ソラ、魔道の道を行く《ソラ》
《ソラ》
俺たちは野原から宿へ戻り、アルデールの街をすぐに出発した。元々長く滞在する予定は無かったが、宿の女将すら白い目で見てきたのだ。別に悪さをしたわけではないが、追い出されるような気分で街を後にした。
しかし、俺は、と言うより、俺たちは、足取りは軽かった。ロンソの村で出会って以来、五人で夜を何度も越えてきたが、俺たちは新しい夜を越えた気分だった。
そして、アルデールを出発した日の夜。俺たちは野営地を構え、ユフィの作ったスープを食べる。
「いただきます。」
四人が手を合わせて挨拶をした。
「い、いただきます。」
俺が小さな声でそう言うと、四人は一瞬俺を見たが、すぐに視線を戻した。
「これ、どうやって持つんだい。」
俺はスプーンを握りしめて尋ねた。すると、マキがスプーンを握る自分の手を見せてくれた。真似をしてスープを飲んだ。慣れない持ち方で飲みづらい。
「うん、美味ぇ、ありがとよ。」
俺はなんだか照れ臭いような、むず痒いような、けれど味覚は正直に、目を逸らしながら言った。
俺たちは明日からの道のりを話し、スープはすぐに飲み終えた。
ごちそうさまは、五人で言った。
そして食後、俺はユフィから魔道を本格的に学ぶことになった。
「お願いします、ユフィ先生。」
「先生はいらない。本はまだ開くな。まずは魔道を学ぶにあたり、心得を確認する。」
「ココロエ?」
「常に頭に入れておくべき学びの姿勢だ。」
ユフィはそう言うと、指を四本立て、こう言った。
一つ、魔道は極められないものだということ
一つ、自ら学ぼうとすること
一つ、学んだものを繰り返し実践すること
「そして、最後の一つが一番重要だ。」
「なんだい?」
ユフィが残りの指を一本立てて言った。
「一つ、学んでいるうちは世界一の未熟者と思い、扱うときは世界一の熟練者だと思うこと。」
それを聞いた、それぞれ他のことをしていた他の三人が一斉になるほどー、と声を上げた。俺は聞く。
「えっと、どういうこと?」
「一つ目からだ。魔道に終わりはないと理解しろ。長い歴史を見ても、魔道を極めたと宣言する馬鹿者などいないし、魔道は紐解けば解くほど、新たな発見が続いている。」
そう言ってユフィは、いつも腰から下げている厚い本を手に持った。
「これには俺が学んだ魔道を記録している。しかし、この程度の厚さの本は、俺が在籍する魔道学院に何万冊とある。」
「げーっ、人生何回あっても足りねぇよ。」
「そう理解できたなら充分だ。そして、次。魔道は教えられるものではない。自分から学べ。」
「なんとなく分かる。好奇心だろ?」
俺はグランディエのジジイ先生を思い出した。
「良い言葉を知っているな。俺はお前に魔道を教える。しかし、学んでいるうちに疑問も湧いてくるだろう。その疑問を大切にしろ。そして解決しようと、まずは自分で努力をするんだ。人から答えを与えられるより、自分で掴んだ答えのほうが体に残る。」
俺は大きく頷いた。ユフィは話を続ける。
「次に、実践。魔道を知識として頭に入れたら、今度は繰り返し練習を重ねろ。俺の場合は、精霊から借りた力を、本や指輪を使って外に出している。前に説明した【媒介】だな。お前は…。」
ユフィが考えを巡らせる。俺はふと気づき、ナイフを出して聞いてみた。
「これじゃ、ダメかい?」
「ダメなものはない。精霊の力を借りるのに、自分に合っているものは人それぞれだからな。ナイフでダメなら、他のもので試せばいい。」
俺は内心、嬉しかった。魔道を使える剣士になれたらカッコいいなんて、どこかで夢を見ていたからだ。
「…と、ここまでの三つの心得は、実は俺が在籍するジオリダム国立魔道学院が、学生に与えているものだ。最後の一つは、俺が師匠としている方が教えてくださった心得だ。」
ユフィはそう言うと、左手首のブレスレットに右手を重ねながら説明を続けた。
「学んでいるうちは世界一の未熟者と思い、扱うときは世界一の熟練者だと思うこと。簡単に言うと、学んでいるうちは何でも勉強してやるという根性と、勉強させてくださいという謙虚さを持てということだ。」
ここまでは何となく分かるので、大きく頷いた。
「大事なのは後半だ。魔道は強力な力だ。扱う者の心次第で人を傷つける武器にもなるし、人を守る盾にもなる。そして、自分の実力以上の魔道を無理に扱おうとすれば、暴走の危険すらある恐ろしい力だということを忘れるな。実際に扱うときは、自分が世界一、魔道を練習してきた、そして操れる、それくらいの自信を持って魔道を扱えることを目指す。いいな?」
「はいっ、ユフィ先生。」
「だから先生はよせ。」
魔道というのは俺が思うより奥が深く、知らないことが山積みとなっているようだ。入り口からして難しく厳しい心得が与えられた。
しかし、俺が手にしようとしている力は、それくらいの覚悟が必要なのだと思い、姿勢を正した。
ユフィの指示で、ようやく本を開いた。本には見開きで大きく白黒の絵が描かれていた。
中心に大きな木、その木を挟んで左側に泣いている人間、右側に笑っている人間、その三つ以外には小さな丸が散りばめられていた。
「次は魔道の適性を調べる。魔道は五種類あったが、覚えているか?」
ユフィの問いに、俺は自信を持って答えた。
「はいっ、森羅、結界、補助、治癒、召喚だろ。」
「よく覚えていた。しかし、謙虚さは常に持て。」
俺は褒められつつも、学びの姿勢を指摘されてしまい、小さく返事をした。
「懐かしいわ。私もこれ、昔やったわ。」
マキが楽しそうに本の絵を覗き、ユフィが説明を続ける。
「魔道研究者ガープ=ラーバー考案の、児童向け魔道適性検査用の図だ。」
気づいたら、素振りをしていたカイや、筋力鍛錬をしていたカスガも絵を覗いていた。だがユフィは気にすることなく、説明を続けた。
「先ほどの心得と別に、常に忘れてはいけない姿勢がある。それは、魔道とは精霊の力を借りて扱うということだ。精霊は、この世の全てに宿っている。自然にも生物の細胞にも宿り、生きている。人間と同じように、それぞれに性格や好みがある。だから、人間によって扱える魔道に違いがある。」
俺は精霊という、目に見えないものの話になったので、いまいちピンと来ず、首を傾げた。
「物は試しだ。ソラ、この絵の両側に手を置いて、発する声に耳を傾けてみろ。」
ユフィが不思議なことを言うので、俺は思わずえぇっ、と声を上げたが、ユフィが顎で促す。俺は半信半疑で両手を置き、絵をジッと見つめてみた。すると…。
「うわっ。なんだっ?」
俺は、あまりの騒がしさに驚き、後ろに飛び退いてしまった。
「えっ、そんなに?」
マキが驚く。ユフィも目を少し丸くして、驚いた様子だ。
「ソラ、心配するな。精霊が語りかけているんだ。よく耳を傾けろ。」
ユフィにそう言われ、もう一度同じように、本に耳を傾けた。
見て見て、おーい、遊ぼう、燃やしてやる、ねぇ、寒いよ、怖い、だれ?、こっちだよ、えーん…。
「この木から、子どもの声がする。それも、何十人もいそうな。」
俺がそう言うと、ユフィはなるほど、と言って、さらに聞いてきた。
「絵の、ほかのものからは聞こえないか?」
そう言われて、もう一度耳を傾ける。
「うーん…、聞こえるけど、木が一番聞こえる。ほかは小さくてよ、何を言ってるかまでは分からねぇ。」
「そうか。どうやらソラ、お前が一番向いているのは、森羅魔道のようだな。」
ユフィがそう言うので、俺は嬉しくて飛び上がる。
「やったぁ、カッコいいと思ってたやつっ。…あれ、召喚魔道は?」
「召喚魔道は特殊なものだ。精霊の力を借りるのとは違う。どこかに眠る召喚獣に認められて使えるものだ。適性どうこうの話ではない。」
そう言えばそんな話もあったな、と思いながら、ちょっとだけ残念だった。
「私も子どもの頃、この検査やったわよ。私の場合は、この笑っている人と、周りの丸が話しかけてきたわ。それで補助魔道と結界魔道の適性が分かったの。」
「この図は魔道研究者ガープが、初心者でも気軽に適性を調べられるように、精霊が宿りやすい絵を考案したんだ。」
マキとユフィの説明に、俺がへー、と感心していると、カイとカスガも挑戦していた。
「ユフィ先生、何も聞こえません。」
「ワシもじゃ、こりゃペテンじゃなかろうか。」
「お前らに魔道の才能が無いだけだ。他の道に精進しろ。」
ユフィの冷淡な一言に、カイとカスガははーい、と緩く返事した。
俺とマキは、思わず笑ってしまった。
「もう夜も遅い。最後に一つだけ実践して、今日の学びを終わりにしよう。」
ユフィはそう言うと、本を閉じて焚き火を指差して言った。
「ソラ、焚き火から精霊の声を聞いてみるんだ。火に耳を傾けてみろ。」
先ほどの本のこともあったので、今度は何も疑わずに耳を傾けた。目もソッと閉じる。みんな静かにしてくれているので、焚き火と風の音だけが耳に届く。しばらくの沈黙のあと…。
〈お前、気にいらねぇな。ちびっ子。〉
焚き火から声が聞こえた。しかし、その敵意剥き出しの一言に、思わず目を開く。
「何だと、てめぇっ。」
腹が立ち、焚き火に向かって吠えると、四人が驚いてこちらを見る。
〈お前よ、弱ぇだろ?弱ぇヤツに用はねぇ。近寄るんじゃねぇ。〉
「あぁ?弱ぇだ?」
「冷静になれ、ソラ。」
野良犬のように吠える俺を、ユフィが制する。
「どうやらお前に聞こえる炎の精霊の声は、随分粗暴なようだな。」
「ソボー?よく分からねぇけど、気にいらねぇだの弱ぇだの、喧嘩売ってきやがる。」
俺が怒りで目をギラギラさせていると、ユフィが説明する。
「さっきも言ったが、精霊も人間と同じように性格や好き嫌いがある。特に、火の精霊は荒っぽいヤツが多い。しかし、そう言ったヤツらとも心を通わせ、力を借りる。それが魔道だ。」
「こ、こんなヤツと?」
戸惑う俺に、ユフィが続ける。
「人間も、相手によって言葉のかけ方を変えたり食事をともにしたり、そうやって信頼関係を築いていくものだ。」
「私の場合は音楽を聴かせるのが一番の方法ね。精霊って意外とロマンチストが多いが多いから、相手の好きそうな曲を演奏して力を借りるわ。」
ユフィとマキの話を聞いて妙に納得しつつも、姿も見えないうえに喧嘩を売ってくるヤツにどうすればいいのか、想像もつかない。
でも、やるしかない。
「火の精霊よ、俺の名前はソラだ。あんたの力を借りたい。」
怒りを鎮め、俺なりに礼儀を正して話しかける。すると、焚き火が大きく渦を巻くように燃え上がった。
〈笑わせんなよぉ、お前、形代だろ?〉
「だったらなんだい?」
〈それも、氷の形代だ。火の力を持つ俺よりも、弱ぇ。お前に興味はねぇ。〉
なるほど。どうやら、精霊によっては、精霊ですら形代の俺を馬鹿にするらしい。渦巻く火は、俺をあざ笑うように燃えている。
「そうさ、水色の足、見るかい?」
〈へぇ、じゃあ一目拝んでみようかい。〉
少し離れたところで、四人が見守っている。
「ソラ、大丈夫かな。」
「才能の無いワシらには分からん世界じゃ。」
「そうやって不貞腐れないの。」
「いや、俺の考えが甘かったかもしれない。」
ユフィが小さく呟く。
「ソラが持つのは氷の力。相性は最悪だ。」
「え、それ、先に分かったじゃないか。」
カイの何気ない一言に、ユフィは縮こまる。
〈へぇ、本当に水色してんのかい。〉
「あぁ、不気味でイカしてるだろ?」
俺は火の精霊に足を見せて、靴を履き直した。
〈人間ってのは、お前を排斥してんだろ?〉
「ハイセキ?」
〈憎らしくて受け入れられねぇってことさ。〉
憎らしい。受け入れられない。そんなの、人生で嫌というほど向けられてきた。
でも、俺は決めた。夜明けへ進むのだ。
〈はははっ、可哀想なヤツだなぁ。でもよ、俺は同情なんざしねぇぜ。〉
火の精霊がそう言うと、焚き火がより大きく燃え上がった。そして焚き火は、上下に大きく裂けた。それは、獣が大きく口を開けているようだ。
〈弱ぇヤツは死ぬだけだ。お前なんかに力は貸さねぇ。見逃してやるから、とっとと寝ちまえ。〉
焚き火の大口は、笑うように上下の顎を震わせた。
でも、引くものか。俺は負けない。
「気が合うじゃねぇか。俺も同情は嫌いでよ。でもよ、死なないためにもあんたの力を借りたい。」
〈言ってるだろ?弱ぇヤツに興味はねぇ。〉
ここで俺は、なぜかヒューを思い出した。試練や修養を乗り越えて、強くなること。
しかし、何よりも。
《弱いとさ、ああいう弱い人間に殺されちゃうよ?気をつけて、生き延びて、また会おうね?ソラ。》
「火の精霊よ、こいつぁ運命だ。今の俺は、心にまさしく火が点いてんだ。ちょうどいい。何がなんでもお前の力を借りてみせるぜ。」
そう言って、俺はナイフを抜いた。
〈そんな古臭ぇナイフでどうすんだい?〉
焚き火の大口はますます開き、まさに俺を喰らおうとしている。
「夜明けまででどうだい?」
〈あぁ?〉
「あんたがどんなに燃えようが、俺は負けずに生き残る。火傷なんか怖くねぇ。俺の武器はナイフと氷と、この負けない心だけだ。」
焚き火は少しの間静止し、そして高笑いを上げた。
〈いいぜ、形代のガキ。あの山を見ろ。〉
焚き火が揺らめき、人の指のように遠くの山を差した。
〈あの山際が光ったら夜明けとしようぜ。〉
「おう、いいぜ。」
そして、俺と火の精霊の戦いが始まった。
勝敗のつけ方は明快、夜明けまで俺が生き残ること。
「ソラ、勝つ必要はない。お前の心意気が伝わればいいんだ。」
ユフィの声が聞こえた。いろいろ説明はされたが、最後は心意気で勝負とは、魔道ってのは難しいんだか簡単なんだか分からない。
「四人とも、寝てていいぜっ。起きた頃には、俺はこいつと決着をつけているっ。」
焚き火は渦を巻いて、竜巻のように細く高く燃え上がった。巻き起こる火は、風を伴って俺を飲み込もうとしている。俺はナイフを地面に刺して、耐え忍ぶ。
〈自然に宿る精霊の力を、思い知るがいいぜぇ。〉
火の光で、辺りは昼間のように明るくなる。火は天高くまで細く伸び、遠くで雲のように薄く広がる。
なるほど、力は、ただ振り回すだけではない。
想像力だ。グランディエで、ジジイ先生が言っていた想像力。
俺は風の勢いが弱くなったところで、ナイフを横に振った。思い描くのは、ヒューが飛ばした血の矢。一発目は、鋭さとは程遠い石ころのような氷のつぶて。二発目は、一発目よりも大きな氷のつぶて。
やはり、想像力だ。ただ振り回すだけでは、使いこなすことはできない。
これは好機だ。俺が、俺を知る好機。ただ憎らしかっただけの形代という自分。俺に宿る氷の力を知るための好機。
〈そんな氷、すぐに溶けちまうぜぇ。〉
天高くに広がる火によって、俺のいる地上は熱くなっている。俺は感じている。自然の恐ろしさを。精霊の恐ろしさを。
しかし、俺は火の様子をよく観察している。
心に火は点いているが、頭は冷静だった。
見ていると、天に広がった火の屋根が、かすかに震えた。そして、雨のように細かな火の粉が降り注ぐ。
「ソラっ。」
四人が俺を呼ぶ。しかし、俺の目は火の粉に釘付けだ。ゆっくりと降り注ぐ火の粉に、俺は集中する。世界に、この火の粉と俺しかいないような一瞬を感じた。壁。壁。壁。どんなに不恰好でもいい、壁を描け。
「かべぇっ。出ろぉっ。」
あまりに必死で、笑えてしまうくらい頼りない声で俺は叫んだ。すると、薄い氷の壁が目の前に広がった。
「で、出たっ。」
自分でも驚いてしまった。目の前に氷の壁が広がっている。しかし、その薄い氷は地上の熱と火の粉とで、すぐに溶けて消えてしまった。
「ちくしょうっ。」
俺は服の何ヶ所かが燃え、どこかに火傷の痛みも感じた。しかし、不恰好で薄くとも、力を思い描けた手応えで、心はますます燃えていた。
〈やるねぇ、次はこうしてやろうか。〉
火の精霊はそう言って、天に広がるその体を、地上にゆっくり小さくおさめたと思うと、今度は鋭い一歩の矢となって俺に向いた。先ほど俺が作ろうと思った、あのヒューの血の矢のように。
〈量の次は質だ。耐えられるかねぇ?〉
俺は本能的に、ナイフの切先を火の精霊に向けた。そして、その切先に全てを集中させる。
「かかって来いっ。真っ二つにしてやるっ。」
火の矢は瞬く間に、俺が構えたナイフ目掛けて走ってきた。切先に、鋭く光る氷の矢尻を思い描く。俺の目に見えるのは、ナイフの切先ではない。三角に光る、氷の矢尻だ。
やがて、火の矢は氷の矢尻とぶつかる。氷の矢尻はみるみる溶けていくが、俺は次から次へと、より巨大な矢尻を思い描く。
火の矢は、氷の矢尻によって二つに分かれ、霧散した。
「よっしゃあっ。」
キラキラと宙で光る、小さな小さな火の粉を見て俺は声を上げた。しかし、その火の粉たちはすぐに集まって、また焚き火の形となる。
〈こんなんで消える火じゃねぇぜ。〉
俺は改めて、その恐るべし力を前に、気持ちを引き締めた。
「負けない、夜明けまでだ。俺は負けないっ。」
熱さ、痛み、敵意、痺れるような刺激が、体も心も俺を傷めつける。しかし、俺は負けない。弱いままではいられない。
そしてどこか、この夜を破るように躍る、火に負けないほどの高揚感に、俺は魅せられていた。
全ての攻防が、一瞬の出来事のように過ぎていく。
夢中になりながら、俺は、俺の氷と対話していた。氷は溶けながらも、俺に応えるように形となり、そして溶けて消えていった。
時が経った。
喉がカラカラで、体中がきしむ。そして、皮膚がヒリヒリと痛い。今にも地面に膝を着きそうな、その時。
「…見ろ、夜明けだぜ。」
山際が、宝石が光を反射させるように輝いた。
「体中、火傷で痛ぇけど、俺は負けなかったぜ。」
息も絶え絶えに、小さくなった焚き火を見下ろして言った。
〈やるなぁ、形代。〉
「俺に、力を貸してくれ。頼む。」
俺は、あくまでも未熟者。
正直、一晩戦っても精霊の得体なんて分からない。それでも、根性と謙虚さを持って、崩れることなく焚き火と向き合った。
俺の言葉を受け、焚き火はゆっくりと俺の目の前に細く燃え上がった。
〈いいぜ、火の精霊様に二言はねぇ。ソラとやら。火の精霊は、お前の力となってやる。感謝しな。〉
火の精霊はそう言うと、太く存在感を持って舞い上がり、一気に俺のナイフに飛び込んだ。ナイフを持つ手は痺れ、ジワジワと熱い。
「ソラ。」
四人が声をかけてくる。
「なんだい、寝てて良かったのに。」
「そうもいかんじゃろう。」
疲れた顔のカスガをよそに、俺はナイフの切先を上に上げ、頭に自然と浮かんだ呪文、プロクスを唱えた。赤く光る、頼りないくらいの小さな火が灯る。
「まだ、火の精霊はお前を認め切っていない。しばらくは、弱い火が灯るだけだろう。」
ユフィが静かに説明し、続ける。
「だが、よくやった。本音を言えば、死んでしまうかと思った。」
ユフィの褒め言葉と、非道な言葉に俺は大声を上げて悪口を返した。
「夜明けだけど、少し眠ろうよ。その前に、ソラの火傷をどうにかしなくちゃ。」
カイがそう言うと、カスガがまかせろ、とカバンを開けた。次々と怪しい薬や薬草が出てくる。
「それ、本当に効くのかい?」
「効くときは効くし、効かんときは効かん。効くと信じることが大事じゃ。」
俺の不安に、あっけらかんとした声でカスガが治療を始めた。水で汚れを落とし、薬草や清潔な布で、顔や腕が包まれる。気がつくと、マキが俺の燃えた服を繕っていた。
「精霊の力を借りるには、毎回こんなに苦労をしなきゃいけないのかい?」
カスガの手当てを受けながら、ユフィに尋ねる。
「精霊によって様々だ。攻撃的な火の精霊もいれば、穏便な火の精霊もいる。俺に力を貸す火の精霊はヤンチャだが、その力を褒め称える神話を聞かせれば喜んで力を貸してくれる。」
「へぇ、精霊っていろいろだね。何だか面白いや。」
「私は劇団の巡業で世界の国を巡るけど、国によって精霊の性格も違う気がするし、好む音楽も違うように感じるわ。」
カイが感心していると、マキがそう付け足した。
「え、そうなると、国を移動したら、また新しい火の精霊と戦わなきゃいけないのかい?」
俺が驚いて、少し失望混じりに聞くと、ユフィが答える。
「そんなことはない。マキが使う結界魔道は、空気中を漂う精霊の力を借りる魔道だ。だから、その場に合った力の借り方をしなくてはいけない。だが、俺とソラに適性のある森羅魔道は、言うなれば精霊との契約だ。お前に宿った火の精霊は、世界中どこでも力を貸してくれる。」
「へぇ、荒々しいヤツだけど、そのくらいの方が頼りになるな。よろしく頼むぜ。」
俺がそう言うと、俺の体の中心が少し熱くなったのを感じた。
カスガが手当てをし終えてくれる頃には、もう俺の体力も尽き、眠ってしまっていた。太陽はだいぶ昇っていたが、四人は俺が目を覚ますまで待ってくれた。
夢の中で、氷と火の精霊が喧嘩をしているのを感じた。目に見えないし、言葉が聞こえるわけでもない。ただ、俺の中に荒い波が立つのを感じたのだ。
夢の中くらい静かにしてくれよ、と思うが、いかんせん疲れ切って声が出ない。
しかし、俺は新しい力を、自分の力で得られた満足感で胸がいっぱいだった。




