿が、少しずつ透明になっていく。

「しばらく、その劇団で暮らしてはどうだろう?そこなら、お客さんを楽しませるための演奏ができる。メイカーディアに向いている気がするんだ。」

「お、お父様…。私を捨てるの…?」

「違うよ。君を思って…。」

「違わないわっ。私が邪魔なのよ。」

 マキが、透明になって姿が見えない父親に叫ぶ。

「お母様は私を汚いもののように見る。街の人は私を異端だとか、不気味だとか言う。愛人の子だからでしょ?お母さんが風瓏(ふうろう)の民だからでしょ?」

 マキが涙を(あふ)れさせ、思いの丈を叫ぶ。父親は違う、と繰り返すが、その声は強くなった風に消えていく。

「みんな、みんな、私なんていらないのよ。もう、消えてしまいたい。」

 手で顔を覆うマキがしゃがみ込む。

 気づいたら、周りは真っ暗な空間となっていた。父親は透明になったまま、声もしなくなった。ただ、マキの泣く細い声だけが響く。

 俺は、アルデールで大声で泣き(わめ)いた自分を重ねていた。マキも、自分が何かを背負って生まれたことで、苦しんでいたのだ。

 泣きじゃくるマキは、少しずつ小さくなり、やがて、この夢の始まりよりも、もっと幼くなっていた。


「マキ。」

 幼いマキが、顔を上げる。

「お母さん。」

 そこには、マキと同じ紫の瞳をした、スラリとした美しい女が立っていた。

「待たせてごめんね、マキ。」

「お母さんっ。」

「ダメだ、止めるぞっ。」

 ユフィが鋭く叫ぶ。俺は四本足で走り、マキのスカートを噛んだ。

「な、なんじゃこりゃあ。」

 カスガの声に振り向くと、三人は太い蜘蛛の糸で足を取られていた。

「離して、猫ちゃん。」

 マキは俺を振り(ほど)くように歩こうとするが、俺は四本足を踏ん張って止める。


《なんで、夢に干渉できるヤツがいるの…?》

 空間全体に、男の声が響く。

《俺の作る夢に入り込むなんて、どうやったの?》

「お前は誰だっ?」

 ユフィが空間に声を響かせる。

《どうすればいいですか…?》

 それはユフィの問いかけに答えるわけでなく、別の誰かに教えを乞う頼りない声だった。

《はい、分かりました。》

 男の声とともに、空から蜘蛛の糸が降ってきた。糸は俺たちを、今度はマキもともに絡めとった。

「お母さんっ。」

 幼いマキは糸の間から母に手を伸ばすが、俺たちは抵抗することもできず、空高く引っ張り上げられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。