夢が踊る街クルエル《ソラ》
《ソラ》
その王都は、異様な光景で溢れていた。
街の至るところで人が踊っているのだ。
新年の祝いだろうかと、俺たちは一度は考えた。しかし、どの人も一人でバラバラに、手足をでたらめに動かし、何よりも目を瞑ったまま踊っている。
「これが奇病?」
ユフィがいぶかしげに呟くと、旅籠から俺たちを馬車に乗せてくれた、親切な商人が言う。
「ああ、もう二週間くらいかな。道端でも店の中でも、突然人がバタバタと倒れてね。病気かと思えば、ただ眠っていたらしい。周りも安心して家に連れて行って寝かせたら、起き上がって…。良かったと思ったら、眠ったまま踊り始めたらしい。」
「そのまま踊り続けるんですか?」
カイが問うと、商人が続ける。
「いや、少ししたら疲れたように、また眠るらしい。踊って、眠って、それを繰り返して、踊らなくなったと思えば、最後はボーッと廃人のようになるって話だ。」
俺たちはゾッとして、顔を見合わせた。商人はさらに続ける。
「この奇病が、王都でどんどん広がっているらしい。国の騎士団や姫神教会が調査しても、原因も何も全く分からない。そのせいで、国王が港を封鎖しちまったんだ。この奇病が止むまでは、船も動かないだろう。」
「確かに、こんな病が世界に広まったら大変よね…。」
マキが呟き、改めて街を見る。やはり、奇妙な光景だ。大人も子どもも老人も、大きく早く手足を動かしている。
「旅人さん、街に滞在するのかい?」
「ああ、船に乗りたいし、届け物もあるんだ。」
商人の問いに俺が答えると、商人はそうかい、と言って馬車に乗った。
「心配だが、旅の運を祈るよ。姫神様の加護がありますように。」
馬車が旅籠へ走り出したので、五人で礼を言って見送った。
俺たちは、街の門をくぐった。王都だというのに、賑わいはない。踊る人々の足音ばかりが、レンガ敷の地面に響いている。
四人が言うには、この時期はどの国も、街や小さな村でさえも、新年の祝いで賑わっているはずだという。さらに言うと、クルエルは大きな港があるため、貿易が盛んだ。世界中から人や物が集まり、ただの王都よりも華やいでいるはずだという。
とにかく情報が必要だ。俺たちは休業だらけの食堂を何軒か見送り、ようやく開いている食堂を見つけ、その扉を開けた。
「あ、あら、いらっしゃい。」
食堂に人はいなかった。客足が途絶えていたのか、油断をしていたであろう女将が挨拶をしてくれた。
「お客さん、旅の人?こんな街によく来たね。」
「船に乗りたくてよ、遥々グランディエから来たんだ。」
俺がそう言うと、女将さんはそんなに遠くから、と驚いた。そして、沈んだ表情で話す。
「気の毒だね。普段なら船が何隻も出入りして、この食堂もいろいろな国の人で溢れて、暇なんて無いんだけどねぇ…。」
「ここ二週間くらいだと聞きました。」
カイがそう言うと、女将さんはカレンダーをチラリと見た。
「そうね、お酒を仕入れたのも、それが最後だね。世話になってる酒屋さんも病にかかって…。何日間か踊ったり眠ったりを繰り返して、今じゃすっかり人形のようになってるって、奥さんが言っていたよ。」
「この二週間や、その前に変化はありましたか?」
ユフィが問いかけると、女将さんはしばらく考えた。
「変化ねぇ…。まぁ、みんな外出しなくなったね。奇病を恐れてさ。病が流行る前は、そうねぇ…。ただでさえ、陸路でも海路でも人の出入りが激しいし、新年に向けて、さらに商品だったりの取り引きも多い、目まぐるしい時期だったから、ちょっとした変化なんて分からないよ。」
「では、黒づくめの魔道士、いわゆる殉教の魔道士は目撃しましたか?」
ユフィが何か確信めいて問うと、女将さんはあっさりと答える。
「ああ、見るよ。」
「いつ?何人くらい?どんなやつ?」
俺が思わずカウンターに乗っかる勢いで尋ねると、カスガに落ち着け、と体を引っ張られた。
「いやぁ、あの魔道士たちね、この街では珍しくないよ。」
女将さんの言葉に、俺たちは驚く。女将さんは日常会話のように続ける。
「この国は建国から、姫神教会も希望教会もどちらも力があってね。紫の紛争地帯がすぐ隣でしょ?だから王族も、紫の紛争地帯から亡命してくる教徒を、宗教関係なく受け入れるんだよ。」
「じゃあ、希望教や殉教の魔道士への差別は無いのかい?」
俺が問うと、女将さんは首を横に振った。
「精霊戦争中や、終戦直後にはあったよ。店先に、希望教徒の出入り禁止って貼り紙があったりね。」
ここまでは、俺たちが知る希望教のあり方だった。しかし、次の説明に俺たちは大きく驚く。
「でも、この国は昔から、殉教の魔道士を兵として国が雇っているでしょ?だから姫神教会よりも先に、王族がそういう差別を禁止したんだよ。」
「えっ、国として?」
カイが驚いて問うと、女将さんはそうさ、と軽く返事をした。
「なんだ、有名だと思っていたよ。何せ紫の紛争地帯だけでなく、複数の敵国と面していたからね。なりふり構ってられない国だったんだよ。」
俺たちは信じられないという感情を共有するように、互いの顔を見合った。
「だから、今も王都の西に立派な希望教会が残ってるよ。それから、希望教徒も殉教の魔道士も、よくお祈りする姿を見るよ。まぁ、差別する気持ちとか、不気味だなと思う気持ちはあるけど、国が守ってるしね…。悪さするわけでもないから、お互いに知らないフリをして生きているよ。」
今まで通った国とは、違う歴史と感情がある国だ。
俺たちはこの短期間で、あまりにも殉教の魔道士の狂気的な姿を目の当たりにしてしまった。しかし、女将さんの説明に抵抗感はありつつも、《そこにいる》ということを受け入れなくてはいけない。
俺のなかに、小さな葛藤が生まれている。
俺たちはせっかくの食堂なので、料理を頼むことにした。
しかし、メニューは見たことがないものばかりだ。
俺は興味が湧いた、知らない単語を次々と質問した。イカ、タコ、貝、それからたくさんの魚の名前。俺は前のように、味覚がまともなユフィと同じものを頼んだ。それは、貝類のシーフードパスタだった。
挨拶のあと、俺はフォークの使い方を改めて教えてもらった。おかげで、ヴェーゼンのときよりも上手く食べることができた。
「う、美味ぇ。」
俺たちはあっという間に食べ終えた。すると、女将さんはサービスだよ、と小さな皿を置いてくれた。
「ぷ、プリンっ。」
マキの目が輝いた。
「なんだい?これ。ぷるんぷるんしてるぜ。」
皿を揺らすと、ユフィに行儀が悪いと叱られた。
「まぁ、ソラくん、食べてみなさいよ。」
マキがにこにこと促すので、俺はその柔らかい小山をスプーンですくい、口にした。
「な、なんだこれっ。美味ぇけど、なんか違うっ。」
俺は衝撃を受けた。それは、口にしたことの無い味だったのだ。
「ソラ、こういう味を甘いって言うんだよ。」
カイはそう言って、自分も口にした。
「うむ、メウィティカ以外で甘味を食べたのは初めてじゃが、こりゃ美味いのぅ。」
カスガも俺と同じように感動していた。
「甘いのなんて、いつぶりかしら。幸せー。」
マキは目を細めて、その幸せを噛み締めている。すると、俺の目の前にプリンが増えた。
「ユフィ、食べないのかい?」
「俺は甘いものが苦手なんだ。」
ユフィがそう言うと、マキがえー、と声を上げて言う。
「もったいなーい。人生の半分、損してるわよ。」
ユフィは別にいい、とぶっきらぼうに返した。俺はありがとよ、と言って、二皿ペロリと食べてしまった。
俺たちは女将さんに礼を言って、会計をした。
食堂を後にし、宿を探すことにした。やはり街中、踊る人で溢れている。どの通りも、踊る人の足音が響くだけで、まともな状態の人がいない。
しかし、耳を澄ますと、踊る人たちが何かを口にしているのが聞こえた。
怖い、やめて、来るな、出て行け、嫌だ…。
あらゆる恨み言が聞こえ、ますます増した不気味さに、俺たちの歩みも速くなる。
そして、休業だらけの宿からやっと開いている宿を見つけ、部屋に入った。
「なんか、ロンソ村を思い出しちまう。」
窓から通りを見下ろし、俺が呟いた。生きてはいるが、同じようなことを口にして、周りに人がいないかのように踊る人々。ロンソ村で目にした、多くの霊体を思い出してしまった。
「商人の方や女将さんは奇病、と言っていたけれど、そもそも本当に病気なのかな?」
カイがそう問いかけると、カスガは聞いたことがない、と首を横に振った。
「病と言うよりも、何らかの呪いに感じる。」
ユフィの一言に、俺たちは無言で頷く。先入観が生まれてしまっているが、俺は頭に浮かべてしまっているのだ。殉教の魔道士たちを。
「タランテラ…。」
マキの呟きに、俺たちは四人でえっ、と反応してしまった。マキはその反応に少し驚いて言う。
「あ、いや、深い意味はないのよ。ただ、テンポが…。」
「いや、興味深い。説明してくれ。」
ユフィが食い気味に促すと、マキは戸惑いながら、窓から、通りの踊る人を見るように言った。そして、机を叩き始めた。かなり速く、激しい音がする。
しかし、その音を聞いているうちに、机の音と踊る人の動きが重なったのだ。
俺たちは驚いて、一斉にマキを見た。
「街を歩いていて気になったの。振り付けはバラバラだけど、みんなテンポが同じだなって。それも、速くて激しいテンポ。よく舞うときに演奏する、タランテラという種類の音楽。」
「タランテラ…。」
俺が呟くと、マキは頷いて、説明を続ける。
「タランテラのテンポが生まれた背景には、毒蜘蛛がいるの。」
音楽に似つかわしくない言葉に、俺たちは少し驚く。
「毒蜘蛛に刺されても、医療が発達していない時代にね、激しく踊って汗をかいて、毒を抜こうとして生まれたテンポという説が一つ。もう一つは…。」
マキが通りの踊る人を見て、呟いた。
「毒の、あまりの苦しさに、激しく踊り狂うように死ぬ様子から生まれたテンポ…。それがタランテラよ。」
激しく踊り狂い、そして死ぬ。なんて恐ろしい歴史を持って生まれた音楽だろう。しかし、マキの説明を受け、ますます俺たちの予想が、あの魔道士たちに近づいた。
「前にユフィが言ってたよな。殉教の魔道士は、何かを犠牲にして人に悪い影響を与えるって。」
俺が言うと、ユフィは頷いて言う。
「しかし、それ以上のことは分からない。殉教の教えは、原則として門外不出。殉教の魔道士以外に、何をどのようにして、どのような影響を与えるか教えることは許されていない。また、殉教の魔道士以外がそれを研究することも許されていない。」
似たようなことを、ヒューが言っていたのを思い出す。そして、またあの軽やかに歪んだ笑顔が頭に浮かんだ。
「俺の頭に、あの黒づくめの衣装と刺青がくっついて消えないんだ。希望教を調べるのはどうだい。」
俺がそう言うと、四人は互いの顔を見合わせた。そして、ユフィが言う。
「ソラ、俺たちの目的はなんだ?」
「…アリアレジスへ行く。」
「そうだ。人助けの旅ではない。」
「…でもっ。」
「気持ちは分かるよ。僕だって放っておけない。」
理性的なユフィに反発する俺を、カイが制する。そして、カスガも呟く。
「まぁ、ここ最近のことを考えると、どう見てもヤツらの仕業じゃろうのぅ。」
「そうだろ?」
俺が同意を求めるが、カスガは苦々しい表情で答える。
「うむ…、じゃが、ヤツらを相手にするのは…、ワシゃ自信がない…。」
困っている人がいれば、頭よりも先に体が動くようなカスガのその答えに、俺は少し悔しい気持ちもあった。しかし、彼が簡単にそう考えはしないことも理解できる。
「苦しいけれど、国で調査しても分からないことに、私たちが対応できると思えないわ。」
マキも眉尻を下げて言う。
「仕方ないと思う。次に大きな港がある、ジオリダムを目指そう。」
カイが俺の肩に手を置く。
俺にはこれ以上、何も言えなかった。戦えるだけの力が無い俺に、強く言う資格なんて無い。そう言い聞かせて、溢れそうな気持ちをグッと抑えることしかできなかった。
俺たちは、またあの女将さんの食堂へ行って、夕食をとった。食堂では、五人とも無言だった。気さくな女将さんが、茶色いものをパキッパキッと割って、俺たちにオマケでくれたが、誰もはしゃぐことはできなかった。
それはチョコレートだった。チョコレートは甘く、どこか苦みもあったが、その二つの味が同時にあることの不思議を共有することはできなかった。
また、ヴェーゼンでの盗みを思い出し、俺のなかで苦い記憶となっているのを自覚させられた。
ユフィは今度も、俺に食べさせてくれた。
宿に戻り、ユフィとカイは地図を眺め、ジオリダムへの道のりを確認していた。
カスガは俺に体術を教えてくれることになり、その基本の立ち方を教えてくれた。まずは基本の立ち方と姿勢。ほんの少し重心を変えるだけで、また、足の置き方を変えるだけで、体が軽く動くような感覚があった。
「すげぇ、カスガって薬だけじゃなくて、格闘もすげぇんだな。」
俺がその手応えにはしゃいでいると、カイがやんわりと声をかける。
「カスガの故郷メウィティカはね、長い歴史と、それによって研究が進んだ医療も有名だけれど、戦闘における武人の力も有名なんだよ。」
「ブジン?へー、なんだか強そうでカッコいいな。」
俺が感心していると、先ほどまで俺にハキハキと指導していたカスガが、吐き捨てるように言う。
「大陸に一つしか国が無いくせに、戦いが強いっちゅうのもおかしな話じゃがの。」
アルデールで見せた、あの自虐的なカスガが顔を見せた。
「隣接する国も無いのに力をつけとるっちゅうことは、いかに自国民を力で支配しとるっかということじゃよ。」
カスガは自分の国の話になると、息を吐くように毒づく。いつも朗らかで親切な彼の、奥底にある黒い感情が垣間見える。そして、何も無かったように、俺にまた指導を続けた。
隣の部屋から、笛の音と女のはしゃぐ声が聞こえた。マキが、他の女の旅人と曲を通して交流しているらしい。これまでの旅路でもマキはそうしてきたが、俺はこの音や声がするたび羨ましかった。自分の得意とすることで、他者と心を通じさせる術を、俺は知らないからだ。
やがて夜になり、俺たちは寝床についた。
しかし、俺は眠れなかった。本音としては、タランテラで踊り狂う人々をどうにかしたい。その背後に希望教と殉教の魔道士がいるならば、何とかしたい。
でも、今の俺に何かできる力があるとも思えない。アリアレジスを目指す最善の道を提案する四人に、何の反論もできない。
自分の弱さと、世の中のどうにもできない問題との隔たりに悩むうちに、時間は過ぎる。
そのとき、隣の部屋から女の悲鳴がした。そして、俺たちの部屋を強く叩く音がした。俺以外の三人も飛び起き扉を開けると、異国からの旅人らしき女が必死の形相で訴えかけてきた。
「あの子、笛の子が、様子がおかしいのよ。」
俺たちは眠気も吹っ飛び、急いで隣の部屋へ駆け込んだ。
部屋に入ると、暗い部屋にランプが一つ灯っている。マキがベッドから落ち、床に横たわっていた。
カイが抱き起こし、楽な姿勢にすると、長い髪が床に垂れる。そして見えた表情は苦しそうで、何かを声にしているように見えるが、それを聞き取ることはできない。
「これ、奇病かもしれない。」
同じ部屋の女が、切迫した口調で言う。
「踊る前に、こんな風に苦しそうにするんだ。まるで、悪夢を見ているようにね。」
「悪夢…?」
その瞬間だった。蜘蛛の糸のようなものが、マキの体を覆うのが見えた。それは、あの悲しい記憶を見せる銀の糸だった。
「銀の糸だ。」
しかし、いつもの銀の糸とは違う。今までの銀の糸は、か細くキラキラと、ささやかに煌めく糸だったが、マキを覆う銀の糸は、大きく太く、今にもマキを飲み込んでしまいそうだ。
銀の糸と聞いて、カイがすぐ、俺にランプを渡してくれた。俺はこれまでと違う銀の糸に警戒しながら、その糸にランプの光を当てた。
すると、糸は俺たち四人を覆うように素早く伸び、その体に絡みついた。
目の前が真っ暗になる。いつもの落ちる感覚はない。飲み込まれた。得体の知れない蜘蛛の糸に、俺たちは絡め取られた。
足元が確かになり、目を開けるまでに少しの時間を要した。視界がはっきりとした。だが、いつもの真っ黒なペンキと、散らばった星空ではない。
俺たち四人は、遠い異国にいる。
見慣れた草原と違い、砂地が広がっているため、一目でも異国と分かった。見たことのない建物が、街を囲む外壁の向こうに見える。
「女の子がいる。」
カイが、街の門らしきところを指差して言う。
「マキ、なのかい?」
門の端に、茶色い髪と紫の瞳の、まだ五才になるくらいかの女の子が座っていた。しかし、あれはマキだろう。手にはあのエルターニャ笛を持ち、遠くを見つめている。
「この空間はなんだ?」
「分からない、でも、放っておけない。」
ユフィとカイが短く問答し、俺たちは小さなマキに歩み寄った。




