↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【太陽物語】 夜明けへ進む少年は  作者: 立花ハル
《第1章 出会うことで》
PR
16/41

国境の街ヴェーゼン、反抗する者《ソラ》

《ソラ》


「…完成だな。」

 レノールが、静かに筆を置いた。

 そして大きくため息をつくと、座りながら姿勢を大きく崩した。俺は待ちに待った瞬間を迎え、椅子から飛び出すようにレノールの隣へ行った。

「…これ、俺かい?」

 その絵は緻密(ちみつ)で美しかった。でも、(きら)びやかだった十二星座の乙女とは違い、どこか陰のある絵だった。

 部屋は暗い。窓から差す陽射(ひざ)しだけが王子を照らす。しかし、その光は強く、王子の顔や白いシャツには影が生まれ、そのまま闇に溶けてしまいそうだ。

「ああ、ソラ君。君をモデルにした僕の目に、間違いは無かった。この青い瞳は、ソクアヴェスタを悲しく見つめる、だが、美しい瞳だ。」

 俺はソクアヴェスタに良い印象なんて無いので、美しいと言われても複雑だった。しかし、見れば見るほど、何か訴えかけてくる絵に思えた。

「なぜ、この王子は裸足(はだし)なのか、分かるかい?」

 レノールがそう問いかけてきて、俺は頭を抱える。

「うーん…、分からねぇけど、なんかさ、王子にしてはシャツもズボンも地味に感じたんだよな。処刑されるヤツに、豪華な服や靴は必要ないってことかな?」

 俺が苦しみながら答えると、レノールは穏やかな口調のまま続ける。

「ソラ君は姫神教徒かい?希望教徒かい?まぁ、どちらにしても、死者は神海にたどり着くと教わっているはずだ。神海は、その名のとおり海だとされている。」

 そう言われて、俺は工場から流れてくる鉄クズを探して、川に潜ったときのことを想像した。そして、一つの結論を出した。

「…あぁ、そうか。水に潜っていくなら、靴は邪魔になりそうだな。」

「そう。神海を自由に豊かに泳げるよう、僕なりの願いを込めたんだ。」

 願い。それはレノールの、この王子への優しさだった。一つ、俺は気になったことを聞いてみる。

「なぁ、なんで短剣だけ、こんなに豪華なんだい?部屋は暗いし服装も地味だし、何よりも処刑前だっていうのにさ。」

 俺が抱いた疑問は、きっと多くの人が感じるはずだ。暗い部屋で、王子の青い瞳と短剣だけが煌めいている。

「この短剣にも、僕なりの願いを込めているのさ。」

 そう言われると、俺は考えたくなる。描かれているモデルは俺だが、もうこの少年はソクアヴェスタ最後の王子だ。この後、大人の勝手な欲望によって処刑される。

 もし、俺ならば。

「俺だったら、ただで処刑されたくない。」

 そう、自分の意志でもないのに、無駄死になんてごめんだ。戦争のための殉教(じゅんきょう)だとか、そんなの関係ない。

「俺だったら、死ぬくらいなら誰か一人くらい道連れにしてやる。何だったら、神だって一緒に神海に沈めてやるさ。」

 俺が、今までに俺を雑に扱ったヤツを思い浮かべて言う。すると、助手の女の小さな悲鳴が聞こえた。しかし、レノールは手を叩いて笑った。

「いい、とてもいいね、ソラ君。」

 そう言うと、絵を指して、さらに話を続けた。

「そう。この美しい短剣は、この王子の、そして僕なりの世界への反抗さ。」

 反抗。その言葉は、どこか俺のなかに、しっくりとハマる心地よさがあった。

「戦争中、芸術は何の価値も無かった。価値があるのは武器や魔道ばかり。音楽でさえ、魔道や、戦争を(たた)える勇ましいものとなってしまった。僕だって、食べるために戦争を讃える絵画を描いてしまった…。でも、それでも僕はあえて、美しい短剣で、そんな戦争に反抗しようと思ったんだ。切れ味なんてなくともね。」

 そう早口で語ったあと、レノールは分かってくれたかい?と聞いてきた。

「ああ、分からねぇけど、すげぇ分かったぜ。」

 俺がそう言うと、俺とレノールは固く握手した。

「ソラ君。君が思い描く、美しい大人になってくれ。そして青年となったとき、また僕のモデルとなってくれ。それまで、互いに美しく生きよう。」

「おう、俺は絶対偉くなってやるからよ、そんときは頼むぜ。レノール。」

 ポーズをとっていた体はバキバキに固まっていたが、心は晴れやかで、軽やかなくらいだった。

 絵は小さな絵はがきとなって売られるし、実物はそのうち、世界を渡り歩いた後に、アリアレジスの美術館にたどり着くという。

 しかし、レノールはこう(つぶや)いた。

「モデルがソラ君であることは公表しないよ。その方が神秘的だしね。それに、この少年がソクアヴェスタの王子であることも明かさないよ。…と言うよりも、明かせない。絵が焼かれるわけにはいかないからね。」

 ブランジェの侵攻や、城下町で壊されていた希望教の教会、それにキイナ…。絵が焼かれてしまう理由に、俺は心当たりが充分にある。そして、少年の正体を明かさないこともまた、レノールの優しさなのだろうと感じた。


 俺は仕事をやり()げた。盗みやスリを成功させたときも、いわゆる達成感はあったが、それとは比べものにならないくらい、俺は自分を大きく感じた。

 そして、その達成感のまま定食屋へたどり着いた。いつもより少し早い時間なので、ユフィやカスガはまだいない。

 カイが客と腕相撲をしていた。周りを屈強な観客たちが盛り上げ、試合は白熱していた。マキも、あの十二本の糸を張った楽器で、生き生きと演奏をして試合を盛り上げている。

 相手の男は、顔を真っ赤にしている。カイも苦しそうな顔をしていて、どうやらいい勝負のようだ。俺もその様子を、ツバを飲んで見守った。

 すると、突然カイがニコッと笑った。その瞬間、一気にカイが、相手の拳をテーブルに沈めた。客たちの落胆や歓喜が入り混じった声が(とどろ)く。

「あーっ、何なんだ、こいつのこの強さはっ。」

「お前、この体のどこにそんな体力があるんだ?」

 屈強な客たちが、カイに対して次々と疑問を()らす。

「いやー、でも、さすがに疲れてきたなぁ。そろそろ負けてしまうかもなぁ。」

 カイがのんきな声で妙に上手(うま)い演技を見せた。それを見て、客たちは言った。微笑みの悪魔と。


 やがて、カスガとユフィも戻り、夕食を取ることにした。

 マキが楽器を弾きながら歌を披露する。


 さようなら 今宵は良い星空なのに

 明日に旅立つ 海辺は見えない

 さようなら わたしは去ってゆきます

 あなたはあなたの 新たな道を

 わたしはわたしの 故郷を目指し

 さようなら 黒い波の彼方を見つめ

 道は あるのではなく 作るもの

 さようなら いつかこの歌も

 あなたとわたしの 懐かしい歌となる


 定食屋で歌う、最後の曲が終わった。すっかりマキのファンとなった客たちが、涙まじりにチップを渡していく。マキも客たちと握手を交わし、別れを惜しむようだった。

 俺は城下町を旅立ってから、知らないことを知っていった。なかには知らずに生きていたかったことも、正直ある。

 しかし、旅立たなければ、こんな歌や、レノールの絵にも出会えなかった。自分で真っ当に稼いで、美味(うま)い飯を食べることも知らなかった。

 改めて、俺は無知だ。そして、弱い人間だ。それでも俺は、感じ取って学んでいこうと思った。レノールの言う美しい大人が、どんなものなのかは分からないが、いくつもある問題や疑問に向き合っていかなければと思ったヴェーゼンでの日々だった。


 宿に戻り、テーブルの上にユフィが広げた地図を見る。次に俺たちが目指すのは、アリアレジスへ人を乗せられる船が出航するクルエル国。

 それまでには、少なくとも三つの国を越えなければならない。

 コーダ、カルデア、ルグレシア。どれも【紫の紛争地帯】と呼ばれる、危険な地域だという。

「紫の紛争地帯に街道(かいどう)は無いと聞く。各地に旅籠(りょかご)はあるらしいが、それぞれの国が姫神教に力を入れているとは限らない。」

「盗賊や影に襲われる可能性が高くなりそうね。」

 ユフィの言葉にマキが(うなず)くと、一気に緊張感が高まった。

 なんだかんだ、俺は大人に守られる安全圏にいたのだ。明日には、その安全圏を抜けることになる。

「僕は以前、コーダの政変の鎮圧に関わった先輩の話を聞いたんだけど…。」

 カイの話に、俺はセーヘン?と疑問を持った。

「政変はね、政治が大きく変化することさ。たとえばコーダでは、昔から王族が政治を行なっていたんだけれども、それが奴隷(どれい)制度など、人権を無視した政治だったんだ。」

 奴隷。その言葉がやけに引っかかるが、カイの説明の続きを聞くことにした。

「やがて、コーダの市民が王族に反抗し、政治の主役は市民へと変わった。奴隷も解放された。そういうことを政変というんだ。それだけ聞くと、コーダは平和になったように思うけれど、不安定な政治のもと、あまりにも犯罪が横行(おうこう)してしまってね。姫神教会の要請で、グランディエが騎士や兵士を派遣せざるを得なくなったんだ。」

 そこまで言うと、カイは一口、水を飲んで話を続けた。

「派遣された騎士の先輩が言っていたよ。紫の紛争地帯では、犯罪者が子どもの皮すら被っているってね。」

 紫の紛争地帯が、ますます得体の知れないものとなった。つまりは、子どもだろうが疑えということだろう。そんなのは貧民街でも同じだった。

 しかし俺は、自分が持つ常識とか基準を、取り払うことにした。

 世界は俺の予想を簡単に越えてくる。明日からは、さらに俺の知らない世界へ、足を踏み入れることになる。俺には自分が無力である自覚と、知らない世界への覚悟が必要だった。

 その日の夜は、明日の出発へ向けて早めにベッドに入った。俺は正直、ドキドキして眠れない。それは楽しみなんかではなく、真っ暗で底の見えない川を前に、どう泳いでいけばいいか迷う心細さだ。


 翌朝は、少しの曇り空だった。俺は路上生活が長かったので、天気の移り変わりには敏感だった。それに、どことなく天気が自分のその日の調子を予知しているようで、嫌な気分だった。

 定食屋の朝飯は、相変わらず美味かった。俺たちは滞在中、世話になった店主たちと挨拶をした。特に、演奏者と用心棒として働いたマキとカイは、時間をかけて挨拶をしていた。

 出発をして気づく。俺は店主たちの名前を一人も知らない。あんなに世話になったのに。でも、旅って、大人ってこんなものなのか、とも感じていた。


「お兄ちゃん。」

 出発のため、街の門を目指す俺たちを幼い声が呼び止めた。しかし、声の主は見つからない。気のせいかと思い、歩き出そうとしたその時。

「チョコレートのお兄ちゃん。」

 確かに声がして、ひっそりとした裏路地を見た。

 すると、俺がチョコレートを盗んで渡した、あの兄妹が呼んでいたのだ。

「お、お前ら、こんな大通りに顔出したら、金持ちにいじめられるぞ。」

 俺が焦って駆け寄ると、四人も着いてきた。初めて会ったときの眼光や泣き顔が嘘のように、兄妹は柔らかい顔をしていた。

「見かけない顔だから、旅の人かなって思って探してたんだ。会えて良かった。」 

 兄が大人びた落ち着きで話す。

「あのときはありがとー。」

 妹は無邪気に笑って礼を言う。

「分かったから、早く帰れよ。二人とも元気でな。」

 俺がそう()かすと、兄妹はこちらを振り向きながら貧民街へ帰って行った。

 俺は、視線を感じたが、四人の方を振り向けなかった。いや、本当はどこかで、自分のしたことが間違っていることだと分かっていたから、四人を見れなかったんだ。


「ソラ。」

 カイの、聞いたことのない鋭い声が後ろからした。俺はすぐに振り向けなかったが、小さく息を吐いて、ようやく振り返った。顔は下げていないが、俺は四人の顔を見ていない。

「ソラ、僕たちに話さなくてはいけないことがあるね?」

 カイが俺に目線を合わせて、静かに言う。さらに、カイの両手は俺の両腕に、心なしか強く添えられている。

 俺はこのときのカイの目を見ていないが、きっと強い目をしていたに違いない。そんな目に嘘はつけないと思い、正直に言った。

「店に、入って盗んだ。」

「なぜ、何をだい。」

 カイの口調は、変わらない。

「あいつらが腹を()かせてたから、チョコレートを。」

 顔は見れないが、カイ以外の誰かが小さくため息をついたのが聞こえた。俺は意を決して、カイの目を見て言った。

「でも、バレてない。」

「違うっ。」

 出会ってから、こんなに強い口調になったカイは初めてだ。俺は一瞬驚いて(ひる)んだが、しかし、俺は引けなかった。

「二つだけだ。俺の取り分はない。」

「そうじゃない。」

 ユフィかカスガが、取り分、と小さく呟くのが聞こえた。きっと、俺の(いや)しい育ちが醜く映ったのだろう。俺は、見つかるはずがない逃げ道を求める気持ちでいっぱいだった。

「いいかい、ソラ。」

 カイが少しだけ、声を落ち着けて語りかける。

「あの子たちに必要なのは、与えられることでも、盗むことでもないんだよ。」

 俺は、喉が苦しい。カイは丁寧に、言葉を選ぶように続けた。

「本当に必要なのは、自分たちで真っ当に食糧とか、欲しいものを手に入れる、誰も損をしないように、互いに協力して生きていく力なんだ。」

 そんなこと、分かっている。喉がヒリヒリと熱い。俺の内側の、何かが爆発した。

 俺は芯から叫び声を上げる。

「うるせぇっ。そんなこたぁ分かってるんだっ。」

 思った以上の声が出てしまい、他の人々が振り向く。しかし、俺が息を整えている間に、その視線は戻っていった。息を整え、少し声は落ち着くが気持ちは止まらない。

「お前らに何が分かるんだよ、どうやって飯を食えばいいんだよ。損をするとかしないなんざ知らねぇ、協力なんざクソ喰らえだ。最後に自分が死ななきゃいいんだ。」

 マキが俺の名を呼び、肩に手を置くが強く振り払った。

「俺ぁ、そういう正しい綺麗なだけの言葉が大嫌いだっ。それだけじゃ野垂(のた)れ死ぬだけだ。綺麗なだけで生きていけんのかよ。カイだって人を殺してるくせにっ。」

 口に出して、一瞬で後悔した。俺を守ってくれたカイに対して、何てことを言ってしまったんだろう。

 その瞬間、俺の左頬が叩かれた。

「カスガっ。」

 カイが驚いて、カスガを見上げる。

 俺は、あの気弱で温厚なカスガに叩かれたことが信じられず、静止してしまった。そして、カスガは俺の肩を(つか)み、顔をまっすぐに見て語りかけた。

「そうじゃ、ワシゃ、ヌシの苦しみは知らん。じゃが、知っていきたいと思っておる。その気持ちを知っておいてくれ。それと同時に、カイにはカイの苦しみがきっとあることも、知ってほしいんじゃ。頼む。」

 カスガの深緑色の瞳に、(にご)りは無かった。

 俺はあの夜、アンディと太陽物語を盗もうとして入った教会での、シスター・メイの真剣な目を思い出した。俺を一人の人間として見て、まっすぐに向き合う心が宿った目。

 でも俺は、こんな気持ちを向けられることなんて、今まで無かった。向けられたところで、自分に()き上がる感情の正体が分からない。

 怒り、悲しみ、憎しみ、でも打ち捨てたくない感情。ごちゃごちゃで頭がむず(がゆ)くなるばかりだ。

 全部嫌になって、カスガの手を振り払い、門へと歩き出した。ちくしょう。俺は、何度も悪態をつきながら歩く。四人は何も言わずに、俺の隣や後ろを歩く。


 俺たちは無言のまま、門を出て国境を目指した。数十分歩いたところで、ユフィが呟く。

「国境を越えた。俺たちは、コーダに入った。」

 いよいよ恐れていた、紫の紛争地帯に入った。

 しかし、誰もが先ほどの気まずさを引きずったまま、何の感想もなく、淡々と歩みを進めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。