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【太陽物語】 夜明けへ進む少年は  作者: 立花ハル
《第三章 若者たちの進む道》
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キーエールのローズ、雨の続き《ソラ》

《ソラ》


 土砂降りのなか、俺たちは墓地へ向かって走った。分厚い雲から降り注ぐ雨の下、墓地は一層の不気味さを漂わせている。


「あ、あなたたち…。」

「ローズっ。」

 雨でびしょ濡れのローズとダフィが、こちらを向いた。背景は灰色の墓地で、彼女のオレンジ色のワンピースと明るい雰囲気に似合わない。

「あなたたちも、呼ばれてここに?」

「呼ばれて…?」

 ローズの問いに俺が戸惑っていると、墓地の大木から、三人の魔道士が現れた。

 殉教の魔道士だ。眼鏡をかけた男、甲高(かんだか)い声の女、そして一貫して無反応の人間。

「なんで?こんなに余計な人間ばかり、あたしはローズちゃんに用があって呼んだのに。」

 墓場に不釣り合いな、明るい声で女が言う。続けて、眼鏡の男が続く。

「そうですね、いま必要なのはローズ…。いや。」

 男は眼鏡の位置を直し、俺たちをじっくり観察して言った。

「そうですね、そこの青い瞳の少年、あとはそこの…。」

「やめろっ。」

 眼鏡の男がユフィを指差して何かを言いかけたのを、ユフィが大声で止める。こんなに必死なユフィは見たことが無い。

「まぁ、いいでしょう。今日のところは、ローズを僕たちのところへ導きます。」

 眼鏡の男にそう言われて、俺はナイフを片手にローズの前に立った。

「え?おチビちゃん、そんなナイフだけで、あたしたちに立ち向かうの?」

 女の魔道士が鷹揚(おうよう)として挑発してくる。しかし、俺は負けずに問う。

「あんたらが形代(かたしろ)狩りの正体か?」

「形代狩り…。」

 眼鏡の男が(うつむ)いて(つぶや)く。そして、俺をまっすぐに見つめて言う。

「あなたたちが、僕らをどう名称しようが構いません。僕たちは、僕たちの希望のため動くだけです。」

「希望?君たちは希望教なのか?」

 カイが問うと、甲高い声の女が答えた。

「見ての通りだよ。あたしはユイミヤ。よろしくねっ。カイくん。」

「どうして、僕の名を?」

 驚くカイをよそに、ユイミヤは俺たちの名前を次々と言い当てた。

「な、なんで私たちの名前が分かるの?」

「ふふっ、殉教の教えに不可能はないの。」

 戸惑うマキに、ユイミヤが余裕たっぷりに言った。そして、眼鏡の男も名乗る。

「僕はアルタビル。希望教徒で、殉教の魔道士です。先ほども言った通り、ローズを僕たちの元へ導くために来ました。」

「なんで私を?」


「迎えに来たよ、ローズ。」

 突然、俺たちや魔道士たちと別のところから男の声がした。そちらを向くと、ローズと同じ髪色の男と女が立っていた。

「お父さん、お母さん…?」

 ローズが驚いて、震えた声でそう言った。言われてみれば、それぞれの面立ちはローズと似た部分がある。

「じゃが、ローズの家族はもう…。」

 カスガと同じ疑問を、俺たちも抱いていた。しかし、ローズの父と母はそこに居て、俺たちと同じように雨に打たれている。

「寂しかったでしょう。これまで頑張ったね。これからは一緒に暮らしていきましょう。」

 ローズの母は、優しくそう呼びかけた。そのとき、父と母の後ろから、三人の幼い子どもたちが顔を出した。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん…。」

「惑わされるな、ローズ。」

 ユフィが大声で(さえぎ)る。さらに、ダフィも激しく吠えている。

「聞いたことがある。殉教の教えに、死者の魂を操る魔道があると。そして、それは姫神教によって【禁術】とされているはずだ。」

 ユフィが嫌悪感を持って、説明した。

「死者の魂…。」

 ローズが小さく呟く。すると、ユイミヤが甲高く笑って言う。

「へぇ、ユフィくん、詳しいんだ?その通り。この人たちは、ローズの家族そのものだよ。」

 そう言われて、俺たちはゾッとした。そして、今、俺たちがいる場所を考えた。

「あたしね、声が聞こえたの。ローズちゃんを心配する声が。一人生き残って、ひどい扱いを受けているローズちゃんをみんな心配してたよ?」

 ユイミヤはそう話しながら、ローズの家族の元に近寄って、話を続けた。

「だから、呼び覚ましたの。骨はお墓にあるでしょ?あとは、お肉はその辺の家畜をちょっと借りてね。まぁ、返せないけど。」

 ユイミヤは両腕を広げ、呼び覚ましたというローズの家族を見せつけるように話した。その表情は、スリの成果を自慢する孤児のものと似ていた。

「どう?素敵でしょ?私たちと一緒に来たら、いつでも会わせてあげるよ。ローズちゃん。」

 俺たちは、信じられないものを見ている。と言うよりも、おぞましい。禁術とされている理由が、感覚として理解できる。

 これは、命を(もてあそ)んでいる。

 俺たちが反論する意識を忘れている間に、アルタビルが言う。

「僕たちとしては、ローズ、あなたを希望教へ導きたい。希望教は今、新たに生まれ変わっている途中なのです。多くの形代を導き、その力を集めています。正しく形代の力を使い、尊厳を持って生きられる。そんな世界を、ともに目指しませんか。」

 ローズに投げかけられたその言葉は、そのまま俺に響いた。ソクアヴェスタとそれが信仰した希望教への抵抗感は、今でもある。

 しかし、馬鹿にされてきた俺の力が正しいものとされ、当たり前に生きられる。そんなことが叶うなら…。

 俺がそんな誘惑に揺れていると、ローズが家族の方へ歩き出した。俺たちは、静かに見ることしかできない。そして、ローズが家族の前で立ち止まった。

「お父さん、お母さん、こんな髪や目の色だったんだ…。私と同じ色だね。写真は白黒だから、初めて知った…。」

 そう言って、次は幼い兄弟を見た。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、こんなに小さいのに亡くなってしまったんだ…。私まだ小さかったから、大きく見えたんだけどな…。」

 ローズはしばらく、家族を見つめていた。呼び覚まされた家族は、ローズの名を口々に呼んでいる。ユイミヤが、変わらない明るい口調で話す。

「今はまだ宿した魂が不安定で簡単な話しかできないんだけどね、時間をかければもっと家族っぽい話もできるようになるよー。」

 ローズがユイミヤを見る。

「ユイミヤ、家族が亡くなったのは私が物心つく前だったから、なんだか初めて会った気分よ。」

「うふふ、すごいでしょ?こんなことが出来るのも…。」

 バシン。ローズがユイミヤの左頬を、鋭く叩いた。

「すごくなんかないわ。許さない。ユイミヤ、あなたは私の数少ない思い出も、家族の魂も(けが)したのよ。家族は神海(しんかい)で、穏やかに過ごしているはずだったのに。」

 ユイミヤが、茶色の瞳を丸くして、震えながらローズを見る。

「これは、私の家族じゃない。早く元に戻して、お墓に眠らせて。早く。」

 ローズが怒りながら、ユイミヤの肩を強くつかむ。

「僕らに着いて来る気はないと?」

「あるわけないでしょう。こんな人としての道を外れた魔道を、平気で扱う人なんかに。」

 アルタビルの問いに、ローズは毅然(きぜん)として答えた。

「嫌い。」

「え?」

「大嫌い、大嫌い、大嫌い、大嫌い、大嫌い…。」

 ユイミヤが俯きながら、鋭い声で繰り返す。そして、ローズの手を強く振り払い、大声で叫んだ。

「あたしの魔道を否定するヤツは、大嫌いっ。」

 すると、今まで無反応を貫いていたもう一人の魔道士が、突然動き始めた。その動きは俊敏で、カイやカスガが止めようと踏み出すよりも早く、ユイミヤの後ろへ立った。そして、黒づくめの衣装を脱ぎ捨てた。その姿に、俺たちは声を上げてしまう。

 肌がツギハギで縫い合わされ、両目は大きさも色も違う。それが人間でないことは、一目瞭然だ。

「この子はカダベル。あたしの自信作。」

 カダベルと呼ばれたそいつは、小さく(うめ)き声を上げる。ローズはその姿を間近にし、固まってしまっている。

「ローズちゃん、あなたの家族、もらっちゃうね?」

 ユイミヤはそう言うと、聞いたことのない言葉を呟き始めた。魔道の詠唱だ。

「やめてっ。」

 得体の知れない魔道だが、あなたの家族をもらうと言う言葉、そして、ツギハギ人間のカダベル。何が起こるか想像はつく。

 ローズがユイミヤを止めようとすると、鋭い棘がローズの足を刺した。ローズが悲鳴を上げて、雨に(まみ)れた地面に転ぶ。

「申し訳ないが、希望教に従わない形代は始末することになっているんです。その力を、姫神教に利用されるわけにはいかないので。」

 アルタビルが淡々と話す。彼の両腕に彫られた刺青(いれずみ)が、禍々(まがまが)しい光を放っている。


「ローズっ。」

 俺はローズの方へ駆け出した。しかし、黒い壁が立ちはだかる。影だ。それは高く伸びた、大きな影だ。

「ちくしょう、こんなときにっ。」

「違う、ヤツの魔道だ。」

 焦る俺に、ユフィが言った。

 アルタビルを見ると、彼の右手から赤い糸のようなものが、これも禍々しい光を放ち、俺の目の前の影に伸びていた。そして、アルタビルが左手をあげると、さらに糸が数本伸び、影も増えた。

「まるで傀儡師(くぐつし)だわ。」

 マキはそう言うと、笛を構えた。カイとカスガも武器を構え、ユフィも本を開いた。

「この影を潜り抜けて、ローズを助けよう。そして、ローズの家族も。」

 カイがそう言った。ローズを助けるのは当然だ。そのうえで、ローズの家族を助けるのは、ローズの思いを守ることになる。

「ユフィは光の魔道を、僕とカスガは影と戦う。そして、隙を見てローズを助ける。マキは補助魔道を。」

 カイの素早い指示に、それぞれが返事をする。

 俺は悔しい。ローズの危機を前に、何もできないなんて。

 カイとカスガは、影を次々と切った。アルタビルが呼ぶ影は、旅の途中で襲いかかってくる影と変わりはなく、難なく切れるようだった。

「よし、いけるっ。」

 途切れることなく()き出る影の隙間を、カスガが見つけた。そして、一気に走り出す。

「させません。」

 アルタビルが冷たく言う。そして、彼から伸びた数本の糸が一つの太い糸になると、大きな影がカスガの行手を(はば)んだ。

 カスガは小刀(こがたな)を振る。しかし。

「なんじゃ、こいつ、硬いっ。」

 大きな影にあてた小刀は、まるで石を切ったような音を立てた。すると、反撃とばかりに、影はまるで両腕を広げるような形となった。両腕の先端が鋭い槍のようになり、カスガ目掛けて振り下ろされる。そこに、美しい旋律が響く。槍は分厚い壁に弾かれた。

「助かったぞ、マキ。」

 カスガはそう言って、大きな影への攻撃を試みる。しかし、またも石を切るかのような硬さに守られた。

「どうやら糸が太くなると、それに繋がる影も強力になるようだ。」

「ご名答です。」

 ユフィの分析に、アルタビルが返した。

「数で攻める影と、一体でも強力な影。それぞれに、どう対応しますか。」

 カイには途切れることのない影からの八方からの攻撃、カスガには攻めも守りも強力な一体の影、ユフィの光の魔道はまだ完成しない。マキは、カイとカスガそれぞれを見て、短い旋律で結界魔道や補助魔道を繰り出す。

 俺は、悔しくて、情けない。

 仲間が苦戦をして、ローズが傷ついて動けない。ローズの家族は、その姿を歪めている。ユイミヤの魔道が組み立てられ、カダベルの一部になろうとしているのだ。

 俺はぶつけようのない、あらゆる怒りを、自分へのいら立ちを拳にして地面にぶつけた。俺のなかに、黒い感情が広がる。

 そのとき、声をがした。

〈あなた、なんでそんなに悲しんでいるの?〉

 ハッと息を飲んだ。火の精霊と話したときと同じ感覚だ。俺は(すが)る思いで叫んだ。

「俺はソラっ。あんたは何の精霊だい?」

〈私は雨の精霊。あなたが悲しそうで、気になったの。〉

「雨…。」

 確かに、俺は悲しい。怒りと同時に、こんなにも無情な世界への悲しみを、ずっと持ち続けていたように思う。

〈私でよければ、涙を隠すお手伝いをするわよ。〉

 しかし、俺に泣いている時間などない。

 それに俺には、静かに働く野生の勘があった。

「いや、俺は泣かない。その代わり、あんたの力を貸してほしい。」

〈私の力?私には、降り注ぐことしか…。〉

「それでいいんだ。頼む。」

〈いいわよ。ただし、正しいことだけに力を使って。破ったら、あなたを濁流(だくりゅう)で飲み込むわ。〉

 正しいこと。

 姫神教と希望教。形代と、それを差別する者。殉教の魔道士と、それと戦う俺たち。

 世界には知らないことばかりだ。俺だけで正しいかどうか、決められないこともある。でも、この瞬間は…。

「いいぜ、俺は濁流に飲まれても、守りたいものがあるんだ。頼む。」

〈あなたの覚悟、気に入ったわ。〉

 俺が天高くナイフを掲げると、切先(きっさき)に光る一滴の雫が伝った。そして、俺の中心に静かな泉が生まれた感覚がした。

「ありがとよ。早速頼む。リオート・ダーシチっ。」

 俺がその呪文を唱えると、カスガが相手をする大きな影に、細い氷の雨が降り注いだ。

「結合魔道っ。」

 ユフィが驚いて叫ぶ。

 俺の狙い通りだ。雨に精霊が宿っているなんて思わなかったが、その存在を知り、俺の勘が働いたのだ。どうやら、俺に元々宿る氷の精霊と相性が良いようだ。

 ユフィが俺に呼びかける。

「ソラ、詠唱をして、魔道をもっと組み立てるんだ。より鋭く、密度のある氷の雨を作れ。」

「え、詠唱なんて、どうやって…。」

「それは、お前のなかの精霊が教えてくれる。」

 そう言われ、俺は火の精霊と戦ったときのことを思い出しながら、想像力を働かせる。より鋭く、より密度の高い、氷の雨…。

 すると、俺のなかの精霊が問いかけてくる。

〈お前が守りたいものはなんだ?〉

〈あなたはなぜ、戦おうとしているの?〉

 それは、聞いたことの無い声だった。どうやら俺のなかには、俺が思う以上の数の精霊がいるらしい。

「俺は、仲間を守りたい。そして、旅を続けるために戦う。」

〈あなたの仲間は正しいの?〉

「正しい。ローズを助けようとしている。」

〈でも、希望教は他の形代を救おうとしてるよ?〉

「でも、その希望教が、ローズを殺そうとしている。」

〈君の目の前で起きていることなんて、世界のほんの片隅での出来事に過ぎない。〉

「俺にとっては、大きな出来事だ。」

〈人間は、間違う生き物だからね。〉

〈ソラ、君を信じていいの?〉

「…間違う人間は、たくさんいる。俺だって、間違えてばかりだ。でも。」

 俺は、大きく息を吸った。そして、覚悟を固めた。

「俺は、傷つく人を守る。そして、その道を正しくしていく。頼む、力を貸してくれ。」

 すると、ナイフの切先が強く光った。

「ありがとよ。リオート・ダーシチっ。」

 再び、氷の雨が影に降り注ぐ。それは一本一本が鋭く、大きな影を引き裂いた。

「できた。」

 ユフィがようやく呟くと、手の上の本が宙に浮かび、輝いた。

「影よ、神海へ還れ。エードルム。」

 輝きが一本の線となってアルタビルの目の前に伸びると、(まばゆ)く光った。あまりの眩しさに影は一掃され、アルタビルも手で目元を覆って(ひる)んだ。

「今だっ。」

 カイとカスガがローズの元へ走る。しかし。


 グシャッ。何かが潰れる音がした。

 カダベルと呼ばれたあの人型のツギハギは、戦闘前よりも二回りくらい大きくなっており、腕なんかは子どもの胴体くらい太くなっていた。そして、カダベルの岩のように大きな拳は、地面についていた。雨と泥で塗れた地面でも分かる。

 血の赤が見えた。

 ローズの悲鳴が、夜の雨を引き裂く。

「ダフィっ、ダフィーっ。」

 ユイミヤの甲高い笑い声が響く。

「あーはっはっ、私のカダベル、もっと強くなっちゃった。ありがとう、ローズちゃん。」

 カダベルの、ダフィを潰しているのとは反対の手が振り上げられた。その手は、鋭い剣の形をしている。

「そして、さよなら。」

 ユイミヤの声とともに、手が振り下ろされる。

「待てぇっ。」

 カイとカスガが力の限り、体をぶつけた。しかし、カダベルは重く、少しも怯まない。

 剣は、ローズの足を切り落とした。

「ローズっ。」

 俺の呼びかけをかき消すような、ローズの痛ましい叫びが反響する。すぐにカスガが駆け寄る。

「予想外に手こずりましたが、最低限の目的は果たしました。身を引きましょう。」

 アルタビルが淡々と言う。

「まぁ、私はカダベルが強くなったから満足っ。」

 ユイミヤは、泥を跳ね上げるように飛び跳ねた。

「僕たちの行手を阻むのであれば、また対立するでしょう。そのときは、今回のようにはいきません。それでは。」

 アルタビルが影を傀儡のように操ると、三人は夜に溶けるように消えていった。


「ローズ…。」

 マキが心配そうに名を呼ぶが、ローズは反応しない。

「カスガ…。」

 俺たちはカスガを見るが、彼は強張(こわば)った表情で、静かに首を横に振った。

「写真…。」

 ローズがようやく、言葉をこぼす。俺たちは耳を澄ませた。

「下…。てが…。」

 カイが支える、ローズの頭が下へ垂れた。

 誰も、何も言えなかった。

 昨日は親しく話した人が、死んだ。その目の前の事実を受け止めるための時間が、一瞬のようにも、永遠のようにも感じた。

 カスガがローズの目を、そっと閉じた。

 すると、マキが静かに立ち上がり、笛に口を添えた。そして、美しい曲を奏でる。

「死者を送る、鎮魂曲か…。」

 カイが呟く。

 魂を(しず)める曲。それは美しくも、悲しい、けれど温かい。不思議な曲だった。

 しかし、俺には何かが震える気配を感じた。

「ローズ…?」

 ローズとダフィの死体から、光のかたまりが浮き上がる。それは、鳥の羽をつけているように見えた。

「精霊だ。」

 俺はそれを、精霊だと感じ取った。

「魂は、生物に宿る精霊の集合体だといわれる。しかし、まさか目に見えるとは…。」

 ユフィの説明とともに、その魂を目で追う。魂はまるで舞うように、鎮魂曲を奏でるマキの周りを回ると、遠くへ羽ばたいた。

「どこへ行くんだろう。」

 俺がそう言うと、カイが小さく、神海と呟いた。そして、続けて言う。

「魂の飛んだ方向に、海がある。きっと、神海へ向かったんだ。」

 神海。俺はその存在が、疑わしかった。

 けれど、今は信じたい。縋りたいほどに。

 差別を受け、それでも笑って生き、痛ましい最期を迎えたローズ。せめて、ダフィとともに、美しい神海へたどり着いてほしいと心の奥底から思うのだ。

 やがて、マキの奏でる鎮魂曲が終わった。マキは、魂が羽ばたいた方を見つめている。

「マキ、今の力はいったい…?」

 ユフィが不思議そうに問うと、マキが答えた。

「私の、天から与えられた役割と聞いているわ。それ以上は分からない。」

 その言葉を最後に、俺たちは何も話さなかった。


 雨は降り続いた。互いの顔を見ても、涙を流しているかは分からないほどに。

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